●2.読書録【ひつじの本棚】

2009年12月14日 (月)

■【書評】『ある異常体験者の偏見』、山本七平。周囲の空気に流されない、「自律」ということ。

この論文集が文芸春秋に掲載されたのは1973年から74年であるのだが、今なおその鋭さは鈍ることは無く、そのことは日本人の物の考え方が根本のところではあまり変わっていないということを指し示しているのかもしれない。

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■ある異常体験者の偏見
山本七平 著 文藝春秋 (1988/08)

■ここでいう異常体験とは、山本七平氏の砲兵としての従軍体験及びフィリピンでの俘虜体験のことを指し、異常体験をしたことで初めて分かることを敢えて「偏見」と呼んだ上で、再び日本が戦争、或いはそれ相当の異常事態に巻き込まれない為の警句としてこの本はある。

 「資源の無いこの国が戦争を始めたところで長くは続かないことは分かっていた。」

当時の軍人を含む、多くの人がそういうのだが、

それでは何故「墜落」すると分かっていて「飛んだ」のか!

というワケである。

■結論からいえば、資源とか軍事力といった物理的な要素からなる「確定要素」からすればその不均衡は明白であるのにに対して、「民衆の燃えたぎるエネルギー」といった精神力を主とする「不確定要素」でそれを補うことで戦争に進んでいった、ということだ。

が、こう言うと簡単すぎてこの本の面白みが伝わらない。

■何しろ、「異常体験者」の「偏見」なのである。

そこで体験した苦しみは、直接向かい合うことが出来ず、笑い話にするか、飛びのくか、似たような体験をした他のひとに託して語るほかない、という。

そこまでの凄みを背景とした「論」がそう簡単に理解できてしまえるほど軽かろうはずはない。

それでもその「論」が少しづつでもアタマの中に入ってくるのは、物事を理性的に捉え、論理的に語ることに徹底する、その姿勢にある。

■そこにあるのは「思考停止」に対する徹底的な批判である。

そのキーワードが山本氏が作り出した「軍人的断言法」という概念だ。

一定の判断以外は全部消し去ってしまう、これを徹底的に実施する(日本の旧)軍隊においては、合理的な判断が狂ってしまって、明確な命令が無くとも、ある一定の行動に縛られてしまう。

いや、もちろん軍隊というものは極めて論理的、合理的組織で、それでなければ戦争などは出来ないのではあるが、そこに生まれる一種の「空気」、「ムード」といったものがあって、それが個人の思考をしばり、「王様は裸だ!」と叫ぶことを出来なくさせてしまうのである。

■それは何も旧軍だけの話ではない。

「精神が兵器に打ち勝つ」理論や主張や解説が積み上がり、その表現がエスカレートして、世の常識になっていく。

そう世の中を扇動したのは当時のマスコミであり、そういう論調になびき、好んだ民衆自身もまた、「空気」をつくりだした主体なのである。

■その日本人の思考方法は今に至るも変わっていない。

「編み上げ靴に足を合わせろ」、というのは旧軍の有名な話だが、「経済的目標に人間を合わせろ」と言葉を変え、1973年の当時は公害問題としてその矛盾が現れ、2009年の現代においても利益をひねり出すのに人間を搾るカタチとして生きのびている。

合理的に考えれば到底無理な目標を立てて、精神力或いはモチベーションなどというコトバで煽って補おうとする、それは戦前の日本と何が違うのか、という話だ。

■「日本人の思考は常に「可能か、不可能か」の探求と「是か、非か」という論議が区別できない。

是か非か、の議論の前に可能か、不可能かが現実の問題として検討されねばならず、不可能なことの是非を論じるのは時間の空費である。」

と、山本七平氏はいう。

■かつてNHKで放映されていた「プロジェクトX~挑戦者たち~」の登場人物たちが不可能を可能にしていくその姿にカタルシスを感じていた我々は、まさにその思考に捉われているのである。

それの何が悪い。

出来る出来ないの問題ではない。

ヤルのだ!
 

実に心地イイ考え方である。

■この本を読み終えた今でも、その心地良さを捨てきれない自分がある。確かに、諦めない心が一見不可能と思われていたことを可能にすることもある。

が、それが本当に自分の思考なのか。事実をもとに自分で考え抜いた上での結論なのか。実は周囲の「空気」に流されているだけではないのか。「集団ヒステリー」に巻き込まれているだけではないのか。

それを改めて自分自身に問うてみる。

それが自らを律する、

つまり「自律」というものなのではないだろうか。

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                         <2009.12.14 記>

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■ある異常体験者の偏見
山本七平 著 文藝春秋 (1988/08)

 
■関連記事■
■【書評】『「空気」の研究』、山本七平。決して古びることのない本質的日本人論。

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2009年11月28日 (土)

■NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』第1部。始まるのが待ちきれない。

司馬遼太郎の代表作のひとつ『坂の上の雲』。

高校時代に始めて読んだときは、その面白さにどっぷり浸かったものである。

その『坂の上の雲』、ずいぶん前からNHKでドラマ化されるという話があって、なかなか始まらないなぁ、とやきもきしていたのだが、いよいよついに明日、始まるのだ。

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■2009.11.29(日)より 20:00~21:30 NHK総合 

