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2017年2月16日 (木)

■【社会】南スーダンPKO稲田防衛大臣国会答弁。正直すぎる人間の政治家としての資質とは。

野党によるいつもの揚げ足取りに見えるのだけれど、日本がなすべきことは何か。その道筋を考えるうえで実はかなり重要な問題をはらんでいるように思える一件である。

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国会では南スーダンでのPKO活動に参加する陸上自衛隊の「日報」に、去年7月、首都ジュバで起きた事態をこれまでの政府見解と異なり「戦闘」と記していた問題をめぐって、民進党が稲田防衛大臣を追及した。PKO参加5原則は「戦闘行為」があると政府が認めた場合は参加できないとしていて、9日朝の衆院予算委員会では、「日報」に記されていた「戦闘」という言葉を取り上げ、民進党の後藤氏が繰り返し戦闘行為があったかどうか稲田大臣をただしたが、これに対し稲田氏は「法的意味における戦闘行為ではない」と重ねて答弁したため、民進党などが反発、後藤氏は稲田防衛大臣の辞任を要求した。

■日報の内容が伝わってたとかどうかとか、どうでもよくて、昨年の7月に南スーダンの武力衝突では日本の大使館員も自衛隊宿営地に避難する事態になっているのだから政府が把握していないはずはない。

今回の騒動は、「戦闘」を「法的意味における戦闘行為ではない」と答弁したことにあるのだけれど、誰がどう見ても「戦闘」であって、PKO5原則に反するじゃないか!という民進党の論は一見正しいように見える。

しかし南スーダンのPKOは2011年当時の民主党政権下で決定され、2012年に開始されたもっとも過酷といわれているPKOミッションだ。

世界の最貧国であり、停戦合意があっても極めて不安定であることは十分に分かっていて民主党政権は自衛隊を南スーダンに送り込んだのである。

まともな責任感のある政党であるならば、日報がどうこうなんてくだらない話をする前に、戦闘が起きた7月の時点でPKO参加の原則前提が崩れたと撤退の話をするべきだし、そもそも2013年末に内戦が発生しているわけで、今更なにを言っているのか訳が分からない。

自衛隊員の命と日本の基本姿勢についての重大な問題を政争の具としてしか考えな野党をみるにつけ、日本には二大政党制はやはり無理なのだとあきらめざるを得ない。

民進党については、あまりにくだらないのでここまで。

■問題の本質はPKOへの参加と日本の平和憲法の齟齬にある。

今回の南スーダンPKOの概要は以下のとおり。

インフラ整備などを行う施設部隊330名、活動支援部隊40名、海自補給部隊140名、航空補給、整備部隊170名。

要するに荒廃した南スーダンの復興が自衛隊のミッションなのだ。

背後にはアフリカで大きなプレゼンスを拡大している中国への対抗意識や大手商社の利権もあるだろう。

しかしながら自衛隊員は苦しんでいる人たちの生活を取り戻す、そういうモチベーションで働いていると信じたいし、その姿が日本という国のあり方を世界に示す重要な役割を担っているのも事実だ。

しかしながら、日本国憲法で「国権の発動としての戦争」を放棄している我が国は、どうしてもPKOの活動に手かせ足かせを加えざるを得ない。

その手かせ足かせを積極的に外そうとする駆けつけ警護の「普通の国」的発想には賛同しないが、消極的に、法解釈でなんとかごまかしながら平和主義的PKO活動で世界に貢献し続けようという姿勢には同意する。

PKOと憲法の齟齬を正攻法で無理に正そうとすること自体に、むしろ危険なものを感じるのだ。

今回の稲田防衛大臣の発言は、実はここまで考えてのことではないか、というのは穿ち過ぎか?

矛盾を矛盾として世に問うことで、改憲に話を持っていくというのもひとつの道筋だからである。

■稲田朋美という人は真面目な人だ。

法律家として育ち、自虐史観に反発を覚え、活動する中で政治家になった人である。

いかにも固い。

過去を全否定し、なかったことをあったかのように宣伝する中国のプロパガンダとそれにのった朝日新聞を中心とした日本のマスコミには私も猛烈に反発する。

だが、歴史は事実ではなく勝者によって作られるものだという視点に立てば、絶対に守らねばならないことと目をつぶるべきことが見えてくるものである。

政治についても同じであって、世の中には世の中の人の数だけ真実があると考えるならば、絶対に正しいものなんてものはあり得なくて、その中でうまくこの国を守り育んでいく、そのためには方便という名の嘘も必要なのだ。

稲田防衛大臣が改憲論の盛り上がりまでの策略を考えて、今回の発言に及んだかどうかは分からないし、たぶんそこまでは考えていないのだろう。

けれども、方便を嘘だと認めてしまう今回の発言を見るにつけ、政治家としては不向きではないかと思ってしまう。

中曽根首相の時代まで、つまり吉田学校の流れが生きていた時代までは、政治家にその度量が残っていたような気がする。

正しいとこをすることは政治においては正義とは限らない。

安倍政権になり、どうもその単純すぎる思考回路に不安を感じてしまい、その最たるものが憲法改正なのである。

変な話に流れていかないか、心配はその一点だ。

 

【PKO参加五原則】(1)紛争当事者間で停戦合意が成立していること、(2)当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOおよび日本の参加に同意していること、(3)中立的立場を厳守すること、(4)上記の基本方針のいずれかが満たされない場合には部隊を撤収できること、(5)武器の使用は要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること

                       <2017.02.16 記>

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