■NHK 時代劇スペシャル、『花の誇り』。待てばいつか拓ける時が来る。
たまには時代劇もいいもんだ。
■NHK 時代劇スペシャル「花の誇り」 2008年12月20日午後9時放映
■原作は藤沢周平の短編「榎屋敷宵の春月」、脚本は「電脳コイル」の宮村優子。
これはなかなか面白そうだと見始めたのだけれども、すっかり引き込まれてしまった。
■主人公の田鶴(瀬戸朝香)は三弥(酒井美紀)と幼馴染であったが、十数年前、三弥に振られたことに耐え切れず最愛の義兄が自害してしまい、そのことが田鶴を縛り、三弥を怨むようになる。
現在はお互い夫を持つ身になり、今度は老中職をめぐる旦那の出世競争でライバル関係に。優秀な三弥の夫に負けまいと婿の織之助(田辺誠一)の尻を叩くのだが、釣り道楽の昼行灯になかなか火をつけられず不満を抱えている。
そんな折り、田鶴は旅の侍が刺客に襲われていたのを得意の小太刀で助けたのだが、それが死んだ兄の新十郎(山口馬木也)と瓜二つ。傷の手当をしてあげながら、田鶴はその侍に少ずつ義兄への想いを重ねていく。
結局、その男は藩政を欲しい侭にする筆頭老中(石橋蓮司)の手の者の罠にはまり、殺害されてしまう。彼は筆頭老中の不正を告発すべく江戸屋敷からの密書を携えていたのだ。
その非道を捨ておけない田鶴は、なだめる夫のことばを容れず、実行犯の浪人者に敵討ちを挑もうとするのだが・・・、というお話。
■筆頭老中役の石橋蓮司がはまっていた。
老中候補に挙がったことで挨拶にきた織之助に
カネが欲しい男に見えるか?人を殺めた男に見えるか?
と、含みを持たせた意地の悪い言い方でなぶる。俺はただの悪徳老中じゃないよ、俺に意のままにならなければ出世どころの話じゃないぞ、と座敷犬を抱えながら不敵な笑みを浮かべるいやらしさは石橋蓮司ならではのものである。
■物語の本筋は、養女に貰われてきた田鶴が義兄を慕っていて、それ故に、義兄を袖にして自害にまで追い込んだ幼馴染の三弥が許せない。その想いがほどけていく心の動きにある。
義兄を失ったことで出来た心の洞穴を未だに埋めることが出来ず、三弥を怨み、婿の織之助には義兄の成し得なかった出世を熱望し、義兄に重ねた関根友三郎を殺めた浪人を捨ててはおけぬと勝負を挑む。
田鶴の胸には十数年前に亡くなった義兄の存在が大きくあって、そこを通してしか生きていくことが出来なくなっているのだ。
■夜、浪人を成敗せんと道を急ぐ田鶴の前に三弥が立ちはだかる、その押し問答の末に、三弥は、幼いときから聡明で何でもできる田鶴を慕っていて、その想いが強くて強くて、田鶴に振り向いて欲しいその一心で、その心の裏返しとして「嫌い」という言葉が出ていたのだと告白する。
すべてを悟った田鶴の胸のわだかまりは消え去り、かつて行儀見習いで三弥の粗相をかばってあげていた頃の心が蘇る。
男子校で育った私には、女が女を慕うその感情は量りかねるものではあるが、それでも、三弥の深い想いでお互いのわだかまりが解けていくこの場面は、ドキドキするほど色っぽくもあり深く引き寄せられたシーンである。
■そして関根を斬った浪人者との真剣勝負。
この浪人者も面白い男で、相手が小太刀の使い手と知っていながら長刀に不利な竹林を勝負の場所として選ぶ。
田鶴を女として侮っているのではなく、真剣勝負を楽しんでいるのだ。
状況の不利をものともせず田鶴を追い込む浪人者。
懸命にかわし、ひたすら凌ぎ続ける田鶴。
そして、竹を盾にして浪人と向き合ったその瞬間、さきに抜き取っていた相手の脇差しの鞘で相手の腕を極める。そこへ左手に持ち替えていた小太刀でぐさり。さらに浪人の体勢が崩れたところを逆手で袈裟懸けにずばり。
