書籍・雑誌

2009年11月12日 (木)

■NHK土曜ドラマ『外事警察』が楽しみなのだ。

『ハゲタカ』のスタッフが今度は諜報の世界に挑戦する。

14(土)から全6回で始まる土曜ドラマ『外事警察』だ。

原作は『宣戦布告』の麻生 幾。

いやー、これは面白そうですな。楽しみ、楽しみ。

                        <2009.11.12 記>

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Photo
■外事警察 麻生 幾 著 日本放送出版協会 (2009/09)

■スタッフ■
原案 麻生 幾
脚本 古沢良太
演出 堀切園健太郎 他?
音楽 梅林 茂

■キャスト■
渡部篤郎
石田ゆり子
尾野真千子
片岡礼子
遠藤憲一
余貴美子
石橋凌 他

 
■土曜ドラマ『外事警察』番組HP

     

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2009年11月10日 (火)

■【書評】2日で人生が変わる「箱」の法則。心の戦争、心の平和。

’2日で人生が変わる’っていうのは大袈裟だけれども、確かにものの見方が少し変わったような気がする。

2
■2日で人生が変わる「箱」の法則

■本書はベストセラー『自分の小さな「箱」から脱出する方法』の続編であり、かつエピソードゼロ的本である。

前作で主人公を「箱」の外に導いたルー・ハーバートが今回の主役。

犯罪に手を染めた息子が40日間の矯正キャンプに送り込まれることになるのだが、それを始めるに当たってその親を対象にした2日間のプログラムが実施される。

ルーはそのプログラムで、変わらなければならないのは息子ではなく実は自分自身だったということに、そして自分のこころを閉じ込め苦しめている「箱」の存在について自ら気付いていく、という内容だ。

■前著では、「箱」=自己欺瞞の概念の説明、そこからの脱出方法=相手を人間と見る、というところに重点を置かれていたが、今回はそれをさらに深堀りし、特に、相手を「モノ」ではなく「人間」としてみる、という方を繰り返し繰り返し説いていく。

「優越」、「当然」、「体裁」、「劣等感」。

そういった歪んだものの見方に捉われ、相手に不満をもって接するとき、人間はその相手を「モノ」として見ている。

自分と同じ血の通った人間であると感じることが出来ず、やっかいな「モノ」として扱ってしまう。

■すると相手も同じように自分を「モノ」として扱うようになり、不満が不満を呼ぶ連鎖反応が生じて人間らしい思いやりのある関係が消え去る。

心の戦争状態が生じ、安らかな心の平和が乱されてしまう。

それは家庭や職場で起きることだが、その個々人の心の荒みは民族間の憎しみ、ひいては戦争にまでつながっていく。

それを避けるためには、まず、自分自身、ひとりひとりが「箱」から出る、つまり相手をひとりの人間として捉え、その気持ちに寄り添うこと。そこからすべては始まっていくのだ。

■けれど、それはちょっときれいごと過ぎるのではないか。

そう感じたのは事実である。

世の中には理不尽な、人を人とも思わない嫌なヤツがいて、そんなきれいごとでは済まされないことだってあるだろう。

「箱」から出る=相手を思いやる、いい子ちゃんでいること。

そんなことで問題が解決するなんておとぎ話もいいところだ。

■ところが、読み進めるうちに、そうでもないか、と思えるようになってきた。

こころの中に小さな変化が生まれてきた。

本書の中で主人公のルー・ハーバートを導く役割りを担う二人の講師はユダヤ人とパレスチナ人で、しかも二人ともイスラエルでの民族間の憎悪と戦争の渦のなかで大切な人を失っている。

その二人の体験からは、その根幹に平和への祈りのようなものが流れているように感じとれるのだ。

■世の中にはどうしようもないヤツはいるものである。

こっちが自己欺瞞を乗り越え、冷静に、思いやりをもって対したとしても、そこにつけ込もうとするに違いない、酷いヤツはいる。

けれども、相手が決して変わらないとしても、それでもその相手を人間と見て思いやる。

そこに生まれるのは自分の心の平穏である。

自分の人生に言い訳をしない、真っ直ぐで澄み切った生き方である。

■親鸞がいう悪人正機説「善人なおもて成仏す。いわんや悪人や」というのは、悪人だからこそ罪を背負った苦しみの深さゆえに救われる、というものである。

だが、「救い」というものが自らの心の平穏を意味し、「成仏」とは、祈る者の心の中の悲しみや憎しみが消失することを意味するのであれば、「鬼畜のような相手」と考える自分自身の中にある苦しみ、それこそが救いの対象なのではないか。

「悪人」が救われるのではなく、「悪人」に苦しめられたこちら側の心が救われる、ということではないのか。

そんなことをぼんやりと考えてみるのである。

 

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                          <2009.11.10 記>

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■2日で人生が変わる「箱」の法則
■「自分の小さな「箱」から脱出する方法」の続編ではあるのだが、内容は独立しているのでこの本だけ読むのでもOKだと思います。

   
■関連記事■
■【書評】自分の小さな「箱」から脱出する方法。人間関係がうまくいかない根本原因はどこにあるのか。

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2009年11月 7日 (土)

■【映画評】『沈まぬ太陽』。人間の生き様。ラストシーンの感動が止まらない。

上映時間3時間22分の大作である。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.36  『 沈まぬ太陽
          監督: 若松節朗 公開:2009年10月
       出演: 渡辺謙  三浦友和  他 

          001

■休憩10分をはさんだ3時間半もの長大な映画。集中して見ることができるかどうか、正直あんまり自信が無くて見に行くのをためらっていたのだけれども、そんな心配はまったくの無用。

恩地元というあまりにも真っ直ぐな男の生き様にあっという間に取り込まれてしまったのであった。

  
■ストーリー■

昭和30年代。巨大企業・国民航空社員の恩地元は、労働組合委員長を務めた結果、会社から10年におよぶ僻地での海外勤務を命じられた。かつて共に闘った同期の行天四郎が組合を抜けてエリートコースを歩みはじめる一方で、恩地は家族との長年にわたる離れ離れの生活で焦燥感と孤独に追いつめられ、本社への復帰を果たすも不遇な日々は続くのだった。そんな中、航空史上最大のジャンボ機墜落事故が起こり…。<goo映画より>

 
■この作品は、己の信念を曲げないがために僻地をたらいまわしにされる恩地の話と、日航ジャンボ墜落事故とその遺族の話、そして航空会社の腐敗体質にまつわる話が交差しながら進んでいく。

それぞれの話がそれぞれに深くて物語が発散してしまいそうに思えるのだが、それが逆にうまく共鳴しあい、さらに深みを増している。

■そのなかでもやはり御巣鷹山の墜落事故の遺族たちの話がやるせない。

あれから24年も経つというのにあのときのショックが鮮明に蘇る。

特に墜落中に家族に向けたメモを残した父親と、それを読む息子の話は胸がつぶれる思い。

丹念に遺族に取材したのであろう事実がしっかりと背景にあって、だからこそのリアリティであって、だからこその重みなのである。

■その一方で、この映画は実直な恩地元(渡辺謙)と、出世の鬼と化した行天四郎(三浦友和)の歴史を縦糸として物語を織っていく。

明と暗、陰と陽のそのコントラストが素晴らしく、またそのコントラストの強さに関わらず陳腐に落ちないのがまた素晴らしい。

それはもちろん原作と脚本によるものであるけれども、渡辺謙と三浦友和の魂を揺さぶる好演によるところが大。

また、そのコントラストを際立たせる俳優陣の力にもよるのだろう。

何しろそれぞれが主役を張れるような豪華な顔ぶれで、ため息が出るくらいなのだ。

■ラストシーン。

妻に先立たれ、日航機の事故で息子家族を一度に失い、ただひとり残された老人(宇津井健)が四国のお遍路の旅にいる。

その老人に宛てた恩地の手紙が胸を激しく揺さぶる。

こころの奥の底のところでズンと打ち震えるような感動だ。

救いようの無い絶望。

そこにはどんな慰めの言葉も届かない。

それでも生きていこうと思わせるのは、広大な自然に向かって立ち、ちっぽけな自分をいつまでも照らしている夕陽、その瞬間にあるのだ。

 

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                           <2009.11.07 記>

Photo
■【原作】沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上)
山崎 豊子 著 新潮文庫 (2001/11)
  

■STAFF■
原作:山崎豊子『沈まぬ太陽』
監督:若松節朗  
製作総指揮:角川歴彦
企画:小林俊一
製作:井上泰一
脚本:西岡琢也
音楽:住友紀人
エンディング・テーマ:福原美穂『Cry No More』
製作:「沈まぬ太陽」製作委員会
製作プロダクション:角川映画
配給:東宝

■航空会社やスポンサーに首根っこを抑えられたテレビ会社の協力を得ずにこれだけの大作を真っ直ぐ作り上げた製作委員会と角川に深い敬意を感じます。
   



■CAST■
恩地元:渡辺謙
行天四郎:三浦友和
三井美樹:松雪泰子
恩地りつ子:鈴木京香
 * * * * * * * *
国見正之:石坂浩二
八馬忠次:西村雅彦
桧山社長:神山繁
小暮社長:横内正
堂本社長:柴俊夫
和光監査役:大杉漣
八木和夫:香川照之
 * * * * * * * *
利根川総理:加藤剛
龍崎一清:品川徹
竹丸副総理:小林稔侍
道塚運輸大臣:小野武彦
 * * * * * * * *
阪口清一郎:宇津井健
鈴木夏子:木村多江
小山田修子:清水美沙
布施晴美:鶴田真由
 * * * * * * * *
恩地純子:戸田恵梨香
恩地克己:柏原崇
恩地将江:草笛光子
 * * * * * * * *
国民航空123便操縦士:小日向文世
航空管制官:長谷川初範

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’映画鑑賞★日記’ さんの「沈まぬ太陽 [映画]」
 

    
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2009年10月25日 (日)

■【映画評】『私の中のあなた』。私は何の為に生まれてきたのか、生きるとはどういうことなのか。

これは泣けました。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.35  『私の中のあなた
           原題: My Sister's Keeper
    原作:ジョディ・ピコー「わたしのなかのあなた」
     監督:ニック・カサベテス 公開:2009年6月(米国)
  出演: キャメロン・ディアス アビゲイル・ブレスリン ソフィア・ヴァジリーヴァ 他

           001

■ストーリー■
11歳の少女アナは白血病の姉に臓器を提供するドナーとして遺伝子操作によってこの世に生まれた。母サラは愛する家族のためなら当然と信じ、アナはこれまで何度も姉の治療のために犠牲を強いられてきた。そんなある日、「もうケイトのために手術を受けるのは嫌。私の体は、自分で守りたい」と、アナは突然、両親を相手に訴訟を起こす。しかし、その決断にはある隠された理由があった…。(goo映画より)

   
■私は何の為に生まれてきたのか、という問いは、10代前半には芽生えてくる問いのように思える。

主人公のアナは、姉のケイトが生きていく為のドナーとして人工的に生を受けたわけで、客観的に考えるならば、その問いの答えはかなり厳しいものとなるだろう。

■物語はアナの独白ではじまり、アナの独白で終わる。

その間にある出来事を通して、彼女自身、その問いに対するひとつの答え、というより想いに至る。

そのとき、邦題の「私の中のあなた」というタイトルの意味が深く心に沁みてくるのである。

011

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■どうも「隠された理由」にこだわりすぎたのか、臓器移植を拒否するアナと、その一方でケイトに対する思いやりに溢れる日常のアナとのギャップに違和感を覚えてしまう。

きっと母親のサラ(キャメロン・ディアス)も同じことを感じていたに違いなく、見る者はその意味でサラと同じ目線で子供たちを見ていることになるのだろう。

■けれど、ケイトの命を助けることで気持ちがいっぱいになっているサラに対し、それ以外の大人たちの視点がしっかり描かれていて、観客はサラだけに没入することはない。

ふたりの娘のどちらの気持ちも汲み取ろうとする父親(ジェイソン・パトリック)、アナの訴えを叶えようと全力をつくす敏腕弁護士(アレック・ボールドウィン)、自らも最愛の娘を亡くしたばかりの裁判官(ジョーン・キューザック)、そして、ケイトにとって最良のことを常に考えている彼女の主治医(デヴィッド・ソートン)。

■その視線の多様さが、アナとケイトの造形に深みを与えてくれている。

と、同時に、「子供たちが自分たちで決めたこと」を理解する道筋を与えているのである。

■本来ならば、明るい青春を謳歌しているはずの年頃のケイトにとって、入退院を繰り返し、抗がん剤の副作用に苦しむ人生とはいったい何なのか。

そして、そんな姉にとって、これから明るい青春を謳歌するはずの妹を腎臓移植による苦しみの道に引きずり込むこととは、いったいどういう意味をもつのだろうか。

■同じ白血病をかかえるボーイフレンドの死に直面したケイトはそれを真剣に考え、兄と妹もその考えを尊重することを決め、行動に移す。

彼らにとって、それがどれだけ苦しい選択であったことか。

アナが移植を拒否した理由が明らかになるに従って、ケイトの、そしてアナの気持ちに落涙を禁じえないのである。

■「私の中のあなた」という邦題は、ケイトの中で生きるアナの臓器を想起させつつ、実はアナの心の中で生き続けるケイトの記憶のことを意味する。

もちろん、ケイトが生き続けられれば、それにまさることはない。

けれども、自然のままに生きられない、となったとき、果たして「生き続けること」が本当に最良の道なのか。

尊厳死、などという難しい言葉の前に、

生きる、とは一体どういうことなのか。

物語の中とはいえ、子供たちにそれを教えられる、それが感動をさらに深くするのだ。

   

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                           <2009.10.25 記>

Photo
■【原作】わたしのなかのあなた
ジョディ ピコー 著 ・ 川副 智子 訳 早川書房
 

004

■STAFF■
監督:ニック・カサベテス
原作:ジョディ・ピコー
脚本:ジェレミー・レベン、ニック・カサベテス
撮影:キャレブ・デシャネル
美術:ジョン・ハットマン
編集:アラン・ハイム、ジム・フリン
音楽:アーロン・ジグマン



■CAST■
キャメロン・ディアス    :母親 サラ・フィッツジェラルド
アビゲイル・ブレスリン  :次女 アナ・フィッツジェラルド
ソフィア・ヴァジリーヴァ  :長女 ケイト・フィッツジェラルド
ジェイソン・パトリック   :父  ブライアン・フィッツジェラルド
エヴァン・エリングソン  :長男 ジェシー・フィッツジェラルド
ヘザー・ウォールクィスト :ケリー叔母さん
 
アレック・ボールドウィン :アレクサンダー弁護士
トーマス・デッガー    :テイラー(ケイトのボーイフレンド)
ジョーン・キューザック   :デ・サルヴォ判事
デヴィッド・ソートン      :チャンス医師

     
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2009年10月24日 (土)

■皇室の名宝展、伊藤若冲の動植綵絵を堪能する。

東京国立博物館で開催中の「皇室の名宝展(1期)―日本美の華、永徳、若冲から大観、松園まで」を見に行った。

お目当ては伊藤若冲の動植綵絵。

Photo 「群鶏図」

■動植綵絵30点のすべてが一挙に並べられた風景は圧巻。

くらくらするくらいの迫力でした。

特に鶏の絵は本物かと思うくらいの細密度で、中でも「群鶏図」は群を抜いた迫力に思わず見入ってしまう。

一羽、二羽の作品でもすごいのに13羽もぎっしり詰め込まれているのだからたまりません。

    

Photo_2 「紅葉小禽図」

■その一方で、静かな作品もいい。

今回の一番のお気に入り、「紅葉小禽図」。

紅葉のグラデーションの中で2羽の鳥が遊んでいる。

静寂のなかで、アクセントとしてちょんちょんと動き回る小鳥の姿にひきつけられて没入し、まるで林の中で実際にもみじの樹を見上げている感じ。

こころが癒されます。

  

Photo_3 Photo_4
「秋塘群雀図」 / 「蓮池遊魚図」 

■流れのある作品もいい。

絶妙な構図がリズムを生んでいて、雀の群れのバサバサって感じも、鮎のツンツンと泳ぐ感じも気持ちがイイ。

  

Photo_5 「梅花群鶴図」

■お茶目でかわいい作品も実に楽しい。

「梅花群鶴図」の中の一番左にいるツル。

そのニヤけた目に吹き出しそうになってしまいました。

Photo_7

■楽しい、といえば

「群魚図」の親タコの足にしがみつく子ダコ、

「池辺群虫図」のかえるの集会。

Photo_8
Photo_9

■いやー、やっぱり見飽きない。

絵が生きているんだよね。

だから見飽きない、いつまでも眺めていたい。

実際、この展示をしている部屋に何度も何度も戻っては眺め、それでも後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にしたくらい。

いやー、本当に来て良かった。満足、満足。

  

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                            <2009.10.24 記>

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Photo
■目をみはる伊藤若冲の『動植綵絵』 (アートセレクション)

 

■ 「動植才綵絵」30点。
’弐代目・青い日記帳’ さんのサイトより。

■トラックバックさせていただきます■
’弐代目・青い日記帳’ さんの「皇室の名宝展」の『動植綵絵』
 

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2009年10月20日 (火)

■日曜劇場JIN ―仁―。次の展開にワクワクする久しぶりのドラマなのだ。

原作は知らないのだけれど、面白いね、この話。

Photo_2

■現代の脳外科医が幕末の江戸にタイムスリップ。近代設備も道具もクスリも無しで、目の前の患者を如何に助けるか。

何が面白いといってこの設定がやはりいい。

外科医として腕は立つと自負していたものの、それは現代の便利さに支えられたものであって、丸裸で患者と対峙せよ、という状況に立たされたときに医者としての本当の力が試される、というわけだ。

■そこで腹をくくってノミと金づちで脳外科手術に挑む南方仁(大沢たかお)。

使い慣れないノミを頭蓋骨にあてて、あれっ、と調子っぱずれの声をあげるところがまたたまらない。

おい、本当にそれで大丈夫なんか!!

