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2017年3月31日 (金)

■【映画評】『お嬢さん』、どんでん返しのプロットもすごいのだけれど、この映画の愉しみはその映像美といかがわしさが醸し出す空前絶後の猛烈な世界観なのである。

最高に美しく、最高にえげつなく、最高に楽しい。

でも子供は見ちゃだめだよ。これは大人の愉しみだから。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.96  『お嬢さん』
          
          監督: パク・チャヌク 公開:2016年6月
       出演: キム・ミニ  キム・テリ 他

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■あらすじ■
1939年日本統治下の朝鮮。日本人になりすまして華族の娘を娶り広大な敷地の中で蔵書に囲まれて住む男。その姪が引きついだ資産を狙って詐欺師の手下の女が侍女としてもぐりこむ。子供のころから屋敷を出ることもなく何も知らない無垢なお嬢さん。女は次第にお嬢さんに心惹かれていく。

■半分以上がえせ日本人による片言の日本語で物語りが進行していくのだけれど、狙ったものかどうかは分からないが、たぶんこれが一番効いている。

欧米での評価が高いらしいが、この虚構の世界を一番に成り立たせているのはこの中途半端な日本語であって、それが登場人物すべてが醸し出すインチキ臭さを象徴していて、ああ、このニュアンスを味わえるのは日本人だけなのだなと思うと、ついニヤリとしてしまう。

お嬢様は日本人という設定だけれども、ほかの登場人物は全員いんちき日本人である。

日本統治下といいながら、登場する日本人はいやらしい金持ちのじじいたちと町を行軍する若い兵隊さんだけであり、物語に直接参加することはない。

日韓の関係でいえば、日本人の金持ちとそれに虐げられる朝鮮人という構図にしたがりそうなものだけれど、こういう日本人を排した朝鮮人のなかでのえせ日本人化という図式に当時のリアルを感じるのである。

そして、上月というインチキ日本人華族の館に潜む変態世界の虚構はこの片言の日本語だからこそ笑いに変換されるのだし、リアルを欠いているからこそ、逆に深くこころに食い込んでくるのである。

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■第一部は侍女のスッキの視点、第二部は秀子お嬢様の視点で同じ物語が語りなおされる。

このあたりの構図が実に見事だ。原作の荊の城は読んでいないのだけれど、ミステリの傑作といわれるその骨格は見事に受けついているようだ。

このだましの構成の素晴らしさがこの映画の骨格だ。

しかしながら、いくらプロットがよくても面白い映画はできない。

映画にとって大切なのは見るものを引きずり込む魔物のような何かである。

■ATG映画を思い出した。

引きの静かな画面から狂気を含んだ美しさとともに猛烈な迫力が伝わってくる。

上月が原田芳雄なら完璧だ。

ふたりの女がからむ美しさは、じらすことによってその美しさを維持したままいやらしさを増幅していく。

パク・チャヌクという監督の映画は初めてみるが、いい感性をしている。

■そして何より、やはり役者だ。

スッキを演じるキム・テリ。彼女が素晴らしすぎる。

金持ちの娘をだまして金をむしり取り施設に放り込む。そのためにお嬢様に取り入る一生懸命さ。上流階級の持ち物にウキウキしてしまうかわいらしさ。かわいそうなお嬢様に同乗してしまうやさしさ。その感情と金を得ることとの間のこころの葛藤。

基本的に純真なのである。

キム・テリは、そのうるんだ瞳でそれを演じきった。

たぶん彼女なしではこの映画の成功はありえなかっただろう。

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お嬢様を演じたキム・ミニもいいのだけれど、彼女がどうしても松嶋菜々子に見えてしまって、実に困る。

彼女がハシタナイ日本語をその口にするたびに、イケナイ感が半端ない。

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詐欺師の藤原伯爵のハ・ジョンウのいんちき日本語は強烈で、もう悶絶の域である。たぶんこの映画に没入できるかはこれを受け入れられるかどうかにかかっているといっても過言ではない。

極悪人なのだけれども、何とも憎めない。いつでも死ねるというアウトローとしての矜持もあって、単純なようでいてかなり複雑な人物をあの片言で演じ切るのだからハ・ジョンウという役者の演技力もすごいのだなあ、と改めて気づく次第である。

■この映画は美しきエロ映画であり、唾棄すべき変態映画であり、こころ揺さぶる芸術映画であり、良質のミステリであり、そこに韓国映画らしいコメディの薬味を少々。

それらをいんちき日本語によってこの虚構世界をひとつの独自の物語として完成させ、観る者を没入させるのである。

ここでカッコつけるならば、虚構が虚構のままであるからこそ、そこに人間の真実が浮かび上がるのだ、などと高らかに書きたいところだけれど、この映画に関してはそういう高尚な文章は似つかわしくない。

どこまでも下品なのだ。

お○んぽ、とか、お○んこ、とか、そういう言葉の破壊力を知っているパク・チャヌク監督は変態が大好きで、この映画の登場人物でいえば変態サディストの上月のような男だ。

そこには人間の真実はない。

あるのは下卑たいやらしいニヤニヤ笑いである。

それでもなお、この映画に強く引き付けられるのは、スッキの純情も、お嬢様のやさしさも、藤原伯爵の矜持も、すべてを飲み込んでしまう狂気ゆえである。

ラストでスッキとお嬢様の上に上る満月はその象徴だ。

どこまでも追いかけてくる満月からふたりが逃れるすべはない。

たぶん、ふたりはろくな死に方はしないだろう。

しかしそれは悲劇ではない。

あくまで虚構。いんちき。

けれど、ときに人はそれを求めてやまないのである。

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■この映画に関してはネタバレは書きません。

是非、何も観ずに、予告編も観ずに鑑賞されることをお勧めします。

                      <2017.03.31 記>

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■STAFF■
監督   パク・チャヌク
脚本   パク・チャヌク
      チャン・ソギョン
原作   サラ・ウォーターズ『荊の城』
音楽   チョ・ヨンウク
撮影   チョン・チョンフン
編集   キム・ジェボ
       キム・サンボム


■CAST■
キム・ミニ:秀子お嬢様
キム・テリ:スッキ、珠子
ハ・ジョンウ:藤原伯爵(詐欺師)
チョ・ジヌン:上月
キム・ヘスク:佐々木夫人
ムン・ソリ:秀子の叔母

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