■【書評】『獣の奏者』Ⅰ闘蛇編/Ⅱ王獣編、上橋菜穂子 著。群れの中の個の生き様を描く、ファンタジーの姿を借りた社会論。
NHK教育でやっているアニメ『獣の奏者エリン』の原作である。
なんだ子供向けか、と思ったら大間違い。
大人の心をグイと引き込む力強さをもった作品なのだ。
■獣の奏者〈1〉闘蛇編 ■獣の奏者〈2〉王獣編
上橋 菜穂子 著 講談社文庫(2009/8/12)
■作品の世界はいかにもファンタジーらしい世界だ。
崇拝される王がいて、国を守る戦人がいる。
その戦人が操るのが’闘蛇’といわれる竜のような巨大な生物。
主人公のエリンはその闘蛇を育てる闘蛇衆の村に生まれるが生粋の闘蛇衆ではなく、緑の瞳をもつ流浪の民族、’霧の民’を母に持つ。
父は既に亡く、10歳にして目の前でその母を残酷なカタチで喪ったエリンがくじけずに成長していく、そういう物語でもある。
■だが、この物語の力強さの源泉は何かといえば、徹底したリアリズムにある。
ぬらぬらとした粘液に包まれジャコウのような甘いニオイを放つ’闘蛇’の描写から、蜂飼いのジョウンが蜜蜂の巣分けをする場面や、’闘蛇’の天敵である’王獣’のヒナとのコミュニケーションを試みるためにエリンが竪琴を改造する場面。
映像はもちろん、そのニオイ、手触り、音、といった五感のすべてにありありとした手応えをもって現れてくるのである。
そして、そのリアリズムは場面描写だけに留まらず、思わずハッとするような情け容赦のない物語の展開にも現れる。
期待する甘い期待をスパリと切り裂く鋭い刃にリアリティが宿るのである。
■さて、この物語のテーマは何であろうか。
― この世に生きるものが、なぜ、このように在るのか、を知りたいのです。
エリンが’獣ノ医術師’の学校の試験で、志望理由を問われたときの答えである。
わたしには、どうもこのあたりに核心があるのでは、と思うのだ。
■決して人に慣れることのないといわれていた王獣とのコミュニケーションにエリンは成功する。
では逆に、何故、何百年もの間、先達たちはひとりも王獣と対話をかわすことができなかったのか。
実は王獣を扱う為の’王獣規範’という厳格な規定があって、それに従う限り、ヒトは王獣とコミュニケーションが取れないように巧妙に仕組まれていたのだ。
■ヒトと獣が本当に分かりあうことは出来ない、そこには相手を制御するための’恐怖’が必要なのだ、とする考え方があって、王獣を制御する唯一の手段が’音無し笛’というもので、それを吹くと王獣は固まったように動けなくなってしまうのである。
それをヒトが作り上げる社会にアナロジーを求めたとき、極めて絶望的な社会の見方へとつながっていく。
■ヒトの世界には掟、戒律というものが、ある。
見えるもの、分かるものもあれば、見えぬもの、気付かぬものもある。
それらは人々が’安全’に暮らしていくために必要なものではあるが、それは同時に実は王獣に対する音無し笛のようなもので、我々のこころを縛りつけ、思考停止に陥らせているのではないか。
思考停止のまま群体として動いていくイメージ。
それを果たして生きていると言えるのであろうか、という作者の問いかけを感じてしまうのだ。
■その究極が蜂の社会であり、それを言いたいが為に、物語の前編において丁寧に丁寧にそれを描いたのではないか。
だからどうだ、とはっきり言わないのが小説の良さである。
ポンと投げたいくつかの小石が、心の水面に波紋を作り、それが重なり合いながら幾重にも拡がっていく。
そこに描かれる模様は、読み手のこれまでの人生によって変わっていくのである。
■だが、己の出自である霧の民の生き方に対して反吐が出る、と血を吐く思いで切り捨てるエリン。
そこに作者の想いが現れている、群れるな、と。
そしてそのとき、個が個として生き始めたとき、
初めて個と個が通じ合うことが出来る。
ラストシーンの感動は、その力強い希望の光なのであった。
<2009.11.20 記>
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■獣の奏者〈1〉闘蛇編 ■獣の奏者〈2〉王獣編
上橋 菜穂子 著 講談社文庫(2009/8/12)
■続編として3巻目の<探求編>、4巻目の<完結編>が単行本で出ているけれども、1巻目の<闘蛇編>と2巻目の<王獣編>で話は完結しているので、ここで留めておくのもいいと思う。というより単行本を買うのはちと高いよね、やっぱり。
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