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2008年5月30日 (金)

■ETV特集 『石ノ森章太郎・サイボーグ009を作った男』。深刻な傷が癒えるとき。

NHK教育でこんなに面白い番組に出会うとは思わなかった。

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■ETV特集 『石ノ森章太郎・サイボーグ009を作った男』 2008/5/25(日)放送

■今年は石ノ森章太郎さんの没後10年なのだそうだ。

それで企画された番組なのかはよく分からないけれども、009の物語を追いながら、植島啓司(宗教学者)、姜尚中(政治学者)、養老孟司(解剖学者)といったそうそうたる面々が「石森章太郎」を読み解く。といった趣旨の番組だ。

このドキュメンタリーの語り手は精神科医の名越康文さん。グータンに出てくる当たりのやわらかな先生というイメージしか無かったが、実は漫画評論家でもあったのだそうだ。(うーん、そういわれると日本人全員が漫画評論家といえるのかもしれないが・・・)

■数ある石森作品の中から、「何故、サイボーグ009なのか?」というと、石ノ森さん自身が生前に残した「ひとつだけ作品を選べといわれれば、さんざん悩んだあげく、サイボーグ009を選ぶだろう」ということばの行間に潜む深いもののせいでもあるし、実際、死の寸前まで「完結編」の構想を練り続けたものの、未完に終わってしまっているという神話性によるものでもあるだろう。

■第1期「誕生編(?)」を養老先生が、第2期「地下帝国ヨミ編」を姜尚中(カン・サンジュン)さんが、第3期以降の「天使編、神々との闘い編」を植島先生が語るという構成。

「地下帝国ヨミ編」のラストで、島村ジョーとジェット・リンクが流星となってひとつの完結を迎えて以降の「009」については、正直、ついていけないところもあって番組後半は入り込めなかったのだけれど、前半の養老先生、姜さんのあたりはぞくぞくするほど核心に迫る、深さと重さがあった。

■養老孟司先生は、石ノ森章太郎さんのひとつ年上の同世代である。

1945年の終戦を7歳前後で迎えていることになる。

ここがキーポイントで、名越先生ともども「へぇー」そういうことか!と養老先生の読み方に目からウロコだったのである。

■養老先生はいう。

石森さんの漫画の登場人物たちは、「役割」とか「機能」が明確になっている。009に出てくるサイボーグたちのそれぞれの「能力」がいい例である。

で?

たぶん石森さんは、「モノ」だけを信じたのではないだろうか。

人間同士のつながり、「愛」、というようなものや、イデオロギーというような「絶対に正しい」とか「正義」とかいったものが信じられない。

そういったものを徹底的に疑っていって、たどり着いたのが「機械」とか、「技術」とかいった手で触って確かめられるもので、「【モノ】だけが信じられる」という価値観であったのではないか。

そのどこか悲観的な大人の見方が、根本の部分では楽天的で明るい手塚治虫の作品と袂を分かつ部分なのだ、と。

■名越先生が深くうなづく。

石森さんの作品では、何か巨大なゴーレムのようなものが現れたときに実はそれは機械であった、という落ちが多く、そこに強い違和感を感じていた。「ゴーレム」は「ゴーレム」でいいじゃないか、と。

けれど、今の養老先生の話からすると、「ゴーレム」ってなんだ!?というとき、その正体が「確かな存在」の「機械仕掛け」であることは必然だったのかという深い納得に至るワケだ。

■いやいや、まったく名越先生と同感!

最近、この話題が多いのだけれども、敗戦を肌身で感じた世代というのは戦争前の軍国少年が突如として教師から教科書を墨で黒く塗れといわれた世代であって、その価値観の崩壊ゆえに信じられるものといったら食い物に直結する【モノ】だけだ。

【愛】とか【正義】なんてものはナンの腹の足しにもならないのである。

そして【モノ】とか、【技術】だとか、そういう目に見える確かなものだけを信じて猛烈に働き、この世代が戦後の復興を成し遂げたという構図が、ある。

その世代の気持ちを本当の意味で理解できるのはその時代を生きた同世代だけであり、それが養老先生のことばの説得力なのである。

と同時に、養老先生の唯脳論的世界観に対して時に感じる「違和感」にも、なるほどと妙に納得がいってしまうのであった。

■さて、昭和25年生まれの姜尚中(カン・サンジュン)さん。

朴訥に、けれど真摯に語るその姿勢に、いつも深い共感を覚える政治学の先生である。

熊本生まれの在日二世で、少年当時の娯楽といったら漫画しかない、という環境で育ち、それゆえにこの時期の漫画についても、いつもの調子で熱く語りはじめるのである。

■姜さんは「サイボーグ009」にアイデンティティの亀裂を見る。

彼ら00ナンバーのサイボーグたちは「悪の組織」ブラックゴーストによって改造された「兵器」である。

004アルベルト・ハインリヒの言動によく現れるのだけれど、彼らには「自分はもう人間ではない。人殺しのための兵器に過ぎないのだ。」という「悲しみ」が常に付きまとう。

