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2008年9月15日 (月)

■【書評】『二十一世紀に生きる君たちへ』 司馬遼太郎。朽ちることの無い人生の道しるべ。

子供たちに向けた司馬遼太郎さんの言葉は極めて熱く、真摯で、真剣で、それでいてあたたかく、希望に満ちている。

小学校高学年の教科書に載せた2つの文章。

たった47ページの本である。

だが「如何に生きるか」ということについて考え抜き、練りに練られた文章につよく引き込まれた。

Photo_2 
■『二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)』
司馬遼太郎 著
(1989年、小学校5、6年生の国語教科書への書き下ろし)

■『二十一世紀に生きる君たちへ』は、人間が生きていく上での心構えについて語っている。

21世紀がどういう時代になるかは分からない、とした上で、決して変わらないものがあるという。

人は水や空気、つまり「自然」がなければ生きていけない。我々はその中で「生かされた」存在であり、いかに科学技術が発展しても人間は大いなる自然の一部であり続けるだろう。

そこから生まれてくる自然に対する畏怖と尊敬の気持ちを忘れてはいけない、ということだ。

■それと同様に、社会における個人もまた孤立したものではなく、他の人たちに支えられ助け合って生きているのだ、ということを司馬さんは語りかけてくる。

いたわり、やさしさ、他人の痛みを感じること。

社会を形作るその価値観・道徳は、残念ながら我々に本能的に備わっているものではない。

「訓練」して身につけるものだ、という。

けれど、それはそれほど難しいことではなくて、友達が転んだときに「痛かっただろうな」と感じる気持ち、そういった気持ちをつくりあげていけばいい。その気持ちを育てていけばいい。

そういった、いたわりの気持ちを備えた「たのもしい自己」を自ら鍛え、自信をもってしっかり歩んでいって欲しい、と願う。

この文章からは、そういう司馬遼太郎さんの厳しくもあたたかいメッセージが溢れ出している。

■歴史というものは「戦争」や「迫害」と切り離すことはできない。

それを見つめ続けてきた司馬さんは、今回、敢えて「戦争」や「迫害」という言葉を避けている。

そこにあるのは、人間とは「争い」や「差別」から逃れられないものだ、という悲観論ではなく、

まだ人として芽生えたばかりの子供の時代から自然や他者をいたわり尊敬する気持ちを「価値観・道徳」として育んでいけば、きっと皆が笑顔で暮らせる世の中がくる。

それを諦めない強靭な楽観論である。

この短い文章を繰り返し読むことで、その司馬さんの信念がくっきりと浮かびあがり、深くふかく心を揺さぶられる。

■21世紀の現在。

価値観の多様化だなんだと、信じるべきものが何か分からない、そんな時代に我々は生きている。

司馬遼太郎さんはそのことを見越していたのだろうか。

「生きる」ということは決して難しいことではなくて、人として基本的なことを見失わなわず、大地をしっかりと踏みしめて行けばいい。

それは、とても心強い、人生の応援歌なのである。

■併載されている『洪庵のたいまつ』もまた沁みる。

幕末の蘭方医、緒方洪庵は、自ら「世に出る」ことよりも人を救うこと、学んだことを後進に伝えることを重んじた。

その精神が大村益次郎や福沢諭吉に伝わり、さらにその門人たちに拡がっていく。

それが「明治」という新しい時代を拓く原動力になった。

明治の英雄よりも、それを育てた者にこそ価値があるという視点。

それは「ひとつの個人」を歴史の流れの中で捉える人生観だ。

■「私が、ワタシが」と、「私」というものにしか興味のない、その狭い檻の中で悩み苦しむ己がいかに小さいことか。

「私」をつくりあげてくれた先人たちがあって、「私」のあとに続く者たちがいる。

「その流れの中で『自己』というものを見つめてごらん」

という導きによって、人生の視界が少しずつ拡がっていく。

「個」という、孤独で寂しい一つの点に過ぎなかった「私」というものが、人とのつながりによって時間と空間を超えて大きく展開していく。

■そのダイナミックな心の動きに震えると同時に、

「無理をしてがむしゃらに成功しなくても、周りに対して思いやりをもって真っ直ぐ生きていれば、あなたの人生は大丈夫だよ」

と、その行間から漏れてくる司馬さんのやさしさに、こわばっていた表情も、肩に入っていた力もゆるんでいく。

こういうのをカタルシスというのだろうか。

■『二十一世紀に生きる君たちへ』も『洪庵のたいまつ』も、人がひととして生き続ける限り朽ちることの無い人生の道しるべである。

少年時代においても、青年時代においても、社会の中堅を担う年になっても、迷ったときに立ち戻るべき灯台なのである。

                        <2008.09.08 記>

■『二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)』 
司馬遼太郎 著 世界文化社(2001年2月12日初版発行)
■司馬さんが亡くなったのは1996年2月12日、享年72歳。
本書は21世紀に入って初めての命日に刊行された。
    

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>
 

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コメント

読書の秋に向けてのご紹介ありがとうございました。
図書館で借りるのではなく、ぜひ購入して
手元に置いておきたいと思います。
一応、21世紀を、生きていく1人ですので^^

投稿: 臨床検査技師 | 2008年9月17日 (水) 18時34分

臨床検査技師さん、こんばんは。

ご購入ありがとうございます。
この稚拙な文章で買おうと思ってもらえるのは、
とてもうれしいことです。
もし良かったら読後の感想などを
コメントで教えていただけるとさらにうれしいです!

投稿: 電気羊 | 2008年9月18日 (木) 01時46分

教科書に掲載ということで、納戸を探索(子供たちの教科書がまだあるはずなので)の矢先に図書館でドナルド・キーン監訳/ロバート・ミンツァー訳の対訳版を発見しました。(右ページに英訳がついている横書き版、1999年11月10日 朝日出版社刊行です)

訓練して身につけなければならない根っこの感情
「いたわり」 「他人の痛みを感じること」 「やさしさ」

相手と直接話したり触れ合ったりしてそのつど自分の中で気持ちをつくりあげていく、ということ
たとえば、ゲームやPCや携帯電話など大人が教えなくてもどんどん意のままに操っていく子供たち、一方、かつて大人たちが経験したことのない対人関係のなかでストレスを抱え生きている子供たち、そして、ますます加速度を増す社会の変化の中で生きていく子供たちに
今、大人たちが本当に伝えていかなければならないことはなにか?
大人たちこそしっかり受け止めなければならないメッセージでもあるのかなと感じました。

長々とまとまりのないコメントですみません。


投稿: 臨床検査技師 | 2008年10月15日 (水) 09時47分

臨床検査技師さん、こんばんは。

子供たちを取り巻く状況は常に激しく変化していて
けれど、そんな中でも他人との関わりにおいて
決して見失ってはならないもの。
それを見極めるのは大人の役割りですよね。

臨床検査技師さんのコメントを読んで改めてしみじみしました。
どうもありがとうございます。

投稿: 電気羊 | 2008年10月15日 (水) 19時35分

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