■【映画評】『メッセージ』、「言語」の持つ力と「物語」が出会うとき。
異星人とのコミュニケーションの物語なのだけれど、ラスト、原作の『あなたの人生の物語』という名前の意味を衝撃とともに理解し、落涙する。
ああ、これぞSF!!
●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
No.105 『メッセージ』
原題: Arrival
監督: ドゥニ・ヴィルヌーヴ 公開:2017年5月
原作:テッド・チャン 「あなたの人生の物語」
出演: エイミー・アダムス ジェレミー・レナー 他
■あらすじ■
突如、世界各地12か所に巨大な浮遊物体が現れる。言語学者のルイーズは軍の要請で異星人とのコンタクトに挑戦するのだが。。。。
■スタニスワフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』をソ連の映像詩人、アンドレイ・タルコフスキーが映画化した『惑星ソラリス』。「理解の外にあるものとの関わり合い」という極めてSF的で、哲学的で、詩的な空気を漂わせた作品だが、この『メッセージ』という映画は、その不朽の名作と同じ匂いがする。この商業主義全盛の時代において、実に得難いことだと思う。
いわゆるSF映画に登場するエイリアンは敵対的で、恐ろしい姿で、驚異的力で人間に襲い掛かってくるわけであるが、本作においてはエイリアンの目的が分からず敵かどうかすら分からない。わかっているのは我々の理解する物理法則をはるかに超える枠組みで彼らは存在するということ。しかし、その不可解を不可解のままにせずに科学的思考で解きほぐしていく、そこにSFの本質があって、格闘や空中戦といったアクションがないにも関わらず、われわれの興味をぐいぐいと引き込んでいくそのさまが、真にSF的なのである。
■SFとは’Science Fiction(空想科学小説)’というだけでなく、’Speculative Fiction(思弁小説)’でもあるという地平を開いたのはP・K・ディックだが、困ったことにそれが映画になった途端、思弁的なSF映画である『2001年宇宙の旅』にしても、先の『惑星ソラリス』にしても、その難点は観ているうちに眠くなってしまうことである。(ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?』を原作としたリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』は、原作の思弁的部分を大きく切り捨てたことによってエンターテイメント足りえたといえるだろう。)
ところが、この映画は(その知的展開に乗り遅れることさえなければ)眠くならない。これは画期的なことである。原作は読んでいないけれども、思弁性を「映画」というエンターテイメントのフォーマットにうまく転換していると思われる。
それを牽引するのは、主人公の言語学者ルイーズ、そのパートナーの理論物理学者イアン、調査の責任者のウェーバー大佐といったキャラクター、時折さしはさまれるルイーズの娘を襲った不幸、といったドラマ的な部分の助けも大いにあるのだが、何よりも、エイリアンとのコミュニケーションが立ち上がっていく過程という本論の部分での面白さが際立っていることにあり、それ故に作品の軸がぶれず、骨太になっていて、そこが何より素晴らしい。
■何しろ七本脚のタコがスミを吐いて、どうやらそれが彼らの会話のツールなのだという不可思議な世界。それでもルイーズが必死にくらいつくさまに、エイリアンも共感するような感じが伝わってきて、もう’ふたり’は、普通名詞の「エイリアン」ではなく、「アボット」と「コステロ」という固有名詞の存在へと変化していく。
この場面、「コミュニケーション」が成り立っていく感動を描く場面ではあるものの、実は、「普通名詞」の’人間’と’異星人’から、「固有名詞」の’ルイーズ’、’イアン’、’アボット’、’コステロ’への「言語学的質的変化」が彼らの関係を大きく変えた、そこに本質的な意味がある。
「あなたの人生の物語」という原作が示すとおり、これは極めて個人的な物語であり、コミュニケーションとは例えばアメリカ人と日本人という「普通名詞」から、ジョニーと太郎という「固有名詞」に移行したときにはじめて成り立つものなのだ。
何故かならば、人間の認知とは極めて個人的なものだからであり、そこ個人的であるという特性が、この映画を知的なハードSFでありながら情感豊かな人間ドラマとして成立させているのである。
