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2011年8月 9日 (火)

■ぴあ最終号。39年のありがとう。少年の日にかいだ匂いと共に。

ふとコンビニに立ち寄ったら、「ぴあ」の最終号に出くわした。

Photo ぴあ [最終号]

7月の終わりころには出ていたみたいなので旧聞なのかもしれないけれど、ちょっと感慨深いものがあって、ひとこと書いてみたくなった。

■39年のありがとう、というほど長らくお世話になったわけではない。

いや、むしろ毎号のように買っていたという期間は短くて、中学の2年から3年にかけての2年間くらいじゃなかろうか。

その頃は洋画邦画新旧の別なく、片っ端から映画を見ようと名画座通いを繰り返していて、3本立てを見終わる頃には、ハテ、最初にみたのは何だっけ?というくらい、ただただ数をこなしていったのである。

■学校から近かった文芸坐を中心に、飯田橋ギンレイホール、早稲田松竹、武蔵野推理劇場、大井町にもあったなあ。

当然、昼飯を食べる金なんぞあるわけもなく、グリーンガムを噛みながらひたすら画面を眺めてた。

名画座独特のにおい、グリーンガム、そしていつも傍らにあった「ぴあ」のにおい。

青春、というには早すぎるけれども、10代前半という多感な時期は、その「におい」とともにあったのである。

■そういえば先日、原田芳雄さんが亡くなった。

男くさい役柄が似合う人であり、ジュリーと逆の意味で「かっこいい」人であった。

原田芳雄といえば鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」。

ただ男くさいだけでなく、反骨的アートの香りを持っていて、中学生などは一発でくらくらしてしまう。

同じATG(日本アート・シアター・ギルド)系の「田園に死す」とか「さらば箱舟」とか寺山修二の映画にも原田さんの名があったはずで、つまりはそういう匂いなのである。

最近のドラマでは味わえなかった、そういう毒を含んだ演技、映像が私の原田芳雄なのだ。

■そういった感慨もまた、「ぴあ」とつながっている。

原田芳雄だけでなく、それと同じようにいくつもの想いがそこに連なっている。

それは思い出というだけでなく、体験の複雑なあらみ合いだ。

ここ20年、「ぴあ」のページをめくることは無かったけれども、それが続いていること自体が大切なことであって、本屋やコンビニでちらりとあの表紙を見かけるだけで、ああ、元気にやってるな、と安心する。私の10代が未だそこにあるのだと確認できる。

それも、もう終わってしまうのか。

  

永遠、というものは無い。

                            <2011.08.09 記>

 

 

■ぴあ最終号スペシャルサイト 及川正通さんの表紙ギャラリー、帰ってきた!はみだしYOUとPIAなど。
http://39.pia.co.jp/
Bb

 

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●

 

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