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2009年1月24日 (土)

■【書評】『あっかんべェ一休』、坂口 尚。認めるより仕方ないじゃないか、それが今の’私’なのだから。

このマンガは何かに突き当たった時に開く、私にとっての大切なバイブルなのだ。

※大幅に加筆修正しました。(2009.01.26)

Photo Photo_2 ■ あっかんべェ一休

■今から600年ほど昔、

南北朝が統一され、武家が権力を握る時代。

後小松天皇の御落胤である千菊丸は、その母が南朝の出だということで在らぬ疑いを掛けられるのを避ける為に齢六歳にて臨済宗安国寺へ出家した。

周建と名付けられたその小坊主が後の一休宗純、あの「一休さん」なのである。

■「あっかんべェ一休」は、いとしい母から引き離されて禅寺に放り込まれた周建が、風狂と漂泊の果てに八十八歳で「死にとうない・・・」と呟いて逝ったその人生を、独自の哲学的かつ詩的な表現で描ききった作品。

作者・坂口 尚は、手塚治虫の愛弟子にして後継者と目された人だが、心不全に倒れ、49歳の若さでこの世を去った。

この作品はその坂口 尚が死の直前に書き上げた遺作であり、そのことを考え合わせると、一休さんの人生をなぞりながら坂口尚はそこに何を見ていたのだろうか、とさらなる想いが湧き上がる。

■何しろ破天荒に生きた八十八年である。

胸に迫る場面はいくつもあるのだけれど、やはり「悟り」の前後での一休さんの心の動きがしみじみとくる。

■一休さんが悟りを得る少し手前で、師匠の華叟宗曇(かそう そうどん)から出された『洞山三頓の棒』という公案に答えて詠んだ歌がある。

   
有漏地(うろじ)より 無漏地(むろじ)に帰る 一休み

雨ふらば降れ 風ふかば吹け
  

宗曇師から道号’一休’を頂く由来となった歌である。

■有漏地(うろじ)とは、漏(煩悩)の有る世界。

無漏地(むろじ)とは、煩悩の無い世界。

’私’は己の煩悩を消そうと修行をし、けれども見つめれば見つめるほどに強くなり、ますます逃れられなくなる煩悩に悩まされ、嘆き、悲しんできた。

「嘆く」のは’私’

「悲しむ」のは’私’

そしてこの世の中を、自分の境遇を「嘆くべきもの」「悲しむべきもの」としていたのは他ならぬ自分自身、’私’そのもの。

’私’という牢獄に囚われて、その自分で作り上げた檻のなかで「うろうろしていた(有漏々々していた)」、それが’私’だったのだ。

雨を「冷たい」と感じる自分、風を「きびしい」と感じる自分、そう「思い込んでいた」’私’の外側に立つならば、それはただの’雨’、ただの’風’なのであり、それ以上でもそれ以下でもない。

■その一休さんの視線に沿わせてみると、見えてくる’私’がある。

自分の思い通りにならないことに対して不満を抑えられないわがままな’私’。

自分の考えを否定された時に、あたかも自分の存在自体を否定されたかのように攻撃的になる’私’。

まわりの人たちに受け入れられていないと疎外感を感じて心を開こうとしない’私’。

そういう’私’が嫌で、過去の苦い記憶を掘り起こしては自己嫌悪に陥る’私’。

■そこには【わがままで無い自分】、【冷静な自分】、【まわりと打ち解けている自分】という理想像があって、そうじゃない自分が許せない。

しかも、性質(たち)が悪いことに、そんな自分勝手な価値観をまわりの人たちにも期待して、そうでないことに失望し、不満を抱いてしまったりするわけである。

■物事や出来事を評価して、「良い」とか、「悪い」とか、「正しい」とか、「間違ってる」とか、レッテルを張って、それにこだわる心。

自分自身を「甘えている」だとか、「これではダメだ」とか、決めつけてしまう心。

「良く思われたい」とか、「認められたい」、「愛されたい」という気持ちと、その期待が満たされないことで生まれる「悲しみ」とか、「怒り」とかいった心。

その【差別する心】が苦しみを生むのであって、【差別する私】の外側に立ってみるならば、ただ目の前の現実そのものが在るだけなのだ。

■「それではダメなんだ」と目の前の現実を批判したところで、何が変わるわけではない。

現実を、現実として受け止める。

悲しい、悔しい、腹が立つ。

それでいいじゃないか。

認めるより仕方ないじゃないか、それが今の’私’なのだから。

’雨’に打たれるのを味わうも良し、

’雨’が通り過ぎるまで一休みするのも良し、

’風’もまた然り。

■一休さんの「気付き」に最近ようやく近づけた気がする。

けれど、所詮は俗世にどっぷり浸かった凡夫であることには違いなく、気が付けばまた現実を歪め、差別する心に捉われていることだろう。

だから、

何度も何度も、繰り返し【気付く】ことにしよう。

その度に少しずつ【気付き】が本物の血や肉になっていくだろう。

そうすれば、もう少し楽に生きられるかもしれない。

    

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                           <2009.01.24 記>

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Photo Photo_2
■ あっかんべェ一休 (上) (下)
坂口尚 著 講談社漫画文庫【上下巻】(1998/10)
  
   

Photo_3 ■ 石の花 (1)
坂口尚 著 講談社漫画文庫【全5巻】(1996/7)
■1941年のナチス侵攻に始まるユーゴスラビア内戦に巻き込まれた少年と少女の物語。生き抜くということ、その苦悩、苦闘に満ちた世界の奥に広がる「永遠」がもたらす感動。
「あっかんべェ一休」、「バージョン」と共に坂口尚、長編3部作をなす作品であり、代表作である。
   
    

Photo_4 ■ バージョン (上)  
坂口尚 著 講談社漫画文庫【上下巻】2000/12
■「あっかんべェ一休」では戦国の世、「石の花」では現代史、そして、この「バージョン」では近未来が舞台となる。
世界のありとあらゆる情報を獲得し、その混沌の中から「意識」を獲得したバイオチップ・コンピューターをめぐる物語。SFというカタチをとってはいるけれど、その根底にあるテーマは「あっかんべェ一休」、「石の花」と共に変わることはない。   
   

    
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