爆笑問題のニッポンの教養

2009年12月 9日 (水)

■成仏するのは誰なのか。『爆笑問題のニッポンの教養』 死生学、清水哲郎。

久しぶりの爆問学問。

今回のテーマは、死。

20091201_shimizu
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE094:「よりよく死ぬための哲学」 2009.12.01放送
東京大学人文社会系研究科 上廣死生学講座教授 清水哲郎。

■自分はどのように死にたいか。

という話から始まり、身近でリアルな死についての対話が続く。

身近な人の死、というものは動物の死と違って、

’死んでいる’

とは言わない。

いなくなってしまった。

身体は残ってはいても、その人はもう、ここには居ない、

という。

確かにそうだ。

■大切な人がいなくなってしまう。

これほど身を切られるような悲しみは無い。

今、それを想像すると、すぐにでもそうなってしまいそうで

慌てて、その’死’のイメージを振り払う。

■けれども、それは確実にやってくる。

それを受け入れざるを得ない状況は必ずやってくる。

とても、とても、大切な人を失ってしまった。

その経験が、死別への恐怖をよりリアルなものとして

増幅させる。

■太田はいう、

お葬式っていうのは、どこか心を安堵させるものがある。

 ほら、いい表情をしているでしょう。

 皆さんがいらしてくれたのをよろこんでいるんですよ。

確かにそういう面もある。

■けれど、それはセレモニーにおける高揚感のような

一時的なものなのではないだろうか。

そのセレモニーがひと段落ついたときに、

あらためて、あのひとがいなくなってしまった

そのことに沈み込んでいくのだろう。

■初七日、四十九日、百か日。

お坊さんのお経を聞きながら、

ああ、本当にいなくなってしまったのだと

月日が経つとともに

それを受け入れるようになっていく自分がいる。

■3年経とうが、10年経とうが、

絶対に悲しみはあるのだけれども、

どこか日常のなかに溶け込んでいくような、

こころのなかに、この胸の中に

確かにいるよ、という心持ちが生まれてきて、

もしかすると成仏するのは死んだ人間ではなくて、

残された者の方にあるのではないか、

 

そんな気がするのである。

                          <2009.12.09 記>

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■どう生き どう死ぬか―現場から考える死生学
岡部 健/竹之内 裕文編他 著、 清水 哲郎 監修 弓箭書院(2009/5/7)

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2009年10月17日 (土)

■夢を実現する力。『爆笑問題のニッポンの教養』 細胞シート工学、岡野光夫。

今回のテーマは、細胞シート工学。

File87_
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE087:「あなたの細胞生き返ります」 2009.10.13放送
東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長
細胞シート工学、岡野光夫。

■岡野先生はもともと高分子化学の人だったのだけれども、人工物で人の体の不具合を何とかしたいという思いで医学部に転じた面白い経歴の人である。

その成果として患者の体細胞を培養し具合の悪いところに戻してあげて機能を再生させるという技術を完成、心筋梗塞とか食道ガンとか角膜損傷など臨床での適用の段階にまできているのだそうだ。

何しろ自分の細胞から作り出したシートだから拒絶反応がまったくないわけで、極めて画期的なのである。

■キモは培養した細胞の薄膜をシャーレから剥がす高分子化学の技術と薄膜を積層させる工学の技術。

その視線は3Dスキャンした心臓などのデータをもとに臓器を丸ごと細胞シートの積層でつくってしまおう、という夢のようなところにまで及んでいて、それも20年から30年先くらいと言ってのける。

そうすると遺伝子操作の技術なんかも合流して、腎臓病の人が人工透析から解放されたり、糖尿病の人がクスリを飲み続けることから解放されたりするんだろう。

素晴らしい話だ。

■あとは脳みそか。

あれは常に変化し続ける臓器だもんね、ちょっと難しいだろう。

それとも、脳のダメージを受けたところに脳細胞シートを貼り付けると自己修復したりするのだろうか。

そのあたり、興味あるなぁ~。

■それにしても、早稲田の工学部と東京女子医科大学のコラボで生まれた研究室の雰囲気は良かった。

ああいう場を生み出せるというのも一つの能力なのだろう。

狭いタコツボの中にいたのではなかなか上手くいかなくなってきている、専門化、細分化が極まった現代においてはそういう能力が求められてきているのかもしれない。

 

