■【書評】『「空気」の研究』、山本七平。決して古びることのない本質的日本人論。
「空気」を読めない、
などと言われる「空気」について深く掘り下げることで日本人の本質を浮かび上がらせることに成功した名著だと思う。
30年以上昔の本でありながら、その鋭利さは少しも錆び付きを感じさせない。
■「空気」の研究 山本七平 著 文春文庫(1983/01)
■「空気」とは簡単に言えばその場の雰囲気である。
そう言ってしまえば簡単なのだけれども、山本七平氏の手に掛かるといきなり学術的な香りが漂いだす。
曰く、「臨在的把握」。
対象物そのものをそのまま把握するのではなく、そこに何か「恐れ」のようなものを感じることをいうらしい。
その根本にはアニミズム的な意識が色濃く残る日本を、一神教である西洋文明と対比させる意図があり、主題はやはり日本人論なのである。
■では何故、「空気」を取り上げるのか。
その問題意識は、戦前、戦中、戦後と状況は変われども、「空気」なるものが我々日本人の意思決定の目を曇らせている、というその点にある。
■「あの時は、そういうことをいえる「空気」では無かった」
などという発言は、あの無謀な戦争に突入しようとしていた時点でも、敗色濃厚な中でとても合理的とは考えられない作戦を遂行しようとしていた時点でも、当時の意思決定に関わった人たちの言葉として良く聞かれる文句なのである。
それを繰り返してはならない、その為の本書の研究なのだ。
■しかも問題なのは、戦後においてもその「空気」による意思決定は脈々と続いていることである。
この本が出版された昭和52年当時には「公害問題」が盛んに騒がれていたのだけれども、その論議においては排気ガスのNOxについても、イタイイタイ病のカドミウムについても、「絶対悪」の「空気」が蔓延していて純技術的・学術的な議論が出来ない状況にあったのだという。
■それは現代においても、80年代イケイケどんどんのバブル全盛時代や、この間の小泉改革の時代を考えれば、当たり前が当たり前でなくなる傾向は続いているように思える。
大正生まれの山本七平氏がいうには、幕末、明治のあたりまでは、「男子たるものその場の空気に左右されるような軽挙妄動は謹んで」みたいな思考方法があったようで、「空気」の問題は、この100年のことであるようだ。
じゃあ、この100年って何だというと、一部のエリートが無知な民草を守り導くという政治のカタチから、(一応の)民主主義体制への転換によって、一般庶民にまで情報が行き渡り「全体のムード」(即ち「空気」)が生まれやすくなった、ということだろう。
■どうも我々日本人は集団ヒステリーに罹りやすいようで、じゃあ、といって「空気」に惑わされない一部のリーダーにすべてを任せた士農工商の時代に戻れるわけもない。
では、どうするか。
というところで、山本七平氏は「水を差す」というアイデアを挙げる。
呑んでいる席でみんなで夢のような話で盛り上がっているところに、「でも先立つものが無いぜ」、と「水を差し」て現実に引き戻す、それである。
■けれどもそれも結局は「まあまあ、ここはそれとして」ということで、うやむやになってしまうのだ。
どうもそこが日本人と一神教の欧米人の違うところであるらしい。
そのあたりが、旧約聖書の世界に深く分け入った山本七平氏の真骨頂であるようで、その分析が非常に面白い。
■本書で「空気」への対抗手段が示されるか、というとそういうわけではない。
あるのはあくまでも分析であって答えではない。
その答えを導き出すのは我々への宿題というわけである。
自分のなかでは、「個人主義」とか、「自由」という方向にその答えがあるように思えるのだが、そういう西洋的な価値観が本当に「幸せ」につながるのかという疑問も大いにあって、ぐるぐると堂々巡りをしてしまうのである。
■2009年8月30日、今回の衆議院議員選挙での民主党の圧倒的勝利によって戦後初の本格的な政権交代がおこなわれることになった。
これもまたひとつの「熱狂」であって、その「空気」にまた取り込まれてしまうのではないか、という一抹の不安を感じる。
その一方で、何となくではなるものの、冷静な風がそこに流れているような気もする。
それは「空気に流されるのを潔しとしない」冷静さを我々一人ひとりが持つことであり、それが新しい日本流の「個人主義」につながっていくのじゃあないか、と思うのである。
<2009.08.31 記>
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■「空気」の研究 山本七平 著 文春文庫(1983/01)
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