●8.社会・報道・ドキュメント

2017年6月26日 (月)

■【社会】豊田真由子議員暴言問題。水に落ちた犬は打て。三度の飯よりイジメが大好きな私たち♥

「このハゲー!!」

先週、自民党の豊田真由子議員の秘書に対する暴言や暴行が明らかになった。ネットやマスコミは元秘書が録音したと思われる音声に盛り上がり、最終的に豊田真由子議員は離党届を出し、本人は入院中、という。

20170626toyotamayuko

■これはもう議員というよりも人間として間違っている。

それは明らかだ。

けれど、秘書に裏切られてその言動が世の中にばれた時点でもう、「水に落ちた犬」だ。再起不能。

中国には「不打落水狗(水に落ちた犬は叩くな)」という古語があるのだけれど、魯迅は、世の中に打ち据えられ信用も権威も失う状態に至ってもなお悔い改めない心根の曲がった人間を皮肉ってそれを改変し、「打落水狗(水に落ちた犬は打て)」と言ったという。

今の日本人の心根はこの魯迅の感覚に近いのだとおもう。

■どれだけその人間が人として間違っていても、それが世間にさらされ、完膚なきまでに叩き潰された時点でゲームセットだ。

そこに乗っかってその人間をさらに叩く行為は、「義憤」の名を借りた「うっぷん晴らし」に他ならない。

そういうバッシングを行うテレビのコメンテーターやSNSの投稿者は、いじめ問題が話題になればまたぞろ正論を振りかざしながらバッシングを行う人たちだ。そして、その自らの精神構造が「いじめ」の構造とまったく変わらないことに彼らは決して気が付かない。

豊田真由子議員の桜蔭時代からの友達が、「彼女もそこまでになる前にストレスから逃げればよかったのにと残念です」とコメントしていたが、それは豊田真由子議員もまた人の子で、ちょっと変わっていたかもしれないが、モンスターだったわけじゃない。僕らだって、いつそうなるか分からないんだよ、と気づかせてくれる、ナイスコメントだったと思う。人としての彼女を知る友人だからこそ出せるコメントだと思う。

そういう人間らしい想像力さえ働けば、バッシングしようとするこころにブレーキをかけられる。

いやいや、彼女はもともとモンスターだったんだ、という人がいるならば「スタンフォード監獄実験」について調べてみることをおすすめする。

昨日まで仲良く暮らしていた隣人同士が殺し合いを行ったボスニア紛争、イスラム教徒の捕虜への虐待が暴走したアブグレイブ刑務所、具体例にはことかかない。

人は状況でたやすく変わってしまう脆弱なものなのだ。

あなただって、わたしだってそれは変わらない。

■そんなことにはまったく関心はない。

こいつらは間違っている。許せない。

もう反抗できない状態になっても叩き続ける。

本当に日本人は「いじめ」が大好きなのである。

そして眉間にしわを寄せながらも、バッシングに日頃のストレスを発散して、自分でも気が付かないその心の奥底で「メシウマ~♪」と叫んでいる。

ああ、気持ち悪い。

反吐が出そうだ。

■6/24放送の新・情報7daysニュースキャスターでこの問題が取り上げられた時、たけしが、

「このハゲー!って言ってたんだから、各局、ハゲーって言ったっていいんですね。フジテレビを除いては」

なんてコメントをして出演者を慌てさせていたけれども、これは本当に大人な態度だと感心した。

「水を差す」の斜め上を行くこの発言は、小倉智明にはいい迷惑なんだけれど、もう終わってんだからいいじゃん、下らねえことに時間使ってんじゃねえよ、という苦言をジョークで伝える高度な技だ。

こういう「空気」を直接批判するのは極めて危険だと分かっているんだよね。たぶん。

爆笑問題の太田には、もっとたけしを見習って欲しいものである。

                            <2017.06.26 記>

 

<追記>しかし、先週これだけ騒がれてたのに週が明ければ急に触れられなくなったね。大人になった??いや、いや、今まさに都議選の真っ最中。またまたいやーなご指導が入ったのではないか、という気がしてならないのだけれど、気のせいかな。。。。(森達也が「自粛を要請する」って、日本語としておかしいでしょ!と指摘してたけど、ホント笑っちゃうよね。)

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2017年6月21日 (水)

■【社会】加計学園問題新資料は不正確と松野文科相が荻生田官房副長官に謝罪。って、もう降参なの??情けないな!!

