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2015年12月30日 (水)

■【アニメ評】『プラネテス』。愛し合うことは、どうしてもやめられないんだ。

宇宙を舞台に人間の業と救済を描く、傑作である。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
番外編  『プラネテス』
          監督: 谷口悟朗 原作:幸村誠 公開:2003年10月ー2004年4月

Planetes2

■ストーリー■
2075年、核融合の原料であるヘリウム3を求めて人類は宇宙に進出していた。だがその一方、多くの宇宙廃棄物である大量のデブリが軌道上に存在し、宇宙船への衝突の危険が高まっていた。

ハチマキはそのデブリ廃棄の仕事に就きながら自らの宇宙船を持つという無謀な夢を追っていた。そこに新人としてタナベという若い娘が配属される。宇宙は孤独な世界だと信じるハチマキに対し、タナベは愛の存在を唱え続ける。

2人は衝突しながらも、会社のお荷物的存在であるデブリ課の温かい仲間との関係性の中でお互いを認め始める。そんな中、初の木星探査に向かう最新鋭宇宙船フォン・ブラウン号の搭乗者の公募が始まる。初めは高根の花だとあきらめていたハチマキだったが。。。

Hatimaki1

■原作の幸村誠は、早世の天才漫画家、坂口尚の後継者である。

私とはなにか、他者とはなにか、という問題について悩み続けた幸村は絶対に坂口尚の『あっかんべェ一休』を熟読している。そして、悟りというものについて感覚的に理解し、その世界を覗きこんでしまっている。

宇宙服の外はまったく何もない宇宙空間。そこに一人漂えば、そこには「わたし」しかいない。その恐怖。

一人で生きて、一人で死ぬ。

宇宙に魅入られた人間はそうやって生きていくんだとハチマキは信じる。

光り輝く宇宙の星々の間には何百光年もの隔たりがあり、絶対零度の冷たい空間が拡がっている。

Hatimaki2

■やがて、ハチマキは宇宙の真理をみる。

すべてはつながっている。誰もが孤独な宇宙をかかえているが、その小さな宇宙が重なり、つながって、この宇宙は成り立っている。他者とのつながりそのものが宇宙なのだ。

けれども、宇宙の深淵を覗き、悟ってしまったハチマキに生きていく理由も意味も無くなってしまった。

何かが欠けている。

それを識っている人がいる。タナベだ。

Tababe3

タナベの愛がハチマキを救う。

どうってことない、当たり前の答え。

それが、読むものの心を揺り動かすのだ。

■その原作と並行しながらアニメ化がスタートしている。

だからなのか、単なる原作のトレースではない。

暴虐的なまでのタナベの愛は、幼く純粋なものに書き換えられ、恋愛ストーリーとしてタナベとの関係性が語られていく。

Tanabe1

原作のタナベは幼児期に宇宙(世界)の真相を見てしまっていたがゆえに、ある意味完成された存在(愛の女神)であるが、アニメのタナベは発展途上の乙女。

だから面白い。

ハチマキへの一途な愛。

すべての存在への愛は、ハチマキへと収斂していく。

一方のハチマキは宇宙への想いに囚われている。

宇宙飛行士にとって致命的な感覚障害に陥った時、ハチマキを救ったのは決してタナベの愛などではなく、核融合エンジンに触れることで燃え上がった宇宙への意思である。

 

「君のその愛が彼の心をとらえた事などないのだよ」

 

原作でロックスミスが技術の夢のとりこであった部下の妹に吐いた殺人的なセリフが、形を変えてタナベを襲う。

落下するフォン・ブラウン号から脱出し、月の荒野をさまようタナベは、そのことに気付き、膝をつく。

アニメ版での一番重要なシーンだと思う。

アニメ版のタナベだからこそ成立する悲しみである。

そのあまりに人間的な愛おしさ。

これは、テロリストのハキムを撃とうとするハチマキの心の寂しさに涙を流し、キスをし、抱きしめることで、そのこころを救う原作版のタナベの女神性との対照である。

私は、どちらのタナベも好きだ。

■タナベだけではない。

Deburi

デブリ課と会社との関係、ハチマキ、タナベそれぞれの同期。フィーのかつての同士、ハチマキの教官。

重層的な人間関係を描くことによって得られた物語の厚みは、原作の若さゆえの舌足らずを捕捉し、ハチマキに人間としての深みを与えることに成功している。

企業の論理、国家間の貧富の格差といった社会問題を縦糸に、その人間模様を横糸に、物語は原作にないエンターテイメントを紡ぎだす。

■原作とアニメは別のアプローチをとっている。

感じ入るものも違うだろう。

アニメはあえてハチマキの中に生まれた宇宙の深淵からは距離をとる。

だが、無という、本来、生きた人間が覗き込んではいけないものを覗きこんでしまったハチマキの内面を敢えてそぎ取ることで、その結果ハチマキが手にした「つながり」、「愛すること」を語らずして語ることに成功している。

ハチマキが生きる世界を、その一人ひとりだけでなく、つながりとして描き続けることでそれを語りきっているのである。

その意味でたどり着くところは同じだ、

つながること。愛し合うこと。

その当たり前のことは、どこまでも拡がっていく。

いい作品だ。

Nono2

                      <2015.12.30 記>

■幸村誠は現在ヴィンランド・サガを連載中。

11世紀、ヴァイキングの時代。アイスランドに生まれたトルフィンの物語。

「ヨームの戦鬼(トロル)」と恐れられた父のトールズは何故戦いから逃げたのか。その父を殺し、恨みを買いながらもトルフィンを戦士に育てあげたアシェラッド。平和な世界を一瞬で地に染める暴力の世界の中で、神を見限り、力で幸福な世界を作り上げようとするイングランド王クヌート。

その壮絶な人生に深くかかわりながら、自らの道を探していくトルフィン。

幸村誠はこの作品でプラネテスをトレースし、そしてそれを超えていく。

トルフィンはハチマキが見た深淵を地獄として見、それを抱えて生きていく。

暴力が支配するこの世界ではタナベの愛では通用しない。

ヴィンランド・サガにおいて、幸村は自らの作品だけではなく、心の師匠である坂口尚をも超えようとしている。

その心意気やよし。

現在16巻。実に楽しみな作品である。

 

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