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2009年1月10日 (土)

■【映画】『パンズ・ラビリンス』。あまりにもやるせない、人生という名の迷宮。

ファンタジーだと思って見始めたら、もう深いのなんの、理不尽に溢れたこの世で生きていくということはどういうことなのかしみじみと考えさせられる実に深い深い作品なのであった。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.22  『 パンズ・ラビリンス
           原題: El laberinto del fauno
             メキシコ・スペイン・アメリカ合作映画
             監督・脚本: ギレルモ・デル・トロ  公開:2006年 (日本:2007年)
       出演:イヴァナ・バケロ セルジ・ロペス 他

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■ストーリー■
1944年、内戦下のスペイン。独裁者フランコに心酔するビダル大尉と母が再婚することになり、オフェリアは大尉の駐屯地である山奥へやって来る。途中の山道で奇妙な昆虫と出会ったことをきっかけに、彼女は現実とは思えない体験をすることになる。

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■のっけから衝撃的な場面がある。

ゲリラと間違われて捕えられた親子がいて、その息子の方が無実を訴えた瞬間に、ビダル大尉は躊躇なくビンの底でその顔面を叩き潰し、すぐさま父親の方も射殺する。

そこには哀れみとか同情とかそういった甘ったるい感情の入り込む余地はまったく無い。

このシーンはビダル大尉がフランコ独裁政権の理不尽さと恐怖が実体として目の前に現れた動かしがたい存在であると告げると同時に、この作品があくまでも現実世界の物語であることを宣言しているのだ。

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■その一方でオフェリアのもとにあらわれる妖精もガシャガシャと不快な音で飛び回る恐ろしげな昆虫の姿であって、とてもじゃないが夢見がちな少女が嫌な現実から逃れようとして生み出した空想の産物とは思えない。

そこに生まれる生々しい現実感は単なるファンタジーであることを拒絶し、屋敷の森の奥にある迷宮に棲む牧羊神(パン)の存在や、彼女が地下にある永遠の王国の王女の魂の生まれ変わりだというおとぎ話を現実の世界と地続きなものとして感じさせることに成功している。

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■この作品はオフェリアが王女として永遠の王国に戻るべく対峙する3つの試練の物語なのだけれど、ビダル大尉の率いる政府軍とレジスタンスの戦いの物語も併走し、それが実に見事に重なり合ってドラマとしての厚みが生まれていてそこが素晴らしい。

そしてラストシーンにおいて、この物語には実はもうひとりの主人公がいたのだと理解したとき、人生の意味というものを深く考えさせられてしまうのである。

Photo ■【DVD】 パンズ・ラビリンス

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■

■さて、あのラストシーンである。

第3の試練として生まれたばかりの弟の血をささげよ、とオフェリアに強く迫る牧羊神(パン)。

けれど彼女には、いたいけな弟を傷つけることがどうしても出来ない。

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■牧羊神は去り、王国への道は閉ざされる。

そこに彼女を追ってビダル大尉が現れ、オフェリアを射殺し、自分の存在を受け継ぐべき息子を取り戻す。

そして場面はオフェリアが身を横たえながら血を流すオープニングカットにつながり、彼女は本当に死んでしまうのだという受け入れがたい事実が突きつけられるのだ。

■実は、自分の身を犠牲にしても無垢な赤ん坊を守り抜く純粋さを貫き通せるかどうかが最後の試練で、オフェリアの血が井戸に滴り落ちることで王国への門が開き、彼女の魂は永遠の王国で待つ父と母のもとに還っていく。

ここで観る者は少しほっとするのだけれど、どこか割り切れない気持ちが残ってしまう。

これは果たしてハッピーエンドなのだろうか。

■この世界での唯一の理解者であったメルセデスの腕の中でこと切れるオフェリア。

それは単なる抜け殻であって本当のオフェリアは永遠の幸せに包まれているのだ、なんて割り切りが出来るはずもない。

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■そこで提示された結論は、この世界では生まれた時の純粋さを保ったまま生きていくことは出来ない。

人としての自分の気持ちを純粋に貫こうとするならば、時として死をも覚悟しなければならない。

ビダル大尉の手に落ちた吃音の青年を医師として解放せずにはいられなかったドクター・フェレイロにとっての人生とはいったい何だったのか。

■迷宮の前でビダル大尉を待ち構えていたレジスタンスたち。

その息子はメルセデスの手に受け取られ、大尉は自分の死んだ時刻を息子に伝える懇願を聞き入れられることなく射殺される。

父の存在を受け継ぎ、その冷たく重いカセに苦しむ心を押し殺して生きてきたビダル大尉の不幸がその息子へとさらに引き継がれる悲劇、狂気の連鎖を永遠に断ち切る。

監督の強い意志が伝わってくるシーンである。

■ビダル大尉をファシズムの比喩とするならば、その狂気に取り込まれた者はその牢獄の囚人なのであって、冷え切ったその心の奥にしまわれた魂は、「’自分自身’からは決して逃れることは出来ない」という意味で、抑圧される側よりもむしろ悲劇的なのかもしれない。

