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2008年9月

2008年9月30日 (火)

■ハッブル宇宙望遠鏡修復ミッション。「ディープ・フィールド(深宇宙)」に想いを馳せる。

来年寿命を迎えるはずだったハッブル宇宙望遠鏡の補修を行うべく、アメリカ東部時間10月10日12時43分(日本時間10月11日1時43分)スペースシャトル・アトランティスが打ち上げられる(STS-125)。

Photo
■ハッブル宇宙望遠鏡:全長13.1m、質量11t、高度600kmの軌道を97分で周回。(ISS国際宇宙ステーションは高度400km)。

■ハッブル宇宙望遠鏡は1990年4月に打ち上げられ、地球の大気のゆらぎに邪魔されること無く広大な宇宙の神秘的美しさを映し出し、さらには130億光年先の遥か彼方の深宇宙を覗き見て、その謎に挑んできた。

今回のミッション(HST-SM4)は、その寿命を5年延長し、観測装置の修理と新装置への交換による性能向上によって宇宙を取り巻く暗黒物質の謎や宇宙の巨大な構造にさらに深く迫ろうというものだ。

Photo_2
■ハッブルが撮影した画像(接近するふたつの銀河、たぶん)

■今まで4回の補修ミッションが行われたが、今回は部品交換をメインとしてきたこれまでと異なり、もともと設計的に考慮されていなかった「修理」を行うという困難なミッションであるらしい。無重力の宇宙空間で実に100個以上のネジを外すというのだから、もう気が遠くなってしまう。

Photo_5
■水中での作業訓練風景

■今回のミッションの困難さはそれだけではない。

ISS(国際宇宙ステーション)でのミッションでは、打ち上げ時にオービターが受けた損傷をチェックし、問題があればクルーは救援が来るまでしばらくステーションに待機するという手段がある。

けれど今回のハッブル宇宙望遠鏡修復ミッションで頼れるのはシャトルに搭載された電源、食料、酸素のみ。

というわけで、現在ケネディー宇宙センターでは今回のミッションに赴くアトランティスの向こうにバックアップ用のエンデバーが並ぶ壮観な光景が拝めるのである。

ところで、ISSのミッションではドッキング前に一回転して行っていた「損傷チェック」。今回はどうやるんでしょうね。

Photo_4
■今回のミッションを担うスペースシャトル・アトランティス(手前)とバックアップで準備されるエンデバー(奥)。アトランティスの打ち上げミッションコードはSTS-125、救援ミッションのコードはSTS-400。

■その困難なミッションを遂行する7人のクルーには残念ながら日本人は含まれていないのだが、ムクツケキ野郎どもに混じった紅一点、メーガン・マッカーサー(K. Megan McArthur)さんのチャーミングさ(死語?)にやられてしまった。

無事に帰還されることを心からお祈りいたします。

Sts125_crew
■STS-125ミッションのクルー

Kmeganmcarthur
■海洋学者メーガン・マッカーサーさん37歳。なんてチャーミングなひとなんだろう!

                            <2008.09.30 記>

■追記■
ハッブル宇宙望遠鏡の通信システムが故障し、今回のミッションは来年へ延期されたようです。修復後にシステム故障になると苦労が水の泡になっていた可能性があるようで、その意味では天佑かもしれませんな。<2008.10.01 記>
   

■ハッブル撮影画像ギャラリー
■↑ 息をのむ美しさに時がたつのを忘れます。
    

Photo
■宇宙の事典―140億光年のすべてが見えてくる

 
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2008年9月29日 (月)

■行け行け、空飛ぶジェット人間。

48歳のスイス人が小型ジェットエンジンを4機背負って

時速200km/hで飛行。

ドーバー海峡を10分で横断したそうだ。

01
↑クリックで拡大画像へ

バカだねー(笑)。
                          <2008.09.29 記>

■スイスの空飛ぶジェット人間、英仏海峡横断に成功
【technobahn 2008/09/27】
  

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2008年9月28日 (日)

■ポール・ニューマン死去。「雨にぬれても」の記憶とともに。

ポール・ニューマンが亡くなった。死因は肺がん、83歳だった。

Photo

■ポール・ニューマンを初めて意識したのは「スティング」(1973)

だったか。

多分、小学校の低学年くらいにテレビの洋画劇場で見たの

だとおもう。

ポール・ニューマンが演じた伝説の詐欺師、ゴンドーフ。

彼が仕組んだどんでん返しに腰を抜かして、「映画の面白さ」というものを生まれて初めて体験した作品だ。

■あと印象に残る作品としては、ミネソタ・ファッツに勝負を挑むシーンの息詰まる感じが記憶に残る「ハスラー」(1961)もさることながら、やはり何といっても「明日に向かって撃て!」(1969)だろう。

逃亡の末にたどり着いた地の果てボリビアで現地の軍隊に包囲され、ついに年貢の納め時。

サンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)との軽妙なやり取りの後に、バッっと飛び出すあのシーン。

そのストップモーションのカッコ良さはしっかりと胸に刻まれ、

テーマ曲「雨にぬれても」と共に永遠なのである。

Photo_2

                         <2008.09.28 記>

Dvd ■スティング
   

Dvd_2 ■明日に向って撃て! (特別編)

    
■過去記事■

■【映画評】名画座・キネマ電気羊 <目次>へ

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2008年9月27日 (土)

■美しいデザインに神は宿るか?『爆笑問題のニッポンの教養』 先端デザイン工学、川崎和男。

今回のテーマは、先端デザイン工学。

Photo
■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE048:「デザインで世界を改造せよ」 2008.9.23放送
大阪大学大学院教授 医学博士 先端デザイン工学・川崎和男。

■開口一番、

「世界のデザインはだいたい僕が決めてますから」

と言い切る川崎先生は何かムカつく人である。

で、実際にそれが本当だったりするところがまた実に嫌味だ。

こういうスーパーマンがこの世には極まれに存在するのだけれど、常人にはその影さえ踏むことが出来ないその異次元の才能に絶望を覚えてしまうから、ワタシはこういう人は苦手なのである。

けれど、嫌味な人柄の割りには言っていることは至極まともで、そのアクの強さの裏側には世界に貢献しようという力強い理想と使命感がすっくと立っている。

■デザインとは、商業主義に軸足をおいた「欲望を刺激する装置」などではなく、

人間を幸福に生から死にもっていく力を備えたものであり、それがデザインの役割だ。

装飾することがデザインなのではない、効能、性能、機能を備えた、それゆえに美しいモノ。それが「デザインされた」ものなのだ。

という、川崎先生の哲学はその通りだと思う。

機械設計技師(デザイナー)としての自分の指針とピタリとはまってストンと落ちる。

■川崎先生のデザイン論は、さらに続く。

デザインの基本形は自然にある。

オウムガイの殻の巻き方にフィボナッチ数列を見るように、「自然」が作りだす美しさは数式で記述することが出来る、という考え方。

その延長線上において川崎先生はトポロジーという数学の概念を使って「自然な」カタチの人工心臓を作ってみせる。

概念論が急にリアルな世界へ侵入してくる不思議な感じ。

■さて、このあたりになると急に理解が追いつかなくなってくる。

待ってくれー、なんてうちに消化不良のまま先に進んでいってしまう、大学の数学の授業で置いてけぼりになってしまったあのときの感覚だ。

■数学が世界を記述することで神に近づく学問だとするならば、その先端が「神の創りし自然の造形物」と出会うということに不思議は無い。

そこに「デザイン」の本質があるのだろう。

だからこそ、同じ神に創られた我々のこころにもそれが「美しい」と感じられるのだ。

・・・などと、もはや理系の人間でありながら極めて文学的に捉える他にすべは無い。

■そこへ果敢にも太田が切り込んでいく。

タレントがデザインしました、みたいな「無駄な装飾」にもキャラクターとしての意味があるのではないか。

それに対して川崎先生は、携帯ストラップに耳かきがついている、というような「不自然」な効能、機能の組み合わせもそれはそれで面白く、要はバランスなのだと説く。

■いやいやそういうことじゃなくて、太田が言いたかったのは効能も機能も性能もそういったものに一切関わりの無い「装飾としてのデザイン」にも意味はあるんじゃないか、っていうことだと思うのだけれど、太田は川崎先生の回答ではなく、その「話をするスタイル」の方にその答えを見つけたようだ。

予想を裏切りながらどこに飛んでいくか分からない面白さ。

それは小型原子炉と仏壇と人工心臓が同じ土俵で混在する川崎先生の不思議さそのものである。

そのムダの多い生き様に太田は自分自身の在り方を重ねることが出来たのだろう。

■要するに太田もそういう意味で「天才」だったということで、またしても置いてけぼりを食ってしまたのであった。

まあ、分かってしまったら面白くないんだろうけどね。

凡人は天才のつくりだす不思議を楽しむ。

それだけでいいんじゃないかな。

                         <2008.09.27 記>

Photo_2
■Design Anthology of Kazuo Kawasaki
■アスキー (2006/03)
■デザインディレクター川崎和男のこれまでの作品を100点以上の写真で紹介
 

Photo_3
■生きのびるためのデザイン
■ヴィクター パパネック 著 晶文社 (1974/08)
■高校時代に背伸びして読んだ本。やっぱし分からなかったのだけど(笑)、それなりに感じるところはあって、今でも、ものづくりを考える土台になっていると思う。
    

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2008年9月25日 (木)

■【書評】『「言いたいことが言えない人」のための本』、畔柳 修。自縄自縛の泥沼から抜け出す方法。

会社での対人関係に悩む知り合いがいたので参考になるかなと思って読んでみたら他人事なんかじゃなくて自分の悩みがあらわになってしまって愕然とした。

Photo
■「言いたいことが言えない人」のための本
 ―ビジネスでは“アサーティブ”に話そう!