昨日の夜のクローズアップ現代のスクープから一夜明けて、松野文科相も、義家副大臣も官邸から何を言われたのか、昨日まで元気を取り戻していた二人が急に俯いて謝罪だと。誰にって?もちろん官邸です。

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■都議選で自民党が負けたら分かってるんだろうな、とか、脅されたに違いない。

まったく誰のために仕事しているのか。

メモは不正確で書いた本人も内容が確かかどうか記憶がない、、、って、嘘つけよ。

確かに会議ってのは時間が経つと記憶があいまいになって言った言わないが問題になる。だから会議が終わったら速攻で議事メモを作成するわけだ。

その原文が残っていて半年前のこんだけ重要な話を覚えていないわけがない。

し、正確であるためのメモなのだから正確でないはずもない。

もし正確でない場合があるならば、今のこの状況を半年前に予知した文科省の課長補佐が「総理や官邸を嵌める」ために作成した、というような場合だけであろう。つまり、そういうことはありえない。

要するに、ふたりが荻生田官房副長官に謝ったのは、今回の文書が不正確だったからではなく、お上にたてついて総理や官邸の足をひっぱったから、ということだ。

■しかしまあ、松野大臣も義家副大臣も情けない。

その程度の気概なら、前回の調査でも資料は見つかりませんでしたとやっとけばよかったんだよ。

文科省の役人がかわいそうだ。

もしかしたらと期待しちゃったじゃないか。

また官邸の奴隷に逆戻りだね。

ああ、つまらん。

【反逆の狼煙】って、好きなんだけどな。そういうのは小説の世界にしかありえないのかな?

                     <2017.6.21 記>

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2017年6月19日 (月)

■【社会】米海軍イージス駆逐艦コンテナ船衝突事故。アメさん、恥ずかしいね。

亡くなった乗員には申し訳ないけれど、米軍、間抜けにも程があるな。

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■北朝鮮情勢が緊迫している日本近海でなにやってんの?という話。

イージスシステムの死角云々とかそういう問題ではなくて、どこぞの誰かが夜中にボートで接近してくるかもしれない状況で何たるんでるんだよ、ということだ。

コンテナ船の衝突部位を見る限りななめ後方からの突入だろうから分かりにくかった、とはいえ、それが分からないのでは「航海当直(ワッチ)め、居眠りしてただろう」と言われてもしかたない。

米海軍、本件はあまりに恥ずかしい事態なので、ことを荒立てずフェードアウトをねらうに違いない。

ああ、恥ずかしい。

                  <2017.06.19  記>

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2017年6月17日 (土)

■【社会】加計学園、総理のご意向問題。内閣府=戦前の内務省化の流れを止めよ!文部科学省頑張れ!!

「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」

加計学園の獣医学部認可について内閣府から文部省への相当な圧力があったことは確かなようだ。

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■それをしれっと、「怪文書」だの、本件とまったく関係のない前川前次官への人格攻撃だのをやっていた菅官房長官はとんだ恥さらしである。もう国民の信頼なんてものはすっかりなくなった感がある。新元号を発表する役割なんて到底ダメだろうね。残念でした(笑)。

まあ、こんなくだらない人間の話なんてどうでもいい。

問題は、内閣府の各省庁への動きが明確になったことである。

■要するに人事権を盾に内閣府が各省庁をコントロールする体制を整えているということだ。

それがあるからこそ、こういう高圧的な態度で介入することが可能になるという構図だ。

さらに内閣府は警察庁を監督する国家公安委員会を擁しており、その役割は監督、監察だから直接の警察への指示命令系統はもたないけれど、非公式の指示系統は人脈でいくらでも作れるし、実際、「出会いバー」の調査だって実働部隊は公安警察なのだろう?平成の特高警察というわけだ。しかもテロ等準備罪が成立したから、なにをこそこそ話しておるか!と犯罪を犯していなくてもいつでもしょっ引けるという寸法だ。

これが安倍晋三が思い描く「美しい日本」の姿である。

■何度も書くが、安倍首相やその取り巻きの官邸の連中が悪人だとは思わない。

日本の国のことを考えているのは間違いないだろう。

問題なのは、独善的で批判や議論すら許さない、そのやり方なのだ。

国民をバカにするのも休み休みにしろと言いたい。

これではどこかの国と変わらんではないか。

けれど少しほっとしたのは、松野文部科学大臣や義家副大臣が内閣府の調査結果が文科省の調査を否定する内容だったことに猛反発していることだ。(ヤンキー先生汚名挽回!)

