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2011年1月

2011年1月29日 (土)

■【書評】『超人ロック ニルヴァーナ』、聖 悠紀 。千年の孤独と永遠の希望。

40年以上の年月をかけて語られ続ける超人ロックシリーズのひとつの区切りといえる作品である。

Photo_3 ■超人ロック ニルヴァーナ (1)

■人類が宇宙に進出してから(もしかするとその以前から)1000年以上を生き続け、苦悩に苛まれつつも、人類の危機を幾度も救ってきた超能力者、それが超人ロック。

帝国の残した「時間庫」の反応を追う超人ロックに襲い掛かる謎の組織。その背後には戦うロックの映像を隠し撮りするVRキューブ作家グラフ・ラヴェンドラがいた。その目的は何か。そして彼の言う「『ニルヴァーナ』のために」というのはどういう意味なのか?

■超人ロックの作品群は大きく分けて3つに分けられる。

初期の同人誌時代の作品、少年キング連載時代の作品、そして掲載の場所を転々としながら発表されてきた最近の作品。

キングより後の作品群は、そこそこ面白いのだけれども、読後、あまり印象に残らない。話は壮大だったりするのだけれども、どうも味が薄い印象なのだ。

やはり、超人ロックの中核はキング連載時代の作品群なのだろう。

最近の作品の中でこの「ニルヴァーナ」が群を抜いて面白く思えるのは、キング時代の作品群の総括をしているという、その点にある。

■1000年以上をひとりで生き続ける孤独感。超能力者という「異者」であるが故に抱かざるを得ない疎外感。そこが本来の超人ロックのテーマなのであると思う。

近年の作品が軽く思えるのは、「社会」に認められてしまった、「バケモノ」では無くなってしまったことによって、そのテーマが少し薄まってきてしまったことによるのではないか。

その点、この「ニルヴァーナ」はそのテーマに真正面から向き合っている。

だから、味わい深いのだ。

 

■■■以下、ネタバレ■■■

■物語の展開もいい。

謎が幾重にも張り巡らされていて、少しずつ提示される手がかりに読む者はぐいぐいと引っ張られていく。

「ニルヴァーナ」、カムジン、ジオイド弾。

そして汎銀河戦争再来の予兆。

事態はあれよという間に、どんどん拡大していく。

超人ロックとしては長編の部類にはいる4巻を一気に読ませる聖 悠紀の力量は衰えを知らない。

■その本筋の一方で、中盤で語られるタナトスたち「カムジン」の超能力者たちとロックの戦いも魅力だ。

殺された仲間の復讐に燃え、バケモノのように強いロックを協力しながら追い詰めていく。

いつの間にやらタナトスたちの方に感情移入している自分に気が付く。そしてセカンドフェーズ発動。

心ならずもロックは彼らを消し去ってしまう。

彼の存在自体が脅威なのだ。

それを改めて提示することが、終盤のロックの苦悩につながっていく。

■カムジンの罠にはまり、「ニルヴァーナ」を体験するロックは自らの心の中の闇と向き合うことになる。

自分が生きていく限り、そこに破壊と死が絶えることはない。

その罪悪感。

「千の目のポロ」が突いたロックの弱み。

■だが、それでもなお、ロックは人々とともに生きていくことを望む。

世界が緩やかな死に向かっているのは事実だとしても、諦めなければ必ず道は開ける。自分が破壊と死を呼ぶ怪物だとしても、やれることは必ずある。

暗示が解けてもなお「世界の再生」が必要だと信じるドレイク提督をして、その心を変えさせたもの。

それは苦悩するロックを信じ、決してあきらめることのなかったヤマキ長官やナガトたちの姿であって、それによって支えられて生きてきたロックの1000年そのものである。

読むものはそこで、今までの超人ロックの物語が走馬灯のようによみがえるわけで、この「ニルヴァーナ」が記念碑的作品であるという理由はそこにある。

                          <2011.01.29 記>

Photo_4

■超人ロックに初めて出会ったのは、1978年刊の「超人ロック 新世界戦隊(ペーパームーン・コミックス アキラ・ミオ大漂流 併載)」。

10歳の頃です。

その世界観と絵のキレイさに嵌って、何度も読み返しましたな~。

    

Photo_5 ■超人ロック ニルヴァーナ (2)
■Eバスター、そしてニケ・・・うーん、たまりません。

Photo_6 ■超人ロック ニルヴァーナ (3)
■ついにジオイド弾が・・・・。

Photo_7 ■超人ロック ニルヴァーナ (4)
■カムジンとは何者だったのか。

Photo_2 ■超人ロック 完全版 (01) 炎の虎
■復刊された少年キング連載版です。

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2011年1月12日 (水)