■今年から3年に渡って年末に放映される予定だそうで、今回の第一部は日清戦争が終わって秋山真之がアメリカに留学するところまで。

明治維新によって世界に扉を開いた日本が、好奇心旺盛な少年のようにグイグイと成長していくその過程を、秋山好古、真之、正岡子規の3人の青年の成長と重ね合わせて描く、それが今年放映の第1部、ということだろう。

■正岡子規が病床のなかで高浜虚子らと新しい俳句の世界を模索し、その一方でロシアの影が日本に忍び寄り、ついに日露戦争開戦、というのが来年の第2部。

秋山好古、真之兄弟が陸軍、海軍それぞれの立場で、ぎりぎり限界のところでロシア軍を押しとどめる、そのクライマックスが再来年の第3部。

いやー、書いていて何だかもう、わくわくしてきた。

始まる前から待ちきれない感じなのである。

    

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                           <2009.11.28記>

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■坂の上の雲(全八巻)司馬遼太郎 著 文春文庫

  
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■キャスト■
秋山真之  : 本木雅弘     海軍軍人。日露戦争時の連合艦隊参謀
秋山好古  : 阿部 寛       陸軍軍人。“日本騎兵の父”とよばれる
正岡子規  : 香川照之      俳人・歌人。俳句や短歌の革新を目指す
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山本権兵衛  : 石坂浩二   日露戦争時の海軍大臣。
                                       後に第16・22代総理大臣
東郷平八郎  : 渡 哲也     海軍軍人・日露戦争時の連合艦隊司令長官
高橋是清    : 西田敏行    神田・共立学校の英語教師。後に大蔵大臣、
                                       第20代総理大臣
伊藤博文    : 加藤 剛      初代内閣総理大臣
児玉源太郎  : 高橋英樹    陸軍軍人。日露戦争時の満州軍総参謀長
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夏目漱石  : 小澤征悦        小説家。子規とは親交が深かった
秋山久敬  : 伊東四朗         秋山兄弟の父
秋山 貞   : 竹下景子         秋山兄弟の母
秋山多美  : 松たか子          好古の妻
秋山季子  : 石原さとみ        真之の妻
広瀬武夫  : 藤本隆宏         海軍軍人。海軍での真之の友人
正岡 律   : 菅野美穂        子規の妹。病床の子規を支え続けた
陸 羯南    : 佐野史郎           新聞「日本」主筆。子規の恩人
正岡八重  : 原田美枝子       子規、律の母

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2009年11月24日 (火)

■【書評】『複雑な世界、単純な法則 ―ネットワーク科学の最前線―』、マーク・ブキャナン著。我々を取り巻く複雑なネットワークが持つ、幾つかの特性。

この世は複雑でまったく予測できないような振る舞いをみせるものである。

が、実はそのなかには単純な仕組みが加速度的に折り重なっていくことで生じるものがあって、それ故に、その複雑な振る舞いの性質を知ったり、予測をすることが可能な場合があるのだ。

それは原子でも細胞でも社会でも、その要素に関わり無くその性質が普遍的であるというのだから面白い。

とても面白い話なので、ここでは、書評、というよりは備忘録として書いてみたい。

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■複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線
マーク・ブキャナン著 草思社 (2005/2/25)

■1960年代、’アイヒマンテスト’で有名な心理学者スタンレー・ミルグラムが面白い実験を行った。

アメリカの片田舎の見知らぬ人からボストンの株仲買人へと知り合い伝いに手紙を送ってもらったところ、何度やっても6人前後で目指す相手に手紙が届いたという。

広大な土地に何億もの人が住むアメリカがこんなにも狭いのか、と世界を驚かせた、世にいう「6次の隔たり」である。

■いやいや、数学的に考えれば、一人に50人の知り合いがいれば、50×50=2500、2500×50=125,000、と繰り返し50を掛けていけば50の6乗は156億2500となって、「6次の隔たり」なんて、当ったり前ジャン、

というのは浅はかな考えで、「知り合い」というものは身近にいるもので、50人の知り合い同士が重複してしまうのが実際の世界なのである。

■身近な知り合い同士がひとつの集団を形作る、それを「クラスター」と呼ぶ。

実は、このクラスターが複雑な系における大事な役割りを担っていて、リンクがひとつふたつ切れたところで近傍でつながっているリンクを伝ってすぐに切れたリンクを補完してしまう性質をもっている。

ちょっとやそっとのことでは崩れない、システムの安定性、強さがそこに生まれるのだ。

■「クラスター」については分かった、じゃあ、何で「6次の隔たり」が起きるのか。

それを幾何学的に解いたのがニューヨーク州コーネル大学の数学者ワッツとストロンガッツ、1998年冬のことである。

円周上に1000の点を打ち、ひとつの点から近傍10個の点をつないでみる(クラスターを作る)。そうして今度は遠く離れたクラスター同士をつなぐ線を何本か追加してみるのだ。

