●3.名画座【キネマ電気羊】

2009年11月 7日 (土)

■【映画評】『沈まぬ太陽』。人間の生き様。ラストシーンの感動が止まらない。

上映時間3時間22分の大作である。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.36  『 沈まぬ太陽
          監督: 若松節朗 公開:2009年10月
       出演: 渡辺謙  三浦友和  他 

          001

■休憩10分をはさんだ3時間半もの長大な映画。集中して見ることができるかどうか、正直あんまり自信が無くて見に行くのをためらっていたのだけれども、そんな心配はまったくの無用。

恩地元というあまりにも真っ直ぐな男の生き様にあっという間に取り込まれてしまったのであった。

  
■ストーリー■

昭和30年代。巨大企業・国民航空社員の恩地元は、労働組合委員長を務めた結果、会社から10年におよぶ僻地での海外勤務を命じられた。かつて共に闘った同期の行天四郎が組合を抜けてエリートコースを歩みはじめる一方で、恩地は家族との長年にわたる離れ離れの生活で焦燥感と孤独に追いつめられ、本社への復帰を果たすも不遇な日々は続くのだった。そんな中、航空史上最大のジャンボ機墜落事故が起こり…。<goo映画より>

 
■この作品は、己の信念を曲げないがために僻地をたらいまわしにされる恩地の話と、日航ジャンボ墜落事故とその遺族の話、そして航空会社の腐敗体質にまつわる話が交差しながら進んでいく。

それぞれの話がそれぞれに深くて物語が発散してしまいそうに思えるのだが、それが逆にうまく共鳴しあい、さらに深みを増している。

■そのなかでもやはり御巣鷹山の墜落事故の遺族たちの話がやるせない。

あれから24年も経つというのにあのときのショックが鮮明に蘇る。

特に墜落中に家族に向けたメモを残した父親と、それを読む息子の話は胸がつぶれる思い。

丹念に遺族に取材したのであろう事実がしっかりと背景にあって、だからこそのリアリティであって、だからこその重みなのである。

■その一方で、この映画は実直な恩地元(渡辺謙)と、出世の鬼と化した行天四郎(三浦友和)の歴史を縦糸として物語を織っていく。

明と暗、陰と陽のそのコントラストが素晴らしく、またそのコントラストの強さに関わらず陳腐に落ちないのがまた素晴らしい。

それはもちろん原作と脚本によるものであるけれども、渡辺謙と三浦友和の魂を揺さぶる好演によるところが大。

また、そのコントラストを際立たせる俳優陣の力にもよるのだろう。

何しろそれぞれが主役を張れるような豪華な顔ぶれで、ため息が出るくらいなのだ。

■ラストシーン。

妻に先立たれ、日航機の事故で息子家族を一度に失い、ただひとり残された老人(宇津井健)が四国のお遍路の旅にいる。

その老人に宛てた恩地の手紙が胸を激しく揺さぶる。

こころの奥の底のところでズンと打ち震えるような感動だ。

救いようの無い絶望。

そこにはどんな慰めの言葉も届かない。

それでも生きていこうと思わせるのは、広大な自然に向かって立ち、ちっぽけな自分をいつまでも照らしている夕陽、その瞬間にあるのだ。

 

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                           <2009.11.07 記>

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■【原作】沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上)
山崎 豊子 著 新潮文庫 (2001/11)
  

■STAFF■
原作:山崎豊子『沈まぬ太陽』
監督:若松節朗  
製作総指揮:角川歴彦
企画:小林俊一
製作:井上泰一
脚本:西岡琢也
音楽:住友紀人
エンディング・テーマ:福原美穂『Cry No More』
製作:「沈まぬ太陽」製作委員会
製作プロダクション:角川映画
配給:東宝

■航空会社やスポンサーに首根っこを抑えられたテレビ会社の協力を得ずにこれだけの大作を真っ直ぐ作り上げた製作委員会と角川に深い敬意を感じます。
   



■CAST■
恩地元:渡辺謙
行天四郎:三浦友和
三井美樹:松雪泰子
恩地りつ子:鈴木京香
 * * * * * * * *
国見正之:石坂浩二
八馬忠次:西村雅彦
桧山社長:神山繁
小暮社長:横内正
堂本社長:柴俊夫
和光監査役:大杉漣
八木和夫:香川照之
 * * * * * * * *
利根川総理:加藤剛
龍崎一清:品川徹
竹丸副総理:小林稔侍
道塚運輸大臣:小野武彦
 * * * * * * * *
阪口清一郎:宇津井健
鈴木夏子:木村多江
小山田修子:清水美沙
布施晴美:鶴田真由
 * * * * * * * *
恩地純子:戸田恵梨香
恩地克己:柏原崇
恩地将江:草笛光子
 * * * * * * * *
国民航空123便操縦士:小日向文世
航空管制官:長谷川初範

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2009年10月25日 (日)

■【映画評】『私の中のあなた』。私は何の為に生まれてきたのか、生きるとはどういうことなのか。

これは泣けました。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.35  『私の中のあなた
           原題: My Sister's Keeper
    原作:ジョディ・ピコー「わたしのなかのあなた」
     監督:ニック・カサベテス 公開:2009年6月(米国)
  出演: キャメロン・ディアス アビゲイル・ブレスリン ソフィア・ヴァジリーヴァ 他

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■ストーリー■
11歳の少女アナは白血病の姉に臓器を提供するドナーとして遺伝子操作によってこの世に生まれた。母サラは愛する家族のためなら当然と信じ、アナはこれまで何度も姉の治療のために犠牲を強いられてきた。そんなある日、「もうケイトのために手術を受けるのは嫌。私の体は、自分で守りたい」と、アナは突然、両親を相手に訴訟を起こす。しかし、その決断にはある隠された理由があった…。(goo映画より)

   
■私は何の為に生まれてきたのか、という問いは、10代前半には芽生えてくる問いのように思える。

主人公のアナは、姉のケイトが生きていく為のドナーとして人工的に生を受けたわけで、客観的に考えるならば、その問いの答えはかなり厳しいものとなるだろう。

■物語はアナの独白ではじまり、アナの独白で終わる。

その間にある出来事を通して、彼女自身、その問いに対するひとつの答え、というより想いに至る。

そのとき、邦題の「私の中のあなた」というタイトルの意味が深く心に沁みてくるのである。

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■どうも「隠された理由」にこだわりすぎたのか、臓器移植を拒否するアナと、その一方でケイトに対する思いやりに溢れる日常のアナとのギャップに違和感を覚えてしまう。

きっと母親のサラ(キャメロン・ディアス)も同じことを感じていたに違いなく、見る者はその意味でサラと同じ目線で子供たちを見ていることになるのだろう。

■けれど、ケイトの命を助けることで気持ちがいっぱいになっているサラに対し、それ以外の大人たちの視点がしっかり描かれていて、観客はサラだけに没入することはない。

ふたりの娘のどちらの気持ちも汲み取ろうとする父親(ジェイソン・パトリック)、アナの訴えを叶えようと全力をつくす敏腕弁護士(アレック・ボールドウィン)、自らも最愛の娘を亡くしたばかりの裁判官(ジョーン・キューザック)、そして、ケイトにとって最良のことを常に考えている彼女の主治医(デヴィッド・ソートン)。

■その視線の多様さが、アナとケイトの造形に深みを与えてくれている。

と、同時に、「子供たちが自分たちで決めたこと」を理解する道筋を与えているのである。

■本来ならば、明るい青春を謳歌しているはずの年頃のケイトにとって、入退院を繰り返し、抗がん剤の副作用に苦しむ人生とはいったい何なのか。

そして、そんな姉にとって、これから明るい青春を謳歌するはずの妹を腎臓移植による苦しみの道に引きずり込むこととは、いったいどういう意味をもつのだろうか。

■同じ白血病をかかえるボーイフレンドの死に直面したケイトはそれを真剣に考え、兄と妹もその考えを尊重することを決め、行動に移す。

彼らにとって、それがどれだけ苦しい選択であったことか。

アナが移植を拒否した理由が明らかになるに従って、ケイトの、そしてアナの気持ちに落涙を禁じえないのである。

■「私の中のあなた」という邦題は、ケイトの中で生きるアナの臓器を想起させつつ、実はアナの心の中で生き続けるケイトの記憶のことを意味する。

もちろん、ケイトが生き続けられれば、それにまさることはない。

けれども、自然のままに生きられない、となったとき、果たして「生き続けること」が本当に最良の道なのか。

尊厳死、などという難しい言葉の前に、

生きる、とは一体どういうことなのか。

物語の中とはいえ、子供たちにそれを教えられる、それが感動をさらに深くするのだ。

   

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                           <2009.10.25 記>

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■【原作】わたしのなかのあなた
ジョディ ピコー 著 ・ 川副 智子 訳 早川書房
 

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■STAFF■
監督:ニック・カサベテス
原作:ジョディ・ピコー
脚本:ジェレミー・レベン、ニック・カサベテス
撮影:キャレブ・デシャネル
美術:ジョン・ハットマン
編集:アラン・ハイム、ジム・フリン
音楽:アーロン・ジグマン



■CAST■
キャメロン・ディアス    :母親 サラ・フィッツジェラルド
アビゲイル・ブレスリン  :次女 アナ・フィッツジェラルド
ソフィア・ヴァジリーヴァ  :長女 ケイト・フィッツジェラルド
ジェイソン・パトリック   :父  ブライアン・フィッツジェラルド
エヴァン・エリングソン  :長男 ジェシー・フィッツジェラルド
ヘザー・ウォールクィスト :ケリー叔母さん
 
アレック・ボールドウィン :アレクサンダー弁護士
トーマス・デッガー    :テイラー(ケイトのボーイフレンド)
ジョーン・キューザック   :デ・サルヴォ判事
デヴィッド・ソートン      :チャンス医師

     
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2009年10月 8日 (木)

■【映画評】『カムイ外伝』、活劇であるならば何よりも大切なのはラストのカタルシスに至る下準備なのだ。

♪忍びが通る~けものみち~。

風~がカムイの影を斬ぃる~。(ワクワク)

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.34  『カムイ外伝
           公開:2009年9月
           監督・脚本: 崔洋一  脚本: 宮藤官九郎 原作:白土三平
       出演: 松山ケンイチ 小雪 伊藤英明 他

          Photo

■ストーリー■
抜忍であるカムイは追われる身として厳しい追忍の刃を切り抜け、生き抜いていく。そんな逃亡の旅のなかで、カムイは奇縁によって漁師の半兵衛一家のもとに身を寄せることになるが、その半兵衛の妻もまた身を潜めて生きてきた抜忍なのであった・・・。
  

■監督:崔洋一、脚本:宮藤官九郎、主演:松山ケンイチなんてメンバーであの名作を実写化しようってんだから期待がぐんぐんと高まるのも当然。

一部の映画サイトでの評判の悪さはその反動なのだろう。

確かに、ワイヤーアクションがチープすぎるとか、山崎努の説明過多なナレーションに違和感を感じるだとか、いろいろと難点はある。

が、そのあたりに片目をつぶれば、なかなかの傑作。

■’飯綱落とし’、’変移抜刀霞切り’といったカムイの必殺技をうまく見せていたし、松ケンの忍者走りも決まっていたし、小林薫や伊藤英明を中心とした俳優陣の熱演と山崎努のシブい声によってでドラマの中にも没入出来た。

要するにエンターテイメントとして楽しめた。

決して1800円の価値のない駄作などではない。

それだけに、ラストの描き方がどうにももったいなく、解せないのである。

■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
   

■■■              ■■■

■渡り衆の頭である不動(伊藤英明)が島の民たちだけでなく、仲間であるはずの渡り衆まで皆殺しにした、そこの背景を、

「うぬがイヌだったのか!」

というカムイのセリフで全部を了解せよ、というのは原作を知らない観客に対して酷である。

果たして本当に伝わったのか、というそこである。

■もともと、「スガルの島」編は、半兵衛一家を中心とした島の人たちだけでなく、殿様とか、抜け忍集団の渡り衆だとか、追忍たちとかの関係が絡み合う複雑な話である。

それを2時間ほどの映画にまとめる苦労もわかる。

けれども、この話の何が大事だったかというと、関係のない者達をも巻き込んで無益な死に追いやっていく忍者社会の非道さ、その象徴である不動の裏切り。

そこを描くのがあまりにも早足過ぎるのではないか、ということだ。

抜け忍スガルと事情を知りすぎた半兵衛を始末するために島民を皆殺しにする理由もよくわからないし、抜け忍組織を作っておいてまとめて始末しようという不動のたくらみも分かりにくい。

そこがよく分からないまま、不動との対決に入っていくフラストレーション。

■なにもすべてが原作に忠実である必要はない。

けれども、不動が新たな抜け忍を助けに行くという名目でカムイを誘い出し、罠に嵌め、その間に半兵衛一家の水がめに毒を盛り、渡り衆を「組織を裏切った愚か者」呼ばわりしつつ船ごと全滅させる。

その一連の裏切りの流れが、不動に対するカムイの怒りの原動力になるわけで、そこを丁寧に描かなければラストシーンのカタルシスにつながらないのである。

物語りにとって、ラストに向けた流れの加速の丁寧さがいかに大切かを改めて認識した次第である。

  

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                           <2009.10.08 記>

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■カムイ外伝-スガルの島- (ビッグコミックススペシャル)
■【原作】白土三平 小学館 (2009/8/28)
■カムイ外伝全集、全11巻のうち、スガルの島編を抜き出した本だと思われる。話は独立しているからコレだけを読んでもまったく問題ないだろう。
  

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■決定版カムイ伝全集 カムイ伝 外伝 11巻セット
■2007年に刊行されたカムイ伝全集の外伝編。
映画公開と平行して新作が連載されているがそれは含まない。
  

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■カムイ伝全集―決定版 (第1部1) (ビッグコミックススペシャル)
■士農工商、エタ、非人。

江戸時代のその社会構造の歪みと悲劇、そして本当に生きる、ということを描こうとした壮大な叙事詩。

むごい話の連続なだけに、ラストの「生」に対する力強さに心を揺り動かせられた。

手塚治虫の『火の鳥』と並ぶ日本漫画史上に輝く傑作だとおもう。

(第一部、全15巻)
   

■STAFF■
監督 崔洋一
原作 白土三平
脚本 宮藤官九郎 、崔洋一



■CAST■
松山ケンイチ  : カムイ
小雪       : スガル(お鹿)
伊藤英明    : 不動
佐藤浩市    : 水谷軍兵衛
小林薫     : 半兵衛
大後寿々花   : サヤカ
金井勇太     : 吉人
芦名星      : ミクモ
土屋アンナ    : アユ
イーキン・チェン : 大頭
イ・ハソン  : カムイの少年時代
PANTA  : 絵師
隆大介  : 柏原
坂口征夫  : 渡り衆
* * * * * * * *
語り  : 山崎努

    
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2009年10月 3日 (土)

■【映画評】『惑星ソラリス』、アンドレイ・タルコフスキー監督。胸を締め付ける望郷の想い。

SFというよりは芸術映画といったほうがいいだろう。

文句無く、これは名作である。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.33  『惑星ソラリス
           原題: SOLARIS
           監督: アンドレイ・タルコフスキー 公開:1972年 3月(ソ連)
       出演: ドナタス・バニオニス ナタリア・ボンダルチュク  他

     Photo ■【DVD】惑星ソラリス

■ストーリー■
海の惑星、ソラリス。どうやらその海は知性を持っているらしい。軌道上の宇宙ステーションから帰還した研究者はソラリスでの驚くべき体験を語り、その真偽を確かめるべく心理学者のクリスがソラリスへと向かう。

   
■寡黙である。

とても寡黙な作品である。

下手をすると観る者が置いてけぼりにされてしまいかねないくらい、寡黙である。

静かな情景と抑えられた表情、少ないセリフで構成されたこの作品は、消化の良すぎるハリウッド映画に慣れた眼にはあまりに退屈に映るかもしれない。

けれども、『2001年宇宙の旅』と並ぶSF映画の最高峰とまで呼ばれるにはそれだけの理由がある。

『2001年』が人類の更なる進化について語る外向きの映画とするならば、ソラリスはひたすら深く心理の奥に入り込んでいく内向きの作品である。

だから理屈は通用しない。

それを知るには、ただ体験するのみである。

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■タルコフスキーの作品はほとんど見たつもりになっているのだけれど、どの作品もちょっとした映像の印象を残して記憶からスッポリと抜け落ちている。

そうか、筋書きそのものがあまり意味を持っていないのかもしれないな。

今回、改めてソラリスをみて、そう思う。

■たぶん《理解しよう》という考え自体が誤っているのだ。

タルコフスキーが表現したかったことは、頭で考えることではなく、感じることなのだ。

それゆえにスタニスワフ・レムの原作の設定である「知性のある海との邂逅」というテーマがそこに共鳴し、おおきく浮き上がってくるのだろう。

その体験は説明するものではなく、クリスの眼を通して体感するものなのだ。

■水辺があって、水草がそこに揺らいでいる。

その水辺をひとり歩くクリス。

胸にはぽっかりと穴が開いている。

10年前に自殺してしまった妻、ハリーに対する自責の念が彼をまだ苦しめている。

■そのクリスの目の前にリアルな存在としてのハリーを蘇らせたソラリスの思いは分からない。

けれども、それはクリスを、そしてハリーをも苦しめるものであった。

クリスが求めていたものは母、故郷、そして父。

それが本当の故郷であるか、ソラリスの作り出した偽りのものであるかはもう問題ではない。

そこには心の苦しみを癒してくれる何かがあるのだから。

そして、その悲しみ、苦しみは誰もがかかえているものであって、だからこそ、タルコフスキーの望郷の思いが我々にも沁みてくるのである。
  

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                           <2009.10.03 記>

■【DVD】惑星ソラリス

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■【原作】 ソラリスの陽のもとに
■スタニスワフ・レム ハヤカワ文庫SF(1977/04)
■原作の内容もすっかり忘れてしまったなあ。
実家に戻ったときにでも本棚を漁ってみるか。
  

    
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2009年9月 9日 (水)

■【映画評】『20世紀少年 ―最終章― ぼくらの旗』。大切なのは日常のなかのちょっとした勇気なのだ。

いやー、ハラハラしました。いろんな意味で・・・。

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No.32  『20世紀少年 ―最終章― ぼくらの旗』
          監督:堤幸彦  脚本:浦沢直樹  公開:2009年8月
      出演:唐沢寿明 豊川悦司 平愛梨 他
  
   

    02

■ストーリー■
“ともだち歴3年”の2019年、世界は世界大統領として君臨する“ともだち”に支配され、殺人ウイルスがまん延する東京は壁で分断。都民の行動は完全に制限されていた。そんな中、カンナ(平愛梨)は反政府組織として武装蜂起する一方、“血の大みそか”以降、行方がわからなくなっていたケンヂ(唐沢寿明)が突然現われる。(シネマトゥデイ)

■20世紀少年3部作の最終章。

公開直前にテレビでやった第1章、第2章が面白かったので、その熱が醒めないうちにと映画館に向かった次第。

けどね、ちょっと毛色が違うのでありました。

■1章、2章は、ケンヂたちが小学生のころの昭和60年代の回想を織り込みつつ現在世界で物語が進行していくという形をとる。

そのため、とてもリアルな感覚にあふれた映画となっていた。

2000年末の’血のおおみそか’で暴れまわった張りぼての巨大ロボットを筆頭に、’ともだち’のテロ行為は胡散臭さ故のリアリティがあって、オウム真理教の地下鉄サリン事件、9.11の同時多発テロから地続きの感覚を維持していた。

■ところがこの最終章では舞台が近未来になっていて急速にそのリアリティを失った印象が否めない。

特に空飛ぶ円盤と巨大ロボット。

そこには’現実’のかけらも存在しない。

確かに、1960年代から見た21世紀は、エアカーなんかが空を走りまわっていたりして、われわれの知る’つまらない’現在とはまったく異なった世界であり、作者はそこを描こうとしたのかもしれない。

けれども、なーんか入り込めない、ノリきれない。
   

■とはいえ、ドラマ自体はスリリングで役者も良くってそこはいい。

香川照之にしても、石橋蓮司にしても、黒木瞳にしても、脇を固める俳優陣がドラマに深みを与え、崩壊しかけたリアリティを取り戻すことに成功している。

■そしてラストの大団円へと物語はなだれ込んでいくワケなんだけれども、ここでまた引っかってしまうのだ。

満場の大観衆に囲まれて熱唱するケンヂ。

人類は救われた、ハッピー、ハッピー!!