■『みなし児のバラード』に思う、新しいつながりのカタチ。

■『伊達直人』を名乗る者から児童養護施設の子供たちに宛ててランドセルが送られた。

なんとも粋で心温まるニュースだな、なんて思っていたら、あれよという間に日本各地に『伊達直人』が現れ、まだまだ拡大していく勢いだ。

一部ではタイガーマスク運動なんて呼ばれ始めているようだ。

景気低迷が続く中だからこそ、この善意の人たちの連鎖が沁みる。

■タイガーマスクといえば施設の子供たちへの想いを歌ったエンディング・テーマが心に浮かんでくる。

 

♪ああ、だけど

そんな僕でも

あの子らは慕ってくれる

それだからみんなの幸せ祈るのさ

【YouTube】みなし児のバラード

 

いい歌だ。

子供たちはみんな幸せであって欲しい。

恵まれて育った自分であっても、子の親になってしみじみそう思う。

■老人の孤独死などがあって「無縁社会」といわれている今の日本だが、『伊達直人』たちに共感する人がいて、それを行動に移す人がいる。

これは新しい『つながり』のカタチなのかもしれない。

それだけのエネルギーを感じさせる今回の動きなのである。

まだまだ日本も捨てたもんじゃない。

実にエキサイティングだ。

                        <2011.01.12記>

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2011年1月 5日 (水)

【映画評】SPACE BATTLESHIP ヤマト。物語のまとまりと、そのために切り捨てたものの代償。

年代的にやっぱり気になる映画なのであります。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.42  『SPACE BATTLESHIP ヤマト』
          監督:山崎貴 公開:2010年12月
       出演:木村拓哉 黒木メイサ 他

Photo  

■ストーリー■
時に、西暦2199年。地球は謎の異星人「ガミラス」の攻撃で滅亡の危機に瀕していた。ガミラスの遊星爆弾による攻撃で海は干上がり、地球上の生物の大半は死滅した。残された僅かな人類は地下都市を建設してガミラスの攻撃に耐えていたが、地下にまで浸透してきた放射能によって人類の滅亡まであと1年余りに迫っていた。

そんな中、地球上にイスカンダルからのメッセージカプセルが届けられた。そこに記されていたのは波動エンジンの設計図とイスカンダルの正確な座標であった。放射能除去装置を求め、地球の最後の希望を乗せた宇宙戦艦ヤマトはイスカンダルへと旅立った。

■原作は1974年に放映されたテレビアニメ。本放映は『アルプスの少女ハイジ』とかぶっていたため視聴率が伸びず、2クールで打ち切りに。しかし、再放送で徐々に火が付き、映画化で大ブレーク。いわゆるアニメブームの先駆けとなった作品である。

現在40代の人であれば思い入れの強い人も多いであろう。それだけに今回の実写化には賛否両論があって当たり前。

けれど、傑作とは言えないまでも、それなりにまとまりのあるいい作品だと思う。

■まずは話のシンプルさ。

これは原作に由来するものだけれども、イスカンダルに行って帰ってくる、その単純さがいい。

ストーリーの根幹がしっかりしているから安心して見ていられるのである。

■次にキャスティング。

木村拓哉の古代進も、独特のキムタク臭に慣れさえすれば、恐れていたほどひどくは無かったし、山崎努の沖田艦長、西田敏行の徳川機関長もイメージ通り。

そして特筆すべきは柳葉敏郎の真田さん。原作の真田さんそのものが浮かび上がってくる感じで想定外の好演であった。

黒木メイサの森雪?

まあ、まったく新しいキャラクター設定ということで、そこは許そうじゃないですか。

■あとはCGの素晴らしさ。

目が肥えている人にはどうか分からないけれども、少なくとも40代のおじさんの目には日本の特撮もここまで来たか、という感慨に耐えない。

ヤマトが実写で動いている。

そこに違和感を感じさせないだけで大成功だと思う。

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■さて、本筋について。

オリジナルとの一番の違いは『ガミラス』が精神結晶の集合体として描かれていたところだ。

『宇宙戦艦ヤマト』の物語の中ではガミラスの人間臭さが面白みの重要な要素であった。

デスラー総統の横暴さと武士道精神を兼ね備えた複雑で魅力的な人物造形と、それに振り回されるガミラスの軍人たち、特にドメル将軍の生き様。

そういった部分がバッサリと切り捨てられてしまっている。

敵側にもドラマがある、というのは物語として重要なポイントであって、異星人が人間と同じ姿であることの不自然さを修正するということが狙いであったならば、あまりにも大きな代償を払ったと言わざるを得ない。

■確かに2時間半程度の枠の中で、ガミラス帝国の面々の物語や、スターシャと古代守の物語を描く余裕はなかっただろう。もしかするとその為の苦渋の決断だったのかもしれない。

けれど、『宇宙戦艦ヤマト』が画期的であったのは敵も味方も含めたいろいろなキャラクターが立っていて、それが折り重なるようにして紡がれていく物語であったことなのである。