すると、遠距離リンクを追加する前の隔たりが約50であったのが、一気に7までに落ちたのである。

■同じように世界人口60億の点もわずか数本の長距離リンク(ショートカット)を追加することで6次に収まることがシミュレーションによって確かめられている。

キモは近傍同志をつないで生じるクラスターの規則性と長距離リンクのランダムさ。

それが世界の60億人を6回でつないでしまう不思議な世界、「スモールワールド・ネットワーク」を生むのである。

■この仕組みは実際の世界にもあって、ホタルの群れの同時点灯、下等動物の神経ネットワーク、巨大な電力供給ネットワークにも見られる構図なのだ。

ひとつの点からのびるリンクの数がほとんど変わらないことから、このモデルを「平等主義ネットワーク」と呼ぶとすると、実はもうひとつスモールワールド・ネットワークのカタチがある。

今、自分が向かっているパソコン。

そこから拡がっていくインターネットのウェブの世界がそれである。

■その特徴は、近傍同士がつながるクラスターという性質はそのままに、そのうち幾つかの点が他より非常に多くの繋がりをもつ、というものである。

その非常に多くの接続をもつ点をハブと呼ぶ。

アマゾンだとか、ヤフーだとか、皆が集中してリンクを張る人気サイトがそれだ。

そのハブの存在によって、インターネットのサイト同士は非常に短い距離で結ばれているのだ。

■このネットワークの面白いところは、自然発生的に生じるというところである。

人気のあるサイトには皆がリンクを張りたがり、ますますリンクの数が増えていく。そうやって極少数の点に多くのリンクがつながっていく構図がある。

その性質から、先の「平等主義ネットワーク」に対して「貴族的ネットワーク」と本書では呼んでいる。

■それはインターネットのウェブサイトが作る世界だけではない。

雨水が流れれば流れるほど地面が削られ流域を拡げていく河川の面積における本流と支流の格差や、金持ちになればなるほど投資する余剰資金が増えていくことで生じる貧富の格差、長い腕ほど多くの氷の粒をつけて伸びていく雪の結晶など、など。

そこにあるのは、金持ちがますます金持ちになるといった(べき乗数に従う)単純な法則であって、一見複雑に見えるけれども、実は簡単な話でなりたっているのである。

■大切なことは、原子、分子や病原菌、歩行者、株の取引から国家に至るまで、その構成要素に関わらず共通の性質を持つ、ということである。

生態系の健全さにおいて最も重要な種は何か、

感染症と戦うにはどんな戦略が有効か、

ウェブのネットワークを守る最善の方法は何か、

企業における業務のネットワークをどのようにすれば、効率的で安定したアウトプットを生む組織を作り出すことができるのか、

そのヒントが、このスモールワールド・ネットワーク共通の性質を知ることで分かってくるのである。

■強靭なネットワークは近傍の集団が強い繋がりで結びついていることにより(クラスター化)、そして世界の広がりを小さくする、効率化するには極少ない要素が多くの弱いつながりを持つ(ハブを持つ)ことである。

逆に言えば、近傍同士のつながりが弱ければシステムは脆弱になり、ハブとなる要素が取りさらわれれば、ネットワークの効率は致命的に弱くなる。

とするならば、先の疑問の答えはおのずと分かってくるだろう。

■もうひとつのポイントは、ハブには物理的限界があるということだ。

最近、羽田空港のからみでハブ空港が話題になっているが、アメリカでは既にハブ空港は管制の限界に至っていて、周囲の中小の空港への分散化が始まっており、一極集中の構図が崩れていっている。

では、その先に何があるかというと、先に示した「平等主義ネットワーク」である。

生物の神経ネットワークや電力供給ネットワークなど、ハブという意味では物理的限界が低いネットワークが平等主義ネットワークに落ち着いているのもうなづける。

■さて、我々を取り巻く複雑なネットワークシステムがもつ特性を幾つか理解したわけだが、これらの知識は何も科学や社会構造の研究の最先端の世界だけに活かせるだけのものではない。

その特性は我々の社会、組織、仕事のやり方にも影響を及ぼしているのであって、実際にそこからいろいろと重要なヒントが得られるのだと思う。

と同時に、実際の世界の丹念な実態調査とコンピューターによる高度なシミュレーションによって初めて分かる部分があるわけで、一般論以上の部分はなかなか素人には手が出せないのも事実だろう。

このあたり、世間に溢れる’予測’と呼ばれるものに対する「正しい見方」を示唆してくれるものなのかもしれない。
 

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                          <2009.11.24 記>

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■複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線
マーク・ブキャナン著 草思社 (2005/2/25)

  

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2009年11月20日 (金)

■【書評】『獣の奏者』Ⅰ闘蛇編/Ⅱ王獣編、上橋菜穂子 著。群れの中の個の生き様を描く、ファンタジーの姿を借りた社会論。

NHK教育でやっているアニメ『獣の奏者エリン』の原作である。

なんだ子供向けか、と思ったら大間違い。

大人の心をグイと引き込む力強さをもった作品なのだ。

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■獣の奏者〈1〉闘蛇編 ■獣の奏者〈2〉王獣編
上橋 菜穂子 著  講談社文庫(2009/8/12)
 