けどそこでエンドロールが流れ始めたときは、ほんと、もうどうしようかと途惑ってしまった。

おいおい、これで終わりかよっ、何か忘れてやしませんか、ていう感じ・・・。

(以下につづく)

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

  

■■■              ■■■

■いやー、やられました。

エンドロールの後の展開、良かったなあ。

感動しました。

ケンヂがいう。

’ともだち’を生んだのは俺たちじゃない、俺なんだ!!

そこでケンヂは、ともだちランドのバーチャルアトラクションを使って過去に戻り、自分自身の過去、今回の悪夢を生む元凶となった出来事に決着をつけに行くのであります。

■小学生のときのエピソードもいいけれど、’ともだち’とケンヂが本当の友達になる、そこのシーンにグッときてしまった。

ここまでの悪夢の根本にケリをつける、これぞ完結編!!

本当の友達ができた’ともだち’は癒され、架空の悪夢は消え去った、というわけだ。

そこまでの話が壮大であっただけに、このちょっとした、当たり前の物語が効いてくる。

大切なのはちょっとした思いやり、素直さとそれを実行に移す勇気であって、それを再確認させてくれたこのラストシーンにこちらもすっかり癒されてしまったのであります。

  

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                           <2009.09.09 記>

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■ 20世紀少年(ビッグコミックス)全22巻+21世紀少年 上・下
作・浦沢直樹
■実は読んでいないんです。
大人買いするか、マンガ喫茶通いをするか、考え中・・・。

20th_century_boy
■【CD】 20th Century Boy: Ultimate Coll (Dig) T.REX

   

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■STAFF■
監督・脚本: 堤幸彦
プロデューサー: 飯沼伸之 / 甘木モリオ / 市山竜次
エグゼクティブプロデューサー: 奥田誠治
原作・脚本: 浦沢直樹
脚本: 長崎尚志
撮影: 唐沢悟
編集: 伊藤伸行
美術: 相馬直樹
音楽: 白井良明



■CAST■
ケンヂ(遠藤健児)    :唐沢寿明
オッチョ(落合長治)   :豊川悦司
ユキジ(瀬戸口雪路)   :常盤貴子
遠藤カンナ          :平愛梨
ヨシツネ(皆本剛)     :香川照之
マルオ(丸尾道浩)     :石塚英彦(ホンジャマカ)
ケロヨン(福田啓太郎)   :宮迫博之(雨上がり決死隊)
フクベエ(服部哲也)     :佐々木蔵之介
コンチ(今野裕一)     :山寺宏一
    
神様             :中村嘉葎雄
蝶野将平          :藤木直人
春波夫           :古田新太
ヤン坊・マー坊       :佐野史郎
漫画家・角田        :森山未來
小泉響子           :木南晴夏
仁谷神父          :六平直政
キリコ(遠藤貴理子)    :黒木瞳
敷島教授          :北村総一郎
  
万丈目嵐舟        :石橋蓮司
13番(田村マサオ)     :ARATA
高須             :小池栄子
ヤマさん          :光石研
地球防衛軍        :高嶋政伸、田村淳(ロンドンブーツ1号2号)
  
市原節子          :竹内都子
ジジババ          :研ナオコ
漫画家・金子       :手塚とおる
漫画家・氏木       :田鍋謙一郎
ビリー            :高橋幸宏(YMO)
大垣師範代        :武蔵
  
神木隆之介


・・・神木隆之介、相変わらずいい演技だったけど、大きくなったねぇ。

    
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2009年8月25日 (火)

■【映画評】『エンゼル・ハート』。「驚愕のラスト」の元祖なのだ。

好きなサスペンス映画って言われるとコレだなあ。

という一本です。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.31  『エンゼル・ハート
           原題: Angel Heart
          監督: アラン・パーカー 公開:1987年5月 米国
      出演:  ミッキー・ローク ロバート・デ・ニーロ 他

     Dvd

■ストーリー■
1955年のブルックリン、私立探偵ハリー(ミッキー・ローク)は、ある日謎の紳士サイファー(ロバート・デ・ニーロ)から、失踪した歌手ジョニーを探してくれとの依頼を受ける。しかし、その調査の過程で次々と殺人事件が起きていき…。 (Amazonの解説より抜粋)

■まず、役者がいい。

ミッキー・ロークの私立探偵の雰囲気。

失踪した謎の男を追ううちにどんどんと深みにはまっていくハードボイルドな展開に、ミッキーロークのチョイ悪具合がピタリときている。

一方、謎の依頼者のロバート・デ・ニーロもいつにも増してはまっている。

ラストの方の薄ら笑いを浮かべた表情なんて、もう最高。

■もちろんストーリーも見事。

ニューヨークのハーレムでの前半部分のハードボイルドから後半のルイジアナでのオカルトチックな世界への転調がいい。

あれあれ、という間にドンドンひきずり込まれていく感じ。

途中に差し挟まれる暗示的なシーンのカットと編集のテンポがいいんだろうな。

決して後味のいい作品ではないのだけれど、ええっ?!ってのが好きな人にはお薦め出来る作品です。
 

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                           <2009.08.25 記>

■STAFF■
監督・脚本: アラン・パーカー(『ミッドナイト・エクスプレス』、『ミシシッピー・バーニング』)
製作: マリオ・カサール
原作: ウィリアム・ヒョーツバーグ 『堕ちる天使』
音楽: トレヴァー・ジョーンズ
撮影: マイケル・セレシン
編集: ジェリー・ハンブリング


■CAST■
ハリー・エンゼル : ミッキー・ローク (あ、『レスラー』見なきゃね。)
ルイ・サイファー : ロバート・デニーロ
エピファニー   : リサ・ボネット
マーガレット・クルーズマーク  : シャーロット・ランプリング

    
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2009年8月 7日 (金)

■【ドキュメンタリー】『妖怪 水木しげるのゲゲゲ幸福論』、食って、笑って、クソして寝るのが幸せの根本なのだ。

水木しげるサンは人生の天才なのである。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.30  『妖怪 水木しげるのゲゲゲ幸福論
           ― そりゃアンタ、
        何か根本的に覆さんと
          人類は幸せになりませんヨ ―
         
      主演:水木しげる 朗読:和久井映見 放映:2006年3月
       出演: 荒俣宏、呉智英、南伸坊、京極夏彦 他

     Dvd
           ■ 妖怪水木しげるのゲゲゲ幸福論
           ■ 2006年/日本/テレビマンユニオン・BS JAPAN/120分

■本作は2006年にBS JAPANで放映された水木サンの異色のドキュメンタリーであって、テレビ界の日本アカデミー賞ともいえる、ギャラクシー賞を受賞した作品である。

内容としては、水木サンの日常とニューギニア訪問、水木サンを良く知るひとたちによる座談会で構成されているのだけれど、本編1時間半、まったく飽きることのないうまい作り方をしている。

■タイトルの通り、テーマは「幸福」。

これがなかなか一筋縄ではいかない独特の幸福論で、観る者はその幸福菌に感染してとても幸せな気分に浸れるのである。

■幸福論、なんていう場合、生きる意味だとかなんだとか小難しい話に陥りがちなのだけれども、水木サンの場合は単純至極。

生きること、そのものなのである。

■食うことを楽しみ、面白いものや面白いひとに出くわしては楽しく笑い、銭をもらってはにんまりし、素晴らしくよいカタチのクソをして、こころゆくまで寝るのを楽しむ。

その行動とか発言は極めて自己肯定的であって、他のひとがどうだとかいうことは一切関係ない。

それでいてその天真爛漫さゆえに嫌味がなくて誰からも愛され、その幸福菌を周囲にばら撒き感染させていくのである。

■ニューギニアの戦地で生死のギリギリの場面に幾度も遭遇し、爆撃で左手を失い、戦後は紙芝居や貸しマンガで生計をたてようとするも全く売れず腐りかけのバナナで飢えをしのいだ。

その迫力。

それでいて「不幸」という文字は水木サンの背中には一切感じさせることはない。

自らが生き残る、ということが最重要課題であって、それさえあれば「幸せ」なのである。

■小難しいことは考えない。

そうしたとき、食うということ、寝るということ、それそのものが即ち幸せなのであって、ああ、本当にうらやましい生き方だなあ、と思う。

それもまた水木サンの才能なのだと思うのだけれど、水木さんの生き方を感じることでほんの少しだけおすそ分けを頂けるような気もする。

そういう意味で、繰り返し眺めてみたい作品である。

特に特典映像の座談会特別版は、生き方についての眼からウロコな内容であって、体内の幸せ菌が減ってきて心が疲れてしまったときの特効薬になるだろう。

  

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                           <2009.08.07 記>

■ 妖怪水木しげるのゲゲゲ幸福論
■ 2006年/日本/テレビマンユニオン・BS JAPAN/120分

    
   

■関連記事■
■Nスペ 『鬼太郎が見た玉砕』。戦争の不条理。TVドラマの枠を逸脱した10年に一度の傑作。

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2009年6月17日 (水)

■【映画評】『ハゲタカ』 一体どうしたっていうんだ。劇場まで足を運んで見たかったのはNスペじゃないんだぜ?

説明するまでもなく、名作ドラマ「ハゲタカ」の劇場版。

今一番ホットな自動車業界を舞台にどんなドラマを展開するのかワクワクして見たのだけれど、どうにも複雑な気分になってしまったのである。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.29  『ハゲタカ
          監督: 大友啓史 公開:2009年6月
       出演: 大森南朋 玉山鉄二 他

01

■ストーリー■
世界金融危機 前夜。日本のマーケットに絶望し、表舞台から姿を消した天才ファンドマネージャー・鷲津の元に、かつての盟友・芝野が現れる。中国系巨大ファンドが買収に乗り出した、大手自動車メーカー「アカマ自動車」を危機から救ってほしい、というのだ。日本を代表する大企業「アカマ」の前に突如現れたのは、“赤いハゲタカ”こと劉一華(リュウ・イーファ)。豊富な資金を背景に、鷲津を圧倒し続ける劉ら中国ファンドの真の目的とは!?
<goo映画より>

Photo_2 Photo_5 Photo_3

■鷲津が、三島由香が、西野が、そして芝野が帰ってきた。

それだけで満足するべきなのかもしれない。

あの音楽も、青いトーンも健在で、セリフに頼らない表情と仕草による抑えた演技・演出も素晴らしい。

けれど、どうしても乗り切れなかったのである。

可愛さ余って、

などと言い訳をしながら、そこのところを考えてみたいと思う。

■’赤いハゲタカ’劉一華(リュウ・イーファ、玉山鉄二)が大手自動車メーカーに襲い掛かる前半部分は文句なしにいい。

リュウ・イーファと鷲津の手に汗握るTOB合戦が実にいい。そこで敵の正体が’赤い国家’であることが判るあたり、その絶望感が素晴らしい。

この絶望的な状況をどう切り抜けるのか、それとも!!というドキドキ感が否が応にも盛り上がる。

と、ここまではいつものハゲタカ節炸裂で安心して見ていられたのである。

■ここから先がどうにも落ち着かない。

キャラクターの描きこみと動機付けが急に希薄になってしまうのである。

何故、西野(松田龍平)は猫を撫でるのをやめて、ファンドの世界に舞い戻ったのか。

何故、派遣社員の守山は働く者の権利を主張する情熱を捨てて床に散らばった銭を拾うのか。

そして何故、リュウ・イーファは本当の心を押し殺してまでハゲタカを演じるのか。

■もちろん、いろいろな推測はつくだろう。

し、語らないことで語るということだってあるだろう。

けれど、それがうまく機能しているようには思えないのだ。

なんだか詰め込みすぎ、という気がするのである。

■後半は、鷲津が反撃に出る話なのだけれども、どうもそのあたりの集中力に欠けている。

イスラム金融、リーマンショック、サブプライムローン、市場原理主義の終焉。

そういった、ここ半年のトピックスが無理に押し込まれてドラマとして破綻しかけているのである。

いや、イイタイコトはよく分かるんだけど、それは左の脳みそでの話であって、右脳直撃!!のドラマチックさが無いのだ。

■そこのところ、ドラマのハゲタカは上手かった。

当時、問題になっていた企業買収の問題をわかりやすく解説しながらも、同時に濃密に描かれたキャラクターと映像、音楽の素晴らしさで我々の右脳を揺さぶったのである。

ところがどうだ。

今回の新しいキャラクターでシッカリ人物が描けていたのは、アカマ自動車社長の古谷(遠藤憲一)くらいなものだろう。

■たぶん、テレビと劇場映画というメディアの違いが大きいのだろう。

ある程度リラックスしてみるテレビドラマと違い、劇場映画は観る者を引き込んでナンボのものである。

最近の経済の動きにおもねることで散漫になってしまった部分もあるだろうし、スポットを当てる登場人物が多すぎたきらいもある。

欲張ってはいけない。

松田龍平は猫を撫でていればいいのであるし、派遣の青年は札束には目もくれず啖呵を切って出て行けばいいのである。

主人公はリュウ・イーファでしょ?

なんでそこに集中できないのか、ということである。

■もちろん、それは釈迦に説法。

監督も脚本家もスタッフも皆、そんなことは百も承知であって、涙をのんで選択した何らかの事情があるのだろう。

けれどもファンとしては、そこをなんとか突っ張って欲しかった。

これは短期的に消費されるテレビドラマではなく、歴史に刻まれていく劇場映画なのだ。

100年に一度の経済危機がどうしたというのだ。

そんなことは些細なこと。

本質は中国とかインドとかロシアとかの新興国が圧倒的な資金力で日本の技術力を札束で奪いに来たとき、我々はいったいどうするのか、ということでしょう?

真正面からそれを受け止めなくて何の「ハゲタカ」か、と強く主張したい!!

というのが、愛すればこその苦言なのである。
  

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                           <2009.06.16 記>

■追記■
DVDでディレクターズカットが見れないかな・・・。
  

 
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Photo Photo_2
レッドゾーン(上) レッドゾーン(下) 真山 仁 著 講談社

   
Photo_3 [ドラマ] ハゲタカ DVD-BOX
    

■STAFF■
監督: 大友啓史
脚本: 林 宏司
原作: 真山 仁 『ハゲタカⅠ』、『ハゲタカⅡ』、『レッドゾーン』(講談社)
音楽: 佐藤直紀
撮影: 清久素延
美術: 花谷秀文
照明: 川辺隆之
編集: 大庭弘之
製作: NHKエンタープライズ、東宝


■CAST■
鷲津政彦 -鷲津ファンド代表     大森南朋
劉一華 -ブルーウォールパートナーズ代表  玉山鉄二
* * * * * * * * * *
三島由香-東洋テレビ記者        栗山千明
西野治 -西野屋旅館社長        松田龍平
飯島亮介-MGS銀行頭取        中尾彬
芝野健夫 -アカマ自動車取締役  柴田恭兵
* * * * * * * * * *
守山翔 -アカマ自動車派遣工     高良健吾
古谷隆史-アカマ自動車代表取締役社長  遠藤憲一
* * * * * * * * * *
中延五郎 -鷲津ファンド社員    志賀廣太郎
村田丈志 -鷲津ファンド社員    嶋田久作

Photo_4
■アカマGTカッコよかったね。ベースはなんじゃろか。 


■映画 ハゲタカ 公式サイト■

    
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2009年6月11日 (木)

■【映画評】『スター・トレック』。挑むこころ。

スター・トレックっていっても、シリーズの続編がどんどん出ていてまったくついていけてないもんだからあんまり興味が湧かなかったんだけど、え? カークとスポックの若き日の話なの?

要はエピソード・ゼロだってんだから、これは見逃せない。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.28  『スター・トレック
           原題: Ster Trek
          監督: J・J・エイブラムス 公開:2009年5月
       出演: クリス・パイン ザカリー・クイント 他

Photo

■と、勇んで劇場に飛び込んだわけだが、結論を言えば大正解!

スター・トレックの世界を存分に満喫できてとっても幸せな気分なのである。

■ストーリー■
テレビドラマや映画でおなじみの「スター・トレック」を再構築し、ジェームズ・T・カークの若き日を描くスペース・アドベンチャー。
ジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)が宇宙艦隊に入隊して3年。USSエンタープライズに乗ることに成功したカークだったが、船内のトラブルメーカーになってしまう。それが気に入らないスポック(ザカリー・クイント)は、カークを船から追い出そうとするが……。(シネマトゥデイ)

Photo_2

■’エピソード・ゼロ’とはいっても、スター・トレックを幼少の頃に見ていたようなオジサンだけに向けた内向きのマニアックな作品ではなく、予備知識がまったく無い人でも十二分に楽しめる作品になっている。

それは物語の軸となるスポックとカークのふたりの人物像の描きこみがシッカリ出来てるからこその芸当なのだ。

■バルカン人と地球人のハーフであることで冷静な表情の奥にアイデンティティの問題を抱えるスポック。

片や、勝ち目の無い絶望的状況のなかで自らを犠牲にして大勢の仲間の命を救った英雄を父に持ち、それを受け継いでか、型破りで常に限界を超えようとする性格に育ったジム・カーク。

スポックを静とするなら、カークは動で、それがスター・トレックの物語を面白くしているのだけれども、この作品ではエピソード・ゼロとして、その性格が形作られた背景が語られる。

うまい作りだ。

■もちろん主役のふたりだけでなく、船医のマッコイや、ウーラ、スコット(チャーリー)、スールー(カトウ)、チェコフといったおなじみのメンバーもそれぞれに見せ場が用意されていて、ファンはニッコリ。

特にロシア訛りのチェコフの一所懸命さが、とてもかわいい。

Photo_5

■物語のテーマは、絶望的状況に直面したとき、どのようにその状況と向き合うのか、というところにある。

スポックの論理でいけば、生き延びる可能性がゼロなものはゼロなのであって、あとはそれをどう受け止めるか、となるのだけれども、破天荒なカークはそこで諦めない。

一体カークは何回高いところから落ちそうになってぶら下がれば気が済むのか(笑)、という話なのだけれども、最後には必ずなんとかなるのである。

■ご都合主義というなかれ、

何しろ相手は想像を絶した未知の世界。

常識が通用する世界ではない。

そこで必要とされるのは’求めよされば開かれん’、という挑戦のこころであって、さらにその挑戦の先には新たな驚きの世界が展開する。

それがスター・トレックなのだ。

■監督はM:i:Ⅲ(監督、脚本)、クローバーフィールド(製作)のJ・J・エイブラムス。

迫力と美しさを兼ね備えた映像が見事。

それはスター・トレックとして絶対に外せないところなんだけど、それだけでなく、随所に思わずクスりとさせるユーモアが埋め込まれていて飽きさせない。

そのあたりも、しっかりした人物描写によって作り出された奥行きがあってこそなのであろう。

■さて、この航海でカーク筆頭としたスター・トレックのオリジナルメンバーがそろったわけだ。

もちろん、ここで終わらせるわけはないだろう。

しかもオリジナルから大きく’歪んだ’世界のなかで物語が進行していくことになるから、彼らの前途にはあらたな驚異が待ち構えているのである。

そんなことを考えながら迎えたエンドロール。

そこに流れるテレビシリーズのテーマ曲に否応なく胸が高鳴るのであった。

   

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                           <2009.06.11 記>

[追記]
レナード・ニモイのバルカン式さよならのハンドサイン。つい懐かしくてスクリーンに向かって小さくやってしまいました(笑)。

Photo_4
■映画の第一作。

この話のオチがとても好きなのだ。

  

Photo_3

■STAFF■
監督  : J・J・エイブラムス
製作  : J・J・エイブラムス
         : デイモン・リンデロフ
脚本  : アレックス・カーツマン
           ロベルト・オーチー
音楽  :  マイケル・ジアッチーノ
撮影  :  ダニエル・ミンデル
編集  :  メリアン・ブランドン
        メアリー・ジョー・マーキー
視覚効果 : ロジャー・ガイエット
 

■CAST■
ジェームズ・T・カーク (艦長)  : クリス・パイン
スポック         (副長)  : ザカリー・クイント
                     レナード・ニモイ
レナード・マッコイ (船医)   : カール・アーバン
ウフーラ      (通信担当): ゾーイ・サルダナ
モンゴメリー・スコット (機関士、チャーリー) : サイモン・ペッグ
ヒカル・スールー   (航海士、カトウ)    :  ジョン・チョー
パヴェル・チェコフ   (航海士)        : アントン・イェルチン
  