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                           <2009.10.16 記>

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■再生医療のしくみ (エスカルゴ・サイエンス)

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2009年9月 3日 (木)

■こころのずっと奥底に響くもの。『爆笑問題のニッポンの教養』 音楽、坂本龍一。

今回のテーマは、音楽。

File083
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE083:「台本のない音楽会」 2009.9.01放送
音楽、坂本龍一。

■母親が赤ん坊に「○○ちゃーん、ごはんでしゅよー」、

なんていう時には声の音程が上がっていて、あたかも音楽のよう。

実はそれは世界万国共通で、何万年か昔の人類において「音」と「ことば」が未分化だった時代の名残りだという説があるのだそうだ。

太田がサザンの歌のもつ力を坂本龍一さん伝えようとするのだけれども、どうしても分からないのは、彼の耳には歌詞が記号(音)として入ってくるらしく、どうやら’教授’は耳が赤ちゃんのまま育ったんじゃないかと太田にからかわれていたが、それもあながち的外れでもないのかもしれない。

■太田のいうようにメロディの上に言葉がのることで、ものすごく伝わる、なかなか伝えられないことも伝わってしまう、ということは確かにある。

けれどその一方で洋楽を聴くときって、英語が分からないものだから、歌詞もまた曲の一部としてとらえてしまって、邦楽を聴くときと脳のはたらく部分が違うような気がするのだ。

ジャズとかを聴くときと同じ脳なんだよな。

■邦楽は左脳、洋楽は右脳、

なんて単純じゃないんだろうけれど、赤ちゃんの話を聞くと、洋楽とかジャズとかは感情とかそういったこころ動きのさらにずっと深いところに入り込んでいくのだろうな、とうなづける。

けど、まあ、そんな理屈は最後の’戦メリ’生演奏の前にはまったく意味が無くって、ああ、やっぱり音楽っていいなあ、と、ろくに弾けないウクレレと戯れながら、しみじみ思うのである。
  

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                        <2009.09.03 記>

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Photo 1996 坂本龍一
■6曲目に’Merry Christmas Mr.Lawrence’が入っています。
<視聴>では前奏の部分しか聴けないのが憎らしい(笑)。

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2009年7月18日 (土)

■「うまい!」はどこにある。『爆笑問題のニッポンの教養』 人工舌、都甲潔。

今回のテーマは、人工舌。

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■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE079:「味のある話」 2009.7.14放送
九州大学システム情報科学研究院 研究院長 教授 都甲潔(とこうきよし)。

■味覚センサーなんてものはフツウにあるのかと思ったらそんなことは無くて、都甲先生が世界で始めて開発したものなのだそうだ。

計測は科学の基本であり、味覚の世界には今まで科学は無かったということである。

だからといって、科学につんのめった話かと思えばさにあらず。

■今回、見ていて面白かったのは、牛乳に細切れのたくあんを混ぜたコーンスープや’みかん’が乗ったいくらの軍艦巻きを食べてみろ、といわれて全然うまそうじゃない爆笑問題の複雑な二人の表情だ。

Photo_6
■まずい!

■味覚センサーでの計測ではほとんど一致するのに食べてみると違ってしまう。

なんだ、違うんジャン。

というところなのだが、それを実感させるのが都甲先生の狙いなのだ。

■粘菌は「甘い」に近づき、「苦い」を避ける。

それは「甘い」=栄養、「苦い」=毒を区別して行動しているということである。しかも単細胞生物が!

粘菌が「うまい!」と身を震わせているかどうかは判らないが、生き死にの問題として、味に対して非常に素直に反応する、ということだ。

■それに比べて人間は味覚だけで味わうということはない。

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に認知を加えたすべての感覚を総動員して「うまい!」を判断する。

栄養と毒を見分けるという生物としての本来の役割りを意識の下に追いやられ、味覚は、’うまい!’という娯楽を構成するひとつの要素に成り下がってしまったのだ。

■都甲先生は、自分の舌を信じよ、

というが、なかなかこれが難しい。

何故か?