■「アサーティブ」

という聞きなれない言葉がキーワードになっているのだけど、要するに「自己表現」のことのようである。

自己表現が上手く出来ない、

相手に気持ちが伝わらない、

なんてことは万民の悩みであって、「伝え方」のノウハウ本なんかも随分売れているようだ。

■けれど、この本のポイントは、むしろ「生き方」にある。

言いたいことを口に出せて、それが相手に伝わるためには小手先のテクニックではどうしようもない。

「自分」を素直に肯定し、相手も同じように尊重する。

そういう姿勢が身につかなければ、言葉は空を切るだけではなく、思いとは逆のメッセージとして相手に捉えられてしまうこともあるのだ。

■いや、いや、私はしっかりとした自尊心をもっているし、他人に共感することを旨として生きているから大丈夫。

なんて考えがちで、実は私もそうだったのだけれども、知らず知らずのうちにいろいろな「思い込み」を抱え込んでいるのだな、と気付かされてしまった。

まったく想定外のことである。

■面白かったところをピックアップしてみよう。

【思い込み①】人を傷つけてはならない。

 →それは無理です。

【思い込み②】失敗してはならない。

 →チャレンジが出来なくなります。

【思い込み③】人に好かれなければならない。

 →自分を隠すようになってしまいます。

■要するにものごとを現実的に捉えようということだ。

そりゃ、そうだよねー、当たり前じゃん。

と思ってしまいがちだが、それは他人のことを指摘する場合のことで、さて自分のこととなると途端に「現実」が見えなくなり、勝手な思い込みで自分を縛り上げて身動きが出来なくなってしまうのだ。

それでは健全な「伝え方」はできないし、実際に伝わらない。

仕事でうまくいっていない件についてプロジェクトの会議で報告するときなんか、もうガンジガラメになって動けなくなっている自分がいたりするのである。

一番問題なのは、そのことに「気付かない」ことなのだと思う。

■もうひとつ、「アサーティブ権」なる権利を「私」も「相手」も「まわりの人」も皆もっている、という考え方も面白い。

これらの「考え」に違和感を覚えるところがあったら、「私」或いは「相手」が「OKでない」、という態度が心の底に潜んでいるのだそうだ。

・自分には十分に価値がある

・完璧でなくてもいい

・自分を表現してもいい、変更してもいい

・表現しなくてもいい

・間違いや失敗をしてもいい、責任を取ってもいい

・Noを言ってもいい

・相手に要求してもいい、欲しいものを望んでもいい

・周囲の期待に応えなくていい

■アタマで考えれば、その通り、なんだけど自分の気持ちに寄り添ってこれらの言葉を眺めてみると違和感感じまくり。

40年も生きてると随分と歪みが出てくるものである。

自分の完璧主義には手を焼いているのでそういうところは素直に受け入れられるのだけれど、「表現しなくていい」とか「責任を取ってもいい」とかいうのにはビックリした。

その一方で、「それがあなたに与えられた権利なのです」と改めていわれると何だか心の深いところでほっとするところがある。

■「責任をとる」ということが社会的関係性の中で否応無く覆いかぶさってくるものではなく、自ら選びとる「権利」なのだ、という考え方には特にしみじみ感じ入るところがあった。

その考え方を身につけていたならば、前の農水大臣も次官も「事故米騒動」で解任に追い込まれるような発言をすることはなかったに違いない。

国家を背負ったエリート殿でさえこうなのだから、まあ「歪んでる」というのは特に恥じることではないだろう。

■というわけで、自らの「歪み」に気をつけるべし、なんだけど、やっぱり実際その時になるとなかなか気付かないものである。

なので、何だか上手くいかないなーと思ったときにでも再度眺めてみようと思う。

文字が少なくて読みやすい本だし、そう億劫でもないだろう。

                          <2008.09.25 記>

■「言いたいことが言えない人」のための本
 ―ビジネスでは“アサーティブ”に話そう!

■畔柳 修 著 同文館出版 (2007/09)

■アサーティブ・コミュニケーション
     ―言いたいことを「言える」人になる

■岩舩 展子、渋谷 武子 著 PHP (2007/08)
■とても、ゆるくて読みやすい本なんだけど、具体的な場面で陥りやすいワナを結構するどく言い当てていて、実用としてはむしろコッチの方が役に立つかもしれません。
 

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>
 

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2008年9月23日 (火)

■暗闇に潜む気配から身を守る方法について。『爆笑問題のニッポンの教養』 民俗学、常光徹。

今回のテーマは、民俗学。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE047:「“学校の怪談”のヒ・ミ・ツ」 2008.9.16放送
国立歴史民俗博物館副館長 民俗学、常光徹。

■民族学とは日々の営みや民間伝承などから、そこに込められた意味を探る学問なのだそうだ。

そんな中でも常光先生は一風変わった存在である。

中学校の教師をしていた時代に生徒のあいだで広まっている怪談に興味をもち、そのままその研究者になってしまった方なのである。

■学校の怪談といえば、トイレの花子さん。

一人で陰部を露出して無防備にしゃがむ、その心細さが背景にあるのでは、と常光先生はにらんでいる。

確かに理科室の人体模型が動き出すのも真夜中の学校であって「心細い状態」が怪談を生む条件のひとつなのかもしれない。

■さらに、と考えていくならば、不特定多数のひとがいる、或いはいたであろう場所、という条件もあてはまるかもしれない。

トイレが怖いといっても、離れにあった昔の便所ならいざしらず、現代の各家庭のトイレではなかなか怪談は成立しにくいだろう。

いつもジメついていて不特定多数の臭気が入り混じった学校のトイレ。

そこの奥から二番目の個室で、むかし・・・、

といった想像力をかき立てる「雰囲気」というものがある。

■その実体の無い「雰囲気」に物語というカタチを与え、なんとか理解して消化しようという試みが「怪談」なのではないだろうか。

何しろ、「何なのかワケが分からないもの」というのはいちばん厄介で、どう対処していいやら分からない絶望的な不安に襲われるものである。

だから、それに「名前」を与えてやることで、口裂け女に対する「ポマード」のような、意味は分からないけれど何らかの「対処法」をあみだし、それにすがるのではないだろうか。

■霊柩車を見たら親指を隠すとか、何やら汚いものを見たときには指を交差させてえんがちょをするとか、そういう仕草には、具体的な由来があって、それを紐解いていくと当たり前だと思っていた日常が面白くなる。と、常光先生はいう。

確かにそこには古い童謡の本来の意味を探るのと同じような知的面白さがある。

けれどその一方で、意味自体が失われたにしても、「親指を隠す」とか「えんがちょ」(或いは「ダブルえんがちょ」)をしたときの指の感覚それ自体がことばとか意味とかそういうものを越えた安心感を生み出すことも我々が体験的に知っている事実である。

■不安の本質が「ワケのわからない」ものだとするならば、対抗手段は「知る」ことではなく、それに対する結界を張る具体的行為にこそあるのではないだろうか。

それら「結界」の仕草をツボとか経絡の概念で調べてみると、不安定な神経を落ち着かせる作用があるとか、意外とそこに「理屈」を通り越した「意味」が見い出せるかもしれない。

だとすると面白いんだけどね。

                             <2008.09.23 記>

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■『 しぐさの民俗学 ―呪術的世界と心性 』
■常光徹 著 ミネルヴァ書房 (2006/09)
   

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■『 学校の怪談 』(講談社KK文庫)
■常光徹 著  講談社 (1990/11)
   

■『 学校の怪談 ―口承文芸の研究〈1〉 』
■常光徹 著 角川書店 (2002/07)
   

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■【感謝】アクセス数が10万件に到達しました!

