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2017年10月26日 (木)

■【調べてみた】詩織さん強姦不起訴処分。強姦って警察特有の体質によって事件化、起訴されないって本当なの?

ジャーナリストの伊藤詩織さんが10月24日、外国人特派員協会で会見し、日本における性暴力被害の課題を訴え、「タブーを破りたくて顔も名前も出した。日本の司法、社会システムは性犯罪被害者のためには、ちゃんと機能していない」と語った。(ハフポスト日本)

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■伊藤詩織さんの件は被疑者の山口敬之氏が元TBSワシントン支局長で、安倍晋三首相にもっとも近い政治ジャーナリストともいわれていることもあり、圧倒的に強い立場を利用したと思われること、権力との関係という点から、不起訴となったことに強い物語性を生んでしまい、本来彼女が主張している【強姦という罪が起訴されにくいどころか事件化すらされない不条理】ということが、すっかり隠されてしまっている。

そこで、実際にどうなっているのかを平成27年版 犯罪白書で調べてみた。

【Q:強姦罪は本当にそれほど検挙、起訴されてないのか?】

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まずは、認知件数と検挙件数の推移。

平成に入って1,700件程度に落ち着いた認知件数が、平成9年から増え始め平成15年頃には2,500件にまで1.5倍に急増。その後なぜか平成23年頃に向けて1,250件にまで急降下。

それに呼応するように、検挙率は90%程度だったものが、平成15年頃に60%にまで低下。それがまた88%にまで戻している。

検挙件数自体に着目すると、上記乱高下に関係なく1,500件程度で推移、認知件数の低下に合わせて低下していく。

どうやら検挙率の急変動の原因は検挙数が上昇しないことにあるようにみえる。

それの原因は、警察官の絶対数の問題とか、検挙数の目標が達成されたらもういいや、とか、いろいろ考えられるけど、そのあたりは推測の域をでない。

いずれにせよ、検挙率の低下は警察が知っていながら検挙しなかった件数が、それまでの200件ほどから平成15年頃には1,000件ほどにも膨れ上がり、泣き寝入りした女性がずいぶんいたということが推察される。

伊藤詩織さんの指摘にもあるが、警察が強姦を事件化することを拒むこと、巷には、警察での被害者の事情聴取が犯人の取り調べのような形で行われることがあるとするならば、それはどうもこの時期に起き始めたことのように思われる。

そのあたりは検証が難しく、警察内部からの告発を待つしかないのかもしれない。

また、平成9年から急増したそもそもの認知件数の理由についてもよくわからず、そこはさらに踏み込んでみていく必要がありそうだ。

■次に、起訴率を見てみよう。

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上で見た検挙数は平成19年ごろまで1,500件くらいで一定に推移し、その後ゆっくり低1,100件程度に低下したことと合わせて上のグラフを見てみよう。

起訴率は70%程度で推移していたものが、平成18年から急激に低下を開始し、平成26年では37%と、実に半分くらいに低下してしまっている。

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一番下の黄緑が起訴猶予、水色が起訴不十分、黄色が起訴の取り消し、紫が時効完成である。

起訴猶予が大幅に減少し、嫌疑不十分が倍増している。

そもそも起訴猶予とは何か、

【起訴猶予】
犯罪の疑いが十分にあり、起訴して裁判で有罪に向けて立証することも可能だが、特別な事情に配慮して検察が起訴しないこと。 比較的軽い犯罪で、本人が深く反省していたり、被害者と示談したりした場合に選択する。 同じ不起訴でも、証拠が足りず犯罪の疑いが弱いと判断して起訴を見送る「嫌疑不十分」とは異なる。

要するに、なあなあはやめて、疑わしきは罰せず、と言い換えたということか。

けれど、二つを合わせるとほぼ一定の割合なので、今回の検討の目的とずれるから、気にはなるけれどもここは置いておく。

で、割合が増えているのは時効完成で、5%程度だったものが、平成18年に10%へと倍増し、平成26年には18%にもなっている。

検挙件数、不起訴率×時効完成の割合でみると

平成17年 1,600件×35%×10% =56件

平成26年 1,200件×63%×18% =136件

と80件の増加。

一方、不起訴件数は

平成17年 600件

平成26年 750件

と、150件の増加であり、検挙数が25%も減ってるのに、なんで不起訴が増えてるの?という疑問は置いておいてくと、時効完成の増加によるものが80件だから、実に不起訴件数急増の半分以上は時効完成によるものだと分かる。

