■ドラマ 黒部の太陽 後編。絶対にやり遂げる人間の強い意志と生きる力、勇気。
前後編2時間半の〆て5時間の大作、質のいい邦画を観終えたような気分である。
■昭和31年、高度経済成長を目指すなか、電力需要は増大し発電能力は限界に達しようとしていた。
その状況を打開する為に関西電力は黒部川最上流部に日本最大の水力発電所を建設することを決意した。
このダム建設のカギを握るのが、前人未到の北アルプスにダム建設の資材を運び込むためのトンネルをつくること。
だが、この大町トンネルの掘削は、岩盤が脆く非常に崩れやすい上にアルプスの大量の地下水を溜め込んだ破砕帯に遮られ、絶望的な戦いを強いられるのであった。
というお話。
■人間が踏み込むことを拒み立ち塞がる大自然の強大な力を前にして決して退くことなく立ち向かう人間の強い意志、そしてトンネルを突き抜いたその時きっと目の前に現れるであろうまばゆい光。
タイトルの「黒部の太陽」とは、凍えるように冷たい絶望的な暗闇のなかで震えながら苦闘する男たちが信じる、その光のことなのだ。
■昭和30年代~40年代にかけて日本は飛躍的な高度経済成長を遂げた。
その驚異的成長を支えた世代というのがあって、私の父や祖父の世代のことなのだけれども、彼らは不屈の精神をもって不可能を可能とする奇跡を生み出した、火の玉のように熱い世代なのである。
■何故、彼らはそこまで熱くなれたのか。
平成を生きる我々と何故、かくも違うのか。
高度経済成長のまわりにきらめく、こういったロマンチシズムを何故我々は失ってしまったのか。
それは年に3万人を超える自殺者を生み出し、うつに倒れる社会人が続発する今の時代背景と無縁ではあるまい。
少なくとも言えることは、われわれの心を満たす幸福度、といったものが低下してしまっているということだ。
■生きていく上での生活レベルは特にその底辺において確実に高くなり、完全週休二日制が当たり前になった現在では、過酷な長時間労働もまだあるにしても、公私の区別なく遮二無二働いたあの時代よりも厳しい、ということはないだろう。
先代が苦労して育てた果実をたらふく食べて何不自由なく育った我々の世代は、やはり甘っちょろいということなのか。
■父や祖父たちが血の汗を流しながら獲得したこの豊かさは、我々にとっては既得権益でしかなく、水や空気と同じ、当たり前のものになっている。
むしろ、その当たり前の豊かさ=既得権益が侵されたと感じたとき、怒りの感情と共に不幸が覆いかぶさってくる。
モンスターペアレントを嗤うのはいいが、彼らは実は極端な例に過ぎないのであって、「当たり前の権利」が否定されるとき、我々ひとりひとりのなかに多少なりともその萌芽があるという現実、そこに薄々感づいているのではなかろうか。
それを甘っちょろいというならば、それはきっとそうなのだろう。
けれど、そこにある苦しみは確かなもので、そのひと個人の責任にすべてをおっかぶせるのも違うと思うし、同じひとが昭和30年に生きていたならばそれなりの生き方をしたに違いなく、その逆もまた真なりで、そのひとの在り方は、当たり前のことながら、その時代の空気と切り離すことは出来ない。
■幸福は、それを獲得する予感に包まれたときに最大の効果を発揮する。
豊かさの絶対値は問題ではなく、今、に対してこれからどう変わっていく予感があるのか、それが幸福の尺度なのではないだろうか。
そういうふうに見てみれば、昭和30年代のカラダの底から溢れ出るような笑みの不思議が分かるような気がするのだ。
絶対的な豊かさで言えば到底いまの我々が許容できるレベルではないのだけれど、そこには将来に対する予感、いや確信があって、それがあの時代に生きる人たちを猛烈に突き動かしたエネルギー源なのではないか、ということである。
■これからの日本は敗戦のどん底から這い上がって絶対に「幸せ」をつかむのだ、
という確信には根拠も確証もなかったに違いないのだけれども、それが昭和30年代から40年代にかけて父や祖父たちの誰もが疑うことのない時代の空気だったのだろう。
■ダム工事を指揮した滝山薫平(小林 薫)が、自分の娘が白血病であることを知り、その絶望を難攻不落の破砕帯と重ね合わせ、絶対に通す、通さなければダメなんだ!と一歩たりとも退かない覚悟で攻略法を考える。
コンクリートで塗り固めてはどうだろうか。
冷凍法はどうだろうか。
■それに対して技術者の木塚一利(ユースケ・サンタマリア)が冷静に、正直言って、あまり賢い考えじゃないと思うんですが、と答えるのだが、滝山はそれに激昂する。
かしこぶった言い方は止めてくれないか。
なりふり構ってる時じゃなんだよ、今は。
人間が頭で考えて破砕帯に勝てるのかね。
知恵じゃ、もうとっくに負けてるじゃないか。
今はどんな非常手段を使ってでも破砕帯を強行突破しなけりゃならないんだ。
どんなことがあっても諦めない。
どんなことがあってもやり遂げる。
その人間の心が問われるときなんだよ。
■これは理屈に合わない精神論なのだろうか。
人のこころでは、
願うだけでは、どうにもならないことだってありますよ。
どんなに頑張ったって、・・・。
と苦しむ木塚は正しい。そこで、
君は、破砕帯に屈するのかね、
負けを認めて白旗をあげてしまうのか!