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、認知によって構成される「うまい/まずい」自体が脳内に生じた幻であり、実体を伴わないものだからである。

般若心経の世界。

つまり、その大脳新皮質に仕組まれた罠をかいくぐるには、色即是空の「悟り」を開かねばならんということだ。

人生の半ばを過ぎてしまったが、まだまだそんなに枯れてはいないし、もう少し愉しみたい。

だから「うまい!」についても成るがままでいきたいと思うのである。 
  

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                             <2009.07.18 記>

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■ 感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか
都甲 潔 著 中公新書(2004/11)

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2009年7月12日 (日)

■裁判員制度は誰の権利を守るものなのか。『爆笑問題のニッポンの教養』 刑事訴訟法、後藤昭。

今回のテーマは、刑事訴訟法。

File078
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE078:「やっぱり、みんな有罪ですか?」 2009. 7. 7放送
一橋大学大学院法学研究科教授 刑事訴訟法 後藤昭。

■太田は是非とも裁判員制度に参加したいといい、田中は出来れば避けて通りたいという。

お前はどちらかといえば明らかに田中の方で、一般的日本人の大方の意見もそうだろう。

太田にいわせれば無責任、傍観者。

なるほど確かにそうかもしれない。

■これも一つの日本人論なんだと思う。

お上に対して文句はいうけど、お上に直接それをぶつけるでもなく、結局は上意に従って、またそれの文句を垂れるの繰り返し。

その柳腰もひとつの賢い生き方だ、というのもありだし、だから無理やりそれを変える必要もないのかもしれない。

けれども、明治、大正、そして戦後において’権利’というやつが日本の中に根付いていって、それはそれでいいのだけれど、その権利とセットであるはずの’責任’が欠けているのが問題で、モンスター・ペアレントにしても、不祥事を起こしてアタマを下げる経営者にしても、根っこにはその問題があるように思えるのだ。

■小学生の頃に先生から

 
’義務’と’責任’の違いを答えなさい、
 

なんて言われたことがあるけれども、その答えは未だにわからない。

世の中には理屈抜きにやらねばならないことがあって、’義務’とはそういうことだと理解しているが、’責任’、というやつについてはどうにもスカッといかないのである。

■もしかすると、分かっているつもりの’義務’についても、お上ごもっとも、世間様に顔向けできない、の文化のなかで定着しただけで、一皮向けばこれもよく分からないものなのかもしれない。

し、だからこそ、’責任’についてもよく分からないのかもしれない。

逆に言えば、’責任’が分かることで、’義務’の再定義も可能になってくるのだろう。

そこでキーワードになってくるのはやはり’権利’であり、それと’責任’との関係にポイントがあるに違いない。

■そこで裁判員制度である。

これは国民の義務なのか、責任なのか。

日本人の多くはこれを’義務’と捉えているのではなかろうか。

いや、言葉上は’責任’だ、と答えるのであるが、心情として「心ならずも課された’義務’」と捉えているのではないか、ということである。

■もし、ここに’権利’という概念があれば、少し雲行きが変わってくるのではなかろうか。

では、ここでいう権利とは何か。

刑事裁判に関していうならば、公正に裁かれる権利、であろう。

事実に基づいて有罪・無罪を判定され、イイカゲンな証拠では有罪とされない権利(無罪推定)。

そして、有罪であったとしても、法外な刑を受けることのない権利。

そういう被告人の権利である。

■今まで日本人は、その権利を守ることをお上に任せてきた。

その上で、犯罪者の人権ばかりを重視して遺族の人権を軽視しているとかの意見を垂れ流してきたわけである。自分自身がそうであるように。

ところが、

起訴される事件の99.9%は有罪判決。

なんていわれてビックリ仰天するわけだ。

いや、数字のマジックに踊らされることを嫌ったとしても、検事、弁護士、裁判官の閉じたコミュニティのなかで、一般の常識との乖離が生まれ、それも被告人に不利な方向にハタラくという後藤先生の話には説得力がある。

