面白い。一気に読み終えた。
近現代の世界史といまの世界の見方が一気に体系化され、なるほどと腑に落ちる。地図の読み方というだけでなく、そこに歴史と民族の動きを捉えたとき、今われわれの目の前で動いている一つ一つのニュースの意味がしっかりとした形をともなって立ち上がってくる。これからの世界の動きが読めてくる、特に中国の思惑と対抗手段を理解する上で最良の本なのではないだろうか。

■真ん中に日本があり左手にはユーラシア大陸、右手には太平洋とその先にアメリカ大陸がある。そんな世界地図を見ているのは日本人だけである。という当たり前のことに気づかせる最高の教材は上下さかさまのオーストラリアの世界地図である。
同じようにイギリス人は、アメリカ人は別の世界地図を見て生きている。
北極圏が異様に拡大されたメルカトル図法の地図も、航海に便利だというだけで、別の目的からすれば別の地図を見る。上が北、左右が東西なんて決まっているわけではない。
東西冷戦の時代にアメリカとソ連の関係者は北極を中心としてアメリカとソ連がにらみ合う地図でものごとを考えていた。メルカトル図法の地図だけを見ていたのでは決して理解できない緊迫感がそこにはある。
■地図の中心をどこに置くのかだけではない。そこにどういう物語が起きるのかが問題だ。
地政学は大きな力をランド・パワー(大陸国家)とシー・パワー(海洋国家)に二分することで整理し、理解していく。
中国やロシアはランド・パワー、イギリスやアメリカ、日本はシー・パワーと定義づける。
ランド・パワーは大陸の中心にどっしり構え、陸を進み、周辺の海を目指す。一方のシー・パワーは港の拠点を抑え、海上通路を確保することで海を支配する。
その物語はローマ帝国、モンゴル帝国の時代から普遍であり、歴史は繰り返していく。
日本の戦略を考えるうえで一番参考になるのは同じ大陸の反対側の端に生きるイギリスである。
イギリスは大西洋からアフリカ最南端の喜望峰を確保し、一方で地中海を抜けてカイロを支配、インド洋に抜けてカルカッタを押さえて海洋帝国を確立した。
大英帝国の成功は、シー・パワーであることをわきまえ、決して大陸を支配しようとはせず、大陸がひとつの勢力に染まらず対立の構図が続くように政治的介入をすることで大陸からの侵略が起こらないような防備に留めたことにある。
日本の失敗はシー・パワーでありながら中国大陸の奥深くまで進出してしまったことにある。
日本はアメリカを敵にすべきではなく、地政学的にはむしろ後ろ盾にすべきであって、そのなかで大陸を牽制しながら沿岸沿いに進むべきであったのだ。
と、しても拡大路線を進めば東南アジアでアメリカ、イギリス、フランスの権益とぶつかるのは必然で、既存の勢力との戦争と敗戦は避けられなかったのかもしれないが、、、。
■地政学的観点からみれば、歴史を読むだけでなく、今を解釈し未来を読むことができる。
著者の藤井厳喜はロシアのクリミア併合を予測していたという。
彼はモスクワを中心とした地図を載せる。それを眺め、モスクワに住む人の気持ちになれば、クリミアがロシアの絶対防衛の要であることがよくわかる。
バルト海のサンクトペテルブルグと黒海のクリミア半島はロシアが海に出ていくための要衝である。黒海への出口を失えば黒海を中心とした地域のプレゼンスを失い、クリミアから1000kmしか離れていないモスクワは丸裸となってしまうのだ。
プーチンの強権だ、帝国主義の復活だと世界の世論がいかに騒ごうが、ここはロシアが生き残るためには絶対に必要な場所であり、政治的な戦略がウクライナのクーデターで覆されたとき、防衛的に必要な行動であったということだ。
これは新聞やテレビのニュースを見ていても理解できないことである。
それはアメリカであったり、イギリスであったりする視点で作られたニュースであり、それをなぞるだけの日本のマスコミには到底たどり着かない視点なのである。