■作品の世界はいかにもファンタジーらしい世界だ。

崇拝される王がいて、国を守る戦人がいる。

その戦人が操るのが’闘蛇’といわれる竜のような巨大な生物。

主人公のエリンはその闘蛇を育てる闘蛇衆の村に生まれるが生粋の闘蛇衆ではなく、緑の瞳をもつ流浪の民族、’霧の民’を母に持つ。

父は既に亡く、10歳にして目の前でその母を残酷なカタチで喪ったエリンがくじけずに成長していく、そういう物語でもある。

■だが、この物語の力強さの源泉は何かといえば、徹底したリアリズムにある。

ぬらぬらとした粘液に包まれジャコウのような甘いニオイを放つ’闘蛇’の描写から、蜂飼いのジョウンが蜜蜂の巣分けをする場面や、’闘蛇’の天敵である’王獣’のヒナとのコミュニケーションを試みるためにエリンが竪琴を改造する場面。

映像はもちろん、そのニオイ、手触り、音、といった五感のすべてにありありとした手応えをもって現れてくるのである。

そして、そのリアリズムは場面描写だけに留まらず、思わずハッとするような情け容赦のない物語の展開にも現れる。

期待する甘い期待をスパリと切り裂く鋭い刃にリアリティが宿るのである。

■さて、この物語のテーマは何であろうか。

 ― この世に生きるものが、なぜ、このように在るのか、を知りたいのです。

エリンが’獣ノ医術師’の学校の試験で、志望理由を問われたときの答えである。

わたしには、どうもこのあたりに核心があるのでは、と思うのだ。

■決して人に慣れることのないといわれていた王獣とのコミュニケーションにエリンは成功する。

では逆に、何故、何百年もの間、先達たちはひとりも王獣と対話をかわすことができなかったのか。

実は王獣を扱う為の’王獣規範’という厳格な規定があって、それに従う限り、ヒトは王獣とコミュニケーションが取れないように巧妙に仕組まれていたのだ。

■ヒトと獣が本当に分かりあうことは出来ない、そこには相手を制御するための’恐怖’が必要なのだ、とする考え方があって、王獣を制御する唯一の手段が’音無し笛’というもので、それを吹くと王獣は固まったように動けなくなってしまうのである。

それをヒトが作り上げる社会にアナロジーを求めたとき、極めて絶望的な社会の見方へとつながっていく。

■ヒトの世界には掟、戒律というものが、ある。

見えるもの、分かるものもあれば、見えぬもの、気付かぬものもある。

それらは人々が’安全’に暮らしていくために必要なものではあるが、それは同時に実は王獣に対する音無し笛のようなもので、我々のこころを縛りつけ、思考停止に陥らせているのではないか。

思考停止のまま群体として動いていくイメージ。

それを果たして生きていると言えるのであろうか、という作者の問いかけを感じてしまうのだ。

■その究極が蜂の社会であり、それを言いたいが為に、物語の前編において丁寧に丁寧にそれを描いたのではないか。

だからどうだ、とはっきり言わないのが小説の良さである。

ポンと投げたいくつかの小石が、心の水面に波紋を作り、それが重なり合いながら幾重にも拡がっていく。

そこに描かれる模様は、読み手のこれまでの人生によって変わっていくのである。

■だが、己の出自である霧の民の生き方に対して反吐が出る、と血を吐く思いで切り捨てるエリン。

そこに作者の想いが現れている、群れるな、と。

そしてそのとき、個が個として生き始めたとき、

初めて個と個が通じ合うことが出来る。

ラストシーンの感動は、その力強い希望の光なのであった。

    

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                        <2009.11.20 記>

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■獣の奏者〈1〉闘蛇編 ■獣の奏者〈2〉王獣編
上橋 菜穂子 著  講談社文庫(2009/8/12)
■続編として3巻目の<探求編>、4巻目の<完結編>が単行本で出ているけれども、1巻目の<闘蛇編>と2巻目の<王獣編>で話は完結しているので、ここで留めておくのもいいと思う。というより単行本を買うのはちと高いよね、やっぱり。
    

Photo ■獣の奏者 (3)探求編

Photo_2 ■獣の奏者 (4)完結編

 

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2009年11月14日 (土)

■【書評】『「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔』、森達也。たとえ理解不能であったとしても。

久しぶりに森達也を読む。

この人の文章は、するすると心に入ってくる。

何故だろうか。

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■「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔
森達也 著 2002/01 (角川文庫)

■本書は広報担当、荒木浩を中心に据え、地下鉄サリン事件以降のオウム真理教の内側を描いたドキュメンタリー映画『 A 』の製作記である。

テーマは、オウムの内側から社会を眺めることで日本人のメンタリティを探ること。

結果、そこに立ち上がるのはひとりひとりの人間が組織に組み込まれることで陥ってしまう思考停止。

それは地下鉄サリン事件を引き起こしながらも意識の変化が現れないオウムの信者たちの思考停止と、「社会の敵」と定義されたオウムに対して、相手もまた人間なのだという想像力を失ったマスコミを筆頭にした社会の側の思考停止、その合わせ鏡的な構図である。

