■【社会】<調べてみた♪その4>アベノミクスで景気が回復したのに実感がないのは何故なのか?実質賃金指数から読み解く、失われた20年の実態。回復のヒントは円相場と労働分配率か?
高度成長期の1960年以来の14連騰に湧く日経平均株価。
アベノミクスは成功し、バブル期を超える戦後3番目に長い好景気が続く。
けれど、われわれにその実感はない。なぜか?
それを調べてみた。
■何故われわれは好景気を実感できないのか
昨日、10/20(金)引け間際。
一旦、マイナスに転じた日経平均はプラスに転じ、数度の綱引きの末、最終的に9円のプラスで引けた。
もう、何かの力が働いているとしか見えず、苦笑するしかないのだけれど、週末の衆議院選挙まえに株価を落とすな!とでもいうような、こういうなりふり構わない介入なんてのは報道はされず、この構図を利用して売りで儲けた機関投資家だけが密かな勝利者だ。
まあ、そんな些末なことはどうでもいい。
問題は、
【Q】何故われわれは好景気を実感できないのか
ということだ。
先まわりしてキーワードを述べるならば、
1.円相場
2.労働分配率
である。
少し長くなるが、お付き合いいただければと思う。
■バブル以降の実質賃金の推移と日経平均との相関
さて今回は、実質賃金指数を中心に見ていこうと思う。
実質賃金指数とは
モノの値段に対して、賃金が本当に上がっているかどうかを示す指標。基本給に残業代やボーナスなどを含めた給与総額の指数を、物価で割って計算する。
具体的には、各月の賃金を基準に対して指数化し、消費者物価指数(CPI)で割ったものである。
早速、日経平均株価との比較で見ていこう。構造的に理解するために期間は長めにとってある。
いわゆるバブル期の終わり、1994年から2016年までの日経平均株価(赤線、左軸、円)と実質賃金指数(青線、右軸)である。
まず日経平均に関しては、確かに2013年のアベノミクススタートによって、跳ね上がり、バブル期以降の最高値まで戻している。
一方、実質賃金指数は、ITバブル(1999年)、不動産バブル(2005年~)、リーマンショックの反動(2009年)の株価ピークに一年ほど遅れて小さな山を作るものの、押しなべて見れば、1997年以降、一定の割合で低下し続けている。(20年間で15%減少)
失われた20年とは、このことか!!
と改めて驚く。
2016年にはアベノミクスの効果で実質賃金指数も上昇に転じたように見えるけれども、この20年の流れをみれば、これから上昇し続けて、失われた20年を取り戻すというような安易な予想はなかなかできない。
未来予想は不可能だけれども、何かの構造的原因があってそれが解消されていないならば、普通に考えてトレンドを維持してこのまま実質賃金指数も下がり続けるだろう。
失われた20年どころか30年、40年と続いても不思議ではない。
一体何が起きているのか。そしてこれからどうなるのか、統計データをもとに考察を加えたい。
■GDPとの相関関係
日経平均株価が実質賃金と相関がない、つまり生活実感と合わないことは分かった。ではGDPは?ということで調べてみた。
GDPとしては、実質賃金指数と同じくインフレ要素を除いた実質GDPを使うべきだけれど、今回起点とする1997年に対し、名目GDPと実質GDPから求められるGDPデフレーターは15%もデフレになっているのに対して、消費者物価指数は+0.5%のインフレとかい離があり、消費者物価指数がほぼゼロであることから、今回は名目GDPを用いた。
上のグラフは名目GDP(青線、兆円、左目盛)と実質賃金指数(オレンジ、右目盛)の比較。
一目見て、これも相関は見られない。
名目GDPはアベノミクス開始と共に急激に上昇し、ピークの1997年に対して2016年時点で+1%となっている。
一方、実質賃金指数は先ほど見た通り、下げ一辺倒で、同期間で-13%になっている。
このGAPはアベノミクスの期間に特徴的で、異次元の金融緩和、日銀による国債やETFの大量購入などを考えると、金融市場に溢れたマネーがわれわれの懐に還流してこないということから、これは日銀主導による金融バブルではないか?という仮説も成り立つだろう。
ただ、これはアベノミクス期間に限った動きなので、とりあえず、【利益確定はお早めに!】と、リスクテイクをされては困るくじらさん(特に年金機構!!)に念押しをして、失われた20年の謎を解くべく先に進もう。
■実質賃金指数を探ってしみじみする
どうも実質賃金指数と相関のとれるデータが見つからない。
そこで、実質賃金指数自体をもう少し詳しく見ていこう。
上のグラフは、1990年からの月別の生データを何も考えずに並べたものである。
一年の中の月別に大きな変動があり、ピークは12月、2番目のピークは6月、7月、他の月は底を這う、という感じになっている。
12月は冬のボーナス。6,7月と夏のボーナス支給日がばらけるので、12月が突出しているということだろう。
ここでわかるのは、冬のボーナスの下げ方が恐ろしく大きいことだ。
そこで、年平均(以下青線、左目盛)、通常の賃金として4月(赤線、左目盛)、ボーナス月として12月(グレー、右目盛り)を抽出して並べてみた。
まあ、なんということでしょう!
