■【書評】『「宇宙戦艦ヤマト」の真実』 豊田有恒 著。並べられた事実だけでは真実は見えない。当時の空気が再生され、行間が満たされたとき、はじめて真実が立ち上がってくるのだ。
オリジナルのヤマトに心躍らせた世代は、読んで損はない本だ。それだけでなく、サブカルチャーをこよなく愛する若きオタクたちも、オタク道(SFマニア道?)の長老の声を一度は聴いておくべきだろう。
■豊田有恒さんは、のっけからお怒りである。
宇宙戦艦ヤマトについてのインタビューを大手新聞社(明らかに朝日新聞)から受け、発言を捻じ曲げられたばかりでなく、ヤマトを反戦の主張に政治利用されたと怒っているのだ。
その怒りがこの本を書いた原動力なのだという。
それ故に、今、われわれが失われてしまうはずの当時の息吹をこうやって知ることができたという意味で、朝日新聞さまさまなのである。朝日新聞Good Job!
■さて、現在御年79歳の豊田有恒さんは、SF小説の大家である。
とはいっても、中高とSF小説を読みふけった私も豊田さんの本は読んだことはなく、豊田有恒といえば、むしろテレビアニメ(当時はテレビまんが)創世記の立役者だという方がしっくりくる。
何しろ、「鉄腕アトム」でオリジナルの脚本を書き、「8マン」の企画設定、シナリオを描き、そして「宇宙戦艦ヤマト」の企画原案(本人いわくSF原案)に携わった人なのだ。
いや、恥ずかしながら実はヤマトの企画原案が豊田有恒だという認識はあまりなかった。
きっと西崎義展の企画案をベースに松本零士と藤川圭介が組み立てたものだとばかり思っていた。
事実、Wikiでも、例の裁判のせいか知らないが企画原案:西崎義展、山本暎一となっている。ちなみに第一話のクレジットは企画原案:西崎義展、監督:松本零士、脚本:藤川圭介、演出:石黒昇、監修:山本暎一、舛田利夫、豊田有恒となっている。
本人は著作権に関しては、おおよそ松本零士。あえて分けるなら豊田有恒が20%、藤川、山本が10%ずつ。というイメージらしい。
しかし、それはあまりに謙遜のし過ぎである。
「アステロイド6」という企画原案をたてて、それが、異星人の放射能汚染攻撃によって地下に逃げ延びた人類に残された時間は1年。アステロイドの小惑星をくりぬいて宇宙船にしたて、遥か銀河の中心に放射能除去装置をもらいにいく、という内容だというのだから、もう骨格は出来上がっていて、「地球に残された時間はあと●●日」という、当時小学生だった私をどきどきさせたあの演出まで入っているんだから著作権はともかく、企画原案は豊田有恒以外に考えようがない。これを「企画」と呼ばずに何が企画か、といえるだろう。
豊田さんはあまりにSFマニア過ぎて、戦艦大和を持ち出した松本零士の感覚についていけなかったようで、しかしながら戦艦ヤマトでなければ、この作品になり得なかったことも十分理解しているのでこういう発言になっているのだろう。
■本書には、そういった「宇宙戦艦ヤマト」成立までの経緯について、一番初めに西崎義展にハインラインの「メトセラの子ら」みたいな企画を考えて欲しいと持ち掛けられた、まさに最初の一歩に関わった人間だからこそ語れる内容があふれている。
この内容は松本零士ですら語ることはできないだろう。
そして重要なのは、その前に関わった「8マン」や、「鉄腕アトム」を含めて、当時の制作現場の空気を再現しながら、シナリオ、企画を立てたその自分の頭の中の筋道を開示していることだ。
科学知識を延長しながら、物語の骨格を誰もが想像し得ないあの中国の古典に求めたり、スリルや驚きの真実を仕込んでいく様子は、読んでいるこちらもわくわくしてきてしまう。
これは現代のクリエーターにとって大変貴重なことである。
創造とは、まさにこういうことなのだから。
一方、紙面のかなりの割合を西崎義展への恨み節に費やしてはいるが、なかで本人も書いている通り、勝負師(あるいは山師)としての西崎義展がいなければ決して「宇宙戦艦ヤマト」は誕生しなかった。
このプロデューサーに要求される人たらしの能力の大切さも、恨み節の裏で見事に描き出されているのだ。
本書は決して西崎批判の本ではない。
もっと広い意味での創造に関する知恵のつまった本なのである。
■ところで本書のP66あたりから、とても気になる記述がある。
原子力発電所に関する記述だ。
まったく知らなかったが、豊田さんは1980年当時から原発について足を運びながら深く研究をしていたようだ。
(豊田さんの本を下に貼り付けました。今は懐かしきNON BOOK!あの、「ノストラダムスの大予言」とか出してたところ)
で、その内容はというと
・原子力発電は、そもそも原子力潜水艦の地上テスト施設を商用化することで始まった。
・原潜に採用されたウェスティングハウス社の加圧水型(PWR)に対し、開発が遅れたゼネラルエレクトリック社(GE)の沸騰水型(BWR)の投資を回収するため、日独への採用が進められた。
・その時のアメリカ製一号炉が福島第一原発。
・アメリカのマニュアル通りに建設したが、アメリカの設計思想はトルネードのリスクを回避するために電源設備を地下に設置、それが仇となって、3.11東日本大震災の事故へとつながった。
というもの。
