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2008年5月22日 (木)

■「ヒト」を「ヒト」たらしめているもの。『爆笑問題のニッポンの教養』 霊長類社会生態学、山極壽一。   

今回のテーマは、ゴリラ。

いままで【類人猿】という言い方でゴリラを認識していたけれど、分類学上のゴリラは【サル目ヒト科】の動物で、DNAの実に98%が【ヒト】と同じという極めて人間に近い動物なのだ。

京都市動物園を舞台にした爆問初の前後編、二部作。

力が入ってます。

Photo
■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE037:「私が愛したゴリラ(前・後編)」 2008.5.13、20放送
京都大学大学院教授
霊長類社会生態学、山極壽一。

■30年野生のゴリラを見続け、密林で寄り添うように雨宿りをしてその鼓動を直に感じたこともあるという山極先生。

そのまなざしはゴリラをいとおしむものであるけれど、同時に【ヒト】とは何か、という根源的な問いをゴリラの中に見出そうとする研究者として客観的な観察眼でもある。

一体、何がヒトとゴリラを分けているのか。

■ヒトは笑う、ヒトは泣く。

対してゴリラは悲しみに涙を流すことはなく、子供のときのゲタゲタ笑いも大人になると消えてしまう。

ゴリラにも「気持ち」はあるのだけれど、そこに「《私》がどう感じている」ということはあっても、「《相手》がこう感じている」と、相手の気持ちを自分の中に取り込む、ということは無いのだという。

それは「共感」する能力があるか無いかの違いなのだ、というのが山極先生の結論。

おー!

そいつあ、大好きなP・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と同じ結論じゃあないですか!!

■子供が転んで「うわーっ」と泣き出す瞬間。

その寸前に、子供は親と目を合わせ、それを引き金にして「うわーっ」と泣き出すものである。

笑うとか泣くとかいった行動は、「ワタシ」の中だけの現象ではなく、「相手」との関係の中での現象であって、例えそれが孤独のなかで流す涙であったとしても、確実にその心の中には「誰か」の存在があるものだ。

■さらに一対一の関係を超えて、「笑い」や「泣く」という現象は集団の中で伝染していくものである。

そのときヒトは集団との一体感に「安心」とか「興奮」とかいった独特の感情を覚え、さらに、そのことを「うれしい」と感じる。

■そこで太田は「ゴリラは何がうれしいのか?」という問いをたてる。

いい質問だね、と熟考した山極さんは、「ゴリラも鼻歌を歌う」という話を持ち出した。

なんとも「人間的」じゃあないですか。

■「ゴリラの行動を見ていて、いいなぁ、とおもうこの気持ちは理屈じゃない。そこに(人間の)本来的な価値観があるのじゃないかな。」という山極先生のことばは、30年、ゴリラを見続けてきた人の言葉であるだけに、深い。

「人類は何故、世界を支配できたのか。」

とよくいわれるけれど、その問いかけ自体が「【支配】することが【勝者】である」という価値観によるものに過ぎない。

ドーキンスが【利己的な遺伝子】というとき、そこには「利己」の基準となる価値観が既に存在してしまっているのだ。

それを疑え。

山極先生が冒頭に語った「ゴリラはどういう価値観で生きているのかを知りたい」というそのことばに、現代の閉塞感を打ち破る鍵が隠されているのかもしれない。

■ゴリラは何万年経っても人間にはならない。選んだ道が違うのだ。と生物学者としての山極先生はいうのだけれども、と同時にそれは、「人間は何万年経ってもゴリラにはならない」ということを語っている。

「ゴリラの価値観を知りたい」というその心は、決して「ゴリラの幸せ」を目指そうというものではない。

我々は、もう「エデンの園」に戻ることは出来ないのだ。

■我々は「道具」を獲得し、「コトバ」を獲得し、今の繁栄に至っている。

さらにその先を考えたとき、決して「道具」や「コトバ」を獲得する過程で失ったものを取り戻すのではなく、「道具」や「コトバ」を獲得した道の先に、何かを見出すのだろう。

何万年というスケールの中での話ではあるのだけれども、その時期は「今」なのじゃあないだろうか。

山極先生はそういう気持ちで、ゴリラの向こうに人間の未来を見つめている。

■その上で、人間を人間たらしめているのは「共感」という能力である、という山極先生の認識を改めてかみ締めてみると、何やらぼんやりと、人間の未来を切り拓く、何ものかの姿が見えてくる気がするのだ。

少なくとも、それは「競争至上原理」ではない。

「生きもの」としての自分の直感を信じる限り、

それだけは確かだ。

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                         <2008.05.22 記>
    

Photoゴリラ 山極壽一・著

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■利己的な遺伝子 <増補新装版> リチャード・ドーキンス著
■生物は遺伝子の「乗り物」に過ぎない、というドーキンスの考え方は好みではないけれども、その「遺伝子の支配」を乗り越える概念として最後に提示される「ミーム」というアイデアはとても素敵だと思う。

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