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2017年10月11日 (水)

■【社会】福島原発訴訟(生業訴訟)地裁判決、住民側が国と東京電力に勝訴。オメラスの呪いを超えて。

2017年10月10日、衆議院選挙公示日。

福島原発訴訟、いわゆる生業訴訟の判決が福島地裁から下され、住民側が被告である国と東京電力に勝訴した。

■上の動画は、ジャーナリストの堀 潤さんによる勝訴当日のレポートである。

原告側に深く寄り添った立場がにじみ出ていて、もはや報道ではなく、ドキュメンタリー作品と言っていいだろう。

私自身、堀さんの論破禁止とか、一つのテーマに深く根を下ろしていく姿勢に賛同し、ここ最近ウォッチし始めたのだけれども、NHKを退社された経緯までは良く知らず、この動画を見た後に少し調べてみた。

彼がどういう想いでカメラを回し、マイクを向けていたか、勝訴の文字をどういう気持ちで目にしたかを想像すると目頭が熱くなる。

【記事】止まらない住民たちの涙 「生業訴訟」住民側が勝訴 国の責任と賠償福島地裁認める 堀潤  | ジャーナリスト/NPO法人8bitNews代表


■変身 Metamorphosis メルトダウン後の世界 (ノンフィクション単行本)  – 2013/11/27

■で判決文の骨子を見てみると、平成14年7月の地震活動長期評価から、東日本大震災における津波のレベルは予見可能であり、国は規制の行使を怠り、その結果、対応可能であった予備電源の水密化が行われなかったと指摘している。

この判決理由は本当にすっきりするものであるが、もし、予備電源の水密化が行われていたら。。。と考えると胸が苦しく、いたたまれないものがある。

Photo
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(判決文は こちらに)

■福島原発訴訟や、各地の原発再稼働審査について、気にしていたつもりだったのだけれども、全然理解していなかった。

ただ原発再稼働の動きに不信感をもっていただけで、しっかりと調べて理解しようとしてこなかったのだ。

それでごちゃごちゃと語っていた自分が実に恥ずかしい。

そこで少し調べて目に留まったのが以下のNHKの記事だ。

Nhk

【記事】詳報 東電刑事裁判 「原発事故の真相は」
東京電力の旧経営陣3人が福島第一原子力発電所の事故を防げなかったとして検察審査会の議決によって強制的に起訴された裁判。未曽有の被害をもたらした原発事故の真相は明らかになるのでしょうか。初公判から判決まで、毎回、法廷でのやりとりを詳しくお伝えします。

■この記事で驚くのは、東電は津波被害のシミュレーションを実施し、浸水被害まで予測をしていたのに、対策の実施を行わなかったという、東京電力内部の会議資料の存在が明らかになったとされていることである。(まだよくわからないが、今回の「生業訴訟」の証拠資料か?)

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シミュレーションでは津波による浸水を予測。

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予備電源のある建屋も浸水。


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「津波対策は不可避」、「機微情報のため資料は回収」の文字

■そのうえで、

事故調査・検証委員会の報告書から、武藤元副社長は平成20年6月の社内会議で最大で15.7メートルとする津波の試算の報告を受けたものの、7月、新しい防潮堤を建設する場合、数百億円規模の費用とおよそ4年の期間がかかると説明を受け、津波の試算はあくまで仮定に基づくもので、実際にこうした津波は来ないと考え、最大で5.7メートルとしていた従来の津波の想定を当面は変えない方針を決めた

となると、もう人災としか言いようがない。

原発の技術者が、FMEAによる不具合解析や、フェールセーフを考えないはずはなく、そういった話が出てこないのは実に不思議であった。

この情報によれば、彼らはそれを当然のようにやっていたし、現状では危険であると指摘をしていたのだ。

「何か」がそれを押しとどめていたのである。

■誰が悪いのか、その責任の所在を明らかにすることは重要だ。

しかし、何よりも重要なのは、何が起きたのか、現状のシステムのどこが脆弱であったのかを分析し、今後に生かすことだ。

アメリカでは、航空機事故調査において、その責任を追及しないことがある。その代わり、事実を確実に把握し、それを今後の事故防止に生かし、空の安全を保っている。

一方、いま日本では、各地で原発の再稼働が進んでいて、今回の選挙では「原発維持」、「原発ゼロ」が争点の一つになっている。

とても気になるのは、

必要だ!

いや危険だから駄目だ!

という感情的な論議がなされがちだということだ。

私は、経済性と安全性を同じ土俵で考える再稼働に反対するのと同じく、

議論を前提としない今後一切の原発ゼロには反対だ。

少し前にオスプレイの記事でも述べたが、危なそうだからダメ、ほら事故が起きただろう! というのはあまりにも論理性に欠けていて、それでは議論が進まないのである。

プロフェッショナルによるデータの分析と、システム評価があって、

それを一般に公開し、

しっかりと公の場で議論をすること。

その作業を抜きにして再稼働はあり得ないし、同様に、将来における原発政策を中止するかどうかも決められないのである。

■こういう話がある。確か、こんな話だ。

どこかの国の都の話。その都は繁栄を極め、人々は幸せな人生を謳歌している。しかし、その都にある塔の地下に、子供が幽閉されていて出してくれよ、と泣き叫んで懇願するのに出してもらえない。この都の繁栄は、その子供の犠牲の上に成り立っていることを人々は薄々感じているのだが、見て見ぬふりをして、こころの奥に押し込めて生きている。

マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』で知ったのか、確か、アーシュラ・K・ルグインの『オメラスから歩み去る人々』 だったかと思う。


『風の十二方位』アーシュラ・K・ルグイン 「オメラスから歩み去る人々」収録

われわれは、「オメラスの人々」で居ていいのだろうか。

すべてが解決するなんて思ってはいない。

けれども、科学と論理的議論によって解決できる部分は必ずあると信じている。

われわれの生活のためにはエネルギーの安定確保は絶対に必要だ。

3.11の前には、そこを原子力に大きく依存していたのは事実なのだ。

だからといって、どこでいつ巨大地震が発生するかわからない現実を理解したわれわれは、致命的に危険かもしれないものを手放しで元に戻すほどに、愚かではない。

どこかに道はあると思う。

ともかく、感情的になって短絡的な道を選ぶことには反対だ。

多分、蓄電技術による電力の平準化が鍵を握っているのではないかと考えているので、そこについて、また追って調べて考察を加えてみたいと思う。

ああ、もう朝か。。。

                         <2017.10.11 記>

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