そう考えると実はこの映画のもうひとりの主人公はビダル大尉なのであって、同時にそれは程度の差こそあれ、理不尽さに充ちあふれたこの世の迷宮に囚われた我々自身の姿なのである。

そこから逃れる道は「死」のみであり、つまりはこの世に安息の場所などは無いということになる。

■けれど、たとえそう捉えたとしても作品全体が決してシニカルに感じられないのは、そんな世の中でも歯を食いしばって生きていくレジスタンスたちの強さが深く描かれているからだ。

汚されることを拒んだドクター・フェレイロの道も、たとえ汚れても這ってでも生き抜こうとするレジスタンスたちの道も、自らの強い意志で選び取ったという意味に違いは、無い。

      
理不尽な運命に流されない強い意志がある限り、

永遠の王国へつづく道は、常に開かれているのだ。

    
だから、この映画はやっぱりハッピーエンドだったんだなと思うのだけれど、どうかな。

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                           <2009.01.10 記>

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■【DVD】 パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]

■【DVD】 パンズ・ラビリンス DVD-BOX

   
   
■ギレルモ・デル・トロ 監督作品■
デビルズ・バックボーン / ミミック / ブレイド2
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■蛇足■  
■この映画の魅力はそのテーマの深さだけではなくて妖精や怪物たちの造形の素晴らしさにもある。

オフェリアの本の挿絵を見ていわゆる妖精の形に変身するオバケトビナナフシも、母親のベッドの下で蠢くマンドラゴラ(マンドレイク)も秀逸なのだけれど、第2の試練であらわれる目の無い怪物のデザイン、これはもう圧倒的。

■未だかつてこれほど生理的恐怖を感じる怪物造形に出会ったことがあっただろうか。この造形だけを取ってみれば、もしかするとH・R・ギーガーを超えてしまっているのではないだろうか。

そのためだけにDVDーBOXを買おうとしている怪物フリークな私は興奮気味で少し冷静さを失っているのである(苦笑)。

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■目の無い怪物の不気味なこと!子供を喰らうこの怪物の名前は’ ペイルマン’というのだそうです。そういや、「手の目」なんて妖怪もいましたね。
 

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■あ、オフェリア!それを食べてはいけない!怪物が動き出したぞ!
 

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■この恐ろしさは夢に出る。絶対に子供には見せてはいけないのだ。
 

    
■過去記事■

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■STAFF■
監督:ギレルモ・デル・トロ
脚本:ギレルモ・デル・トロ
 
撮影:ギレルモ・ナヴァロ
編集:ベルナート・ヴィラプラナ
美術:エウヘニオ・カバイェーロ
セットデザイン:ピラール・レヴェルタ
音楽:ハビエル・ナバレテ
音響:マーティン・ヘルナンデス、ミゲル・ポロ
 
特殊効果:レイエス・アバデス
視覚効果:エヴェレット・バレル
衣装デザイン:ララ・ウエテ、ロシオ・レドンド
 
製作:ギレルモ・デル・トロ、ベルサ・ナヴァロ、アルフォンソ・キュアロン、他



■CAST■
オフェリア   (主人公の少女)        : イヴァナ・バケロ
パン (迷宮の番人)/ ペイズマン       : ダグ・ジョーンズ
ビダル大尉 (ゲリラ掃討の指揮官)     : セルジ・ロペス
カルメン    (オフェリアの母)        : アリアドナ・ヒル
Dr.フェレイロ  (ゲリラに内通した医師)    : アレックス・アングロ
メルセデス  (大尉の使用人)         : マリベル・ヴェルドゥ
ペドロ     (ゲリラの頭目、メルセデスの弟): ロジェール・カサマジョール


   
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【PAN'S LABYRINTH】PG-122007/10/06公開(10/16鑑賞)製作国:メキシコ/スペイン/アメリカ監督・製作・脚本:ギレルモ・デル・トロ出演:イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ、ダグ・ジョーンズ、アリアドナ・ヒル1944年のスペイン。内戦終結後もフランコ政...... [続きを読む]

受信: 2009年1月11日 (日) 21時20分

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