■思考方法が根本的に異なる「オウム」と「社会」の狭間に立って、その通訳に当たる広報担当、荒木浩は、「言葉」が通じないその断絶の深さに苦しむ。

そしてオウムの本質を理解しようと、カメラを覗きながら、言葉を投げかけながら理解不能のその断絶の深さに苦悩する森達也。

ここにもまた合わせ鏡が存在し、けれどもその理解不能、通訳不能の苦悩があるからこそ、そこに安易なレッテル張りはなく思考停止から逃れることが出来る。

決して相手を理解できないと分かったとしても、組織を離れたひとりの人間として相手に対面したとき、共に歩いていくことが出来る。

■タイトルの「A」は、『オウム』のA、『麻原』のA、『荒木』のAでもあるのだけれども、それ以上に誰でもない、どこにでもいるA、つまり我々一人ひとりのことだ。

9.11があって、そこでもまた思考停止が蔓延し、未だに戦争状態が続いている。

オウムに限ったことではなく、この世の中、相容れない考え方をする組織同士の争いは止むことはない。

我々一人ひとりが自分のあたまで考えることの重要さに変わりは無く、相互に認め合うことの必要性という意味では、さらに大切な時代を迎えているのだと思う。
  

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                          <2009.11.14 記>

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■「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔
森達也 著 2002/01 (角川文庫)

Dvd_a_
■【DVD】A  監督 森達也 1997年
■この本を読んでいて作品の方が無性に見たくなった。
レンタル屋に置いてるかな・・・。

A2dvd
■【DVD】A2 監督 森達也 2001年

  

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2009年11月10日 (火)

■【書評】2日で人生が変わる「箱」の法則。心の戦争、心の平和。

’2日で人生が変わる’っていうのは大袈裟だけれども、確かにものの見方が少し変わったような気がする。

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■2日で人生が変わる「箱」の法則

■本書はベストセラー『自分の小さな「箱」から脱出する方法』の続編であり、かつエピソードゼロ的本である。

前作で主人公を「箱」の外に導いたルー・ハーバートが今回の主役。

犯罪に手を染めた息子が40日間の矯正キャンプに送り込まれることになるのだが、それを始めるに当たってその親を対象にした2日間のプログラムが実施される。

ルーはそのプログラムで、変わらなければならないのは息子ではなく実は自分自身だったということに、そして自分のこころを閉じ込め苦しめている「箱」の存在について自ら気付いていく、という内容だ。

■前著では、「箱」=自己欺瞞の概念の説明、そこからの脱出方法=相手を人間と見る、というところに重点を置かれていたが、今回はそれをさらに深堀りし、特に、相手を「モノ」ではなく「人間」としてみる、という方を繰り返し繰り返し説いていく。

「優越」、「当然」、「体裁」、「劣等感」。

そういった歪んだものの見方に捉われ、相手に不満をもって接するとき、人間はその相手を「モノ」として見ている。

自分と同じ血の通った人間であると感じることが出来ず、やっかいな「モノ」として扱ってしまう。

■すると相手も同じように自分を「モノ」として扱うようになり、不満が不満を呼ぶ連鎖反応が生じて人間らしい思いやりのある関係が消え去る。

心の戦争状態が生じ、安らかな心の平和が乱されてしまう。

それは家庭や職場で起きることだが、その個々人の心の荒みは民族間の憎しみ、ひいては戦争にまでつながっていく。

それを避けるためには、まず、自分自身、ひとりひとりが「箱」から出る、つまり相手をひとりの人間として捉え、その気持ちに寄り添うこと。そこからすべては始まっていくのだ。

■けれど、それはちょっときれいごと過ぎるのではないか。

そう感じたのは事実である。

世の中には理不尽な、人を人とも思わない嫌なヤツがいて、そんなきれいごとでは済まされないことだってあるだろう。

「箱」から出る=相手を思いやる、いい子ちゃんでいること。

そんなことで問題が解決するなんておとぎ話もいいところだ。

■ところが、読み進めるうちに、そうでもないか、と思えるようになってきた。

こころの中に小さな変化が生まれてきた。

本書の中で主人公のルー・ハーバートを導く役割りを担う二人の講師はユダヤ人とパレスチナ人で、しかも二人ともイスラエルでの民族間の憎悪と戦争の渦のなかで大切な人を失っている。

その二人の体験からは、その根幹に平和への祈りのようなものが流れているように感じとれるのだ。

■世の中にはどうしようもないヤツはいるものである。

こっちが自己欺瞞を乗り越え、冷静に、思いやりをもって対したとしても、そこにつけ込もうとするに違いない、酷いヤツはいる。

けれども、相手が決して変わらないとしても、それでもその相手を人間と見て思いやる。

そこに生まれるのは自分の心の平穏である。

自分の人生に言い訳をしない、真っ直ぐで澄み切った生き方である。

■親鸞がいう悪人正機説「善人なおもて成仏す。いわんや悪人や」というのは、悪人だからこそ罪を背負った苦しみの深さゆえに救われる、というものである。

だが、「救い」というものが自らの心の平穏を意味し、「成仏」とは、祈る者の心の中の悲しみや憎しみが消失することを意味するのであれば、「鬼畜のような相手」と考える自分自身の中にある苦しみ、それこそが救いの対象なのではないか。