と、つい、要らぬ心配をしてしまう。

つい、引き込まれてしまうんだな。

■脇役陣もまたいい味を出している。

南方が身を寄せる橘家の娘、咲を演じる綾瀬はるかはこれ以上ないというくらいハマっているし、「リミット」から転じて今度は地の演技で勝負する武田鉄矢(緒方洪庵)も面白い。

しかし、なんといっても内野聖陽(坂本龍馬)でしょう。

今まで数々の龍馬を見てきたけれども、こんな茶目っ気たっぷりの龍馬を見たことが無い。

素晴らしい。

思いっきり気に入ってしまいました。

■現在、第2話。

今のところ花魁の野風(中谷美紀)はちらりとしか登場していないのだけれども、どうやら重要な役どころのようで、これからストーリーにどう絡んでくるのか。

そもそも、タイムスリップの原因を作ったあの胎児はいったい何なのか。

あの包帯の男は本当に坂本龍馬なのか?

いやー、本当に目が離せません!

  

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■JIN―仁 (第1巻) (ジャンプ・コミックスデラックス)
村上 もとか 著

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■STAFF■
プロデュース - 石丸彰彦、津留正明
脚本      - 森下佳子
演出      - 平川雄一朗、山室大輔、川嶋龍太郎
音楽      - 高見優、長岡成貢
主題歌    - MISIA 「逢いたくていま」
  

■CAST■
南方仁        - 大沢たかお
友永未来 / 野風  - 中谷美紀(二役)
橘咲         - 綾瀬はるか
橘恭太郎      - 小出恵介
佐分利祐輔     - 桐谷健太
山田純庵      - 田口浩正
タエ         - 戸田菜穂
緒方洪庵      - 武田鉄矢 
新門辰五郎     - 藤田まこと 
夕霧         - 高岡早紀
鈴屋彦三郎     - 六平直政
橘栄         - 麻生祐未
勝海舟        - 小日向文世
坂本龍馬       - 内野聖陽

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’まぁ、お茶でも’ さんの「《JIN-仁ー》★02」
 

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2009年10月18日 (日)

■【書評】「宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった」佐藤 勝彦 著。神の目から見た我々の世界。

ビッグバンの前、

宇宙の始まりはどうなっていたのか。

その疑問に答える非常に分かりやすい本である。

Photo
■宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった
佐藤 勝彦 著  PHP文庫 (2001/11)

■1980年くらいのカール・セーガンの時代、90年頃のスティーヴン・ホーキングの時代と宇宙についてのブームの時代があって、それなりに本を読んでみたはずなのだけれども、相対性理論も宇宙の起源についても何ともよく分からなかった。

それが、この本を読むとあら不思議、今までのもやもやがすっきりと晴れた感じがする。

もちろん、理論を理解できた、ということではなくて、どういう仕組みで宇宙が誕生したのかがイメージできる、そういうレベルではあるのだが。

■ともかく、読みやすく分かりやすい。

と、思ったらこの本は佐藤先生の口述筆記というカタチで作られた本なのだそうで、だからスルリと頭のなかに入ってくる。

それだけでなく、たぶん佐藤先生が宇宙論の第一人者であるからこその分かりやすさなのだろう。

まるで大学の講義を受けているようで、何とも贅沢な本なのだ。

■さて、ビッグバン以前の宇宙はどうなっていたのか。

その謎に迫るための二つの理論、相対性理論と量子論。その二つの簡潔な解説も素晴らしく分かりやすくて面白いのだけれども、やはり本論のインフレーション理論に驚嘆する。

何しろ、ビッグバンのその前に、我々の宇宙と平行した宇宙がいくつもいくつも生まれているというのだ。

■まず、何も無い世界というのがあって、そこからポッと宇宙の「種」が生まれてくる。

「何も無い」といっても実は「正と負のゆらぎ」があって、それがトンネル効果によって確立論的に「宇宙」という実空間を生む種が現れる。

ここは良く理解できないのだけれども、そういうことだと納得するしか仕方ない。

そうやって、「宇宙の種」がいくつも発生する。

その「宇宙の種」の一つが我々の宇宙につながってくる。

■次に、その「宇宙の種」の持つ内部エネルギーによって超々々々爆発的な急膨張(インフレーション)を起こす。

その過程のなかで宇宙のあちこちでお湯が沸騰するような相転移が起こり、その膨張の狭間に押し込めたれた空間が宇宙の外側に押し出されキノコのように膨れ上がる。

これが「子宇宙」。

その「子宇宙」もまたインフレーションを起こし、同じように「孫宇宙」を作り出す。

そうして相転移後に満たされたエネルギーによって火の玉のようになったそれぞれの宇宙はそれぞれにビッグバンを起こす、というのだ。

■何ともSF的空想を駆り立てるような宇宙像なんだけれども、相対性理論と量子論を駆使してビッグバン以前の世界を計算していくと、こういう宇宙になるのだそうだ。

残念なのは「親宇宙」と「子宇宙」は因果律を異にしていて決して観測できない、ということ。

その壮大な宇宙像をこの眼で見ることは出来ないということだ。

■だが、我々の因果律を遥かに越えた「神の目」というものがあったらどうだろう。

さらに空想を拡げてみたならば、或る日の昼下りに神様がコーヒーを入れようと沸かしたお湯が沸騰するその水蒸気の泡の一つがあって、それが我々の宇宙なのかもしれない。
  

 行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

 よどみに浮ぶうたかたは、

 かつ消えかつ結びて、久しく止とゞまる事なし。

                      ― 方丈記

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                          <2009.10.18 記>

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佐藤 勝彦 著  PHP文庫 (2001/11)

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2009年10月17日 (土)

■夢を実現する力。『爆笑問題のニッポンの教養』 細胞シート工学、岡野光夫。

今回のテーマは、細胞シート工学。

File87_
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE087:「あなたの細胞生き返ります」 2009.10.13放送
東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長
細胞シート工学、岡野光夫。

■岡野先生はもともと高分子化学の人だったのだけれども、人工物で人の体の不具合を何とかしたいという思いで医学部に転じた面白い経歴の人である。

その成果として患者の体細胞を培養し具合の悪いところに戻してあげて機能を再生させるという技術を完成、心筋梗塞とか食道ガンとか角膜損傷など臨床での適用の段階にまできているのだそうだ。

何しろ自分の細胞から作り出したシートだから拒絶反応がまったくないわけで、極めて画期的なのである。

■キモは培養した細胞の薄膜をシャーレから剥がす高分子化学の技術と薄膜を積層させる工学の技術。

その視線は3Dスキャンした心臓などのデータをもとに臓器を丸ごと細胞シートの積層でつくってしまおう、という夢のようなところにまで及んでいて、それも20年から30年先くらいと言ってのける。

そうすると遺伝子操作の技術なんかも合流して、腎臓病の人が人工透析から解放されたり、糖尿病の人がクスリを飲み続けることから解放されたりするんだろう。

素晴らしい話だ。

■あとは脳みそか。

あれは常に変化し続ける臓器だもんね、ちょっと難しいだろう。

それとも、脳のダメージを受けたところに脳細胞シートを貼り付けると自己修復したりするのだろうか。

そのあたり、興味あるなぁ~。

■それにしても、早稲田の工学部と東京女子医科大学のコラボで生まれた研究室の雰囲気は良かった。

ああいう場を生み出せるというのも一つの能力なのだろう。

狭いタコツボの中にいたのではなかなか上手くいかなくなってきている、専門化、細分化が極まった現代においてはそういう能力が求められてきているのかもしれない。

 

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                           <2009.10.16 記>

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2009年10月10日 (土)

■【書評】自分の小さな「箱」から脱出する方法。人間関係がうまくいかない根本原因はどこにあるのか。

たった一つ、気持ちを切り替えるだけで周りの世界が違って見える。

本書は単なるハウツー本ではなく、「生き方」について気付きを与えてくれる本なのだ。

Photo
■自分の小さな「箱」から脱出する方法
アービンジャー インスティチュート 著 大和書房 (2006/10/19)

■およそ人間関係がうまくいかない原因は、実は自分自身が相手に対して「箱」に入っているからだ、とこの本は説く。

ここでいう「箱」とは自己欺瞞、自分の気持ちを裏切ること。

例えば、失敗をした部下に対して、「何でそんな簡単なことさえ出来ないのか」、と思う、そのとき「私」は「箱」に入っている。

「私」は部下に育って欲しいと考えている、

そういう「自分の本来の気持ち」を裏切り、

「こんなにお前のことを思ってやっているのに」と、怒りの感情に流されてしまう。

■何故かというと、

「こんなにお前のことを思ってやっているのに」

と考えているときの主人公は実は「私」であり、それはそんな「立派な私」を正当化するための自己防衛的な思考となってしまうからだ。

本当に「部下に育って欲しい」と考えるならば、主人公は部下の方であって、その○○さんについて考える、その気持ちを汲み取り、関心をもつ。そのときに自然と湧き上がってくるのが本来の「私」の気持ちにそった行動なのである。

そういったことが、会社の中だけでなく、家庭でも、その他いたるところで起きていて、ギクシャクした人間関係を作り出してしまっている。

■この本では、その「箱」の概念とその驚くべき影響力の大きさ、そしてそこから脱出する方法について、主人公が学んでいくドラマ形式で語られる。

ゆえに非常に面白く、分かりやすい。

いや、むしろ「箱」について伝えるためには、講義形式では非常に困難で、読むものが自分の日常を重ね合わせることができるような形式であることが必要だったのだと思う。

なぜかならば本書のテーマ自体が、「私」と同じように血の通った「相手」にちゃんと関心を持つこと、心を向ける、そこにあったからなのではないだろうか。

■じゃあ、この本に書かれている内容を「理解」したとして、それで人生が明るく開けるか、というと、なかなかそうはいかない。

実は、この本を読んだのは3年ほど前で、その時も非常に感銘をうけて(お節介にも)、他の人に紹介までしてしまった。

それにも関わらず、今回再読してみて、自分が未だにすっぽりと「箱」に入っている現実に気付き、なんとも情けない気持ちに沈んでしまったのである。

■この本の最後の部分にも書かれているのだけれども、「箱」から出た状態を保つことは非常に難しい。

それほどまでに「箱」への誘惑は強烈で、いつの間にかまたそこに捉われてしまう。

ふと、一休さんの悟りに近いものなのかもしれないとおもう。

■「私」という洞穴から去る。

その感覚を掴んだ、とおもう間もなく、人間であるがゆえの煩悩に再び絡めとられてしまい、もとの洞穴に引き戻されてしまう。

けれども、「箱」を意識し続ける限りその洞穴の出口の光は常に目の前に開けるわけで、結局は「箱」を気に留めておく、そこに尽きるのかもしれない。

  
有漏地より 無漏地に帰る 一休み

雨ふらば降れ、風ふかば吹け

                      一休

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                          <2009.10.10 記>

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■自分の小さな「箱」から脱出する方法
■アービンジャー インスティチュート 著 大和書房 (2006/10/19)

2
■2日で人生が変わる「箱」の法則
■アービンジャー インスティチュート 著 祥伝社 (2007/9/6)
エピソード・ゼロ的内容なのだそうで、現在取り寄せ中。
面白かったら改めて書評を書いてみたいとおもう。
  

■関連記事■
■【書評】『あっかんべェ一休』、坂口 尚。認めるより仕方ないじゃないか、それが今の’私’なのだから。
■ああ、半年前にも「気付いて」いたんじゃないか。
本当に情けない・・・。
と、おもう「私」もまた洞穴のなか(笑)。

   

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2009年10月 8日 (木)

■【映画評】『カムイ外伝』、活劇であるならば何よりも大切なのはラストのカタルシスに至る下準備なのだ。

♪忍びが通る~けものみち~。

風~がカムイの影を斬ぃる~。(ワクワク)

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.34  『カムイ外伝
           公開:2009年9月
           監督・脚本: 崔洋一  脚本: 宮藤官九郎 原作:白土三平
       出演: 松山ケンイチ 小雪 伊藤英明 他

          Photo

■ストーリー■
抜忍であるカムイは追われる身として厳しい追忍の刃を切り抜け、生き抜いていく。そんな逃亡の旅のなかで、カムイは奇縁によって漁師の半兵衛一家のもとに身を寄せることになるが、その半兵衛の妻もまた身を潜めて生きてきた抜忍なのであった・・・。
  

■監督:崔洋一、脚本:宮藤官九郎、主演:松山ケンイチなんてメンバーであの名作を実写化しようってんだから期待がぐんぐんと高まるのも当然。

一部の映画サイトでの評判の悪さはその反動なのだろう。

確かに、ワイヤーアクションがチープすぎるとか、山崎努の説明過多なナレーションに違和感を感じるだとか、いろいろと難点はある。

が、そのあたりに片目をつぶれば、なかなかの傑作。

■’飯綱落とし’、’変移抜刀霞切り’といったカムイの必殺技をうまく見せていたし、松ケンの忍者走りも決まっていたし、小林薫や伊藤英明を中心とした俳優陣の熱演と山崎努のシブい声によってでドラマの中にも没入出来た。

要するにエンターテイメントとして楽しめた。

決して1800円の価値のない駄作などではない。

それだけに、ラストの描き方がどうにももったいなく、解せないのである。

■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
   

■■■              ■■■

■渡り衆の頭である不動(伊藤英明)が島の民たちだけでなく、仲間であるはずの渡り衆まで皆殺しにした、そこの背景を、

「うぬがイヌだったのか!」

というカムイのセリフで全部を了解せよ、というのは原作を知らない観客に対して酷である。

果たして本当に伝わったのか、というそこである。

■もともと、「スガルの島」編は、半兵衛一家を中心とした島の人たちだけでなく、殿様とか、抜け忍集団の渡り衆だとか、追忍たちとかの関係が絡み合う複雑な話である。

それを2時間ほどの映画にまとめる苦労もわかる。

けれども、この話の何が大事だったかというと、関係のない者達をも巻き込んで無益な死に追いやっていく忍者社会の非道さ、その象徴である不動の裏切り。

そこを描くのがあまりにも早足過ぎるのではないか、ということだ。

抜け忍スガルと事情を知りすぎた半兵衛を始末するために島民を皆殺しにする理由もよくわからないし、抜け忍組織を作っておいてまとめて始末しようという不動のたくらみも分かりにくい。