■Wikipediaを見ても、当然のことながらGE救済のためにアメリカから圧力があったなんて話は出てこないが、ターンキー契約の話はあって、GEが設計から建設まですべてを請け負ったのならば、アメリカ式の設計思想で進められたとしてもおかしくないし、実際、なぜこの水の国日本において、水を被ったり溜まったりする地下施設に最後の命綱である予備電源が設置されたのかという謎も、この説なら合点がいく。
なかなか、深く調べた人でないとこういう経緯は分からないし、いったいどういうことが起きたのか?という意味では、今は喪失してしまった当時の「常識」というものが行間から抜けてしまった現在ではリアルにそれを理解することは非常に困難だ。
村の古老が語り聞かせる、
じゃないけれど、文字として残った情報だけでは理解できないことが、かつての時代の息吹を実際に肌で感じて生きてきた人の言葉によってはじめて再現されるわけで、年配の方のお話はしっかりと耳を傾けるべきだという話だ。
なお、豊田有恒さん自身は盲目的な反原発には強い批判を加えているらしい。いかにも科学技術オタクらしい姿勢である。
■歴史というものは、年表として理解される。
教科書にしても、ネット情報としても、その背景が記述されてはいるものの、その時代の人が「当たり前」としていたことは、現在では当たり前どころかすっかり忘れされれているもので、その「当たり前」が抜け落ちた瞬間に、行間に漂う意味を失った歴史の年表や教科書はただの事実の羅列にすぎす、その意味するところにたどり着くことはとても難しい。
私自身、来年50歳になるのだけれども、中学高校時代、常に社会の背景に存在した東西冷戦構造というものは、いまや跡形もなく、その「当たり前」が抜け落ちた憲法9条や日米安保条約を、平成生まれの人たちはどうとらえているのか、その行間をどう埋めるのか、と考えたときに、実際の感覚としてそのことが理解できる。
きっとそれは戦前、戦中派の人たち、戦後復興を担った人たちが我々の世代に感じたことでもあるのだろう。
歳をとらないと、そういうこともなかなか理解できない。
■この本のタイトルは『「宇宙戦艦ヤマト」の真実』である。
豊田有恒さんや、編集者がどこまでそれを意識していたかは定かではない。
けれども、豊田さんの語り部としての能力が優れていることによって、われわれ世代が何度「宇宙戦艦ヤマト」を見ても理解できない行間があったのだと気づかされる。
その行間を埋めるものこそが「真実」なのだ。
冒頭での朝日新聞の記者が「反戦」の象徴としてヤマトを扱ったことに対する怒り。
そうじゃないんだ。
あれは、あくまでもエンターテイメントなんだ。
作り手も楽しんで作ったんだ。
楽しんで、愛着があって、大好きで。
だからずるずるとダメだと思いながらも続編づくりに加担し続けたんだと。
その「大好き」という気持ちが詰まっていた行間を、変な政治性で埋めようとした記者が許せない。
つまり、「宇宙戦艦ヤマト」の真実とは、楽しかったこと、愛着が強くうまれたこと、だから西崎義展氏に搾取されようとも、ヤマトに関わり続けられた。
だから、著作権を西崎義展氏に根こそぎ奪い取られた松本零士もいまだに「ヤマト」を愛し続けることができるのだと。
大切なのは「大好き」という気持ちそのものなのだ。
それが、我々が「ヤマト」以降に育んできたオタク文化の命なのだ。
豊田有恒先生、どうもありがとう!
どうぞいつまでもお元気に、怒りをぶちまけ続けてください(笑)
<2017.11.02 記>
【新書】「宇宙戦艦ヤマト」の真実 (祥伝社新書)– 2017/10/1
豊田有恒 (著)
■私が好きなアニメを3つ挙げろと言われれば、大人のカッコよさとエロスを少年時代の私の胸に焼き付けた初代『ルパン三世』、涙も枯れる群像劇の頂点『伝説巨神イデオン』、映画ファンのための宝箱としての『装甲騎兵ボトムズ』なのだけど、何故かDVDを見返すのは、それらを差し置いてこの『宇宙戦艦ヤマト』なのである。
自分の映画ファンとして、アニメオタクとしての原点がきっとこの作品にあるからなのだろう。だから自分にとっては他と比べることの出来ない絶対王座に君臨する作品なのかもしれない。
【Blu-ray】宇宙戦艦ヤマト2199 Blu-ray BOX (特装限定版)
■『宇宙戦艦ヤマト2199』は自ら誰にも負けないヤマトフリークを自称する出渕裕監督による『宇宙戦艦ヤマト』のリスペクトあふれるリメイクである。
情感の面で少し(というか、かなり)引っかかるところはあるが、作品としてはとても見ごたえがある作品となっている。
もちろん松本零士の名はクレジットされていない。
出渕裕監督は松本零士に謝りに行ったのだという。自分の責任ではないけれど、原作ファンならば当然の気持ちだろう。
その時に、松本零士は
「わかった、やるからには、頑張って、良い作品を作りなさい」
と励ましたそうだ。
これもまた「ヤマト」への愛情のなせる業だろう。
その後、出渕裕監督は宣言通り、『宇戦艦ヤマト2199』に続く、『宇戦艦ヤマト2202』の監督を受けていない。
たぶん、この新シリーズも延々と続くことになるのだろう。
それに耐えられないという出渕裕監督の判断もひとつの愛のかたちだ。
そして、いろいろな愛を乗せて「ヤマト」の航海は永遠に続くのである。
【NON BOOK】原発の挑戦 足で調べた全15カ所の現状と問題点(祥伝社、1980年)
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