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2016年12月 7日 (水)

■【映画評】『マダム・フローレンス! 夢見るふたり 』、魅力的な人間の魅力的な歌声は。

カーネギーホールでのクライマックスシーン。メリル・ストリープ演ずるマダム・フローレンスのあまりに破天荒な歌声に大笑いしながら、なぜか涙が頬をつたっていく。またしても、メリル・ストリープにやられてしまいました。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.91  『マダム・フローレンス! 夢見るふたり 』
           原題: FLORENCE FOSTER JENKINS
          監督:スティーヴン・フリアーズ 公開:2016年12月
       出演: メリル・ストリープ  ヒュー・グラント 他

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■ストーリー■
第二次大戦中、アメリカ、ニューヨーク。音楽を愛する老齢の資産家フローレンスは著名な音楽家のパトロンを務めながらも自らクラブを主催していたが、ある日、自らの歌声をみなさんに聞かせようと思い立ち、ボイストレーニングを始める。だが実は恐ろしいほどの音痴だったのだ。評論家を買収するなどの夫の奔走によってリサイタルは無事に成功。しかし、それに気をよくしたフローレンスはカーネギーホールで歌うと言い出した。

今なおカーネギーホールのアーカイブで人気がある素敵な女性の実話に基づく物語である。

■いやー、歌のレッスンのシーンの破壊力と言ったらない。

本人は音痴なんて思っていなくて気持ちよく歌い上げていて、教師も旦那もピアニストも、本人の前では決してそれを悟られるわけにはいかない。この笑ってはいけない、という状況が笑いを猛烈に強化する。

帰りのエレベータの中でのピアニストの思い出し笑いがまた最高にいい。

けれども、この作品は決して彼女を笑いものにしようとはしない。

なにしろ、老齢であるものの、いやそれ故に、天真爛漫な彼女はとてもキュートで、そんな彼女を守り抜きたいという旦那の気持ちは、彼女のクラブのみなさんも同じであり、大笑いしていたピアニストも、いつしかそのなかに取り込まれていく。

見ているものも、しかり。

素直で純粋なものは、あたたかく見守りたくなるものなのである。

■音痴のばあさんをいかに応援したくなるようにもっていくか。

もちろん、練りに練られたシナリオの効果もあるのだけれども、ことが理屈でなく、こころの動きの問題であるがゆえに、シナリオは大前提としての背景にしかならず、下手を打てばしらけを生んでしまう。

その意味で、メリル・ストリープの演技は神業だ。

彼女の圧倒的な純粋さをみせるだけでなく、その背後にある悲しみと、長い年月を経て、その悲しみが彼女にもたらした覚悟といったようなものがあって、それをちらりと匂わせながらの豪快な演技。

メリル・ストリープでなければ、この映画は撮れなかったかもしれない。

本当にすごい人だ。

■一方のヒュー・グラントも負けずに素晴らしい。

甲斐甲斐しく妻をサポートする献身的な夫の顔と、若い女を囲ってよろしくやっている軽い調子。その矛盾が嫌味なく同居しているこれまたとてつもなく魅力的な人物をやすやすと演じてみせるのである。

それは、少しでも違和感とか反感を覚えてしまうと引いてしまうきわめて危険な役どころであって、落ち着いて考えるとこれはすごいことなのだ。

最近、アニメとかアクションばかり見ていたせいか、こういう役者が見せる映画というものがとても新鮮で、水野晴郎ではないが、映画って本当に素晴らしいものですね。と、あらためて感じ入りました。

ところで実はこの作品、てっきりアメリカ映画かと思っていたけどイギリス映画なんですね。監督は英王室の舞台裏を描いた『クイーン』(2006)を撮ったスティーヴン・フリアーズ。御年75歳。老いてもなお、このような明るく元気な作品が撮れるのって、これまた素晴らしいことです。

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■さて、マダム・フローレンスの天真爛漫さの裏にあるものについて、である。

彼女は若いころに社交界で出会った男と結婚するのだけれど、そいつがプレイボーイの梅毒持ちで、それをうつされて彼女も梅毒を発症してしまう。

それからの50年、彼女はいつ死んでもおかしくない状況に置かれた。

いつも大事に持ち歩いている鞄には分厚い遺言書が入っていて、日々、いろいろなことが書き加えられていく。

いつ死んでも後悔はしない、後悔したくない、という決意。

その決意が彼女の天真爛漫さを支えている。

もちろん、彼女はそんなことを表立って主張したりしない。

けれども、人生に対する決意というものは、表ににじみ出てくるものなのだ。

そして、それが人に深みをもたらし、魅力を与えるのだ。

■カーネギーホール、本番。

もう旦那が手を回せるような舞台ではない。

社交界の大物や、彼女が招待した粗野な帰還兵で会場は埋め尽くされている。

マダムが歌いだす。

沸き起こる失笑、嘲笑。

だが、実業家が連れてきた到底芸術とは縁もゆかりもないセクシー姉さんの一喝で会場の雰囲気は一変する。

彼女を応援したい、という気持ちが沸き起こり、カーネギーホールは一体感に包まれる。

■モーツアルト魔笛「夜の女王のアリア」

アアアアアアアアアアアアー♪

心地よく飛び跳ねるソプラノへの期待は裏切られるが、そこにはあたたかさが満ちている。

 

音楽は単なる美しい音の組み合わせではない。

音とともに、喜びや、悲しみといった感情の場がそこにある、それが音楽なのである。

感情の場が人のこころを動かすのである。

芸術というものの形式にとらわれていて、それを理解できないニューヨークタイムズの記者はじつはとても不幸な人なのである。

なぜなら、彼はそこに生を感じ取ることができないからだ。一番大切なものを見失っているからだ。

 

人のこころは理屈じゃない。

人生に!

ブラーボー!!!

                      <2016.12.07 記>

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■STAFF■
監督 スティーヴン・フリアーズ
製作総指揮  キャメロン・マクラッケン 他
脚本 ニコラス・マーティン
音楽 アレクサンドル・デスプラ

■CAST■
フローレンス・フォスター・ジェンキンス - メリル・ストリープ
シンクレア・ベイフィールド - ヒュー・グラント
コズメ・マクムーン - サイモン・ヘルバーグ
キャサリン - レベッカ・ファーガソン
アグネス・スターク - ニナ・アリアンダ

 

 

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