そこがよく分からないまま、不動との対決に入っていくフラストレーション。

■なにもすべてが原作に忠実である必要はない。

けれども、不動が新たな抜け忍を助けに行くという名目でカムイを誘い出し、罠に嵌め、その間に半兵衛一家の水がめに毒を盛り、渡り衆を「組織を裏切った愚か者」呼ばわりしつつ船ごと全滅させる。

その一連の裏切りの流れが、不動に対するカムイの怒りの原動力になるわけで、そこを丁寧に描かなければラストシーンのカタルシスにつながらないのである。

物語りにとって、ラストに向けた流れの加速の丁寧さがいかに大切かを改めて認識した次第である。

  

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                           <2009.10.08 記>

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■カムイ外伝-スガルの島- (ビッグコミックススペシャル)
■【原作】白土三平 小学館 (2009/8/28)
■カムイ外伝全集、全11巻のうち、スガルの島編を抜き出した本だと思われる。話は独立しているからコレだけを読んでもまったく問題ないだろう。
  

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■決定版カムイ伝全集 カムイ伝 外伝 11巻セット
■2007年に刊行されたカムイ伝全集の外伝編。
映画公開と平行して新作が連載されているがそれは含まない。
  

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■カムイ伝全集―決定版 (第1部1) (ビッグコミックススペシャル)
■士農工商、エタ、非人。

江戸時代のその社会構造の歪みと悲劇、そして本当に生きる、ということを描こうとした壮大な叙事詩。

むごい話の連続なだけに、ラストの「生」に対する力強さに心を揺り動かせられた。

手塚治虫の『火の鳥』と並ぶ日本漫画史上に輝く傑作だとおもう。

(第一部、全15巻)
   

■STAFF■
監督 崔洋一
原作 白土三平
脚本 宮藤官九郎 、崔洋一



■CAST■
松山ケンイチ  : カムイ
小雪       : スガル(お鹿)
伊藤英明    : 不動
佐藤浩市    : 水谷軍兵衛
小林薫     : 半兵衛
大後寿々花   : サヤカ
金井勇太     : 吉人
芦名星      : ミクモ
土屋アンナ    : アユ
イーキン・チェン : 大頭
イ・ハソン  : カムイの少年時代
PANTA  : 絵師
隆大介  : 柏原
坂口征夫  : 渡り衆
* * * * * * * *
語り  : 山崎努

    
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2009年10月 3日 (土)

■【映画評】『惑星ソラリス』、アンドレイ・タルコフスキー監督。胸を締め付ける望郷の想い。

SFというよりは芸術映画といったほうがいいだろう。

文句無く、これは名作である。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.33  『惑星ソラリス
           原題: SOLARIS
           監督: アンドレイ・タルコフスキー 公開:1972年 3月(ソ連)
       出演: ドナタス・バニオニス ナタリア・ボンダルチュク  他

     Photo ■【DVD】惑星ソラリス

■ストーリー■
海の惑星、ソラリス。どうやらその海は知性を持っているらしい。軌道上の宇宙ステーションから帰還した研究者はソラリスでの驚くべき体験を語り、その真偽を確かめるべく心理学者のクリスがソラリスへと向かう。

   
■寡黙である。

とても寡黙な作品である。

下手をすると観る者が置いてけぼりにされてしまいかねないくらい、寡黙である。

静かな情景と抑えられた表情、少ないセリフで構成されたこの作品は、消化の良すぎるハリウッド映画に慣れた眼にはあまりに退屈に映るかもしれない。

けれども、『2001年宇宙の旅』と並ぶSF映画の最高峰とまで呼ばれるにはそれだけの理由がある。

『2001年』が人類の更なる進化について語る外向きの映画とするならば、ソラリスはひたすら深く心理の奥に入り込んでいく内向きの作品である。

だから理屈は通用しない。

それを知るには、ただ体験するのみである。

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■タルコフスキーの作品はほとんど見たつもりになっているのだけれど、どの作品もちょっとした映像の印象を残して記憶からスッポリと抜け落ちている。

そうか、筋書きそのものがあまり意味を持っていないのかもしれないな。

今回、改めてソラリスをみて、そう思う。

■たぶん《理解しよう》という考え自体が誤っているのだ。

タルコフスキーが表現したかったことは、頭で考えることではなく、感じることなのだ。

それゆえにスタニスワフ・レムの原作の設定である「知性のある海との邂逅」というテーマがそこに共鳴し、おおきく浮き上がってくるのだろう。

その体験は説明するものではなく、クリスの眼を通して体感するものなのだ。

■水辺があって、水草がそこに揺らいでいる。

その水辺をひとり歩くクリス。

胸にはぽっかりと穴が開いている。

10年前に自殺してしまった妻、ハリーに対する自責の念が彼をまだ苦しめている。

■そのクリスの目の前にリアルな存在としてのハリーを蘇らせたソラリスの思いは分からない。

けれども、それはクリスを、そしてハリーをも苦しめるものであった。

クリスが求めていたものは母、故郷、そして父。

それが本当の故郷であるか、ソラリスの作り出した偽りのものであるかはもう問題ではない。

そこには心の苦しみを癒してくれる何かがあるのだから。

そして、その悲しみ、苦しみは誰もがかかえているものであって、だからこそ、タルコフスキーの望郷の思いが我々にも沁みてくるのである。
  

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                           <2009.10.03 記>

■【DVD】惑星ソラリス

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■【原作】 ソラリスの陽のもとに
■スタニスワフ・レム ハヤカワ文庫SF(1977/04)
■原作の内容もすっかり忘れてしまったなあ。
実家に戻ったときにでも本棚を漁ってみるか。
  

    
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2009年9月22日 (火)

■【書評】『悪魔の文化史』、ジョルジュ・ミノワ。異者に対する脅威の感情が「悪魔」を生み出すのだ。

悪魔の出処を知ることはキリスト教文化を知ることでもあるのだ。

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■悪魔の文化史 ジョルジュ ミノワ 著  
文庫クセジュ 白水社 (2004/07)

■悪魔というのはとても魅力的な存在だ。

光り輝く正道は得てしてツマラナイものであって、薄暗い横道からこっちへおいでとささやく声につい、ふらふらっと覗いてみたくなるものなのである。

たぶん、それは万国共通のものであって、得体の知れないものへの好奇心というのは人間が知的な動物である限り避けられないものなのだろう。

■なんていう風に考えながらこの本を開いたわけなのだが、出だしからちょっと様子が違う。

実はこの本は「悪魔」を通してキリスト教社会の本質を掘り下げた文化論なのであった。

そこで展開される一神教の文化というものは、われわれ日本人のような何でも来いの雑食的なものの考え方のイイカゲンな文化とくらべて何やらめんどくさいもののようなのである。

■問題は「善」と「悪」の在り方にある。

ユダヤ教、旧約聖書の神は「善」とか「悪」とかいったものをすべて含んだ存在で、善行を積んだ人に対して不条理と思えるような酷い仕打ちをしたり、疫病を流行らせたりもする存在で、サタンはその「悪」の役回りを実行する神の僕に過ぎない。

それに対して、キリスト教では神は絶対的に「善」の存在で、サタンはそこから弾き飛ばされた「悪」を引き受け、神と対立するものになったのだという。

新興の小さなセクトであったキリスト教の成立過程において、ゾロアスター教、マニ教などの二元論が入り込み、「善」と「悪」の分離が起きたということらしい。

■だが、そこに矛盾が発生する。

神は「善」なるものである、けれどその一方で「すべて」である神に「悪」が含まれないのはおかしいではないか、という神学的問題が発生し、その問題とは「悪」とその化身である「悪魔」は存在するや否や、という問題と同義なのである。

いやー、実にめんどくさい。

■いや、問題はそれだけに止まらない。

キリスト教が「悪魔」を必要としたのは、単に善悪の二元論の影響を受けたというだけでなく、そこに根付いたメンタリティというものがあって、それが重要な理由となるのである。

そのメンタリティとは、

「サタンの支配下にある世界全体が、自分たち少数の選良グループを取り囲み、脅かしている、という追い詰められたセクト主義的な考え方の典型」

からくるものだ。

極初期のキリスト教は、ユダヤ教下にある有象無象の小規模セクトのひとつだったわけで、周囲に対する排他的、防衛・攻撃的メンタリティが「サタン」を必要とした、ということだ。

■そして、そのメンタリティとその構図は、紀元前後のキリスト教誕生のころから、十字軍、魔女狩りの時代を経て現在にまで続いている。

先のイラク戦争を見よ。

先のアフガンを見よ。

合理主義、科学万能的世界観の中心であるはずのアメリカも、一皮剥けば、キリスト教2000年のメンタリティを脈々と引き継いでいるのである。

アメリカ人の心の奥底にあるメンタリティを追求した、マイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」の衝撃的結論を思い出さずにはいられない。

■そして厄介なことに、イスラエルにしても、イスラムにしても、一部のセクト的小規模集団においてはその構造的性格ゆえに、キリスト教原理主義とおなじ排他的、防衛的メンタリティーをその特性として抱え込んでいて、それ故に中東の戦争に終わりは無く、テロ活動にも終止符は打たれない。

当然それだけが理由ではないだろうけれども、彼らのうちにあると思われるそのメンタリティが戦争状態を継続させる心理の背景にあることは間違いないだろう。

■我々日本人にとって、絶対的悪、など存在しない。

だから彼らの心理を理解できないのかもしれない。

「悪魔」の問題は、決して怪奇趣味に止まる問題ではなく、実は異者に対する心理の問題なのである。

文明・文化を越えた相互理解というものはかくも難しいものかと感じた次第である。

  

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                          <2009.09.22 記>

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ジョルジュ ミノワ 著  文庫クセジュ白水社 (2004/07)

   

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2009年9月19日 (土)

■【書評】『アサーション・トレーニング』、平木典子。主体的に生きるということ。

アサーションの本は数あれど、著者の平木典子さんは初めて日本にアサーションを紹介した人なのだそうで、日本における原典・オリジナルはこの本だということだ。

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■改訂版 アサーション・トレーニング ―さわやかな〈自己表現〉のために
平木 典子 著 日本・精神技術研究所 (2009/9/16)

■アサーション/アサーティブといえば、対人コミュニケーションで自分の主張をいかにうまく表現するか、と捉えがちなのだけれど、それを形容する『さわやかな』、というのがポイントなのだとおもう。

それは自分の気持ちを大切にすると同様に相手を尊重することであり、同時に自分の言動にちゃんと責任をとることができる、ということである。

■自分の気持ちを押さえ込めば欲求不満がぐつぐつとたまり、相手の気持ちを気にせずに自分の意見を押し通せばどこか心にしこりが残ってしまう。

このとき気持ちを押さえ込んだのも、自分の意見を押し通したのも自分自身であって決して相手の問題ではない。

『さわやか』な気持ちになるのもならないのも自分次第であって、その行動を自分で選択している限り、責任は自分にあるのだ。

自分の言動を自分で選択し、自分で受け入れたのだと認め、それに対して自分に出来ることをやる。

それが主体的に生きる、ということなのだ。

■けれども、そんなことを言ったって、世の中、相手次第のことだらけ。

自分の主張と相手の主張がうまくかみ合うとは限らない。

むしろ摩擦が発生するほうが普通のことである。

だから、それを当たり前のこととして受け止める、そしてお互いに素直な気持ちを見せ合うことが大切なのだ。

相手の気持ちを尊重し、一致しない’課題’を相手の人格から切り離してニュートラルに対峙する。

そうすれば、必ずとはいえないだろうけれども、勝ち負けに捉われるような交渉のやり方よりは話が前進する可能性は高まるだろう。

■その他、非合理的思い込みの話だとか、会話のうまい切り込み方だとか、’怒り’というやっかいな感情との付き合い方だとか、面白く、タメになる話が満載だ。

けれども、と平木さんはクギを刺す。

アサーションは自然と出来るようになることではなく、訓練が必要だ、ということだ。

だからあまり欲張らず、気になることをひとつひとつ、意識して繰り返し実践していきたいと思う。

と、いって上手くいくほど簡単ではないのだけれども。

   

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                        <2008.09.19 記>

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平木 典子 著 日本・精神技術研究所 (2009/9/16)
    

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2009年9月 7日 (月)

■【書評】『夜と霧』、ヴィクトール・E・フランクル 著。苦境の中で生きていく為に必要とされるものとは。

ナチスの強制収容所の話であるからには相当に厳しい内容であると覚悟していたのだけれども、その厳しさを静かに静かに語りかけてくる本である。

その静かさ故に、人間とは何か、というこの本のテーマが深くこころに染み渡ってくるのだ。

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■夜と霧 新版 
ヴィクトール・E・フランクル 著 池田 香代子 訳 
みすず書房 (2002/11/6)

■ユダヤ人強制収容所、アウシュヴィッツ及びその支所での体験を通して、過酷な、という表現を通り越した極限状態に放り込まれた人間が一体どうなってしまうのか。

本書はそれを精神科医の眼で綴った記録である。

■人間が人間として扱われない、その状況に慣れていくなかで、人間の感情は鈍磨、消失し、その内面は冷淡さと無関心に満たされる。

その過酷で理不尽な状況が人間をして否応無く、ある型にはめ込んでいく。

それが精神科医・フランクルの見立てだ。

■だが、

 
「わたしが恐れるのはただひとつ、

 わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」
 

というドストエフスキーの言葉を引用しつつ、彼はいう。

そんな状況でもなお、人間として踏みとどまり、己の尊厳を守り通した人が少ないながらにしても存在したのだ、と。

そして、

およそ’生きること’そのものに意味があるのであれば、苦しみにも意味があるはずだ。

苦しみや運命、死をも含めた’生きること’を意味あるものにする。

その可能性は、自分のありようががんじがらめに制限されるなかで、どのような覚悟をするかという、まさにその一点にかかっていたのだ、と。

■現在の我々を取り巻く閉塞感は、極限度はまったく異なるものの、本書で語られる状況に近い側面が確実にあると思う。

年間3万人を超す自殺者を出す社会。

それは、我々の社会が未来に対する希望を持ちにくくなっている、その現れであろう。

■ひとそれぞれに状況はきっと異なっていて、まとめて語ることが出来るものではないのだろうけれども、ただ言えることは、

その苦境の中で生きていくために必要とされるのは、決して希望を捨てない自分自身の意志、勇気なのだ、

絶望的状況においてもなお、それを自分の人生として背負う力なのだ、

それが叶わないとしても、かくありたいと願うこころなのだ、と思う。

  
■最終章。

結局、フランクルは収容所から生還を果たすのだが、唯一の心の支えとなっていた愛する家族はみな亡くなっていた。

夢にまで見た自由を手にしたのに、運命は、’乗り越えることがきわめて困難な体験’を彼に与える。

それでも、彼は生きていく。

精神科医としての使命感で自らを奮い立たせる。

  
その気丈さに、つい泣けてしまうのである。
 

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                          <2009.09.07 記>

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■夜と霧 新版 
■ヴィクトール・E・フランクル 著 池田 香代子 訳 
みすず書房 (2002/11/6) ■なお本書は、霜山 徳爾 訳、『夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録』(1956) の再訳であり、原著の1977年新版をもとにしたものだそうです。

  

■関連記事■
■「つらさ」にも意味がある。『爆笑問題のニッポンの教養』 障害学、福島 智。
 

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2009年8月31日 (月)

■【書評】『「空気」の研究』、山本七平。決して古びることのない本質的日本人論。

「空気」を読めない、

などと言われる「空気」について深く掘り下げることで日本人の本質を浮かび上がらせることに成功した名著だと思う。

30年以上昔の本でありながら、その鋭利さは少しも錆び付きを感じさせない。

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■「空気」の研究 山本七平 著 文春文庫(1983/01)

   
■「空気」とは簡単に言えばその場の雰囲気である。

そう言ってしまえば簡単なのだけれども、山本七平氏の手に掛かるといきなり学術的な香りが漂いだす。

曰く、「臨在的把握」。

対象物そのものをそのまま把握するのではなく、そこに何か「恐れ」のようなものを感じることをいうらしい。

その根本にはアニミズム的な意識が色濃く残る日本を、一神教である西洋文明と対比させる意図があり、主題はやはり日本人論なのである。

■では何故、「空気」を取り上げるのか。

その問題意識は、戦前、戦中、戦後と状況は変われども、「空気」なるものが我々日本人の意思決定の目を曇らせている、というその点にある。

■「あの時は、そういうことをいえる「空気」では無かった」

などという発言は、あの無謀な戦争に突入しようとしていた時点でも、敗色濃厚な中でとても合理的とは考えられない作戦を遂行しようとしていた時点でも、当時の意思決定に関わった人たちの言葉として良く聞かれる文句なのである。

