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2008年8月 6日 (水)

■【書評】『第三の脳』、傳田光洋。「皮膚が『見る』世界」と「こころ」の在り処。

「今の仕事が”肌”に合う」なんてよく言うけれど、まさに文字通りで、皮膚は、まわりの環境についていろいろと「考えて」いるらしい。

皮膚についての科学的な分析から出発し、「われわれの『こころ』の在り処」にまで肉薄する極めてチャレンジングな本である。

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■ 第三の脳 ――皮膚から考える命、こころ、世界
資生堂ライフサイエンス研究センター主任研究員 傳田光洋 著

■最新の研究から、皮膚にはいろいろな機能があることが分かってきた。

①カラダの水分を逃がさず異物の侵入を防ぐバリア機能。
 (うるおいのある角層)。

②角層が破壊されたときに起きる免疫反応
 (炎症物質サイトカインの合成、分泌)及び抗菌作用。

③温度、圧力、湿度を検知し神経に伝える情報処理機能
 (末梢神経の密度より桁違いに肌理の細かい感覚器官)。

④「色」を識別して反応する。
 (青色光と赤色光で破壊されたバリアの回復度が異なる。)

⑤ホルモンの受容体を持ち、神経と同じく「興奮」、「抑制」をする。

⑥表皮の表面と裏側で電場を維持する。

⑦表皮細胞が相互につながって電気信号を伝える。
 (低周波の電波を発信している。)

■そこに立ち現れてくる姿は、カラダを包み込む以外にもさまざまな機能を有している、というだけに留まらない。

情報をやりとりし、反応し、恒常性を維持する。

それは「生物」そのものの姿である。

■実は、我々のカラダが受精卵から発達していく過程をみてみると、脳をはじめとする神経系や目、鼻、口、耳といった感覚器官と「表皮」は同じ部分(外胚葉)から分化していった「兄弟」なのだそうだ。

そうしてみると、その自律的な振る舞いも腑に落ちる。

■今まで我々が持っているイメージそのままに考えると、皮膚はロボットの表面を覆うカバーであり、そこに温度や圧力のセンサーが配置されている、という感じだろう。

けれど実際のところ、皮膚そのものが「外界」と「内部」を分ける「生きている膜」みたいなもので、あたかも単細胞生物のまわりを覆う細胞膜のようである。

アメーバのような単細胞生物には「脳」が無い。

当たり前のようにも思えるが、脳も無いのに周りの環境を「判断」し、不快な環境から逃げ出し、必要な栄養を摂取する。

つまり「細胞膜」自体で「考えている」のだ。

■その構図は、神経が未発達なミミズだって同じである。

さらに言えば、カエルだってミツバチだって同じである。

彼らも決して全ての判断を「脳」に委ねているわけではない。

そして実はわれわれ人間も同じかもしれず、

例えば、腕に蚊が止まったなと「感じて」ピシャリと叩く、その無意識の反応には「脳」が判断をする以前にあたかも皮膚の「感覚」で判断をしているようにも思える。

■さて、タイトルの『第三の脳』である。

皮膚は、神経系が密集する「腸」を『第二の脳』と呼ぶのに続く、『第三の脳』というわけだ。

けれど、ここでいう『脳』は一般に我々の意識が宿るといわれている脳ミソとは少し毛色が異なる。

海に浮かぶ氷山の見える部分を「意識」だとするのならば、海面下にある巨大な氷塊は「無意識」である。

その「意識」を支える「無意識」の部分において、「腸」や「皮膚」が重要なはたらきをしている。それが著者をして「脳」と呼ばせるものであって、そこで生まれてくるものが「体性感覚」というやつである。

■居心地の良さ、というものがある。

それは周りの環境をアタマで判断して得られるものではない。

五感から得られる「状況」だけでなく、肌に感じるあたたかさだとか、オナカの状態だとか、そういったカラダで感じる「全体」なのである。

我々が意識できるのは、そのほんのわずかな部分に過ぎず、大体の「体性感覚」は無意識のうちに処理される。

サカナからカエル、トカゲ、ネズミ、サル、ヒトと進化していく過程のどこかで「意識」が生まれてくるのだろうけれど、ここで「無意識」と考える「体性感覚」の全体はそのすべての段階で存在する。