■しばらく前に、私はこのブログで官邸のいいなりになって自分で考えることをやめた文科省は解体してしまえ!とわめいたけれども、少なくとも前川前次官は猛烈に反発していたようだ。骨のある人物もいたのである。

それでも、教育基本法改定も、大学を営利機関ししようとする動きも、道徳教科書も止められなかった。人事を掌握するということはそういうことなのだ。(中曽根の娘婿でなければ次官にはなれなかっただろう。)

森友は、相手が変わった人物だから、となんとなくネタ的な流し方をしていたけれども、今回の官邸の敵の前川氏は、マスコミ受けが良くて国民的にかなりポイントを上げてきているとみる。

今回の件の第一報を朝日新聞より先に報道したNHKは、肝心な部分を黒塗りにして何のニュースか分からなくしてしまった。

官邸の手のまわった経営サイドに止められたというもっぱらの評判だ。

■しかし、ここに来て論調は、内閣府の調査結果って。。。。という感じになってきている。

それは読売のネット記事にも言えることで、文科省の良心的叛逆が逆転の一打を放ったといっていいだろう。

今から謝ります。

文部科学省の皆さん、侮辱してごめんなさい。

そして、頑張ってください。

応援しながら見守っています。

                     <2017.06.17  記>

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2017年6月15日 (木)

■【社会】「共謀罪/テロ等準備罪」法可決。議論無くして民主主義なし。「良かれ」が独裁に変質していく仕組みについて。

夜通し国会明けの今朝、「共謀罪/テロ等準備罪」が可決された。

参議院法務委員会での採決を省略して本会議でさせるという異例の対応だ。

これは、どう考えても長引く加計学園問題の早急な幕引きが目的で、首相官邸の目論見通り、18日には国会は閉会となる見通しである。

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■国会って一体なんだろう。

多数決で決めるだけならば、「議会」なんていらないだろう。

民主主義の本質は、多数決ではなく、多様な意見を議論によってお互いに理解し、その上で最良の選択をしていく、その点にある。

議論こそが民主主義の要なのである。

「共謀罪/テロ等準備罪」のような、正体の分からない法案についてはまさに議論をしつくして疑問や問題点を明らかにしたうえで、その対応も含めた修正を加えつつ決めるべきものだと思う。

それを「政権の安定」や、「都議選への影響」などといったことで蔑ろにすべきではない。

そこにあるのは民主主義の死である。

■与党が衆参両議院で過半数をとったことがすべての原因である。

「独裁」を生む土壌がそこに生まれたのだ。

初めから「独裁者」になろうとする人間はいない。

自らの思うままに権力を行使できる、その状況が「独裁者」を生むのだ。

安倍晋三が独裁者だといっているわけではなく、首相官邸を中心とした「政権」自体が「独裁」に染まろうとしている、そういうことだ。

■ヒトラーが率いたナチスドイツは初めから独裁だったわけではない。

当時のドイツの民主的ルールに基づいて国民に選ばれた政権だ。

しかし第一次大戦での敗戦の屈辱と経済の疲弊が、彼らを求め、絶大な力を与えてしまった。

その絶大な権力が暴走を生んでいく。

それは戦前の日本帝国軍にも言えることだろう。

天皇直結の組織である日本帝国陸海軍は政権によるコントロールを受けない。

エリート集団の陸海軍は馬鹿ではない。けれど、かれらの「良かれ」は、「組織の良かれ」に変質していき、日本を破局へと導いていった。

そう物事は単純ではないせよ、その側面が強いことは事実だろう。

■衆参の過半数を抑え、どんな法案でも可決できるパワーを得た安倍政権に怖いものはない。

彼らは彼らなりに日本という国のことを考え、「良かれ」と思って行動しているのだろう。

そこを否定するつもりはない。

けれど、その「良かれ」を実現するためには、その前提となる自らの組織とその権力の維持が不可欠であり、次第にそれが目的化していく。

安倍政権が打ち出す政策は独善的で押し付けがましく気に入らないのだけれど、ここに至り、今回の件は、「権力を守ること」が目的化してしまったという点で、とても重要なターニングポイントだったと思う。