ネロ             : エリック・バナ
クリストファー・パイク   :  ブルース・グリーンウッド
サレク           :  ベン・クロス
アマンダ・グレイソン   :  ウィノナ・ライダー

 
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2009年5月29日 (金)

■【映画評】『ブリキの太鼓』。あの小人たちは何処へいってしまったのか。

いやーな味の映画である。

それでいて観る者をつよく惹きつけて放さない。

’毒’とは、そういうものなのだろうか。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.27  『 ブリキの太鼓
           原題: Die Blechtrommel
          監督 フォルカー・シュレンドルフ 公開:1979年5月(ドイツ)
       出演: ダーフィト・ベンネント アンゲラ・ヴィンクラー 他

          Photo

■いろいろと解釈が出来そうな映画なのだけれど、安易に進めば泥沼にはまってしまいそうな予感を含んでいる。

理屈ではなくて、作品そのものが放つ’毒’をそのまま満喫する、というのが無難な観かたなのかもしれない。

■ストーリー■
1899年、ポーランド・ダンツィヒ。

郊外のカシュバイの荒野で4枚のスカートをはいて芋を焼いていたアンナは、その場に逃げてきた放火魔コリャイチェクをそのスカートの中にかくまい、それが因でアンナは女の子を生んだ。

1924年、アンナの娘・アグネスは成長し、ドイツ人のアルフレートと結婚するが、従兄のポーランド人ヤンと愛し合いオスカルを生む。

3歳の誕生日を迎えたオスカルは母アグネスからブリキの太鼓を買い与えられるが、その晩、大人たちの醜い世界を覗き見て嫌気がさし、階段から落ちることで自らの成長を止める。それとともに彼は太鼓を叩きながら奇声を発することで周囲のガラスを破壊する能力を得る。

ナチスの台頭が町を脅かす中、密会を重ねるアグネスは再びヤンの子どもを身ごもり、自殺。16歳を迎えるも幼い容姿のままのオスカルは、家にやってきた同じ年齢の使用人のマリアを愛するが、父アルフレートの後妻に納まってしまい息子を身ごもる。

失意のオスカルは、かつて友情を育んだ小人症のサーカス団長ペプラの一座と一緒にさすらいの旅に出るのだが・・・。

■[DVD] ブリキの太鼓 HDニューマスター版

Photo_2

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■解釈をするな、

といわれても、どうしてもいろいろと考えてしまう。

見た直後には、どこかドライな関係を残した欧米の親子関係に感じる、違和感のようなものについてぼんやりと考えていた。

けれども、記事を書くにあたってもう一度じっくり咀嚼してみると、そんなことよりもずっと「際どい」ものがそこに横たわっているのではないかという気もして、改めてそういう視点から眺めてみようと思う。

■この映画から強く受け止めたイメージは、

・祖母のスカートの中に始まるエロティシズム

・オスカルが発する奇声と割れるガラス

・サーカス団のフリークスたちの異形

といったところだろうか。

そして、その背景にナチスの台頭と崩壊という時代のうねりがある。

■このナチス(と、それに続く旧ソ連?)の抑圧を抜きにして、この物語を語るのは憚られるような気がするのだが、ポーランド人でもドイツ人でもユダヤ人でもスラブ系少数民族のカシュバイ人でもない自分が、そこに流れる何かをつかめるとは到底おもえない。

けれども、放浪者の血、という文脈でなら、この日本においても何かが見えてくる可能性はある。

■’異者’の物語といってもいい。

母と叔父から放浪者である祖母の血を強く受け継いだオスカルは明らかに’異者’である。

彼はそれを否定すべく成長を拒絶するのだが、結局、’異者’である彼が落ち着く場所は小人症の男を団長とする旅のサーカス団以外にはない。

しかも皮肉なことに、戦時下においてそのサーカスは慰問団として、本来は’異者’を排除する立場のナチスの部隊をめぐることになる。

■連合軍の侵攻から逃れ、小人の麗人ロスヴィーダの死に打ちひしがれて故郷に帰るとことなったオスカルは、そこに自らの場所を見出せない。

そして血のつながらぬ父親を罠に嵌めて殺してしまうことで、群れのなかのオスとしての地位を得ようとする。

そこで、放浪のあいだに成長し、3歳を迎えた息子(だとオスカルが信じる)の投げた石で気絶し、アタマを打ったオスカルは再び身体的な成長を始める。

■このとき、オスカルの実年齢は20歳前後。

’大人’になるにはちょうどいい頃合いだ。

祖母アンナからカシュバイ人としての生き方を聞かされたオスカルは、後を息子のクルトに託して再び放浪の旅に出るのであった・・・。

■さて、われわれの世界に目を戻そう。

われわれにとっての’異者’とは何か、という問題である。

そこでふと思うのは、かつてテレビで良く目にした小人症の俳優さんたちのことだ。

最近、すっかり目にすることがなくなってしまったのは気のせいか?

■それだけでなく、ピグミーとかホッテントットとかの’異様な’民族の映像もテレビから消えて久しい。
 

世の中から’異者’が消されている。

 
そういう印象を抱いてしまうのである。

■故郷に戻ったオスカルは、結局、再び放浪の旅に出る。

それが’異者’の定めであるかのように。

テレビの画面から消えうせた小人症の役者やプロレスラーたちも、きっとどこかで元気に暮らしているに違いない。

ただ、「テレビ」という舞台が日常の色に染まりすぎて彼らの「存在感」の強さに耐えられなくなってしまったのである。

■世はダイバーシティ(多様性)だ、なんだというけれど、所詮は日常で受け入れることが難しい’異者’は清潔なテーブルクロスの向こうにしまわれたままだ。

けれど、
 

そこの議論を抜きにして先に進めてはならない、

 
なんて優等生的なことは考えるのは止した方がいいだろう。

なぜなら、ここでかくいう私自身が’差別’に関して余りにも無知であって、実際’清潔なテーブルクロス’のこちら側しか認識できなくなってしまっているからだ。

要は、そういう自分も同じ穴のムジナだということだ。

■この映画を見たときに覚える違和感は、あえて’毒’という表現をしたが、そのテーブルクロスの向こうに追いやったものに対する感覚なのかもしれない。

今、私が感じることができるのはここまで。

あとはただ、この映画が提示してくれた’毒’に軽い酔いを覚えてその’存在’にこころを向けるだけである。

そしてオスカルは今日も放浪の空の下。

行く先は見えない。
  

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                           <2008.05.29 記>

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Dvd
■[DVD] ブリキの太鼓 HDニューマスター版

    
Photo_3
■[原作] ブリキの太鼓 第1部
ギュンター・グラス 著 (集英社文庫)
   

■STAFF■
監督 フォルカー・シュレンドルフ
製作 アナトール・ドーマン、フランツ・ザイツ
脚本 ジャン=クロード・カリエール
ギュンター・グラス
フォルカー・シュレンドルフ
フランツ・ザイツ
音楽 モーリス・ジャール
撮影 イゴール・ルター
編集 スザンネ・バロン



■CAST■
オスカル・マツェラート   : ダーフィト・ベンネント
アルフレート (父)    : マリオ・アドルフ
アグネス   (母)    : アンゲラ・ヴィンクラー
   *     *     *
ヤン     (アグネスの従兄弟): ダニエル・オルブリフスキ
マリア    (後妻)    : カタリーナ・タールバッハ

アンナ    (祖母)    : ティーナ・エンゲル、ベルタ・ドレーフス
ヨーゼフ   (祖父、放火魔) : ローラント・トイプナー
   *     *     * 
ベブラ    (サーカス団の団長)     : フリッツ・ハックル
ロスヴィーダ (サーカス団のヒロイン)  : マリエラ・オリヴェリ
マルクス (おもちゃ屋主人、ユダヤ人) : シャルル・アズナヴール

    
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2009年5月23日 (土)

■【映画評】『容疑者Xの献身』。’生きる’ことは私には余りにも眩し過ぎて。

これは、「ガリレオ」ではない。

主演・堤真一渾身の、孤独な魂のドラマなのである。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.26  『容疑者Xの献身
           監督 : 西谷弘、原作 : 東野圭吾、脚本 : 福田靖  公開:2008年10月
       出演: 堤真一、 福山雅治、 松雪泰子、他

     Photo

■初っ端、本編とまったく関係の無いエピソードでガリレオの活躍が描かれるのだけれども、それ以降、例の数式書きなぐりの儀式もなくて、見せ場の再現実験も行わない。

かといって、つまらん映画かといったら全く逆で、孤独な天才数学者・石神という役柄にこれ以上ないっていうくらい堤真一がはまっていて、抑制された演技の奥に灯る純粋なこころの叫びに震えるのだ。

■編集がいい。というのも強く感じた。

場面場面のテンポが抜群にいいのだ。

死体が発見されて警察が調査を始める現場のシーンのようなアップテンポも小気味いいのだけれども、映画の冒頭で描かれる石神の朝の毎日のような淡々としたシーンにその上手さが光る。

■目覚ましが鳴り、アパートの薄い壁を通して隣の母娘の楽しげな朝のやり取りが聞こえてくる。ベッドでまどろみながら、それを愛おしむように味わう石神がヨシ、と起き上がる。

アパートを出て、いつものように川沿いの道を歩き、橋を渡り、いつもの時間にいつもの店でいつもの日替わり弁当を買う。

その弁当屋は隣りの部屋の母親(松雪泰子)の店で、その明るい笑顔を目当てに石神が毎日通っているのだな、と分かる。

■当たり前の、すべてが決まりきった朝の風景。

ラストまで見終わったあとに改めてこのシーンを見ると、この、何てことのない淡々とした一連のシーンが観る者のこころを揺さぶり、何かがぐっと込みあげてくるのだ。

派手さは無い。

けれども、それだからこそ沁みるものがある。

それを支えたのが絶妙の編集によるテンポの良さなのだ。

■ストーリー■
惨殺死体が発見され、内海(柴咲コウ)は本庁の先輩刑事・草薙(北村一輝)と事件の捜査に乗り出す。捜査を進めていくうちに、被害者の元妻・靖子(松雪泰子)の隣人である石神(堤真一)が、ガリレオこと物理学者・湯川(福山雅治)の大学時代の友人であることが判明。内海から事件の相談を受けた湯川は、石神が事件の裏にいるのではないかと推理するが……。(シネマトゥデイ、一部編集)

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■完全に騙された。

鋭利な知能で愛する松雪さんを殺人の嫌疑から守ってやる。そのことによって堤真一は彼女を自分の支配下に置くカタチとなる。

そこに現れるダンカン扮する気のいいオジサン。

ホステス時代から入れ込んでいたようなのだが、どうやら本気になってしまったようである。

■それを無下に出来ない松雪は、影からひっそりとその様子を窺う堤真一の存在が次第に恐ろしくなってくる。
  

「あの男から逃れたって、今度はそれが石神さんに変わっただけじゃないの!!」

 
松雪さんじゃなくたって追い詰められてしまう真に迫った堤真一のストーカー振りは、こりゃ’素’なんじゃないかと思うくらいなのだ。

■でも、結局それも天才・石神の計画の内だったんだよな。

始めっから自分が罪を被るつもりで、その自分に対して同情させない為には、あいつはストーカーであると思わさざるを得なかった。

■それでも松雪さんへの手紙に心情を吐露してしまう堤真一。

その詰めの甘さが、ラストシーンの松雪さんの行動につながってしまうのだけれども、その詰めの甘さ、天才数学者の完璧な計画にほころびをもたらしたものこそが、松雪さん親子の’生活’、ただ生きていることの素晴らしさ、によって彼の中に始めて生まれた’人間らしさ’なのである。
  

■どうして・・・?どうしてぇぇ!!
 

私も償いたい、と現れた松雪さんを前に泣き崩れる堤真一。

自分以外のすべての人間を騙しつくして計画を推し進めるならば、まったく余計な動きである。論理的ではない。(福山雅治っぽく。)

松雪がどんな証言をしようと今や証拠は何も無く、いや例え後になって’夫’の死体が海から上がったとしても、この時点では確率論的に白を切り通すのが筋である。

が、ただ居てくれる、その明るい生活を感じさせてくれるだけでいい。それでもこの自分には眩し過ぎるくらいだというのに、彼女は我が身を投げ出してこんな自分を助けようとしてくれている。

それに耐え切れなかったのである。
   

■ここまで切ない想いを掻き立てられたのは久しぶりだ。

それも、それ泣け、やれ泣け、という仕掛けにのるではなくて、うっかりすると聞き漏らしてしまいそうなボソボソとした声で語られるそういうトーンの中で盛り上がってくるものなだけに、その湧き上がる切なさに磨きがかかるのである。

■いやー、正直ここまで期待していなかった。

とくに堤真一には完敗だ。

アクの強すぎるイロモノだと思っていたのだけれど、実はいい役者さんだったんだねー。いや、降参、降参。
   

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                           <2008.05.23 記>

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Photo_4 [原作] 容疑者Xの献身 (文春文庫)

    
■STAFF■

監督 - 西谷弘   
原作 - 東野圭吾 「容疑者Xの献身」
脚本 - 福田靖
音楽 - 福山雅治、菅野祐悟
撮影 - 山本英夫
照明 - 小野晃
美術 - 部谷京子
編集 - 山本正明
製作 - 亀山千広
企画 - 大多亮
制作- シネバザール
配給 - 東宝
 


■CAST■
湯川学 - 福山雅治
内海薫 - 柴咲コウ
草薙俊平 - 北村一輝
栗林宏美 - 渡辺いっけい
弓削志郎 - 品川祐
城ノ内桜子 - 真矢みき
工藤邦明 - ダンカン
富樫慎二 - 長塚圭史
花岡美里 - 金澤美穂 
葛城修二郎 - 益岡徹
柿本純一 - 林泰文
  *  *  *
花岡靖子 - 松雪泰子
石神哲哉 - 堤真一

    
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2009年5月13日 (水)

■【映画評】『ブロークバック・マウンテン』、アン・リー監督。ダンナの「釣り旅行」には注意せよ!

正直、ホモセクシャルの人の気持ちは分からないのだけれども、

うーん、この映画のラストについ、やられてしまったのである。

これを見たのはちょうど一年前。

消化するのにずいぶんと時間がかかってしまった。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.25  『ブロークバック・マウンテン
           原題: Brokeback Mountain
          監督: アン・リー アメリカ公開:2005年12月
       出演: ヒース・レジャー ジェイク・ギレンホール 他

    Photo_2

■美しいんだよね、大自然が。

壮大な山々、みどりに広がる牧草地とそこを流れる羊たち。

それに対比して、人生のなんと’汚れつちまつた’苦しいものか。

■ストーリー■
美しいワイオミング州の山々。ふたりのカウボーイが羊を放牧している。ワイルドで牧歌的な風景に奏でられるのは、彼らの愛の物語。男同士の関係を描きながら、これほどまでに万人を感動させる映画は、過去になかったかもしれない。

イニスとジャックは、ブロークバック・マウンテンで燃え上がった愛を、その後、失うことはなかった。ともに妻を迎え、子どもを授かっても…。

物語は1963年に始まり、舞台は保守的な中西部なので、当然、厳しい現実が待っている。そして、妻たちの悲しみもある。アン・リー監督は、それらすべてを過不足なく描き、主人公ふたりの愛を際立たせていく。

(Amzaon 紹介文より抜粋)

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■同性愛を否定はしないが、生理的に受け付けない。

ジャックは元々なんだろうけどイニスは何でそこで目覚めちゃうのさ。

何しやがるんだ、コンチクショウメ!

と殴りかかるでしょう、ふつう。

けど、イニスはジャックを受け入れるばかりか、いつしか彼がいなくては生きていけない自分になってしまっているのに気付くのである。

■ジャックとイニスは、お互いそれぞれの生活を持ち、妻もいて、それでも延々と想いを募らせる。

20年。

そこまで恋焦がれるのならば、もう、男同士だとかなんだとかどうでも良くなってしまう。

むしろ、伝統的な価値観が骨の髄まで沁みこんだ中西部の暴力的なまでの排他主義(「ボウリング・フォー・コロンバイン」を思い出そう!)がふたりの間に影を落とすことによって、その’許されざる愛’はどうしようもなく純化されるのだ。

■その許されざるが故の純度の高さが不幸を生み、イニスの妻を絶望へと落とし込める。

・・・だって端っから勝ち目が無いじゃないか、

そんなイニスの奥さんがあまりにも可哀想なのである。

■結局、奥さんはイニスと別れることになる。

そりゃ、そうだよな。

心底やさしさにあふれた奥さんにしても、アメリカの古い価値観にどっぷり浸かって生きてきたのだもん。

問題は娘の立場である。

お父さんっ子なんだよな、この子が。

だから凄く切なくなってしまう。

■ジャックが死に、たぶん「それ」が原因で’排除された’のだと匂わされるのだけれど、イニスも、ジャックの両親も口には出さずとも、それを了解している。

ジャックの両親から彼がイニスと牧場を経営するのを夢見ていたことを聞かされ、彼のクローゼットに、あの夏に殴りあった血痕の跡の残るシャツが大切に残されているのを目にしたとき、大きなおおきな穴がイニスの心の底にドンと開く。

■ジャックはずっと純粋にイニスを見つめて生きてきたのだ。

イニスが愛する妻と娘と別れなければならなかったことを悔やみ、幼少期に刷り込まれた’許されざる行為’に対する罰の恐ろしさのトラウマに襲われて、ジャックへの抑え切れない想いを疎ましく思ってしまった自分自身。

ジャックの純粋さに気付いた、その瞬間に、イニスのなかのわだかまりがすーっと消えていく。

いろいろあったけれども、俺には、俺を大切に思ってくれている娘もいる。決して不幸なんかじゃない。

もう隠れることはない。

そして娘の結婚式に出る決意をするイニス。

クローゼットを開けれあば、その扉にはあの頃に着ていたふたりのシャツが重ねてかけてある。
   

ジャック、これからはずっと一緒だよ。

   

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                           <2009.05.13 記>
   

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■[DVD]ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション
   

Photo    

■STAFF■
監督  : アン・リー
脚本  : ラリー・マクマートリー
      ダイアナ・オサナ
音楽  : グスターボ・サンタオラヤ
撮影  : ロドリゴ・プリエト
編集  : ジェラルディン・ペローニ
      ディラン・ティチェナー



■CAST■
イニス・デル・マー    : ヒース・レジャー
ジャック・ツイスト    : ジェイク・ギレンホール
     
(お、飯田橋かっ!・・・って、それはギンレイホールでしょ(苦;))
ラリーン・ニューサム(ジャックの妻)  : アン・ハサウェイ
アルマ・ビアーズ(イニスの妻)     : ミシェル・ウィリアムズ
 
アルマJr. (イニスとアルマの娘)   : ケイト・マーラ

 
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2009年5月 9日 (土)

■【映画】『ハプニング』、M・ナイト・シャマラン監督。ホラー的状況を乗り越える科学するこころ。

好みのハッキリ別れそうな映画だけれどM・ナイト・シャマラン好きの期待は裏切らない作品である。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.24  『ハプニング
           原題: The Happening
          監督: M・ナイト・シャマラン 公開:2008年6月
       出演:  マーク・ウォールバーグ ズーイー・デシャネル 他

Photo_4

■ストーリー■
ある日、ニューヨークのセントラルパークで人々が突然時が止まったかのように立ちつくし、唐突に自らの命を絶つという事態が発生。また、とある工事現場では作業員たちが次々とビルの屋上から身投げする不可解な惨事が起きていた。

この異常現象はアメリカ南東部で急速な拡がりをみせ、多数の犠牲者を生んでいく。この大事件の報せを受けたフィラデルフィアの高校教師エリオットらは、どこか安全な場所へ避難しようとするのだが…。(Amazonより引用、編集)
   

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Dvd [DVD] ハプニング (特別編)

   
■この状況に巻き込まれる前のシーン。

「今、ミツバチの群れが突然姿を消すという現象がアメリカのあちこちで発生している。どうしてだと思う?」と、エリオットが生徒たちに質問する。

ここに、この映画の核心がある。

■何が起きたか分からないまま、まわりの人間たちが突然動きを止めたかと思うとおもむろに自殺するという主人公たちが巻き込まれる「現象」。

その着想は現実に起きているミツバチの大量失踪(蜂群崩壊症候群)からヒントを得たのだろう、というだけではない。

冷静に自分の頭で考え、実際に試してみて検証する。

実は、この「科学するこころ」こそがこの映画のテーマなのである。

■絶望的な状況に追い込まれていくなかで、なんとかこの「現象」の特徴をつかみ、分析し、生き残る道を探る。

何故? どうして? どこが違う?