「悪人」が救われるのではなく、「悪人」に苦しめられたこちら側の心が救われる、ということではないのか。

そんなことをぼんやりと考えてみるのである。

 

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                          <2009.11.10 記>

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■2日で人生が変わる「箱」の法則
■「自分の小さな「箱」から脱出する方法」の続編ではあるのだが、内容は独立しているのでこの本だけ読むのでもOKだと思います。

   
■関連記事■
■【書評】自分の小さな「箱」から脱出する方法。人間関係がうまくいかない根本原因はどこにあるのか。

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2009年10月18日 (日)

■【書評】「宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった」佐藤 勝彦 著。神の目から見た我々の世界。

ビッグバンの前、

宇宙の始まりはどうなっていたのか。

その疑問に答える非常に分かりやすい本である。

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■宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった
佐藤 勝彦 著  PHP文庫 (2001/11)

■1980年くらいのカール・セーガンの時代、90年頃のスティーヴン・ホーキングの時代と宇宙についてのブームの時代があって、それなりに本を読んでみたはずなのだけれども、相対性理論も宇宙の起源についても何ともよく分からなかった。

それが、この本を読むとあら不思議、今までのもやもやがすっきりと晴れた感じがする。

もちろん、理論を理解できた、ということではなくて、どういう仕組みで宇宙が誕生したのかがイメージできる、そういうレベルではあるのだが。

■ともかく、読みやすく分かりやすい。

と、思ったらこの本は佐藤先生の口述筆記というカタチで作られた本なのだそうで、だからスルリと頭のなかに入ってくる。

それだけでなく、たぶん佐藤先生が宇宙論の第一人者であるからこその分かりやすさなのだろう。

まるで大学の講義を受けているようで、何とも贅沢な本なのだ。

■さて、ビッグバン以前の宇宙はどうなっていたのか。

その謎に迫るための二つの理論、相対性理論と量子論。その二つの簡潔な解説も素晴らしく分かりやすくて面白いのだけれども、やはり本論のインフレーション理論に驚嘆する。

何しろ、ビッグバンのその前に、我々の宇宙と平行した宇宙がいくつもいくつも生まれているというのだ。

■まず、何も無い世界というのがあって、そこからポッと宇宙の「種」が生まれてくる。

「何も無い」といっても実は「正と負のゆらぎ」があって、それがトンネル効果によって確立論的に「宇宙」という実空間を生む種が現れる。

ここは良く理解できないのだけれども、そういうことだと納得するしか仕方ない。

そうやって、「宇宙の種」がいくつも発生する。

その「宇宙の種」の一つが我々の宇宙につながってくる。

■次に、その「宇宙の種」の持つ内部エネルギーによって超々々々爆発的な急膨張(インフレーション)を起こす。

その過程のなかで宇宙のあちこちでお湯が沸騰するような相転移が起こり、その膨張の狭間に押し込めたれた空間が宇宙の外側に押し出されキノコのように膨れ上がる。

これが「子宇宙」。

その「子宇宙」もまたインフレーションを起こし、同じように「孫宇宙」を作り出す。

そうして相転移後に満たされたエネルギーによって火の玉のようになったそれぞれの宇宙はそれぞれにビッグバンを起こす、というのだ。

■何ともSF的空想を駆り立てるような宇宙像なんだけれども、相対性理論と量子論を駆使してビッグバン以前の世界を計算していくと、こういう宇宙になるのだそうだ。

残念なのは「親宇宙」と「子宇宙」は因果律を異にしていて決して観測できない、ということ。

その壮大な宇宙像をこの眼で見ることは出来ないということだ。

■だが、我々の因果律を遥かに越えた「神の目」というものがあったらどうだろう。

さらに空想を拡げてみたならば、或る日の昼下りに神様がコーヒーを入れようと沸かしたお湯が沸騰するその水蒸気の泡の一つがあって、それが我々の宇宙なのかもしれない。
  

 行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

 よどみに浮ぶうたかたは、

 かつ消えかつ結びて、久しく止とゞまる事なし。

                      ― 方丈記

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                          <2009.10.18 記>

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■宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった
佐藤 勝彦 著  PHP文庫 (2001/11)

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2009年10月10日 (土)

■【書評】自分の小さな「箱」から脱出する方法。人間関係がうまくいかない根本原因はどこにあるのか。

たった一つ、気持ちを切り替えるだけで周りの世界が違って見える。

本書は単なるハウツー本ではなく、「生き方」について気付きを与えてくれる本なのだ。

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■自分の小さな「箱」から脱出する方法
アービンジャー インスティチュート 著 大和書房 (2006/10/19)

