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2017年4月 2日 (日)

■【書評】『人類と気候の10万年史』 中川毅。カオスによる猛烈な気候変動はある日突然やっていくる。

地球温暖化が叫ばれて久しいが、10万年の気候を10年単位で調べ上げた結果、過去にはさらに恐ろしいことが起きていて、今、まさにその賭場口立っているかもしれないことを提示する驚愕の本である。また、それと同時に科学的思考の本質を教示する素晴らしい啓蒙本でもあるのだ。

■過去100年で平均気温は1℃上昇し、今後の100年で5℃上昇するといわれる地球温暖化。たかが1℃や5℃と侮ってはいけない。東京と宮崎の平均気温差が0.8℃であることから考えればその重大さが分かるだろう。

気温上昇が産業が加速度的に発達した1910年頃から始まったことから、温暖化物質としての二酸化炭素がやり玉に挙がっているのはご存知の通りだ。

しかし、本書ではそのような問題意識を根底から覆すものだ。

福井県の水月湖。

そこは特別な条件が重なり、世界で唯一ともいえる地質学データがその湖底に一年刻みで欠損なく折り重なっているのだ。

それは15万年に及ぶ地層の年輪である。

■その詳細の物語も面白いのだが、あえて端折って結論を急ぐならば、そこから明らかになった過去の気象のドラマは100年で5℃などというゆったりとした変化ではなく、3年で気温が7℃変化するというような激烈な気候変動なのである。

東京がフィリピンのマニラと同じ気候になったとしても、海水面が50メートル変動しても、100年あれば何とか人間は対応できるだろう。

しかし、3年で7℃の気温の変動には到底対応できない。

効率を求めて一つの農作物に特化するようになった現代でそのようなことが起きれば、世界全域で農作物は壊滅的な打撃を受ける。

1993年、フィリピンのピナツボ火山の噴火による冷夏で日本の稲作は猛烈な凶作に襲われ、日本はあわてて(金にモノを言わせて)タイ米を輸入してしのいだのだけれど、これを覚えているだろうか。

あれは1年だけの凶作である。

それが連続して発生し、しかもその影響が全世界に及ぶとするならば、おそろしく低い食糧自給率の日本がどうなってしまうのかと、考えるだけでも恐ろしい。

■では、それはいつ訪れるのか。

分からない、というのが結論である。

我々は2つの思考の癖をもっている。

ひとつは、いま起きていることはこれから先もずっと続くということ。

もうひとつは、過去に起きたことは必ずまた起こる、ということだ。

これは株の投資をしている人間には身につまされてよく知っていることである。株価の上昇局面では、この利益がいつまでも拡大していくような気がしてしまうし、過去に何度か上昇した銘柄は必ずまた上がると思ってしまう。

けれども大抵の場合、この予想は見事に裏切られる。

この予測不能の動きはカオスと秩序のはざまにある複雑系といわれるシステムの特性であり、ここで語られる気象現象もまた複雑系の一種なのである。

■振り子がある。この振り子の動きは三角関数を用いた数式で完全に予測可能である。これは、天体の動きやロケットの軌道計算をするときに持ちいる予測もこの文脈の延長線上にあり、ニュートン以降の科学文明にいる我々はついついすべてのものは計算で予測可能だと思い込んでしまう。

しかし、その振り子の下にもう一つ振り子をつけた瞬間に、その秩序は一気に崩壊する。いわゆる二重振り子というやつで、そのカオス的振る舞いは予測不能であることが数学的にも明らかにされているそうだ。

我々が住むリアルワールド、特に気象や景気や人体などの複雑系は時に予測不能なふるまいを見せるのである。

中川さんが行った複雑系モデルによるシミュレーションは、見事に予測不能な動きを見せ、その特徴は水月湖に積み重なった地層から読み取れる気候の動きと見事に一致する。

■1万2千年前まで低い平均気温を中心に派手な乱高下を続けていた先の氷河期の気候は、あるタイミングで3年間の間に7℃も跳ね上がり、そのまま高い気温での安定期にはいって今につながっている。

それがいつ崩れるのかを予測できないということだ。

ただ言えるのは複雑系における相転移と呼ばれる急激な変化は、突然現れるということだ。

我々が謳歌するこの安定した温暖な気候はあと1万年続くかもしれないし、唐突に明日終わるかもしれないということだ。

けれども、シミュレーションと地層からのデータがともに語っているのは、相転移の前にはその兆候となる変動が表れるということだ。

近年、50年に一度とか100年に一度とか言われる異常気象が頻繁に起きていることを思うと、100年という長いレンジの地球温暖化よりも、すぐそこに相転移が迫っている危機感の方が、その影響の規模を考えても段違いに大きいということがわかるだろう。

■1万2千年前に起きた大規模な気候変動は、まさに世界の古代文明における農耕の始まり、日本でいうならば縄文時代の始まりにあたる。

そこで中川さんが語る文明論も秀逸で深くうなづくものである。

定住と農耕によって文明が始まり、それが今の繁栄につながっており、それ以前の人類は未開の原始人であるという僕らの常識に対する反論である。

森や海の多様性に寄り添い、食料を求めて渡り歩く狩猟採集という生き方は、現代のような大きな人口を養うことはできないが、急激かつ不安定な気候変動にも追従できる生き方であり、生き延びる知恵の深さという意味で決して生き方として劣っているわけではない、ということだ。

ここに我々が生き残るヒントが隠されている。

それは資本主義が崩壊に向かっている今の状況ともかさなり、我々がいままで信じてきた合理主義が本当の科学なのかと問う時期に来ていることの証左なのかもしれない。

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                        <2017.04.02 記>

【追記】

著者の中川毅さんが私と同い年であることに気づき、どうも親近感が湧いて仕方がない。彼が本書で語る、実際に手にしたデータを積み上げることで真理に迫ろうとする科学的思考や、効率優先の文明に対する視点に深く同意してしまうのは、同じ時代を肩を並べて生きてきたことと無関係ではないと思うからだ。

もしかすると京都大学の入試の時にすれ違っているかもしれないな、などと空想すると、表紙の裏の中川さんの写真がとても他人に思えなくなってしまうから不思議なものである(笑)。

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