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2016年12月14日 (水)

■【まんが評】『ぼおるぺん古事記』、こうの史代。おおらかな、それでいてわれわれと地続きの神代の物語り。

こうの史代さんは天才である。

あの何だかよくわからない古事記の世界を、コトバなしでも伝えることができるという「まんが」というメディアの力を使って、そのこころの機微をダイレクトに伝えることに成功してる。

まんがとしても、古事記伝としても、革命的な作品だとおもう。

「夕凪の街、桜の国」や、「この世界の片隅に」とはまた違う味わいの、こうの史代の世界がここにある。

■古事記は言わずと知れた日本最古の歴史書で、712年に編纂されたといわれる。天皇の存在を神話と地続きに語ることで、その権威を保証するものであるのだが、その中身のおおらかさというか、なんともいい加減なところが実に日本的で素敵なのである。

けれど、本でその物語を読もうとすると、ひたすら長ったらしい漢字の名前の神様の羅列で、中身に素直に入れず、かといって、天岩戸とか、因幡の白兎とか、ひとつひとつの物語りにフォーカスした「おはなし」だけでは、単なる昔ばなしになってしまって、何かが大きく欠落してしまう。

そこを、こうの史代は「読み下し文」で古事記のテキストを忠実に追いながら、いきいきとした神々のキャラクターを創造し、紙面のなかで彼らに息吹きを吹き込み、古事記のお話を演じさせる。

その瞬間、とっつきにくい古事記の文字の連なりに、古代に生きた人々の魂が宿り、ああ、なんだ、いまと同じじゃないか、と心から思える。

まんが?と思うなかれ、むしろ、まんがだからこそ成功したコロンブス的超絶アプローチなのである。

しかも、巻頭の写経のような原文の写しの和綴じ本的付録を見ればわかるが、こうの史代さんは、おそらく徹底的に古事記を読み込んで完全に自分のものとしている。

それを咀嚼し、まるで口嚙み酒をつくるかのように、その感情を「まんが」の画面に定着させる行為。余計なセリフや解釈を排除し、さらにボールペンのみで描くというシンプルさが、「アイデア」を「作品」へと完成させているのだ。

■古事記は神代の時代から推古天皇の時代までを描くが、本作は上つ巻と呼ばれる神話時代の巻を題材にしている。

・天の巻 天地創生 天地創生からスサノオノミコトまで

・地の巻 出雲繁栄 オオクニヌシノミコトの物語り

・海の巻 天孫降臨 ニニギノミコトの物語り

まずは、天地創生。

高天原に形もおぼろげなアメノミナカヌシノカミがあらわれ、歴史がはじまる。ここからイザナギ、イザナミまでの神世七代は、混沌から実体が像を結んでいく時代なのだけれども、この薄らぼんやりしたイメージが、イザナギ、イザナミの感情移入可能な、しっかりしたキャラクターに移っていく、その描きかたゆえに、この不可思議な世界観が、なんともすんなりと心に入ってくる。

イザナギ、イザナミの国生みでは、つい、ヒルコってなに??と思ってしまったりするのだけれど、ああ、はじめはうまくいかなかったんだな、と若い夫婦の心情に寄り添うことで、すんなりと通過する。

ともかく、原文の読み下しで進むので、原文にしか頼ることができない。それゆえに余計な途中下車での勝手な解釈に惑わされることなく、原文の本来の意図が浮かび上がるのだ。

イザナミが火の神を生むことで死んでしまう悲劇、イザナミを探しに黄泉の国を訪ねるイザナギ。

そこでイザナギが見たイザナミは!

本来のイメージであれば体中からウジが湧いていて、その姿を見られたイザナミが怒り狂うという場面なのだが、菓子をぼりぼり食いながらのごろ寝でテレビのワイドショーを見ているという描写。

恐れ入りました。

確かに原文にはない、けど、そういうことだよね!

ここがギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケの悲劇との差であって、「美化」というものがまったくもって存在しない、古事記がほかの世界の神話と一線を画している素晴らしいところなのだ。

ちょっとやりすぎ?という気もしないではないが、本質を突いた素晴らしいまなざしだと思う。

そして、この世と黄泉の世界のはざまにある黄泉比良坂。

追ってくるイザナミと、千引岩をたてに別れを告げるイザナギ。

原文の背景に、幸せであった二人の回想が流れる。

なんて切ないんだろう。

そして、コトバで語らないって、なんでこんなにも力があるんだろう!!

■時代は、イザナギが清めた体からうまれた、アマテラスとスサノオの代に引き継がれる。

このアマテラスのふくよかなキャラがまた素晴らしい。

天照大神といえば神々しい美しい姿で描かれるのが定番でしょ?