M・ナイト・シャマランは、ゾンビ映画を思わせる状況に対抗する唯一の手段をその「科学するこころ」に求めたのである。


■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■主人公のエリオットとその妻、アルマ。そしてエリオットの同僚の数学教師ジュリアンとその娘、ジェス。この4人で逃げることになるのだが、後から必ずくると言っていたジュリアンの妻と携帯電話がつながらなくなってしまう。

彼女のいるはずの街は既に「現象」が始まっているのだが、それでもジュリアンは娘をエリオットたちに託して妻を捜しに戻ってしまう。

■娘を友人に託して死地に赴く。

夫婦の絆はもちろんあるのだけれど、危機に巻き込まれている状況で娘から離れてしまうというのは、われわれ日本人の現代のメンタリティでは少し理解に苦しむ行動だ。

ふーん、欧米人はそうなんだ。

■と、話の流れに少し引っかかりを持ちつつも、死の街へ向かうジュリアンがいい。

その街に向かう一家のクルマに便乗させてもらうのだけれども、街に近づくと死体がごろごろと目に付き始める。

クルマの窓を閉じて空気を密閉してさらに中心部に向かうのだが、「見えない恐怖」はそれでも車内に満ちてくる。

■そこで、ジュリアンはその家族の娘に数学のクイズを出す。一生懸命何かを考えていれば少しでも現実から離れていることが出来る。

そう言ってクイズを出すジュリアンの視線の先には走行風でバタバタと揺れるキャンバストップの小さな裂け目が映っている。

ああ、きっとダメなんだな。

そう分かっていながら皆の恐怖の気持ちを少しでも逸らそうとするジュリアンの行動にグッとくるのである。

その最期を遠景でとらえる見せ方も抑制が効いていて効果的だ。

ゾンビ映画のフォーマットを使いながらも、どこまでもナイト・シャマランの映画なのである。

■一方のエリオットたちは、すぐ背後まで迫っている’それ’にパニックを起こしそうな心を落ち着かせて、状況を分析し、最善の道を選んでギリギリのところで生き延びる。

このあたりが一番の盛り上がりで、目で見ることの出来ない’それ’を風にそよぐ植物のざわめきで表現し、もうスグそこに’いる’というのが嫌でも分かる。

その恐怖の中で人間の中に生まれる’狂気’もまた脅威であり、見えない恐怖の単調さを飽きさせない効果をうまく出している。

■ああ、もうダメ、ここまでだ。

というところで’それ’は急速に消えていく。

ご都合主義という無かれ。

唐突に消えていく不思議もまた、ワケのわからない’それ’の重要な属性なのである。

■さて、あの現象はいったい何だったのであろうか。

モデルとなったミツバチの失踪の原因は未だハッキリとは分かっていない。

栄養不足からくるストレス、ダニなどの寄生生物からの病原体の感染、農薬などの化学物質、遺伝子組み換え作物の影響、最近’オールマイティ’な地球温暖化(苦笑)。

さまざまな説が出されているが、’何かの変化’が起きていて、それはとても小さな変化なのだけれども、それが増幅してミツバチの失踪という現象につながっている、ということなのだろう。

■その小さな、しかし致命的な’変化’が人間によって生み出されたものであるという予測は「何故、今なのか?」と考えたとき最ももっともらしい考え方である。

それが植物を刺激して一種の神経毒を発生し’思考回路、意志’をマヒさせ、自死に至らせる。と、映画のなかでは示唆される。

植物に人間を懲らしめてやろうという意志があるとは思わないが、仕組みとしては無くは無い。

■ハイチのヴードゥー教に伝わる’ゾンビ・パウダー’という神経毒は、ターゲットにされた人間の脳の機能の一部をマヒさせて’意志’を奪い、奴隷のように働かせる効果をもつといわれる。

この映画に出てくる’毒’も、積極的に自殺をさせる、というよりは自殺を押しとどめている「回路」があたまの中にあって、それが破壊させる、というイメージなのだろう。

■底流に人間文明に対する批判的メッセージがあるのだけれども、淡々と描かれる現象の方にしっかりとした軸足がある。

メッセージが前面に出しゃばらずに鬱陶しくないところがいい。

映画はメッセージの媒体ではなくて、直接カラダに侵入してくる体験であってこそ、のものなのだ。             

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                           <2009.05.09 記>

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■[DVD] ハプニング (特別編)
■監督:M・ナイト・シャマラン (2008年公開)
   

■STAFF■
監督:M・ナイト・シャマラン
脚本:M・ナイト・シャマラン
製作:M・ナイト・シャマラン

撮影:タク・フジモト
美術:ジェニーン・オッペオール

編集:コンラッド・バフ
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

 
■CAST■
マーク・ウォールバーグ :エリオット
ズーイー・デシャネル  :アルマ
ジョン・レグイザモ    :ジュリアン
アシュリー・サンチェス :ジェス
M・ナイト・シャマラン  :電車の乗客

  
■映画「ハプニング」公式サイト

    
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2009年3月 7日 (土)

■映画 『ワルキューレ』 トム・クルーズ主演、ブライアン・シンガー監督。久々の戦争活劇が楽しみなのだ。

戦争スペクタクル巨編、なんてのは久しぶりじゃなかろうか。

Photo
■映画 ワルキューレ 公式HP 2009. 3.20公開

■最近の戦争映画といえば、悲劇的な人間ドラマばかりだったような気がするのだけれども、娯楽映画としての戦争映画というのも、それはそれとして、ありだと思う。

トム・クルーズ主演、という段階でサスペンス娯楽活劇的香りが漂うのであるが、この映画のタイトルでもある’ミッション’が実際にドイツ軍内部によって計画されたアドルフ・ヒトラー暗殺作戦だというのだから、これは期待も高まるというものである。

■監督は「ユージュアル・サスペクツ」(’95)のブライアン・シンガー。最近は「X-メン/X-MEN2」(’00/’03)、「スーパーマン・リターンズ」(’06)といった娯楽活劇の人である。

製作・脚本はブライアン・シンガーと旧知の仲のクリストファー・マッカリー。「ユージュアル・サスペクツ」の脚本でアカデミー賞・オリジナル脚本賞を受賞した実力派である。

■実は、先日、試写会のチケットを持っていながら急な都合で行けなくなってしまった悔しさがあって、その地団駄を踏む思いを忘れないようにという意味でこの記事をUPするわけである。

もちろん、せっかくのチケットを受け取っておきながら試写会の記事をUP出来ない申し訳なさがあって、少なからず宣伝めいた記事になってしまったのであるが、それを差っ引いても久々に思い切り楽しめそうな作品であることは確かである。

是非とも、劇場の大画面で堪能すべし、なのである。

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                          <2009.03.06 記>
    

って、たまには提灯記事もいいでしょう(笑)。

↑ こういうのを蛇足っていうんだろうな・・・。
   

    
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2009年2月13日 (金)

■【映画評】 『チェンジリング』、クリント・イーストウッド監督。空白のときを取り戻す瞬間に。

ココログ主催の試写会に行ってきた。

チェンジリング、といっても昔のホラー映画ではありません、

念のため・・・。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.23  『 チェンジリング
          原題: Changeling 全米公開:2008年10月 (日本:2009年2月)
          監督: クリント・イーストウッド
      出演: アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコビッチ 他

※ ’チェンジリング(取替えっ子)’とは、妖精が子供をさらってかわりに醜い妖精の子を置いていくという北ヨーロッパ各地に伝わる伝説。

Changeling_poster2_b1

■ストーリー■
1928年、ロサンゼルス。電話交換局で働くシングルマザー、クリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)の息子が、ある日とつぜん姿を消す。そして5ヶ月後、イリノイ州で発見されたといって警察が連れてきた少年は別人だった。
自分は息子だと言い張る少年、クリスティンの必死の訴えにまったく耳を傾けない警察。一体ウォルターに何が起こったのか?
驚くべき実話にもとづく感動の物語。
(映画チラシより抜粋、編集)

 
■あっという間の2時間22分。

えっ!

という意外な展開が二重奏、三重奏となって重なり合いながら併走していく。

いったいこの物語はどこを目指して流れているのかという不安に駆られながら迎えたラストシーンに、

ああ、とタメ息がもれた。
   

■■■ 以下、本筋に入ります。ネタバレ注意 ■■■

■この映画は80年前に実際に起きた事件をもとにしているのだそうだけれど、そのあまりに現実離れした話に正直少し乗り切れなかった部分もある。

一体どこの世界に行方不明の5ヶ月の間に肉体的変化(?)が起きて背丈が7センチも小さくなった、なんていう与太話を本気で信じるヤツがいるんだろうか。

けれどアンジェリーナ・ジョリーの必死の訴えにも関わらず、ロサンゼルス市警察の担当警部は人違いであったことを頑として認めようとしないのだ。

1928年といえば昭和3年なわけで、特高警察ににらまれた思想犯の話なんかからすると、当時の官憲の理不尽は洋の東西を問わない、ってことなんだろうけれど、その後の展開も含めたあまりの人道無視に、怒りに震える、というよりも、ちょっと引いてしまう、という感じだろうか。

■中盤、警察の非道を暴こうとする教会の神父(ジョン・マルコビッチ)や、偶然のめぐり合わせによってウォルター失踪の手がかりとなる凶悪事件に突き当たる刑事(マイケル・ケリー)、口封じの為に放り込まれた精神病院の閉鎖病棟でジョリーの味方になってくれる女(キャロル・デクスター)といった、強い個性と明確な役割りを持った人物の登場によって、物語は前進させていく力を取り戻していく。

明日、きっと映画を見に行こうという約束をしたまま、不気味な取替えっ子をあてがわれ、悪夢のような体験に押し流されていくクリスティン。

彼女にとっては、警察や精神病院の理不尽さはもちろんとして、味方についてくれる神父も、無給で支援してくれる敏腕弁護士にしても、本当の思いに応えてくれる存在ではない。

ただ、ただ、ウォルターをその手に取り戻したい、

彼女の願いは、それだけなのだ。

■ゆっくりと進む路面電車の窓の外を流れていく風景。

ロサンゼルスの中心街を抜けていくT型フォード。

電話交換手のあいだをローラースケートで駆けまわるクリスティン。

どうもこの映画は、動く、流れるシーンが多くて落ち着きが無い。

また、主人公のクリスティンを捉える場面も、鏡や窓に映し出された虚像に焦点をあてたシーンが多かったように思える。

■クリント・イーストウッド監督にそういう意図があったかどうかはわからないけれども、結果として、不安定で落ち着かないクリスティンの心の状態に観る者を引き込んでいく、そういう効果はあったと思う。

そう、クリスティンは常に、

違う、これじゃない!

という思いに囚われていて、出口が見えない状態にさらされているのだ。

■事件から数年のときが過ぎ去り、新しい生活に歩みだそうとしていたその矢先、彼女のもとにある知らせが届く。

そこから続くラストシーンで、クリスティンの目の前にリアリティのある確かなものが拡がっていく。

あした映画を見に行こう、といった約束を果たせないまま、その痕跡にすら触れることの出来なかった息子・ウォルターが、その後にも確かに生きていたのだという証しを胸に、彼女は空を仰ぐ。

その表情の素晴らしさ。

妖精によってもたらされた’チェンジリング(取替えっ子)’という悪夢から解き放たれる、その一瞬に、この映画の2時間22分のすべてがあったのだと思う。

もし、アンジェリーナ・ジョリーがこの映画でオスカーをとるならば、間違いなく、このラストシーンによるものだろう。

                          <2009.02.13 記>

■映画 『チェンジリング』 公式サイト
●アカデミー賞 主演女優賞、撮影賞、美術賞ノミネート
●2009年2月20日(金)より全国ロードショー

   

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■STAFF■
監督・製作: クリント・イーストウッド
脚本 : J・マイケル・ストラジンスキー
製作 : ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ロバート・ロレンツ
撮影監督:  トム・スターン
音楽 : クリント・イーストウッド
プロダクション・デザイン: ジェイムズ・J・ムラカミ
衣装 : デボラ・ホッパー



■CAST■
クリスティン・コリンズ     : アンジェリーナ・ジョリー
ウォルター・コリンズ     : ガトリン・グリフィス
グスタヴ・ブリーグレブ牧師 : ジョン・マルコヴィッチ
 
デイヴィス警察本部長    : コルム・フィオール
J・J・ジョーンズ警部     : ジェフリー・ドノヴァン
レスター・ヤバラ刑事     : マイケル・ケリー
 
ゴードン・ノースコット     : ジェイソン・バトラー・ハーナー
キャロル・デクスター     : エイミー・ライアン
S・S・ハーン弁護士     : ジェフリー・ビアソン
サンフォード・クラーク     : エディ・オルダーソン
  

    
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2009年1月10日 (土)

■【映画】『パンズ・ラビリンス』。あまりにもやるせない、人生という名の迷宮。

ファンタジーだと思って見始めたら、もう深いのなんの、理不尽に溢れたこの世で生きていくということはどういうことなのかしみじみと考えさせられる実に深い深い作品なのであった。

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No.22  『 パンズ・ラビリンス
           原題: El laberinto del fauno
             メキシコ・スペイン・アメリカ合作映画
             監督・脚本: ギレルモ・デル・トロ  公開:2006年 (日本:2007年)
       出演:イヴァナ・バケロ セルジ・ロペス 他

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■ストーリー■
1944年、内戦下のスペイン。独裁者フランコに心酔するビダル大尉と母が再婚することになり、オフェリアは大尉の駐屯地である山奥へやって来る。途中の山道で奇妙な昆虫と出会ったことをきっかけに、彼女は現実とは思えない体験をすることになる。

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■のっけから衝撃的な場面がある。

ゲリラと間違われて捕えられた親子がいて、その息子の方が無実を訴えた瞬間に、ビダル大尉は躊躇なくビンの底でその顔面を叩き潰し、すぐさま父親の方も射殺する。

そこには哀れみとか同情とかそういった甘ったるい感情の入り込む余地はまったく無い。

このシーンはビダル大尉がフランコ独裁政権の理不尽さと恐怖が実体として目の前に現れた動かしがたい存在であると告げると同時に、この作品があくまでも現実世界の物語であることを宣言しているのだ。

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■その一方でオフェリアのもとにあらわれる妖精もガシャガシャと不快な音で飛び回る恐ろしげな昆虫の姿であって、とてもじゃないが夢見がちな少女が嫌な現実から逃れようとして生み出した空想の産物とは思えない。

そこに生まれる生々しい現実感は単なるファンタジーであることを拒絶し、屋敷の森の奥にある迷宮に棲む牧羊神(パン)の存在や、彼女が地下にある永遠の王国の王女の魂の生まれ変わりだというおとぎ話を現実の世界と地続きなものとして感じさせることに成功している。

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■この作品はオフェリアが王女として永遠の王国に戻るべく対峙する3つの試練の物語なのだけれど、ビダル大尉の率いる政府軍とレジスタンスの戦いの物語も併走し、それが実に見事に重なり合ってドラマとしての厚みが生まれていてそこが素晴らしい。

そしてラストシーンにおいて、この物語には実はもうひとりの主人公がいたのだと理解したとき、人生の意味というものを深く考えさせられてしまうのである。

Photo ■【DVD】 パンズ・ラビリンス

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■

■さて、あのラストシーンである。

第3の試練として生まれたばかりの弟の血をささげよ、とオフェリアに強く迫る牧羊神(パン)。

けれど彼女には、いたいけな弟を傷つけることがどうしても出来ない。

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■牧羊神は去り、王国への道は閉ざされる。

そこに彼女を追ってビダル大尉が現れ、オフェリアを射殺し、自分の存在を受け継ぐべき息子を取り戻す。

そして場面はオフェリアが身を横たえながら血を流すオープニングカットにつながり、彼女は本当に死んでしまうのだという受け入れがたい事実が突きつけられるのだ。

■実は、自分の身を犠牲にしても無垢な赤ん坊を守り抜く純粋さを貫き通せるかどうかが最後の試練で、オフェリアの血が井戸に滴り落ちることで王国への門が開き、彼女の魂は永遠の王国で待つ父と母のもとに還っていく。

ここで観る者は少しほっとするのだけれど、どこか割り切れない気持ちが残ってしまう。

これは果たしてハッピーエンドなのだろうか。

■この世界での唯一の理解者であったメルセデスの腕の中でこと切れるオフェリア。

それは単なる抜け殻であって本当のオフェリアは永遠の幸せに包まれているのだ、なんて割り切りが出来るはずもない。

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■そこで提示された結論は、この世界では生まれた時の純粋さを保ったまま生きていくことは出来ない。

人としての自分の気持ちを純粋に貫こうとするならば、時として死をも覚悟しなければならない。

ビダル大尉の手に落ちた吃音の青年を医師として解放せずにはいられなかったドクター・フェレイロにとっての人生とはいったい何だったのか。

■迷宮の前でビダル大尉を待ち構えていたレジスタンスたち。

その息子はメルセデスの手に受け取られ、大尉は自分の死んだ時刻を息子に伝える懇願を聞き入れられることなく射殺される。

父の存在を受け継ぎ、その冷たく重いカセに苦しむ心を押し殺して生きてきたビダル大尉の不幸がその息子へとさらに引き継がれる悲劇、狂気の連鎖を永遠に断ち切る。

監督の強い意志が伝わってくるシーンである。

■ビダル大尉をファシズムの比喩とするならば、その狂気に取り込まれた者はその牢獄の囚人なのであって、冷え切ったその心の奥にしまわれた魂は、「’自分自身’からは決して逃れることは出来ない」という意味で、抑圧される側よりもむしろ悲劇的なのかもしれない。

そう考えると実はこの映画のもうひとりの主人公はビダル大尉なのであって、同時にそれは程度の差こそあれ、理不尽さに充ちあふれたこの世の迷宮に囚われた我々自身の姿なのである。

そこから逃れる道は「死」のみであり、つまりはこの世に安息の場所などは無いということになる。

■けれど、たとえそう捉えたとしても作品全体が決してシニカルに感じられないのは、そんな世の中でも歯を食いしばって生きていくレジスタンスたちの強さが深く描かれているからだ。

汚されることを拒んだドクター・フェレイロの道も、たとえ汚れても這ってでも生き抜こうとするレジスタンスたちの道も、自らの強い意志で選び取ったという意味に違いは、無い。

      
理不尽な運命に流されない強い意志がある限り、

永遠の王国へつづく道は、常に開かれているのだ。

    
だから、この映画はやっぱりハッピーエンドだったんだなと思うのだけれど、どうかな。

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                           <2009.01.10 記>

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■【DVD】 パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]

■【DVD】 パンズ・ラビリンス DVD-BOX

   
   
■ギレルモ・デル・トロ 監督作品■
デビルズ・バックボーン / ミミック / ブレイド2
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■蛇足■  
■この映画の魅力はそのテーマの深さだけではなくて妖精や怪物たちの造形の素晴らしさにもある。

オフェリアの本の挿絵を見ていわゆる妖精の形に変身するオバケトビナナフシも、母親のベッドの下で蠢くマンドラゴラ(マンドレイク)も秀逸なのだけれど、第2の試練であらわれる目の無い怪物のデザイン、これはもう圧倒的。

■未だかつてこれほど生理的恐怖を感じる怪物造形に出会ったことがあっただろうか。この造形だけを取ってみれば、もしかするとH・R・ギーガーを超えてしまっているのではないだろうか。

そのためだけにDVDーBOXを買おうとしている怪物フリークな私は興奮気味で少し冷静さを失っているのである(苦笑)。

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■目の無い怪物の不気味なこと!子供を喰らうこの怪物の名前は’ ペイズマン ’というのだそうです。そういや、「手の目」なんて妖怪もいましたね。
 

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■あ、オフェリア!それを食べてはいけない!怪物が動き出したぞ!
 

