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2008年10月30日 (木)

■【映画】『クワイエットルームにようこそ』。人生に出口は無い、だからこそ明るくひとりで歩いていくのだ。

なんとなーく予備知識もなく見たのだけれど、そういうとき、「イイ映画」に出会う確率が妙に高いように思うのは気のせいだろうか。

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
    
No.19  『クワイエットルームにようこそ』
          監督・脚本: 松尾スズキ 公開:2007年10月
       出演: 内田有紀 宮藤官九郎 蒼井優 他

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■え!、これはナニ?ワタシ、一体どうなっちゃったの?

という始まり方をする映画は好きである。

主人公といっしょに「事態」に巻き込まれ、次第にあかされる真相に愕然とする。

「クワイエットルームにようこそ」も、そのたぐいの映画なのだけれども、その愕然の先にある感情の行く先を描いているところがとても素敵なのである。

■ストーリー■
■バツイチのフリーライター佐倉明日香は目覚めたら真っ白な部屋で手足を拘束されている自分に気がついた。
そこは精神病院の閉鎖病棟。どうやら睡眠薬ののみ過ぎで担ぎ込まれたらしい。
いったい何が起きたのか? 果たして彼女は閉鎖病棟から無事に出られるのか?

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■DVD 『 クワイエットルームにようこそ 』 特別版

   
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■

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■ワタシは普通。なんでもない。

ただ酔っぱらって睡眠薬を飲みすぎただけ。

そう思う明日香(内田有紀)にとって、精神科隔離病棟は自分がいるべきでない「異界」であることは明らかだ。

けれど同棲している構成作家の男(宮藤官九郎)は担当番組の罰ゲームで肩にオウムを乗っけてビルマへ。

唯一頼りに出来る引き取り手を失って、明日香は隔離病棟に取り残されてしまう。

■扉の影からそーっと覗いていて、何かをつぶやいている女、

自分の髪の毛に火をつけてギャーと叫ぶ女、

そういう混乱に乗じて、それではワタクシ失礼します、とさりげなく脱走を図る和服のおばさんさん。

■しばし呆然とする明日香だったが、退院していく栗田さん(中村優子)を見送り、軽度の拒食症だというミキ(蒼井優)と仲良くなったりして、次第にその生活にも馴染んでいく。

そこに「事件」が発生する。

■次第に明らかになっていく大量服薬の状況。

「つまらない」夫との離婚。

流産。別れた夫の自殺。

彼の遺した「残念だった」という言葉。

そんなとき、

流れ着いた風俗店で「面白い」を与えてくれた今の同居人。

けれど、その「面白い」日々は彼女が背負ってしまったものを覆い隠して楽にするようなことは決してなく、

むしろその空虚な面白さの間隙を縫って、苦しさは、さらに深々とその胸に深く突き刺さっていくのだ。

■ワタシは「ちょっと睡眠薬を飲みすぎちゃった」のではない。

人生に絶望して死のうと思ったのだ。

それを西野(大竹しのぶ)に大声で指摘され、なんとかカタチを保っていた『彼女』はガラガラと音を立てて崩れていく。

半狂乱になった明日香を止めようとするミキ(蒼井優)を突き飛ばして言い放つ。

この、バケモノ!!
  

