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2010年9月

2010年9月23日 (木)

■【書評】『これからの「正義」の話をしよう ―いまを生き延びるための哲学』、マイケル・サンデル。失われてしまった「安心して信じることが出来るもの」の恢復への糸口。

NHK教育で評判の高かったという「ハーバード白熱教室」の書籍版。なかなか、そそるタイトルである。

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■これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

■1人殺せば5人が助かる状況があるとしたら、あなたはその1人を殺すべきなのか?代理出産や臓器の売買は正しいことなのか?我々は親の世代の罪について償う義務があるのだろうか?

これらの問題に対処する考え方は3つある、とサンデル先生はいう。

それは、幸福、自由、美徳、である。

■幸福が最大化された状況を「正しい」とするのがベンサムの功利主義。倫理の教科書で「最大多数の最大幸福」と習ったあれである。

ここでは福祉という視点で正しさを考える。

一方、自由を正義の物差しにするのが自由至上主義(リバタリアン)。

自由な市場が公正な富の配分を生み出すという考えで、国家の役割りは小さく、個人の自由が優先される。

そして、公正さを美徳、道徳で量るのが第三の考え方で、サンデル先生の意見もこの辺りにありそうだ。

■だが、美徳、道徳というものは相対的なものであって、正しさ、とは相いれないのではないか。

そこに登場するのがイマヌエル・カントであり、ジョン・ロールズである。

カントは理性による自律的な自己、ロールズは無知のベールで相対的な価値観を拒絶する。

それは絶対的な「正しさ」を求める試みである。

そしてその考えは「リベラル」という政治的姿勢へとつながっていく。

けれども人間の問題は結局のところ、国家なり、組織なり、家族なりのしがらみの中から生じてくるもので、相対的価値観のぶつかり合いを避けていては正義は語れないだろう、というのがサンデル先生の立場だ。(と思う、たぶん)

■今の時代、我々は「正義」を諦めてしまっているのではないか。

世の中は相対的なもので「正しい」ことなんて無いんだと、9.11以降の世界に生きてしまっているのではないか。

だからこそ、改めて道徳、正しさについて語り合い、議論することが必要なのだと思う。

それは、失われてしまった「安心して信じることが出来るもの」の恢復への糸口であるのだろう。

   

だが、道徳の不一致に対する公的な関与、道徳に関与する政治、というサンデル先生のイメージには賛成できない。

やっぱり怖いのだ、直感的に。

     

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                           <2010.09.23 記>

■これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

  

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2010年9月19日 (日)

■【書評】『ヒトはどうして死ぬのか ―死の遺伝子の謎』、田沼靖一。死を通して見えてくる新たなる進化のカタチ。

死とは何か?

という根源的な問いについて考えさせてくれる本である。

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■ ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

■結論から言えば、我々は’死ぬ’からヒトになった。

’死ぬ’という力により生命は複雑な進化の能力を得て、ヒトにまでたどり着いた、ということである。

’死’とは単なる消滅ではなく、全体の中での選別を形作っている。

それを支えているのが我々の細胞の持つ自死、アポトーシスという能力なのである。

■打撲や火傷による損傷で細胞が破壊され死ぬのがネクローシス。

対して、周りの情報や自らのなかの情報から、自分で自分を破壊するのがアポトーシス。

では、アポトーシスがどんなときに起きるのかというと、実は我々の体のなかで日々起きている。

ひとつは新陳代謝というやつで、一日に200グラム、3000億から4000億もの古い細胞が死んで新しい細胞に置き換わっているらしい。

もうひとつは、紫外線やウイルス、発がん性物質などによって変調をきたした細胞が選別され、自ら死んでいくはたらき。

こういうアポトーシスの能力によって、我々の体は日々その中身が入れ替わりながら正常な状態を維持し続けているのである。

■では細胞の入れ替わりはどこまでも続くかというとさにあらず。

「ヘイフリックの限界」といってひとつの細胞が分裂出来るのは我々人間の細胞で約50~60回。遺伝子に組み込まれたテロメアという’回数券’によって「死へのカウント」が行われているのだ。