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■この恐ろしさは夢に出る。絶対に子供には見せてはいけないのだ。
 

    
■過去記事■

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’・*・ etoile ・*・’ さんの『パンズ・ラビリンス』
’映画鑑賞★日記’ さんの「パンズ・ラビリンス」
 

  

■STAFF■
監督:ギレルモ・デル・トロ
脚本:ギレルモ・デル・トロ
 
撮影:ギレルモ・ナヴァロ
編集:ベルナート・ヴィラプラナ
美術:エウヘニオ・カバイェーロ
セットデザイン:ピラール・レヴェルタ
音楽:ハビエル・ナバレテ
音響:マーティン・ヘルナンデス、ミゲル・ポロ
 
特殊効果:レイエス・アバデス
視覚効果:エヴェレット・バレル
衣装デザイン:ララ・ウエテ、ロシオ・レドンド
 
製作:ギレルモ・デル・トロ、ベルサ・ナヴァロ、アルフォンソ・キュアロン、他



■CAST■
オフェリア   (主人公の少女)        : イヴァナ・バケロ
パン (迷宮の番人)/ ペイズマン       : ダグ・ジョーンズ
ビダル大尉 (ゲリラ掃討の指揮官)     : セルジ・ロペス
カルメン    (オフェリアの母)        : アリアドナ・ヒル
Dr.フェレイロ  (ゲリラに内通した医師)    : アレックス・アングロ
メルセデス  (大尉の使用人)         : マリベル・ヴェルドゥ
ペドロ     (ゲリラの頭目、メルセデスの弟): ロジェール・カサマジョール


   
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2008年12月29日 (月)

■『クローバーフィールド/HAKISHA』、訳の分からない異常な事態に上書きされていく日常、理不尽な「災厄」。

「あるジャンルの映画」が好きな人間にとってはニヤリとするところが多くて実に楽しめる映画なのだ。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
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No.21  『クローバーフィールド/HAKISHA』
           原題: Cloverfield
           監督: マット・リーヴス  製作; J・J・エイブラムス 
     公開:2008年4月

■ストーリー■
ある夜、日本への栄転が決まったロブを祝うため、サプライズ・パーティが開かれていた。その最中、突如として不気味な爆音が鳴り響く。外の様子を見に屋上へ向かった彼らは、そこで炎に包まれたニューヨーク市街を目撃する。

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■「何か」がマンハッタンに襲いかかる。

高層ビル街に突如として現れる火球。破壊されるビルの谷間に沿って火砕流のように襲ってくる噴煙。瓦礫の街に舞う紙切れ。

訳がわからないままに日常が音を立てて崩壊していくその情景は’9.11’をイヤでも想起させる。

■いわゆる巻きこまれ系のパニック映画なのだけれども、’9.11’をたどることでその非現実にリアリティを与えると同時に、家庭用小型デジタルビデオカメラで撮影されたという設定が全編通して徹底されていて小気味よく、その個人の視点が巻きこまれ感を強調している。

■主人公のロブと彼女のベスとのデートを記録したテープに上書きされていく非現実。

再生される異常な状況の間に時々顔を出す昨日までの平和な日々の映像が実に効果的で、期待し過ぎなければ楽しめる映画だとおもう。

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【DVD】 クローバーフィールド/HAKAISHA

   
    
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■さて、怪獣映画としてのクローバーフィールドについて、である。

ハリウッド映画における怪獣映画というのは実はそれほどメジャーではない。

1933年の「キング・コング」がその走りなのだが、その後は巨大怪獣という方向性というよりは’不気味な生物’という方向に流れていく。

そのキング・コングにしても体長7メートルほどでさして驚異的な巨大さ、というわけではない。

それはむしろ正当な設定であって、地球の重力場において50メートルも60メートルもある怪獣が生きものとしての成立するかという以前に、映画として出演者の視点で見たときの怪物のサイズがその肉体をものさしとして実感できる大きさの限界というものがあって、恐怖を醸し出すのであれば人間とさほど変わらない大きさの怪物に収斂していくというのはとても分かりやすい。

その’等身大の恐怖’の進化の頂点に輝くのが、生理的恐怖を醸し出した1979年の「エイリアン」ということになるだろう。

■その一方で、「キング・コング」を祖先としながらも50メートル以上もの巨大化を果たしたのが1954年の「ゴジラ」であり、日本をその生息地として現在に至るまでそのフォーマットを維持しながら生き延びてきた怪獣映画なのである。

50メートルというその巨大さは、当時の高層ビルのサイズから設定されたと記憶しているが、ともかく大きく見上げるサイズであるというのがその意味するところである。

仰ぎ見るその存在は、我々の日常に侵入してくる未知の怪物、というよりは不可避のものとして襲い掛かる災厄であって、その根底には人類の科学技術の過信に対する自然(=神)による天罰というテーマが潜んでいる。

ビキニ環礁における水爆実験による第五福竜丸の被爆事件の延長上に1954年の「ゴジラ」がある、というそこである。

■このクローバーフィールドは、そのエンドロールで流されたテーマ曲を聴くまでも無く「ゴジラ」をリスペクトした怪獣映画である。

1998年の「GODZILLA」(いわゆるハリウッド・ゴジラ)なんていう珍妙な巨大トカゲ映画があったけれども、ハリウッド的感覚で怪獣映画を作ろうとしてもそこに魂は宿らないといういい例である。

それに対してクローバーフィールドは怪獣映画であることに成功しており、その意味で正統にゴジラを継ぐものである。

■高層ビルが破壊されるその様が9.11のテロを思い起こさせるのは必然だ。

9.11をアメリカ的なものをグローバル化という名の下に押し付けるアメリカの傲慢に対する反撃と見るとき、それが決して正当化させるものではないにしろ、安穏としたアメリカの日常を「破壊」したという意味でそれは「ゴジラ」そのものなのだ。

■何故そこに現れたのか、それは一体何ものなのか、

ハッドが構えるビデオカメラに映された’現在進行形’だけに徹底的に情報を制限された作品からは、それは語られることはない。

しかも、ロブとベスの二人が’そこにいた’というメッセージを残そうとしたところで、無情にも大規模爆撃の熱風が彼らを吹き飛ばし、記録はそこで途絶えてしまう。

怪獣が一体どうなったのか、という結末すら明かさずに、ビデオは非日常による上書きを免れた極めて日常的な幸せを映すのみである。

■ここで「原因」とか「理由」をそぎ落としたことによって、むしろそのリアリティが保証されているのかもしれない。

思い返してみれば、9.11テロの生中継をテレビで眺めていたその時点では、一体何が起きているのか、その原因も、理由も全く分からなかったわけで、市民が突然の「災厄」に巻き込まれる状況とはそうしたものなのだろう。

「災厄」とは理不尽なものなのであって、被害者となった市民には何の落ち度があるわけではない。

その割り切れない想いこそが、もしかすると「怪獣映画」の本質なのかもしれない。

     

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                           <2008.12.29 記>

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Dvd_2 【DVD】 クローバーフィールド/HAKAISHA
■もう一つのエンディングというのも気になるが・・・。
 

Photo_3 【DVD】 ゴジラ <昭和29年度作品>
■永遠に記憶されるであろうラストシーンには、確かに「割り切れない想い」が込められている。
   

Photo_4 【DVD】 ガメラ2 レギオン襲来
■平成ガメラ3部作は「怪獣映画」の頂点であり奇跡である。
    

    
■過去記事■

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■STAFF■
監督:マット・リーヴス
脚本:ドリュー・ゴダード
撮影:マイケル・ボンヴィレイン
編集:ケヴィン・スティット
美術デザイン:マーティン・ホイスト
美術監督:ダグ・J・ミーディンク
   
アニマトロニクス:アンディ・クレメント
特殊効果監修:ジョン・ハキアン
視覚効果:ダブル・ネガティブ、ティペット・スタジオ
CG監修:デヴィッド・ヴィッケリー
   
製作:J・J・エイブラムス、ブライアン・バーク
    バッド・ロボット、パラマウント映画
  


■CAST■
ロブ                : マイケル・スタール=デヴィッド
ジェイソン(ロブの兄)      : マイク・ヴォーゲル
ハッド  (ロブの親友、撮影者): T・J・ミラー
ベス    (ロブの恋人)   : オデット・ユーストマン
マリーナ (ハッドの憧れの人): リジー・キャプラン
リリー   (ジェイソンの恋人) : ジェシカ・ルーカス

       
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2008年11月14日 (金)

■【映画評】『おくりびと』。愛しい肉親の死もいずれ必ずやってくるのだ。

とても朴訥で静かで、それがまた心に深く響く映画であった。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.20  『 おくりびと
          監督 滝田洋二郎 脚本 小山薫堂 公開:2008年 9月
       出演: 本木雅弘 広末涼子 山崎努 笹野高史、他

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■ストーリー■
楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)は好条件の求人広告を見つける。

面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用されるが、業務内容は遺体を棺に収める仕事。

当初は戸惑っていた大悟だったが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく。
(シネマトゥデイ)

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■笹野高史がいい。

吉行和子が一人で切り盛りする銭湯があって、笹野はそこの常連客を演じているのだけれども、

ふたりのさらりとした優しさが滲み出るやりとり。

それが終盤の場面での

   
 達者でのう、また逢おうのう。
  

というセリフとなって静かで穏やかで温かい涙を誘うのだ。

■本木雅弘も素晴らしく良かった。

失意の中で故郷に帰り、みつけた仕事が納棺師。

山崎 努と余貴美子に見守られながらいくつもの「死」に立ち会い、時に親族の感情の動きに心を揺らし、時に場違いな出来事にクスりとする。

そうやって、ゆっくりとした山形の時の流れの中で、納棺師として成長していく主人公。

その成長した納棺師としての本木の演技、そこにシビれたのだ。

■遺族を前にして、遺体を清め、生前の幸せを思い起こさせる化粧を施す。

その切れのいい所作。

その静かで透明な眼差し。

「感情」はキレイに削ぎおろされ、「死」に対して真摯に丁寧に向き合う。

そこに張り詰めた、凛とした空気が感動的なまでに美しい。

■「死」からは誰も逃れることは出来ない。

愛しい肉親もまた、いつかは死を迎えることになる。

それ故に、われわれはそれを忌み、排除し、見ないことにして日常を過ごしている。

けれど、こころのどこかに、その逃れられない事実が残っているために、納棺師などの「死」に関わる仕事からできる限り遠ざかっていようとするものだ。

そして、「その時」が訪れたときに初めて、死別の不条理を否が応でも思い知らされることになる。

無念、後悔、無力感、といった生々しい感情が一気に噴き出してくるだろう。

それを無理に押しとどめることは無い。

それは極めて自然なことなのだ。

■焼却係として延々と仏さまを見送ってきた笹野高史。

深く想いを寄せていた吉行和子の遺体が燃え盛る炎に包まれる光景に目を向けながら、こうつぶやく。

  
 「死」というのは そこで終わりというのじゃなくて

 くぐり抜ける「門」、みたいなものじゃないでしょうかね。
   

そうだよね、そうかもしれない。

だって、そうじゃなかったら あまりにも切ないもんな。

   

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                           <2008.11.14 記>

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Dvd_2 ■【DVD】 おくりびと

    
■ 「おくりびと」 オリジナルサウンドトラック 【久石譲】 
   

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■ 納棺夫日記 (文春文庫) 青木 新門 (著)

 

■STAFF■
監督:滝田洋二郎
脚本:小山薫堂
音楽:久石譲
撮影:浜田毅
照明:高屋斎
録音:尾崎聡
美術:小川富美夫
編集:川島章正
衣装監修:北村勝彦
ビューティー・ディレクター:柘植伊佐夫
イメージソング:AI (AI+EXILE ATSUSHI)
                    「おくりびと/So Spacial-Version AI-」
製作: おくりびと製作委員会
TBS、セディックインターナショナル、松竹、電通、テレビユー山形、他




■CAST■
小林大悟 (元チェロ奏者、納棺師)     :本木雅弘
                                                      (幼少時:井桁雅貴)
小林美香    (大悟の妻)                   :広末涼子
      
佐々木生栄 (NKエージェント社長)     :山崎努
上村百合子 (NKエージェント事務員)  :余貴美子
    
山下ツヤ子 (銭湯「鶴の湯」主人)      :吉行和子
山下       (大悟の同級生)      :杉本哲太
平田正吉    (「鶴の湯」の常連客)      :笹野高史
      
小林淑希    (失踪した大悟の実父)   :峰岸徹

    
■過去記事■

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2008年10月30日 (木)

■【映画】『クワイエットルームにようこそ』。人生に出口は無い、だからこそ明るくひとりで歩いていくのだ。

なんとなーく予備知識もなく見たのだけれど、そういうとき、「イイ映画」に出会う確率が妙に高いように思うのは気のせいだろうか。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.19  『クワイエットルームにようこそ』
          監督・脚本: 松尾スズキ 公開:2007年10月
       出演: 内田有紀 宮藤官九郎 蒼井優 他

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■え!、これはナニ?ワタシ、一体どうなっちゃったの?

という始まり方をする映画は好きである。

主人公といっしょに「事態」に巻き込まれ、次第にあかされる真相に愕然とする。

「クワイエットルームにようこそ」も、そのたぐいの映画なのだけれども、その愕然の先にある感情の行く先を描いているところがとても素敵なのである。

■ストーリー■
■バツイチのフリーライター佐倉明日香は目覚めたら真っ白な部屋で手足を拘束されている自分に気がついた。
そこは精神病院の閉鎖病棟。どうやら睡眠薬ののみ過ぎで担ぎ込まれたらしい。
いったい何が起きたのか? 果たして彼女は閉鎖病棟から無事に出られるのか?

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■DVD 『 クワイエットルームにようこそ 』 特別版

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

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■ワタシは普通。なんでもない。

ただ酔っぱらって睡眠薬を飲みすぎただけ。

そう思う明日香(内田有紀)にとって、精神科隔離病棟は自分がいるべきでない「異界」であることは明らかだ。

けれど同棲している構成作家の男(宮藤官九郎)は担当番組の罰ゲームで肩にオウムを乗っけてビルマへ。

唯一頼りに出来る引き取り手を失って、明日香は隔離病棟に取り残されてしまう。

■扉の影からそーっと覗いていて、何かをつぶやいている女、

自分の髪の毛に火をつけてギャーと叫ぶ女、

そういう混乱に乗じて、それではワタクシ失礼します、とさりげなく脱走を図る和服のおばさんさん。

■しばし呆然とする明日香だったが、退院していく栗田さん(中村優子)を見送り、軽度の拒食症だというミキ(蒼井優)と仲良くなったりして、次第にその生活にも馴染んでいく。

そこに「事件」が発生する。

■次第に明らかになっていく大量服薬の状況。

「つまらない」夫との離婚。

流産。別れた夫の自殺。

彼の遺した「残念だった」という言葉。

そんなとき、

流れ着いた風俗店で「面白い」を与えてくれた今の同居人。

けれど、その「面白い」日々は彼女が背負ってしまったものを覆い隠して楽にするようなことは決してなく、

むしろその空虚な面白さの間隙を縫って、苦しさは、さらに深々とその胸に深く突き刺さっていくのだ。

■ワタシは「ちょっと睡眠薬を飲みすぎちゃった」のではない。

人生に絶望して死のうと思ったのだ。

それを西野(大竹しのぶ)に大声で指摘され、なんとかカタチを保っていた『彼女』はガラガラと音を立てて崩れていく。

半狂乱になった明日香を止めようとするミキ(蒼井優)を突き飛ばして言い放つ。

この、バケモノ!!
  

■なんて、やるせないシーンなんだろう。

残酷で、強烈で、いままでのドラマのすべてを吹き飛ばしてしまうような、そんな破滅的なシーンである。

■そこで明日香を見上げるミキの瞳。

信頼していた友に裏切られたというような単純な悲しみではない。

自分が「正常」では無いことは痛いほど理解している。

その黒くゆれる瞳には、むしろ、

「あなたもコッチの人間だったのね」

という明日香に対する深い哀れみの感情が込められているのである。

・・・蒼井優、凄すぎる。

■クワイエットルームのドアを少しだけ開いて拘束された明日香に向けてミキが何かをつぶやく。

それは聞こえない微かな声なのだけれども、

「クワイエットルームにようこそ」

と語りかけたのだと思う。

それは明日香が初めてクワイエットルームで意識を戻したシーンの再現なのだが、今回は、本当の意味での『ようこそ』なのである。

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■そこには、人は誰でも「正常」とは言い切れない。

なんていうありきたりな表現では収まりきらない深い心の動きがある。

人生そのものが突きつけられる、そういう深さなのである。

■ようやくビルマから帰還した同居人(宮藤官九郎)に退院の手続きをとってもらう明日香。

けれど明日香はその場で彼を「解放」してあげる。

彼女が彼に求めていたものは愛ではなく、自分のつらさを隠すための「面白い日々」であったことに気がついたのだ。

ここで、「そんなことないよ、もう一度一緒に頑張ろう」なんて言い出したりせずにどこかホッとした表情をみせる宮藤官九郎の芝居が素敵であった。

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■ひとり病院を去ろうとする明日香は患者たちがくれた寄せ書きと拒食症の少女サエの心のこもった似顔絵をゴミ箱に放り込む。

もう、こことはオサラバなのだ。

そこへ救急車が滑り込み、ここからオサラバしたはずの栗田さんが意識不明で担ぎこまれる姿を目撃してしまう。

結局、ここからは逃れることは出来ないのか。

■病院から日常へ向かうタクシーの中。

シャバに戻ったら連絡して、と栗田さんに渡されたメルアドのメモをもてあましていた明日香は、思い切ってそれを窓の外を吹き抜ける強い風の中へ投げ捨てる。

あなたにだけ、とメルアドを渡した栗田さんもまた「依存する」人間であったのだ。

わたしもこの自分の人生から逃れることは出来ないのかもしれない。

けれど、それでも行けるところまで行ってみよう。

そこに生まれた爽やかな意思が心地いい。

■エンディングテーマが流れるなかで、ロードサイクルの若者たちの列がタクシーを追い越していく。

と、その列の一番うしろにママチャリを必死に漕いでついていくのは、いつの間にか隔離病棟からの脱出に成功した和服姿の金原さん。

腹がよじれるほどに笑い転げてしまった。

■そう、そうなのだ。

いつでも必死で真剣で、それでいて笑っちゃうほど可笑しいのが人生なのだ。

とっても重たいテーマを突きつける映画なのに、それを突き抜けて清々しい気分にさせてくれる。

いやー、本当にいい映画でした。

   

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                           <2008.10.30 記>

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■「それでは、ワタクシ、これで失礼させていただきます」と混乱に乗じてさりげなく脱出を図る金原さん。こういうの、大好きである。

   

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■DVD 『 クワイエットルームにようこそ 』 特別版
       

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■【原作本】 『 クワイエットルームにようこそ 』 (文春文庫 2007/08)
   

■STAFF■
原作     :松尾スズキ「クワイエットルームにようこそ」(文藝春秋刊)
監督・脚本 :松尾スズキ
プロデューサー :今村景子、菅原直太
撮影     :岡林昭宏
照明     :山崎公彦
美術     :小泉博康
編集     :上野総一
音楽     :門司肇、森敬
主題歌:「Naked Me」LOVES.(Ki/oon Records Inc.)