■なんて、やるせないシーンなんだろう。

残酷で、強烈で、いままでのドラマのすべてを吹き飛ばしてしまうような、そんな破滅的なシーンである。

■そこで明日香を見上げるミキの瞳。

信頼していた友に裏切られたというような単純な悲しみではない。

自分が「正常」では無いことは痛いほど理解している。

その黒くゆれる瞳には、むしろ、

「あなたもコッチの人間だったのね」

という明日香に対する深い哀れみの感情が込められているのである。

・・・蒼井優、凄すぎる。

■クワイエットルームのドアを少しだけ開いて拘束された明日香に向けてミキが何かをつぶやく。

それは聞こえない微かな声なのだけれども、

「クワイエットルームにようこそ」

と語りかけたのだと思う。

それは明日香が初めてクワイエットルームで意識を戻したシーンの再現なのだが、今回は、本当の意味での『ようこそ』なのである。

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■そこには、人は誰でも「正常」とは言い切れない。

なんていうありきたりな表現では収まりきらない深い心の動きがある。

人生そのものが突きつけられる、そういう深さなのである。

■ようやくビルマから帰還した同居人(宮藤官九郎)に退院の手続きをとってもらう明日香。

けれど明日香はその場で彼を「解放」してあげる。

彼女が彼に求めていたものは愛ではなく、自分のつらさを隠すための「面白い日々」であったことに気がついたのだ。

ここで、「そんなことないよ、もう一度一緒に頑張ろう」なんて言い出したりせずにどこかホッとした表情をみせる宮藤官九郎の芝居が素敵であった。

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■ひとり病院を去ろうとする明日香は患者たちがくれた寄せ書きと拒食症の少女サエの心のこもった似顔絵をゴミ箱に放り込む。

もう、こことはオサラバなのだ。

そこへ救急車が滑り込み、ここからオサラバしたはずの栗田さんが意識不明で担ぎこまれる姿を目撃してしまう。

結局、ここからは逃れることは出来ないのか。

■病院から日常へ向かうタクシーの中。

シャバに戻ったら連絡して、と栗田さんに渡されたメルアドのメモをもてあましていた明日香は、思い切ってそれを窓の外を吹き抜ける強い風の中へ投げ捨てる。

あなたにだけ、とメルアドを渡した栗田さんもまた「依存する」人間であったのだ。

わたしもこの自分の人生から逃れることは出来ないのかもしれない。

けれど、それでも行けるところまで行ってみよう。

そこに生まれた爽やかな意思が心地いい。

■エンディングテーマが流れるなかで、ロードサイクルの若者たちの列がタクシーを追い越していく。

と、その列の一番うしろにママチャリを必死に漕いでついていくのは、いつの間にか隔離病棟からの脱出に成功した和服姿の金原さん。

腹がよじれるほどに笑い転げてしまった。

■そう、そうなのだ。

いつでも必死で真剣で、それでいて笑っちゃうほど可笑しいのが人生なのだ。

とっても重たいテーマを突きつける映画なのに、それを突き抜けて清々しい気分にさせてくれる。

いやー、本当にいい映画でした。

 

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                           <2008.10.30 記>

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■「それでは、ワタクシ、これで失礼させていただきます」と混乱に乗じてさりげなく脱出を図る金原さん。こういうの、大好きである。

 

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■DVD 『 クワイエットルームにようこそ 』 特別版
       

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■【原作本】 『 クワイエットルームにようこそ 』 (文春文庫 2007/08)
   

■STAFF■
原作     :松尾スズキ「クワイエットルームにようこそ」(文藝春秋刊)
監督・脚本 :松尾スズキ
プロデューサー :今村景子、菅原直太
撮影     :岡林昭宏
照明     :山崎公彦
美術     :小泉博康
編集     :上野総一
音楽     :門司肇、森敬
主題歌:「Naked Me」LOVES.(Ki/oon Records Inc.)


■CAST■
佐倉明日香  :内田有紀
焼畑鉄雄   :宮藤官九郎
     *  *  *  *  *  *  *
栗田            :中村優子
ミキ       :蒼井優

サエ             :高橋真唯
西野            :大竹しのぶ
金原さん   :筒井真理子

     *  *  *  *  *  *  *
ナース・江口      :りょう
ナース・山岸      :平岩紙
婦長       :峯村リエ
白井医師    :徳井 勝
白井医師(声)  :伊勢志摩       
     *  *  *  *  *  *  *

明日香の元旦那   :塚本晋也
     *  *  *  *  *  *  *   
コモノ               :妻夫木聡
松原医師          :庵野秀明
   

    
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