それを繰り返してはならない、その為の本書の研究なのだ。

■しかも問題なのは、戦後においてもその「空気」による意思決定は脈々と続いていることである。

この本が出版された昭和52年当時には「公害問題」が盛んに騒がれていたのだけれども、その論議においては排気ガスのNOxについても、イタイイタイ病のカドミウムについても、「絶対悪」の「空気」が蔓延していて純技術的・学術的な議論が出来ない状況にあったのだという。

■それは現代においても、80年代イケイケどんどんのバブル全盛時代や、この間の小泉改革の時代を考えれば、当たり前が当たり前でなくなる傾向は続いているように思える。

大正生まれの山本七平氏がいうには、幕末、明治のあたりまでは、「男子たるものその場の空気に左右されるような軽挙妄動は謹んで」みたいな思考方法があったようで、「空気」の問題は、この100年のことであるようだ。

じゃあ、この100年って何だというと、一部のエリートが無知な民草を守り導くという政治のカタチから、(一応の)民主主義体制への転換によって、一般庶民にまで情報が行き渡り「全体のムード」(即ち「空気」)が生まれやすくなった、ということだろう。

■どうも我々日本人は集団ヒステリーに罹りやすいようで、じゃあ、といって「空気」に惑わされない一部のリーダーにすべてを任せた士農工商の時代に戻れるわけもない。

では、どうするか。

というところで、山本七平氏は「水を差す」というアイデアを挙げる。

呑んでいる席でみんなで夢のような話で盛り上がっているところに、「でも先立つものが無いぜ」、と「水を差し」て現実に引き戻す、それである。

■けれどもそれも結局は「まあまあ、ここはそれとして」ということで、うやむやになってしまうのだ。

どうもそこが日本人と一神教の欧米人の違うところであるらしい。

そのあたりが、旧約聖書の世界に深く分け入った山本七平氏の真骨頂であるようで、その分析が非常に面白い。

■本書で「空気」への対抗手段が示されるか、というとそういうわけではない。

あるのはあくまでも分析であって答えではない。

その答えを導き出すのは我々への宿題というわけである。

自分のなかでは、「個人主義」とか、「自由」という方向にその答えがあるように思えるのだが、そういう西洋的な価値観が本当に「幸せ」につながるのかという疑問も大いにあって、ぐるぐると堂々巡りをしてしまうのである。

■2009年8月30日、今回の衆議院議員選挙での民主党の圧倒的勝利によって戦後初の本格的な政権交代がおこなわれることになった。

これもまたひとつの「熱狂」であって、その「空気」にまた取り込まれてしまうのではないか、という一抹の不安を感じる。

その一方で、何となくではなるものの、冷静な風がそこに流れているような気もする。

それは「空気に流されるのを潔しとしない」冷静さを我々一人ひとりが持つことであり、それが新しい日本流の「個人主義」につながっていくのじゃあないか、と思うのである。

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                         <2009.08.31 記>
   

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■「空気」の研究 山本七平 著 文春文庫(1983/01)
   
    

■関連記事■
■【書評】『悩む力』 姜 尚中。悩み抜いた果てにたどり着くであろう他者とのつながり。
 

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2009年8月25日 (火)

■【映画評】『エンゼル・ハート』。「驚愕のラスト」の元祖なのだ。

好きなサスペンス映画って言われるとコレだなあ。

という一本です。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.31  『エンゼル・ハート
           原題: Angel Heart
          監督: アラン・パーカー 公開:1987年5月 米国
      出演:  ミッキー・ローク ロバート・デ・ニーロ 他

     Dvd

■ストーリー■
1955年のブルックリン、私立探偵ハリー(ミッキー・ローク)は、ある日謎の紳士サイファー(ロバート・デ・ニーロ)から、失踪した歌手ジョニーを探してくれとの依頼を受ける。しかし、その調査の過程で次々と殺人事件が起きていき…。 (Amazonの解説より抜粋)

■まず、役者がいい。

ミッキー・ロークの私立探偵の雰囲気。

失踪した謎の男を追ううちにどんどんと深みにはまっていくハードボイルドな展開に、ミッキーロークのチョイ悪具合がピタリときている。

一方、謎の依頼者のロバート・デ・ニーロもいつにも増してはまっている。

ラストの方の薄ら笑いを浮かべた表情なんて、もう最高。

■もちろんストーリーも見事。

ニューヨークのハーレムでの前半部分のハードボイルドから後半のルイジアナでのオカルトチックな世界への転調がいい。

あれあれ、という間にドンドンひきずり込まれていく感じ。

途中に差し挟まれる暗示的なシーンのカットと編集のテンポがいいんだろうな。

決して後味のいい作品ではないのだけれど、ええっ?!ってのが好きな人にはお薦め出来る作品です。
 

■【DVD】 エンゼル・ハート

   

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                           <2009.08.25 記>

■STAFF■
監督・脚本: アラン・パーカー(『ミッドナイト・エクスプレス』、『ミシシッピー・バーニング』)
製作: マリオ・カサール
原作: ウィリアム・ヒョーツバーグ 『堕ちる天使』
音楽: トレヴァー・ジョーンズ
撮影: マイケル・セレシン
編集: ジェリー・ハンブリング


■CAST■
ハリー・エンゼル : ミッキー・ローク (あ、『レスラー』見なきゃね。)
ルイ・サイファー : ロバート・デニーロ
エピファニー   : リサ・ボネット
マーガレット・クルーズマーク  : シャーロット・ランプリング

    
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2009年8月22日 (土)

■【書評】『しのびよる破局 ― 生体の悲鳴が聞こえるか』、辺見庸。人間の尊厳の恢復は我々一人ひとりの中に。

人間とはいったいなにか。

人間とはいったいどうあるべきなのか。

著者の切々たる想いが込められた本である。

Photo_3
■しのびよる破局―生体の悲鳴が聞こえるか
辺見 庸 著 大月書店 (2009/04)
※2009年2月1日に放映されたNHK・ETV特集「作家・辺見庸 しのびよる破局のなかで」を基に再構成、大幅補充をしたもの。

■今、我々は複合的な破局に対峙している。

世界同時多発テロ、地球温暖化による気象災害、世界金融恐慌、格差の拡大、新型インフルエンザの流行。

それは決して単独であるものではなく、人間が人間らしさを喪失した、それがすべてをつなぐ伏流水として流れているのだと辺見庸は読む。

■キーワードは’マチエール(身体で実際に感じる質感)’と’慣れ’である。

テロにしても、異常気象にしても、格差の拡大にしても、身体で感じ取ることができない。テレビの、或いはパソコンの画面の中でしか接することができないが故に常に空虚であり、実感がない。

毎年3万人以上が自殺し、その何倍もの数の自殺未遂者がいる異常事態に対して何も感じることができない。

そして、そういった破局の中にあって、すべてのことがらに慣れてしまい、日常の中に消えていってしまう。

それは秋葉原事件を起こした青年の、パソコンや携帯を通してしか世界とつながることが出来なかった空虚さと同質のものなのである。

■その背景には、行き過ぎた資本主義、合理主義、グローバリゼーションが、ある。

「多様化な生き方を可能にする」という名目で改正された派遣労働法がいい例である。

口先ではかっこいいことをいいつつも、結局は人間を景気動向に対する調節弁としてしまった。そうでなければ企業はグローバルな過当競争を生き抜くことが出来ない、企業がつぶれてしまっては元も子もないでしょうと開き直る。

当時、人材を大切にする日本的経営を維持していくとカッコよく唱えた某巨大自動車メーカーが秋葉原事件と無関係ではなかったことの、この皮肉。

■100年に一度の大恐慌といいながら、あれから一年も経たぬうちに景気も底を打ったなどと浮かれた記事を目にしたりする。

もしかすると景気の回復は本当に近いのかもしれない。

けれど辺見さんはいう。

 
 本当に取りもどさなければならないのは、経済の繁栄ではないのではないのかとぼくはおもうのです。人間的な諸価値、いろいろな価値の問いなおしが必要なのではないか。でなければ、絶対悪のパンデミックは、いったん終息してもまたかならずやってくるだろう。もっとひどいかたちでくるかもしれない。(P74)
 

と、同時に

 
 誠実とか愛とか尊厳ということばを、商品世界のコマーシャルのみたいな次元に全部うばわれている、つまり悪は悪の顔をしていないというときに、やっぱり本来のマチエール、愛にせよ誠実にせよ人間の尊厳にせよ、言語の実質、実感というものを取りもどすことだとおもいます。(P117)
  

と語る。

まったく同感である。

そんな中で、

 
「私はかつておまえだった。おまえはやがて私になるだろう。」
 

という警句が、ひときわ響くのである。

 

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                          <2009.08.22 記>

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■しのびよる破局―生体の悲鳴が聞こえるか
辺見 庸 著 大月書店 (2009/04)

   

Photo_4
■もの食う人びと
辺見 庸 著 角川文庫  (1997/06)

    

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2009年8月 9日 (日)

■【書評】『図解雑学 ゲーム理論』渡辺隆裕 著。他者とのやりとりで迷ったときに選択すべき道はどれか。

数学っぽくて、どうもとっつきにくいと思っていたゲーム理論なのだけれども、意外にあっさり読めました。

Photo
■ゲーム理論 (図解雑学) 
渡辺 隆裕 著 ナツメ社 (2004/08)

■何故とっつきやすいか、というと数式がほとんど載っていないから(笑)。

よって実際に高等なゲーム理論を駆使して複雑な交渉事にかかわる問題解決を図ろう、という高級な人には会わないだろう。

けれど、ゲーム理論って何じゃらほい、という私のような初心者にはとてもいい本だと思う。

■と、いっても内容は実践的。

他者とのやりとりで迷ったときに選択すべき道はどれか、というときに相手の行動を読みながら最適解(ナッシュ均衡)を導き出す「利得行列」だとか「ゲームの木」だとかの基本ツールの使い方がジックリ丁寧に語られている。

特に図とか表が駆使されていて、それがとても分かりやすい。

■何だか判ったような気になってしまったが、じゃあ、迷ったときの解決ツールとしてすぐ使えるか、というとあまり自信は無い。

けれど、答えを出すところまで行かなくても、仕事上の意思決定や日々の悩み事について、その構造を把握するにはいいツールだと思う。

■また「モラルハザード」だとか「インセンティブ」とか新聞とかでよく目にする用語も知ってるつもりでいたのだけれど、まったく分かっていなかったことに赤面の至り。

やっぱり言葉の定義はあやふやのままではいけない。

勉強、勉強。

なのである。

 

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                        <2009.08.09 記>

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渡辺 隆裕 著 ナツメ社 (2004/08)
   

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2009年8月 1日 (土)

■【書評】『フランケンシュタイン』、メアリ・シェリー著。それでも生きていく理由。

フランケンシュタインの原作が面白いと聞いて読んでみた。

2
■フランケンシュタイン
メアリ・シェリー 著 創元推理文庫 (1984/01)

■主人公は若き天才科学者ヴィクター・フランケンシュタイン。

生命の根源とは何か、という問いの果てに生命そのものを作り出すことに熱中し、ついには’それ’を完成させる。

だが、彼は無責任にも己の所業に恐れおののき、生命が吹き込まれた’それ’を放置して逃げ出してしまう。

さて、研究室でひとり目覚めたその’怪物’は一体どういう運命をたどり、ヴィクター・フランケンシュタインの人生にどう関わっていくのか、

というお話。

■メアリ・シェリーがこの本を発表したのが1818年。

チャールズ・ダーウィンの「種の起源」が刊行される40年以上も前の話であって、人間は神の創り賜いしもの、という世の中である。

そういう中で、’人間らしきもの’を人間が作り上げてしまうという話は極めてショッキングであったに違いない。

しかしながら、この作品はそういうショッキングな面を強調した単なるホラーではなく、人は何故生きるのか、というテーマを深く掘り下げた作品なのである。

■作品の中盤、’怪物’がヴィクターに語りかける。

目覚めてから自然を理解し、人間を観察し、言葉を覚え、人間らしい思考を手に入れた。

けれどそれが悲劇であって、そこには、その醜悪な外見ゆえに人間と認めてもらうことができない圧倒的な悲しみと絶望があったのだ。

■何故、こんな私を作ったのか?

それが’怪物’の創り主に対する鋭い抗議である。

それは何もフランケンシュタインの怪物だけの苦悩ではなく、その問いを

  私は何故、生まれてきたのか、 

  私は何故、生きていくのか、

と読み替えたとき、

まさにそれは我々の苦悩そのものなのである。

     

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                          <2009.08.01 記>

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メアリ・シェリー 著 創元推理文庫 (1984/01)
 

 

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2009年7月26日 (日)

■【書評】『ワンダフル・ライフ ―バージェス頁岩と生物進化の物語』、S・J・グールド著。生命樹の影に広がる展開されなかった未来たち。

5億4000万年前、カンブリア大爆発と呼ばれる生物進化上の大事件があった。

地質学上の極めて短い間に動物の形態の多様化が一気に進行し、現在の動物の取る形態の基本構造(門レベル)がこの時点ですべて生まれていた、というのだ。

一体、そこにどんな世界が広がっていたのか、そしてそれは進化を考える上で一体何を指し示してくれるのか。

リチャード・ドーキンスと並ぶ進化学の横綱、スティーヴン・ジェイ・グールドの科学に対する哲学が真っ直ぐ伝わる良書である。

Photo
■ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
スティーヴン・ジェイ グールド 著  ハヤカワ文庫NF (2000/03)

■始まりは1909年、カナデイアン・ロッキーで見つかった5億年前の奇妙な化石群。

表紙に載っている5つ目のオパビニアにしろ、歩くイモムシみたいなハルキゲニアにしても、ともかく奇天烈なのである。

そんな奇妙奇天烈生物の化石が発見され、どう分類、解釈されていったかが、豊富な具体的図版とともに丹念にたどられていく。

なんだか探偵になった気分だ。

■600ページの大作のうち8割はその紹介にあてられているのだけれども、そこでまったく飽きさせない。

それは科学的に極めてエキサイティングであって、グールドが本書の目的のひとつとして挙げた「カンブリア紀の爆発的進化」の面白さを世に伝えるということは見事に成功しているようである。

■実際、初めてこの本を読んだときにはそこの部分にばかり気がいってしまったのだが、今回改めて拾い読みをしてみると残りの2割の部分にぐいぐいと引き寄せられてしまった。

それが、グールドの挙げた本書の2つ目の目的、進化史に対する誤解を解くこと、なのである。

■その誤解とは、進化した姿というのは「あるべき合理的カタチ」というものがあって、そこに向かって徐々に進化していく、というもので、進化の系統図は単純なものから複雑なものへと末広がりに拡がっていくという歴史観である。

それに対してグールドは、正面から反論する。

■先の進化史観では、歴史が何度繰り返そうとも同じところへ安定的に収斂していく、必ず我々人類が生まれてくるのが道理である。と、とらえる。

しかし本当にそうだろうか。

グールドは思考実験として歴史のテープを巻き戻して、ある地点から再度再生させるというイメージを提示する。

そこから果たしてふたたび同じ物語が展開するのか。

■否、とグールドはいう。

ちょっとした違いが未来の大きな違いとなって現れる。

カンブリア紀の大実験で幾多の生命のカタチがうまれたそのうちのどれが生き残るのかは必然ではなくて多分に偶然の要素に左右される。

結果、まったく違う形態の種族が生き残ってもおかしくは無かった。

■運があるのものは生き残り、運の無いものは死に絶える。

生き残ったものの影には「悲運多数死」とグールドが呼ぶ、展開されなかった未来が埋もれているのだ。

脊索動物は運良くカンブリア紀の大実験を生き残り、哺乳類は運良く白亜紀大絶滅後の繁栄を手にし、ホモ・サピエンスは運良く氷河期の気候変動を乗り切ってその数を増やした。