■CAST■
佐倉明日香  :内田有紀
焼畑鉄雄   :宮藤官九郎
     *  *  *  *  *  *  *
栗田            :中村優子
ミキ       :蒼井優

サエ             :高橋真唯
西野            :大竹しのぶ
金原さん   :筒井真理子

     *  *  *  *  *  *  *
ナース・江口      :りょう
ナース・山岸      :平岩紙
婦長       :峯村リエ
白井医師    :徳井 勝
白井医師(声)  :伊勢志摩       
     *  *  *  *  *  *  *

明日香の元旦那   :塚本晋也
     *  *  *  *  *  *  *   
コモノ               :妻夫木聡
松原医師          :庵野秀明
   

    
■過去記事■

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2008年9月28日 (日)

■ポール・ニューマン死去。「雨にぬれても」の記憶とともに。

ポール・ニューマンが亡くなった。死因は肺がん、83歳だった。

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■ポール・ニューマンを初めて意識したのは「スティング」(1973)

だったか。

多分、小学校の低学年くらいにテレビの洋画劇場で見たの

だとおもう。

ポール・ニューマンが演じた伝説の詐欺師、ゴンドーフ。

彼が仕組んだどんでん返しに腰を抜かして、「映画の面白さ」というものを生まれて初めて体験した作品だ。

■あと印象に残る作品としては、ミネソタ・ファッツに勝負を挑むシーンの息詰まる感じが記憶に残る「ハスラー」(1961)もさることながら、やはり何といっても「明日に向かって撃て!」(1969)だろう。

逃亡の末にたどり着いた地の果てボリビアで現地の軍隊に包囲され、ついに年貢の納め時。

サンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)との軽妙なやり取りの後に、バッっと飛び出すあのシーン。

そのストップモーションのカッコ良さはしっかりと胸に刻まれ、

テーマ曲「雨にぬれても」と共に永遠なのである。

Photo_2

                         <2008.09.28 記>

Dvd ■スティング
   

Dvd_2 ■明日に向って撃て! (特別編)

    
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2008年7月31日 (木)

■【映画評】『エクソシスト』。実は「階段転落殺人事件」というサスペンス映画だったりするのだ。

久しぶりに見直してみると、まったく違った部分に目がいくということがあるものだ。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.13  『 エクソシスト 』
         原題 <The Exorcist>  日本公開:1974年7月(米公開:73年12月)
       監督: ウィリアム・フリードキン 出演: リンダ・ブレア ジェイソン・ミラー他

    Photo
    ■【DVD】 エクソシスト ディレクターズカット版

■初めてのテレビでのオンエアは小学校高学年のころだったと思う。

頭を180度回転させるリンダ・ブレアにびっくり仰天して腰を抜かしたのをハッキリと覚えている。

けれどもこの歳になって久しぶりに見返してみると、そういったホラーの部分よりもカラス神父をはじめとした登場人物の苦悩の方に気持ちが入り込む。

製作から30年を過ぎてなおこの映画が風化しないのは、そういった登場人物の彫りの深さによるものなのだろう。

■ストーリー■

20世紀後半のワシントン。一人娘のリーガンの様子がおかしいことに気付いた映画女優のクリスは最先端の医療機関で娘の検査をしてもらうのだが何の異常も見つからない。

そうするうちにリーガンの異常さはさらに悪化。リーガンとはまったく別の悪魔のような人格になり、自らの体を傷つけ、ポルターガイスト現象まで引き起こす。

現代医学では打つ手が無いことを理解したクリスは、イエズス教会のカラス神父に悪魔祓いを頼むことを決意する。

■【DVD】 エクソシスト ディレクターズカット版

■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■今回見たのは2000年に公開されたディレクターズカット版。

ブリッジの姿勢で階段を下りてくる有名な「スパイダー・ウォーク」など公開時にカットされていたショックシーンを追加し、さらに暗いイメージを残すエンディングを修正したバージョンである。

■とはいえ、鳴り物入りの「スパイダー・ウォーク」は唐突過ぎていまいちピンとこない。

ミドリのゲロにしても、くるくるまわるリーガンの頭にしても、「怖い」といっても「びっくり!」の類のそれであって、「得体の知れない恐怖」というホラー本来の領域へは踏み込んではいない。

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恐怖としてはむしろ、映画の初めの方で母親のクリスが物音の正体を探りに屋根裏部屋に上がっていくシーンの方が数段上であるし、中盤の検査のシーンでリーガンが脳に造影剤を注入されるシーンの方がよっぽど見ていて恐ろしい。

■じゃ、ダメじゃん。

というのはある意味正しいのだけれども、それは「ホラー」としての話であって、「映画」としての評価はまた別なのである。

■物語としては、いくつかの切り口があると思う。

「悪魔」から娘を助け出そうとする母親の物語。

「善」と「悪」との対決の物語。

自らの罪に絶望するカラス神父の救済の物語。

事件を客観的に眺めるキンダーマン警部の物語。

■そのうち、「善」と「悪」との対決だとか、カラス神父の救済なんていうあたりは、ちょっと解釈に苦しむところだ。

「善」とか「悪」とか「罪」とか「救済」だとかといったとき、そのコトバから心に浮かんでくるものはキリスト教文化圏の人たちと我々日本人とでは異なるに違いないからである。

むしろ我々が「神々」と呼ぶものは、キリスト教の神にとっては悪魔にあたるわけで、そこには絶望的な溝がある。

従って、この映画における「善」と「悪」との戦いが観る者の「世界観」に及ぼす影響だとか、最終的にカラス神父は救われたのか?というような問いは推定することは可能だとしても身を持って実感することは極めて難しい。

(続編の『エクソシスト2』程ではないにせよ、)あまりにも白黒がはっきりしていて、覚めた目で見ると滑稽にすら見えてしまうその「善悪の戦い」については、少し距離をおいて「知識」としてそのまま蓄えるほかに手はないのかもしれない。

■その一方で、この映画は密かに「キリスト教的世界観」以外の道も残している。

何故、リーガンが悪魔に狙われたのか?

何故、映画監督のバークが殺されたのか?

直接的に描かれているわけではないけれど、さりげなくそのヒントが語られている。

別居している父親の存在、そしてリーガンにとって大切な父親の座に取って代わるかもしれないバークの存在。

一見、仲のいい幸せそうな母娘のように見えても、そこには「悪魔」の侵入を許す見えない隙間が存在する。

その本人すら意識していない「心の闇」というものがあって、どの家庭にも「悪魔」が入り込む隙間が隠されているのだ。

■そういう切り口で捉えた場合、それは何もキリスト教世界に限った話ではなく、「狐憑き」だとかそういったものをひっくるめて宗教を離れた心理現象として「悪魔憑き」を捉える余地を残している。

映画としてはキリスト教に則った「善」と「悪」のせめぎ合いとして描かれているが、それ以外の「見方」を完全に捨て去らない、その「余裕」とか「余地」といったものが、この映画に厚みをもたらしているのだとおもう。

■さらに、この事件を外部から眺めるキンダーマン警部の存在が、この映画をただのホラー映画に留めない効果を生み出している。

つい「神と悪魔の戦い」と先走ってしまうのだけれど、実はこのエクソシストという映画は「階段転落殺人事件」というサスペンス映画でもあるのだ。

そう捉えると、そういえばフリードキン監督は「フレンチコネクション」の名匠なわけで、あれよと言う間に刑事モノの匂いが漂ってくる。

■母親のクリスのもとを訪れ真綿で絞めるような質問を繰り出し、嫌でも自分の娘が事件に大きく関わっているのではと思わせる。

追い込まれている気持ちをつくり笑顔で隠そうとするクリスと、分かっていてそれを顔に出さないキンダーマン警部のポーカーフェイス。

ただの会話のやり取りなのだけれども、異様に緊迫感があってドキドキするシーンである。

■たぶん、という想像の域をでないのだけれども、フリードキン監督は、そのサスペンス映画的側面を強調したかったのではないだろうか。

ディレクターズカットでは、カラス神父の親友であったダイアー神父にキンダーマン警部が語りかけ、かつてカラス神父を誘ったのと同じように映画に誘うところで終わるのだけれども、

このあたり、キンダーマン警部を主人公にしたハードボイルド的雰囲気を醸し出していて据わりがいい。

ディレクターズカットの方が映画として味わいがある稀有な例である。

                              <2008.07.31 記>

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■【単行本】 『エクソシストとの対話』
実在する聖職「公式エクソシスト」とは何か?
21世紀国際ノンフィクション大賞優秀作。

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■【サウンドトラック】『エクソシスト』
■うーん、名曲だよなー。

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■【DVD】『エクソシスト2』
■賛否は激しく分かれるけれど私は好きだ。
J・ブアマン監督の作り出すイメージは素晴らしい。
ブアマン原案・脚本・監督の
『未来惑星ザルドス』も名作です。オススメ。
  

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エクソシスト3エクソシスト ビギニングエクソシスト トゥルー・ストーリー

The_exorcist_steps
■’事件’の起きた「エクソシスト・ステップス」(Wikipediaより)

■STAFF■
監督:        ウィリアム・フリードキン
原作・脚本・製作: ウィリアム・ピーター・ブラッディ
製作総指揮:    ノエル・マーシャル
撮影:        オーウェン・ロイズマン、ビリー・ウィリアムズ
特殊メイク:     ディック・スミス
特殊効果:     マルセル・ヴェルコテレ
音楽:       マイク・オールドフィールド、ジャック・ニッチェ
テーマ曲:     "Tubular Bells"(マイク・オールドフィールド)
   

■CAST■
リーガン:         リンダ・ブレア
クリス(リーガンの母): エレン・バースティン
カラス神父:        ジェイソン・ミラー
メリン神父:        マックス・フォン・シドー
キンダーマン警部:    リー・J・コッブ
ダイアー神父:      ウィリアム・オマリー神父
シャロン:         キティ・ウィン
バーク(映画監督):   ジャック・マッゴーラン
カラス神父の母:     バシリキ・マリアロス

  

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2008年7月20日 (日)

■【映画】『レディ・イン・ザ・ウォーター』、M・ナイト・シャマラン。ひとの人生における役割は、他者との関係性の中で触発され、自らの中から生まれてくるものなのだ。

もしかするとナイト・シャマランの映画の中で一番気に入ってしまったかもしれない。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.17  『レディ・イン・ザ・ウォーター』
           原題: Lady in the Water   上映時間:110分
          監督: M・ナイト・シャマラン 公開:2006年7月(米)9月(日本)
      出演: ポール・ジアマッティー ブライス・ダラス・ハワード 他

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■スプリンクラーによる靄(もや)、水、そして家。A・タルコフスキーの映画のような幻想的美しさ!

■言わずと知れた大ヒット映画、『シックス・センス』でメジャーデビューしたM・ナイト・シャマランの作品。

『アンブレイカブル』、『サイン』、『ヴィレッジ』と、日常が崩れていく姿を表から裏からとさまざまな角度で切り取り、斬新な作品を生み出してきたナイト・シャマラン監督なのだけれど、この『レディ・イン・ザ・ウォーター』は今までの映画とは一風違った作品となっている。

主人公の異常な体験という意味では変わりは無いのだが、今までのような「秘密が明かされる」という流れではなくて、「物語」を作っていく、そういう話なのだ。

この作品は現代の童話であって決してミステリーではない。

そこに気付かず、「秘密」にばかり興味を向けてしまうと上手く入り込んでいけないかもしれない。

実際、一般の評価も芳しくなく興行成績もイマイチだったという。

なんとも勿体無い話だ。

■ストーリー■
舞台は、多種多様な人々が集まるフィラデルフィアのアパート。日々仕事をこなすだけの人生を送るアパートの管理人クリーブランド(ポール・ジアマッティ)は、ある日突然プールに現れたひとりの少女(ブライス・ダラス・ハワード)と出会う。

彼女は海から来た精霊・ナーフ。ある目的を果たし故郷へと還ろうとする少女だったが、彼女を付け狙う獰猛な怪物がその邪魔をする。

彼女を故郷へと無事に還すためのキーパーソン達はこのアパートにいる。解読者(シンボリスト)・守護者(ガーディアン)・職人(ギルド)・治癒者(ヒーラー)。管理人クリーブランドは彼らを見つけ出し、少女を怪物の魔の手から守りきることが出来るのか。

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■【DVD】 レディ・イン・ザ・ウォーター 特別版

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■非常にメッセージ性の強い作品である。

海(=地球生命の総体)から離れていってしまった人間に「何か」を気付かせようとする。

それが「レディ」=精霊・ナーフの役割である。

ここではM・ナイト・シャマラン本人が演じるインド系アメリカ人の青年ビックが「気付く」役割を担う。

何か大切なことを書かねばならないと感じていた小説家の卵であるビックは、彼女と出会うことにより自分の中で何かが弾け、「料理本」と題した文明・政治批評を一気に書き上げる。その本が次の世代へと受け継がれていく中で世の中にゆっくりと大きな変化をもたらせていくことになるのだ。

「料理本」の具体的な内容は明かされることは無いが、この映画を見終わったあとに残るあたたかい「感覚」。それこそがナイト・シャマランがこの「童話」を通して伝えたかったことなのだと思う。

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■自らの人生を封印してしまったクリーブランドのもとに天使が舞い降りてくる。この映画はストーリーが彼のこころに触れることによって彼を解放する「癒し」の物語でもある。そして癒しを受けることで初めて、クリーブランド自身が「治癒者」として目覚めるのだ。

■この物語の中心にいる精霊・ナーフの名前が「ストーリー」であることがこの映画を味わう上でのキーポイントである。

ストーリー=物語=人生は、既に語りつくされた「型」によって定められたレールの上を進んでいくものではない。

管理人クリーブランドは、解読者、守護者、職人たち、治癒者という精霊・ストーリーを無事に故郷へ還すために必要なメンバーを探し始めるのだけれど、そのヒントを得るためにこのアパートにショートステイしている著名な評論家の助けを借りる。

■彼に言わせれば、「物語」は既に語りつくされていて、すべての作品はこれまでに語られてきた物語の枠組みに還元することが出来る。

そして解読者、守護者、職人たち、治癒者という「名前」から、「既に語りつくされた枠組み」に沿って、そのキャラクターの特徴をすらすらとクリーブランドに語ってみせる。

集められたメンバーも、そのレディメイドなキャラクター設定を信じ、精霊・ストーリーを故郷に還す「儀式」を演じる。

が、結局それは失敗に終わり、精霊・ストーリーは怪物の毒牙にかかって衰弱し、死んでしまう。

■「ストーリー=物語=人生」を分かりきったものとしたその時に「物語」は活力を失い死に至るのだ、という強いメッセージ。

それはナイト・シャマランの「作家」としての「物語」に対する態度であり、「人間」としての「人生」に対する態度である。

と、同時に自らの中にある「型にはめようとする」批評家的な自分自身を戒めるものであり、それは、他人事ではなく自らの人生を脅かす「怪物」と直面し対峙したときですら「型の枠組み」から逃れることの出来ない無力な評論家・ハリーの姿として語られる。

■生きとし生けるものには全てに役割がある。

人間はみんな独りではなく、一人ひとりがつながっている。

精霊・ストーリーが何度も繰り返すことばである。

それぞれのひとの「人生における役割」は、他人との関係性の中で触発され、自らの中から生まれてくるものなのだ。

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■アパートの住人たちは、それぞれが自らの「役割」を自覚し、死の淵から「ストーリー」を救い出すことに成功する。そして、彼らの内側から生まれ出てきたやり方で再度、彼女を還す儀式を試みるクライマックス・シーンに至る。

ストーリーめがけて襲い掛かってくる「怪物」。

自らが「守護者」ではないと分かりつつ、それでも「怪物」からストーリーを守ろうとするクリーブランド。

その時「偶然」、右半身だけを鍛える変なマッチョのレジー君が彼らの後ろに立っていて、「怪物」はレジーを警戒して前に進めない。

レジーが「守護者」だったのだ。

■これを「ご都合主義」と切り捨てる我々は、その物の見方こそが人生に解釈を持ち込む「評論家」的態度なのだと気付く必要がある。

人生はいつだって「偶然」の積み重ねによって成り立っていて、そこには「理由」なんてものはない。

そして、その「偶然」という神の微笑みは、自らがやるべきことをやりきったその上に降りてくる。

偶然とは、自分の内側から発する輝きに呼応して、今まで何ものでもなかったものが突如として反応し、驚きをもって現れてくるものなのである。

だから人生は面白いのだ。

01      <2008.07.20 記>

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■前作、「ヴィレッジ」で盲目の少女を演じたブライス・ダラス・ハワードの精霊・ストーリーがいい。
羽根が生えていたり、半透明だったりすることなく、普通の少女っぽい風体なのだけれど、それでも一目見て、「あ、精霊だ。」と観る者を納得させてしまう彼女の「存在感」が素晴らしいのだ。
特にクリーブランドが初めてストーリーと対面するシーン。
床に滴った水に続いて彼をを見つめる表情のアップ。
「抑えた」、「寡黙な」、それでいて「強い衝撃」を与える、脳みそを飛び越し、理屈を超えて理解を迫る。そういう強さを持った名シーンである。(画像が見つからない・・・、残念。)

        

Dvd ■ レディ・イン・ザ・ウォーター (’06)

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Dvd_2
■ シックス・センス (’99)
■どんなに面白い映画かって当時の彼女に薦めたら、途中で分かっちゃったじゃないのと怒られた。この映画についてあまり語ってはイケナイ。

Dvd2
■ アンブレイカブル (’00)
■ミステリーと思いきや・・・、という途中の大転調が最高に素敵なのだ。

Dvd_3
■ サイン (’02)
■恐ろしいものは、はっきりと見えない暗闇の中から襲ってくるものであるが、それが白昼堂々と日常の中に侵入してきた時の非現実感、これがたまらない。

Photo
■ ヴィレッジ (’04)
■レディ・イン・ザ・ウォーターの精霊・ナーフ役、ブライス・ダラス・ハワード初のメインキャスト。盲目の少女が’怪物’の影に怯えながら森を抜けていくシーンが秀逸。
主役の女優が同じというだけでなく、映画としてのテーマの種もこの『ヴィレッジ』で既に芽生え始めている。この映画のラストは、人間が生きていく上で避けることの出来ない悲劇、と捉えるべきなのだろう。その意味でも『レディ・イン・ザ・ウォーター』と対になる作品なのだと思う。

■レディ・イン・ザ・ウォーター 公式サイト■

 
■【新作】『ハプニング』 公式サイト■

■雰囲気的には『サイン』なんだけど、やっぱそんなに単純じゃないわな・・・。

    
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■STAFF■
監督:  M・ナイト・シャマラン
製作:  M・ナイト・シャマラン
     サム・マーサー
脚本:  M・ナイト・シャマラン
音楽:  ジェームズ・ニュートン・ハワード
撮影: クリストファー・ドイル
美術: マーティン・チャイルズ
衣装: ベッツィー・ハイマン
編集: バーバラ・タリヴァー
配給:  ワーナーブラザーズ


■CAST■
ポール・ジアマッティ     :【管理人】クリーヴランド・ヒープ
ブライス・ダラス・ハワード  :【精霊】ストーリー
                        
                 *  *  *  *  *  *  *
ジェフリー・ライト        :【パズル好き】デュリー
ボブ・バラバン         :【評論家】ハリー
フレディ・ロドリゲス       :【半身マッチョ】レジー
M・ナイト・シャマラン     :【作家の卵】ビック
ジャレッド・ハリス       :【あご髭のスモーカー】
ビル・アーウィン        :【引きこもりの中年】リーズ
メアリー・ベス・ハート     :【動物好き】ベル婦人
シンディ・チャン        :【女子大生】スーン・チョイ

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2008年7月 9日 (水)

■映画 『300<スリーハンドレッド>』。いくぜ、野郎ども!

何もかもが、良い意味で大仰なのである。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
300

No.16  『 300 <スリーハンドレッド>
          監督: ザック・スナイダー 公開:2007年6月
       出演: ジェラルド・バトラー レナ・ヘディ  他

■物語が陳腐だとか、CGがイマイチうそ臭いとか、そういうことはどうでもよくて、

禍々しき異界ペルシア100万の軍勢を迎え撃つ、スパルタ300人の精鋭たちの闘い、それ自体がこの映画のすべてである、といっても過言ではない。

■ストーリー■
紀元前480年、スパルタ王レオニダス(ジェラルド・バトラー)は、ペルシアの大王クセルクセス(ロドリゴ・サントロ)から服従の証を立てるよう迫られる。そこで、レオニダス王が取った選択肢は一つ。ペルシアからの使者を葬り去り、わずか300人の精鋭たちとともにパルシアの大群に立ち向かうことだった。(シネマトゥデイ)

Dvd_■DVD 300<スリーハンドレッド>特別版

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■そんなアホな!

と思ったのだが、現実は空想より奇なりで、ヘロドトスの「歴史」第7巻に「テルモピュライの戦い」として収められた史実なのだそうだ。

100万対300人隊というのは少し大げさで、実際にはペルシア遠征軍10万対スパルタ重装歩兵300人と他の都市の兵1~2000人。

とはいえ2桁も違うわけで、恐るべき兵力差である(出典:Wikipediaにつき注意方)

それでペルシャ軍を3日間に渡って食い止めたというのだから、そりゃあ『伝説』になっても当然といえよう。

■物語はスパルタの王、幼いレオニダスが「スパルタ式」で鍛え抜かれ、立派な兵士に成長したことを認められて王位に付くところから始まる。

このあたりの「むかし話」的語り口には、ぐいぐいと引き込むチカラを持っている。

けれど、そこから先の物語の展開が歯抜けの紙芝居的というのか中途半端な印象は拭えず、正直少しだれるのだけれど、ここは我慢して通り過ぎるべし。

Photo ■父は行って来るぞ

服従を迫るペルシャの使者を井戸に叩き落し、さて戦争じゃ!となるのだけれど、

祭りの最中の出兵はイカン、という神官のお告げにより全軍でペルシャ軍に当たることは禁じられ、やむなくレオニダスは手勢の精鋭300人と共に出陣する。

海岸線に峻険な山が迫って進路が狭く地理的に優位なテルモピュライに陣を敷き、大軍勢の数的優位を鉄壁の防御で凌ぐという作戦である。

■さて、ここからが見せ場の連続。

津波のように押し寄せるペルシア軍をファランクスの密集隊形で受け止め、押し返し、槍で突き、海へと突き落とす。

Photo_2 ■ファランクス

接近戦は分が悪いと見るや、ペルシャ軍は弓矢を一斉に放ち、レオニダスたちの上に天を黒く染めるような矢の雨が降り注ぐ。

そんでもって、仮面を付けた不死部隊やら、雲突くような大男やら、サイやら、ゾウやらと次々に奇怪な新手がスパルタ軍に襲い掛かる。

この「どこまで行くの!?」

的な畳み掛けるような展開が最高にいい!