と、木塚を追い込む滝山は明らかに理不尽だ。
■だが最後には、絶対に不可能と思われた破砕帯の突破を彼らは成し遂げてしてしまうのだ。
失敗してもいい、効果がうまく出なくてもいい、絶対に掘り抜くという強い意志をもって、考えつくあらゆる手段を全部やりつくす。
その上で、トンネル工の親方、倉松仁志(香取慎吾)がその可能性に希望を託した冬期の地下水脈凍結、という感が当たり、破砕帯を抜けることができたのだ。
その「女神の微笑み」は決して偶然ではなく、必然だ。
何故かならば、女神が微笑むまで彼らは諦めなかったからなのである。
■確かにトンネルを貫通させれば娘は助かる、という滝山の願いは叶えられなかった。
はじめからそんなことは分かっていた。
けれど、そう願わずには、そう信じずにはいられなかったのだ。
娘が助からないと聞いて、なるほどそれは理屈だ、と納得できるはずがない。
どうにもならない、と諦めた瞬間にすべては終わってしまうのだから。
■苦しかったはずの昭和中期の人たちの目がきらきらと輝いて見えるのは何故か。
といったときに、平成に入って我々の社会に蔓延してきた合理主義や成果主義、それに伴う個人主義と自己責任に還元していく見方がある。
私自身もそう思う。
けれど、それが分かったところで当時の’世界で一番理想的な社会主義体制’に戻れるわけもない。
「時代」は生まれてくるものであって、作られるものではないのだ。
■だからそれは、この平成の時代に生きる’わたし’の問題なのである。
’わたし’の意志の問題なのである。
受け入れがたい現実に対して時代の問題として「仕方がない」と悟りきってしまうのではなく、絶対に受け入れない、という強い意志を持つかどうかの問題なのである。
トンネルの向こうに絶対に光があると「予感」し、「確信」するのは他ならぬ’わたし’なのであって、それを可能にするのはその存在を信じ抜く’わたし’の強い意志なのである。
いま必要とされているのは「悩む力」ではなく、
暗闇を乗り越えて光を灯す「意志の力」であり、
意志を支える生きる力、「勇気」なのだ。
<2009.03.24 記>
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■【原作】 ■黒部の太陽
木本正次 著 新潮社新装版(2009/02)
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■STAFF■
原作 : 木本正次 「黒部の太陽」
演出 : 河毛俊作
脚本 : 大森寿美男
音楽 : 岩代太郎
ヴァイオリン独奏 :竹澤恭子
美術デザイン: 根元研二
美術進行 : 藤野栄治 宮崎淳一
撮影 : 加藤文也、佐々木 肇
特撮監督 : 尾上克郎
撮影 : 中根伸治
照明 : 鈴木 静
美術 : 三池敏夫
操演 : 関山和昭
VFX : ツジノミナミ、田中貴志
製作統括 : 大多 亮
企画 : 和田 行
製作 : フジテレビ
■CAST■
●熊谷組倉松班
倉松仁志(親方) : 香取慎吾
沢井甚太 : 勝地 涼
島崎哲蔵 : 火野正平
石川信也(ノブ) : 趙 珉和
山崎 護(マモル) : 木村 昇
沢井甚五郎 : 國村 準
●熊谷組
大牧治郎(専務) : 津川雅彦
船田克巳(作業所所長) : 伊武雅刀
木塚一利(工事課長) : ユースケ・サンタマリア
●関西電力
滝山薫平 (黒四建設事務所次長) : 小林 薫
太田垣士郎 (関西電力社長) : 中村敦夫
林 昭太郎 (関西電力副社長) : 竜 雷太
芦田正章 (関西電力常務) : 平泉 成
平岡榮太郎 (黒四建設事務所所長) : 小野武彦
根岸弘泰 (黒四建設庶務課副長) : 柳葉敏郎
●その他、家族等
滝山ふじ江 (薫平の妻) : 風吹 ジュン
滝山幸江 (長女) : 綾瀬はるか
滝山響子 (次女) : 末永 遥
滝山光子 (三女) : 志田未来
北島 香 (光子の主治医) : 浅野ゆうこ
倉松ツル (仁志の母) : 泉 ピン子
川口文子(沢井甚太の恋人) : 深田恭子
遠山博士(地質学者) : 古谷一行
源吉 (地元の地主) : 田中邦衛
ナレーション : 三上博史
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