ここが決定的に違う。

ガミラスとスターシャを無機質な結晶生命体としてしまったことは、既にいろいろなキャラクターがその胸に刻まれているオールドファンならいざ知らず、初めてこの物語に接する人についていえば、この映画をとても薄っぺらなものと捉えてしまう危険性すらあるのではないか、と恐れるのである。

ラストの方でガミラスが「ヤマトの諸君、」と伊武雅刀の声で語りかける、そこでやっと安堵を覚える、そのカタルシスは、少なくともオールドファンにしか味わえないものなのだ。

■既にこの映画を見た人ならばお気づきのことと思うが、これは『宇宙戦艦ヤマト』とその続編である『さらば宇宙戦艦ヤマト』の2作品をベースとしている。

で、ありながら、物語は破たんをきたしていない。上手くまとめ上げている。

その意味では成功しているといえるだろう。

だが、ここでも得られるはずの大きなものを失っていると思える。

■ラストの場面での物語の展開。

「地球か・・・、何もかも、みな懐かしい。」

という沖田艦長の最期のセリフと、感情をあおるBGM。

『宇宙戦艦ヤマト』という物語は、このセリフ、この場面に向けて語られてきたのであって、観る者はここで万感の思いに涙するのである。

確かにセリフはある。

けれど、この軽さは何であろう。

そこまでの物語に深さが足りない?

ワープばかりをして、24万8千光年の重みを感じさせなかった?

いや、問題はその後の展開にあったのだと思う。

と、いうよりも『間』の問題か。

■そのセリフの前後に十分な『間』があれば、その後に『さらば』の展開を持ってきても、その感動を損なうことはなかったであろう。

一旦、そこで物語を閉じる。

見るものにそう思わせるくらいの『間』が欲しかった。

そうすることで沖田艦長のセリフを味わう余裕ができたはずなのだ。

だが、物語を急ぎすぎた。

■そのツケは最後の特攻のシーンにも影響を及ぼしている。

目の前に現れる巨大戦艦。

塞がれた波動砲。

慌てふためくキムタク。

艦長に助言を求めようとするが、高島礼子が首を振る。

■ちょっと、まて。

本来ならば、古代進の心の中の沖田艦長が、「古代、お前はまだ命をもっているじゃないか」と語りかけるところだろう。

艦長の死をしっかりと描ききれなかったツケがここに来るのである。

ひとりの命の重さを語るのが『さらば宇宙戦艦ヤマト』のテーマなのだとするならば、ここでこの映画はまたひとつ大きなものを失っている。

■古代進は自ら命を絶つのではない。

この宇宙と一体となって生き続けるのだ。

そのメッセージがあまりに軽く、それ故に「『アルマゲドン』と似てるね」なんて言われてしまうのである。

■決して悪い映画ではない。

見せ場も十分にあるし、何より2時間半の長丁場を飽きさせずに引っ張る力がある。

それを「軽い」と感じてしまうのは、もしかするとオールドファンの30余年に渡る熟成された思いの深さによるものなのかもしれない。

その意味では、初めから批判をうけることを予定されていた映画と言えるのであって、それでもこれだけの作品を仕上げたその勇気をたたえるべきなのだろう。

                        <2011.01.05 記>

Dvd_4
■【DVD】宇宙戦艦ヤマト DVDメモリアルボックス
やっぱりオリジナルだよねぇ・・・。
沖田艦長の最期のセリフは本当に泣けます。
  

Photo
■【DVD】さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち
その後、続編も出たけれどもこれが私の中での完結編。

 

■STAFF■
原作 - 西崎義展
監督・VFX - 山崎貴
脚本 - 佐藤嗣麻子
音楽 - 佐藤直紀(原曲 - 宮川泰「宇宙戦艦ヤマト」「無限に広がる大宇宙」)
VFXディレクター - 渋谷紀世子
VFXプロダクション - 白組
映像制作 - 東宝映像美術
企画プロダクション - セディックインターナショナル
制作プロダクション - ROBOT
エンディング曲 - スティーヴン・タイラー -「LOVE LIVES」
 ↑このエンディングテーマは何とかして欲しかった。
  まんま『アルマゲドン』じゃん。
  『真っ赤なスカーフ』といわないまでも、もっとヤマトらしい歌が作れただろうに・・・。


■CAST■
古代進   - 木村拓哉
沖田十三  - 山崎努
島大介   - 緒形直人
真田志郎  - 柳葉敏郎
 
森雪     - 黒木メイサ
加藤     - 波岡一喜
山本     - 斎藤工
古屋     - 三浦貴大
斉藤始    - 池内博之
 

佐渡先生    - 高島礼子
徳川彦左衛門 - 西田敏行
アナライザー  - 緒方賢一(声)
古代守      - 堤真一
  
デスラー / ガミラス - 伊武雅刀(声)
イスカンダル - 上田みゆき(声)

 
ナレーション - ささきいさお

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