■10万件のアクセスって素直にスゴイとおもう。

その9割方が通りすがりの人だとしても、残りの1割、延べ一万人の人がわたしの文章に接してくださったということである。

何しろ悪文で読みにくい上に、だらだらと終わりの見えない長い記事が多いだけに、それだけ大勢の人に読んでいただけたということ、本当に頭が下がるおもいです。

皆様、どうもありがとうございます。

■2007年3月30日に開始したこのブログも気がつけば一年半が過ぎようとしているわけで、月日が経つのは早いものです。

そうやってよろめきながらもここまでブログを続けてこれたことが多少の自信になって、これからもしばらくはナントカ続けられるのかな、と少し楽観的な気持ちになってきます。

その自信や楽観も、しょっちゅう覗きに来てくれる人や、思い出したようにたま~に来てくれる人や、ネットサーフィンの途中で立ち寄る大勢の人たちも含めて、日本中から自分の文章を眺めに来てくれる人がいるという充実感に支えられたもので、やはり、人間は独りでは生きて行けないのだな、と改めて実感した次第です。

■今後、多少記事数が減ったりなんだりすることもあるかとおもいますが、ツマラナイなりに読み応えのある文章を目指して鍛錬をしていきたいと思っておりますので、

『そこに魂はあるのか?』を

ひとつこれからも、どうぞよろしくお願い致します。

                             電気羊 拝

                          <20008.9.23 記>

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2008年9月19日 (金)

■『舟越桂 ―夏の邸宅― 』。感情をカタチとして捉える試み。

目黒の東京都庭園美術館へ舟越桂の彫刻を見に行った。

Photo_3
■言葉をつかむ手(2004 楠に彩色、大理石)

■リアリスティックな彫像なのだけれど、そこに異様なデフォルメがあり、その背後にはあたかも心霊写真のように何者かの手が突き出している。

旧朝香宮邸独特の空間に配置されることにより、その強烈な存在感はむしろ物語の中に収まって、その深層にある「何か」を浮かび上がらせる。

特に「言葉をつかむ手」が配置されたバスルームから溢れ出る「場」のチカラには圧倒された。

■天童荒太の「永遠の仔」の装丁に使われている「木製彫像」。

それが舟越桂の作品だということを今日知った。

随分まえに新聞でこの展覧会の記事をみて、「スフィンクス」といわれる一連の彫刻が面白そうだと、ほんの興味本位で見に行ったワケで、実は舟越桂のふの字も知らぬニワカなのである。

それでもやはり、「本物」のチカラというのは恐るべきもので、ベタな表現で恐縮ではあるが、「ハートを鷲づかみ」にされてしまったのである。

02
■「遠い手のスフィンクス」(2006 楠に彩色、大理石、皮、鉄)

■最近の作品群、スフィンクス・シリーズ。

体幹から太く屹立した首と頭部は、あきらかに怒張するイチモツである。

そこに強烈なエネルギーを感じるワケだが、それはあくまで「結果」であって表現される本質ではないように思えた。

■たくましい幹の上にある頭部はむしろ冷静で、内側からはめ込まれた大理石の瞳は焦点を合わせず、それゆえにすべてを見通すような崇高さすら感じさせる。

側頭部から垂れる「革」はその肩になだらかに着座して、まるで修道女のベールのようである。

その全体が醸し出すイメージは「未来人」ともいうべきもので、男根のもつ突き抜けるエネルギーを保持したままその暴走をぐっと抑える「魔術」を見せられたような、不思議な感覚の作品なのである。

Photo
■「戦争を見るスフィンクスⅡ」(2006 楠に彩色、大理石、革)

■会場には彫刻のために描かれたスケッチも展示されていたのだけれど、それを眺めていて感じたのは「感情の表現」ということだった。

いくつもの女性の表情を描いたスケッチは、何とかそこに埋まっている感情を引きずり出そうと苦闘しているように見えたのだ。

結論を言えば、舟越桂の彫刻作品は「感情をカタチとして捉える」試みなのではないか、ということだ。

■それを実感したのが1998年の作品、<山と水の間に>だ。

Photo_2
■「山と水の間に」(1998 楠に彩色、大理石)

■少し首は長いけれども、バランスのとれた現実的な人物像。

そのリアリティの左肩からそれを突き破って飛び出そうとしている「何か」がある。

人物は緻密なリアリズムに徹し、そこにある「感情」を肉体からはみ出す具体像として表現する。

非常に感覚的な表現なのだけれども、同時に理屈でもある。

ああ、と唸った作品である。

その延長として、「言葉をつかむ手」(2004)があり、「スフィンクス・シリーズ」(2005~)があるのだと。

■舟越桂は20年以上も楠に向き合い情感に訴えてくるリアルな人物像を彫り上げてきた。

今、自分の目の前にある「スフィンクス」は、その作品というだけでなく、そこに至るまでの「苦闘」ということばには到底収まりきらない日々が凝縮されたものなのである。

そこに「作家」というものの凄まじさを見ると同時に、新しい何かを常に求めながら造り続ける、あきらめずに継続する、そのとき初めて「神が降りてくる」のだとしみじみ実感。

まだまだ40歳では諦めるものではないな、と自分の可能性すら予感させる素晴らしい体験であった。

ああ、今日は眠れないかもしれない(笑)。

                      <2008.09.18 記>

Photo_3■おもちゃのいいわけ
■舟越桂 著(1997/07)
■そういや、「立ったまま寝ないの!ピノッキオ!!」(2008 楠に彩色、バネ)も温かくて楽しい作品だったです。

    

■舟越桂 夏の邸宅
―アールデコ空間と彫刻、ドローイング、版画―
東京都庭園美術館

■舟越桂 OFFICIAL SITE

   
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文化・芸術など

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2008年9月18日 (木)

■「背伸び」放棄の格差社会。「おバカ」が流行る世の中は意外と大丈夫なんじゃない?

■15日付けの読売新聞、文化欄に面白い記事がのっていた。

 平成を歩く(1989-2008) 
 「背伸び」放棄の格差社会

と題されたその記事は、今の日本を覆う「おバカ」現象を読み解く試みである。

■筆者は「バカ」に「お」をつける最近の風潮の不思議を追って、平成10年(1998年)の夏に公開された「オースティン・パワーズ」の宣伝文句にあった『おバカ映画』というフレーズにたどり着く。

そこにはただの「バカ映画」じゃない、センスのあふれた映画、という意味合いが込められていた。

■それから10年。

クイズ!ヘキサゴンⅡを筆頭にした「おバカタレント」がもてはやされる今の空気には、もはや「エッジの効いたセンス」の角は滑らかに削り取られてしまっている。

「おバカ」はタレントとファンとの間に横たわる「格差」を埋めるための手段へと変容いているのじゃあなかろうか。

そう感じた筆者は、山田昌弘教授の「希望格差社会」という本に思い至り、お言葉を頂きに行く。

■昭和の成長期にみられた見栄やプライド、上昇志向といったムードが、平成の格差社会になって無くなってしまった。

頑張っても上にいけないならば、「バカでもかわいけりゃいいじゃないか」というメッセージが欲しいんです。

というのが山田昌弘先生の見立てだ。

自殺者数、フリーター数、失業率、凶悪犯罪発生数などから読むと、格差社会への転換期は平成10年なのだそうで、

それが「おバカ」の起点である「オ-スティン・パワーズ」の公開年と符合する、と妙に納得してしまう、というオチである。

■そんなにあくせくしなくてもいいじゃない、という「ゆるい」空気は確かに今の日本国中に漂っているようにも思える。

その「ゆるさ」をたのしむ感覚の延長線上に「おバカ」という現象があるのだろう。

ここで少し注意が必要だ。

「ゆるい」、「おバカ」といったとき、そこには「ゆるい」、「おバカ」を’たのしむ’というニュアンスが込められているということだ。

「ゆるい」、「おバカ」な自分自身を分かっていてそれを楽しむ余裕。

そこには高度な知的ハタラキが存在する。

それは決して勉強が出来るとか、知識が豊富とかそういうことではなくて、世の中を明るく楽しく生きていく知恵なのである。

■そう考えてみると、

「おバカ」をたのしむ=「格差」を受け入れる

の構図には大きなずれが生じてくる。

自殺者数、フリーター数、失業率、凶悪犯罪発生数、

なんて言葉から浮かんでくるイメージとはおよそかけ離れたところに「『おバカ』をたのしむ」の本質があるのではないか、ということだ。

■経済的切り口だけで「上流」だの「下流」だのいう議論からすれば、それはもう「経済的困窮」はイヤだし、それなりの生活水準を体験した我々がそこから転落していくことをよしとするとはとても思えない。

そこからこぼれ落ちる人たちが増加している現実が確かにあって、それは今の日本を覆いつくしている「とある価値観」が生んだ構造的な問題なのだ。

それは相当に深刻な話であり、それでいいじゃないか、とは到底ならないだろう。

■そうではなくて、「そこそこ」の向上心をもって、「そこそこ」に生きている。

「おバカ」をたのしむ、というのは「足るを知る」という、無理にストレスを溜めない「賢さ」なのじゃないのだろうか。

「背伸び」放棄、というのには肯けるが、それを「格差社会」に結びつける考え方自体にまだ「ゆるさ」が足りない、ということなのだとおもう。

■「ゆるさ」をたのしむ軸で人生を捉えるならば、目の前にあること「そのもの」をたのしむ、それだけのことであり、そこには「上流」も「下流」もへったくれも無いのである。

さらにいえば、「ゆるさ」をたのしむ生き方は確かに「固定概念としての『上昇志向』」とは無縁ではあるものの、決して消極的、受動的なものではなく、面白いことに対しては妙に一生懸命で、その姿もまた「おバカ」な感じがして素敵なのである。