赤線の通常月(基本給+残業代)がほぼ平行に推移し、ピーク-6%程度に収まっているのに対して、ボーナス月はバブル終盤の1991年をピークに途中のバブルをものともせずに下がり続け、2016年時点でー28%も減少しているのだ。
私は90年代前半の入社なので、これを見るともう、かなり強くうなづいてしまう。
基本給は、組合の手前下げるわけにはいかない。企業は残業時間くらいで調整するしかない。
けれど、ボーナスは不況を理由にどんどん下げていく。景気が良くなったのでボーナス上げますね!なんていうけれど、それまで下げた分から考えれば微々たるもの。そしたらまた円高で苦しい!とか始まって、ボーナスの削減が続いたのだ。
さらにはボーナスが支給されない、或いは微々たるものしかもらえない派遣さんの急増の影響もあるはずで、社会全体としてボーナスによる収入が猛烈に(-28%という規模で)下がり続けてきた、ということだ。
ああ、納得いったよ。失われた20年。
これでは消費意欲が上がるわけがないのだ。
だって毎月の給与は生活費で使われるんだから、強烈なローンを組んでいない限り、主たる余剰所得はボーナスなんだから!!
【A】われわれが好景気を実感できないのは、ボーナスがこの20年で猛烈な勢いで下がり続けているから。
そういうことだ。
■実感と合わない企業収益と人件費の上昇
さてさて。
じゃあ、なんで景気回復に関係なく実質所得指数、特にボーナスが減っていくのか。
そこで労働分配率に着目し、企業収益(経常利益)と人件費の推移をプロットしてみた(内閣府資料より)。
※労働分配率=人件費/(人件費+営業利益+減価償却費+受取利息)
水色の線が企業収益(兆円、左目盛)、緑の線が人件費(兆円、左目盛)、赤のラインが労働分配率(右目盛、%)。
1997年から2015年までの間に労働分配率は10%低下している。1997年基準の比率で言えば14%減である。
これが実質賃金低下の原因なのか??
何言ってるの!
絶対値で言ったら上がってるじゃん!!
嘘つき!!
そうなのだ。
人件費自体を見てみると、倍近くに上昇してる。
賃金は人件費の半分くらいを構成するにすぎないと考えても、実質賃金が13%下がっている、という感覚とはまったく合わない。
しかし、企業収益(経常利益)も2倍以上に膨らんでいて、そんなんならば失われた20年なんてなかったことになる。何かがおかしい。
■名目GDPか、実質GDPか
そこで企業収益(経常利益)のグラフの意味を理解すべく、GDPと比較してみた。
赤いラインが名目GDP、緑のラインが実質GDP(ともに兆円、左目盛)、そして青いラインが企業収益(兆円、右目盛)。
もう、みごとに実質GDPと企業収益が相似形を描いている。
一般に、生の数字を使った名目GDPよりも、インフレ補正を行った実質GDPが実態に即しているといわれるが、まさにそのとおりの結果となった。
では、実質賃金の推移とのギャップはどう理解すればいいのだろうか。
■GDPは海外生産品をカウントしない
そこでインフレ補正の考え方について、実質賃金指数算出の要素となる消費者物価指数(CPI)と、名目GDPを各構成要素補正から算出される実質GDPで割ったGDPデフレータ―について整理してみた。
簡単に言えば、
消費者物価指数は消費者が購入するものを扱い、
GDPは、最終的に国内で生産された活動について扱う
よって、海外で生産された物については消費者物価は扱い、GDPでは考慮しない。
そこが重要なポイントになる。
例えば家電部品を安い(当時の)中国から輸入した場合、
消費者物価では、その家電の値段が下がればデフレとして考慮するし、値段が変わらず国内で販売する企業の儲けに転嫁されれば物価は変わらないとする。
一方で、GDPでは国内での付加価値にしか着目しない。
その家電の値段が上がろうが下がろうが、国内企業の付加価値にしか着目しない。
その意味で、実質GDPは国内企業の活動を示す指標としては意味があるけれども、われわれが個人の消費者の立場になったときにはあまり意味がない。
むしろ、実質GDPでの補正は消費者の購入実態にはそぐわないのである。
実際にGDPデフレータ―(緑色)と消費者物価指数(赤色)を並べてみると上のグラフのようになる。
安倍政権発足までGDPデフレータ―は一本調子で下がり続け、企業が商品につける付加価値が低下し続けてきたことがわかる。
その一方で、消費者物価指数はほぼ一定で、機能差などはあるだろうけれども、商品価格については大きな変動がなかったということが分かる。
■GDPデフレータ―は何故下がり続けたか
そこで、上のグラフに円相場(グレー、米ドル、左目盛)と対中貿易額(黄色棒グラフ、兆円、右目盛)を加えてみた。
GDPデフレータ―は円高の進行に沿って低下していき、中国輸入部品の増加(品目としては電子部品が急増)を相殺しても追いつかず、価格に転嫁できない分、国内での付加価値が圧迫されていった様子が見て取れる。
そして安倍政権の2013年からアベノミクスの効果で円安方向にもどり、GDPデフレータ―も安定から回復方向へ動き始める。
実際にその流れを示すのは実質GDPではなく、むしろ名目GDPだ。
企業サイドで収益のみに視点を合わせれば実質GDPが適切だけれども、輸入も考慮した全体像を把握するならば名目GDPが適切なように見える。
■実質賃金指数の低下は名目GDPの労働力分配率補正で再現可能!