でも、これです。

それが、なんともワガママなアマテラスの性格にぴったりだということが、出雲征伐あたりになってようやく合点がいくのである。

スサノオもまたヒーローらしからぬブ男である。

たぶん戦前なら発禁処分もの。

でも、だからこそ、その情感がいきるのだ。

このあたりで素晴らしいシーンといえば、もちろん天岩戸もあるのだれど、なんといってもオホゲツヒメのお話。

お前、そんなきたねーところからひねり出したメシを食わせたのか!とスサノオに殴り殺された可哀そうなオホゲツヒメ。

原初に神であるカミムスヒが、そのオホゲツヒメの体から五穀を生み出すシーンは感動的に美しい。

人間的なものに寄り添ったこの作品のなかで、もっとも神話的な見せ場といえるだろう。

それがあって、その直後のクシナダヒメとの幸せを詠んだスサノオの和歌のあたたかさが効いてくる。

やくもたつ いづもやえがき つまごみに 

やえがきつくる そのやえがきを

■さて、そんなこんなでスサノオはたくさん子である神々をつくり、その子孫にオオクニヌシがいて、第二巻目は、彼の物語り。

ここは本当に分からない。

なにが分からないかというと、オオクニヌシはスサノオの直系であって、ともに国造りをするスクナビコなんかは原初の神のカミムスヒの実の子供だったり、それをオオクニヌシが直接カミムスヒに高天原に確かめに行ったりする。明らかに天尊族。

なのに、アマテラスの直系に領土を取られてしまうのだ。

このあたりは、種々雑多なカミを祭ったクニが、アマテラス系のカミのもので、ひとつにまとまる過程で生じる矛盾なのだろう。

で、そんな矛盾なんか、この作品はまったく気にしない。

あくまでも原文なのである。

その潔さがいいのである。

古事記のもつ、おおらかさを描こう、という強い意志をそこに感じるのである。

とらわれない、深く考えないからこそ、スセリビメの猛烈なやきもちと、メンドクセー、と思いながらも、そんなスセリビメをかわいく思うオオクニヌシのやさしさが強く押し出されるのだ。

さて、そんなオオクニヌシが治める地上の世界を、アマテラスが奪おうと試みる。

が、送り出す刺客は、オオクニヌシの世界が居心地よいのか、全然帰ってこない。

その度に、パパどうしよう、と原初の神であるタカミムスヒを引っ張り出して会議を招集、案を出すのは毎回オモヒナネ、という繰り返しが笑える。

征服者がアマテラス、被征服者がオオクニヌシ(=スサノオ)という構図で考えるならば、オオクニヌシが悪者になってしかるべき。歴史書とはそういうものである。

けれど、オオクニヌシは悪者どころか、すごくいい人。アマテラスたち天尊族も、かなり間抜け。

どこまでも、おおらかなのである。

■第三巻は、ついに天孫降臨である。

アマテラスに地上を治めよ!と命令された長男が、めんどくさいから自分の子供のニニギに任せた!って、どうにもいいかげんな感じ。この締まらない感じがほんと古事記なんだよなあ、と改めて思う。

で、なんといってもポイントはセクシー姉さんのアメノウズメの再登場!

なんだかよくわからいけど、高天原のすぐ近くに凄い顔をして立っている地元の神(国つ神)のサルタヒコに「面勝つ神」として派遣されたアメノウズメのかわいいことと言ったらない!

ニニギは完全にくわれてしまうわけだけれども、実はそこには理由がある。

ニニギは、見初めたコノハナノサクヤビメを娶るのだが、同時に嫁いできた姉のイハナガヒメはおそろしく不細工であったために恐れをなして追い返してしまう。

だが、コノハナノサクヤビメが咲けば散る花のような幸せを、イハナガヒメが永遠の命を、意味していたがゆえに、ニニギは永遠を失い、死にゆく運命を背負う。つまり、われわれ人間と同じ地平に立つことになるのだ。

ここにおいて、神話は人の物語りへと、地続きに流れていく。

ニニギの子孫であるヤマサチビコは神性をもつ最後の世代なのだろう。ラストのトヨタマビメとの悲劇は、人とカミが共存できなくなってしまった悲しみの物語りなのである。

それをカラーボールペンで美しく描く、こうの史代さんの心情がひしひしと迫ってくる。

美しい、あまりにも美しいラストなのである。

素晴らしい!

                      <2016.12.14記>

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■追記1

ボールペンで描くこのタッチ、どっかでみたなと思ったら、諸星大二郎ですね。好きなのかな?

■追記2

このブログでは、みんな呼び捨てだけど、こうの史代さんだけ、今回は’さん’付けです。実は筆者と同じ年に生まれてることに気づいてしまって、なんだか、突き放した敬称略にはできず、つい’さん’をつけてしまいました。

■追記3

第三巻、巻末にあるヤマツミ一万尺。コノハナノサクヤビメとイハナガヒメの姉妹がひたすらアルプス一万尺をやっている、という話なんだけど、もうお腹がよじれそうに笑ってしまった!絶品です!

 

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