■【書評】『ワンダフル・ライフ ―バージェス頁岩と生物進化の物語』、S・J・グールド著。生命樹の影に広がる展開されなかった未来たち。
5億4000万年前、カンブリア大爆発と呼ばれる生物進化上の大事件があった。
地質学上の極めて短い間に動物の形態の多様化が一気に進行し、現在の動物の取る形態の基本構造(門レベル)がこの時点ですべて生まれていた、というのだ。
一体、そこにどんな世界が広がっていたのか、そしてそれは進化を考える上で一体何を指し示してくれるのか。
リチャード・ドーキンスと並ぶ進化学の横綱、スティーヴン・ジェイ・グールドの科学に対する哲学が真っ直ぐ伝わる良書である。

■ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
スティーヴン・ジェイ グールド 著 ハヤカワ文庫NF (2000/03)
■始まりは1909年、カナデイアン・ロッキーで見つかった5億年前の奇妙な化石群。
表紙に載っている5つ目のオパビニアにしろ、歩くイモムシみたいなハルキゲニアにしても、ともかく奇天烈なのである。
そんな奇妙奇天烈生物の化石が発見され、どう分類、解釈されていったかが、豊富な具体的図版とともに丹念にたどられていく。
なんだか探偵になった気分だ。
■600ページの大作のうち8割はその紹介にあてられているのだけれども、そこでまったく飽きさせない。
それは科学的に極めてエキサイティングであって、グールドが本書の目的のひとつとして挙げた「カンブリア紀の爆発的進化」の面白さを世に伝えるということは見事に成功しているようである。
■実際、初めてこの本を読んだときにはそこの部分にばかり気がいってしまったのだが、今回改めて拾い読みをしてみると残りの2割の部分にぐいぐいと引き寄せられてしまった。
それが、グールドの挙げた本書の2つ目の目的、進化史に対する誤解を解くこと、なのである。
■その誤解とは、進化した姿というのは「あるべき合理的カタチ」というものがあって、そこに向かって徐々に進化していく、というもので、進化の系統図は単純なものから複雑なものへと末広がりに拡がっていくという歴史観である。
それに対してグールドは、正面から反論する。
■先の進化史観では、歴史が何度繰り返そうとも同じところへ安定的に収斂していく、必ず我々人類が生まれてくるのが道理である。と、とらえる。
しかし本当にそうだろうか。
グールドは思考実験として歴史のテープを巻き戻して、ある地点から再度再生させるというイメージを提示する。
そこから果たしてふたたび同じ物語が展開するのか。
■否、とグールドはいう。
ちょっとした違いが未来の大きな違いとなって現れる。
カンブリア紀の大実験で幾多の生命のカタチがうまれたそのうちのどれが生き残るのかは必然ではなくて多分に偶然の要素に左右される。
結果、まったく違う形態の種族が生き残ってもおかしくは無かった。
■運があるのものは生き残り、運の無いものは死に絶える。
生き残ったものの影には「悲運多数死」とグールドが呼ぶ、展開されなかった未来が埋もれているのだ。
脊索動物は運良くカンブリア紀の大実験を生き残り、哺乳類は運良く白亜紀大絶滅後の繁栄を手にし、ホモ・サピエンスは運良く氷河期の気候変動を乗り切ってその数を増やした。
今、ここに我々があるのは大いなる幸運の積み重ねによるのである。
■つい、我々はそこに必然を見てしまう。
現在を基点として歴史を遡るならば、その運・不運にはいくらでも理由をつけることが出来る。
科学は、何故?と問う。
何故ならば、と歴史をたどり、そこに意味を植えていく作業である。
現在に向かって展開してきた道を補強する作業である。
結果、過去に育ちかけて悲運にも絶滅していった可能性たちの影はきれいに消し去られ、ただひとつの末広がりの生命樹が確定される。
■グールドのように、それが間違っているとまでは思わない。
ある現象を見る見方の問題なのだから。
けれども、「科学」が常にこれが正しいというとき、特にそれが複雑な物事(複雑系)の展開について語られたとき、そこに「運・不運」の入り込む余地が十分にあるのだということを忘れてはならない。
そのとき結果は常に一つとは限らないのだ。
■思えば、我々の人生もまた運・不運を背景とした選択の繰り返しであって、ここまで生きてきた中でありえた未来を背負って生きているのである。
今の自分を支えているのは選択してきた過去たちだけではなく、選択しなかった過去とそこから拡がっていたであろう未来をも含むものだと思う。
そういう意味でグールドの考え方はとても人間的な魅力に溢れている。
それ故にわれわれの心に染み渡るのだ。
<2009.07.26 記>
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■ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語
スティーヴン・ジェイ グールド 著 ハヤカワ文庫NF (2000/03)

■眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
アンドリュー・パーカー 著 草思社 (2006/2/23)
■カンブリア紀の爆発的多様化の理由を「眼の進化」によるのもではないか、という興味深い仮説が語られる。
しっかりとした像を結ぶレンズと網膜をもった「眼」が生まれることによって、それまで生存上の意味を持たなかった「形状」や「色」の重要度が革命的に増大し、一気に多様化が進んだ、とする説である。
まさに眼からウロコの説であり、同時に「眼」の構造について理解が深まる知的面白さに富んだ一冊である。
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