■【映画評】 『この世界の片隅に』。タンポポが、野にささやかに咲くように。
なんだろう、この、あたたかく、切なく、やりきれなく、そして大切に、いとおしく思えるこの感情は。。。
●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
No.80 『この世界の片隅に』
原作 : こうの史代
監督・脚本 : 片渕須直
公開:2016年11月 出演: のん 他
■ストーリー■
戦争が始まる前の広島に生まれたすずは、おっとりとした、絵を書くことが好きな娘で、兄妹とともに貧しくともあたたかい家庭で育つ。そのすずも年頃になり、戦争のさなかの昭和19年。彼女を見初めたという海軍さんのもとに嫁いでいく。不器用ながらも優しい夫とその家族とともに苦しい戦時中の状況のなかで、精一杯の明るさをたもちながら暮らしていく。昭和20年になり戦局は悪化、軍港のある呉への爆撃は日増しに激しくなり、そして運命の夏がやってくる。
■こうの史代の作品は、『夕凪の街 桜の国』を読んでいて、もう映画を見る前からすずの表情をネットなどで見るだけで涙腺がつらくなってくる。
『夕凪の街』も、それに続く『桜の国』も、とてもことばにしつくせない感情をにじませる物語で、その象徴は主人公の若い女性の浮かべるやわらかい笑顔であり、『この世界の片隅に』の主人公のすずの表情に、それを見てしまう。だから、もう、見る前から泣けてしまうのだ。
そして本編を見終えたあと、やはり泣きはらした目頭を押さえながら、ああ、やはり、こうの史代の世界なのだな、と思う。
■幼い頃の兄妹と育った日々、18でお嫁に行き、失敗ばかりで、てへっと笑って過ごす日々。空襲が激化し、それでもやわらかい笑顔で乗り切っていく。
それは野に咲くタンポポのような、高射砲の音にも機銃照射にも関係なく、花から花に渡るモンシロチョウのような、そういう健康な笑顔だ。
戦争がいいとか、悪いとか、そういう次元ではなく。
当たり前の、ごく普通の、絵が好きで、不器用で、そんなかわいくて、いとおしくて仕方ない日常。戦争が激化しようとも、食べるものがなくても、失ってはいけない当たり前のことを忘れないように、いや、失ってしまいそうだからこそ、笑顔を、笑いを絶やさずに、すずも、すずのまわりの人たちも一日いちにちを生きていく。
この映画は、ただただ、それだけを語った映画だと言っていい。
■126分の物語りは、その前半から中盤にかけてきわめてテンポよく、しかしおだやかに流れていく。その積み重ね。見るものが、すずとその日々をいとおしく思う至福の時間。それが、何よりもかけがえのない、何よりも大切なもののなのだ、などとこの映画は声高に叫ぶことはない。
けれども、いやがおうにも見るものは昭和20年の夏を意識してしまう。
それが分かっているから、あまりにも切ないこの至福の時間がずしりとした重みをもたざるを得ない。そういう構図になっている。
■戦争の足音は、幼馴染の姿をとって現われる。
とてつもなく明るい水兵さんである青年は、かつての甘酸っぱい想いを漂わせながら、実は死を予期している。
彼は、すずたちがなんとか気づかずにやり過ごそうとしている何かをすでに見てしまっているからだ。
そして、彼が最期にという思いで、すずに会いに来たのだと、実は幼いはるみ以外は、みんな気づいているのである。
夫である周作は、愛するすずをその男に一晩貸すという暴挙に出るのだけれど、それはその男にとって死がもうそこまで迫っているのだということ抜きに考えることはできない。それを口に出すことはなく、ぎりぎりの、薄氷を踏むような緊迫感のなかで生まれてくる、絶望的な戦地に向かう男へのせめてもの心遣いなのだ。
それは死と遠ざかってしまった我々にとって、なかなか理解できない心情なのだけれど、あくまでも表面的に語られるのは相変わらずの日々であって、そこが、こうの史代作品の難しさなのだと思う。
彼女の作品の登場人物は本心を隠す。
うーん、とか、あれ?とか不思議で腑に落ちないところがあって、よくよく読み返してみると、ああ、そうなのか、と、そこに隠された震えるような感情に、あらためて圧倒されるのである。
たぶん、この作品も2回、3回と見ることで、その隠された感情に触れて、ますますいとおしくなっていくのだろうと思う。
そして10年後に再び見たときに、さらに何かを見つけることになるのだろう。
それは、その人が、いったい何を見て、感じて生きてきたかによって決まってくるものだからだ。
この映画を見終わったときの、こころの動きをうまく言葉にできないという、その感覚は、きっとそれによるものなのかもしれない。
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
■昭和20年3月。ついに本格的な空襲が始まる。
たんぽぽのように、とんぼのように、モンシロチョウのように、普通でいることを奪われる。
それを象徴するのが、すずが空襲警報のなか、逃げろ!とシラサギを追いかけ、機銃照射で殺されかけるあのシーンだ。
いままで、気が付かぬふりをして押し通してきた「普通」が、ついに最期の時を迎える。それを暗示するターニングポイントである。
■B-29から放たれる大量の爆弾が町に降り注ぐ。
そして時限爆弾という人殺しのために計算しつくされた冷徹な暴力は、その握った手のぬくもりとともに、はるみを奪い去る。
いままで過ごしてきた、つつましやかな普通の暮らし、それを奪い取る悪魔的な暴力。
右手を失うとともに、引き裂かれたすずのこころは、アメリカを恨むのではなく、その憎しみは自分に向かう。
わたしは生きていてはいけない存在なのだろうか。
理不尽な暴力にさらされたとき、1万メートルの上空にいる顔の見えないアメリカ人から死ね!と思われていると気づいたとき、こうの史代の登場人物は、自分の存在を許してもらえていないのだと、「気づいて」しまうのだ。
■だが、そんな思いを整理する時間すら与えられずに容赦なく焼夷弾が降りそそぐ。生きる、という本能が、なんとか崩壊から守ってくれる。
そして原爆が投下され、8月15日の玉音放送を迎える。
なんでやめるんだ。そんなことははじめからわかっていたろうに!わたしはまだ生きとるのに!