今、ここに我々があるのは大いなる幸運の積み重ねによるのである。

■つい、我々はそこに必然を見てしまう。

現在を基点として歴史を遡るならば、その運・不運にはいくらでも理由をつけることが出来る。

科学は、何故?と問う。

何故ならば、と歴史をたどり、そこに意味を植えていく作業である。

現在に向かって展開してきた道を補強する作業である。

結果、過去に育ちかけて悲運にも絶滅していった可能性たちの影はきれいに消し去られ、ただひとつの末広がりの生命樹が確定される。

■グールドのように、それが間違っているとまでは思わない。

ある現象を見る見方の問題なのだから。

けれども、「科学」が常にこれが正しいというとき、特にそれが複雑な物事(複雑系)の展開について語られたとき、そこに「運・不運」の入り込む余地が十分にあるのだということを忘れてはならない。

そのとき結果は常に一つとは限らないのだ。

■思えば、我々の人生もまた運・不運を背景とした選択の繰り返しであって、ここまで生きてきた中でありえた未来を背負って生きているのである。

今の自分を支えているのは選択してきた過去たちだけではなく、選択しなかった過去とそこから拡がっていたであろう未来をも含むものだと思う。

そういう意味でグールドの考え方はとても人間的な魅力に溢れている。

それ故にわれわれの心に染み渡るのだ。
  

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                          <2009.07.26 記>

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■ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
スティーヴン・ジェイ グールド 著  ハヤカワ文庫NF (2000/03)
  

Photo_2
■眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
アンドリュー・パーカー 著 草思社 (2006/2/23)
■カンブリア紀の爆発的多様化の理由を「眼の進化」によるのもではないか、という興味深い仮説が語られる。
しっかりとした像を結ぶレンズと網膜をもった「眼」が生まれることによって、それまで生存上の意味を持たなかった「形状」や「色」の重要度が革命的に増大し、一気に多様化が進んだ、とする説である。
まさに眼からウロコの説であり、同時に「眼」の構造について理解が深まる知的面白さに富んだ一冊である。
  

■関連記事■
■【書評】『自己組織化と進化の論理』 S・カウフマン。今、生きていることは偶然ではないのだ。

     

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2009年7月19日 (日)

■【書評】『 シュルレアリスムとは何か 』 巌谷 国士 著/『 魔術的芸術 』 アンドレ・ブルトン 著。

シュール、という言葉をよく使っていたのだけれども、どうやらその使い方も意味も大きく勘違いしていたようなのである。

Photo
■ シュルレアリスムとは何か
巌谷 国士 著 ちくま学芸文庫 (2002/03)

■本書は、巌谷 国士氏による講義録である。

一回目はシュルレアリスムについて語り、二回目にメルヘン、三回目にユートピアについて語ることで、一回目の講義を外側から補強する内容だ。

講義録であるから当然口語体で記されていてとても判りやすい。

シュルレアリスムという難敵に対してはとても心強い形態だ。

■講義はまずシュルレアリスムという言葉の定義から始まる。

ここがとても重要で、逆にここさえ乗り越えられれば何となくではあるが、シュルレアリスムとは何ぞや、ということが見えてくる。

■一般に「シュールだね」、とやるときにはその対象は「現実離れした」モノや行動を指し示すものだが、ここからして180度間違いだ、という。

そうではなくて、語源のフランス語のシュルレエル(超現実)のシュルとは強度な、という意味を含んでいて、シュルレエルは「強度の現実」、「現実以上の現実」、「猛烈な現実」といったようなニュアンスなのだ。

■つまり、超・現実といったときの’超’とは異なるもの、離れたものではなくて、同じ軸線上で’超越’した、という意味なのである。

だから本来なら「シュールだね」と言うときのその対象は、言い方はともかくとして、現実に足がかりをのこした存在でなければならず、完全に別の世界に遊んでしまっているものは、もはやシュール(シュルレアリスム)ではない、ということになる。

1914
■ジョルジョ・デ・キリコ 「街の神秘と憂鬱」(1914年)

■じゃあ、現実を超越するってどういうことじゃい、というと、現実の生活では見えない現実、その現実の隙間から、「あれっ?」と、ふっと覗けて見える不可思議なもの、それを引きずり出し、拡大して見せることであり、何か「門」のような厳然とした境界があって、そこを越えたところにあるものじゃない、ということである。

で、そのアプローチには2つの方法がある。

一つは自動記述(自動書記)であり、一つはデペイズマンである。

■シュルレアリスム運動を創始した詩人アンドレ・ブルトンが用いたのが自動記述であり、朦朧とした状態で意識せずにペンを走らせて生まれる文章である。

というが、その文章を良く知らないので何ともいえない。

これを絵画に展開したのがジョアン・ミロ。

192324
■ジョアン・ミロカタルーニャの風景1923-24年

ブルトンがこれぞシュルレアリスムと認めたらしいから、このイメージで捉えられるものがオートマティズムなんだろう。

特別な意図を持たずに描いてごらん

  機械的に描きなぐってごらん

 紙の上には ほとんどいつも

 いくつかの顔が現れる

         ― アンリ・ミショー 1963

Photo_7
■アンリ・ミショー 墨 1961年頃.jpg

  
■一方で、意外なところに意外なものを組み合わせて、その狭間から超現実を引き出す手法がデペイズマンだ。

1959
■ルネ・マグリット ピレネーの城 1959年

Photo_8
■マルセル・デュシャン、泉  1917

■展覧会の会場に便器をそのままボンと置いたマルセル・デュシャンの「泉」が小気味いい。

作品の中で完結せずに、鑑賞する者とじかに便器を対峙させる。

1917年当時の現場ではダイレクトでヴィヴィッドな’デペイズマン’が生まれたに違いない。

■シュルレアリスムの定義からすると、その手法は問わないに違いないのだけれども、20世紀の100年をかけて自動記述とデペイズマンという概念が生き残ってきたのにはそれなりの背景があるはずで、教科書的だ!!と単純に切り捨てるのは浅はかというものだろう。

理論は理論として理解しておくに越したことは無い。

多分、今回理解できたことはその理論の薄っすらとした影のようなものだと思うのだが、それを念頭においておくだけで、実はいろいろなところに潜んでいるシュルレアリスティックな事物に反応し、強化されていくのかもしれないし、そう期待したいところである。

■なお、第2講のメルヘンと第3講のユートピアについても、我々が常識として理解しているところをひっくり返して再定義する手法は同じでとても面白い。

特に、メルヘンの講義は、自我との関係を語った部分があって、非常にスリリングで強く惹きつけられる内容になっている。

      

Photo_2
■ 魔術的芸術
アンドレ ブルトン 著  巌谷 国士 訳
河出書房新社 普及版 (2002/06)

■で、ついでと言っては何なのだけれども、アンドレ・ブルトンの幻の書、魔術的芸術である。

何故、幻の書なのかというと、1957年出版の原書は限定3,500部という希少さで、カルト本の名を欲しい侭にした本なのだ。

中身は決してシュルレアリスムだけに偏った本というわけではなくて、美術評論家としてのブルトンが「魔術」という切り口で古代の壁画から現代の絵画に至るまでの美術を語りつくす、という趣向の贅沢な本なのである。

■と、いっても一度通読しただけで、全然消化できていない。

今回、消化しなおそうとは思ったのだけれども、先の「シュルレアリスムとは何か」で力尽きた(笑)。

まあ、無理は止めておこう。

豊富な図版はパラパラとめくるだけでそれなりに愉しめるし、本棚に飾ってあるだけで満足だ。

スノッブ?

いいじゃん、いいじゃん、なのである。

  

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                          <2009.07.19 記>

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■ シュルレアリスムとは何か
巌谷 国士 著 ちくま学芸文庫 (2002/03)

■ 魔術的芸術
アンドレ ブルトン 著 巌谷 国士 訳
河出書房新社; 普及版 (2002/06)
   

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2009年7月18日 (土)

■「うまい!」はどこにある。『爆笑問題のニッポンの教養』 人工舌、都甲潔。

今回のテーマは、人工舌。

Photo_4
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE079:「味のある話」 2009.7.14放送
九州大学システム情報科学研究院 研究院長 教授 都甲潔(とこうきよし)。

■味覚センサーなんてものはフツウにあるのかと思ったらそんなことは無くて、都甲先生が世界で始めて開発したものなのだそうだ。

計測は科学の基本であり、味覚の世界には今まで科学は無かったということである。

だからといって、科学につんのめった話かと思えばさにあらず。

■今回、見ていて面白かったのは、牛乳に細切れのたくあんを混ぜたコーンスープや’みかん’が乗ったいくらの軍艦巻きを食べてみろ、といわれて全然うまそうじゃない爆笑問題の複雑な二人の表情だ。

Photo_6
■まずい!

■味覚センサーでの計測ではほとんど一致するのに食べてみると違ってしまう。

なんだ、違うんジャン。

というところなのだが、それを実感させるのが都甲先生の狙いなのだ。

■粘菌は「甘い」に近づき、「苦い」を避ける。

それは「甘い」=栄養、「苦い」=毒を区別して行動しているということである。しかも単細胞生物が!

粘菌が「うまい!」と身を震わせているかどうかは判らないが、生き死にの問題として、味に対して非常に素直に反応する、ということだ。

■それに比べて人間は味覚だけで味わうということはない。

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に認知を加えたすべての感覚を総動員して「うまい!」を判断する。

栄養と毒を見分けるという生物としての本来の役割りを意識の下に追いやられ、味覚は、’うまい!’という娯楽を構成するひとつの要素に成り下がってしまったのだ。

■都甲先生は、自分の舌を信じよ、

というが、なかなかこれが難しい。

何故か?

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、認知によって構成される「うまい/まずい」自体が脳内に生じた幻であり、実体を伴わないものだからである。

般若心経の世界。

つまり、その大脳新皮質に仕組まれた罠をかいくぐるには、色即是空の「悟り」を開かねばならんということだ。

人生の半ばを過ぎてしまったが、まだまだそんなに枯れてはいないし、もう少し愉しみたい。

だから「うまい!」についても成るがままでいきたいと思うのである。 
  

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■ 感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか
都甲 潔 著 中公新書(2004/11)

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2009年7月12日 (日)

■裁判員制度は誰の権利を守るものなのか。『爆笑問題のニッポンの教養』 刑事訴訟法、後藤昭。

今回のテーマは、刑事訴訟法。

File078
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE078:「やっぱり、みんな有罪ですか?」 2009. 7. 7放送
一橋大学大学院法学研究科教授 刑事訴訟法 後藤昭。

■太田は是非とも裁判員制度に参加したいといい、田中は出来れば避けて通りたいという。

お前はどちらかといえば明らかに田中の方で、一般的日本人の大方の意見もそうだろう。

太田にいわせれば無責任、傍観者。

なるほど確かにそうかもしれない。

■これも一つの日本人論なんだと思う。

お上に対して文句はいうけど、お上に直接それをぶつけるでもなく、結局は上意に従って、またそれの文句を垂れるの繰り返し。

その柳腰もひとつの賢い生き方だ、というのもありだし、だから無理やりそれを変える必要もないのかもしれない。

けれども、明治、大正、そして戦後において’権利’というやつが日本の中に根付いていって、それはそれでいいのだけれど、その権利とセットであるはずの’責任’が欠けているのが問題で、モンスター・ペアレントにしても、不祥事を起こしてアタマを下げる経営者にしても、根っこにはその問題があるように思えるのだ。

■小学生の頃に先生から

 
’義務’と’責任’の違いを答えなさい、
 

なんて言われたことがあるけれども、その答えは未だにわからない。

世の中には理屈抜きにやらねばならないことがあって、’義務’とはそういうことだと理解しているが、’責任’、というやつについてはどうにもスカッといかないのである。

■もしかすると、分かっているつもりの’義務’についても、お上ごもっとも、世間様に顔向けできない、の文化のなかで定着しただけで、一皮向けばこれもよく分からないものなのかもしれない。

し、だからこそ、’責任’についてもよく分からないのかもしれない。

逆に言えば、’責任’が分かることで、’義務’の再定義も可能になってくるのだろう。

そこでキーワードになってくるのはやはり’権利’であり、それと’責任’との関係にポイントがあるに違いない。

■そこで裁判員制度である。

これは国民の義務なのか、責任なのか。

日本人の多くはこれを’義務’と捉えているのではなかろうか。

いや、言葉上は’責任’だ、と答えるのであるが、心情として「心ならずも課された’義務’」と捉えているのではないか、ということである。

■もし、ここに’権利’という概念があれば、少し雲行きが変わってくるのではなかろうか。

では、ここでいう権利とは何か。

刑事裁判に関していうならば、公正に裁かれる権利、であろう。

事実に基づいて有罪・無罪を判定され、イイカゲンな証拠では有罪とされない権利(無罪推定)。

そして、有罪であったとしても、法外な刑を受けることのない権利。

そういう被告人の権利である。

■今まで日本人は、その権利を守ることをお上に任せてきた。

その上で、犯罪者の人権ばかりを重視して遺族の人権を軽視しているとかの意見を垂れ流してきたわけである。自分自身がそうであるように。

ところが、

起訴される事件の99.9%は有罪判決。

なんていわれてビックリ仰天するわけだ。

いや、数字のマジックに踊らされることを嫌ったとしても、検事、弁護士、裁判官の閉じたコミュニティのなかで、一般の常識との乖離が生まれ、それも被告人に不利な方向にハタラくという後藤先生の話には説得力がある。

■しかも、この番組のHP上でのコメントにあるように、「素人の方が有罪にしやすくて、プロの方が無罪にしやすいと思ってた」という太田の話に後藤先生自身が驚いた、というのだからこっちも驚く。

中立な立場であるはずの研究者であっても、’法律家コミュニティ内の常識’による偏りがあるということで、じゃあ裁判官はどれほど一般人と乖離した感覚を有しているか、ということである。

■その閉じたコミュニティに我々は自分自身の’権利’を委ねてきたのである。

それは、自分が被告になったときに守られるべき’権利’である。

自分が被害者になることを想像しても、なかなか自分が被告になる想像力は我々にはないが、松本サリン事件の例を引くまでもなく、冤罪としてそこに引き込まれそうになる可能性は決してゼロではないのだ。

その時になってはじめて青くなる。

そして世間は被告の権利には知らん振り。

■今回の番組を見て、いろいろ考えるまでは、裁判員制度は「被告を裁く権利」なのだと勘違いをしていた。

太田の言葉を聞いていても、そういうニュアンスが感じ取れて、決して特殊な感覚ではないのじゃないか、と思う。

そして、その大きな勘違いにこそ、裁判員制度の捉え方を難しくしている本質があるように思えてくるのだ。

■裁判員制度が守る権利は、法によって侵されるかもしれない被告の人権である。

その上で、被害者の人権をも考慮しながら適正な裁きを規定する、ということである。

我々が裁判員制度で負うべき責任は被告の人権を守ることであり、それは誰のためでもなく、自分自身が法に裁かれる立場になったときに守られるべき権利なのだ。

一般的な解釈は別として、それがこの論の結論である。

■義務と責任の話は難しくてまだよく分からないところもあるが、責任というものが自分自身の権利とセットであることは間違い無さそうに思う。

やはり分からないことは具体的な話で考えるに限る。

モンスター・ペアレンツにしても、不祥事を隠してしまう企業にしても、守られるべきは誰のどのような権利なのかを考えることで本質的なものが見えてくるということなのかもしれない。

また、改めて考えてみたいと思う。

    

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Photo新版 わたしたちと裁判
後藤 昭 著  岩波ジュニア新書 (2006/10)

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それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD]
監督: 周防正行 出演: 加瀬亮 瀬戸朝香 山本耕史 もたいまさこ 役所広司
■この映画が気になってしまった。

  
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監督: 中原俊 出演: 塩見三省, 豊川悦司

  
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■本家のこっちは見てないんだよな・・・。

  

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2009年7月11日 (土)