誤解を恐れずにいうならば、アメーバにも「無意識」はある。

我々が持つ「意識」というやつは進化の過程で付け足しとして生じたものであり、その土台には「無意識」という名の「体性感覚」の海が広がっているのだ。

■さらに個と個のコミュニケーションを考えたとき、

百万のキレイなコトバよりも、だまってギュッと抱きしめられる方が数段伝わることがある。

コトバ=意識ではない、体性感覚=無意識の領域におけるコミュニケーション。

それは赤ん坊が母親に抱かれて安心して眠る、そこから連なる感覚であり、オナカが痛ければ手でさすってあげたり、怪我をしたところに手を当てたりすることで伝わるダイレクトなコミュニケーションなのである。

それゆえに、「理屈」が優先する世の中は「無意識」にとっては生きづらい。

■仕事や職場の人間関係におけるストレスを抱えているときに、

「こういう風に考えて、もっと大人になりなさい」

なんて理路整然と諭されたとしても、アタマでは理解しても「無意識」は決して納得しない。

結果、第二の脳である腸は苦しくうねり、第三の脳である皮膚は荒れてデキモノが出来たりするのである。

それは「無意識」からの悲鳴なのであって、そこで必要なのは苦境を乗り切るためのビジネス書なんかではなく、無条件でそばにいてくれる配偶者であったり、子供であったり、場合によってはペットとの、静かであたたかいスキンシップなのである。

その温もりのなかでこそ「意識」もその健全さを保つのではないだろうか。

■本書には、2007年時点での新たな発見が記されている。

授乳時に母親の脳下垂体で合成され「他人に対する信頼」という感情を導くホルモン、オキシトシン。

そのホルモンが皮膚への刺激によっても生成されるというのだ。

今、社会のなかで「他者に対する信頼感」が急激に崩壊しつつあると危惧する声がある。

その処方箋は、もしかすると実はスキンシップとか、そういうとても生物的で肉体的なところにあるのかもしれない。

                             <2008.08.06 記>

■ 第三の脳 ――皮膚から考える命、こころ、世界
資生堂ライフサイエンス研究センター主任研究員 傳田光洋 著
朝日出版社 2007年07月

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■皮膚は考える
傳田光洋 著 岩波書店  2005年11月
■よりアカデミックな語り口で「皮膚」に対するイメージを根本から覆してくれる本。私はコッチから読みました。


■関連書籍■

『第三の脳』の中で紹介のあった2冊です。
両方とも大変好きな本なので紹介します。

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■無意識の脳 自己意識の脳
■アントニオ・R・ダマシオ 著 田中三彦 訳 講談社 2003年06月

■【書評】『無意識の脳、自己意識の脳』 「私」とは何か?
    
     

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■脳のなかの幽霊
■V.S.ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー 著
角川書店 1999年08月(絶版・・・古書で入手可)

      

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>

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コメント

出産と母乳育児でお世話になった、産婦人科のDrの口癖は
「泣いたら抱っこして飲ませる。その繰り返しでいいの、それがいいの。抱き癖なんて気にしちゃダメ。」 あの経験があったからこそ、
思春期ブルーや反抗期もなんとか乗り越えられたのかなぁ・・・
なんて思う、子育ても一段落目前の今日この頃です。
スキンシップって一番手頃で、とっても大切な対症療法、与えてるつもりで得ることが大きい、けっして一方通行ではないんですよね。

投稿: 臨床検査技師 | 2008年8月 9日 (土) 00時31分

臨床検査技師さん、こんばんは。

抱っことか高い高いはあるけれど、
授乳だけは父さん出番ないですからね。
こればっかりは男には分からない感覚です。
何だか悔しいような・・・(笑)。

投稿: 電気羊 | 2008年8月 9日 (土) 03時00分

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