■およそ人間関係がうまくいかない原因は、実は自分自身が相手に対して「箱」に入っているからだ、とこの本は説く。

ここでいう「箱」とは自己欺瞞、自分の気持ちを裏切ること。

例えば、失敗をした部下に対して、「何でそんな簡単なことさえ出来ないのか」、と思う、そのとき「私」は「箱」に入っている。

「私」は部下に育って欲しいと考えている、

そういう「自分の本来の気持ち」を裏切り、

「こんなにお前のことを思ってやっているのに」と、怒りの感情に流されてしまう。

■何故かというと、

「こんなにお前のことを思ってやっているのに」

と考えているときの主人公は実は「私」であり、それはそんな「立派な私」を正当化するための自己防衛的な思考となってしまうからだ。

本当に「部下に育って欲しい」と考えるならば、主人公は部下の方であって、その○○さんについて考える、その気持ちを汲み取り、関心をもつ。そのときに自然と湧き上がってくるのが本来の「私」の気持ちにそった行動なのである。

そういったことが、会社の中だけでなく、家庭でも、その他いたるところで起きていて、ギクシャクした人間関係を作り出してしまっている。

■この本では、その「箱」の概念とその驚くべき影響力の大きさ、そしてそこから脱出する方法について、主人公が学んでいくドラマ形式で語られる。

ゆえに非常に面白く、分かりやすい。

いや、むしろ「箱」について伝えるためには、講義形式では非常に困難で、読むものが自分の日常を重ね合わせることができるような形式であることが必要だったのだと思う。

なぜかならば本書のテーマ自体が、「私」と同じように血の通った「相手」にちゃんと関心を持つこと、心を向ける、そこにあったからなのではないだろうか。

■じゃあ、この本に書かれている内容を「理解」したとして、それで人生が明るく開けるか、というと、なかなかそうはいかない。

実は、この本を読んだのは3年ほど前で、その時も非常に感銘をうけて(お節介にも)、他の人に紹介までしてしまった。

それにも関わらず、今回再読してみて、自分が未だにすっぽりと「箱」に入っている現実に気付き、なんとも情けない気持ちに沈んでしまったのである。

■この本の最後の部分にも書かれているのだけれども、「箱」から出た状態を保つことは非常に難しい。

それほどまでに「箱」への誘惑は強烈で、いつの間にかまたそこに捉われてしまう。

ふと、一休さんの悟りに近いものなのかもしれないとおもう。

■「私」という洞穴から去る。

その感覚を掴んだ、とおもう間もなく、人間であるがゆえの煩悩に再び絡めとられてしまい、もとの洞穴に引き戻されてしまう。

けれども、「箱」を意識し続ける限りその洞穴の出口の光は常に目の前に開けるわけで、結局は「箱」を気に留めておく、そこに尽きるのかもしれない。

  
有漏地より 無漏地に帰る 一休み

雨ふらば降れ、風ふかば吹け

                      一休

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                          <2009.10.10 記>

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■自分の小さな「箱」から脱出する方法
■アービンジャー インスティチュート 著 大和書房 (2006/10/19)

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■2日で人生が変わる「箱」の法則
■アービンジャー インスティチュート 著 祥伝社 (2007/9/6)
エピソード・ゼロ的内容なのだそうで、現在取り寄せ中。
面白かったら改めて書評を書いてみたいとおもう。
  

■関連記事■
■【書評】『あっかんべェ一休』、坂口 尚。認めるより仕方ないじゃないか、それが今の’私’なのだから。
■ああ、半年前にも「気付いて」いたんじゃないか。
本当に情けない・・・。
と、おもう「私」もまた洞穴のなか(笑)。

   

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2009年9月22日 (火)

■【書評】『悪魔の文化史』、ジョルジュ・ミノワ。異者に対する脅威の感情が「悪魔」を生み出すのだ。

悪魔の出処を知ることはキリスト教文化を知ることでもあるのだ。

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■悪魔の文化史 ジョルジュ ミノワ 著  
文庫クセジュ 白水社 (2004/07)

■悪魔というのはとても魅力的な存在だ。

光り輝く正道は得てしてツマラナイものであって、薄暗い横道からこっちへおいでとささやく声につい、ふらふらっと覗いてみたくなるものなのである。

たぶん、それは万国共通のものであって、得体の知れないものへの好奇心というのは人間が知的な動物である限り避けられないものなのだろう。

■なんていう風に考えながらこの本を開いたわけなのだが、出だしからちょっと様子が違う。

実はこの本は「悪魔」を通してキリスト教社会の本質を掘り下げた文化論なのであった。

そこで展開される一神教の文化というものは、われわれ日本人のような何でも来いの雑食的なものの考え方のイイカゲンな文化とくらべて何やらめんどくさいもののようなのである。

■問題は「善」と「悪」の在り方にある。

ユダヤ教、旧約聖書の神は「善」とか「悪」とかいったものをすべて含んだ存在で、善行を積んだ人に対して不条理と思えるような酷い仕打ちをしたり、疫病を流行らせたりもする存在で、サタンはその「悪」の役回りを実行する神の僕に過ぎない。