そこに姜さんは、日本に生まれ日本語で暮らしながらも「日本人」ではない、という自らの出自を重ねるのだ。

■「強引で暴力的なもの」によって生まれてきた自分はいったい何者なのか。

それは決して純粋なものには成り得ず、常に「矛盾」をはらんだ存在だ。

在日二世として成長した姜さんにとっては、純粋な、絶対的なものなどはあり得ない。

「正義」を振りかざす「9.11以降のアメリカ」に対する強い反発には、それだけの理由がある。

世の中を「正義」と「悪」とで色分けしようとする二元論の危険性について、肌身をもって知っているのだ。

姜さんの政治的態度が一貫していて、かつ、人のこころをつかむ強い魅力をもっているのは、そういう「根っこ」に裏打ちされているが故のものなのである。

■引き裂かれたアイデンティティを描くのは009だけではない。仮面ライダーにせよ、キカイダーにせよ、その生まれは「悪」にある。

特に漫画版「人造人間キカイダー」については、「機械」と「人間」のあいだで引き裂かれた存在であることが左右非対称というカタチで表現され、かつ、その衝撃的なラストシーンは「完全な人間」になることで「圧倒的な【悪】の強さ」を身につける、という極めて皮肉なものとなっている。

その『人間に対するどうしようもない悲観』が石森作品に深みを与え、子供だけでなく、むしろ大人の心を惹き付けるのである。

■「石ノ森章太郎さんは、何かアイデンティティの問題を抱えていたに違いない」というのが姜さんの結論なのだけれど、実はその通りだという石ノ森さんの青年時代の話がそこにつながる。

マンガの才能を認められ東京に出てきた石ノ森章太郎さんは売れっ子になり、大学受験の勉強をする暇がないほどに忙しい毎日を送っていた。有名なトキワ荘の時代である。

実はこの時代、石ノ森さんはマンガで一生やっていくつもりはなく、映画監督か、小説家になることを夢見ていたという。

今のわたしは、本当の私ではない。

という意識。

人生の岐路に立つとき、誰もが抱く感覚だろう。

■けれど石ノ森さんの場合は、どうしようもなくツラい出来事と重なり合ってしまう。

トキワ荘でともに暮らし、石ノ森のマンガに対する最大の理解者でもあった大切な姉を喘息の発作で失ってしまうのだ。

それも、入院中に病状が安定しているときを見計らい、友人と映画を見に行っている最中に突然の急変で亡くなってしまったのである。

想像するだに、そうとうに深刻な「傷」であろう。

自らを責め、悔い、また責める。

それが延々と続いていく。

■マンガを描くことと姉の存在が重なっていったのかどうかは分からない。

けれど、マンガを描いている「自分」を見つめるとき、その影響は確実にあって、「許しがたい、どうしようもない自分」が作品に暗い影を落としたとしても不思議ではない。

そういう観点で「地下帝国ヨミ編」のラストシーンを読み返すと、ぐっと胸に迫るものがある。

ブラックゴーストと共に死ぬことが自分の使命なのだと理解する島村ジョーと、もう手遅れだと分かっているのにジョーを助けに行って自らも運命をともにするジェット・リンク。

やるべきことをやりとげ、「死」を目の前にすることではじめて訪れる「許し」。

当時28歳の石ノ森さんは、ラストの流れ星のシーンを一体どういう気持ちで描いたのであろうか。

と、しばらくそのページを開いていた。

                           <2008.05.30 記>

Photo
■2012 009 conclusion GOD’S WAR
 ―サイボーグ009完結編〈1(first)〉

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コメント

ETV特集「石ノ森章太郎・サイボーグ009を作った男」について私のブログで書く際にこちらの記事を参考にさせてもらいました。なにしろ放送されてから1ヶ月以上経ってしまい私の記憶があいまいになっていましたので、番組の内容が詳細に書かれており非常に助かりました。

投稿: Shig | 2008年6月30日 (月) 17時02分

Shigさん、コメントありがとうございます。
こんなまとまりの悪い文章でも、お役に立てたのであれば
とてもウレシイです。
ブログ拝見させていただきました。
009のイラストすごいですね。
プロの方なのでしょうか?尊敬してしまいます。
では、また気が向いたら遊びに来てください。
これからもよろしくお願い致します。

投稿: 電気羊 | 2008年7月 2日 (水) 12時20分

こちらこそよろしくお願い致します。
おかげ様で番組内容を鮮明に思い出すことができました。
私はしがないコンテンツ制作屋ですが、ここ2年ほど新しいスタイルのウェブコミックにトライしているところです。今後お見知り置きいただければ幸いです。
ではまた遊びにきます。

投稿: Shig | 2008年7月 3日 (木) 08時50分

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