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2017年4月 3日 (月)

■【社会】道徳教科書検定、パン屋が和菓子屋に修正されるバカバカしさ。教育基本法改定の意味を改めて考える。

道徳の教科書検定が話題である。

我が国の郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつこと、という要件を満たさないとパン屋は和菓子屋に修正され、草花が咲く土手は凧揚げに変わってしまった。

思わず失笑してしまう話だが、子供の教育が国の根幹を作るという意味で、きわめて重要な問題だと思うので少し考えてみた。

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■検定でパン屋を否定したわけではない、誤解だ。などというけれども、この文脈ならば、流行りの忖度なんて言葉は使わなくとも、完全にお上の指導に従った形だ。文科省の役人の「例えば、あんぱんなら、、、」なんてコメントをみるにつけ、コントかよ!と思わず突っ込んでしまいそうになる文科省の思想的レベルの低さに暗澹としてしまう。

まあ文科省の役人にしてみれば、道徳の教科書の学習指導要領がそうなってるのだから、あまりイジメても仕方がない。

彼らは実直にまじめに仕事をしているだけだ。

本質的な問題は2006年に全面改訂された教育基本法にある。

■憲法改正にも匹敵する国の根幹に関わる教育基本法の全面改定。その焦点は「普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす」ものから「公共性を重んじ、伝統を継承」するものへの本質的な転換にある。

文科省のHPにある比較表を載せておこう。

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とてもいいことが書いてある。

誰もこれに反対する人はいないだろう。

だから問題なのだ。

上の抜粋を見てもわかる通り、改定された教育基本法は細かくいろいろ書いてある。ありていに言えば、「うざい」。

要するに価値観の押し付けなのである。

■それの何が悪い、

という意見もあるだろう。確かに、行き過ぎた自由と権利意識がモンスターを生み、社会がすさんでしまった。という側面もあるだろう。

それを苦々しく感じる強い危機意識が2006年の教育基本法改定の原動力だったのだと思う。

家族と地域社会が人間の形成にとっていかに大切なものか、なんてことは先刻承知である。公共の精神の根幹はそこにある。

しかし、それはバリバリの旧教育基本法で育った私のようなものでも学校で教わっている。

基本は憲法だ。

基本的人権の尊重

いちいち細かく言われなくたってすべては「基本的人権の尊重」だけで事足りるのだ。

それぞれの個人の人権は尊重される。しかし同じようにほかの人にも人権があって、それもあなたと同じように尊重されなければならない。

道徳の授業でも、社会の授業でも、国語の授業でも、いつでもその文脈に従って教育を受けてきたし、その精神はしっかりと自分のなかに根付いたと思っている。

そこからスタートせずに、憲法と独立したところで細かい価値観を箇条書きにして教え込もうとする、そのやり方が根本的に間違っている。

論理的に憲法から導こうとせず、立案する人間の価値観に従った「良かれ」という思い付きで作るから、伝統とか文化とか郷土愛とか訳の分からないものが入り込んでしまうのだ。

それがいかに無理筋で滑稽なことなのかが、今回の道徳教科書の騒動で浮き上がってきたのだと私は思うのだ。

■伝統も文化も郷土も大好きである。

でも、それは地域や社会と接するなかで自然に生まれてくるもので、決して国家から押し付けられるものではない。

修正まえの教科書に載っていた「きれいな花が咲く土手」は確実にわれわれの心に響く「地元愛」に満ちた心象風景である。

それが空き地のない今の子供にとって何のリアリティもない凧揚げに変わった瞬間にもう絶対に伝わるわけがない。

そういったことを押し付けようとした瞬間に、伝統も文化も郷土も死んでしまうのだ。

だから旧教育基本法は寡黙なのである。

それは明治維新から国家総動員法に至る文脈のなかで生きてきた、それを生で感じてきた人たちだから、そうなったのだと思う。

■先日、娘の小学校の卒業式に参加した。

そのなかで愕然としたことがある。

式の中で君が代斉唱があった。

当たり前のことだと思っていたのだが、並んでいる卒業生たちをみながら君が代をうたっていると、激しい違和感が沸き起こってきたのだ。

何かおかしい。絶対に合わない。似つかわしくない。

卒業式は楽しく学んだ6年間とこれからの旅立ちを想う式である。その中で歌われる君が代への違和感なのである。

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いや、一時期の学校における君が代日の丸ボイコット問題については、むしろ激しい嫌悪感を抱いていた方である。

娘が4年生のころには、君が代を知らないとか言い出すので、慌ててその歌詞の意味もあわせて教え込んだ口である。

バリバリの愛国主義者だと自分でも思う。

でも、いざ自分の娘の卒業式で歌われる君が代には心の底から違うという気持ちが沸き上がってきてしまったのだ。

それは、国というものが、小学校の6年間の想いのなかにはまったく関りがないからだ。

むしろ国というものが小学生に関わるほうが不自然だろう。小学生の視線の先にあるのは毎日眺めながら歩いた花が咲く土手であり、友達と夕方まで遊んだ公園であり、近所のうちの犬であり、そこのうちのおばあちゃんなのだ。

だから日教組とはまったく正反対の意味で、小学校の卒業式で君が代は歌わなくてもいいと思う。みんなでいつも歌った校歌こそが、彼らの属し、育った「社会」の「歌」なのだ。

君が代はオリンピックやら、そういう国を意識する場でこそ、自然と立ち上がり、しみじみとこころを震わせるものである。決して、押し付けるものではない。

国への愛というものは、家族や地域といった社会の延長線上に生まれるものであって、突然上から降ってくるものではない。

今回の卒業式の件で、それを痛切に感じた次第である。

                    <2017.04.03 記>

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■国会を騒がす籠池問題の重要なプレーヤーである菅野完さん。彼が昨年上梓したのがこの「日本会議の研究」。

2006年の教育基本法改定の背後に日本会議がいることは想像に難くない。

当時の首相は今、渦中にある安倍晋三現総理。

彼の言動を追うと、どうもこういう薄っぺらな国家主義がプンプン匂っていた。けれど一昨年の終戦記念日における戦後70年談話あたりから安倍首相は急に変わったように思われる。

ブレーンが完全に入れ替わった、そういう印象だ。

たぶん日本会議ともかなり距離を置くようになったのだと思う。だからこそ籠池さんたちは裏切られた!と言うのだろう。

そこの浅い「愛国」はいまの日本人の誰にも響かない。それは籠池さんへの世間の嘲笑に強く表れている。安倍首相もやっとそのことに気づいたのだと思う。

だからこの「日本会議の研究」の帯で謳われているような「右傾化」は根無し草であり、それほど心配することではないと思っている。

それよりも、東京地裁による「日本会議の研究」に対する出版差し止め仮処分と先日のその取り消しの騒ぎの方が重要だ。

今の司法は本当に独立しているのか。原発稼働停止の大阪高裁の判断も併せて考えると流行りの「忖度」という言葉がどうしても気になってしまう。

1月の出版差し止めを受けてこの本は該当部分の「黒塗り」での出版を行ったらしい。この本は立ち読みで済ませていたが、言論規制の記録として先ほどアマゾンで注文。さて、黒塗りバージョンを手にすることが出来るか??

 

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