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2012年9月

2012年9月20日 (木)

■【映画評】『エイリアン』。観る者の心をつかんで離さない、認知を超えた悪夢。

『プロメテウス』を観たので、つい本家を観かえしてしまった。いやー、何度見ても惹きつけられる映画なのであります。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.60  『エイリアン』
           原題: Alien
          監督: リドリー・スコット 公開:1979年05月
       出演: トム・スケリット  シガニー・ウィーバー  他

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■ストーリー■
宇宙貨物船ノストロモ号は地球への帰還の途中、未知の異星文明のものと思われる信号を受信、惑星LV-426に降り立った。そこには遺棄された宇宙船があり、そこに乗り込んだ乗組員が異生物に取りつかれてしまう。彼を収容し、再び地球へと進路を取ったノストロモ号の一行だったが・・・。

■リドリー・スコットの出世作であり、モンスター映画の金字塔ともいえる作品だ。

何と言ってもこの映画の花形はH・R・ギーガーの作り出す異生物の世界。狂気といっても良いその造形なくしてこの映画は語れない。

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H・R・ギーガーの画集『ネクロノミコン』の中の『ネクロノームⅣ』と題されたこの一枚が、リドリー・スコットをして、この映画の成功を確信させたともいわれている。

機械と生体がエロティックに融合したギーガーのデザインはエイリアン(成体)に止まらず、LV-426の遺棄船や骨のようなもので構成されたその内部、異星人のミイラ化した遺体(スペース・ジョッキー)、そして遺棄船の下層に広がるエッグとフェイスハガーに及ぶ。

この映画の序盤はほぼギーガーの世界と言っていい。

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■異星人の遺棄船。

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■スペース・ジョッキー。

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■エイリアン・エッグとケインに襲い掛かるフェイスハガー。

■『ネクロノミコン』というギーガーの画集のタイトルからも分かる通り、そこにはH・P・ラヴクラフトの影が漂う。

ラヴクラフトがその『クトゥルー神話』で語りあげたのは、その姿を形容することや、名前をつけることさえ拒むような圧倒的な異界のものが迫りくる、そしてそこに取り込まれそうになる恐怖である。

『エイリアン』という作品は、その領域にまで達したとは言えないものの、その世界ににじり寄ったと言うことはできよう。

これはH・R・ギーガーという才能がエイリアンというプロットにシンクロして開花した一種の芸術作品なのである。

■もちろん、ギーガーのみでこの映画が成り立っているわけではない。

その世界に降り立つノストロモ号の7人の乗員がドラマを動かしてこそ、その恐怖が生きてくる。我々は彼らに感情移入することで、その恐怖を自分のものに出来るからだ。

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■その意味で、7人がコールドスリープから目覚めてから朝食に至るシーンは重要で、ダラス、ケイン、リプリー、ランバート、アッシュ、ブレッド、パーカーの7人とその立ち位置をさりげなく印象付けている。

あえて『七人の侍』を引くまでもなく、この7人というメンバー構成は絶妙な数字で、実際、この後の惑星への降下、探索、帰還といった序盤のくだりで我々はその性格さえも把握することが出来るのだ。

血の気の多いパーカーとそれに従うブレッド。

落ち着いたダラスと気さくなケイン。

余裕のないランバートと意志の強いリプリー。

冷静そうだがつかみどころのないアッシュ。

そして、ひとりづつエイリアンの犠牲になっていくのだ。

その最初の犠牲者がケインである。

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

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■ケインの顔面に取りついたフェイスハガー。

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■無理に剥がそうとして脚を切断しようものなら強酸性の血液が船体に穴をあける。

■顔に取りついた異生物がいつの間にか剥がれ、一見元気になったとみえたケインだったが、その胸を突き破って新たな異生物であるチェストバスターが現れる。

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■体内に何やら植えつけられて、それが成長して胸を食い破って出てくる、というアイデアは寄生するハチの一種を参考に得られたらしい。

エイリアンの生態について、良く構想が練られている。

そこが、ギーガーのデザイン、7人のキャラクター造形、に次ぐ第3のポイントである。

■卵があって、そこからフェイスハガーが寄生相手に取りつき、何やら分からないものを植え付ける。それが宿主の遺伝子を取り込みながら成長してチェストバスターとして外部に脱出、急速に成長してエイリアンの成体に至る、というわけである。

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■身長2m18cmのボラジ・バデージョによって完成されたこのプロポーション。・・・美しい。が、あのチェストバスターから短期間でここまで成長できるものなのか?

