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2017年5月 1日 (月)

■【社会】NHKスペシャル『憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた 』、憲法は「こころ」が組み込まれてはじめて機能するものなのだ。

憲法を語る季節がやってきた。

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■NHKスペシャルの内容は、新たな資料をもとに平和憲法はマッカーサーの押し付けであるという従来の考えを覆すものだった。

戦後初の国会での昭和天皇の勅語。

それは、これからの日本は平和国家を目指すという明確なメッセージであった。

その勅語も草案第一稿は国体の護持を打ち出すもので、それが東久邇宮首相の意見により平和国家という考えに切り替えられた。

東久邇宮は皇室の意見を確認していたというから、当時いち早く憲法改正についての調査を命じていた昭和天皇の意見を反映していたことは想像に難くない。

この勅語が戦後の日本の空気を形作ったのだ。

■(幣原首相が天皇制の維持とともに提案した)戦争放棄をマッカーサーがGHQ案として新憲法の草案を押し付けたのは事実だが、そこには「平和」の文字は存在しなかった。

憲法改正の作業を行う国会の秘密部会がこのドキュメントの要だ。

「戦争放棄、というだけでは押し付けられてしかたなくとか、戦争はもうこりごりだとか、そういう後ろ向きの感じがいなめない。そうではなく、日本が主体的に平和を望む、そういう形にすべきではないか」

社会党の議員のこの発言に、全員が賛同する。

各政党、各派入り乱れての論議の場であるものの、意識としては一致していたのだ。

そうして、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」という「姿勢」が追加されたのである。いわゆる芦田修正だ。

その背景には昭和天皇の勅語があって、当時の国民意識というものも、まさにそこに寄り添うものであったに違いない。

そうして、憲法9条が出来上がった。

 

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

■日本国憲法は押し付け憲法だから、、、、などという人たちに対しては、「だからどうした?」といつも思う。

今回のNHKスペシャルも、昭和天皇の勅語や、ご幼少の今上陛下が書初めで「平和国家建設」と書いたものを出してきたり、幣原のマッカーサーへ提言とか、芦田修正とか、そのほかの日本人によるGHQ草案に対する修正などを挙げていき、穿った見方をすれば、日本国憲法は押し付け憲法などではない、という誘導ともとれる内容であった。

それをあげつらう人たちが出てくるのは十分に想像できる。

いろいろ並べたところで所詮押し付けなのだと。

けれども、憲法というのは法律ではあるものの、国家のカタチを規定するという意味で、その精神性がなければ全く意味がない。

もし日本国憲法が無味乾燥な条文の羅列による「国家の規定」であるならば、そんな魂のない憲法は憲法たり得ない。

当時の日本人がGHQ草案を受け入れながら、未来をどう作っていくかという精神性を注入する血のにじむような努力があったからこそ、我々はそれを受け入れ、それを70年も守ってきたのだ。

■もし、憲法改正が必要ならば、改正すればいいと思う。

けれども、それは「普通の国」でないから、

などという、「みんなスマホ持っているよ!」的な小学生並みの程度の低い議論で行うべきではない。

憲法改正に必要なのは「世の中の状況が変わったことによって、こうありたいと願う新たな日本の未来の姿」とそれに対し「そうだよなあ」と国民全体が心の底から思える感覚である。

それが憲法の精神性の意味だ。

繰り返すが、「ほかの国はみんな」とか、「押し付けだから」とか、そういうことは本質ではなく、現在の憲法にわれわれ日本人の今の精神性と合致しているかどうか。

それがすべてである。

もしそれを無視した正統性とか合理性を根拠に改憲を打ち出すならば、それはもはや革命だ。

今の日本の方向性に不満のある人は大勢いるかもしれないが、国のカタチをひっくり返すような革命に賛同する日本人はほとんどいないだろう。

いまある不満はあくまでも方法論に対する不満であって、目指す理想と精神については日本という国の中では、さほど大きなブレは感じない。

要するに、慌てていま改憲する理由など見当たらないということだ。

憲法とは、われわれのこころの在り方なのだ。それは戦後70年でそれほど変わったと思えないし、それは戦争を体験した世代が願った未来の延長線上にわれわれが生きている明かしてもあるのだ。

                     <2017.05.01記>

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