■【映画評】『美しい星』 原作・三島由紀夫。僕らが信じるものすべてが妄想だとしても。
ハチャメチャな話で訳が分からない映画なのだけれど、実はとても深い。けれど、その深さの先にさらに美しく、いとおしいメッセージが込められているのだ。
●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
No.106 『美しい星』
原作:三島由紀夫 監督: 吉田大八
公開:2017年5月
出演:
リリー・フランキー、亀梨和也、橋本愛、中嶋朋子 他
■あらすじ■
中年の気象予報士が、ある日不可思議な体験をし、自らが火星人であることに目覚め、このまま地球温暖化が進めば地球は滅びると叫び始める。時を同じくして就職できずに即配バイトで凌いでいた息子は水星人に、大学生の娘は金星人であることに目覚める。一方、母親は地球外惑星人であることに目覚めることはなかったが、美味しい水のマルチ商法に巻き込まれ。。。。
■父と息子と娘は不思議な体験をして、それぞれ火星人、水星人、金星人であることに目覚めるのだけれど、どう考えても妄想だ。
父親は気象予報士として時代遅れになっていて、若くきゃぴきゃぴした予報士に取って代わられようとしていることに薄々気が付いているし、フリーターの息子はうまくいかない人生に虚しさを感じているし、美しすぎることがコンプレックスで娘は他人と素直に関わることが出来ない。
宇宙人であるという妄想は、そんな人生からの逃避と見るのが妥当だろう。
一見、専業主婦として淡々と生きているはずの母親も、ちょっとしたきっかけでマルチ商法の伝統師として目覚めてしまう。
むしろ、その姿がよくある話で、父親と息子と娘は母親の姿のカタチを変えた比喩とも言える。
■ところが、政治家の秘書をしている謎の男の登場で、物語はおかしな方向へと流れていく。この男、どうやら本当の宇宙人なのである。
男は、彼らを惑星連合の宇宙人だと認めた上で、地球を「美しい」と考えるのは人間であるのに、地球が本当に美しいのは人間の文明がない状態であるという矛盾を説く。
かなりの改変を加えているであろう三島由紀夫の原作のたぶん一番のエッセンスがここに集約されているのだろうと感じる。
その言葉は人間のおごりへの警句である。
そして、僕ら平穏な日々を暮らしている人間が当たり前のものとして信じている「日常」が、実は妄想に過ぎないのだ、という恐ろしい真実を告げているようにも思えてくるのだ。
この家族は、自分たちが宇宙人であることに目覚めるという妄想にとらわれているように見えて、その真実に気が付いてしまったのではないか。
そういう逆説が突如として立ち上がってくるのだ。
■けれども、その真実が本当のことであるかどうかはこの映画の本質ではない。
詐欺師のストリートミュージシャンに妊娠させられた娘を気遣う、そして死を突きつけられた父親を気遣う家族の姿、そこに本質があるのだと思う。
この世界が僕らが勝手に思い込んだ妄想であってもなくても、そんなことはどうでもよくて、それでも確かなものは家族なのだ、この絆は決して妄想ではないのだ、そういった希望がそこには込められているのだと思う。
家族賛歌、実はそういう映画だったのだと改めて気づくのであった。
<2017.06.15 記>
監督 吉田大八
脚本 吉田大八、甲斐聖太郎
原作 三島由紀夫
製作 依田巽
音楽 渡邊琢磨
撮影 近藤龍人
編集 岡田久美
■CAST■
大杉重一郎〈53〉 - リリー・フランキー
気象予報士。火星人
大杉一雄〈27〉 - 亀梨和也
重一郎の息子
メッセンジャーをしているフリーター、水星人
大杉暁子〈20〉 - 橋本愛
重一郎の娘。大学生、金星人
大杉伊余子〈49〉 - 中嶋朋子
重一郎の妻。専業主婦、地球人
黒木克己〈49〉 - 佐々木蔵之介
鷹森の第一秘書
今野彰 - 羽場裕一 - ニュースキャスター
中井玲奈 - 友利恵 - アシスタント気象予報士
加藤晃紀 - 川島潤哉 - プロデューサー
茂木潤 - 板橋駿谷 - ディレクター
長谷部収 - 坂口辰平 - アシスタントディレクター
鷹森紀一郎 - 春田純一 - 参議院議員
三輪直人 - 武藤心平 - 鷹森の第二秘書
竹宮薫 - 若葉竜也 - ストリートミュージシャン
イズミ - 樋井明日香 - ストリートミュージシャン
栗田岳斗 - 藤原季節 - 大学生
丸山梓 - 赤間麻里子 - 水のマルチ商法に伊余子を誘う
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