■彼らが使う言語は、「表音文字」ではなく、「表意文字」であり、発音の順番にとらわれないが故に、「時間」という概念から自由である。
序盤に示されたその伏線が、ラストで素晴らしく展開していく。
詳しくはネタバレ以降に語ることにするけれど、この作品は単なるエイリアンとのコミュニケーションの話ではない。
終盤のスリリングな展開と、ラストで観る者がすべてを理解した瞬間に覚える心の震えは、必見である。
知的であるだけでは「物語」足りえない。
「知性」と「物語」が構造として組みあがり、想定以上の感動を与えてくれる、そこがこの映画の最大の魅力なのだ。
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
■さて、ルイーズの娘アンナである。
オープニングから、重要な場面でルイーズの記憶のなかにアンナが紛れ込む。
観ているものは、当然それは過去の話だという前提で理解するのだけれども、実は、、、、というラストの展開。完全にやられてしまった。
物語の中ではアンナが何度も、「動物とお話をするパパとママ」なんて言ってるのに気が付かない。
思い込みって本当に強固なものである。
■エイリアンの言語であるヘプタポッドB(墨絵文字)をマスターしたルイーズは、その言語が「時間の流れ」という概念を取り去ってしまうがために、未来と現在と過去を同じように感じることが出来るようになってしまう。
アンナは難病にかかって死んでしまう。
それが分かっていて、これからイアンと結婚をする。
イアンは、その時間感覚を持っていないけれども、ルイーズを通して、「定まった未来」を受け入れて生きていくことになる。
それは一体なにを意味しているのだろうか。
■「時間の流れ」に縛られている私には、ルイーズの見えるその世界も、そこに巻き込まれるイアンの見る世界も、わからない。
けれども、わからないながらも、何か深いものが胸に込み上げてきて、いつの間にか頬に涙が伝っていた。
エイリアンが3000年後の未来のために人間に授けた能力によって、これからの人類が見る世界はいままでとは別の次元のものへと変質していくのだろう。
しかし、信頼できる相手と一緒に生きていること、とか、愛する子供の笑顔をにこやかに眺めること、とか、その瞬間の’いま’は決して変わらない。
ルイーズはその’いま’を愛おしく抱きしめようと思う。
世界が変わってしまったときに、それでも変わらないものがあって、雑多なものに隠されてしまった「大切」なものがそこに立ち現れてくる。
SFとは、日常を捻じ曲げてみせ、そうすることで逆に「現実」をあぶりだしてみせる手法なのだ。
その意味で、ラストを見たときの涙こそが、この映画がSFの本質を突いていることの証拠なのかもしれない。
<2017.05.19 記>
【追記】
YOUTUBEで町山智浩さんの解説を見た。
会場の観客にお子さんがいる方はどれくらいいらっしゃいますか?と問うたあとで、子供が成長して大きくなっても、幼い頃のそのへんで飛び跳ねていたころの記憶は時系列に関係なく、ついこの間のことのように、ありありと思い出すことが出来る。記憶に時間は関係ないんだと力説していた。
本当によくわかる。
そうだよね。時間は関係ない。
その瞬間の幸せないとおしい記憶は色あせることなく常にここにある。
そういうことなんだよね。。。。
<2017.07.02 記>
原作では、「ばかうけ」宇宙船は飛来しないし、武力衝突の危機もおとずれない。
ただ淡々とルイーズの語りによってヘプタポッドの世界観の理解が進んでいく。
この静かさは小説ならではのものであり、やはりそのまま映画に、というわけにはいかなかったのだろう。
この大幅な追加プロットは映画として成功している。
しかし、ルイーズが娘への愛のまなざしは共通するものであり、その本質は変わらない。
■【書評・哲学】『あなたの人生の物語』から、時間と自由意志について考えてみる。
■STAFF■
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本 エリック・ハイセラー
原作 テッド・チャン
「あなたの人生の物語」
製作 ダン・レヴィン
音楽 ヨハン・ヨハンソン
撮影 ブラッドフォード・ヤング
編集 ジョー・ウォーカー
■CAST■
ルイーズ・バンクス博士 - エイミー・アダムス
イアン・ドネリー - ジェレミー・レナー
ウェバー大佐 - フォレスト・ウィテカー
ハルペーン捜査官 - マイケル・スタールバーグ
シャン将軍 - ツィ・マー
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