■ディレクターズカットでは、このあとの犠牲者であるブレッドとダラスが繭に取り込まれるようにしてエイリアン・エッグに変貌を遂げようとしているシーンがある。

こうしてエイリアンの生活環が完成するわけであるが、残念ながら第2作のエイリアン・クイーンの登場で単なる昆虫のレベルまで引き落とされた。

犠牲者がエッグに変貌していくというイメージは【異世界のものの恐怖】という意味で絶妙なアイデアだったと思うだけに残念でならない。

遺棄船の中の百数十のエッグひとつひとつが異星人の犠牲者のなれの果てであると想像するだけで恐ろしいじゃないですか。

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■さて、話は戻って逃げ出したチェストバスターを捜索する場面。

リプリー、ブレッド、パーカーが一組になって逃げたチェストバスターを捜索する。ん、何か反応が、と思ったら猫のジョーンズで、また紛らわしい反応があるといけないとブレッドが逃げたジョーンズをひとりで探しに行く。

通気口なのだろうか、吹き抜けの場所に上から水が雨のようにしたたり落ちる。

極度の緊張をほぐすように、それを浴びるブレッド。

その後、ジョーンズを見つけたブレッドの背後にエイリアンがゆっくりと上から降りてきて捕まってしまうわけだが、この一連のシーンが実に美しい。

■暗闇と光と水。

リドリー・スコットの真骨頂である。

その後、スモークの効果も含め、『ブレード・ランナー』でその技がいかんなく発揮されることになる。

そのリドリー・スコットのマジックともいえる美しい映像の片鱗が4つ目のポイント。

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■ブレッドがさらわれた後、通気ダクトにひそむエイリアンを船外に放り出すべく単身ダクト内にもぐりこんだダラスも、あえなくエイリアンの餌食に。

ノストロモ号の中枢コンピュータであるマザーを使ってエイリアンの撃退方法をさぐるリプリーだったが、その対話のなかで、「乗員の生命より優先してエイリアンを捕獲して帰還すること」という「会社」からの指令が出ていることを知る。

その後ろにいつの間にかアッシュが立っている。

彼はすべてを知っている。

秘密を知ってしまったリプリーに襲い掛かるアッシュ。

すんでのところでパーカーが駆けつけて、アッシュの頭部を殴りつける。

アッシュの頭部がもげ、白い液体をまき散らしながら暴れまわる。

彼は「会社」が送り込んだアンドロイドだったのだ。

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■ここが5つ目のポイント。

単なるホラーではなく、それが仕組まれたものだったという2重の設定。

手法としては目新しくもない、と言えなくもないが、人間だと思い込んでいた相手が実はアンドロイドだったという衝撃的展開が、この映画をエポックメイキングたらしめている。

■残ったリプリー、ランバート、パーカーの3名は、救命艇ナルキッソス号で脱出を図ることにする。

必要な酸素ボンベを取りに行くランバートとパーカーだったが、そこでエイリアンに出くわしてしまう。

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■ここでエイリアンは初めてその全貌を明らかにする。

ブレッドのシーンにしても、ダラスのシーンにしても、映るのはほんの一瞬で、何度も繰り返し見た者でない限り、ここまでのシーンでエイリアンの全体像はつかめないだろう。

その姿の一部しか見せないというのはモンスター映画の定説といえば定説なのだけれども、ギーガー渾身のその異様な姿をはじめて目にするものにはかなりショッキングなシーンである。

その意味で、この焦らしを6つ目のポイントに挙げようと思う。

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■さて、本筋。

出くわしたエイリアンに対し果敢に立ち向かうパーカーだったが「二つ目の顎」に頭部をやられ、あえなく絶命。

今度は、恐怖に震えて立ちすくむランバートの両足の間からエイリアンの鋭利な尻尾がせりあがってくる。

船内に響くランバートの悲鳴。

■このシーンをもって、エイリアンは暴力的男性の象徴で、それに立ち向かうリプリーを女性解放の象徴と位置付ける議論があるようだ。

確かにそう読めなくはないが、どうも読み過ぎな気がしてならない。1979年のアメリカの時代背景がそういう解釈を生んだのだろうか?