瀬戸朝香の立ち回りはお世辞にも小太刀の免状持ちとは言いがたいへなへなしたものだったけれど、この最後の決めはさすがにさまになっていてカッコいい。
藤沢周平といえば、「たそがれ清兵衛」も小太刀の使い手で、屋内での戦闘における優位さを描いていたけれど、小太刀が好きなのかね。
情感を味わう類の時代劇といえども、やはり緊張感が張り詰める真剣勝負の場面のレベルの高さが重要で、その緊張感ゆえに、その後の物語に厚みが出るというものだ。
瀬戸朝香、最後のところだけは何度も繰り返し練習させられたんだろうな(笑)。
■結局、筆頭老中の悪行のシッポをつかもうと内密に動いていた改革派の老中がいて、筆頭老中と三弥の夫を含むその取り巻きは失脚し、タナからぼた餅、田鶴の婿・織之助に老中のお鉢が回ってくる。
釣りの極意は?と聞かれた織之助が答えるに、
ただひたすら待つことです。
という伏線が初めの方にあって、田鶴の心を占領していた義兄の存在もまた、静かに落ち着いたものになっている。
■出世したいとか、相手が憎いとか、そういった感情の激流に飲まれず、静かに淡々と時がくるを待つ。
そこがテーマなのだろう、理屈ではなく、織之助の生き様としてそれが語られたからこそ、見るものの胸に響くのだろう。
昔の仲を取り戻した田鶴と三弥が山道を登っていく。
そのさきには見事な桜の木がぽつんとひとつだけあって、季節は晩秋なのだけれども、薄っすらと褐色へと色づいていく様にもまた風情がある、というそれを眺めに登っていくのだ。
なにも春を誇る花だけが桜ではない。
田鶴と三弥のふたりも、
このドラマを通してその苦しさを見ていた我々も、
既に、そのことは知っている。
<2008.12.23 記>
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■【文庫】 麦屋町昼下がり
藤沢 周平 著、原作「榎屋敷宵の春月」収録。
■【DVD】 たそがれ清兵衛 \,2198
監督: 山田洋次 出演: 真田広之, 宮沢りえ
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■STAFF■
【原作】 藤沢周平「榎屋敷宵の春月」(「麦屋町昼下がり」所収)
【脚本】 宮村優子
【音楽】 遠藤幹雄
【演出】 吉村芳之 (NHKエンタープライズ)
■CAST■
■寺井田鶴(30才・ 瀬戸朝香 )…織之助の妻。小太刀の使い手。
■寺井織之助(35才・ 田辺誠一 )…寺井家の婿養子。生きがいは釣りと竿作り。
■寺井新十郎(22才で自決・ 山口馬木也 )…田鶴の義兄。
■寺井仁八郎(62才・ 大谷亮介 )…田鶴の養父。
■宗方三弥(30才・ 酒井美紀 )…惣兵衛の妻。田鶴の幼馴染であり、ライバル。
■宗方惣兵衛(35才・ 葛山信吾 )…三弥の夫。差立筆頭御番頭、330石。
■関根友三郎(23才・ 山口馬木也、二役)…江戸藩邸の密使。
■小谷三樹之丞( 遠藤憲一 )…藩主側室の兄。藩政の陰の実力者。
■平岐 権左衛門( 石橋蓮司 )…筆頭家老。藩政の実質的支配者。
田鶴の叔母を演じた松金よね子もいい味を出していた。婿殿に向かって小言をいうその姿は、必殺シリーズで中村主水を’ムコ殿!’と叱りつける菅井きんの雰囲気があって、松金よね子も義母上様役をやれるかもしれませんね(笑)。
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