そしてそれは日本とロシアとの関係、そして中国の関係を考えるうえで、どうしても必要な視点なのである。
■ロシアとの関係を考えるときに重要なのは北方領土だ。
ロシアの東の出口であるウラジオストック。
そこから太平洋に出ていく道はサハリンと大陸の間の間宮海峡、そして日本の北の宗谷海峡、日本本土を抜ける津軽海峡、対馬海峡だけである。
冬季に海が凍れば北の回路は閉ざされる。そのことを考えれば、ロシアにとって、いかに日本が邪魔であるかがわかる。
冬季の限界線が流氷が流れ着く北海道北部あたりにあるとするならば、宗谷海峡を抜けて千島列島の最南部の北方四島を押さえるルートの確保がウラジオストックを活かすための要点であることが理解できる。
今の日本にとって重要なのは中国の海への進出を押さえることである。
そう考えればロシアとことを構えるのは得策ではない。ロシアは決して北方四島を手放さない。彼らが太平洋に出ていくための生命線だからだ。それを無理に全島返還などと強く出たところで反発を招くだけだということだ。
■海に出ていきたいのは中国も同じだ。
著者は、その要衝は台湾だと喝破する。
沖縄と台湾に押さえられた東シナ海。台湾と東南アジアが押さえる南シナ海。
囲碁の渾身の一手のように台湾は中国の海洋進出を抑え込んでいるのだ。
中国は今般の南シナ海の占拠と同時に、鉄道と河川の支配によってインドシナ半島を取り込みつつある。
これにより南シナ海を占拠されれば日本はその生命線であるシーレーンを分断されるだけでなく、SLBMを搭載した中国の原潜に隠密行動を許すことになり、核戦略的にも危機的な状況に追い込まれることになる。
この囲い込みを完遂させる要衝が台湾なのだ。
■著者はこれからの日本が取るべき道は、海洋国家、シー・パワーとして、まずアメリカをバックに持ち続けること。二つ目に、台湾を含む東南アジア諸国との連携、3つ目に中国を大陸的に囲む中央アジアとの連携だという。
中国が覇権国家として世界を牛耳ろうとする戦略が明確である以上、それに対抗するこの囲い込み戦略は理にかなっている。
中国が太平洋に出ていこうという思いが日本の権益と存続に強い脅威となる限り、それはうまくいかない、割に合わないと思わせる必要がある。むしろそれが戦争を回避する道なのだと思うのだ。
■著者の思想はどこか偏っているようにも思える。特に中国、韓国に対する嫌悪は強烈だ。
日本にとっての大陸に対する重要な緩衝地帯である朝鮮半島を味方につけておく必要性を考えれば、どうなのか、と思えるくらいだ。
彼の考え方を丸のみにするのは極めて危険だ。
けれども、考えるルールとしての彼の地政学は極めて有効である。この本が出版された時期はアメリカ大統領戦は終わっていないのだが、トランプの勝利を予言している。
地政学は地理だけではく、民族の心の動きを読む学問なのだと理解した。今の世界はグローバリズムが限界に達し、民族主義が立ち上がってきている時代なのである。イギリスのEU離脱でそれは決定的になった。その文脈でみればトランプ当選は自然な流れであり、彼の地政学は、世界史を俯瞰した歴史観で現代を眺め、その流れを見極める技なのである。
彼は今後の世界を覇権国家が不在の混乱の時代と考えている。その中で日本がどう生きていくべきなのか、本書はその重要なヒントを提示してくれている。

<2017.02.26 記>

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ロシアの覇権主義とイギリスの覇権主義が日本で衝突した時代について考えるとき、世界全体と日本周辺の地政学的状況は極めて強い緊張状態となった。その状況を理解する世界観というものを教えてくれたのは司馬遼太郎の坂の上の雲である。
この地政学の本を読んで、改めて坂の上の雲の素晴らしさを理解した。

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