迫力を通りこして、もう、お笑いの世界に踏み込んでいるのだ。

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■不死部隊(影の軍団にあらず)
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■凶暴な大男
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■サイを仕留めるシーンが最高にカッコいい。

■そんでもって次々と襲い掛かるペルシャ軍を跳ね除けるスパルタ兵士も素晴らしい。

その鍛え抜かれたマッチョな肉体を見せつけて、バッタばったと敵をなぎ倒していく(あれ、重装歩兵の甲冑は?)。

「マトリックス」的高速度撮影(スローモーション)の連発なのだけれども、そのスピードを変幻自在に操ることで、敵の刃がアタマの上をかすめていくような、生の「感覚」をえぐる感じ。

ちょっとクドイ気がしないでもないが、ここまで畳み掛けられては降参せざるを得ないだろう。

■空を黒く埋めて襲い掛かる大量の弓矢にしろ、サイやらゾウやらの波状攻撃にしろ、クド過ぎるスローモーションにしろ、何しろすべてにおいて大袈裟なのだ。

ペルシャの王様クセルクセスも、悲しき傴僂男エフィアルテスも、

すべてが過剰、すべてが大袈裟。

Photo_7
■ペルシア王クセルクセス
Photo_8
■エフェアルテス

けれどそのマンガっぽい大袈裟な分かりやすさは、古代ギリシャという神話と歴史が渾然と入り混じった世界を描くには最適な手法であったようにも思える。

そこに求められるのは、感情の機微をなぞる「物語り」ではなく、躍動する原初的な生の「感情」そのものなのである。

Photo_9 ■レオニダス王の最期

■ラストシーン。

300人隊の唯一の生き残りであるディリオスがあげる雄叫びは、

レオニダスが何故、無意味とも思える無謀な戦いを挑んだのか、という「真意」を理解するためのものではなく、

見るものの体の中に密かに埋め込まれたスパルタ的誇りを呼び起こし、その血を燃えたぎらせるためにあるのだ。

ああ、カッコいい!!

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■いくぜ、野郎ども!(・・・だから甲冑は?ってば。)

                           <2008.05.24 記>

Dvd_■DVD 300<スリーハンドレッド>特別版
     

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■DVD ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット プレミアム・エディション
■ザック・スナイダー監督って、あの「ゾンビ」のリメイク『 ドーン・オブ・ザ・デッド 』がデビュー作で、『300』が2作目なのだそうです。
映像の「えげつなさ」は前作ゆずりですな(笑)。
けれど、『 ドーン・オブ・ザ・デッド 』は徹底した主人公の一人称視点とか、映像で見せる心理描写とか、映画として質の高い作品だと思います。
ラスト・シーンの後味の悪さだけはどうにもならないんだけど・・・。

■STAFF■
監督           :ザック・スナイダー
製作総指揮 :フランク・ミラー、デボラ・スナイダー
原作            :フランク・ミラー
脚本      :ザック・スナイダー
                   マイケル・E・ゴードン、カート・ジョンスタッド
音楽     :タイラー・ベイツ
撮影      :ラリー・フォン
VFX監修   :クリス・ワッツ
SFX監修   :ショーン・スミス、マーク・ラバポート
美術     :ジェイムズ・ビッセル
衣装     :マイケル・ウィルキンソン
編集           :ウィリアム・フェイ
配給      :ワーナー・ブラザーズ


■CAST■
スパルタ王 レオニダス     :ジェラルド・バトラー
王妃ゴルゴ            :レナ・ヘディ
スパルタ軍隊長 アルテミス  :ヴィンセント・リーガン

隊長の息子 アスティノス    :トム・ウィズダム
屈強のスパルタ兵 ディリオス :デビッド・ウェナム    
若きスパルタ兵 ステリオス  :ミヒャエル・ファスベンダー
 *********  
アルカディア軍隊長 ダクソス  :アンドリュー・プレヴィン    

傴僂男 エフィアルテス       :アンドリュー・ティアナン
 *********
スパルタの評議員 セロン    :ドミニク・ウェスト
 *********
ペルシア王 クセルクセス       :ロドリゴ・サントロ
 

 
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2008年6月 2日 (月)

■【映画】 『 ヨコハマメリー 』。私は私の道を行く。

ドキュメンタリー映画を久しぶりに手に取った。

DVDのジャケットにふっ、と惹かれたのだ。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.15  『 ヨコハマメリー 』
          監督:中村高寛 公開:2006年
       出演: 永登元次郎 五大路子 他

     Dvd  ■DVD ヨコハマメリー

■結論から言えば借りて正解。

ドキュメンタリーって作り方次第でこうも「劇的」になるものかと目からウロコが3枚くらいはがれ落ちた。

見終わった後の余韻に浸っているうちに元次郎さんに会いたくなって最後の歌のシーンを繰り返し繰り返し味わった。

知らぬうちに人恋しさが静かに高まっていく、そういう映画だ。

■ストーリー■
厚い白塗りに白いドレス。

横浜、伊勢崎町の街角に立ち続ける異様な風体の老婆がいるという。「ハマのメリーさん」。だが、1995年、その「メリーさん」は突如として横浜の街から姿を消す。

中村高寛監督は彼女の真実を追いかけ一本のドキュメンタリーとしてまとめた。それがこの映画である。

彼女にゆかりのある、古くから横浜で生きてきた人たちの声を拾い集め、「メリーさん」の姿を、その周辺からじんわりとゆっくりと描き出す。

末期がんに侵された老シャンソン歌手、永登元次郎の生き様がそこに重ねられ、衝撃的なラストへと物語は展開していく。

■DVD ヨコハマメリー

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■静かな映画だ。

ナレーションがない。BGMもない。

あるのは、街の音。

彼女が生きた横浜の「時代」を知るひとがメリーさんについて語る声。

説明は簡潔なテロップが時折差し込まれるだけ。

けれど、そこには「退屈」とはおよそ対極的な、強烈な引力と濃密さがうまれている。

■集中力、なのだと思う。

不必要なものをすべて削り去って、今、目の前にしている「こと」に集中する。

カメラは、まるでスチル写真のように動きを止め、ザクリザクリと作家の視線を力強く切り取っていく。

その丹念な積み重ねと編集の妙により、見るものの五感は、いつしか「生」の体験へと入り込んでいくのだ。

ああ、これがドキュメンタリー映画というものなのだろうか。

娯楽映画では決して味わえない新鮮な感覚である。

■「ハマのメリーさん」が横須賀の街に現れたのは、1954年。当時、33歳。

ふわっと上品でレトロなドレスを身にまとい、その近寄りがたい高貴さから「皇后陛下」と呼ばれた彼女は米軍将校専門の娼婦であった。

その後、横浜に流れ着き、伊勢崎町の「根岸屋」という米兵と愚連隊と娼婦でにぎわう「濃密な」酒場の前に立つようになる。

1961年、当時40歳。

■彼女が横浜から姿を消したのが1995年だから、74歳になるまで、34年間も街角に立ち続けたことになる。

上品で高貴であること。

彼女はそれを守り通した。

■その年輪を隠すための厚いドウランの仮面をつけ、曲がった背をしゃんとして、いつもまっすぐ立っている。

衣装のクリーニングや美容院通いも怠らず、住む家は無くとも、身奇麗でいることを旨とする。

宝飾店のウインドウに並ぶアクセサリーや香水をいとおしむように眺め、評判になる舞台には必ず彼女の姿が現れる。

■美しく、上品であり続ける精神と、老齢であることのギャップはその見た目以上に「気色悪い、ぞっとする」強烈な存在感を発し、容易にひとを寄せ付けない。

けれど、彼女の奥に「強さ」をみる感受性を持つものは、「何故?」という問いとともに、彼女に対して尊敬の念を抱くようになる。

■横浜で生きてきたシャンソン歌手、永登元次郎さんもそのひとり。

自ら男娼として街角に立ったこともある。

裏街道を必死に生きてきた元次郎さんにとって、メリーさんがどうしても他人には思えない。

彼女の気高い強さに励まされ、自らの体を冒す末期がんと向き合い、それでもなお歌い続ける。

そしていつしか、彼女の厚いドウランの裏に隠された弱い部分に、かつて深く傷つけてしまった母への、もう取り返しのつかない後悔の念を重ねていく。

■この元次郎さんの生き様が二重奏のようにメリーさんの人生と響きあい、深い感動へと引き込まれていく。

ここでは「コトバ」は、あまりにも無力だ。

ラストシーンでの元次郎さんのマイ・ウエイが、ただただ心に沁みる。

私は私の道をいく。

それを聞く、メリーさんの横顔が美しい。

                           <2008.05.24 記>

Dvd  ■DVD ヨコハマメリー

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■スタッフ■
監督: 中村高寛
企画制作: 人人フィルム、白尾一博、片岡希
撮影: 中澤健介、山本直史
音楽: Since、コモエスタ八重樫、福原まり
テーマ曲:渚ようこ 『伊勢佐木町ブルース』
写真: 森日出夫


■出演■
永登元次郎(シャンソン歌手)
五大路子
杉山義法
清水節子
広岡敬一
団鬼六
山崎洋子
大野慶人、他

    
■過去記事■

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2008年5月24日 (土)

■【映画】 AVP2 エイリアンズ VS. プレデター。とんでもなく濃密な102分!

前作のAVPのラストシーンは「次回作を震えて待て!」ってな感じだったので、もう期待しまくって見たのだけれど、ある意味、その期待を大いに上回る大満足の作品であった。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.14  『AVP2 エイリアンズ VS.プレデター
           原題: ALIENS VS. PREDATOR
          監督: コリン・ストラウス、グレッグ・ストラウス 公開:2007年12月
       出演: スティーヴン・パスカル レイコ・エイルスワース 他

     Avp2
     ■AVP2 エイリアンズVS.プレデター 完全版

■プレデターとエイリアン、そこに巻き込まる人間たち。

その三重奏が上手く回転している。

常軌を逸した獰猛さと繁殖力をもったエイリアン。

それに対するプレデターがまったく人間に媚びないところが、この映画を成功へと導いている。

そう、この作品の主人公は「プレデター」でも「タフな母性本能でピンチを切り抜ける強い女」でもなく、得体の知れないプレデターとわらわら増殖したエイリアンと容赦なく殺戮されていく町の人間たちとが織り成す「異常な状況」そのものなのだ。

■ストーリー■
エイリアンとの死闘を終え、地球から帰還しようとするプレデターの宇宙船。だが、その宇宙船に収容された一体のプレデターにはチェストバスター(エイリアンの幼体)が潜んでいたのだ。

プレデターの圧倒的な戦闘能力を身につけた「プレデリアン」は船内のプレデターたちを次々に虐殺。コントロール不能となった宇宙船はアメリカ、コロラド州の森林地帯へ墜落する。その森へ狩りに来ていた親子を皮切りに、エイリアン’たち’は次々と増殖しながら森林に閉ざされたガニソンの町へと侵攻していく。

一方、プレデターの母星(?)でも船の異変を察知、増殖したエイリアンを掃討するために一人の戦士が地球へと向かうのであった。

■【DVD】 AVP2 エイリアンズVS.プレデター 完全版

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■この映画に「ドラマ」を期待してはいけない。

墜落したプレデターの宇宙船に接触した親子。普通はそこを基点として物語を拡げていくものだが、父親はあっさりとフェイスハガーに取り付かれる。ああ、この残された子供が軸となっていくんだなと思いきや、次の瞬間、その子もやられてしまう。

なるほど、息を吹き返した親子が町へ戻っていくところから物語が・・・、なんて考える間もなく二人の胸を突き破ってチェストバスターが飛び出してくる。

容赦ない。

感情移入しようとする観客の気持ちをバッサリ刈り取る。

この序章の展開は、この映画は一味違うのだよ、という観客に対する宣戦布告なのである。

■前半3分の1くらいの時間をかけてガニソンの住人たちを点描していくのだけれども、ここでは決して一人ひとりに深くは踏み込まない。

振り返ってみるとこのあたりのサジ加減が実に絶妙で、後半に一気に収束していく「状況」にダイナミックさをもたらしている。

ここでいう「収束」はストーリーの密度であると同時に、文字通り、前半で点描された住人たちが無慈悲に刈り込まれていく状況そのものである。

遺棄された装甲車に乗り込む数名の男女の向こうには多くの犠牲者の点描があるわけで、その積み重ねの濃密さ故に残された彼らに「厚み」を持たせることに成功しているのだ。

一人ひとりの丁寧な描写という一般的技法に拠らない、斬新な組み立て方である。

この映画を「薄っぺら」と評するひとは、きっと、その斬新でドライなやり口に乗り切れなかったひとなのだろう。

そういう意味では観客を選り好みする「高飛車」な映画なのかもしれない。

■いや、もう少し深く掘り下げてみると、「AVP2」の宿命としてそういうドライな描き方しか出来なかったのかもしれない。

何故かならば、この映画の「3つの要」の一角をしめるプレデターが、その仮面の下に感情を隠して冷静沈着に「処理」を進めていくというキャラクターであるからだ。

もし人間に主役を置いて、そのキャラクターを深く描きこむやり方をしていたのであれば、対するプレデターもそれに応えざるを得ない。いきおい、プレデターと人間との共闘へとストーリーは流されていくだろう。

それでは前作「AVP」の焼き直し。

■「AVP」でひとりだけ生き残った女性登山家レックスとプレデターとの共闘は、それはそれで新鮮で面白かったのだけれども、どちらかというと禁じ手に近く、それを続けてしまっては「甘く」て陳腐な作品に成り下がるのは目に見えている。

エイリアンとプレデターと人間との3角形を「筋」を通してキッチリ描くためには、そういうドライな手法が必要だった、ということか。

■さて、モンスター映画としての「AVP2」はどうなのか?

アマゾンの評価を見てみると、画面が暗くてぜんぜん分からん!という意見がかなりあるようだ。

確かに、画面に出てきたのが「プレデター」なのか「プレデリアン(プレデター由来のエイリアン)」なのか、よく分からなくて混乱するような場面もあったりはする。

けれど「エイリアン」は見えないからこそ「エイリアン」なのであって、エイリアン(ビッグチャップ)をあからさまに見せた「エイリアン2」以降がむしろ邪道とすらいえよう。

もちろん、「見えない」という状況を描くセンスは「水蒸気の魔術師」リドリー・スコット監督の足元にも及ばないが、やりたいことはわかる。

要するに原点回帰をやりたかったのだ。

■プレデターの装備も毎度のことながら抜群でかっこいい。

「掃除屋」必須アイテムらしき、魔法の水もなかなかシャレている。

エイリアンの生態も、ここで文字にするには躊躇してしまうのだけれども、かなりな「チャレンジ」を試みている。

それが「気に食わない」というマニアも多いと思うけれども、やっぱり表現者としては新たな挑戦をしてみたいものなのだから、まあ大目にみようじゃないですか。道徳的にどうか、という気はするけれど。

■で、ラスト。すべての武器を使い果たしたプレデターが装備を剥ぎ取り、ゆっくりと仮面を外すシーン。

「決意」が滲み出るこのシーンが実にキマっている。

ここまで「感情移入」を頑なに拒否していた「掃除屋」が、初めて感情をむき出しにしてプレデリアンに素手で向かっていく。

また、これが強い!

濃密な102分を締めくくるのに相応しい、力の入る「対決」であって、まさに「エイリアンVSプレデター」の看板に偽りなし。

すべてを消し去る「炎」を背景に浮かび上がる彼等のシルエットが、えも言われぬカタルシスを与えてくれる。

■いやー、久々にツボにはまる映画であった。

ここまでドキドキする映画はどれくらいぶりだろう。

「エイリアン」から、また見返したくなってしまった。

                           <2008.05.24 記>

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■AVP2 エイリアンズVS.プレデター 完全版
コレクターズBOX (FOX限定プレデリアン・フィギュア付)

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■STAFF■
監督: コリン・ストラウス、グレッグ・ストラウス
製作: ウォルター・ヒル他
脚本: シェーン・サレルノ
音楽: ブライアン・タイラー
撮影監督: ダニエル・C・パール
美術: アンドリュー・ネスコロムニー
衣装: アンガス・ストラティー
特殊メイク: ドーン・ディニンガー
クリーチャー造形: アマルガメイテッド・ダイナミクス・インク
視覚効果監修: コリン・ストラウス&グレッグ・ストラウス、他

■CAST■
レイコ・エイルスワース
ジョン・オーティス
スティーヴン・パスクール
ジョニー・ルイス
デヴィッド・パートコー、他

 
■AVP2 公式サイト■

    
■過去記事■

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2008年3月21日 (金)

■【映画】『妖怪大戦争』。バカを言っちゃいけない、戦争なんか腹が空くだけだ。

腹をかかえて大笑いできる最高の娯楽映画なのだけれども、その底には深くシブトイ思想が流れている。子供だましと侮ってはいけないのだ。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.12  『妖怪大戦争
          監督: 三池崇史  日本公開:2005年8月
      出演: 神木隆之介、宮迫博之、豊川悦司 他

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■「その夏、僕はまっ白な嘘をついた」

なーんて品のいいキャッチ・コピーにつられて、’少年が体験する夏の思い出’的な映画だと思って見ると肩透かしをくらうに違いない。

確かにそれが物語の軸を形成しているのだけれども、この映画の魅力はむしろ、その「いわゆる物語的流れ」を逸脱し、隙あらばそれをひっくり返そうとする「もう、無茶苦茶でんがな」的展開にある。

人を驚かしては、「いーっ、ひっひぃ」と影で笑うのが妖怪の本分だとするならば、けだし、それも当然のことなのかもしれない。

見るものがそこを愉しめるかどうかで評価が大きく分かれる。『妖怪大戦争』というのは、そういう映画なのだ。

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■ストーリー■

今年10歳になるタダシは、両親の離婚により母と鳥取にやってきた。しかし都会で育ったもやしっ子のタダシはクラスメートにもいまいち馴染めない。そんなある日、夏祭りで「世界に平和をもたらす正義の味方」麒麟送子に選ばれたタダシは、なんと妖怪の姿が見えるようになってしまう。

同じころ、人間に深い恨みを持つ魔人・加藤保憲は、捕獲してきた日本古来の妖怪と人間に打ち捨てられた機械の怨念を混ぜ合わせ、新種の悪霊である“機怪”を作り出し、世界壊滅を目論んでいた…。果たしてタダシは日本の妖怪軍団と力を合わせて世界を救うことができるのか!

