■【映画評】『楽園追放』 アンジェラ・バルザックはロイ・バッティである。結局、人のこころを動かすのは、人のこころの動きなのだ。
80年代のSF映画ファンにはたまらない映画である。これは、おっぱい美少女電脳ロボットアニメのフォーマットを使った古き良きSF映画であり、人のこころに響く人間賛歌なのである。
●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
No.109 『楽園追放 -Expelled from Paradise-』
公開:2014年11月
製作
野口光一 監督 水島精二 脚本 虚淵玄
出演:
釘宮理恵 三木眞一郎 神谷浩史 他
■あらすじ■
ナノハザードにより廃墟となった地球を棄てて人類の多くは、データとなって電脳世界ディーヴァで暮らすようになっていた。
そのディーヴァが地上世界からの謎のハッキングを受ける。その主は、フロンティア・セッターと名乗った。ディーヴァの捜査官アンジェラは、生身の体・マテリアルボディを身にまとって地上世界へと降り立ち、地上調査員ディンゴと共にフロンティア・セッターの捜索を開始する。
■「全身の骨で感じるんだよ。ビートをさ」
お尻を露出したおっぱい美少女が聞く。
「それって、そんなにも凄いこと?」
「古い人類のあなたがわたしを怖がらないのは、音楽を骨で感じることが出来るから?」
そういう映画だ。
もう少し分かりやすく言うと、こういうことだ。
電脳美少女と泥臭い人の仁義とが出会うことによって、人間とは何か、自由とは何か、というテーマを浮かび上がらせる。
それはかつて、『ブレードランナー』でロイ・バッティが見せた一瞬の輝きであり、『未来惑星ザルドス』のラストシーンに漂う懐かしさなのである。
■この映画は、プロデューサーでCGクリエーターの野口光一が中心となって企画を立ち上げたオリジナル作品で、脚本は『魔法少女まどか☆マギカ』の虚淵 玄、監督は『鋼の錬金術師(第一期)』の水島精二、CGモーションアドバイザーとして板野一郎を迎えている。
これはきわめて贅沢な布陣であり、 面白くないわけがない。
予想にたがわず、虚淵 玄の紡ぎだすテンポのいい展開やこころを貫くセリフ、水島精二による情感あふれる人物描写、表情、フルCGとして後進に確実に受け継がれている板野サーカスも最高に素晴らしい。
けれど、それよりもなによりも、この作品にはどこか落ち着きのある独特の空気感があって、お尻むき出しの美少女を中心に据えながらも、大人の映画にとどまっているという曲芸にひたすら感心するばかりなのだ。
作り手たちが、ぶれずに守り通したコアの部分はそこにあるのだと思う。
■人類が電子化された存在として電脳空間で暮らしている、という設定は特に目新しいものではない。サイバーパンクの世界を映画に持ち込んだ『マトリックス』の一歩先を進んでいるだけで、本質的には変わりはない。
また、電脳空間「ディーヴァ」がユートピアの顔をしたディストピアであり、そこを脱出する物語というのもまたしかりである。
神の顔をした保安局高官たちの存在が面白く、彼らがAIなのか、人間なのかは興味深いところだが、その設定自体は「よくある」話だ。
■けれど、そういう設定の目新しさは、この作品にとってはどうでもいいことだ。
『マトリックス』にとっては、その世界観の設定がすべてだけれど、『楽園追放』にとっての設定は単なる「ガジェット」に過ぎない。
『楽園追放』が描くのは、その「ガジェット」の中で人間が何を感じ、何を思うか、ということなのだ。
それはまさに、『ブレードランナー』や『未来惑星ザルドス』といった80年代のSF映画が描こうとしていたことであり、野口光一や虚淵 玄が目指したところもそこにある。同時代の人間として、もう痛いほどわかる。
『楽園追放』は、今ではすっかり廃れてしまった古き良きSF映画の正式な継承者なのである。
そしてそれが、『楽園追放』が、おっぱい美少女を全面に押し出しながらも大人の映画たり得ている秘密なのだ。
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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
■アンジェラ・バルザックはロイ・バッティである。
ロイ・バッティとは映画『ブレードランナー』に登場する逃亡アンドロイドのボス。
主人公のリック・デッカード(ハリソン・フォード)に仲間を殺され、ロイ・バッティは超人的身体能力でその復讐をする、しかし、リック・デッカードをしとめようとしながらも自らのアンドロイドとして定められた命が今まさに燃え尽きようとしていることを理解していて、最後の瞬間、リックの命を愛おしむように救うのだ。
『ブレードランナー』という映画はこのシーンがすべてである。