■しかも、この番組のHP上でのコメントにあるように、「素人の方が有罪にしやすくて、プロの方が無罪にしやすいと思ってた」という太田の話に後藤先生自身が驚いた、というのだからこっちも驚く。

中立な立場であるはずの研究者であっても、’法律家コミュニティ内の常識’による偏りがあるということで、じゃあ裁判官はどれほど一般人と乖離した感覚を有しているか、ということである。

■その閉じたコミュニティに我々は自分自身の’権利’を委ねてきたのである。

それは、自分が被告になったときに守られるべき’権利’である。

自分が被害者になることを想像しても、なかなか自分が被告になる想像力は我々にはないが、松本サリン事件の例を引くまでもなく、冤罪としてそこに引き込まれそうになる可能性は決してゼロではないのだ。

その時になってはじめて青くなる。

そして世間は被告の権利には知らん振り。

■今回の番組を見て、いろいろ考えるまでは、裁判員制度は「被告を裁く権利」なのだと勘違いをしていた。

太田の言葉を聞いていても、そういうニュアンスが感じ取れて、決して特殊な感覚ではないのじゃないか、と思う。

そして、その大きな勘違いにこそ、裁判員制度の捉え方を難しくしている本質があるように思えてくるのだ。

■裁判員制度が守る権利は、法によって侵されるかもしれない被告の人権である。

その上で、被害者の人権をも考慮しながら適正な裁きを規定する、ということである。

我々が裁判員制度で負うべき責任は被告の人権を守ることであり、それは誰のためでもなく、自分自身が法に裁かれる立場になったときに守られるべき権利なのだ。

一般的な解釈は別として、それがこの論の結論である。

■義務と責任の話は難しくてまだよく分からないところもあるが、責任というものが自分自身の権利とセットであることは間違い無さそうに思う。

やはり分からないことは具体的な話で考えるに限る。

モンスター・ペアレンツにしても、不祥事を隠してしまう企業にしても、守られるべきは誰のどのような権利なのかを考えることで本質的なものが見えてくるということなのかもしれない。

また、改めて考えてみたいと思う。

    

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                          <2009.07.12 記>

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Photo新版 わたしたちと裁判
後藤 昭 著  岩波ジュニア新書 (2006/10)

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それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD]
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■この映画が気になってしまった。

  
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2009年7月 5日 (日)

■ああ、アメリカよ。『爆笑問題のニッポンの教養』 日米関係史、阿川尚之。

今回のテーマは、日米関係史。

File077_us_ilove_you_2
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE077: 「U.S. I LOVE YOU」 2009.6.30放送
慶應義塾大学教授
日米関係史・米国憲法史 阿川尚之。

■アメリカってなんだろう。

阿川先生の見るアメリカは、多様性に富んだ自由な国。

太田の見るアメリカは、大国の正義を押し付ける尊大な国。

きっとどちらも本当のアメリカなのであろう。

■感覚的には、太田の言うアメリカの方が理解しやすく、すっと入ってくる。

特に、ソ連崩壊後に唯一の超大国となってしまったアメリカは、自由主義の旗頭という役割を喪失し、それ故に各地の紛争に関わる大義が見えにくくなってしまった。

それまでのアメリカの覇権主義が良かったとはいえないが、大義名分を失ったアメリカに世界の批判が集中するのもやむを得ないことなのだ。

■アメリカを擁護する阿川先生は、その問題を正面から答えることを避けているように見える。

と、いうよりも、関心事が別のところにあるといった方がいいかもしれない。

巨大なバケモノと化してしまったアメリカについて語るのではなく、その本来の姿について広く理解を得ることで、それはバケモノなんかじゃない、という伝道をおこなっている、ということなのだろう。

■アメリカを批判するのは簡単なことである。

けれど、その前にアメリカという国の成り立ちを知ること、実際のアメリカ人と友人となって語り合うことが重要だ、という阿川先生の意見は非常に正しいように思える。

たぶん、それでも、アメリカという国に対する批判的精神が変わることはないのだろうが、その批判に幅が出ることは確かであろう。

やはり、知ること、というのは大切なことなのだ。

 