一方、神経細胞のように分裂、再生をしない細胞ではアポビオーシスという死のプログラムがあって、ある時期が来たら死ぬように作られている。

こういった仕組みによって我々人間の最大寿命は約120歳と期限が切られているのだ。

つまりは個体の「死」である。

■すべての生命は、いつかは死ぬ。

と、思ったら実は違っていて、大腸菌のような単細胞生物は栄養さえあればいつまでも生き続けられる。

不死、なのである。

そこからなぜ死ぬような生物が進化したかというと、そのカギは「性」の誕生にあるのだという。

単純に自分のコピーを作り続ける単細胞生物とは異なり、「性」を持つ生物は子孫を残すときには相手の遺伝子と混じりあい、その子供は絶対に同じ遺伝子とはならない。

それは必ず変化する仕組みなのであって、その膨大な変化の中から環境の変化に対応できる、種として生き残る「解」を探す。

その変化のドライブがかかっているなかで、古い遺伝子はブレーキになる。

だから自ら退場する。

それが「死」である。

■リチャード・ドーキンスは「利己的な遺伝子」のなかで、我々生物は遺伝子の乗り物であって主体は遺伝子にある、と説いたが、田沼はそれにやわらかく反論する。

遺伝子は生き残ろうとする、その一方で、全体のために自らを消し去る、という利他的な側面がある、という。

ここで改めて、「死とは、何か?」と問うとき、そこに主体性、積極性が見えてくる。

全体が変化していくなかで、自ら退場していこう、という意思である。

だが、本当にそうなのだろうか。

■一般に生物は年齢的に性的能力を失った後の寿命は短い。

それが、先の「退場」である。

ところが、人間は性的能力を失った後も突出して長い寿命を保っている。

チンパンジーですら余命は5年しかないのに対して人間の余命は30年以上。

生殖能力という意味では退場しても、なぜ人生から退場することがないのか。

実は、ここに人間の人間たる所以があるのではないかと思う。

■人間は社会的な動物である。

個体としての生物を超えて、「社会」をひとつの生物として捉えることが出来る。

ここにおいて、再びリチャード・ドーキンスに登場願うのだが、彼は「遺伝子」に対して我々は「文化的遺伝子」、ミームを持っている、といった。

大腸菌から性生殖を行う多細胞生物に進化した、その画期的飛躍と同じように、われわれ人類は画期的な進化能力を手に入れたのではないか。

日々変化し、古いものを消し去っていくだけの「フロー」の世界から、知識を蓄えていく「ストック」の世界へ。

それによって人類の「社会的進化」としての「歴史」が誕生したのではないか。

それを可能にしたのが、生殖能力を失ったあとの人生、知識のストックたる存在としての人生なのではないか。

成すべきことがあるからこその80年の人生。

その折り返し地点において、いろいろなことを考えさせられる。

答えはすぐには見つかりそうもないが、ゆったりと構えているうちに、何か見えてくるかもしてない。

意味のない人生などないのだから。

 

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                          <2010.09.19 記>

■ ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

■ 利己的な遺伝子 <増補新装版>

   

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2010年9月 8日 (水)

■【書評】『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』、井沢元彦。理解しようとする思いは世界をつなぐのか。

キリスト教は分かっているようで分かっていない。ましてやユダヤ教、イスラム教など皆目わからない。

世界の動向をみる上で、さすがにそれはまずいだろう、というので本書を開いてみた。

Photo
■ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫)