だとするならば、「おバカ」が流行る世の中は意外と大丈夫なんじゃないか、とも思えてくるのだが、どうだろうか・・・。

                         <2008.09.17 記>

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■希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く
■山田 昌弘 著 (ちくま文庫 2007/03)
■この本自体は格差社会をスルドク分析している本のようで、コメントに賛否両論ありますが、結構売れた本のようです。
   

■関連記事■
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■映画 『亀は意外と速く泳ぐ』。優しさにあふれたクスクス笑い。

■足るを知ること。詩集、『求めない』 加島祥造。
  

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2008年9月17日 (水)

■NHKスペシャル『戦場 心の傷 兵士はどう戦わされてきたか/ママはイラクへ行った』。敵から守るはずだった幸福に見放される矛盾。

Nスペ、2夜連続の『戦場 心の傷』をみた。

戦争という組織対組織の争いの中で「個人」がどう変わっていくのか、非常にやるせない気分にさせる番組であった。

__
■NHKスペシャル『戦場 心の傷(1) 兵士はどう戦わされてきたか』<2008.09.15放送>

■人間の他者への共感、いたわりの気持ち、といったものは脆弱で、いともたやすく崩れてしまう。

ミルグラム実験(アイヒマン実験)やスタンフォード監獄実験といった社会心理学の有名な実験の結果がその事実を指し示している。

■参照■(Wikipedia)
■ミルグラム実験(アイヒマンテスト、アイヒマン実験)
■スタンフォード監獄実験

この番組では、そういった「特異な状況」に置かれた「個人」にどういう傷跡が残ったのかを生々しく切り取っていった。

■現在PTSD(心的外傷後ストレス障害)として知られるその症状は、第一次世界大戦頃から、戦場の恐怖で戦闘が出来なくなる兵隊が続出するという「非効率」として認識され始めた。

当初、各国は電撃療法などで対応していたが、第二次世界大戦時の「戦闘参加率(発砲率)」を調査したアメリカの学者により、「人を殺すことに対する内面の抵抗感」を如何に消し去るかという研究へと発展していった。

■射撃訓練の標的をヒト型に、というところから始まり、よりリアルな実戦さながらな状況を作り出し、敵が現れたら撃つ、という「心理的条件付け」を徹底的に刷り込む。

また過酷な13週間の新兵訓練のなかで「絶対服従」を覚えこませると同時に、敵兵は人間ではない、と繰り返し、民間人的な感覚をマヒさせていく。

そうして二次戦の時の戦闘参加率25%が、朝鮮戦争では50%に、ベトナム戦争においてはほぼ100%に至るようになった。

アメリカは新兵から「人間らしさ」や「個人の思考」を奪う効率的な方法を確立したのだ。

■だがミルグラム実験やスタンフォード監獄実験ではあまり語られない「個人の内面」の部分では、極めて過酷な状況が生まれていた。

暗闇から敵兵が現れ、殺されるのではないかという不安。

敵や民間人を殺してしまったという事実が、何度正当化しても、どこまでも追いかけてくる悪夢。

01_ap_eddie_adams
■射殺されるベトコン_
1968年1月 テト攻勢時、ベトコンの将校を国家警察長官が拳銃で処刑してる写真、AP通信カメラマン、エディ・アダムズ撮影。

■日中戦争時に戦争神経症を発症した日本兵の

「殺シタラ、ニランデマシタデ」

という言葉が生々しく突き刺さってくる。

感覚が麻痺したその向こうで「個人」は罪悪感とその罰としての報復の恐怖に震えているのである。

■平和な日常生活に戻ったはずなのに、その罪悪感と恐怖はフラッシュバックなどの具体的な形で退役兵を追い込んでいく。

映画『ディア・ハンター』で狂気の世界へ堕ちていったニックの世界。

ベトナム帰還兵の実に2人に1人が、そういった精神的苦しみを抱えるようになったという。

その構図は、今も続くイラク派兵においても変わらない。

■いや、ベトナム反戦運動によって徴兵制が廃止され志願制になったことにより、問題の裾野はさらに広がってしまっている。

必要な兵士が確保できない軍は、借金に苦しむ人や困窮で進学が難しい若者をターゲットとする一方で、女性をも戦場へと送り込んでいくようになったのだ。

第二夜、『ママはイラクへ行った』では、そこに焦点をあてた。

___ ____3
■NHKスペシャル『戦場 心の傷(2) ママはイラクへ行った』<2008.09.15放送>

■ベトナム戦争時には2%だった女性の割合が、湾岸戦争からイラク戦争に至る過程で急増し、いまや11%を占めるのだそうだ。

しかも、その3人に1人が子供をもつ母親なのだ。

■アメリカの正義を信じてイラクに送られた彼女たちが目の当たりにしたのは、庇護すべき子供が自分に向けて銃を撃ってくる現実であり、それに応戦し殺害してしまった自分自身なのである。

規定により戦闘に加わらないことになっている女性兵士も、どの場所でも「最前線」になりうるイラクにおいては戦闘行為から逃れられない。

■帰還した女性兵士が幼い我が子にやさしく接することが出来ない、そのやるせなさ。

決して彼女が悪い訳ではない。

戦争が彼女を変えてしまった。もっとストレートにいうならば、国家によって当たり前の幸せを奪われてしまったのだ。

■人間らしさに溢れた「戦争」などというものはあり得ない。

そして戦争によって人間性を破壊され、戦争によって守ろうとしたはずの「幸せ」から突き放されてしまう、その矛盾。

今回の番組ではその実像が報告されたわけだが、その「ストレス」を回避すべく、今、事態はさらに別の局面へと進行しつつある。

無人兵器である。

■人殺しの罪悪感を消し去る究極の手段である無人兵器は、すでに無人偵察機プレデターが実戦投入されており、遠隔操作で敵勢力を攻撃した例もあるようだ。

地上兵器の方も着実に進歩、昨年にはキャタピラ型の無人兵器がイラクに投入されたとの話も流れている。

米海軍は、無人機について「軍務の性格に合わない」と導入に消極的とも言われるが、10年後、20年後にどうなっているかは分からない。

そこに生まれるのは「遠隔操作モニターごしの殺人」であり、それは一体ひとの心にどういう影響を与えるのか。

とてもうすら寒い話だ。

Photo_6
■MQ-9「リーパー(Reaper)」対人無人攻撃機。2008年8月イラクに派遣されている米空軍174戦闘攻撃部隊の運用機がF-16から、この対人無人攻撃機・リーパーに改編された。史上初の無人戦闘攻撃部隊である。(操縦は米国内からの遠隔操作、通信が途絶えたときのための自律飛行能力もあり。)

                             <2008.09.16 記>

Photo_4■『ディア・ハンター』
■マイケル・チミノ監督作品(1978年公開)
主演:ロバート・デ・ニーロ、助演:クリストファー・ウォーケン

    

■関連記事■
■【書評】『 ルポ 貧困大国アメリカ 』。国家の病理は個人的つぶやきに現れる。

      
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■Nスペ『戦場 心の傷(1) 兵士はどう戦わされてきたか』

■Nスペ『戦場 心の傷(2) ママはイラクへ行った』
   

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2008年9月15日 (月)

■【書評】『二十一世紀に生きる君たちへ』 司馬遼太郎。朽ちることの無い人生の道しるべ。

子供たちに向けた司馬遼太郎さんの言葉は極めて熱く、真摯で、真剣で、それでいてあたたかく、希望に満ちている。

小学校高学年の教科書に載せた2つの文章。

たった47ページの本である。

だが「如何に生きるか」ということについて考え抜き、練りに練られた文章につよく引き込まれた。

Photo_2 
■『二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)』
司馬遼太郎 著
(1989年、小学校5、6年生の国語教科書への書き下ろし)

■『二十一世紀に生きる君たちへ』は、人間が生きていく上での心構えについて語っている。

21世紀がどういう時代になるかは分からない、とした上で、決して変わらないものがあるという。

人は水や空気、つまり「自然」がなければ生きていけない。我々はその中で「生かされた」存在であり、いかに科学技術が発展しても人間は大いなる自然の一部であり続けるだろう。

そこから生まれてくる自然に対する畏怖と尊敬の気持ちを忘れてはいけない、ということだ。

■それと同様に、社会における個人もまた孤立したものではなく、他の人たちに支えられ助け合って生きているのだ、ということを司馬さんは語りかけてくる。

いたわり、やさしさ、他人の痛みを感じること。

社会を形作るその価値観・道徳は、残念ながら我々に本能的に備わっているものではない。

「訓練」して身につけるものだ、という。

けれど、それはそれほど難しいことではなくて、友達が転んだときに「痛かっただろうな」と感じる気持ち、そういった気持ちをつくりあげていけばいい。その気持ちを育てていけばいい。