ロイ・バッティを演じたルドガー・ハウアーは監督のリドリー・スコット以上にそのことを理解していて、彼抜きにはこの映画は成り立たなかったであろう。
彼によって、アンドロイドのことばに表すことのできない感情が痛いほど胸に伝わってくるのだ。
人間とは何か、という問いを理屈ではなく感情として、確かな感覚を生み出すことに成功している珠玉の名シーンだ。
■プロデューサーの野口光一とシナリオの虚淵 玄は、確実にこのシーンを意識している。
ディーバにハッキングをかけたフロンティア・セッターが意識を自己生成させたAIであり、相棒で肉体をもつ地上人のディンゴがフロンティア・セッターと人間のように触れ合うさまに、アンジェラは混乱してしまう。
「フロンティア・セッターは人間なの?」
「人間かどうかなんて、どうでもいいじゃないか。」
そんなことを考え始めたら、むしろ肉体を持たないアンジェラも、人間かプログラムかどうかなんて区別できなくなってしまう。
アンジェラは、その感覚の無限の延長によって百億光年先のガンマバーストの音を聞いたり、素粒子に触れることすらできる。
けれど、骨で音を感じることはできない。
人間とはなにか、という問いが彼女の中で生まれ、育ち始める。
それはロイ・バッティが過酷な宇宙のかなたで感じ、死を前にしてその心に芽生えた感情そのものなのである。
■終盤、フロンティア・セッターの旅立ちを守るために戦うその最中、一緒に大宇宙への旅に行かないかとフロンティア・セッターに問いかけられた瞬間、アンジェラの前に世界が開ける。
目の前に広がるそこにはないはずの緑の地平。
ああ、まだ知らないことがある。
その瞬間、彼女は自由だ。
■さて、災厄の後に人間が大気圏外に脱出して以降も100年以上の歳月をかけて、外宇宙への人類移住計画を遂行し続けてきたプログラム「フロンティア・セッター」。
映画『スタートレック』の「ヴィジャー」を思い起こさせる存在だが、むしろ同じ作家による『魔法少女まどか☆マギカ』の宇宙生命体キュゥべえとの対比が面白い。
どちらも客観的、論理的思考と語り口なのだけれども、キュゥべえが最後まで「わけが分からないよ」と人間のこころを理解できなかったのに対し、フロンティア・セッターは本人も良く分からないながらも、極めて人間くさい。
その人間臭さが、アンジェラをして人間としての生を取り戻させる。
『まどかマギカ』における絶望から解放は宇宙を作り変えるほどの転換を必要としたが、『楽園追放』の解放はひとりの人間のこころのレベルでの転換によって成し遂げられる。
このあたりがこの作品が「大人」だと思うところだ。
■そして、フロンティア・セッターの旅立ちの場面。
歌を歌って、仁義を通して、星空に夢を見たあんたなら、
もう、人間でいいんじゃないか
もう、このディンゴのセリフにやられてしまいました。
死とか、愛とか、そういう「泣かせ」じゃない。
「真実」に触れたときに感じる震えるような感動。
もう、このシーンだけでこの映画は満点だ。
結局、人のこころを動かすのは、人のこころなんだよね。
<2017.07.18 記>
■STAFF■
原作 - ニトロプラス、東映アニメーション
脚本 - 虚淵玄(ニトロプラス)
監督 - 水島精二
キャラクターデザイン - 齋藤将嗣
プロダクションデザイン - 上津康義
メカニックデザイン(フロンティアセッター) - 石垣純哉
メカニックデザイン - 齋藤将嗣、柳瀬敬之、石渡マコト(ニトロプラス)
スカルプチャーデザイン - 浅井真紀
グラフィックデザイン - 草野剛
3Dメカデザイナー - 池田幸雄
設定考証・コンセプトデザイン - 小倉信也
演出 - 京田知己
絵コンテ - 水島精二、京田知己、角田一樹、黒川智之
CG監督 - 阿尾直樹
作画監督 - 郷津春奈
デジタル作画監督 - 山崎真央
造形ディレクター - 横川和政
モーション監督 - 柏倉晴樹
色彩設定 - 村田恵里子
モニターグラフィックス - 宮原洋平(カプセル)、佐藤菜津子
美術監督 - 野村正信(美峰)
撮影監督 - 林コージロー(グラフィニカ)
編集 - 吉武将人(エディッツ)
音響監督 - 三間雅文(テクノサウンド)
音響効果 - 倉橋静男(サウンドボックス)
音楽 - NARASAKI
音楽プロデューサー - 島谷浩作、小西岳夫
モーションアドバイザー - 板野一郎
アニメーションプロデューサー - 森口博史
チーフアニメーションプロデューサー - 吉岡宏起
プロデューサー - 野口光一
アニメーション制作 - グラフィニカ
企画・製作 - 東映アニメーション
■CAST■
アンジェラ・バルザック - 釘宮理恵
ディンゴ - 三木眞一郎
フロンティアセッター - 神谷浩史
ディーヴァ保安局高官 - 稲葉実、江川央生、上村典子
ディーヴァ女性エージェント - 林原めぐみ、高山みなみ、三石琴乃
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