■日曜劇場 ドラマ 『官僚たちの夏』 今、高度成長期を再演することの意味。

拡大版というのを忘れてオシリの20分が切れてしまったのは残念だったが、それでも濃密で十分楽しめた第一話であった。

Photo

■1955年頃までの戦後復興期を越え、高度経済成長を迎えようとする時代。

それからの驚異的成長は当時の現在形では到底想像もできず、それでも戦勝国アメリカに経済力、豊かさでなんとか追いつこうと苦闘した官僚たちの物語である。

■第一話は、自動車を基幹産業として立ち上げようと試みる、国民車構想の話。

町工場のオヤジと若い連中がその夢見たいな構想を意気に感じて捩じりハチマキ、時速100km/hが出せて10万キロ走っても壊れない車を苦戦のすえに作り上げるあたり、やっぱりモノづくりの話は面白い。

実際に画面に出てきたのはトヨタ パブリカと思われ、作ったのは町工場でもなんでもないのだけれども、まだ当時は零細自動車企業がいろいろあったようで、このドラマのような場面も場合によってはあったかもしれない。(たぶん無かったんだろうけど。)

■それはそれとして、『官僚たちの夏』を何故、今、企画するのかという意味である。

今の日本の置かれている状況を2度目の焼け野原と言った人がいる。

逆に言えばここからが面白いということだ。

■そういったときに思いを50年後に飛ばすならば、今が、新たな’戦後復興’、新たな’高度経済成長’の基点になることを夢見ることは可能だろう。

それは決して同じことの繰り返しではないし、アメリカというお手本があるわけでもない。

その意味で、かつての高度経済成長期の官僚たちよりももっと強靭で夢のあるヴィジョンが必要とされるだろう。

■複雑系的に考えるならば、たぶん、それは誰がいうともなく生まれてくるモノに違いない。

問題なのは、自然発生的に生まれてきたその芽に気付き、育てる人の存在なのだと思う。

これからの10年。

東京オリンピックもあるかもしれないし、新しい東京タワーも立つわけで状況は万全。

楽観的に眺めてみようじゃないか。

(↑って、なんで参加意識がないの?、(笑))
   

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【原作】官僚たちの夏 (新潮文庫)
城山三郎 著 新潮文庫 (1980/11)

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■STAFF■
原作 : 『官僚たちの夏』 城山三郎著 (新潮文庫刊)
脚本 : 橋本裕志
演出 : 平野俊一 大岡進 松田礼人
 
主題歌 : コブクロ『STAY』
音楽 : 佐橋俊彦
 
制作統括 : 貴島誠一郎
プロデューサー : 伊佐野英樹 真木 明
製作著作 : TBS 
 
  
■CAST■
風越信吾 : 佐藤浩市
庭野貴久 : 堺雅人
鮎川光太郎 : 高橋克実
西丸賢治 : 佐野史郎
丸尾要 : 西村雅彦
牧順三 : 杉本哲太
山本真 : 吹石一恵
御影大樹 : 田中圭
風越道子 : 床嶋佳子
風越貴子 : 村川絵梨
 
片山泰介 : 高橋克典
玉木博文 : 船越英一郎
池内信人 : 北大路欣也
 
<第1話ゲスト出演>
朝原太一 : 蟹江敬三
朝原弥生 : 市毛良枝
日向毅 : 加藤虎ノ介

 

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■過去記事■
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■日曜劇場 官僚たちの夏 番組HP

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’まぁ、お茶でも’ さんの「《官僚たちの夏》#01」
 

リンク: 佐藤浩市 ドラマ好調!.

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2009年7月10日 (金)

■neoteny japan ネオテニー・ジャパン ―高橋コレクション。クール・ジャパンの本質は、ポップな甘さの奥にある生々しい思想とそれを支える超絶技巧にあるのだ。

根津から上野まで歩いた。

目的は、上野の森美術館で7/15まで開催しているネオテニー・ジャパン。

またしても、終了間際の駆け込みなのである。

Photo_3
■neoteny japan ネオテニー・ジャパン ―高橋コレクション
 @上野の森美術館 2009/05/20(水) ― 07/15(水)
※ネオテニー:幼形成熟、ウーパールーパーみたいなもの。幼さと成熟を併せ持つ現代日本のサブカルチャーを上手く言いあらわしている。
 

■”世界が注目するニッポン現代アートの基礎知識!”

と、銘打たれたこの展示は、高橋龍太郎さんという精神科医の方の個人的なコレクション、33名の作家の作品から選りすぐられた80点。

確かに、さらりと通り過ぎさせてくれる作品はほとんど無く、どこか、うーむと引っかかる曲者ぞろいだ。

■数点に絞って感じたことを記してみたい。

Photo
■鴻池朋子 惑星はしばらく雪に覆われる 2006
Photo_2
■鴻池朋子 knifer life(部分)  2000-2001

■黒い垂れ幕で仕切られた会場に入るといきなり目に飛び込んできたのがキラキラと輝く6本足のオオカミ。

最初からドーンと来ました。やられました。

続いて長さ5メートルくらいありそうな大作、knifer life。

これもすごい。

■6本足のオオカミと小さなナイフの群れが少女の上半身に群がり、覆い隠す。

すさまじいエネルギーである。

少女の足だけが見えるという演出がとても効果的だ。

二足歩行の足。

それさえ見えれば観る者の想像力は隠された部分と、そこにある魂を補完してくれるのだ。

その時に生まれる感情は、むしろ全身が見えてしまうよりも圧倒的に強いインパクトを与えてくれる。
  

Photo_4
■名和晃平 PixCell-Gazelle#2 2006

■単なるビー玉細工かと思いきや、透明な玉に覆われたその下に、本物の鹿の剥製が埋まっている。

それに気が付いたときのギョッとする感覚がいい。

■ポップな見かけをまといつつ、その下に激しくリアルなものがある。

そこには現代ニッポンのサブカルチャーの本質が象徴的に現れているのかもしれない。
 

Photo_5
■池田学 領域 2004

■これである。

本日一番のお気に入り。

この絵に出会えただけでも来た甲斐がある。

■大きく揺れる波間に浮かぶ島、

と思いきや、巨大なカニ。

それが領域(テリトリー)を侵した哀れな船を巨大なハサミで引きずり込もうとしている。

■木を見て森を見ない、

なんていうけれど、この作品は逆で、超細密に描かれたペン先を丹念に追っていくうちに、その巨大な存在に気付く、という寸法だ。

その、うわぁ~、という感覚がたまらない。

そして、ため息。
  

Photo_6
■会田誠 大山椒魚 2003

■エロである。

しかもロリコンである。

クール・ジャパンだなんだといってもその根底に実は、公衆の面前にさらされることには耐えかねぬ、この二つの禁断が淀んでいたりするのである。

■このタブーをぶち破る挑発的態度はどうだ。

そしてそれを冷静に支える超絶技巧。

コレハ、イケナイ、

と、目を背けたくなる作品なのだけれども、その時点ですでに作家の罠にはまってしまっているようで何か悔しい。
  

Photo_7
■三宅信太郎 夢工場の逆襲への新たなる挑戦 2002

■この展覧会の締めくくりがこれ。

 
なんだこりゃ、

 
なのである。

ポップもここまでくるとなかなか追いつくのが難しい。

■バスローブの下にキャスター付きの暖房器具らしきものが見え隠れするとってもチープなルーク・スカイウォーカー。

巨大なマスクが崩壊寸前のダース・ベイダー。

快獣ブースカと間違えてしまいそうな可愛らしいC3PO。

模造紙をつないで、うま下手調で埋め尽くされた背景の作品。

■何がすごいって、この文化祭レベルの作品に金を払ってしまう高橋さんが一番すごい。

確かに楽しいんだけどね、どうしても「作品」という枠組みに囚われてしまって、つい、その素直な楽しさに違和感を覚えてしまう。

美術って、ホントは高尚なものなんかじゃなくて、つくることが楽しい、ただそれだけのものなのかもしれない。

けれど、自分のなかで強く固定されてしまった「美術」というものがあって、それを突き破るのも結構難しいものだなあ、としみじみ感じた次第である。
  

Img_3733

ひさしぶりに西郷さんに会いました。
  

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                          <2009.07.10 記>

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■ネオテニー・ジャパン──高橋コレクション
日本現代美術総覧といった感じでうまくまとまっている。

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’弐代目・青い日記帳’ さんの「ネオテニー・ジャパン」
 

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2009年7月 5日 (日)

■ああ、アメリカよ。『爆笑問題のニッポンの教養』 日米関係史、阿川尚之。

今回のテーマは、日米関係史。

File077_us_ilove_you_2
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE077: 「U.S. I LOVE YOU」 2009.6.30放送
慶應義塾大学教授
日米関係史・米国憲法史 阿川尚之。

■アメリカってなんだろう。

阿川先生の見るアメリカは、多様性に富んだ自由な国。

太田の見るアメリカは、大国の正義を押し付ける尊大な国。

きっとどちらも本当のアメリカなのであろう。

■感覚的には、太田の言うアメリカの方が理解しやすく、すっと入ってくる。

特に、ソ連崩壊後に唯一の超大国となってしまったアメリカは、自由主義の旗頭という役割を喪失し、それ故に各地の紛争に関わる大義が見えにくくなってしまった。

それまでのアメリカの覇権主義が良かったとはいえないが、大義名分を失ったアメリカに世界の批判が集中するのもやむを得ないことなのだ。

■アメリカを擁護する阿川先生は、その問題を正面から答えることを避けているように見える。

と、いうよりも、関心事が別のところにあるといった方がいいかもしれない。

巨大なバケモノと化してしまったアメリカについて語るのではなく、その本来の姿について広く理解を得ることで、それはバケモノなんかじゃない、という伝道をおこなっている、ということなのだろう。

■アメリカを批判するのは簡単なことである。

けれど、その前にアメリカという国の成り立ちを知ること、実際のアメリカ人と友人となって語り合うことが重要だ、という阿川先生の意見は非常に正しいように思える。

たぶん、それでも、アメリカという国に対する批判的精神が変わることはないのだろうが、その批判に幅が出ることは確かであろう。

やはり、知ること、というのは大切なことなのだ。

 

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Photo
■ 憲法で読むアメリカ史(上)
阿川 尚之 著 PHP新書 (2004/9/16)
         

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2009年7月 2日 (木)

■【書評】『PLUTO プルートウ』 浦沢 直樹/長崎尚志 著。大風呂敷はとりあえず置いておこうじゃないか。

プルートウ、完結。

これまで引っ張ってきた謎が明らかにされ、一気に物語がつながっていく。

Photo
■ PLUTO 8 浦沢 直樹 著 ビッグコミックス (2009/6/30)

■原作は手塚治虫の鉄腕アトム。

そのなかでも特に人気の高い「地上最大のロボット」を現代風にアレンジして物語をおおきく膨らませたのがこの作品。

浦沢 直樹と長崎尚志のアトムに対する敬意と愛情がそこここに滲む良作である。

■実際、面白かった。

ゲジヒトの失われた記憶、アトムの再生、ボラーの正体。

単行本1冊分の原作を8冊にまで膨らませたにも関わらず、スピードとサスペンスと謎が連鎖的に拡大し、飽きることが無い。

が、この最終巻で明らかになった謎を組み合わせて全体像を眺めるとき、どうもしっくりこない部分が残ってしまうのだ。

■テーマは、敵に対する憎悪とそこから引き起こされる戦争。

具体的には、9.11テロとそこから引き起こされたイラク戦争、そして現在までつながる憎悪の連鎖を下敷きにしている。

今、という時代をもっとも強く映す、キャッチーなテーマだ。

そこに、少し乗り切れない部分が出てしまったのである。

■そこのところ、手塚治虫版の原作は至ってシンプル。

 
誰が一番強いロボットか。

 
それだけなのである。

そんなことの為に戦うなんて不毛なことはやめようよ、といいつつも人質になったお茶の水博士を救うためにアトムは天馬博士の手を借りて100万馬力を手に入れる。

この矛盾。

それ故のラストシーンの侘びしさ。

その読後感がこの作品の傑作たる所以なのだと思う。

■原作と比べるのはどうかという話もあるが、「プルートウ」は話を膨らませるに当たって、テーマを具体化し過ぎたように感じる。

特に、「ペルシア国」と「トラキア合衆国」の対立の構図は作品の現代化を図る上で必須だという判断なのかもしれないが、いかにも余計である。

9.11とかイラク戦争のニオイが漂うたびに、ダリウス14世にフセインの、トラキア国大統領にブッシュのニオイを嗅ぐたびに、我々は作品世界から引き剥がされ、現実の世界へと放り出されてしまうのだ。

■余計、といえば、トラキア国のマザーコンピューター。

これが何のメタファーかは置いておくにしても、こいつが一番の悪者で、プルートウとアトムの、アラブの王様とお茶の水博士の対立における矛盾を引き受けてしまう、その安直さが許せない。

はっきりと言おう、

長崎尚志は、そこに踏み込むべきではなかった。

■それでも私がこの作品をブックオフに売っ払ってしまおうと思えないのは、ゲジヒト、ゲジヒトの奥さん、ノース2号、エプシロン、サハドといったロボットの面々それぞれの物語が強烈に私を惹きつけるからだ。

特にノース2号の物語は何度読み返してもウルウルきてしまう。

だから、この作品の楽しみ方としては、全体のテーマがどうこう、というところから大きく離れて、オムニバス的に展開するひとつひとつの物語を味わう、というのに尽きると思う。

そこだけが浦沢 直樹/長崎尚志のオリジナルであり、唯一、天才・手塚治虫を超えている部分なのである。

そして、いつだってそれこそが彼らの作品の魅力なのだ。

 

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                          <2009.07.02 記>

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■ PLUTO 8  浦沢 直樹 著 ビッグコミックス (2009/6/30)

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■鉄腕アトム (13) (「地上最大のロボットの巻」収録)
手塚 治虫 著 講談社 手塚治虫漫画全集 (233)

    

■関連記事■
■漫画一本、真剣勝負。
『プロフェショナル・仕事の流儀』漫画編集者・原作者 長崎尚志。

(2007.11.13 記)

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>
 

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2009年7月 1日 (水)

■【書評】『武装解除 ―紛争屋が見た世界―』 伊勢崎賢治 著。平和は正義を曲げてでも手に入れる価値のあるものなのだ。

日本人にもこんな人がいたのかと驚いた。

まだまだ日本人も捨てたものじゃないのである。

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■ 武装解除 -紛争屋が見た世界
伊勢崎賢治 著 講談社現代新書 (2004/12/18)

 
■著者の伊勢崎さんは東チモール、シエラレオネ、アフガニスタンといった地で活躍した紛争解決の専門家であり、現在、戦地から離れて大学の教壇に立っている人である。

こんな人に世界の現実を教授され、思考と議論の機会を与えられる学生は幸せ者である。

そして、その一部を垣間見ることができそうなところがこの本の魅力なのだ。

■紛争解決に向けた手順に、DDR(Disarmament,Demomilization,Reintegration)という活動がある。

・武装解除(各軍事勢力からの武器を回収)、

・動員解除(指揮者の解任、組織の解体)、

・社会再統合(市民生活に戻るための教育などの復員事業)

の3つの活動からなるもので、国家再建のための首長選挙・議員選挙を成功に導くには、法と秩序の回復と治安の保証が必須であり、DDRは避けて通れない重要な活動なのである。

■伊勢崎さんは東チモールでは国連から委任された県知事として平和維持軍を統制して治安の維持に当たり、シエラレオネでは国連PKOのもとDDRを統括する立場で現場を引っ張って内戦終結へと導き、その後、アフガニスタンのDDRを担当することになった日本政府の特別顧問として2004年3月までの1年間をアフガンで過ごした。

すごい人である。

こういう感心の仕方は落合信彦以来かもしれない。

■と、感心ばかりしているわけにはいかない。

上手い話ばかりではないのだ。

シエラレオネではDDRを成功させるために、自国民を大量に虐殺し、腕を切断するといった残虐な行為を繰り返してきた武装勢力に恩赦を与えざるを得なかった。

そんな身を切られるような思いをしてまでも、内戦状態を停止させ武装解除を進めることは重要なのである。

内戦の原因は貧困だ、などという人がいるが、著者はその欺瞞を批判する。

そういえば、先に読んだジャン・ジグレールの本でも貧困、飢餓の大きな要因のひとつとして内戦を上げていた。

ここでは内戦は結果ではなく原因なのである。

■こういったキレイゴトだけでは前に進んでいかない泥臭い武装解除活動を行ってきた伊勢崎さんが、本書の結びで語っている。  
 

 現在の日本国憲法の前文と第九条は、

 一句一文たりとも変えてはならない。

  
日本人は憲法に守られた受益者として、その意味を深くかみ締める義務がある、と思う。                             

                           <2009.06.30 記>

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■ 武装解除 -紛争屋が見た世界
伊勢崎賢治 著 講談社現代新書 (2004/12/18)