そういった、いたわりの気持ちを備えた「たのもしい自己」を自ら鍛え、自信をもってしっかり歩んでいって欲しい、と願う。

この文章からは、そういう司馬遼太郎さんの厳しくもあたたかいメッセージが溢れ出している。

■歴史というものは「戦争」や「迫害」と切り離すことはできない。

それを見つめ続けてきた司馬さんは、今回、敢えて「戦争」や「迫害」という言葉を避けている。

そこにあるのは、人間とは「争い」や「差別」から逃れられないものだ、という悲観論ではなく、

まだ人として芽生えたばかりの子供の時代から自然や他者をいたわり尊敬する気持ちを「価値観・道徳」として育んでいけば、きっと皆が笑顔で暮らせる世の中がくる。

それを諦めない強靭な楽観論である。

この短い文章を繰り返し読むことで、その司馬さんの信念がくっきりと浮かびあがり、深くふかく心を揺さぶられる。

■21世紀の現在。

価値観の多様化だなんだと、信じるべきものが何か分からない、そんな時代に我々は生きている。

司馬遼太郎さんはそのことを見越していたのだろうか。

「生きる」ということは決して難しいことではなくて、人として基本的なことを見失わなわず、大地をしっかりと踏みしめて行けばいい。

それは、とても心強い、人生の応援歌なのである。

■併載されている『洪庵のたいまつ』もまた沁みる。

幕末の蘭方医、緒方洪庵は、自ら「世に出る」ことよりも人を救うこと、学んだことを後進に伝えることを重んじた。

その精神が大村益次郎や福沢諭吉に伝わり、さらにその門人たちに拡がっていく。

それが「明治」という新しい時代を拓く原動力になった。

明治の英雄よりも、それを育てた者にこそ価値があるという視点。

それは「ひとつの個人」を歴史の流れの中で捉える人生観だ。

■「私が、ワタシが」と、「私」というものにしか興味のない、その狭い檻の中で悩み苦しむ己がいかに小さいことか。

「私」をつくりあげてくれた先人たちがあって、「私」のあとに続く者たちがいる。

「その流れの中で『自己』というものを見つめてごらん」

という導きによって、人生の視界が少しずつ拡がっていく。

「個」という、孤独で寂しい一つの点に過ぎなかった「私」というものが、人とのつながりによって時間と空間を超えて大きく展開していく。

■そのダイナミックな心の動きに震えると同時に、

「無理をしてがむしゃらに成功しなくても、周りに対して思いやりをもって真っ直ぐ生きていれば、あなたの人生は大丈夫だよ」

と、その行間から漏れてくる司馬さんのやさしさに、こわばっていた表情も、肩に入っていた力もゆるんでいく。

こういうのをカタルシスというのだろうか。

■『二十一世紀に生きる君たちへ』も『洪庵のたいまつ』も、人がひととして生き続ける限り朽ちることの無い人生の道しるべである。

少年時代においても、青年時代においても、社会の中堅を担う年になっても、迷ったときに立ち戻るべき灯台なのである。

                        <2008.09.08 記>

■『二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)』 
司馬遼太郎 著 世界文化社(2001年2月12日初版発行)
■司馬さんが亡くなったのは1996年2月12日、享年72歳。
本書は21世紀に入って初めての命日に刊行された。
    

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>
 

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■NHK土曜ドラマ 『上海タイフーン』。木村多江が蓮舫に見えた!

木村多江って、こういう演技もできるのかと妙に感心してしまった。

Photo

■ストーリー■
アパレル会社主任の野村美鈴(木村多江)は日中共同での婦人下着生産・販売プロジェクトの担当として上海に渡るのだが、共同出資者の若き投資家・曹飛(ピーター・ホー)の「中国流」のやり方と衝突、そんな曹飛のやり方を受け入れてしまう会社のいい加減さにも嫌気がさして退職してしまう。

ところがそれが彼女の転落の始まりで、長年付き合った彼氏に見限られるは、キャリアを活かせる仕事どころかまともな仕事も見つからないはで、お先真っ暗な状況に。

そこで敢えてもっとも嫌な場所である「上海」を選び、そこに渡って起死回生を狙うのだが・・・。

■木村多江っていうと、なんか影があるというのか、少なくともバリバリのキャリアウーマンとは対極の存在だと思っていたけれども、やっぱり女優ってのは恐ろしいもので、すっかり「『無理してる感』漂う30代半ばの気の強い女」になりきっていた。

その気の強さに、木村多江が蓮舫に見えてしまったくらいだ。

■今回の第1話「さよなら日本」は、その木村多江が転落していく話なのだけれども、その尋常で無い転落の勢いが素晴らしく、あれーってなもんで、とても楽しめた。

なんて思っていると隣で、「とても、ひとごとには思えない」っていう真剣な眼で画面を食い入るように見つめている女房がいたりするのだ(笑)。

■確かに「引越しのサカイ」のCMのおっちゃんが演じていた、たった一回の不渡りで経営者からホームレスになってしまった可哀想なおじさんも妙にリアルではあったけれど、

ちょっとそういう社会派な視点は肩が凝るのでおいといて、上海に渡った木村多江が巻き込まれる更なる困難を素直に楽しみむというのが正解だろう。

そして、とことん小突き回された末に開き直って自ら「タイフーン」の目になっていく、どうやらそういうお話のようなので、ラストにはちゃんとカタルシスが用意されているはずで、なんだか今後が楽しみなドラマなのであった。

                            <2008.09.14 記>

Photo_2 ■『上海タイフーン』
■【ドラマ原作】福田 靖 著 講談社(2008/8/28)
    

■【主題歌】 『幸せになろう』
■ mihimaru GT 初回限定盤・DVD付
   

■NHK 土曜ドラマ 『上海タイフーン』番組HP

■過去記事■
■TVドラマ雑感・バックナンバー

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■STAFF■
作  : 福田 靖
音楽:  大谷 幸
主題歌 : mihimaru GT  『幸せになろう』
製作 :NHK/NHKエンタープライズ 

   
■CAST■

野村美鈴(主人公)            :木村多江
曹飛   (上海の若き投資家)     :ピーター・ホー
三井香 (上海で成功した日本女性)  :松下由樹
遠野麻里(上海の不動産屋で働く女) :MEGUMI
野村君江(美鈴の母)           :原日出子
野村雅彦(10年前に失踪した美鈴の父):古谷一行

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2008年9月14日 (日)

■あんた、「一期一会」って言いますやろ。『プロフェッショナル・仕事の流儀』 京菓子司、山口富蔵。

今回のプロフェッショナルは、京菓子司の山口富蔵さん。

Photo
■古都の雅、菓子のこころ・京菓子司・山口富蔵
<2008.09.09 放送> (番組HPより)

■一期一会。

いちげんさんでも、お得意さんでも、一回の仕事は一回きりのもの。

お客さんが何を求めているか。

それに答えるには、自分の懐が深くないと応えられない。

職人としての菓子の技術だけでなく「遊び」が必要になる。

向き合ったお客さんに「面白い」と思わせる人間の厚みが問われるのだ。

■一方、お客さんによろこんでもらうためには、

これこれこういうものがいいでしょ、と正解を提示するものではない。

お客さんに選択の余地を残さなければ、面白くない。

お客さんに向き合ったときに、

その一期一会の関係性のなかで初めて生まれてくる。

それが「面白さ」なのだ。

■オーダーメードの和菓子作りと自動車のような大量生産の商品作りとは、もちろん相容れないところもあるけれども、

買う側のお客さんにしてみれば、はやりそれは「一期一会」なのであって、大量生産は言い訳にはならない。

そこで「一期一会」にどう応えていくか。

難しいけれど、面白い課題だとおもう。

                      <2008.09.13 記>

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■『京・末富 菓子ごよみ』
■山口 富蔵 著 淡交社 (2001/10)

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *

過去の記事■『プロフェッショナル・仕事の流儀』

■『プロフェッショナル・仕事の流儀』番組HP

■茂木健一郎さんのクオリア日記にT/Bさせていただきます。

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■それぞれの時代がそれぞれに持つ「ニッポン」。『爆笑問題のニッポンの教養』 日本思想史、子安宣邦。

今回のテーマは、日本思想史。

__2 _
■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE046:「ニッポン」を疑え。 2008.9.9放送
大阪大学名誉教授 日本思想史 子安宣邦。

■日本思想史とは「日本」の成り立ちをどう考えるかの学問。

それは自然の成り立ちとしての「日本」ではなく、

意識し考えられた「概念」としての「日本」の成り立ちについて考える学問ということだ。

■先生によれば、初めて「日本」というものが意識されたのは、663年、唐と朝鮮で衝突した白村江の戦いのときだという。

そこまでは繋がりのある大陸と敢えて線引きをする必要がなかった、ということなのだそうだ。

言っていることの意味はわかるのだけれど、どうも腑に落ちない。

「外国」がなければ「日本」はないのか?

