« ■【マンガ評】『この世界の片隅に』。こうの史代。 小さな記憶の欠片たちの物語。 | トップページ | ■【映画評】『マダム・フローレンス! 夢見るふたり 』、魅力的な人間の魅力的な歌声は。 »

2016年12月 5日 (月)

■【書評】『人工知能の経済の未来 2030年雇用大崩壊』、井上智洋。来るべきユートピアの夢。

AIの発達により、近い将来雇用は激減する。その将来像は果たしてディストピアなのか、それとも?

■著者はマクロ経済学者であり、その視点でAIによって将来の世の中がどう変わっていくかを予測する。

昔から、マクロ経済学者なんてものは信用していない。勝手に世の中をモデル化、数式化して算数をもって予測する人たちであり、そんなもんでこの血の通ったわれわれの生活を予測できるはずがあるもんか!なんて思いを抱いていたのである。

実際、最近の日本経済を見ても、デフレターゲットなんてことをぶち上げて、日銀に国債を買い上げさせ金を市場にジャブジャブ投入するのだけれど、微塵もデフレが起きる様子もない。円安誘導も、ゼロ金利も、われわれの財布のひもを緩めることはできない。

なぜかならば、我々の財布のひもを支配しているのは、現在、そしてそこから思い描かれる金欠生活への不安であり、その不安が抜本的に解決されない限り、状況は変わるはずがないからだ。

そんな、われわれの心情をパラメーターとして組み込むことのない経済モデルに基づく計算事で、それがいくら権威的であっても、未来を読み解くことなんてできるはずもなく、やはりマクロ経済学なんてものは信用できない、ということの証左なのである。

■けれど、この著者の井上智洋は、そういった私の決めつけを完全に裏切ってくれる。

もちろんマクロ経済学者として、きわめて予測が困難な複雑系である経済というものを単純化モデル化し、我々が今直面している、AIを含む第4次産業革命が世の中に与える影響をメカニズムとして説明し、それなりの説得力を与えることに成功している。

しかしながら、井上さんの思考は、あくまでもそれをツールとして使っているに過ぎない。本質は、世の中が何で動いているのかという歴史観とでもいうようなものである。

われわれ人類が定住し、農耕を覚えてから、どれだけ文明が発達しようとも一人当たりのGDPは一定であった。それは耕地の面積や面積当たりの収穫が莫大に増えたとしても、豊になるのは一瞬で、それにつられて人口が増加し、一人当たりの食料はまた厳しくなっていく。それがあの『人口論』のマルサスが提示した「マルサスの罠」である。

だが、1800年頃にイギリスで発生した蒸気機関を核とする第一次産業革命は、そのマルサスの罠を超えた。機械への投資による生産性の拡大のスピードが豊かになることで発生する人口の増加を大きく引き離したのである。

これより、我々の文明は有史以来のパラダイムから抜け出し、新たなステージに躍り出た。これが資本主義の本質である。

それから1870年頃の内燃機関、モーターによる第二次産業革命、1995年頃のパソコンとインターネットによる第三次産業革命と続く。

だが、それらは社会変革を引き起こすほどの力はもたず、資本主義を加速させ、先進諸国が成長の限界のなかで低成長を余儀なくされる中で、資本を持つものと持たざる者による富の偏在を拡大させるに至った。

■さて、次なる第四次産業革命は2030年頃と著者は予測する。

これは、汎用AIの実用化に伴うものである。

現在のAIは特化型人工知能(特化型AI)と呼ばれるもので、SIRIにしろ、ペッパーにしろ、それは、目的を人間にインプットされ、その枠組みのなかで思考するAIである。

それに対して、人間の脳の仕組みを解明し、(そのままコピーするのではなく)、モデル化、モジュール化して、再構成することで、自分の頭で考えることのできる人工知能を作り出そうという動きが活発になっており、その目指すものを汎用人工知能(汎用AI)という。

この汎用AIは人間のような肉体を持たないがゆえに、人間とまったく同じように感情をもった存在にはなりえない。

しかしながら、人間と同じようにすべてのことがらを全体像としてとらえ、考えることができる。

特化型AIは、工場の組み立て作業だとか、受付のような単純な労働はできるけれども、いろいろな情報を集めて、まとめ、提案を行うというような、総合力を必要とする頭脳労働には対応できない。

それを可能にするのが汎用AIなのだ。

■2030年頃に汎用AIが実用化し、2045年頃にそれが社会にいきわたるとしたら、我々の社会はいったいどうなってしまうのか。

著者の予想では、現在人口の半分を占める労働人口が約一割に激減する。

いわゆる会社勤めなんてものはAIにとって代わられ、残るのは、作品や商品企画を生み出すようなクリエイティブな仕事、経営者のようなマネジメント、人間の機微に対応する能力が必要なホスピタリティ、しかも、その能力がAIに追いつくことができないようなトップクラスの人材だけとなる。