■NHKも読売新聞も政権翼賛機関になり果てた。

文部科学省も行政機関の誇りを棄てて久しい。

これもまた「組織維持」の力である。

自民党という組織も含め、こういった「組織維持」の構造のなかで本質的意味が崩壊していくのだ。

ジャーナリストの誇りも、国家公務員の矜持も、政治家の志も、その地位を失えば意味がない。

その本末転倒が当たり前のように蔓延していく。それもしかたがないことなのかもしれない。

■けれど、そのことを考えるとき、わたしは2015年の自民党総裁選に立候補した野田聖子議員の「義を見てせざるは勇無きなり」というセリフを思い出すのだ。

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組織から外されようが、その結果、家族を路頭に迷わせようが、自らの誇りや矜持や志を守るためなら、それらはかなぐり捨てる。

ジャーナリストも、国家公務員も、政治家も、そういう気概がある人間がもっといていいのだと思う。

民主主義を守るのは国民だ、という正論はその通りだと思うが、はやり得られる情報も取れる行動にも限界があって、物事の背景にある一次情報にアクセスが出来、アクションの方法論を知った彼らが立たなければ、はやり時代は動いてはいかないのだ。

野田聖子に続いて一歩を踏み出す人間が増えていくことをこころから望む。

                       <2017.06.15  記>

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2017年5月26日 (金)

■【社会】テロ等準備罪(共謀罪)、衆院通過。劇薬は効くのだろうが、使う人間によっては危険な代物に。

テロ等準備罪ってなんだろね。

ほんとよくわからないんだわ。

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■要は、「実行」しなければ逮捕されなかったものが、「事前の相談」によって逮捕されるという理解をしているのだが、正しいのかな。

国際法の批准に必要とのことだけれども、対象となる犯罪を見てみると国際法云々の前にやってもよさそうな感じはする。

対象となる犯罪227の内訳は、「テロの実行」110件、「薬物」29件、「人身に関する搾取」28件、「資金源」101件、「司法妨害」9件。

これを見てみるとマスコミが「テロ等準備罪」ってのもなんだかな、という感じ。

「テロ対策」と銘打てば世論をごまかせるという匂いを感じさせて、実にいやらしい。やはり、これは「共謀罪」、或いは「組織犯罪準備罪」なのだと思う。

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■ここから見えてくる「犯罪組織」とは、テロリスト、カルト集団、やくざである。

テロ防止はもちろん、地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教の一連の事件、人身売買、最近はやりのAV強制出演とかを考えれば、「犯罪」が実行に移される前に、組織を拘束できるこの法律は、歓迎すべきものだろう。

その一方で問題視されているのは、一般市民がそこに巻き込まれるのではないか、という疑念。「相談」を知るためにはメールやLINEの傍受と分析が必要であり、監視社会になるのでは、という疑念である。

しかしながら、公安警察って、もう情報収集しているでしょう?CIAからアメリカ流のネット情報傍受の技術は受け取っているようだから、監視社会については、何をいまさら騒ぐのか、という感じである。

一般市民が、と騒いでいるのはいわゆる「市民運動」の人たちであり、我々一般市民とは、少し異なるような気がする。

彼らはもともと公安警察の監視対象なのだから。

■ものごとにはメリットとデメリットがつきものだ。

今回のような効き目の強い「劇薬」ならなおさらだ。

そこでマスコミに期待するのは、過去の事件をもとに、「あの時に共謀罪があったらどういうことが起きて、どういう展開になったか」のシミュレーションを行い、メリットとデメリットを具体的に明らかにすることである。