     

日本国憲法 前文(後半部分、抜粋)

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(1946年11月3日公布)
  
   

    
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2009年6月28日 (日)

■邯鄲の夢。『爆笑問題のニッポンの教養』 実験心理学、一川誠。

今回のテーマは、実験心理学。

File076
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE076:「『時間』という名の怪物」 2009.6.23 放送
千葉大学文学部行動科学科准教授 実験心理学、一川誠。

■比較的すんなりと話が流れた感がある。

隔離された部屋で爆笑問題のふたりが雑談をする、その時間がどれくらいかをふたりに尋ねると、太田が5分で田中が3分、実際は4分と、まあ見事に分かれたのだけれど、それを太田は退屈してたんだろうな、とか田中の方が一生懸命話してたんだろうな、と考えるのはごく普通のことなのである。

■そこで爆笑のふたりがそうだよね、と納得してしまうから「え?」という展開が無い。

まあ、こういうこともあるでしょう。

そんななかで、浦島太郎の玉手箱の話についての太宰の言葉を紹介した太田の話がおもしろかった。
 

 楽しく美しかった竜宮城の思い出は、玉手箱を開けて遠い過去のものとなって初めて完成する。

 
というのだ。

■実は、主観的時間というものは、今、この瞬間にしかないのかもしれない。

私が知っている「過去」が本当にあったことかなんて誰も検証することは出来ない。

あるのは、ただ、そういった過去の出来事が現在の意識に展開した影でしかないということだ。

■先の玉手箱の話でいえば、それは今とつながりのある竜宮城の記憶を断ち切って過去へとつなぎかえる作業であって、そうすることで「主観」から切り離された出来事として独立した相対的な「過去」が完成する、ということだろう。

・・・なんていうと、ただ文学的に味わえばいいものを、またこんなツマラナイ理屈をならべやがって、なんて野暮なヤロウなんだ、と笑われてしまうだろうか。

■だが、「時間」と「記憶」とを並べてみると、いろいろ面白いところがありそうな気もするのだ。

たいくつな時間は長く感じるが、思い出としては何も無い。

濃密な時間は早く流れるが、記憶として再生するときにはあれもこれもと膨大な量となる。

まさに邯鄲の夢。

  
じゃあ、夢なんかじゃない、

直(じか)に生きているってどういうことだろう。
  

ふと、そんなことをぼんやりと考えてみたくなった。

 

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                        <2009.06.28 記>

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Photo ■ 大人の時間はなぜ短いのか
一川 誠 著 集英社新書 (2008/9/17)

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2009年6月27日 (土)

■【書評】『世界の半分が飢えるのはなぜ?』。飢餓を取り巻く構造と、私が生きている世界の構造はつながっているのだ。

父と息子の対話というカタチを通じて、飢餓とその周辺にある問題に対して多面的な見方を示し、育ててくれる、そういう本である。

Photo_3
■ 世界の半分が飢えるのはなぜ?
―ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実

ジャン ジグレール 著、 たかお まゆみ 訳、勝俣 誠 監訳

■FAO(国連食糧農業機関)の1999年の統計によると、世界で「深刻な飢餓状態(明日、餓死してもおかしくない状態)」の人びとは3000万人。その背後に「慢性的な栄養不良」の人々が8億2800万人いるという。

世界が100人の村だったら、でいえば14人が飢えに苦しんでいるという計算になる。

■これを多い数字ととるか、ふーん、それくらいなのか、ととるかは人によって違うだろう。

それは飢餓が発生している仕組みの理不尽さについてどれくらい知っているか、そして何よりも実際の飢餓をどれくらい肌身でわかっているかによって違ってくるのだろう。

■著者のジャン・ジグレールさんは、1934年生まれのスイスの人で、現場を渡り歩く実証的な社会学者であり欧州でもっとも知られた飢餓問題の専門家だ。

起きている事実を分析し、要因を切り分けて考える論理性がしっかりしていて妙な感情論にばかり流されない。提言も極めて具体的。

その一方で飢餓の問題に横たわる構造的理不尽さ(我々は無関係ではないということだ!)に対して時折みせる剥き出しの感情があって、そこが深い共感を呼び込む。

■そういうジグレールさんの「語りかけ」を聞いているうちに、飢餓に対する意識が確実に変わっていく。

それだけではなく、紛争、市場原理主義、環境破壊といった飢餓の元凶に対してその人なりのモノの見方が生まれてくる。

■飢餓の最前線を歩んできたジグレールさん。

その真実味のある言葉を受けた息子のカリムは、それを自分の言葉に置き換えていくであろう。

その過程でカリム自身のオリジナルのモノの見方が構築されていく。

それが、この本を読み終えた私のなかで今起きていることなのである。

■この本の原著が出版されたのは1999年であって、9.11のテロも、それに続くイラク戦争も起きてはいないし、現在進行している市場原理主義を元凶とした世界同時不況の影もない。

けれども、そういった時間軸でのハンディキャップが気にならないのは、そこに語られているのが’出来事’を’構造化’し、本質に迫ったものであるからだ。

だから、古びない。

いや、むしろ、この本を読んで自分のなかで変化、生成した「世界の捉え方」、その捉え方によってその後の出来事について考えることが、ひとつのテストなのだと思う。

その意味で、若い人に是非とも読んで欲しい本である。

  

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                          <2009.06.28 記>

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■世界の半分が飢えるのはなぜ?
―ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実

ジャン ジグレール 著、 たかお まゆみ 訳、勝俣 誠 監訳
   

   
■関連記事■
■無邪気なわれわれの罪について考える。『爆笑問題のニッポンの教養』 農学、岩永勝。

        

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2009年6月25日 (木)

■「生命」とは全体の動き、そのものなのだ。『爆笑問題のニッポンの教養』 複雑系科学、池上高志。

今回のテーマは、複雑系科学。

Photo
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE075:「博士が愛した『イノチ』」 2009.6.16放送
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 
複雑系科学 教授 池上高志。

■何も刺激を加えていないのにひとりでに動き出す脂肪膜につつまれた擬細胞。

円筒の中の水をゆっくり回してやると生まれてくる不思議な模様。

パソコンの画面のなかであたかも生きているかのように振舞うドットのカタマリ。

実に面白い。

■池上先生の研究は、その「面白い」に注目する。

一般的な科学が、判っていることを積み上げて全体像を語ろうとするのに対して真逆のアプローチなのである。

とにかくやってみよう、見てみよう、

そこからものごとを考えよう、

というその姿勢は、きっと2000年前の科学者(哲学者)に近い、より純粋なものなのかもしれない。

■太田さんも(既成のものを)破壊してみては?

と水を向けられた太田は生真面目に答える。

自分が考える’飛びぬけたもの’というのは、滑走路を飛び立つ飛行機のように、既成の地道な努力の積み重ねの先にあるものだ。

時々、突飛なことをやって、基本からはずれたところから始める人たちがいて、お笑いの世界にもあるのだけれど、それは違うと思うのだ、と。

■守、破、離、

なんてことをいうけれど、泥臭く地道な「守」無くして、「破」も「離」もあったもんじゃない。

まったく太田と同感だ。

■多分、池上先生のいう「新しいことを意識的につくる」というのも、十分すぎるほどに泥臭い調査、仮説、実験のトライアンドエラーを繰り返した上での「破」であって、その土台には無意識にかもしれないが、確実に「守」があるのだと思う。

だからこそ、池上先生のつくる「突飛なもの」が面白いのであるし、科学的好奇心をくすぐるのである。

■気象にしろ、経済にしろ、よくわからない振る舞いをするもの(複雑系)を捉えるのに、地球シミュレーターのような馬鹿でかいコンピューターで予測をしよう、なんていうアプローチが主流のように思えるのだが、果たしてそれは正しいのだろうか。

結局は小さく細分化されたセルに対して既存の方程式を組み込む試行錯誤に過ぎないのではないか。(競馬の予想屋と何が違うというのだ!!)

■そういうことじゃなくて、「全体の動き」そのものに着目する。

それは今まで語られてきた「科学」では無いのかもしれないし、ただ面白いだけで、複雑系の仕組みを解き明かすまでには至らないかもしれない。

けれど、それでいいじゃないか。

面白いことに、ここに来て「科学」という活動自体がひとつの複雑系になりつつあって、それが臨界を突破してあたらしい「自律的なカタチ」を生み出すとするならば、そこには池上先生のような突飛な多様性こそが必須のものと思えるからなのである。

  

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■ カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み
スチュアート カウフマン 著 日本経済新聞社 (2002/09)
■複雑系科学の到達点と謳われる本。
一度しか読んでいないのでまだ理解度は浅いが、それでも十分に感動ものだ。
そのうち再読して記事にしたいと思っている本のひとつなのだが、いつになることやら・・・(苦笑)。
  

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■動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ
池上 高志 著 青土社 (2007/09)

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2009年6月23日 (火)

■「つらさ」にも意味がある。『爆笑問題のニッポンの教養』 障害学、福島 智。

今回のテーマは、障害学。

先生は全盲ろうの福島智さん。

File074
■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE074:「私は、ここに いる」 2009.6.9放送
東京大学先端科学技術研究センター教授 福島 智。

■スティービー・ワンダーやホーキング博士を引き合いに出し、ハンディキャップと引き換えに何かを手にしているのじゃないか、という太田の思いつきに対して、福島さんが語った
 

 選択が出来るから割と気楽に言えるんだろうけど

 そんな甘いもんじゃない、

 
という言葉が厳しく響いた。

■光もなく、音もなく。

声は出すことはできても、

それが相手に伝わったかどうか、

いや、その相手が目の前にいるのかどうかすら

わからない。

そういう’全盲ろう’の人が日本には2万人いるという。

■才能を開花させて光のなかで生きているひとはごく一握りで、

いや、その人たちを含めて

そこには’孤独’と’渇望’があるのだという。

そんな福島さんの、
 

 生きる意味はあるのか、

 
という問いにはなかなか答えられるものではない。

太田は、

楽しい時間があるから、

と答えた。

私は、

必要としてくれる人がいるから、

と思う。

たぶん太田の考え方の方が生きやすいのだろうな、

とも思う。

■けれども、そこで福島さんは「絶望」を意識する。

ナチスのユダヤ人収容所で生き延びたヴィクトール・E・フランクルの

 
 苦悩から意味が失われたとき、それは絶望になる、

 
という言葉に、自分と同じ考え方を見る。

■光も音もない肉体の牢獄のなかで、

苦悩が絶望に至らない皮一枚の差が

 
 そこに意味を見出すこと

  
なのである。

■つらさにも意味がある。

そう信じられるからこそ

生きていけるのだ。

 

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                          <2009.06.23 記>

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Photo ■ 夜と霧 新版
ヴィクトール・E・フランクル 著 みすず書房; 新版版 (2002/11/6)

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2009年6月21日 (日)

■ドラマ『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』。「現場」と「人間」は時代を超えて通用するか。

ここまで引き込まれるドラマも久しぶりである。

Photo

■演出も脚本も美術もいいんだろうけれど、飛びぬけて役者がいい。

八兵衛の相棒を演じる高橋克実も、ふたりの上司を演じる柴田恭兵も素晴らしいのだけれども、キャスティングの妙と言えなくも無い。

そのなかで圧倒的に光るのが主演の渡辺 謙だ。

平塚八兵衛の火の玉のような生き様を内側から滲み出るように演じきる。

その迫力がその他きら星のような豪華キャストの各々の演技に良い影響を与え、さらに引き上げているように思える。

■土曜日放送の前編では、帝銀事件、警備員殺人事件について語り、吉展ちゃん誘拐事件担当に引き抜かれたところで終わる。

昭和38年のここまでは戦時中の匂いがまだそこここに漂っていて、八兵衛の火の玉が生きる土壌がまだあるのだけれど、昭和43年の三億円事件あたりから時代が高度成長期へと移っていく。

1970年の万博音頭が能天気に流れる中で、時代遅れといわれてしまいそうな八兵衛のやり方が一体どういう影響を受けるのか、とても興味深い。

それは「現場」と「人間」にこだわり続けるやり方が時代を超えて通用するのか、という問いであり、決して過去の問題ではなく、今現在の問題でもあるのだ。
   

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                                                          <2009.06.21 記>

■追記■
■第2夜。

萩原聖人、よかったなあ。

取調べの時の心理戦の表情もよかったし、落ちたときの一気に噴出す感情の描写も迫力だった。

萩原聖人は久しぶりに見たのだけれど健在ですね。

あとは、病床で表彰をうける高橋克巳。

ベタだけど、つい泣けてしまった。

■ドラマの方は、ラスト近くの演出過剰は気になったけれど、吉展ちゃん誘拐事件のお話はその濃さに圧倒されました。

いやー、実に贅沢なドラマ、満足です。

                        <2009.06.22 記>

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Photo_2
■[原作] 刑事一代―平塚八兵衛の昭和事件史
佐々木 嘉信 著, 産経新聞社 編集 新潮文庫(2004/11)

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■STAFF■
監督: 石橋冠
脚本: 長坂秀佳、吉本昌弘
音楽: 吉川清之
制作:テレビ朝日

  
■CAST■
平塚八兵衛(警視庁捜査一課刑事) : 渡辺謙
石崎隆二(捜査一課刑事。八兵衛の相棒) : 高橋克実
草間毅彦(警視庁捜査一課刑事)   : 山本耕史
尾藤和則(警視庁捜査一課課長代理): 大杉漣
加山新蔵(警視庁捜査一課主任)   : 柴田恭兵
* * * * * * *
平塚つね(八兵衛の妻)          : 原田美枝子
* * * * * * *
平沢貞通(帝銀事件の容疑者)     : 榎木孝明
平沢咲子(貞通の娘)           : 木村多江
* * * * * * *
森川剛三(警備員殺人事件の容疑者) : 杉本哲太
森川八重子(剛三の妻)         : 余貴美子
* * * * * * *
小原保(吉展ちゃん誘拐殺人事件の容疑者): 萩原聖人
* * * * * * *
岩瀬厚一郎(社会部新聞記者)     : 小泉孝太郎
吉崎真由(新聞カメラマン)        : 相武紗季

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■刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史 番組HP

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2009年6月17日 (水)

■【映画評】『ハゲタカ』 一体どうしたっていうんだ。劇場まで足を運んで見たかったのはNスペじゃないんだぜ?

