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2008年4月

2008年4月29日 (火)

■7万年前に絶滅しかけた人類。永遠に失われたエデンの園。

20万年前に誕生した我々ホモ・サピエンスは7万年前に2000人まで減少し、絶滅寸前にまで追い込まれていたらしい。

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■Technobahn 2008/4/25記事より

■遺伝学的に人類の足跡をたどっていく「ジェノグラフィック計画(Genographic Project)」という研究プロジェクトの成果として、米学術専門誌「American Journal of Human Genetics」に発表されたそうである。

劇的に人類が減少した時期があるというのは聞いていたが、今回具体的に提示された「約2000人未満」というのは実に衝撃的な数字だ。

2000人といえば、昔の一学年6クラス×50人の小学校の全校生徒くらいの人数だから、それは実感として把握可能な数であり、ひとりひとりの顔までが想像できてしまいそうだという意味で、数字としてしかイメージできない「何万人」とかのオーダーとはまったく次元が異なるのである。

■そういえば、このあいだ放送されたNHKスペシャル「病の起源」―骨と皮膚の病―で、人類は皮膚の色を変化させることで世界中に拡大することが出来た、という話をやっていた。

黒人、白人、黄色人種。

今までなんとなく、その皮膚の色の違いはそれぞれの地域の太陽光の強さから結果としてそうなっているのだと思っていたのだけれども、逆に「皮膚の色が突然変異で変わった」ことで、それぞれの地域に適応し、進出していくことができた、という内容であった。

毛むくじゃらであった我々の祖先は、体毛が薄くなることで涼しい森から灼熱の草原に進出することが出来た。けれど「裸のサル」では強烈な日射には耐えられず、「黒い皮膚」を獲得することで初めて日差しの強いアフリカの平原で生きていくことが可能になった。

けれどもアフリカから日差しの弱いヨーロッパへ版図を広げるためには、逆にメラニン色素が極端に少ない「白い皮膚」を獲得する必要があった。紫外線が皮膚の下に届かないとビタミンDが生成されず摂取したカルシウムから骨を作り出すことが出来なくなるからである。

■7万年前、ヴェルム氷期(いわゆる最後の氷河期)の始まりの時期に2000人の小集団にまで追い込まれた我々人類は、現在66億6千万人にまで爆発的に増殖し繁栄を極めている。

肌の色も、顔つきも、まったく異なったものになることが、我々人類が厳しい氷河期の環境を乗り越えて世界中に拡大し繁栄していくための必要条件であったということは、極めて皮肉な話である。

今、我々を取り巻く人種差別や紛争やテロといった不幸の種は、「異なる」ということによって生まれてきたのだから。

過酷な状況を生き抜いた7万年前の2000人の連帯感は今や夢物語であり、もしかすると永遠に失われてしまったエデンの園は、実はそこにあったのかもしれないな、などと意味の無い空想をしてみるのであった。

                          <2008.04.29 記>

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■関連記事■
■『われら以外の人類』 ヒトの進化を俯瞰する。

 
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  骨と皮膚の病 ~それは“出アフリカ”に始まった~

   
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2008年4月26日 (土)

■「みなさん、お気の毒に」を乗り越える道。『爆笑問題のニッポンの教養』 哲学、木田 元。

今回のテーマは、哲学。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE035:「哲学を破壊せよ」 2008.4.22放送
中央大学名誉教授  哲学 木田 元。

■木田先生は今年80歳になるという1928年生まれ。

敗戦時に16歳。広島に落とされた原爆のきのこ雲をその目で見、闇市で生計を立てていたという。

ここで「終戦」といわずに、「敗戦」というところにリアルさを感じる。

■面白いといっては語弊があるが、この世代の人の話が聞くものの心を惹くのは「敗戦」による「価値観の崩壊」を体験していることと大いに関係があるのだと思う。

この世に「絶対」というものはないのだ、ということを実体験として理解している世代だから言葉が現実から浮き上がらないのだ。

いくら我々の世代が「生きていることの意味」を考えたところでそれは「空想」の域を出ることはなく、一歩引いて眺めれば、所詮虚しい言葉あそびに過ぎないのではないかという恐れをどこかに抱えているものである。

その意味で、木田先生の人類の未来に対する悲観主義を覆そうとする太田の試みが、「みなさん、お気の毒に」とニヤリと笑った一言を前にして淡くも崩れ去ってしまうのも当然の結末であろう。

■プラトンの「イデア」を源流とする【絶対的存在】を認める哲学が一神教であるキリスト教と合流して今の「物質主義」、「技術文明」の基盤となっていて、現代の我々の不幸はその「技術」にこき使われていることにある。