物事をことさらセックスにからめて理解しようという文化があるのか?

少なくとも日本人の感性では、そこまでには至らない。

素直に、そのままを受け入れるだけである。

■ランバートの悲鳴を聞き、リプリーが駆けつけた時には既にことは終わっていた。

ノストロモ号の自爆装置を起動し、救命艇に急ぐリプリーだったが、その行く先にヤツがいる。

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慌てて自爆装置を解除しようとするがタッチの差で解除に失敗。迫りくる爆破時刻。救命艇に急ぐリプリー。

ディレクターズカットではここでダラスの繭のシーンを入れるわけだが、やっぱり邪魔。

ここは勢い良く救命艇に向かわせたい。

■間一髪。救命艇ナルキッソス号を発進させ、リプリーはノストロモ号の爆発から逃れる。

ここで、ひと安心。

なんて思っていると、機械の間にエイリアンが潜り込んでいた!!

安心させておいて、ドン!!

というのはホラー映画のお約束。この辺はまず定石といえよう。

■リプリーは何とかエイリアンに気づかれずに宇宙服の更衣室に逃げ込むことに成功する。

ここで、荒い吐息とともに宇宙服に体を滑り込ませるリプリーがたまらなくセクシーだ。

恐怖とセクシー。

そのドキドキ感がシンクロする。

それはエイリアンならではの特徴であり、第7、最後のポイントだ。

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■ラスト。

すんでのところで、ハッチから吸い出されるエイリアン。

まだ粘るエイリアンをワイヤー付きの銃で外に追いやり、ナルキッソスの噴射口に入り込んだところで、出力全開!!

悪夢は宇宙の藻屑となったのでありました。

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■結局、エイリアンとは何だったのか。

感情の入り込む余地のない美しき完全生命体。

認知の限界を超えた恐怖。

実体化した悪夢。

いずれにしても、観る者を虜にする力強い存在である。

それ故に、シリーズ4作、プレデターと絡めた2作、そして前日譚、スピンオフであるプロメテウスといった作品群が作られてもなお、魅力が薄れるどころか、さらに輝きを増していくのである。

一旦、入り込んだら抜け出せない、まさに悪夢なのだ。

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                         <2012.09.20 記>

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Bray_2 ■エイリアン [Blu-ray]

 

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■エイリアン・コンプリートブック
■まだ、読みかけだけど知ってること、知らないこと、いろいろ書かれてあって面白い。マニアなら買って損なし!!

 

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■ギーガーズ・エイリアン (パン・エキゾチカ)
■こちらもエイリアン・ファン必携。

 

■STAFF■
監督 :  リドリー・スコット
脚本 : ダン・オバノン
原案 : ダン・オバノン
      ロナルド・シャセット
製作 : ゴードン・キャロル
     デヴィッド・ガイラー
     ウォルター・ヒル
製作総指揮 : ロナルド・シャセット
音楽 : ジェリー・ゴールドスミス
撮影 : デレク・ヴァンリント
編集 : テリー・ローリングス
      ピーター・ウェザリー
      デヴィッド・クロウザー(ディレクターズ・カット版)
美術  : マイケル・シーモア
クリーチャーデザイン :  H.R.ギーガー
クリーチャー造形  : H.R.ギーガー、
              ロジャー・ディッケン
クリーチャー効果  : カルロ・ランバルディ

■CAST■
ダラス    :  トム・スケリット   ノストロモ号船長。
エレン・リプリー :  シガニー・ウィーバー  航海士。
ランバート : ヴェロニカ・カートライト    航海士。
ブレッド  : ハリー・ディーン・スタントン  機関員。
ケイン   : ジョン・ハート     航海士。
アッシュ  :  イアン・ホルム   科学・医療担当者。
パーカー : ヤフェット・コットー 機関員。
エイリアン : ボラジ・バデージョ  スーツアクター