地下鉄サリン事件なんかは、きっと防止できていたのではないか、と思う。

■なんにせよ、刃物自体が悪いのではなく、刃物を使う人に問題があるかどうか、ということだろう。

たぶんわれわれが無意識のうちに「やばい」と感じてしまうのは、安倍首相をはじめとした首相官邸および自民党の戦前回帰の雰囲気によるもののような気がする。

何しろ連中は、憲法が権力を拘束する装置だという理解をせずに、国の運営がやりにくいから憲法を変えてしまえ、という大きな勘違いをした集団だからである。

いや、誰も戦前の全体主義を目指そうなんて思っていないというのは正しいだろう。けれども、そこに「上からの管理」を是とする思想がある限り、本質的には変わらないということだ。(「軍部」が「経団連」に変わっただけである。安倍政権を見ていると国民より、大企業の方を向いているのは明らかだ。)

公安が特高警察になるかどうかは、政治の胸先三寸。

市民団体が危惧するように、原発反対運動や、基地反対運動に対して、犯罪行為を行わなくても難癖をつけて拘束される事態が生じれば、それは民主主義の危機となるだろう。

そういった市民運動は、市民としての意思表示という表の顔の裏に、外国を含む反体制勢力のバイアスを受けやすいという側面がある。

そこは極めてグレーな世界である。

個人的には中国による市民活動の操作を排除することは、国益に沿うことだと思っている。

けれども、「国益」は見る人間の視点によって変わるものである限り、「国益」を理由とした拘束は非常に危ない。

それを決めるのは、政権サイドなのだから。

そういう意味でも、シミュレーションを通じて、そういった権力の暴走を抑止する装置を考えていくべきなのだろう。

                        <2017.05.26記>

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■【社会】ひふみん、かわゆす。

いま、あさイチに加藤一二三 九段が生出演中。

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将棋はあんまりくわしくないんだけれども、藤井聡太のデビュー戦ですっかり大好きになってしまった。

この人のしゃべり方素敵だなあ、かわいすぎる!!

                     <2017.05.26記>

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2017年5月25日 (木)

■【社会】米家計の借金がサブプライム危機時を超える。飽和した社会での資本主義経済の構造的問題は治りようがないという事実。

今朝の日経朝刊にアメリカの家計の借金が08年のサブプライムローンによる危機の時点を超えたとの記事があった。当時甘い審査で問題になった住宅ローンが横ばいなのに対し、借金を増やしているのは学生ローンと自動車ローンという構図となっているようだ。

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■2009年に底を打ったNYダウは右肩上がりを続け、2015年後半の中国危機で足踏みをしたものの、調整を終えたのちに、今や当時の倍以上の20,000ポイント越えとなり、今に至る。アメリカ経済は絶好調だ。

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アメリカは内需が拡大し続けることでダウが伸びていく、という構図だ。

しかし、その原資は国民の借金であるということが今回の記事でよくわかる。

■市場経済は、市場が拡大し続けることで安定的に成長する。

市場の拡大とはつまり、発展途上の国が成長する中で消費を爆発的に増やしていくことである。

サブプライム危機の時点では、中国が経済成長のための膨大な投資を開始することによって、世界経済はそれを乗り切ったわけだが、現在、中国が高度成長を終え、市場にモノがあふれかえっている状態で、今時点、中国に取って代わる巨大市場もないのだから、アメリカの成長は不可思議としか言いようがない。

実際、2015年の夏の時点で、中国の限界がはっきり見えたわけで、そこでもうジ・エンドでもおかしくなかった。

■それでもなお、アメリカが成長を続けるのは国内での消費の拡大故である。

いやいや、ちょっと待て。

アメリカ国民はその消費の原資をどこで得ているのか。

だって、世界経済が止まりつつあるのに、いったいどこで儲けているのか。

そのマジックの鍵が借金なのだ。

■いまの経済は実態を映さない。

株をやっているとよくわかるのだけれど、株価がその企業の収益とか将来性から計算できる資産価値を反映させることは最早ほとんどない。あるのは「先読み」による一時の過熱と、機関投資家の売り浴びせによる長い低迷である。

そうやって金融市場という名のカジノで儲けた機関投資家が「マネー」を膨らませ続ける。

これは実態とかい離しているという意味で、まさにバブルである。

その膨らんだマネーの行き先が、「サブプライム」、要するに「金を返せるかどうか怪しい層」に対する「いいかげんな貸し付け」であり、回収不能となった債権がまとめられて新しい金融商品となることで壮大なババ抜きが続けられる。