■結論からいうと、分かったようで分からない。

本書の構成は、それぞれの宗教のなりたちの簡単な紹介と、各宗教の代弁者とのロングインタビューからなる。

が、それぞれの代弁者が特に過激な論者ではないために、「何故、異教徒を殺すのか」という井沢さんの切り込みに対してうまくかわされている印象がぬぐえないからである。

■キリスト教徒は過去の過ちは認め、今は過激な行動はとらないと言い、イスラム教徒はイスラム信仰に目覚めていない人に寛容だといい、ユダヤ教徒は迫害されはすれども他民族を迫害したことがない、という。

けれど、イラクにせよ、アフガニスタンにせよ、イランにせよ、テロとの戦い、世界秩序の維持なんていうのだけれど、そこには「押し付けがましい」何かがあって、それこそキリスト教が本質的にもっている性質なのではないか、と疑ってみたくなるのである。

ユダヤ教、イスラム教は、アメリカ=キリスト教ほどのグローバル展開は無いにしても、今でも流血の続くパレスチナ。なぜ、パレスチナ、イスラエルの地にこだわるか、というと単なる民族問題ではなく、そこには血で血を洗う宗教対立の構図が浮かび上がってくる。

■と、いう粗雑で乱暴な理解が出来るとして、それでもしっくりこないのは、一神教の心理構造に私の感覚が追い付いていかないからである。

山だろうが、河だろうが、台所だろうが、便所だろうが、ありとあらゆるところに神様がいるという感覚を背景にして、仏教だろうが、キリスト教だろうが、初めは免疫反応があったにせよ今は平気な顔をして受け入れている日本人。

■これは決定的に違う。

インタビューされたユダヤ教の指導者もイスラム教の指導者も、多元的な物の見方を受け入れるような言い方をしているのだけれども、自らの世界観が一神教を軸としている限りは全く違うのだと思う。

理屈では何とでも言えるのだけれども、そこにある考え方の構造がまったく異なっているのじゃないか、と思う。

ユダヤの指導者が「ユダヤ教」ではなく、「ユダヤ道」である。といっていたけれども、それは「個人」が世界とつながる、そのつながり方、生きていく上での哲学の話であって、他者を認めるとか認めないとか、そういう次元であぶりだされてくる話ではないのだと思う。

■それでもなお、理解しようとする努力は必要なのではないか。

きっと理解は出来ない。

けれども、理解したい、という思いは相手に伝わるだろう。

平和に向けた第一歩、それでいいじゃないか。

その意味ではこの本はそれに成功していると思う。

井沢さんの貴重な体験記なのである。

                        <2010・09・08記>

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2010年9月 1日 (水)

■【書評】『身近な雑草のゆかいな生き方』、稲垣栄洋。わき見をする人生の豊かさ。

50種の雑草についての学術的エッセイ。

図鑑とはまた違った楽しさのある本である。

Photo ■身近な雑草のゆかいな生き方

■朝、足早やに駅へと急ぐその視線はまっすぐで、

その視界の外に広がる豊かな世界には一瞥もくれない。

その余裕もない。

けれど、仕事に急ぎすぎて体と心を壊してしまい、それからしばらくして、その美しい道端の小宇宙に気づくようになった。

■その小さな花の可憐なことと言ったらない。

ハコベに、オオイヌノフグリに、ホトケノザ。

ハゼラン、ハナイバナ、キュウリグサなんて極小のものもある。

雑草の名前を知ったところで何か御利益があるわけではないのだが、なんだか、少し人生が豊かになった気がするのは事実だと思う。

■それは、花に触れ、図鑑で名前を調べるという行為の積み重ねによって、少しずつ出来上がってくるものである。

けれども、それだけだとなんとなく何かもの足りない。

深み、というか、背景というか。

そこでこの本である。

■雑草50種、それぞれの雑草の生き様が、短く切れのいい文章でつづられている。

単なる学術解説ではないのである。

そこには小さな名もなき雑草の人生が語られているのである。

こういう本が欲しかった。

細密な挿絵も良くって、ぱらぱらとページをめくるだけでも楽しめる。カラーではないのが残念だけれど、色彩を想像するのもまた良しか。

                       <2010.09.01記>

  
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