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                                                 <2009.07.05 記>

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■ 憲法で読むアメリカ史(上)
阿川 尚之 著 PHP新書 (2004/9/16)
         

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2009年6月28日 (日)

■邯鄲の夢。『爆笑問題のニッポンの教養』 実験心理学、一川誠。

今回のテーマは、実験心理学。

File076
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE076:「『時間』という名の怪物」 2009.6.23 放送
千葉大学文学部行動科学科准教授 実験心理学、一川誠。

■比較的すんなりと話が流れた感がある。

隔離された部屋で爆笑問題のふたりが雑談をする、その時間がどれくらいかをふたりに尋ねると、太田が5分で田中が3分、実際は4分と、まあ見事に分かれたのだけれど、それを太田は退屈してたんだろうな、とか田中の方が一生懸命話してたんだろうな、と考えるのはごく普通のことなのである。

■そこで爆笑のふたりがそうだよね、と納得してしまうから「え?」という展開が無い。

まあ、こういうこともあるでしょう。

そんななかで、浦島太郎の玉手箱の話についての太宰の言葉を紹介した太田の話がおもしろかった。
 

 楽しく美しかった竜宮城の思い出は、玉手箱を開けて遠い過去のものとなって初めて完成する。

 
というのだ。

■実は、主観的時間というものは、今、この瞬間にしかないのかもしれない。

私が知っている「過去」が本当にあったことかなんて誰も検証することは出来ない。

あるのは、ただ、そういった過去の出来事が現在の意識に展開した影でしかないということだ。

■先の玉手箱の話でいえば、それは今とつながりのある竜宮城の記憶を断ち切って過去へとつなぎかえる作業であって、そうすることで「主観」から切り離された出来事として独立した相対的な「過去」が完成する、ということだろう。

・・・なんていうと、ただ文学的に味わえばいいものを、またこんなツマラナイ理屈をならべやがって、なんて野暮なヤロウなんだ、と笑われてしまうだろうか。

■だが、「時間」と「記憶」とを並べてみると、いろいろ面白いところがありそうな気もするのだ。

たいくつな時間は長く感じるが、思い出としては何も無い。

濃密な時間は早く流れるが、記憶として再生するときにはあれもこれもと膨大な量となる。

まさに邯鄲の夢。

  
じゃあ、夢なんかじゃない、

直(じか)に生きているってどういうことだろう。
  

ふと、そんなことをぼんやりと考えてみたくなった。

 

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                        <2009.06.28 記>

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Photo ■ 大人の時間はなぜ短いのか
一川 誠 著 集英社新書 (2008/9/17)

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2009年6月25日 (木)

■「生命」とは全体の動き、そのものなのだ。『爆笑問題のニッポンの教養』 複雑系科学、池上高志。

今回のテーマは、複雑系科学。

Photo
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE075:「博士が愛した『イノチ』」 2009.6.16放送
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 
複雑系科学 教授 池上高志。

■何も刺激を加えていないのにひとりでに動き出す脂肪膜につつまれた擬細胞。

円筒の中の水をゆっくり回してやると生まれてくる不思議な模様。

パソコンの画面のなかであたかも生きているかのように振舞うドットのカタマリ。

実に面白い。

■池上先生の研究は、その「面白い」に注目する。

一般的な科学が、判っていることを積み上げて全体像を語ろうとするのに対して真逆のアプローチなのである。

とにかくやってみよう、見てみよう、

そこからものごとを考えよう、

というその姿勢は、きっと2000年前の科学者(哲学者)に近い、より純粋なものなのかもしれない。

■太田さんも(既成のものを)破壊してみては?