住宅ローンについては横ばいになっているから、さすがに歯止めが効いているのだろうけれど、学生ローンと自動車ローンについては、もう盛大に貸し付けまくっているというわけだ。

これは2008年当時とまったく同じ景色だ。

■市場主義経済は新興国の経済発展を原資として成り立ってきた。悪い言い方をすれば、形を変えた植民地政策だ。

中国の地理的経済的拡大政策はまさにこの道筋を行こうとしているのだけれど、中国の巨体を維持できるほどの市場が開発できるとは到底思えない。

植民地主義的市場経済は終わったのだ。

それに代わって今、アメリカで行われているのは中間層から金を巻き上げてそれを原資とする国内植民地化、或いは奴隷化だ。

けれど考えればすぐわかることだが、借金で経済が膨らんでいったとしても、いつかは返せなくなる日が来るわけで、そうすれば壮大なババ抜きのゲームセット。

もう当時の中国はいないわけで、次の終わりが本当の終わりになるだろう。

■その中で、むしろ日本はデフレ続けてきたから、輸出産業の崩壊で猛烈な不況が来て日経平均が1万円を割り込んだとしても、生活自体は続けていけるのじゃあないかと踏んでいる。

大きな借金とか、現時点での金融市場への多額の投資とかを避けていれば、まあ、個人としては何とか食ってはいけるだろう。

何にせよ、先を読んでおくことなのだと思う。

それが今年なのか、3年後なのかは分からないけれども、その日が来るのは確実だ。

目の前の為替だ、日経平均だ、なんだの日々の変化に踊らされてはいけない。

バブル崩壊で社会が変化し始めて20年の月日が流れているのだから、そろそろ大きな構造的変化がカタチとして見えてくる時期は近いだろう。

残念なことに、わたしもあと30年くらいは生きてしまいそうなので、しっかりと準備だけはしておこうかと思う。

                     <2017.05.25記>

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<関連記事>

■【書評】『資本主義の終焉、その先の世界』榊原英資、水野和夫。いま、最大の国難の時期にあって我々はどう動くべきなのか。他、『資本主義の終焉と歴史の危機』 水野和夫 著、『資本の世界史  資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか』 ウルリケ・ヘルマン 著

 

 

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■【衝撃】カール販売中止!

菓子大手の明治は25日、人気スナック菓子「カール」の中部地方以東での販売を中止すると発表した。8月生産分から実施する。1968年発売のロングセラーだが、競争激化による販売低迷が理由。

20170525maeijikarru

■うそ~。大好きなのに。

明治さん、考え直して~!!

                   <2017.05.25記>

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2017年5月16日 (火)

■【社会】タバコの健康被害。COPDはなぜ急増したのか?低タール化とフィルターへの疑惑のマナコとiQOSのリスク。

■愛煙家に対する厳しさが加速している。かつては家の中で吸わせてもらえないかわいそうなお父さんの代名詞であった【ホタル族】たちも、マンションのお隣さんの苦情にあって、ベランダでも吸わせてもらえない時代になってしまった。会社も全面禁煙で、いったいどこで吸えばいいんだ!という話である。

まあ、その問題に関しては後で戻ることとして、自分の健康についてである。

やれ肺がんだ、やれCOPDだ、と世の中が脅しにかかっている。

肺がんについては複合的な要因があるだろうから、まあ、置いておくとして、COPDである。これはもう、逃げも隠れもできない明らかなタバコの害だと、本人も理解している。

酸素ボンベを引っ張って、鼻から管をたらしながらトボトボ歩いているおじいさんを見るにつけ、うーん、いつかはやめなければと心に誓うのである。

■けれど、ふと気が付いた。

おかしいぞ。

僕が子供の時代(昭和40年代、50年代)には、こういうおじいさんってまったく見なかったよな。

いやいや、寿命が延びたカラじゃん、なんていう人もいるだろうけど、寿命が延びた一番の理由は赤ちゃんや子供の死亡率が劇的に下がったからで、お年寄りも長寿になっているのは確かだとしても、COPDカートを引きずるおじいさんは70歳くらいに見えるから、これくらいの年寄りは昔も普通に生きていたのである。

そこでCOPDの死亡率を調べてみた。

20170516copd
【出展】一般社団法人 日本呼吸器学会HPより

■これは思った以上に驚きである。

2002年の死亡者は、1966年の死亡者の実に5倍以上なのである。

COPDより先に亡くなるケースも多かっただろうけれども、男女差の大きさを考えると喫煙の影響と考える方が自然で、これは明らかな急増である。

なんとなく、「昔はCOPDの人って見なかったよな」という感覚は、データにおいても正しかったのだ。

ならば、その理由は何か。

昔の人はタバコを吸わなかった?