それは生き残ってしまったことに対する怨嗟だ。
なぜ、無垢な、はるみちゃんが死んでわたしが生きのびているのか。
はるみが死んだ、そのときの悲しみが、いままで生き延びることで精いっぱいで抑え込まれていた感情が、ここで一気にあふれ出る。
■終戦。町が少し落ち着きを取り戻し、周作もすずのもとに帰ってくる。
そして、やさしくすずを包むのだ。
すずは、やっとそこに「この世界の片隅で」生きていていい場所を、生きていてもいいと許してもらえる場所を見つける。
タンポポが、野の片隅でささやかに咲くように。
けれども、それはとても強い、生きる力だ。
人は愛されることによってはじめて地面に根をおろし、そしてはじめて、人を愛することができる。
そうしてふたりは、はるみの影をまとった戦災孤児を引き取り、新しい家族をこの世界の片隅で築きはじめるのだ。
■今に生きるわたしたちにとって、我々に死ね!と刃を向けてくる相手は、ますますその姿が見えなくなってしまっている。
けれども、それは確実に我々のささやかな生き方を圧迫しているのだ。
この映画はたしかに反戦映画であるのだけれど、もっと普遍的な大切なものについて語っているのではないだろうか。
まだまだコトバにしきれない何かがあって、きっとそれはとても大事なことなのだと思う。
読まずにいた原作を改めて読んでみよう。
そのうえで改めて考えてみたい。
<2016.12.01 記>
というわけで、原作、読みました↓
■【マンガ評】『この世界の片隅に』。こうの史代。 小さな記憶の欠片たちの物語。
これ、原作読まないと分からないところ多過ぎです。。。。
もう一回見てこようと思います!<2016.12.3記>
■【追記】『この世界の片隅に』がキネマ旬報で1位を取りました!
キネ旬って、ちょっとひねくれてる印象があるんだけど、ここは素直に喜ぼう。
公開する劇場も拡大中なのだそうで、一人でも多くの日本人に見て欲しいと思うだけに、これが起爆剤になって、さらに評判が拡がれば、と思う。
そして、東京大空襲をはじめとした日本焦土化作戦を指揮したカーチス・ルメイ将軍や当時のアメリカ人たちが「死ねばいい」と思った相手がどんな人たちであったのか。ぜひとも今のアメリカ人たちにも見て、感じて欲しい。
その意味で、この評価が世界に広がっていくことをこころから祈ります。
<2017.1.13 記>
■STAFF■
原作 : こうの史代
監督・脚本 : 片渕須直
監督補・画面構成 : 浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督 : 松原秀典
音楽 : コトリンゴ
企画 : 丸山正雄
プロデューサー: 真木太郎(GENCO)
アニメーション制作 : MAPPA
配給 : 東京テアトル
■CAST■
北條すず - のん
北條周作 - 細谷佳正
黒村晴美 - 稲葉菜月
水原哲 - 小野大輔
浦野すみ - 潘めぐみ
北條円太郎 - 牛山茂
北條サン - 新谷真弓
白木リン - 岩井七世
浦野十郎 - 小山剛志
浦野キセノ - 津田真澄
森田 イト - 京田尚子
小林の伯父 - 佐々木望
小林の伯母 - 塩田朋子
知多さん - 瀬田ひろ美
刈谷さん - たちばなことね
堂本さん - 世弥きくよ
澁谷天外(特別出演)
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