と水を向けられた太田は生真面目に答える。

自分が考える’飛びぬけたもの’というのは、滑走路を飛び立つ飛行機のように、既成の地道な努力の積み重ねの先にあるものだ。

時々、突飛なことをやって、基本からはずれたところから始める人たちがいて、お笑いの世界にもあるのだけれど、それは違うと思うのだ、と。

■守、破、離、

なんてことをいうけれど、泥臭く地道な「守」無くして、「破」も「離」もあったもんじゃない。

まったく太田と同感だ。

■多分、池上先生のいう「新しいことを意識的につくる」というのも、十分すぎるほどに泥臭い調査、仮説、実験のトライアンドエラーを繰り返した上での「破」であって、その土台には無意識にかもしれないが、確実に「守」があるのだと思う。

だからこそ、池上先生のつくる「突飛なもの」が面白いのであるし、科学的好奇心をくすぐるのである。

■気象にしろ、経済にしろ、よくわからない振る舞いをするもの(複雑系)を捉えるのに、地球シミュレーターのような馬鹿でかいコンピューターで予測をしよう、なんていうアプローチが主流のように思えるのだが、果たしてそれは正しいのだろうか。

結局は小さく細分化されたセルに対して既存の方程式を組み込む試行錯誤に過ぎないのではないか。(競馬の予想屋と何が違うというのだ!!)

■そういうことじゃなくて、「全体の動き」そのものに着目する。

それは今まで語られてきた「科学」では無いのかもしれないし、ただ面白いだけで、複雑系の仕組みを解き明かすまでには至らないかもしれない。

けれど、それでいいじゃないか。

面白いことに、ここに来て「科学」という活動自体がひとつの複雑系になりつつあって、それが臨界を突破してあたらしい「自律的なカタチ」を生み出すとするならば、そこには池上先生のような突飛な多様性こそが必須のものと思えるからなのである。

  

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                                                          <2009.06.25 記>

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■ カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み
スチュアート カウフマン 著 日本経済新聞社 (2002/09)
■複雑系科学の到達点と謳われる本。
一度しか読んでいないのでまだ理解度は浅いが、それでも十分に感動ものだ。
そのうち再読して記事にしたいと思っている本のひとつなのだが、いつになることやら・・・(苦笑)。
  

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■動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ
池上 高志 著 青土社 (2007/09)

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2009年6月 6日 (土)

■サバイバル・テクノロジーという発想。『爆笑問題のニッポンの教養』 触媒化学、原亨和。

今回のテーマは、触媒化学。

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■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE069:「永久エネルギー誕生!」 2009.4.21放送
東京工業大学教授
機能セラミックス・触媒 原亨和(はらみちかず)。

■石油化学の領域で、触媒としての硫酸が欠かせないものだなんて初めて知った。

で、実際の処理工程を見てみると、反応前後で変化しないのがミソの触媒なのにも関わらず、目的の物質を取り出すためにわざわざ中和処理をして硫酸でなくしてしまうのは確かに賢くないなあと思う。

■そこで原先生が硫酸と’炭’とを混ぜてやって作り出したのが「カーボン固体酸」というやつで、これなら生成物をろ過してやるだけで分離でき、そのまま何度でも使えるスグレモノ。

こいつを使ってやれば、木屑とか雑草なんかを反応させて砂糖をつくり、そこから石油代替物質としてエタノールが手に入る、という’エコ’な時代が求める画期的技術なのだ。

■そこで胡散臭いと思わせないのは、原先生は決してこの技術で環境問題や石油危機の問題が根本的に解決できるなどと大風呂敷を拡げないからである。

そこには少年時代に体験した石油ショック(当時10歳くらい?)が切っ掛けで、なんとかこの豊かな生活を維持しながら生き延びたいという、今でいうサスティナビリティ(持続可能性)を先取りした強い思いがある。

根っから真面目なのである。

■より少ないエネルギーで求めるものを手に入れることが出来る技術、サバイバル・テクノロジーといっていたか、その考え方が印象深い。

確かに、我々はそこを見誤りがちなのである。

■使い捨ての牛乳パックと、リユースが出来る牛乳ビン。

どっちが’エコ’かといえば誰でも牛乳ビンだと思うだろう。

けれど、よく考えてみれば牛乳ビンは重いからその分輸送費は余計にかかるし、回収はもちろん、洗浄、消毒なんかの手間もかかる。

「消費者が牛乳を飲む」ということに対してどちらがトータルで消費エネルギーが少ないか、そうやって真面目に考えてみると、牛乳ビンが本当に’エコ’なのかどうなのか何だかあやしくなってくる。