それに対して、キリスト教では神は絶対的に「善」の存在で、サタンはそこから弾き飛ばされた「悪」を引き受け、神と対立するものになったのだという。

新興の小さなセクトであったキリスト教の成立過程において、ゾロアスター教、マニ教などの二元論が入り込み、「善」と「悪」の分離が起きたということらしい。

■だが、そこに矛盾が発生する。

神は「善」なるものである、けれどその一方で「すべて」である神に「悪」が含まれないのはおかしいではないか、という神学的問題が発生し、その問題とは「悪」とその化身である「悪魔」は存在するや否や、という問題と同義なのである。

いやー、実にめんどくさい。

■いや、問題はそれだけに止まらない。

キリスト教が「悪魔」を必要としたのは、単に善悪の二元論の影響を受けたというだけでなく、そこに根付いたメンタリティというものがあって、それが重要な理由となるのである。

そのメンタリティとは、

「サタンの支配下にある世界全体が、自分たち少数の選良グループを取り囲み、脅かしている、という追い詰められたセクト主義的な考え方の典型」

からくるものだ。

極初期のキリスト教は、ユダヤ教下にある有象無象の小規模セクトのひとつだったわけで、周囲に対する排他的、防衛・攻撃的メンタリティが「サタン」を必要とした、ということだ。

■そして、そのメンタリティとその構図は、紀元前後のキリスト教誕生のころから、十字軍、魔女狩りの時代を経て現在にまで続いている。

先のイラク戦争を見よ。

先のアフガンを見よ。

合理主義、科学万能的世界観の中心であるはずのアメリカも、一皮剥けば、キリスト教2000年のメンタリティを脈々と引き継いでいるのである。

アメリカ人の心の奥底にあるメンタリティを追求した、マイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」の衝撃的結論を思い出さずにはいられない。

■そして厄介なことに、イスラエルにしても、イスラムにしても、一部のセクト的小規模集団においてはその構造的性格ゆえに、キリスト教原理主義とおなじ排他的、防衛的メンタリティーをその特性として抱え込んでいて、それ故に中東の戦争に終わりは無く、テロ活動にも終止符は打たれない。

当然それだけが理由ではないだろうけれども、彼らのうちにあると思われるそのメンタリティが戦争状態を継続させる心理の背景にあることは間違いないだろう。

■我々日本人にとって、絶対的悪、など存在しない。

だから彼らの心理を理解できないのかもしれない。

「悪魔」の問題は、決して怪奇趣味に止まる問題ではなく、実は異者に対する心理の問題なのである。

文明・文化を越えた相互理解というものはかくも難しいものかと感じた次第である。

  

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                          <2009.09.22 記>

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ジョルジュ ミノワ 著  文庫クセジュ白水社 (2004/07)

   

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2009年9月19日 (土)

■【書評】『アサーション・トレーニング』、平木典子。主体的に生きるということ。

アサーションの本は数あれど、著者の平木典子さんは初めて日本にアサーションを紹介した人なのだそうで、日本における原典・オリジナルはこの本だということだ。

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■改訂版 アサーション・トレーニング ―さわやかな〈自己表現〉のために
平木 典子 著 日本・精神技術研究所 (2009/9/16)

■アサーション/アサーティブといえば、対人コミュニケーションで自分の主張をいかにうまく表現するか、と捉えがちなのだけれど、それを形容する『さわやかな』、というのがポイントなのだとおもう。

それは自分の気持ちを大切にすると同様に相手を尊重することであり、同時に自分の言動にちゃんと責任をとることができる、ということである。

■自分の気持ちを押さえ込めば欲求不満がぐつぐつとたまり、相手の気持ちを気にせずに自分の意見を押し通せばどこか心にしこりが残ってしまう。

このとき気持ちを押さえ込んだのも、自分の意見を押し通したのも自分自身であって決して相手の問題ではない。

『さわやか』な気持ちになるのもならないのも自分次第であって、その行動を自分で選択している限り、責任は自分にあるのだ。

自分の言動を自分で選択し、自分で受け入れたのだと認め、それに対して自分に出来ることをやる。

それが主体的に生きる、ということなのだ。

■けれども、そんなことを言ったって、世の中、相手次第のことだらけ。

自分の主張と相手の主張がうまくかみ合うとは限らない。

むしろ摩擦が発生するほうが普通のことである。

だから、それを当たり前のこととして受け止める、そしてお互いに素直な気持ちを見せ合うことが大切なのだ。

相手の気持ちを尊重し、一致しない’課題’を相手の人格から切り離してニュートラルに対峙する。

そうすれば、必ずとはいえないだろうけれども、勝ち負けに捉われるような交渉のやり方よりは話が前進する可能性は高まるだろう。

■その他、非合理的思い込みの話だとか、会話のうまい切り込み方だとか、’怒り’というやっかいな感情との付き合い方だとか、面白く、タメになる話が満載だ。

けれども、と平木さんはクギを刺す。

アサーションは自然と出来るようになることではなく、訓練が必要だ、ということだ。

だからあまり欲張らず、気になることをひとつひとつ、意識して繰り返し実践していきたいと思う。

と、いって上手くいくほど簡単ではないのだけれども。

   

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                        <2008.09.19 記>

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