 

●●● もくじ 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●

 

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2012年9月 1日 (土)

■【映画評】『地獄の黙示録 特別完全版』。戦争。人間性が崩れていく過程において生まれてくる恐怖について。

タイトル曲の『ジ・エンド(The End)』がぐるぐるとまわり続け、アタマから離れない。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.59  『地獄の黙示録 特別完全版』
           原題: Apocalypse Now  REDUX
          監督: フランシス・フォード・コッポラ 
      公開:1980年2月(特別完全版 2001年)
       出演: マーロン・ブランド マーティン・シーン 他

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■ストーリー■
ベトナム戦争の最中、サイゴンで待機中だったウィラード大尉は元グリーンベレーの隊長、カーツ大佐暗殺の極秘任務を受ける。カーツ大佐は軍の命令を無視し、自らの軍隊を組織、カンボジアのジャングルの中に独立王国を築いていたのだ。ウィラード大尉は任務を知らされていない哨戒艇のクルーと共に川を上り、ベトナムの奥地へと足を踏み入れていく。

■表現の難しい映画である。

言葉で語ろうとすると、何かがずれてしまう気がしてなかなか筆がすすまない。そこにあるのはウィラードが体験する断片的情景であって、それが折り重なってひとつの作品を成している。

言葉に置換できない、という意味では、まさに『映画』なのかもしれない。

だが、これを単なる映画体験として終わらせず、一歩踏み込んだ理解にいたるには、やはり言葉によらざるを得ない。

それを試みてみようと思う。

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■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■まず切り口のひとつとして、キルゴアとカーツの比較があげられるだろう。

ともに戦争を「ワタクシ」している指揮官である。

何故、キルゴアが許され、カーツが裁かれるのか?

違いはどこにあるのか。

■キルゴアは、サーフィンが出来るいい波を得るため、という理由でベトコンの拠点を急襲する。

ヘリの軍団を率い、ワルキューレの騎行を大音量で流しながら、突入。ベトコンの潜むジャングルをナパームで焼き払う。

曰く、「朝のナパーム弾の臭いは格別だ」。

狂気ではあるのだが、圧倒的な明るさと、豪快なエネルギーに満ちている。まさにアメリカを体現している男といっていいだろう。

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■一方のカーツは内側へと沈み込んでいく暗さを宿す。

その存在自体が「恐怖」であり、その心の内を読むことが出来ない「怖さ」で帝国を統べている。

その恐怖は、自らの戦争体験から来るものだ。

彼がグリーンベレーを率いていたとき、村の子供たちに予防接種を受けさせるのだが、ベトコンたちは、その子供たちの腕を切り取り山のように積み上げた。

■号泣するカーツの頭をダイヤモンドの弾丸が貫通する。

彼らは完璧な兵士なのだ、と。

一旦、戦場に入れば、冷徹に作戦を実行する。

そこには情も不平も入り込む余地はない。

眉ひとつ動かさず、子供たちの腕を切り落とす男たち。

それが、今、自分が戦っている相手なのだ、と。

それがここでいう「恐怖」であり、自らが「恐怖」の側の存在にならない限り、その「恐怖」から抜け出すことはできない。

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■その意味でキルゴアは未だ、「恐怖」に直面していない。

「恐怖」の意味さえも分からないだろう。

だから、戦場に居ながら、まだ人間性を失っていないかのような振る舞いをする。

機銃で相手を撃ち、その負傷者の手当をするという欺瞞。

それが「アメリカ」なのだ。

■軍にとって、キルゴアの逸脱は理解の範囲内。だが、カーツの行動はベトコンを理解できない以上に分からない。

単に指揮命令系統から離れて自分の帝国を築いたという以上に、理解できない規範に従って行動するカーツは、軍にとって脅威なのだ。

だから裁かれる。

カーツは戦場の「ルール」を知り、それを実行した。

我々はそれを狂気とみるが、狂った戦場においてはそれが正しい選択であるという矛盾。その矛盾を描き出す、その「恐怖」の源泉である暗闇に分け入ること、それがコッポラのやりたかったことなのではないか、と思う。