説明するまでもなく、名作ドラマ「ハゲタカ」の劇場版。

今一番ホットな自動車業界を舞台にどんなドラマを展開するのかワクワクして見たのだけれど、どうにも複雑な気分になってしまったのである。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.29  『ハゲタカ
          監督: 大友啓史 公開:2009年6月
       出演: 大森南朋 玉山鉄二 他

01

■ストーリー■
世界金融危機 前夜。日本のマーケットに絶望し、表舞台から姿を消した天才ファンドマネージャー・鷲津の元に、かつての盟友・芝野が現れる。中国系巨大ファンドが買収に乗り出した、大手自動車メーカー「アカマ自動車」を危機から救ってほしい、というのだ。日本を代表する大企業「アカマ」の前に突如現れたのは、“赤いハゲタカ”こと劉一華(リュウ・イーファ)。豊富な資金を背景に、鷲津を圧倒し続ける劉ら中国ファンドの真の目的とは!?
<goo映画より>

Photo_2 Photo_5 Photo_3

■鷲津が、三島由香が、西野が、そして芝野が帰ってきた。

それだけで満足するべきなのかもしれない。

あの音楽も、青いトーンも健在で、セリフに頼らない表情と仕草による抑えた演技・演出も素晴らしい。

けれど、どうしても乗り切れなかったのである。

可愛さ余って、

などと言い訳をしながら、そこのところを考えてみたいと思う。

■’赤いハゲタカ’劉一華(リュウ・イーファ、玉山鉄二)が大手自動車メーカーに襲い掛かる前半部分は文句なしにいい。

リュウ・イーファと鷲津の手に汗握るTOB合戦が実にいい。そこで敵の正体が’赤い国家’であることが判るあたり、その絶望感が素晴らしい。

この絶望的な状況をどう切り抜けるのか、それとも!!というドキドキ感が否が応にも盛り上がる。

と、ここまではいつものハゲタカ節炸裂で安心して見ていられたのである。

■ここから先がどうにも落ち着かない。

キャラクターの描きこみと動機付けが急に希薄になってしまうのである。

何故、西野(松田龍平)は猫を撫でるのをやめて、ファンドの世界に舞い戻ったのか。

何故、派遣社員の守山は働く者の権利を主張する情熱を捨てて床に散らばった銭を拾うのか。

そして何故、リュウ・イーファは本当の心を押し殺してまでハゲタカを演じるのか。

■もちろん、いろいろな推測はつくだろう。

し、語らないことで語るということだってあるだろう。

けれど、それがうまく機能しているようには思えないのだ。

なんだか詰め込みすぎ、という気がするのである。

■後半は、鷲津が反撃に出る話なのだけれども、どうもそのあたりの集中力に欠けている。

イスラム金融、リーマンショック、サブプライムローン、市場原理主義の終焉。

そういった、ここ半年のトピックスが無理に押し込まれてドラマとして破綻しかけているのである。

いや、イイタイコトはよく分かるんだけど、それは左の脳みそでの話であって、右脳直撃!!のドラマチックさが無いのだ。

■そこのところ、ドラマのハゲタカは上手かった。

当時、問題になっていた企業買収の問題をわかりやすく解説しながらも、同時に濃密に描かれたキャラクターと映像、音楽の素晴らしさで我々の右脳を揺さぶったのである。

ところがどうだ。

今回の新しいキャラクターでシッカリ人物が描けていたのは、アカマ自動車社長の古谷(遠藤憲一)くらいなものだろう。

■たぶん、テレビと劇場映画というメディアの違いが大きいのだろう。

ある程度リラックスしてみるテレビドラマと違い、劇場映画は観る者を引き込んでナンボのものである。

最近の経済の動きにおもねることで散漫になってしまった部分もあるだろうし、スポットを当てる登場人物が多すぎたきらいもある。

欲張ってはいけない。

松田龍平は猫を撫でていればいいのであるし、派遣の青年は札束には目もくれず啖呵を切って出て行けばいいのである。

主人公はリュウ・イーファでしょ?

なんでそこに集中できないのか、ということである。

■もちろん、それは釈迦に説法。

監督も脚本家もスタッフも皆、そんなことは百も承知であって、涙をのんで選択した何らかの事情があるのだろう。

けれどもファンとしては、そこをなんとか突っ張って欲しかった。

これは短期的に消費されるテレビドラマではなく、歴史に刻まれていく劇場映画なのだ。

100年に一度の経済危機がどうしたというのだ。

そんなことは些細なこと。

本質は中国とかインドとかロシアとかの新興国が圧倒的な資金力で日本の技術力を札束で奪いに来たとき、我々はいったいどうするのか、ということでしょう?

真正面からそれを受け止めなくて何の「ハゲタカ」か、と強く主張したい!!

というのが、愛すればこその苦言なのである。
  

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                           <2009.06.16 記>

■追記■
DVDでディレクターズカットが見れないかな・・・。
  

 
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レッドゾーン(上) レッドゾーン(下) 真山 仁 著 講談社

   
Photo_3 [ドラマ] ハゲタカ DVD-BOX
    

■STAFF■
監督: 大友啓史
脚本: 林 宏司
原作: 真山 仁 『ハゲタカⅠ』、『ハゲタカⅡ』、『レッドゾーン』(講談社)
音楽: 佐藤直紀
撮影: 清久素延
美術: 花谷秀文
照明: 川辺隆之
編集: 大庭弘之
製作: NHKエンタープライズ、東宝


■CAST■
鷲津政彦 -鷲津ファンド代表     大森南朋
劉一華 -ブルーウォールパートナーズ代表  玉山鉄二
* * * * * * * * * *
三島由香-東洋テレビ記者        栗山千明
西野治 -西野屋旅館社長        松田龍平
飯島亮介-MGS銀行頭取        中尾彬
芝野健夫 -アカマ自動車取締役  柴田恭兵
* * * * * * * * * *
守山翔 -アカマ自動車派遣工     高良健吾
古谷隆史-アカマ自動車代表取締役社長  遠藤憲一
* * * * * * * * * *
中延五郎 -鷲津ファンド社員    志賀廣太郎
村田丈志 -鷲津ファンド社員    嶋田久作

Photo_4
■アカマGTカッコよかったね。ベースはなんじゃろか。 


■映画 ハゲタカ 公式サイト■

    
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2009年6月15日 (月)

■【書評】『名前と人間』、田中克彦。名前という多様性の花。

さまざまな例をひいて「名前」は生きていると実感させる面白い本である。

Photo_2
■名前と人間 田中 克彦 著、岩波新書 (1996/11)

■ここでいう名前とは固有名詞のことである。

赤とか、花とか、山とか、そういった一般に通用し生活していくうえで必要な普通名詞に対して、ここでは固有名詞は峻厳に区別される。

何故ならば、著者の田中先生は固有名詞を(半ば面白おかしく、半ば真剣に)憎悪しているようなのだ。

■歴史の本を開けば、そこには固有名詞の雨あられであり、教科書においては「それを記憶せよ」という暴力的権威主義に満ち満ちている。

そこには数学や哲学の本のような普通名詞で語られる学問の爽やかさがなく、ケガレているのだという。

■だがその一方で、固有名詞には極めて人間的な要素がこびりついていて、好むと好まざるとに関わらずその言葉固有の物語をその内に含んでいる。

そのことが、固有名詞に対する想いをさらに複雑にさせているように見える。

■19世紀半ば、J・S・ミルは論理学のはなしの中で、固有名詞は普通名詞から意味を取り去ることで成るとした。

「ベイカー」さんという苗字に「パン屋」という意味がくっついていては調子が悪い、ということである。

それはなるほどその通り。

けれども、ベイカーさんという人を知ったときに我々は
 

あ、この人の先祖はパン屋さんだったのかもしれないな、

 
なんていう想像をしてしまい、ベイカーさんはパン屋から自由になることは難しい。

その意味で現実の固有名詞はJ・S・ミルの愛する論理学の世界のようには爽やかにはいかず、どうしても何らかの意味を引きずってしまうのだ。

■「千と千尋の神隠し」において、湯バア婆が千尋(ちひろ)の名を千(せん)に変えてしまう話がある。

ここで興味深いのは、異界で生きるための名前、千(せん)と呼ばれ続けた彼女が、いつの間にか自分自身も本当の名前を忘れかけてしまうことで、もとの世界での自分自身(存在)も同時に消えかけてしまう、そういう恐ろしさが暗示される場面だ。

この神話的なエピソードが我々をひきつけるのは、「名前には意味がある」というだけでなく、「名付けられる対象が名前の通りになっていく」というイメージを心のどこかで了解しているからなのではないだろうか。

■それはサッポロ、メマンベツ、オビヒロというアイヌ語を入植者が札幌、女満別、帯広と表記したときに消え去ってしまったものである。

そこで失われるのは意味だけではなく、これまで引き継がれ息づいていた固有の文化なのだ。

名前とは、歴史の教科書という標本箱の中に収めるものではなくて、今、この生において声に出して呼びかけることではじめて在るものなのかもしれない。
  

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                           <2009.06.15 記>

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■名前と人間 田中 克彦 著、岩波新書 (1996/11)
   

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■ことばと国家  田中 克彦 著、岩波新書 (1981/11)
■母語、という概念をこの本で学びました。
昔、教科書で読んだ「最後の授業」についてフランス人の独善が暴かれる話も小気味良かったです。

   
■関連記事■

■コトバの支配からの逸脱。『爆笑問題のニッポンの教養』 社会言語学・田中克彦。
 

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2009年6月13日 (土)

■【書評】<写真集>『深海 ABYSS』。予想を裏切る極彩色の楽園。

深海といえば光の無い暗黒の世界、と思いきや、目もくらまんばかりの幻想的世界が広がっているのであった。

Photo
■[写真集] 深海 ABYSS
クレール ヌヴィアン 著 晋遊舎 (2008/9/26)

■この本は、深海を調査する世界中の研究機関が所蔵する、表にはなかなか出てこない貴重な写真を厳選して掲載し、そこに研究の最先端に立ち会う人たちの語りを添えた写真集である。

■深海については何冊か読んでいて分かったつもりになっていたけれど、とんでもない。

グロテスクと美しさの境界線をただようジュウモンジダコ、

チョウチンアンコウの迫力、

ユメナマコの幻想。

調査船が捉えた迫力のある極彩色の写真の数々に、ただ圧倒されるばかり。

■それに加えて、深海のメカニズムや探査の歴史、深海生物の生態や生物進化における位置づけといった最新の知見が語られる。

分かっていること、分かっていないことについて実際の研究者によるトピックス的な内容が見開き1ページほどにまとめられていて、美しい写真たちの間に差し挟まれたその記事が、いいリズムを作り出している。

あたかも’深海科学博物館’で実際に生きている生物展示をみながら学芸員の分かりやすい解説を聞いている感覚なのである。

■高さ、深さの概念を考慮すると地球における生物の生存可能域の99%を占める海洋、その実に85%が水深200m以下の深海の領域だ。

潜水艇による深海の探査が本格的になった1980年代以降、2週間にひとつの割り合いで新種が発見され、今まで140万といわれてきた地球上の生物種は1000万から3000万にまで引き上げられそうだという。

分からないことの多さという意味では、深宇宙にも引けをとらない未開の領域がわれわれの足元にもまだまだ広がっているということであり、この本を開くことでその未知の世界にこの身を漂わすことが出来るのである。

本棚のすぐに手が届くところに置いておきたい一冊だ。
   

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                          <2009.06.13 記>

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■[写真集] 深海 ABYSS
クレール ヌヴィアン 著 晋遊舎 (2008/9/26)

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■深海魚 暗黒街のモンスターたち
尼岡 邦夫 著 ブックマン社 (2009/4/1)
■こちらも気になってるんだけど・・・。大好きなリュウグウノツカイも載っているみたいだし。図鑑調ってのがそそるよね。

   
 

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2009年6月 9日 (火)

■無邪気なわれわれの罪について考える。『爆笑問題のニッポンの教養』 農学、岩永勝。 

今回のテーマは、農学。

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■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE072:「お米レボリューション」 2009.5.26放送
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
作物研究所 所長 岩永勝。

■日本の食料自給率は40%なのだそうで、先進各国のなかでもダントツのビリなのだ。

岩永さんはそんな危機的状況を打開すべく日本に呼び戻された、のかどうかは分からないけれども、30年間にわたる海外での作物の研究と発展途上国での指導経験を買われたのは確かだろう。

■いやいや、食料自給率が低いといったって比較するアメリカとかフランスとかは大平原を持つ農業国、極めて平地の少ないわが国と比べるのは的を得ない、

とか、

そもそもエネルギー自給率4%の日本で食料の自給率だけを問題にするのはナンセンス、

とか、

■ついつい、そういった知ったような口をききたくなってしまうのだけれども、どうやらそういうことではないらしい。

岩永さんが日本の食料自給率を問題にする理由は、日本の危うさの問題ではなく、日本が海外市場で買い占めることによって値段の高騰した穀物を手に入れることが出来きなくなる貧しい国々が出てきてしまう、その罪意識にある。

■ルワンダの友人が惨殺された話があって、そこに、「戦争の原因は食料なのだ、ハラが減っている人たちに対して何を言っても通じないのだ」、という話を重ねてみるとき、想像の枠の外側にある極めて重たいものの存在に慄然とする。

一世紀に一度の不況だなんだといっても、今の日本で食料暴動が起きる心配は無いし、太平洋戦争前夜のような絶対的孤立に陥らない限り、これからもきっとないだろう。

したがってアフリカ各地で起きていることについて新聞やネットで読んだからといって「知っている」なんて決して言えないのである。

それは金満・飽食ニッポンに住む者の想像力の遥か向こう側の話なのだ。

■食いものが足りないと世界中から食料を買い漁ること。

それを食いきれずに、或いはハシをつけることもなく廃棄すること。

言い換えるならば、われわれにとって当たり前の日常を水面下で支えているそういった現実が、貧困と飢餓に苦しむ人たちの目にどう映るか、ということである。

■ならば、どうするか。

といっても’生活’というものはなかなか変えようとして変わるものでもないし、中身を伴わなければ意味も無い。

だから、今できることとして、「知る」ことなのだと思う。

この一日に世界中で何人の人が飢餓で死んでいくのか。

私自身、それが数人レベルなのか何万人なのか、ということすらまったく知らない、せめてこの現状を何とかしたい。

まずは、そこからなのだろう。

知らないことによる無邪気さの罪は、見る立場によっては万死に値することもあるのだ。
  

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                         <2009.06.09 記>

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■ 食料自給率のなぜ (扶桑社新書)
末松 広行 著 扶桑社 (2008/11/27)

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■ 世界の半分が飢えるのはなぜ?
―ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実

ジャン ジグレール 著 合同出版 (2003/08)
   

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2009年6月 6日 (土)

■言葉にした瞬間に消え去ってしまうものがあるのだと分かっていたとしても。『爆笑問題のニッポンの教養』 文化人類学、川田順造。

今回のテーマは、文化人類学。

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■ 爆問学問『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE073:「人類よ声を聴け」 2009.6.02放送
東京外語大名誉教授 文化人類学 川田順造。

■文化人類学っていうと何故か少しマユにつばをしたくなるのであるが、さすが’巨人’ともなると雰囲気がある。

新婚時代に未開の集落で日本人は奥さんとふたりだけっていう状況もすごいんだけど、そのうち日本語がめんどくさくなってくる、っていう話に唸らされた。

そうか、言葉ってそういうものなのか、と新しい角度からの光が差し込んだ感じ。

■このにこやかで柔らかくも、鋭く深い感覚はどこかであったな、と思ったら、水木しげるさんだ。

好奇心と実体験と才能に溢れていてそれが渾然一体となって、そこにある。

言葉を介さずに太鼓の音で直接語る民族の話とかを聴いていて、そのまま引きずり込まれて眠っていた新たな感覚を呼び起こされる感覚だ。

それは理屈による理解の対極にある。

■そのなかで太田の「ガンバレ」論が光っていた。

「ガンバレ!」

と相手を励ますとき、相手は「こんなに頑張ってるのに、」っていう責められる感覚を覚えたりするのだけれども、だから「ガンバレ!」と言うのを諦めるのではなくて、何とかそれを伝えたい。

相手に「もっとガンバレ」とプレッシャーをかけるつもりはまったく無くて、でも「あとチョッと!」というニュアンスも少しはあって複雑なのである。

■すごく分かる。

何か言葉にならない、’うめき’のようなもので表現したくなるようなもどかしい感じ。

先生がいう「伝えたいことが、脳から言葉を経由せずに指先から直接太鼓に伝わって音となる」豊かさがあって、言葉にした途端に消え去ってしまうもの。

■われわれが会話において相手に伝えることのうち、言葉で伝えられていることは実に一割程度しかない、という話がある。

目であったり、表情であったり、身振り手振りであったり、そういうことが「感覚」として相手に伝わって、その体内に身体感覚として再生される、それが伝達の9割を占めるというのだ。

何をもって9割というかはよく分からないが、ナルホドと思わせる話である。

■じゃあ、川田先生の新婚時代のように言葉を使わずにやっていけるかというと、そういうものでもないだろう。

言葉にした瞬間に消え去ってしまうものがあるのだと分かっていても、我々は言葉を使わざるを得ない。

たとえそれがモドカシイものであったとしても、「一対一」の見つめ合いだけでこの文明を維持できるはずもなく、もうエデンの園へと戻ることは出来ない。

だから、ひたすら表現を磨くのである。

     

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                           <2009.06.05 記>

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■口頭伝承論〈上〉川田 順造 著 2001/04 平凡社ライブラリー

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