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DVD 『妖怪大戦争』
★★★  (38件のレヴューがあります)

■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■日本の妖怪たちのとぼけた味がなんとも絶品である。

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妖怪たちのまとめ役的立場の猩猩を演じる近藤正臣、河童の川太郎を阿部サダヲ、油すましは竹中直人、そして日本妖怪の大御所ぬらりひょんを忌野清志郎。

個性あふれる面々が特殊メイクで誰だ誰やら分からん状態で集う「妖怪会議」のシーンが面白い。

■猩猩や川太郎が、魔人・加藤のたくらみを打ち砕くべく力を合わせて戦おうと旗を振るのだが、妖怪たちは戦うことにまったく興味なし。いやー、俺はちょっと、とかなんとかいってみんな後ずさりしながら逃げていく。

結局、残っているのは猩猩とその仲間の川太郎と川姫(高橋真唯)だけ。

と、思ったら小豆洗い(岡村隆史)がポツンと残っている。

■「お前、いいやつなんだなぁ~」、なんて川太郎に感激されてしまっては今さら足が痺れて立てなかっただけだなんて言えないじゃん。

という岡村隆史のほとんどセリフなしでの演技がツボにはまってしまった。

そもそも、ざるでシャカシャカ小豆を洗う音をたてるだけの妖怪がついていって一体なんの役にたつのか?という話である。

実はそこがラストの伏線になっているとは考えも及ばない、というか及ぶはずがない(笑)。

■そういったとぼけた妖怪たちに対して、魔人・加藤保憲(豊川悦司)とその僕(しもべ)である鳥刺し妖女アギ(栗山千秋)は真剣だ。

加藤の根っこの部分には虐げられた日本の先住民の怨みがこもっているという設定なのだから、おちゃらけるわけにもいかないのである。

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■栗山千秋は自称アニメ、SFオタクだそうで、この役も結構楽しんだに違いない。

そういった「背景のある『悪』」というのは女性にとってよっぽど魅力的なものなのか、栗山千秋演ずるアギは加藤にゾッコンで、アギの真剣さの源泉はそこにある。

けれど大抵の場合そういう恋慕が実ることは無く、見ていて結構切ないものがある。

おちゃらけだけでなく、そういうところもしっかり描きこんでいるところが映画全体に深みを与えているように思える。

人間(?)的な感情に従って動くアギを描くことで、純粋であるが故に冷酷な「悪」としての「加藤」の輪郭がはっきりと見えてくるという効果もあるだろう。

■一方、人間としての視点は怪奇雑誌の編集者である佐田(宮迫博之)の目で語られる。

今、現在進行形で空想と現実の狭間に生きるタダシより、その感覚を記憶の奥に微かに感じる佐田のほうが、誰の心にもある、草の匂いとか水溜りの匂いとか、そういったものが混ざり合った「何か」をその感覚に思いおこさせ、妖怪の世界をよりリアルに感じさせるのだろう。

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佐田が少年時代に川で溺れかけたときにその命を救った妖怪・川姫。

そのときの川姫の肌のぬらぬらとした、少年らしからぬ猥雑さをも含んだその感覚が佐田の記憶の奥底で疼いている。

このあたりは映画という表現手段ならではの部分で三池監督の技がもっとも冴えるところである。

いや、正直、年甲斐もなくドキドキしてしまいました。

■『妖怪大戦争』といえば、バックベアードを首領とする西洋の妖怪軍団をゲゲゲの鬼太郎とその仲間たちが迎え撃つという80年代のマンガ映画を思い浮かべる世代である。

米ソ冷戦の時代。

何事も、平和を脅かす「悪」と戦う「正義」との「対決」の構図で捉えることのできる時代であったように思う。その流れの中で違和感無く、この勧善懲悪の物語を受け入れていたように思う。

けれど原作者の水木サンにとってそれは忸怩たるものであっただろう。鬼太郎とは本来、’朝は寝床でぐぅ、ぐぅ、ぐぅ’というダラけたもので、「正義」とは無縁の存在であるはずなのだ。

冷戦が終わり、民族とか貧富の格差だとか、そういった’政治’と言ってしまうよりももっと身体感覚に近いところで分断が生まれ、善と悪との境界線が見えづらくなってきたこの時代。そこで今回の『妖怪大戦争』が撮られたことに何らかの時代的な意味を求めるのは考えすぎだろうか。

■この映画には「プロデュースチーム『怪』」として、宮部みゆき、京極夏彦、荒俣宏、そして水木しげる御大が参加している。

単に妖怪の描き方の質が高いというだけでなく、それぞれの作家の世界観が物語の各断面に現れていて面白い。

その中で、やっぱり、しみじみした気分にさせるのが、水木サン自身が登場するシーンである。

■加藤とタダシたちの戦いが、どう伝わったものやら、「東京で盛大な祭りをやってるらしい」と聞きつけた日本全国120万もの妖怪たちが一気に押し寄せ、その混乱の中で加藤の野望は(しょーもないことで)打ち砕かれる。

それを遠巻きに見ていた妖怪大翁(水木しげる )と従者。

従者 「今回は勝てました」

妖怪大翁 「バカを言っちゃいけない、ケンカなんか腹が空くだけだ。」
 

それを「戦争なんて腹が空くだけだ」と読み替えたとき、己のタダシさを声高に主張することのアホらしさが沁みてくる。

こういった戦争体験世代の声は幾百幾千の論より遥かに重い。

                            <2008.03.21 記>

DVD 『妖怪大戦争』
★★★  (38件のレヴューがあります)
     

■関連記事■
_

■Nスペ 『鬼太郎が見た玉砕』。戦争の不条理。TVドラマの枠を逸脱した10年に一度の傑作。
   

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

■STAFF■
監督・脚本 : 三池崇史   三池崇史監督作品を検索
脚本 : 沢村光彦、板倉剛彦
撮影 : 山本英夫
特殊メイク  : 松井祐一
加藤保憲/アギスタイリスト:北村道子
美術:佐々木尚
美術デザイン:百武朋、井上淳哉、竹谷隆之、韮沢靖
造形:松井祐一、百武朋
音楽:遠藤浩二
プロデュースチーム「怪」:水木しげる、荒俣宏、京極夏彦、宮部みゆき

   
■CAST■

稲生タダシ/麒麟送子    :神木隆之介
佐田(雑誌「怪」編集者)  :宮迫博之(雨上がり決死隊)
稲生俊太郎(タダシの祖父):菅原文太
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
猩猩           :近藤正臣
川姫           :高橋真唯
川太郎        :阿部サダヲ
一本だたら  :田口浩正
小豆洗い     :岡村隆史(ナインティナイン)
大首           :石橋蓮司
ぬらりひょん :忌野清志郎
油すまし      :竹中直人
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
「怪」編集長                   :佐野史郎
宮部先生                      :宮部みゆき
読書好きのホームレス     :大沢在昌
山ン本五郎佐衛門          :荒俣宏
神ン野悪五郎                 :京極夏彦
妖怪大翁                       :水木しげる
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
鳥刺し妖女アギ               :栗山千明
加藤保憲                        :豊川悦司

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2008年3月 2日 (日)

■【映画】『バベル(BABEL)』。言葉よりもっと深刻な断絶の物語。

理屈で捉えられるのは、ほんの表層的なことに過ぎない。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.11   『バベル(BABEL)
          ■監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
      ■アメリカ公開:2006年10月 ■日本公開:2007年4月
      ■出演: ブラッド・ピッド、役所広司、菊地凛子 他

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■説明はない。

ただ、見よ。味わえ。と迫ってくる。

感情をあえて前面に出さずに登場人物たちがはまり込んでいく不幸を淡々と捉えていくカメラは冷静で、それゆえに言葉では表現することの出来ない「生き物」としての人間の苦しみ、悲しみ、不安、恐怖といった生々しいものを際立たせる。

それは、ある意味、暴力的ですらある。

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■ストーリー■

モロッコ。夫婦の絆を取り戻そうとバスツアーで旅をするリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)。そこへ唐突に打ち込まれた一発の銃弾によってスーザンは重傷を負ってしまう。言葉も通じず、医者もいない辺境の地で妻の命を懸命に救おうとするリチャード。一方でこの発砲事件を米国人を狙ったテロリストによるものと断定したモロッコ警察の捜査が始まる・・・。銃の持ち主をたどると意外なことに東京で聾唖の娘(菊地凛子)と二人きりで暮らす、ある会社役員(役所広司)に行きつく。その頃、リチャードとスーザンの帰りを待つ幼い子供たちは、息子の結婚式に出席する乳母に連れられて国境を渡りメキシコへ。刺激的な異文化を楽しむ二人だったが、彼らにも生死を分ける思いもかけない事態が待っていた・・・。
(Amazon.co.jp 商品の説明より抜粋)

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■DVD 『バベル(BABEL)』
★★★☆ (64件のレヴューがあります)

■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■英語が全く通じないモロッコの無医村に取り残されるアメリカ人夫婦。夫婦が出かけている間にメキシコ人ベビーシッターの息子の結婚式に連れられて行くアメリカ人夫婦の幼い息子と娘。異物を見るような態度に傷つき健常者との間に壁を作ってしまう一方で、何とかつながりを持ちたいと苦しむ聾唖の少女。

モロッコ、メキシコ、東京。言葉が通じない世界の中でそれぞれに’生きている’ことの生々しさを見せつけられる。

■モロッコ人の家に運び込まれ、救援が来るかどうかさえ分からない不安の中で重傷に苦しむケイト・ブランシェット。そんな状態であるにも関わらず、当然のこととしてやってきて抑えることの出来ない尿意。

メキシコの子供たちとはしゃぎながらニワトリを追いかけまわし、捕まえた!と得意満面なアメリカ人の女の子の目の前で事も無げにキュッ、とニワトリの首を捻じ切ってパーティーの食材にしてしまうガエル・ガルシア・ベルナル。

聾唖者だと知った途端に怪物でも見るような目を向けた男子高校生への報復として下着を穿いていない下半身を見せつけ貶めようとする菊地凛子。

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■日常生活では語られない、というより語ることを避けている部分をそのままドンと無造作に目の前へ投げつけてくる。

それは決してショッキングな効果だけを狙っているわけではない。

「日常」という薄皮を一枚はいでしまえば、すぐそこに言葉で説明することの出来ない「何か」がある。

常識だとか道徳だとかそういったものは所詮表面的に社会を秩序だてるために後付けされた薄っぺらな理屈に過ぎない。

そんな後付けの理屈よりも、もっともっと深いところで’のたうつ’「何か」が、我々を本当に突き動かしているものなのだ。

イニャリトゥ監督は、それを表現したかったのだと思う。

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■この映画のタイトルの『バベル』は旧約聖書の話からきている。

もともと人間はひとつの言葉を話していたのだが、技術を進歩させた人間は互いに協力し合い、天にまで届く「バベルの塔」を建造しようと試みた。

それが神の怒りにふれ、神は人間が互いに違う言葉をしゃべるようにしてしまった。

その混乱の中で人間たちは各地に散らばり、それぞれに違う言葉を話すようになった。

という話である。

■モロッコに取り残されたアメリカ人夫婦。メキシコに連れて行かれた子供たち。健常者との壁を作ってしまう聾唖の少女。

素直に捉えるならば、この映画は「言葉が通じない」ということで起きる悲劇を描いている、ということになるだろう。

けれど、そんなに分かりやすく単純な構図なのだろうか。

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■お互いに心が通じ合っていると思っていても実際には擦れ違っている。

しかも心のどこかでその擦れ違いに気が付いているのに、そこから目を逸らしたまま過ぎていく日々。

言葉が通じているなかでの断絶。そこにこそ本当の悲劇がある。

そんな日常が抗うことの出来ない「力」によって破壊され、圧倒的な絶望の中に放り込まれ、その時になってやっと本当の意味での「つながり」が生まれてくる。

そこに、この映画の「救い」があるのだと思えるのだ。

■アメリカ人夫婦のつながり。その子供たちと、これまで親の代りに彼らを育ててきたメキシコ人の乳母とのつながり。聾唖の少女とその父とのつながり。

そして、一連の不幸の切っ掛けとなる銃弾をバスに打ち込んだ活発なモロッコ人の少年と、真面目で内気なその兄とのあいだの絆。その絆は皮肉なことに一方の死という究極の絶望の中で形づくられていく。

それぞれの結末は決してハッピーエンドではないけれど、そこに新たに漂いはじめた微かな希望が、見るものの心を少しだけあたためてくれるのだ。

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■DVD 『バベル(BABEL)』
■監督: アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ ■日本公開:2007年4月
■出演: ブラッド・ピッド、ケイト・ブランシェット、役所広司、菊地凛子、他
■カンヌ最優秀監督賞、ゴールデングローブ・作品賞、アカデミー・作曲賞、他

                            <2008.03.01 記>

■STAFF■
監督 : アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ (メキシコ)
      (『アモーレス・ペロス』(99)、『21グラム』(03))
脚本 : ギジェルモ・アリアガ
      (『アルキメデス・エストラーダの3度の埋葬』(05))
撮影 : ロドリゴ・プリエト(『ブローバック・マウンテン』(05
))
音楽  :  グスターブ・サンタオラヤ(『ブローバック・マウンテン』(05
))
■CAST■
アメリカ人・夫 ・・・ ブラッド・ピッド
アメリカ人・妻 ・・・ ケイト・ブランシェット
メキシコ人・甥 ・・・ ガエル・ガルシア・ベルナル
メキシコ人・乳母・・・アドリアナ・バラッザ
日本人・父   ・・・ 役所広司
日本人・娘   ・・・ 菊地凛子
日本人・刑事  ・・・ 二階堂 智
   

■過去記事■
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2007年12月28日 (金)

■映画 『手紙』。「運命」と決別し自らの足で歩くということ。

「運命」とは理不尽で不幸な人生に対して、「なぜ?」とその理由を問いかけたときに生まれてくるものである。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.10  『 手紙 
          監督: 生野 慈朗  公開:2006年11月
      出演: 山田孝之 玉山鉄二 沢尻エリカ 他

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■日曜の夜、テレビで東野圭吾の『手紙』を見た。

おっ、これが噂のぷっつん女優・沢尻エリカ様かと眺めていたら、いつの間にやらグイグイと引き込まれてしまった。

これが、なかなかいい演技をするのである。

何故、そこまで主人公に寄り添い、尽くすのか?

その現実にはあり得ない【存在】を破綻なしに演じきるのだから、それはもう並大抵の演技力ではないのだ。

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■ストーリー■

兄・武島剛志(玉山鉄二)は弟・直貴(山田孝之)の学費欲しさに盗みに入り、誤って殺人を犯してしまう。自分の為に罪を犯した兄への罪悪感と、罪も犯していないのに「人殺しの弟」として世間から疎外される不条理との狭間に苦しみ続ける弟。

刑務所から届き続ける兄からの手紙。その姿を遠くから、しっかりと見つめ続ける女・由美子。

逃げても逃げても追いかけてくるいわれの無い差別に対して、直貴はどう決着をつけるのか・・・。

Dvd__2
DVD 『手紙』 スタンダード版
監督: 生野 慈朗  公開:2006年11月
出演: 山田孝之  玉山鉄二 沢尻エリカ 他
<Amazon評価>
★★★★ (レヴュー数 46件)

■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■なぜ、武島直貴は世間からはじき出されなければならないのか。

なぜ、兄からの手紙は不幸を引き寄せるのか。

なぜ、由美子は武島直貴にこだわり続けるのか。

理不尽と不合理に溢れた人生について

「なぜ?」とその理由を問いかけたとき、

その人生は必然性を伴った「運命」として立ち上がってくる。

_

■強盗殺人犯の弟であることが分かって地方の倉庫へ飛ばされた直貴のところへ、電器販売会社の会長(杉浦直樹)が訪れて優しく語りかける。

犯罪者の親族が世間から遠ざけられるのは当たり前のことなんだ。

みんな、そういう事件とは関わりあいたくない。離れていたい。それは罪の無い犯罪者の親族に対しても同じなんだ。

だから犯罪者は、自分の家族に対してもたらされる不幸についても罪を背負っているんだし、その家族も社会からのつながりが途絶えたところから、ひとつひとつ繋がりを築き上げていかなければならないんだ。

■そのことばは、これでもかこれでもかと直貴を追いかけてくる理不尽な不幸について一定の理由付けを与える。

この唐突に現れる会長は東野圭吾自身なのであろう。

由美子からの手紙でこころを動かされたという筋書きはあるにせよ、「作者の代弁者」が物語に乗り込んできて説明を試みるというのは、かなり危険な賭けであり、下手をすると物語全体が陳腐なものとしてガタガタと崩れ去っていくかもしれない。

けれど、その東野圭吾の主張が「受け入れなければならない理不尽もあるのだ」という厳しいものであるだけに、そこに感動が生まれる。

さらに杉浦直樹の人生の深みを感じさせる演技がその感動に説得力を与え、嫌みを感じさせない。

■役者の好演が説明的なプロットに深みを与え感動に転化することに成功しているという点では、沢尻エリカ演ずる白石由美子についてもいえることである。

借金地獄のなかを父娘で逃げ回ってきた人生はもう終わりにしたい。もう逃げたくない。私は悪くない。しっかりと正面から人生と対峙したい。

その想いは直貴の人生に重なってくる。

だから、不合理な世間の仕打ちから逃げ続ける直貴に対して過剰なまでの想いを寄せ続ける。

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■けれど、さかのぼって冷静に考えてみるに、ハイティーン時代の食堂の娘にそこまでの深い想いと覚悟があったのかというと、そこにはかなりの無理がある。

むしろ、直貴が自分の人生について向き合うために周到に用意された装置という印象すらあって、「由美子」という存在自体が非常に説明的なものに思えてくる。

だが、杉浦直樹のシーンから続く物語の勢いと、その「説明的陳腐さ」を上回る沢尻エリカの説得力がドラマを破綻無く転がし続けるのだ。

■直貴は最大の理解者である由美子と結婚し、かわいい子供もうまれ、やっと幸せな人生を送るかのようにみえる。

しかし、やはり理不尽な不幸は必ず追いついてくる。

自分と由美子なら耐えられる。

けれど純真無垢な娘にまで、その理不尽な仕打ちが及ぶに至って、直貴はひとつの決心をする。

「兄貴、元気ですか?

これが最後の手紙です。」

■ここにきて、直貴は創造主たる東野圭吾の手をはなれ、自らの足で歩み始める。

それは定められた「運命」に対する反逆である。

その反逆によって、予定された物語の線路が切り替わり、あらたな方向へと走り始める。

ここまでの不幸な運命が避けることのできない深刻なものであったからこそ、その対比が活きてくる。

■被害者の息子(吹越 満)のもとへ毎月のように送られてきた剛志からの謝罪の手紙。

だが「自分の家族を守るために兄貴を捨てる」と送った最後の手紙が、剛志に今まで理解できていなかった「本当の罪」を気付かせる。

残された遺族や愛する弟のこころを引き裂き続けていた罪。

その罪に気付くことなく「手紙」を書くことで救われようとしていた自分がいるという事実。

■お互いに十分苦しんだ。これでもう終わりにしよう。

被害者の息子の言葉が、抗うことのできない「運命」にひとつの決着をあたえる。

このとき、はじめて直貴は直(じか)に人生と向き合っている。

それは「運命」という「与えられた意味」から人生を取り戻す行為であり、「なぜ?」と問うことなく目の前の道をまっすぐ進むということである。

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■刑務所での慰問のステージに立ち、「俺はここにいるぞ。それでも俺は兄貴が大好きなんだぞ。」と、やっと伝えることができる俺になったんだよ。

その「ことば」でない「ことば」は、剛志のこころにも一つの区切りを与え、その苦しみを洗い流す。

刑務所の外では、むすめが遊びの輪に受け入れられる。

剛志にしろ、直貴にしろ、由美子にしろ、直貴のむすめにしろ、たぶん、そのつらい状況はあまり変わることはないだろう。

けれど、自分の人生に「運命」というレッテルを貼ることなく、そのままの自分の人生を歩いていく限り、きっと大丈夫だ。

そういう、後味の良さがとてもうれしかった。

                           <2007.12.28 記>

Dvd
■DVD 『手紙』 プレミアム版
監督::生野慈朗  2006年11月公開
出演:山田 孝之、玉山 鉄二、沢尻 エリカ
<Amazon評価>
★★★★☆(レヴュー数 22件)

_
■原作・文庫版 『手紙』
東野圭吾 著 文春文庫 (2006/10)
<Amazon評価>
★★★★☆(レヴュー数 156件)

Dvd_2
■DVD 『クローズド・ノート』 スペシャル・エディション
監督::行定 勲  2007年9月公開
出演:沢尻エリカ 伊勢谷友介 竹内結子
<Amazon評価>
★★★★★(レヴュー数 2件)
■「別に・・・」の舞台挨拶でミソをつけたけれども、沢尻エリカはここでも好演しているようです。
(2008/03/28発売予定。)

■STAFF■
監督: 生野慈朗  『ビューティフルライフ~ふたりでいた日々~』
原作: 東野圭吾 『手紙』(毎日新聞社刊)
脚本: 安倍照雄 清水友佳子
音楽: 佐藤直紀
主題歌: 高橋瞳 『コ・モ・レ・ビ
挿入歌: 小田和正 『言葉にできない

■CAST■
武島直貴・・・   山田孝之