それはそうだろう。

一度導入すれば、文句も言わず、賃上げも要求せず、福利厚生もいらず、人間が一週間かかる情報分析業務も1分で仕上げ、しかも24時間働き続けることができるのだ。

どう考えても人間は労働市場から締め出される。

その結果、人々の収入は無くなり、市場には投資家と経営者と、生活保護で最低限の暮らししかできない市民が分断されて存在することとなる。

そこに映し出されるのは、今の格差なんてもんじゃない、完全な分断社会、ディストピアなのである。

■そこで著者が提案するのがベーシックインカム(BI)だ。

生活保護とか、そういう何かの基準で資金を分け与えるのではなく、金持ちにも、貧乏人にも、等しく資金を提供する。

それは、保護、というよりも、国民であることに対する「配当」である。

来るべき2045年に向け、インフレをコントロールしながら、徐々にBIの額を増やしていく。

最終的には、国民は別に働かなくても、それなりの生活はできるようになる。

という筋書きだ。

■実にいい、というより確かにBIしかない、という気がする。

これならば、勝ち組である投資家も才能のある高給取りも、高い税金はとられるけれども、その再配分、配当機能によって、市場が維持される。それが、自分の豊かな生活を支える大前提だというコンセンサスを得られれば、受け入れられるものだと思う。

そこに現れるのは、額に汗して働かなくてもいい社会だ。

20世紀初頭のフランスの思想家ジョルジュ・バタイユを引いて著者は言う。

資本主義社会は「有用性」つまり、「役に立つこと」にとりつかれてしまっている。

今、我々が勉強をするのも、労働をするのも、自分のため、というよりも、いつの間にか、「役に立つかどうか」という視点にすり替わってしまっている。

そのために、失われてしまっているものがあるだろう。(ここ20年の大学の変貌ぶりを見よ!!)

「至高性」とバタイユが呼ぶそれは、役に立つとか立たないとか、そういう次元ではなく、そのもの自体に価値があるもの、例えば、夕焼けが美しいとか、子供がかわいいとか、そう感じる瞬間に、そこにあるものである。(私が別のブログ「エロス的人間論」で「エロス」として定義したものに近いかもしれない)

そして、「有用性」を強要する資本主義は、労働力としての人間を手放すことによって、人間をそこから解放する。

それこそが、汎用AIによる第四次産業革命が生み出す社会変革なのだ。

著者の論の核心はここにある。

単なるAIの技術説明でも、経済動向予測でもない、骨太な思想的背景をもったその論が、マクロ経済学なんてもの、と嘲笑っていたわたしの偏見を打ち砕いてくれた。

この井上智洋という人、人間としてとても好きになってしまった。

■さて、問題は、そこから先にある。

中学生の頃に期待して読んだトマス・モアの「ユートピア」の世界。

そこで私の夢を打ち砕いたのは、その「ユートピア」を支えているのが奴隷であったという事実であった。

しかし、井上さんが提示する未来は「汎用AI」によって支えられている。

汎用AIに自我が生まれないという前提にたてば、傷つき、搾取されるもののいない、素晴らしい真のユートピアの実現ということになる。

新しい社会の幕開けである。

その時、人間はいったいどうなってしまうのか?そこに、どんな世界があらわれるのか?

映画『未来惑星ザルドス』でジョン・ブアマンが描いたような、退屈な生活に生きる意欲を失ってしまうような世界なのか、

あるいは、平安時代の貴族のような、源氏物語や枕草子のような、素直で人間くさい、愛すべき世界なのか、

2045年まであと30年弱。わたしは80歳に近い歳になる。

何とかそこまで生き延びて、その世界を、そしてそこにたどり着くまでの物語りに、社会の参加者として、しっかりと感じ、見て、行動していきたい。

そして、何よりもそれが、子供たちがにっこりと心から笑って暮らせる世の中であって欲しいと、切に、こころから願うのである。

                    <2016.12.5 記>

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

 

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>
 

*********************************************

■ Amazon.co.jp ■
■【書籍】 最新ベストセラー情報 (1時間ごとに更新)■
■【書籍】 ↑ 売上上昇率 ↑ 最新ランキング■

■【DVD】 最新ベストセラー情報 (1時間ごとに更新)■
■【DVD】 ↑ 売上上昇率 ↑ 最新ランキング■

|

« ■【マンガ評】『この世界の片隅に』。こうの史代。 小さな記憶の欠片たちの物語。 | トップページ | ■【映画評】『マダム・フローレンス! 夢見るふたり 』、魅力的な人間の魅力的な歌声は。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208704/64584961

この記事へのトラックバック一覧です: ■【書評】『人工知能の経済の未来 2030年雇用大崩壊』、井上智洋。来るべきユートピアの夢。:

« ■【マンガ評】『この世界の片隅に』。こうの史代。 小さな記憶の欠片たちの物語。 | トップページ | ■【映画評】『マダム・フローレンス! 夢見るふたり 』、魅力的な人間の魅力的な歌声は。 »