馬鹿を言ってはいけない。

バカバカ吸っていた。猛烈に吸っていた。四六時中、どこでも吸っていたのである。

タバコがCOPDの原因ならば、まったく訳がわからない。

他になにか理由があるのではないだろうか。

と、考えていてると。。。。

そういや、昔の人は両切りだったな。

■両切りとはゴールデンバットとか、ショートピースとか、フィルターが無くて吸うと唇に葉っぱがくっついて大変な、あれである。

フィルター付きのタバコが広まった正確な時期は良く知らないが、時代考証の入った映画とかを見る限り、戦前は辞書を破って葉っぱを巻くようなシーンがあるし、兵隊さんが戦時中にいとおしそうに吸うたばこは紙巻だが両切りのように見える。

たぶん、かなりの確からしさで、戦後に海外から入ってきた【洋モク】と呼ばれるものがフィルター付きの走りだろうと思われる。

で調べてみると、いわゆる【洋モク】のフィルター付きのデビューは1952年のケントを皮切りに、L&M、ウインストン、マルボロと1955年までに出そろって、日本では1957年にホープ、1960年に’労働者のたばこ’ハイライトのという感じで、予想通りなのであった。

■いや、いや、でもそれは1950年代の話で、グラフの急増は1976年から始まって2002年でさらに増加でしょ?

と思いきや、

COPDでの死亡者は40代から指数関数的に急増する。吸い始めが二十歳で徐々に本数が増えていくことを考えると原因にさらされてから死亡に至るまで20年あまりの年月が必要ということだ。

つまり、そこには20年程度のタイムラグがある。

そこで先ほどのグラフの横軸の年代から20年を引いてみると、その増加のスタートは1956年。

見事に【洋モク】が出そろった時期と符合する。

ではフィルター付きのタバコがCOPDの原因と言えるのか?といえば、これではまだ、単なる偶然、という可能性もあり、因果関係がはっきりしなければ何とも言えない。

しかしながら因果関係を立証するには素人では荷が勝ち過ぎるので、あくまでも可能性としての仮説を提示するにとどめたい。

なぜフィルター付きタバコがCOPDを悪化させるのか。

そのヒントにたどり着くには、【胸の奥まで吸わなければ大人じゃない】という、わけのわからない指導を会社の先輩から受けた記憶に立ち戻らねばならない。

■学生時代には、かまやつひろしの曲なぞを聞いて【ゴロワースを根本まで吸わなけりゃだめだ】なんて両切りにチャレンジしたものの、さすがにきつくて、まあこれで勘弁してよとロングピースを吸っていた。

けむりを口に含むと濃厚で、芳醇なタバコだった。

けれど会社に入ってから上司に言われたのである。

「オマエ、ふかすだけで胸にケムリを入れてないだろ。子供だな。」

で、思いっきり吸い込んださ。

当然咳き込んだ。

でも悔しいから吸い込んだよ。我慢して。

それからだんだん吸うのがきつくなって、とうとうマイセンの3mmにたどり着いて今に至る。

吸うのは肺の奥まで。思いっきり。

じゃないと満足できない体になってしまったのだ。

■COPDは肺の奥の奥の末端にある肺胞で炎症がおこり、それが慢性化して起きる病気だと言われている。

ならば、肺の奥までタバコのケムリが到達しなければCOPDにはならないはずである。

要するに私の仮説は、両切りの時代には、タバコとはゆったりと口に含んでくゆらせ、鼻腔で味わうものであり、COPDを発症するに至るリスクは極めて低かったのではないか、ということだ。