■映画の前半部はキルゴアを導入部にして「アメリカの矛盾」を描いているため、非常に解りやすい。

現代において、戦争におけるアメリカの矛盾、欺瞞は既知のものであるから。

だが、終盤のカーツを描いた部分は難解だ。

それは我々が、戦争の狂った現実というものを直視してこなかったからではないか。

■「恐怖」(Terror)は、何もべトナムに限った話ではない。

冷戦終結以降、イデオロギーというフィルターが取り除かれ、戦争の現実が露わになってくる。

ユーゴスラビア、ダルフール、アフガニスタン。

9.11同時多発テロを挟み、世界を埋め尽くす戦争はTerrorそのものだ。

ここにおいて、戦争状態における人間の心の闇を描こうとしたコッポラの先見の明に思い至るのである。

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■旅の果て、カーツの帝国にたどり着いたウィラードはカーツから子供の使い扱いをされる。

それは戦場を潜り抜け、アメリカ軍の欺瞞に気づきつつもなお、ウィラードがまだ人間性を保ったままだったからだ。

だから、カーツは彼に「恐怖」を与える。

縛られた彼の足もとに「シェフ」の首がころがる。

朦朧とした意識の中、彼の平衡が崩れていく。

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■祝祭の夜。

Terrorを身に付けたウィラードは暗殺者となる。

カーツはそれを受け入れ、Terror、Terror、とつぶやきながら息絶える。恐怖の首謀者として君臨していた彼自身、正気と狂気の間でTerrorにおびえ続けていたということか。

任務を成し遂げたウィラードが王国を去る場面で映画は終わる。

■今回の記事を書くまでは、このシーンは親殺しのテーマを描いたものであると思っていた。だから、ウィラードが王国を引き継ぐこともなく去っていく、そこに釈然としないものを感じていた。しっくりこないラストだと。

けれども、カーツとウィラードの対決という見方を捨て、カーツを恐怖から解放しようとするウィラードの物語だとするならば、浮かない倦怠のなか、静かにフェードアウトしていくこのラストこそが似つかわしい。

深い、実に深い、作品である。

                            <2012.09.01 記>

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■今回は、1980年公開のオリジナル版に53分のシーンが追加された特別完全版についてレビューしたのだけれども、結局、「嵐の中のプレイメイトたち」、「フランス入植者たち」という追加された場面に言及することなく終わってしまった。

狂気のなかに放り込まれたプレイメイトたち、かたくなに歴史を守ろうとするフランス人たち、ともにテーマを補強するものではあるのだけれども、本筋から言えば、やはり不要なシーンだったのだろう。

オーロール・クレマン演じる未亡人が魅力的ではあったが・・・。

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■STAFF■
監督    フランシス・フォード・コッポラ
脚本   ジョン・ミリアス
         フランシス・フォード・コッポラ
製作   フランシス・フォード・コッポラ
音楽    カーマイン・コッポラ
          フランシス・フォード・コッポラ
撮影   ヴィットリオ・ストラーロ
編集  リチャード・マークス
         リサ・フラックマン
        ジェラルド・B・グリーンバーグ
        ウォルター・マーチ


■CAST■
ウォルター・E・カーツ大佐          マーロン・ブランド
ベンジャミン・L・ウィラード大尉    マーティン・シーン
ビル・キルゴア中佐            ヘリ部隊司令官    ロバート・デュヴァル
ジェイ・“シェフ”・ニックス       哨戒艇機関士   フレデリック・フォレスト
ランス・B・ジョンソン               哨戒艇艇員     サム・ボトムズ
タイロン・“クリーン”・ミラー      哨戒艇艇員     ラリー・フィッシュバーン
ジョージ・“チーフ”・フィリップス 哨戒艇艇長    アルバート・ホール
ルーカス大佐 情報部将校          ハリソン・フォード
コーマン将軍 情報部将校          G・D・スプラドリン
報道写真家                              デニス・ホッパー
フランス植民農園の主人           クリスチャン・マルカン
フランス植民農園の未亡人         オーロール・クレマン

 

●●● もくじ 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●

 

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