殺人や懲役15年以上の場合を除き、強姦の時効は7年。

平成11年以降に発生した強姦罪は時効になる確率が上がってきているということだ。

突如警察や検察の捜査能力が低下するはずもなく、認知件数は増えたが検挙の件数は一定なのだから、検察が放置している可能性もぬぐい切れない。

平成11年は、強姦の認知件数が急増した平成9年の2年後。

ここでつじつまが合ってくる。

先の「起訴猶予」から「嫌疑不十分」への転換が始まったのも平成11年。

ここで検察が方針転換を図った可能性が極めて高い。

では、なぜ平成9年から強姦の認知件数が急増したのか。

少し視野を広げて重要犯罪全般について俯瞰してみよう。

重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦、略取・誘拐及び強制わいせつ)の認知件数の推移をみてみる。

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少し遅れはあるが、平成11年から重要犯罪は急増している。

検挙率も90%から50%に大幅低下。

ほぼ強姦の状況と合致する。

平成11年の強姦の認知件数は1,300件で、全体の14,700件のほぼ10%。

時期の多少のずれは、その寄与度から考えれば誤差と言えるだろう。

では、この時期に何があったのか。

平成9年と言えば1997年、バブル崩壊の影響が明確になってきた年である。

就職氷河期のピークが1998年。

バブル崩壊直後の後のリストラの第1回目のピークが1999年。

まさにそういう年だ。

前回調べた実質賃金指数(受け取る賃金の実感を表す指数、賃金を消費者物価で割ったもの)の推移を示す。

ITバブルを挟んで日経平均は暴落し、実質賃金は下がり続けた。

そして、2003年の不動産バブルの開始をもって、重要犯罪認知件数も、強姦罪の認知件数も頭打ちとなり、減少に転じている。

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つまり、不況が重要犯罪増加の原因となっていた状況証拠ということになる。

特に性犯罪は、性欲そのものというよりも、ストレスのはけ口として行われるという説も濃厚で、膨れ上がった社会不安が、強姦の増加の要因となる理屈も成り立つのである。

その後、犯罪認知率が再び低下したのは、人がストレスに慣れてしまった、という見方もできる。

■さて、検挙率、起訴率である。

強姦を含む重要犯罪が激増した結果、警察や検察が対応できなくなってきた。

その結果、警察や検察が最重要案件に限られた資源を投入するため、そのほかの案件については検挙や起訴を見送ったとしても不思議ではない。

その方針の結果として、強姦の訴えに対してそれを拒む態度が従来からあったかどうかは不明だけれども、それが加速したとみるのが、この見立てから導かれる結論だろう。

かつての検挙率90%、起訴率70%は、決して小さな数字ではなく、その後の検挙率60%、起訴率37%は明らかに低すぎる。

門前払いで認知数まで下げてしまったのではという疑いもぬぐえないものの、少なくとも現在では認知件数が元に戻り、検挙率も90%を回復したというのに起訴率がさらに下がり続ける、というのは何かがおかしい。

可能性は役所としての方針の固定化だ。

結論というには推測が多く、仮説の域をでないのだけれども、敢えて結論としよう。

【結論】:警察、検察の強姦罪不起訴の傾向は昔からあるものではなく、バブル崩壊後の不況によって重要犯罪が急増したことによる方針転換によるもので、発生率が低下した現在もその方針が続いている可能性が高い。

 

終わりに。

いま強姦などの性犯罪の被害を受け、それなのに警察や検察から人権を保護されるどころか、圧迫されるような状況にいる女性がいるとして、その原因となるものは取り除かれていて、それなのに役所としての警察、検察は一向にその状況を改善しようとしない。

しかも世間は、恒常性保持力ともいえるような【出る杭は打つ】式の思考で、彼女たちにさらなる圧力を加えてくる。

この認識が正しいのであれば、世の中はあまりにも理不尽だ。

 
こういう話は、それぞれの状況だとか、そのひとの受けたことに対する感情だとか、そういうところに寄り添った見方をするのが本流だと思うのだけれど、今回は敢えて、少なくとも考察の材料だけは公的な資料をもとに冷静な客観性を持たせようと試みた。

ロングスパンでの冷静な見方から見えてくるものがあるのではないかと考えたからだ。

自分では、それなりに問題の構造を把握できたのではないかと思っている。

しかしながらその仮説の検証は、一般個人では不可能であり、どこかの骨のあるジャーナリストや司法関係者が明らかにしてくれるのを待つばかりだ。

とにもかくにも、実名も顔も表に出して、売名行為だなんだと叩かれることをわかった上で、個人的には何のメリットもない決死の問題提起し、ジャーナリストとしての矜持を貫いた伊藤詩織さんに、少しでもお役に立てればと切に願うものである。

                     <2017.10.26 記>


■Black Box 単行本 – 2017/10/18 伊藤 詩織 (著)

 

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