我々の「根っこ」として、日本の核になるものはあったのじゃないか。

という太田の感覚の方が分かりやすい。

■「白村江」の時代に生じた「日本」という概念は、貴族、武家、商人と「それ」を意識する人々の層が広まり、江戸時代に定着、明治維新をもって初めて国民全体に「日本」という考え方が共有された。

江戸時代の庶民にあなたは日本人ですか?と聞いても、「いえ、武蔵野くにの出ですよ」と答えるだろう、という子安先生の説明は十分に分かる。

けれど、「概念として作られた」という捉え方に違和感を覚えるのだ。

■太田が喝破したように、その考え方は昭和8年生まれの子安先生自身の戦争体験に根ざしたものなのかもしれない。

戦争の全体主義的高揚感と

戦後、突然やってきた価値観の全否定。

その根がらみの矛盾を解決するためには、「日本」を概念として相対化するしかなかったということだ。

■江戸時代の国学者、本居宣長が「古事記」に記された漢文の向こうに日本人本来のこころを見出した、そこにも同じようにその「時代」というものが現れている。

それは日本人の精神的支柱であった漢民族の大陸文化が、満州族の「清」による「明」の滅亡というカタチで途絶えたことと不可分である。

そういった時代の要請として「日本」のアイデンティティが求められていた、それに応える「もののあはれを知るこころ」だったのではないか、ということである。

子安先生はそれを本居宣長の「願い」だとしたが、その同じ構図が、子安先生と「『概念』としての日本」の関係にも当てはまる。

と、考えた方がしっくりくる。

■「国」という自分が帰属する社会を考えるとき、それは考えるもの自身を包む時代感覚から自由ではない。

とするならば、戦後民主主義が形作られた後に生まれた我々の世代は、遅れてきたものの憾みとして、体制とか常識といったものを切り離そうとする自己、太田のいう「根無し草」、という時代の気分を背負っている。

けれど、「否定」というカタチであったとしても、既存のあり方を意識している点において「日本」というものが時代のなかで共有されてきたようも思えるのだ。

■そこで、今の時代を映すものとして「秋葉原通り魔事件」を取り上げるところに太田の鋭さを感じる。

「彼」の中では「自分」しかなく、「モンスターである自分」を「客観的に眺めて楽しむ自己」があり、そこで完結してしまっている。

そこには人の繋がりとしての「社会(日本)」は無く、余裕をもって客観的に眺めているはずの自己そのものがモンスターになってしまっていることに気付き、それを指摘するものはいない。

■それはとても極端な例ではあるにせよ、個人が社会というものと関わり無く自己完結する、自分にしか興味の無い「自己チュー」だらけの世の中、というのが今の時代なのだとする捉え方は、そう大きく的を外しているようにも思えない。

一度バラバラになった「自己」たちは再びひとつになることはなく、それぞれが、それぞれに生きていくしかない。

それは大変疲れることではあるけれど、望むと望まざるに関わらず「個人の自由」と引き換えに我々が背負ってしまった十字架なのだ。

■そんな時代における我々の「括り」はどこにあるのだろうか。

それがこれから20年、30年かけて我々が探し求め、再構築していくものなのだろう。

さて、生きているうちにその新しい「カタチ」を見ることが出来るかどうか、ちょっと微妙な気もするが、そのダイナミックな社会的変革に立ち会えないのは残念なので、まあせいぜい長生きすることにしようと思う。

                          <2008.09.13 記>

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■『日本ナショナリズムの解読』
■子安 宣邦 著 白澤社 (2007/03)
      

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■新書版 『爆笑問題のニッポンの教養』の既刊一覧へ■
     

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2008年9月12日 (金)

■『ゴンゾウ』最終回、「夏の終わり」。偶然を必然として結びつけるのは「愛」である。

いやー、これはホントに死んじゃったかと思ったじゃないか!

01 02

■最後の銃撃戦の場面。

真犯人、乙部の放った弾丸が黒木の体に何発も吸い込まれていく。

これは防弾チョッキ落ちでしょ、と高をくくっていたら黒木の首筋から鮮血がドバッと飛び散った。

頚動脈をやられたか!!

ああ、でも、ここで殺してどうするの??なんて心配してたら

結局、それはかすり傷だったようで、そんな、やり過ぎなところも結構好きだ。

■理沙先生へ拳銃を突きつけられ、構えた銃を下に置く。

ロシアンルーレットでいつでも自殺できるように足首に固定されていた拳銃で乙部を狙い、シリンダーにひとつだけ込められた弾丸がその一発目に発射されるという「幸運」に、殺された杏子の想いを重ねるのだろう。

そこまで事前に読めてしまう。

けれど、その通りにことが運んでも全くチープに感じさせない。ここまで張り巡らされた伏線が脈を打ちながら連動していく快感は、むしろ予測できるからこそ気持ちいい。

■ひとつ前の第9話では、天野もなみ銃殺事件の「真犯人」が乙部であること、そして鶴が「生き残らされた理由」が明らかになる、

そのいくつもの線が同時に真相へとたどり着いていく様にゾクゾクした。

さらに「そこに愛はあるの?」という杏子の死に際の言葉が決して黒木を非難し追い詰めるためのものではなく、真犯人の口癖を伝えたかったのだと明らかになったとき、観る者はただ呆然とする。

愛を知らずに育ち、それを求めるほどにそこから遠ざかってしまった乙部の口癖が「そこに愛はあるの?」であること。

そしてそのすべてが黒木の人生へと集中されていく。

■そんな馬鹿な。

いくらなんでも出来すぎだろう。

しかし、

それが「ドラマ」なのだとおもう。

■偶然が重なり合い、「運命」として黒木の上に降りかかる。

子供時代の杏子を助けたことも、

杏子と再会したことも、

杏子を守ることができなかったことも、

こころに受けた傷によって再起不能になったことも、

備品係として着任した署の所轄で天野もなみがバイオリンを紛失したことも、

天野もなみが乙部のターゲットになっていたことも、

佐久間が事件の指揮をとることになり、黒木がこの事件の捜査に駆り出されたことも、

・・・・・・。

全てが偶然であり、そのひとつひとつの偶然が重なる確率がとても信じられないくらい小さなものになったとき、ひとはそこに「運命」を感じ、感動するのだ。

■この世に愛は無い、という乙部。

その言葉は、彼の幼少時代の残酷とその後に彼を包み込んでいったであろう闇によって黒木に強く叩きつけられる。

けれど、そこで揺らぎかける黒木の心を「いや、世界は愛で溢れているんだ」と支えるのは、この一連の捜査の中で黒木が出会ってきた人たちの「他者に対する強い想い」だ。

走馬灯のように蘇ってくる、

それぞれの人たちのそれぞれの強い想い。

「愛」という手垢が付き過ぎてしまった言葉が、そういった「想い」のひとつひとつに心を寄せることで磨かれ本来のあたたかさを取り戻す。

■ラストシーン。

いつものように昼間から惰眠をむさぼる黒木がぼやけて映る

その手前で、

いつの間にかインコのQ太郎がつがいになっている。

その暗喩によるさりげないハッピーエンド。

そのさじ加減が素晴らしい。

ああ、あたたかい、いいドラマだった。

                          <2008.09.11 記>

Photo■小説版 『ゴンゾウ 伝説の刑事 』
■古沢良太 著 (朝日文庫 2008年5月)      

■DVD-BOX 『ゴンゾウ~伝説の刑事』
<2008/12/26発売予定>

     
    
■スタッフ■

脚本:古沢良太
監督:猪崎宣昭、橋本一
音楽:池頼広
制作:テレビ朝日・東映
  

■キャスト■
【井の頭署】
黒木 俊英    :内野聖陽 (会計課、備品係係長、警部補)
遠藤 鶴      :本仮屋ユイカ (刑事課、新米刑事、巡査)
寺田 順平    :綿引勝彦 (刑事課、ベテランの刑事、巡査部長)
日比野 勇司   :高橋一生 (刑事課、若手刑事、巡査)
田端 ルミ子   :吉本菜穂子 (会計課、備品係の事務員)
【警視庁本庁】
佐久間 静一   :筒井道隆 (捜査一課13係係長、警部)
氏家 隆      :矢島健一 (捜査一課管理官、警視)
岸 章太郎     :菅原大吉(捜査一課13係の刑事)
【その他】
松尾 理沙     :大塚寧々(精神科医)
天野 もなみ    :前田亜季 (殺されたヴァイオリニスト)
佐久間 絹江    :有馬稲子 (佐久間の母親)
岡林 和馬     :白井晃 (ボランティア団体・日本青空クラブ会長)
乙部 功              :内田朝陽 (
日本青空クラブ会員)
     *   *   *   *   *   *   *   *   *
佐伯 杏子          :池脇千鶴 - 幼少期(小野花梨)
     *   *   *   *   *   *   *   *   *
【ゲスト】
<第1話>
梅原教授 :石橋蓮司 (
女子大生殺害事件の容疑者)
ニコラス  :正名僕蔵 (少女買春、窃盗犯、空手家)
<第2話>
飯塚慎吾 :加藤虎ノ介 (覚醒剤使用の前科者)
<第3話>
ロダン     :金田明夫 (寡黙なホームレス)
杉浦詩織   :邑野みあ (ロダンの娘)
杉浦芙美子 :小野洋子 (ロダンの
妻)
<第4話>
天野孝作 :秋野太作 (天野もなみの父親)
天野光恵 :浅利香津代 (天野もなみの母親)
柿沼仁   :遠藤憲一 (もなみを愛したやくざ者)
柿沼妙子  :舟木幸 (柿沼の妹)
<第5話>
津田栄一郎 :左とん平 (幻の拳銃イカヅチを製造していた旋盤工)
綿貫清    :櫻井章喜 (拳銃ブローカー。通称タヌキ)
<第6話>
綾乃      :三輪ひとみ (元日本青空クラブ会員、乙部の友人)
中村      :反田孝幸 (元日本青空クラブ会員、乙部の友人)
<第8話>
飯塚早苗   :遠野凪子 (
慎吾の姉)
    

