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2012年7月 3日 (火)

■【映画評】『太陽を盗んだ男』。高度成長の果実を苦労なく与えられてしまった世代の困惑。

お前が殺していいたった一人の人間はお前自身だ。

さあ、いくぞお、9番。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.51  『太陽を盗んだ男
         
          監督:長谷川和彦  公開:1979年10月
       出演:沢田研二 菅原文太  池上季実子他

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■ストーリー■
中学の理科教師である男が東海村からプルトニュウムを強奪し、自力で原爆を完成させる。彼は政府にダミーの原爆を送り付け、テレビの野球中継の放映時間延長を要求する。果たして、彼の次なる要求は・・・。

■1979年といえば、ジュリーこと沢田研二、全盛の時代で「カサブランカ・ダンディ」や「TOKIO」なんかを歌っていた時代だ。そこには何かオーラのようなものが漂っていて、演技云々を吹き飛ばす勢いがある。

それは沢田研二だけの話ではなく、時代の空気として、今の日本にはない勢いがあったように思う。

■安保闘争なんてものは昔話で、けれどそのエネルギーは継続していて、どこかにそのエネルギーをぶつける場所を探している、そういう時代であったのではないだろうか。

まさに「やり場のないエネルギーのかたまり」といっていい、そういう映画である。

Photo

■序盤のバスジャックのシーン。

伊藤雄之助演じるバスジャック犯は息子を戦争で奪われ、それを陛下に謝ってほしいと皇居に乗り込む。

ジュリーと菅原文太との遭遇の場面なのだが、そのお膳立てというには、あまりに伊藤雄之助のエネルギーが過剰である。

それこそ、この映画自体を乗っ取る勢いだ。

■このシーンは世代交代=親殺しの意味合いをもつわけだが、その乗り越えるべき「戦中世代」が1979年において、なお、力強く生き続けていることは特筆すべきである。

その対比として、「戦後」世代の菅原文太、「戦争を知らない」ジュリーの世代のエネルギーが問われるからである。

■終盤でジュリーは、戦後を「犬のように生きてきた」菅原文太の迫力と対峙することになる。二度目の親殺し。ここのエネルギーの集中はさらに凄まじい。

その前に演じられる怒涛のカーチェイスも遥かに霞んでしまうくらいだ。

撃たれても、撃たれても立ち上がる菅原文太の迫力はターミネーターを凌駕する。

Photo_3

■一方のジュリーに、こういった迫力はない。

だが、時代の閉塞感の中で原爆をもつ9番目の男となる。

これも一種のエネルギーである。

伊藤雄之助や菅原文太のような表立った迫力を見せはしないが、「原爆」という破滅的な狂気がそこにある。

■原爆という「エネルギー」、「パワー」を手に入れたジュリーだが、それを使って何をしていいかが分からない。

まずは、野球中継の放送延長。

ゼロが提案した、ローリング・ストーンズ日本公演。

その先が続かない。

■それは、日本の高度成長の果実を苦労なく与えられてしまった世代の困惑である。エネルギーも、パワーも手にしてしまったのだけれども、それをどう使っていいのか分からない。

結局、ジュリーが何をしたかったかというと、誰かとつながりたい。ゼロと、文太とつながりたい。つながることで「現実」を手に入れたい。

それもまた叶わなかった。

ならば、その狂気を解放してしまおう。

実態を感じられない、この世界を壊してしまおう。

それが、1979年の日本を覆っていた空気なのだろう。

そして1980年、村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」に至るのである。

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■そして、時代は「根拠のない自信」に満ちたバブル期を迎え、逃避を図る。そこで「エネルギー」は消費されつくし、未だ回復の兆しは見えない。

そして、憧憬の念をもって1979年を振り返るのである。

                      <2012.07.03 記>

■STAFF■
監督    長谷川和彦
脚本    長谷川和彦
           レナード・シュナイダー
原作    レナード・シュナイダー
製作   山本又一朗
製作総指揮  伊地智啓
音楽   井上堯之
編集   鈴木晄 


■CAST■
城戸誠                沢田研二
山下満州男警部   菅原文太
沢井零子(ゼロ)   池上季実子
                     
田中警察庁長官     北村和夫
仲山総理大臣秘書  神山繁
市川博士                佐藤慶
バスジャック犯 山崎留吉     伊藤雄之助
ラジオプロデューサー浅井    風間杜夫
交番の警官           水谷豊
サラ金の男            西田敏行

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新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)

●●● もくじ 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●

 

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