■【映画評】『今度は愛妻家』。いつかは必ずやってくるが、決してそれを認めたくないものだってあるのだ。
タイトルはイマイチ、ピンと来ないのだけれど、なかなかに魅せる物語なのである。
●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
No.52 『今度は愛妻家』
監督: 行定勲 公開:2010年1月
出演:豊川悦司 薬師丸ひろ子 他
■ストーリー■
北見俊介は、かつては売れっ子のカメラマンであったが、今ではろくに仕事もしないダメ亭主。そんな俊介の世話を焼いてきた妻のさくらだったが、ある日行き先も告げずに旅に出てしまう。久しぶりの独身生活を満喫するつもりだった俊介だが、さくらが何日経っても帰ってこないことに不安を抱き始める・・・。
■ストーリーはさて置き、役者が生き生きしている。トヨエツはいつもの調子で、いい味を出しているのだが、薬師丸ひろ子がさらに光っている。あまりにかわいらしくて、いじらしくて、実に魅力的な人物像を描き出している。この演技無くして、この映画は成り立たない。
脇役陣も素晴らしい。自分のことで精一杯で、まわりを思いやる余裕のない水川アサミ。自分を表に出さず、いい子でいることが板についてしまっている濱田岳。
この二人のサイドストーリーも本筋に花を添えている。
■そして、なんといってもオカマのブンちゃんを演じる石橋蓮司。
登場の瞬間、爆笑してしまった。
オカマって誰でも出来そうだけれど、鼻に付かない演技って意外と難しいんではないかと思う。
ドスの効いた演技が基底にあるがゆえの、安心して見ていられるオカマ像がそこにある。
それが、物語の終盤における人間としての悲哀に違和感を感じさせない、深みのある演技として結実しているのである。
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
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■さて、本題のストーリー。
離婚を宣言し、最後に写真を撮ってとせがむさくら。
ファインダーを覗いているうちに次第に愛をとりもどすかのように見えた俊介だったが、さくらは、それを冷たく制止する。
なんて切ないシーンなんだ、と思っていたら、現像した写真にはさくらが写っていない。そこにはただ空白があるだけ。
え、死んでたの??
というシーンである。
やられました。しかも、俊介がそれを分かっていたということに、さらにやられました。
■それは幽霊なんかではなく、俊介自身が作り出した幻影だということが分かっている。なんて残酷な話なんだろう。
頼むから、俺の想像できないようなことを言ってくれ、という俊介の懇願は、いつも俊介が口ずさんでいた「夢の中へ」をにっこり歌うさくらの笑顔にかき消される。
いつもそばにいるはずのものが突然いなくなって初めてその大切さを知る、なんて表層的なものではない。
認めたくなくて、認めたくなくて、認めたくなくて、
そして、「また、忘れ物しちゃった」といつものように帰ってくる。なんだ、いつも通りじゃん。という幻想に逃げ込むしかない男の気持ちが痛いように沁みてくる。
■それでも、前に進まなければならない。
どうしなければならないか、自分でちゃんと知っている。
そうして吹き消すクリスマスケーキのろうそくの炎に、うっすらと浮かぶさくらの笑顔。
そう、さよならはちゃんとしなければいけないのだ。
<2012.07.04 記>
■STAFF■
監督 行定勲
脚本 伊藤ちひろ
製作 黒澤満
音楽 めいなCo
主題歌 井上陽水 『赤い目のクラウン』
撮影 福本淳
編集 今井剛
■CAST■
北見俊介 - 豊川悦司
北見さくら - 薬師丸ひろ子
吉沢蘭子 - 水川あさみ
古田誠 - 濱田岳
原文太 - 石橋蓮司
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