そこで名目GDPを起点とし、先に議論した労働力分配率で補正(付加価値の賃金への分配率として)をかけて、実質賃金指数と重ねてみた。
赤いラインが実質賃金指数(右目盛)、青いラインが名目GDPの労働分配率による補正(左目盛)である。
この青いライン補正値は正しい組み合わせの計算ではなく絶対値に何ら意味はないけれど、傾向の目安としては使えるはずだ。
結果、二つのラインの傾向はほぼ一致する。
2004年から2007年のあたりにGAPがあるが、この時期はリーマンショック前のバブル期なのでメカニズムはよくわからないけれどもその影響かもしれない。
いずれにせよ、名目GDPに労働分配率を掛けた値が、いままで見てきたデータの中で唯一、実質賃金指数と相関がみられる指標である。
そこから導き出される有効策について考えてみたい。
■アベノミクスの継続で、われわれは生活の改善を実感できるのか?
これまで見てきたことから、実質賃金指数を低下させた要因は
1.GDPデフレータ―を低下方向に導く円高傾向
2.労働配分率の低下
の二つであると推測できる。
アベノミクスによる異次元の金融緩和と、その結果なのか介入なのかはたぶん両方なのだろうけれど、
1.GDPデフレータ―を低下方向に導く円高傾向
を改善させる効果はあって、それゆえの実質賃金指数の下げ止まりなのだろう。
しかし、この
「給与の額面はそんなに悪くないのになんだか生活が楽になった実感が湧かないなあ」
という感覚は、いつまで経っても横ばいを続けるだろう。
やはり、
2.労働配分率の低下
の改善が必要で、トランプ政権下では1ドル120円で安定することはあまり期待できず、当局も110円台で安定させることが精一杯だろう。
ああ、楽になったなあ、とみんなが思うためには、
労働分配率を現状の60%程度から70%程度まで回復させることだ。
企業の内部留保を問題視する向きがあるが、資本主義経済でそれを制限したらも、もはや資本主義ではない。
しかし、公共の福祉の観点から、何らかの方法で労働分配率70%を努力目標として改善に向けて動くことは可能だろう。
やることさえはっきりすれば頭のいい日本の官僚は何とかしてくれる。
結論としては、アベノミクスは一勝一敗。
長期的目標としてのイノベーションは継続して努力していただくとして、直近の課題は労働分配率70%の確保だ。
どうやら、今回の衆議院選、自民党圧勝で安倍さんも安泰のようである。(22日21時時点)
今まで企業に求め続けた給与への還元を、もっと強力に推し進めていただくことを強くお願いする。
<2017.10.22 記>
【過去記事】
●●● もくじ 【調べてみた♪】 ●●●
― データで読み解く疑問の真相 ―
おまけ
■各国GDP成長率比較を行った。
GDPデフレータが-なんて日本だけです。
下に示したように為替はそんなに他の国の変動と大差ない。
根本的には、輸出に頼り過ぎる経済だからなんだろうね。
だから、われわれ消費者、給与所得者の視点で生活実感を改善して内需を復活させ、他の国のような健全な経済を取り戻さなければ!
■各国為替相場推移
【円相場推移】
【ユーロ相場推移】
【豪ドル相場推移】
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コメント
労働分配率に着目したのはいいところ付いてますね
投稿: 個人投資家 | 2017年12月 1日 (金) 12時41分