一方、フィルターで抵抗のあるタバコを強く吸引すれば、すっと肺の奥にケムリがなだれ込む。

強いフィルター付きのタバコをくゆらすことも可能だけれど、胸の奥まで吸い込むのが男だ、的な迷信もあって、タバコとは、せわしなく吸引するものとなってしまった。

急に吸い込めば火種への流入空気量も増加して燃焼温度も増加するだろうし、よくわからないけれど、発生する物質に変化があっても不思議ではない。

さらにフィルターが濾しとるのは粒の大きな粒子であって、微細な粒子は何の抵抗もなく肺胞にたどり着くという寸法だ。

■これがCOPD急増の原因だと断定するつもりはない。

あくまでも私の立てた勝手な仮説である。

けれど、もしこれが正しいとすると、実にまずい。

1990年代だったと思うが、健康志向でタール1mgのタバコがはやり始めた。

今や、ヘビーなタバコを吸う喫煙家の方が珍しいくらいのマイルド志向。

しかし、1mgのタバコが健康にいいなんて思っている素人は最早かなり少なくなっているとは思うのだけれど、この仮説の通りならば、むしろ低タール、低ニコチンのタバコの方がやばい。COPDへの地獄の新幹線チケットとなる可能性すらある、ということだ。

■低ニコチンタバコであれば、体は早く!早く!とニコチンを求めケムリを急速に肺胞に導こうとする。低タールだから刺激もすくなくて肺胞ちゃんも、まあ、その時は受け入れてくれる。

けど、ケムリに含まれる物質は肺胞を強く、容赦なく攻撃するだろう。

原因はニコチン、タールだとは限らないのだ。

と、するなら紙巻タバコにフィルターがついた事例と同じように、低タール、低ニコチンタバコが、COPDの第二の急増要因になってもおかしくないということだ。

どこかの医療サイトをみると2020年には男性の死因の第3位はCOPDになるらしい。

その25年前はというとそれは1995年で、まさに低タールたばこが一般に広まっていった時期に当たる。

うーん、予想よりずっとCOPDの死亡者が増えそうなんだけど。。。。こういう予想は外れてくれた方がよいのかもしれない。

■さて、時代は受動喫煙防止である。2020年の東京オリンピックに向けた全面禁煙である。

そういう時代背景の中ですっかりおなじみなったのが電子タバコのiQOSだ。

開発したフィリップモリス曰く、有害物質の9割をカットなんだそうで、実際部屋の中で吸っても家族から文句も出なかったから、まあ、少なくとも周囲への影響は少ないのだろうな、と思われる。

けれど、吸っている本人への影響はどうだろうか。

確かにニコチンは入ってくる感じなんだが、圧倒的に物足りない。

たぶん悪いものは少ないんだろうけれど、タールを感じない物足りなさで、つい胸の奥まで吸い込んでしまう。

あ、これって!!

もしかすると、一定の吸引力でのフィリップモリスの測定実験に対して、実際に思いっきりiQOS吸引してみると有害物質ってものすごく増えるんじゃないだろうか。

いや、さっき試したときも少し咽たし、長年タバコを吸ってきた感覚的に健康に影響がないという気はあまりしない。

むしろ、吸い込みすぎがCOPDを悪化させたりやしないか、というのが心配のポイントなのである。

ハツカネズミの実験データでは、肺の炎症レベルで言うと、タバコからIQOSに切り替えた個体は、無喫煙マウスのレベルにすぐに低下するらしい。

とはいえ、実験なんて、主張したい内容に向けて如何様にもなるんだし、その研究機関にフィリップモリスの息がかかってないなんて誰もいえないだろう。

■私の仮説が正しいかどうかは分からないけれど、妙な確信めいたものはある。

このままマイルドなタバコを吸い続けるのはCOPDの観点から、極めて危険であるということだ。

タバコを吸い始めて早30年。

そろそろCOPDに襲われてもおかしくない時期である。

そういえば、最近、肺に痰がたまってゼロゼロする。

もしかしたら、もうダメかもしれない。

でも禁煙なんて出来そうもないし、

仕方ない。

明日から両切りのピースでも試してみようか。

タバコは肺に吸い込まない。

濃厚な香りをくゆらせる、

なんとかそういうやり方で許してもらえないものだろうか。。。。

                  <2017.05.16 記>

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