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2013年1月 5日 (土)

■【映画評】『映画 妖怪人間ベム』。TVドラマの映画化について考える。

TVドラマの出来が良かったので、娘を連れて見に行った。

うーん、悪くはないんだけど・・・。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.63  『映画 妖怪人間ベム』
          
          監督:狩山俊輔 公開:2012年12月
       出演: 亀梨和也 杏 鈴木福 他

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■ストーリー■
それはいつ生まれたのか、誰も知らない。

暗く、音のない世界で、一つの細胞が分かれて増えていき、

3つの生き物が生まれた。

彼らはもちろん人間ではない。また動物でもない。

だが、あの醜い体には正義の血が流れているのだ。

「はやく人間になりたい!」

その生き物は、人間になれなかった妖怪人間である!

 

死ぬことも、歳をとることのない妖怪人間のベム(亀梨)、ベラ(杏)、ベロ(福くん)の3人は、人間になる方法を探しながら放浪の旅を続ける。

彼らは、そこに流れる正義の血に従って、悪を懲らしめる。

だが、その醜い姿ゆえ、人間に受け入れられることなく、また次の街へと旅立っていくのであった。

■昭和43年といえば私の生まれた年で、その年に原作となるTVアニメが放映されたようだ。

子供の頃に何度か再放送をみていて、内容までは覚えていないけれど、あの「闇に隠れて生きる、俺たちゃ妖怪人間なのさ♪」というタイトルソングと共に、そのおどろおどろしくも切なく哀しい雰囲気を覚えている。

それが実写ドラマ化されたのが2011年の後半。

『銭ゲバ』とか、『Q10』とか時々グッとくる作品を生み出している日テレの土曜ドラマ枠。

この妖怪人間ベムという作品もまた、うまく出来たドラマの一つであった。

■何より作品の雰囲気がいい。

原作の空気を上手くアレンジしながら実写化することに成功している。

さらに「正義とは?悪とは?」というテーマも明確で、それを際立たせるために投入した「名前の無い男(柄本明)」という「悪」の分身も見事に機能していて、純粋な正義だけでは人間にはなれず、悪と融合することで初めて人間として生まれ変わることが出来る、という核心へとドラマは進んでいく。

「悪」を取り込んで「人間」となるのか、あくまでも「正義」に生きるのか?

「名前の無い男」は、ベムたちに突きつける。

その最後の選択がTVドラマ版のラストの盛り上がりであり、その決着をつけることで、この物語は幕を閉じる。

完璧なラストであった。

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■さて、今回の映画版である。

テーマである「正義とは?悪とは?」に決着をつけた後、どう話を組み立てるのか?

結論をいってしまえば、どうもこうもなくて、あの最終回の繰りかえし。

「名前の無い男」の出す液体を被った植物が枯れることの無い生命力を得て、その汁を飲めば、死んだ人間さえ生き返る。

また、人間になるための光が見えてくるのだが、それはやはり「名前の無い男」=「悪」なのであって、ベムたちは最後にその植物を焼き払う。

当然の選択だ。

■かといって駄作か、といえばそういう訳ではない。

ご都合主義だとか、ありえない筋書きだとか、いろいろ目をつぶらねばならないところはあるのだけれど、ベロの淡い恋心だとか、怪物になってしまった女の苦悩、そして彼女に対する夫の愛だとか、「悪」となってしまった女に止めを刺すベムの苦しみ、それを支えるベラとベロだとか、いろいろと物語としての見どころはある。

Yahoo!の映画レビューを見ても、号泣!なんて人が結構いるのだから成功しているのだろう。

問題は、これを映画でやるか?

という話である。

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■映画版を作ればそこそこのヒットは見込める。

けれど、話は終わっちゃってるしな・・・、どうしようか?

という苦しみの中でひねり出した1話、という感じ。

少し違うな、と感じたのは自ら手を汚す製薬会社の社長さんは「悪の液体」の洗礼を受けていないというところ。

クスリの副作用に苦しむ少数がいても大勢の人が助かるのだから、多少の犠牲は仕方がない。

という論理で社長さんは動いている。

他の重役が皆殺しになっていても、その考え方は揺るがない。

そこを突き詰めれば、「正義とは?」とサンデル教授ばりのテーマが浮かんできた可能性はある。

だが、実際はそこに踏み込むことは無く、小悪党あつかいで終わってしまっているところが残念だ。

■先のヱヴァンゲリヲン:Qのところでも書いたけれども、映画としては何かしら「伝えたいこと」が欲しくなる。

TVドラマでは描ききれなかった「何か」を受け取れるのではないか、という期待がある。

それは、悪の液体を飲んで「人間妖怪」になってしまった女が、ゴジラに出てきたビオランテが如き姿となって、ベムたちの前に立ちはだかる、なんていう怪獣映画的、或いはVFX的ところにある訳ではない。

人間は「正義」と「悪」の両方を持っている。

製薬会社の社長さんの語る「正義」は常に「悪」の側面を内包している。

ああ、これが本当の「悪」なのか。

そこを感じたかったのである。

■いやいや、楽しめたんだからいいじゃないか。

そこそこ、いいお話だったし、何よりTVシリーズのノリを劇場で満喫できたんだから。

と、いう気分もある。

けれど、そこで手を緩めていては日本の映画文化がTVの視聴率主義の延長線上にのって食い潰されていくことになるのではないか、と危惧するのである。

悪貨は良貨を駆逐する。

リスクのある新しい物語と、TVでそこそこ受けた作品の映画化とがあって、手元の資金のなかで儲けを得ようとするならば、後者を取る。

そうして潰れていく佳作たちがあるのではないか。

ちょっと売れりゃドラマの映画化、っていう今のやり方は、ファンとしてはうれしいのだけれども、長い目で見れば、あまりいいことではないのではないのかな、と思えて仕方がないのである。

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                               <2013.01.05記>

Dvd
■TV版「妖怪人間ベム」DVD-BOX

 

■STAFF■
監督 狩山俊輔
脚本 西田征史
原作 アサツー ディ・ケイ
音楽 サキタハヂメ

■CAST■
ベム - 亀梨和也 (KAT-TUN)
ベラ - 杏
ベロ - 鈴木福
名前の無い男 - 柄本明
緒方小春 - 石橋杏奈
辻尚樹 - 永岡佑
夏目優以 - 杉咲花
夏目菜穂子 - 堀ちえみ
町村日出美 - 広田レオナ
緒方浩靖 - あがた森魚
夏目章規 - 北村一輝
加賀美正輝 - 中村橋之助
上野達彦 - 筒井道隆
上野小百合 - 観月ありさ
上野みちる - 畠山彩奈

●●● もくじ 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●

 

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