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2010年7月

2010年7月31日 (土)

■勇気。

― 道 ―

この道を行けば どうなるものか 

危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 

踏み出せば 

その一足が道となり 

その一足が道となる   

迷わず行けよ 行けば分かるさ 

― 編集:アントニオ猪木 

  原典:清沢哲夫『無常断章』 「道」(・・・らしい)

   

元ネタは一休宗純だという説もあるが、

そんなことはどうでもいい。

これほど勇気をもらえる言葉はない。

                   <2010.07.31 記>

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■熱海の捜査官は霧の中。

■金曜ナイトドラマ枠に三木聡とオダギリジョーが帰ってきた。

全寮制学校のスクールバスが4人の女生徒を乗せたまま失踪、懸命の捜査も虚しく何の進展もないまま3年の月日が過ぎる。

そこに行方不明であった女生徒のひとりが発見され、事件が再び動き出し、FBIを模した警察組織、広域捜査庁捜査官のオダギリジョーがその不可思議な事件に切り込んでいく。

■と、書くと本格ミステリ風なのだけれども、そこは時効警察のメンバーだから一筋縄ではいかない。

スクールバスが失踪するプロローグのシーンからして人をくってるし。

あまりにもまったりし過ぎていて途中だれてしまう感があるものの、小ネタのくすぐりは健在で、とくに地元警察婦警役のふせえりが登場するシーンは確実に含み笑いを誘ってくれる。

■1話完結で独特の世界を作り上げた時効警察に対して今回は連続ミステリー。

初回のインパクトはさほどではなかったものの、いやいやこんなものではないでしょう。

ゆるりと小ネタでおちゃらけながらも、かつて一世を風靡したデヴィッド・リンチのツイン・ピークスっぽい世界観を目指すのか。

しばらく、ゆるりと眺めましょう。

                        <2010.07.30記>

追記)もみあげ市長、団次朗さんの暑苦しさ、笑えました。

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2010年7月29日 (木)

■無いものねだりと自己否定。

目標を高く持つのはいいことだ。

けれども、自分の出来る範囲を大きく逸脱して

一気にそこにたどり着こうというのは

チャレンジでもなんでもなくて

無いものねだりというものだろう。

 

結局、その無謀な試みは達成されるはずもなく

自信喪失から自己否定へと

負のスパイラルに入っていってしまう。

  

このままではイカンともがけばもがくほど

必要以上に力んでしまって

さらに失敗、自信喪失、自己嫌悪。

その繰り返し。

 

どこかで正のスパイラルに転換しなければ。

 

それは、結局はアサーションの問題なんだろう。

つくづく、自分は苦手だな、と思う。

  

小さいことから、自分の出来ることからやってみる。

或いは、例えどんなに小さなことであっても出来たことから、

自分を認めてあげてみる。

それが、こころの安定、ひいては人間関係の安定にも

つながっていくのだろう。

 

私の自己否定のクセはガキのころから染みついたもので

急には変われるものではないと自覚している。

それ故に、意識して訓練、訓練。

そして自己信頼から生まれる自然なスマイルなのである。

                       <2010.07.29 記>

■【書評】『アサーション・トレーニング』、平木典子。主体的に生きるということ。
http://soko-tama.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-327d.html

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2010年7月28日 (水)

■何のために働くのか。

20歳の若造でもなし、

なぜ、そんな問いを立てるのか。

いや、

あの頃はもう、その日を生きるのに精いっぱい。

それどころじゃなかったし、

今の自分にしたって

もし、けつまづくことがなかったら

息も絶え絶え、問うことも知らず、

まだ走り続けていたのかもしれない。

  

立ち止まってしまったことが悲劇なのか。

 

改めて走り始めるその助走のなかでつぶやいている。

なぜ、俺は走るのか。

 

やりがいを求めて?

居場所を求めて?

食っていくため?

養っていくため?

 

そのひとつひとつを引っぺがしていったときに

何か確かなものがあるだろうなんて信じちゃいない。

むしろそのひとつひとつのすべてが正しくて、

そのモザイク模様それ自体がその時の正解。

 

ふん、何をわかったようなことを。

ただ走るのがめんどくさくなっただけなんだろう。

走ることから逃れたくなっただけなんだろう。

  

走るのに理屈はいらない。

ただ走る、働く、という行為があるのみ。

四の五の御託を並べるヒマがあったら

さあ、走れはしれ!

 

と、もとの道に戻っていくのも一つの手ではあるだろう。

けれど、またこの道を20年も走るのかと思うと

目の前に広がる長い道のりを前に

くらくらしてしまう。

  

生きていくためには走らなきゃいけないことも、

特別な才覚のない凡庸な自分にはこの道しかないことも

分かっている。

 

そうやって、

明日も重たい足をひきずりながら

惰性という名の思考停止で乗り切っていく。

そのうち、この問いも消えていくことだろう。

だから今夜ここに書き留めておこう。

何のために働くのか!!

                        <2010.07.28 記>

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2010年7月26日 (月)

■落雷

20100726_2

どかん、と来ました。

電車も止まってしまったようで・・・。

                           <2010.07.26記>

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■正気を保ち続けるために。

廃品回収業者の声が聞こえる。

仕事をさぼって

夕涼み。

     

                      <2010.07.26記>

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