■『ゴンゾウ * 伝説の刑事 * 』HP
【水曜日・PM9:00・テレビ朝日系列】

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2008年9月10日 (水)

■夜に啼くセミ。

■真夜中にミンミンゼミが鳴いていた。

もう、9月も初旬を過ぎようとしているのに

と、いう以前に

夜中の12時過ぎにセミが鳴くというのが異常なのである。

■チリー、チリーという秋の虫の合唱に混じって

ミ――ン、ミン、ミン、ミン、ミ~。

と少し鼻にかかったような大音量が響くのは

秋の夜の風情として、シュールですらある。

■いったい「彼」はどうしてしまったのだろうか。

何故、仲間が寝静まった真夜中に

悲壮な叫び声をあげ続けるのか。

■一週間の寿命が今燃え尽きようとする予感のなかで

未だ伴侶を見つけられずにいる

その焦燥がお前を突き動かしているのならば、

ハッピーエンドの可能性が極めてゼロに近いその現実が

あまりにも切ない話だな。

                         <2008.09.10 記>

  
■追記■
いや、ホントだってば。
この間の日経夕刊に大阪でクマゼミが夜中に鳴いている話も載ってたし、最近の流行なのかも知れませんネ。
   

Photo_2 ■『夜の蝉』 【第44回日本推理作家協会賞受賞】
■北村 薫 著 (創元推理文庫 1996/02)

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2008年9月 8日 (月)

■勇気を持ってゆっくり行け。『プロフェッショナル・仕事の流儀』 競泳コーチ・平井伯昌。

今回のプロフェッショナルは、競泳コーチの平井伯昌さん。

Photo_3
■北京五輪スペシャル・「攻めの泳ぎが、世界を制した」
競泳コーチ・平井伯昌。<2008.09.02放送> (番組HPより)

■今回の北京五輪で一番印象に残ったのは、北島康介が100m平泳ぎを世界新で勝利したときのインタビューだ。

「すいません、・・・なんも言えねぇ。」

ああ、随分分苦しんだんだな、と胸にグッときた。

その北島と共に歩み、ここまで引っ張ってきたのが今回の主役、平井伯昌さんだ。

■北京五輪3ヶ月前から平井さんの姿を追った番組をみていて、コーチとしてのあり方についていろいろと参考になるポイントがあった。

①選手の「攻めの気持ち」を支える。

②指導は「ワンポイント」に絞って伝える。

③選手の一歩先をいく。
  先に悩んでおいて「その時」に選手を迷わせない。

④精神はカラダで鍛える。
  ここまでやったんだという自信をつけさせる。

■けれど、そういった「ポイント」の以前に、北島と平井コーチの間の絶対的な信頼感というものがあって、それが北島の心を支えたのだと思う。

当時、中学生だった北島の「目つき」に惚れ込み、シドニー、アテネ、北京と、世界の頂点で共に苦労して歩んできたその年月がすべての礎となっているのだろう。

自信とか信頼とかいったものは短期間で出来上がるものではなく、ましてや「コーチング・マニュアル」だけで作られるものではない。

■一般の生活において、これだけ濃密な関係を築くことはなかなか出来ないはなしであろう。

けれど、少なくともお互いに信じあえる関係を作り上げることは可能なのじゃないだろうか。

そのためにはどうしたらいいのか。

それはたぶん言葉で表現できるようなことじゃなくて、でも実は、とても単純で基本的なことなのかもしれない。

その単純なことが出来ないのが人間だったりするのだけれど。

                         <2008.09.07 記>

Photo
■「世界でただ一人の君へ―新人類 北島康介の育て方』
平井伯昌 著 (2004年7月)
    

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過去の記事■『プロフェッショナル・仕事の流儀』

■『プロフェッショナル・仕事の流儀』番組HP

■茂木健一郎さんのクオリア日記にT/Bさせていただきます。

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2008年9月 7日 (日)

■環境ホルモンってOKじゃなかったの?

「ビスフェノールA」脳の神経組織に悪影響…サルで証明
プラスチック製の食器などから溶け出す化学物質ビスフェノールA(BPA)によって、脳の神経組織の形成が妨げられることが、サルを使った米エール大などの実験で分かった。
<2008年9月6日 読売新聞>

■一時期世間を騒がしていた環境ホルモンだけれども、なんか知らんうちに「大丈夫」ってことになっていったように認識していた。

やっぱり、やばかったんじゃん!

と、慌てるのは軽薄すぎるだろうか。

■こんなことを今さら言われても独身時代にはコンビ二弁当、カップラーメンの毎日だったから、もう手遅れ・・・。

「異常が現れたのは、記憶や学習をつかさどる海馬などの、『スパイン』とよばれる構造」なのだそうで、そういや最近物忘れがハゲシくなってきた気もしてくる。

さらには「うつ病などの気分障害にもつながる可能性があり」なんて言われると、ああ、この気分の落ち込みもビスフェノールAの影響によるのもじゃないかと疑心暗鬼になってしまうのである。

■で、気になるので調べてみたら、怖いのはコンビ二弁当よりも「缶詰」で、缶の内側の樹脂皮膜にビスフェノールAが含まれていて、缶詰の殺菌熱処理過程で内容物に移行するのだそうだ。

ツナ缶とかコンビーフとか、さらには缶コーヒーなんかもビスフェノールAの溶出量が大きいらしい。(下の調査データをご確認下さい。)

■問題なのはその溶出量が人体に影響を与えるかどうかだ。

今回の報道内容からすると、現在許容量とされている濃度で「影響」が出たということで、どうも極めて怪しい雰囲気だ。

といっても、シーチキンにタマネギのみじん切りを混ぜてマヨネーズで頂く至福を諦めろというのもずいぶんに酷な話で、まあ、聞かなかったことにしよう。

というのがとりあえずの結論なのだけれど・・・、駄目かな?

                           <2008.09.06 記>

Photo_2 ■『奪われし未来』

      

●フェノール類の食品汚染実態及び摂取量に関する調査研究 ―各種食品のビスフェノールA汚染実態調査―

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2008年9月 6日 (土)

■会話のチカラ。

■このあいだ、NHKの「ためしてガッテン」で「予防効果8倍!アルツハイマー病制圧3原則」ってので面白いことをやっていた。

アルツハイマー病の発症を防ぐ3原則として「会話相手をもつ」。ということが挙げられていたのだ。

欧州で1200人の老人を3年間に渡って調査したところ、家族とか友人と接する機会が多い老人は、社会的接触の乏しい老人に比べて認知症の発症率が8倍も小さかったという。

■実際に被験者の脳の活動をモニターしながら一人でテレビを見ているときと、一対一で会話をしているときとを比べてみる。

すると、テレビを見ているときには脳はボンヤリとしか活動していなかったのに対して、会話をしているときは脳全体が非常に活発にハタライテいることが分かった。

定量値での比較はなかったけれど、脳波測定をしているひとが「おおっ!」と驚きの声を上げていたから、よっぽど大きな違いなのだろう。(イイカゲンダナー(笑))

■確かに「会話」ってのは不思議なものである。

ひとりでウジウジ悩んでいたことも、他の人に話をしてみると何だか妙にアタマの中が整理されてくる。

相手はうんうんと相槌をうっているだけなのにも関わらず、ああ、そうか。と求めていた答えにひとりでにたどり着いたりするのだ。

■それは「思考」を「言葉」として「外在化」することで「客観的」に「事実」を捉えることが可能になるからなのだろう・・・。

てな感じで、かなり意味不明な抽象的理解をしていたのだけれど、

ナルホド、「会話」という行動が脳を大幅に活性化させるという事実が、この不思議に具体的な解答を与えている。

まさに、ガッテン。

■家庭にせよ、職場にせよ、常に会話があふれている「場」には元気がある。そこにいる人たちの脳みそが活性化されていて空気が澱むことは無い。

一方、会話がなく、そこにいる人たちがそれぞれに黙々と何かをしている「場」というのは、整然としていて一見効率がいいように思えるのだけれど、空気が重くてどこか落ち着かない。

決まりきった流れ作業をしているときは別として、何か創造的なものを生み出そうとするときには「ジッと集中して考える」よりも「ねぇねぇ聞いてよ、どう思う?」なんて方が意外と上手くいくのかもしれない。

■といっても、「常に会話があふれる」家庭や職場ってのは作ろうとして無理やり作れるもんでもないんだけどな。

ま、とりあえず挨拶あたりから始めるんだろうね。

                            <2008.09.06 記>

Photo
■『雑談力―誰とでも無理なく話せる』
  

■「ボケ」が気になる方はコチラ↓
■『ためしてガッテン』「予防効果8倍!アルツハイマー病制圧3原則」
(2008年9月3日放送)

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2008年9月 3日 (水)