■そう言うと、「いやいや、誰が何と言おうとリターナルビンはエコなのだ、これに反対する人は反エコなのだ」なんて自称・環境にやさしい人たちからマナジリを結して批判されそうなのだけれども、冷静に、トータルで考えることが必要だし、先生の仰るとおり、結論がスグには出ない問題だったりするものだから、常にアタマの柔軟さが求められる。

それはコンビ二袋の話であったり、割り箸の話であったり、ハイブリッドカーの話であったりするわけで、達成手段が目的化してしまい、根本的な議論がなおざりにされるのはヨロシイことではないのである。

■テクノロジーを生み出す立場人間がそういう広い視野と柔軟性をもっていること。

先生の真面目さと謙虚さを見ていて、しみじみと心に響いた。

サバイバル・テクノロジー。

技術屋の端くれとして、その思想、しかと心に刻み込みたいと思う。
 

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                           <2009.06.06 記>

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■ Sustainable Design[サステイナブル・デザイン]
デザイナーと企業が取り組むべき環境問題

Aaris Sherin (著), 石原 薫 (翻訳) ビー・エヌ・エヌ新社 (2009/4/25)

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■言葉にした瞬間に消え去ってしまうものがあるのだと分かっていたとしても。『爆笑問題のニッポンの教養』 文化人類学、川田順造。

今回のテーマは、文化人類学。

Photo
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE073:「人類よ声を聴け」 2009.6.02放送
東京外語大名誉教授 文化人類学 川田順造。

■文化人類学っていうと何故か少しマユにつばをしたくなるのであるが、さすが’巨人’ともなると雰囲気がある。

新婚時代に未開の集落で日本人は奥さんとふたりだけっていう状況もすごいんだけど、そのうち日本語がめんどくさくなってくる、っていう話に唸らされた。

そうか、言葉ってそういうものなのか、と新しい角度からの光が差し込んだ感じ。

■このにこやかで柔らかくも、鋭く深い感覚はどこかであったな、と思ったら、水木しげるさんだ。

好奇心と実体験と才能に溢れていてそれが渾然一体となって、そこにある。

言葉を介さずに太鼓の音で直接語る民族の話とかを聴いていて、そのまま引きずり込まれて眠っていた新たな感覚を呼び起こされる感覚だ。

それは理屈による理解の対極にある。

■そのなかで太田の「ガンバレ」論が光っていた。

「ガンバレ!」

と相手を励ますとき、相手は「こんなに頑張ってるのに、」っていう責められる感覚を覚えたりするのだけれども、だから「ガンバレ!」と言うのを諦めるのではなくて、何とかそれを伝えたい。

相手に「もっとガンバレ」とプレッシャーをかけるつもりはまったく無くて、でも「あとチョッと!」というニュアンスも少しはあって複雑なのである。

■すごく分かる。

何か言葉にならない、’うめき’のようなもので表現したくなるようなもどかしい感じ。

先生がいう「伝えたいことが、脳から言葉を経由せずに指先から直接太鼓に伝わって音となる」豊かさがあって、言葉にした途端に消え去ってしまうもの。

■われわれが会話において相手に伝えることのうち、言葉で伝えられていることは実に一割程度しかない、という話がある。

目であったり、表情であったり、身振り手振りであったり、そういうことが「感覚」として相手に伝わって、その体内に身体感覚として再生される、それが伝達の9割を占めるというのだ。

何をもって9割というかはよく分からないが、ナルホドと思わせる話である。

■じゃあ、川田先生の新婚時代のように言葉を使わずにやっていけるかというと、そういうものでもないだろう。

言葉にした瞬間に消え去ってしまうものがあるのだと分かっていても、我々は言葉を使わざるを得ない。

たとえそれがモドカシイものであったとしても、「一対一」の見つめ合いだけでこの文明を維持できるはずもなく、もうエデンの園へと戻ることは出来ない。

だから、ひたすら表現を磨くのである。

     

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                           <2009.06.05 記>

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■口頭伝承論〈上〉川田 順造 著 2001/04 平凡社ライブラリー

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