■ミニバン夏の陣。

この夏はマツダ・ビアンテ、スバル・エクシーガ、ホンダ・フリードと3列シートのニューフェースが次々と登場、トヨタからはアルファードの兄弟車としてヴェルファイアがデビューするなど結構盛り上がったわけだが、この不景気、ガソリン高騰の逆風の中、果たして各車の売れ行きはどうだったのか。
各車、この夏の販売実績を競合車と比較してみた。

■Lクラス 背高ミニバン 登録台数
(※下2ケタ四捨五入。8月は29日まで)
           【7月】     【8月】
【トヨタ】 
●アルファード   4,800     3,100 (2008/05 FMC)
●ヴェルファイア 5,900   4,300 (2008/05 新)
【日産】
●エルグランド   1,400     600  (2002/05 FMC)
【ホンダ】
●エリシオン      800        500  (2004/05 FMC)

08carview01
●ヴェルファイアのアクの強さはどうかなぁ~と思ったが、どっこいえらく売れている。このクラスのクルマを買う人はこれくらいの押し出しが無いとツマラナイと思うのかもしれない。
一方アルファードの台数が激減することもなく、ちゃんと棲み分けている様子。さすがトヨタだ。
しかし、かつてのこのクラスの覇者、エルグランドも堕ちたものである。最近の日産は寂しいね。
 

■Mクラス 背高ミニバン 登録台数
           【7月】     【8月】
【トヨタ】 
●ノア        6,000    3,400    (2007/06 FMC)
●ヴォクシー    7,800    4,100    (2007/06 FMC)
【日産】
●セレナ      7、100    4,200  (2005/05 FMC)
【ホンダ】
●ステップワゴン  3,400    2,500    (2005/05 FMC)
【三菱】
●デリカ D:5   1,900    1,100     (2007/01 FMC)
【マツダ】
●ビアンテ     3,900    2,500   (2008/07 新) 

Photo
●マツダ ビアンテも結構頑張っている。
お父さんがマツダ好きなもんでMVPに乗っているのだけれど、奥さんから「セレナとかノアとかご近所のクルマは広そうでいいわね」、なんてちくりとやられる。そんな光景が繰り広げられていたのだろうか。「背高ミニバン、待ってました!」というかんじである。
他のミニバンが前年比でおおむね2割減のところMPVは4割減で、やっぱり多少は共食いしたようだが、既存の商品にこだわらず「売れる車」をキッチリ出すというのは大切なことである。
    

■Lクラス低床3列 登録台数
           【7月】     【8月】
【トヨタ】
●マークXジオ  1,600     800 (2007/09 新)
【ホンダ】
●オデッセイ   1,700   1,300 (2003/10 FMC)
【スバル】
●エクシーガ   3,100  1,300 (2008/06 新)

08
●エクシーガ、宣伝で頑張ってるわりに早くも失速の兆し。
【運転が楽しい】というのと【3列で楽しい】では主語が違う。
ドライバーズカーに3列目をつけても家族はヨロコばない、ということだろう。オデッセイも低床化で苦戦してるし、マークXジオもイマイチぱっとしない。
このクラスでの低床3列というのは、やはりマーケットが小さいのだ。海外でもうける、というクルマでもないし、難しいカテゴリーである。
ところで、近々デビューするといわれている新型オデッセイも低床プラットフォームはそのままらしい。うーん、ドライバーにとっては最高の「ミニバン」なんだろうけど・・・。個人的には熟成された先代のオデッセイが好みである。そういうホンダファンは結構いると思うのだが。
  

■Sクラス 3列 登録台数
           【7月】     【8月】
【トヨタ】
●シエンタ     3,600   2,000 (2003/09 新)
【日産】
●キューブ 3列    700       500 (2003/09 追加)  
【ホンダ】
●フリード 3列  7,000    4,700 (2008/05 新)

Photo_2
●ガソリン高騰の追い風を受けたか、フリードが絶好調だ。
シエンタ、キューブ・キュービックと並べてはみたものの「ミニバン然」としたフリードは新しいカテゴリーと考えたほうがいいだろう。
ガソリンの値動きが今後どうなるかは分からないけれど、「安く・賢く」という世の中の大きな流れは変わらず続くだろうから、フリードの販売はしばらく安泰であるに違いない。
「企画の勝利」のお手本みたいなもので、気持ちがいい。
  

■おまけ■Mクラス ランナバウト 登録台数
            【7月】     【8月】
【トヨタ】
●RAV4(2/3列)          700        400 (2005/11 FMC)
【日産】
●エクストレイル    2,600     1,500 (2007/08 FMC)
●デュアリス    1,700     1,000 (2007/05 新)
【ホンダ】
●CR-V        500        200 (2006/10 FMC)
●クロスロード(3列)    900         400(2007/02 新)
【三菱】
●アウトランダー(2/3列)700    300 (2005/10 新)
【スバル】
●フォレスター   2,000        900 (2007/12 新

20x
●こんなのフォレスターじゃないやい、なんて思ってたけれど意外に健闘しているのだ。
ど真ん中のストレートを狙った企画が大成功ということだろう。
いやいや、難癖つけてごめんなさい!

                          <2008.09.03 記>

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■過去の記事■ 自動車よもやま話  

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2008年9月 1日 (月)

■NHKスペシャル 『幻のサメを探せ ~秘境 東京海底谷~』。東京の深海にエイリアンがいた!!

東京湾に水深1000メートルの深海がある!?

久しぶりにワクワクしながら見たNスペであった。

Photo_2
■NHKスペシャル『幻のサメを探せ ~秘境 東京海底谷~』
■初回放送 2008/8/31(日)【再放送】9/3(水)深夜(木曜午前)0:45~

■いやー、知らなかった。

東京湾といえばハゼ釣りなのであって、てっきり水深200メートル以下の浅い海が広がっているだけだと思っていたが、そこには思いもかけぬ秘境が隠されていたのだ。

数万年前の海面が低かった氷河期の時代に大きな河が峡谷を作り出し、それが「東京海底谷(とうきょう・かいていこく)」と呼ばれる東京湾から駿河沖にまで続く深海を形作ったのだそうだ。

■しかも、その東京海底谷の入り口付近(富津の沖合あたり?)に、極めて珍しい深海ザメ『ミツクリザメ』の幼体がかなりの数で生息しているらしい。

というわけで、この番組では海外で『ゴブリン・シャーク(悪魔のサメ)』と呼ばれる異様な姿の深海ザメを東京湾に追ったのである。

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■「世界クワガタムシ博物館」(埼玉県)で展示されているミツクリザメの剥製(体長3.6メートル、♂)。

■大きく突き出した平べったい「鼻」。

鳥のクチバシのように飛び出した口にはギザギザの鋭い歯が並ぶ。

ガメラと戦った「深海怪獣ジグラ」のモチーフとなったのも十分にうなずける凶悪な顔つきである。

■ところがこの「クチバシ」を突き出した姿はミツクリザメ本来の姿ではなかったのだ。

NHKの水中カメラマンの腕に噛み付くミツクリザメのコドモの映像が衝撃的!

なんと、あのクチバシは通常ののっぺりとした顔から『エイリアン』のアゴように瞬時に飛び出して相手に噛み付くのだ!!

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■上のイラストが通常の状態、下がクチバシを伸ばした状態。網にかかって船に上げられたときは大抵すぐに死んでしまい下のクチバシを伸ばした状態になってしまう。

■どうやら平たい鼻に備わったセンサーで海底の獲物を探し、獲物を見つけると瞬時にクチバシを伸ばして海底の土ごとすくい取る、ということのようだ。

深海魚にはホウライエソとかフウセンウナギとか口がガバっと異様に大きく開く連中がいるのだけれど、そんな奴らも真っ青のびっくり捕食構造なのだ。

ホント、深海魚は面白い。

■では何故、ミツクリザメが東京海底谷で繁殖しているのか?

学者先生の予想によると、東京湾に流れ込む汚水が原因ではないかという。

通常、太陽の光が届かない深海は食物が少ない不毛の地であり、海の砂漠とも呼ばれているのだが、東京湾では生活排水などによる富栄養化によってプランクトンが大量に発生し、それが東京海底谷へと流れ込むことによって深海でありながらも「豊かな海」を生み出しているのだろう、ということだ。

■環境汚染が深海魚の楽園を作り出す皮肉には複雑な思いがあるけれど、かつての高度経済成長の時代にはヘドロで覆われプランクトンさえ増殖しなかった「死の海」がそこまで回復したのだとおもうと自然の浄化作用の偉大さにホッとする。

100年単位で考えれば、人類が環境に与える影響なんてものは実は些細なものなのかもしれない。

まあ、それは、かつてのような汚染を繰り返さないという前提なのだけれどもネ・・・。

                          <2008.09.01 記>

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■サメガイドブック―世界のサメ・エイ図鑑
   

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■深海生物ファイル―あなたの知らない暗黒世界の住人たち
■深海魚の写真、図版がたっぷり載っているだけでなく、「深海というのはどういう世界なのか」を分かりやすく解説している。
残念ながらミツクリザメは掲載されていないけれど、気分を日常から引き離して深海散歩とシャレ込むには最適な本である。
   

■トラックバックさせていただきます■
’情報交差点’ さんの「東京海底谷」
 

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