木田先生が今回指し示した考え方をまとめると、こういうところか。

■現代文明が危機的状況にあって、その蹉跌はプラトン、アリストテレスから始まるという考え方。

ハイデッガーとニーチェはそこに気がつき、【絶対的存在】などというものは実は初めから存在しなかったのではないか、と疑い、確信に至った。

我々日本人にとってそういった哲学が難しいのは、その「そもそも」の【絶対的存在】というものを持たないがゆえに、ハイデッガー、ニーチェがたどりついた結論の革命的意味について、たとえアタマで構造的に理解したと思っても、自分の「人生」という文脈の上では本当の理解に至らないからである。

■いや、さらに言えば、

「ゆく河の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず」

というような日本人が古来から備えていた生々流転の世界観を、明治維新以降、西洋的価値観で塗りつぶしてきたことで、却ってその理解を二重に難しくしているのかもしれない。

その二重の罠をかいくぐり、「こういうことか」とハイデッガーの本質に迫るためには木田先生をもってしても30年の思索を必要としたというのだから、それは我ら凡人には到底たどりつけない領域だろう。

我々にできるのはせいぜい「現存在」だとか「死へ臨む存在」だとか「神は死んだ」とか、そういった形而上学的なことばをコラージュのように散らばせて、さも解ったかのように己の知性を飾りたてることくらいである。

それはそれでいいんじゃないか、とも思う。解らないなりにそういう言葉を浴びることもひとつの体験なのだ。

■大切なのは「自分」の肉体を通じて感じることなのではないだろうか。

そのアプローチは、

「(西洋の合理的思考と生命を流れと捉える日本人的思考の間を)行ったり来たりしている間に理解できてきたこともある」

という木田先生のコトバに言いあらわされている。

■世の中に「絶対」ということはない。

四季のある自然のなかで、幸いにも、我々日本人はその思想を無意識のうちに取り込んで生きている。

桜が散るさまや紅葉といった「その瞬間」を美しいと感じるこころ。それを科学のメスで解体していっても、そこにあった「美しさ」は既に消えてしまっていることを理解するこころ。

そういった「我々の身体に既に埋め込まれている」思考回路を通じて世界を捉えること。

簡単に言えば、感じたことを「そのまま」味わうこと。

その「感じ」を尊重すること。

科学的、技術的解析で現れてきた「結果」からものごとを構造的に理解しつつも、「結論」を出すにあたっては自分の受けた「感じ」に素直であること。

■それを忘れることがなければ、科学・技術といったものを「道具」として上手に使いこなしつつ、【競争至上主義】に日々侵されている「人間の尊厳」を恢復する道へと何とかつなぐことが出来るのではないか。

と、同時にそれは「言葉あそび」に陥らずに思考を深めていく唯一の道なのではないだろうか。

「みなさん、お気の毒に」、という木田先生の80年もののシニカルな微笑みを乗り越える道は必ずある。

戦わずして絶望するわけにはいかないのである。

ね、太田さん。

                           <2008.04.26 記>

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2008年4月23日 (水)

■光母子殺害事件、差し戻し公判で死刑判決。

荒唐無稽な弁護側主張がしゃあしゃあと罷り通る裁判の不条理に耐えられず、今までニュースを見ることさえ避けてきた。

極めてまっとうな判決。

被告すら疎外する茶番劇にこれで終止符が打たれることを切に願う。

                             <2008.04.22 記>

■無知の涙  ―永山 則夫・著―
   

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2008年4月20日 (日)

■NHK土曜ドラマ 『トップセールス』 寡黙な戦中派の優しい目線。

夏川結衣の24歳というのは大いに無理があるのだけれど、なんだか引き込まれてしまうドラマなのである。

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■NHK土曜ドラマ『トップセールス』公式HPより

■昭和49年。仕事に達成感を求めたいのに「とうの立ち過ぎた」売れ残りOLとしてしか扱われない老舗繊維メーカーを飛び出して自動車ディーラーの世界に飛び込んだ24歳。

女にクルマが売れるわけが無いという常識を吹き飛ばしトップセールスマンとして外車ディーラーの社長にまで登りつめる女性の一代記である。

■このドラマのモデルになったのは林文子さんという実在の女性。

VWファーレン東京、BMW Japanの社長を歴任し、2005年にはそのマネジメント能力を買われてダイエーを再建すべくCEOに就任、アメリカの経済誌「フォーブス」の「世界で最も影響力のある女性100人」で66位、「フォーチュン」の「米国外のビジネス界『最強の女性』」で10位に選ばれるなど世界的にその能力を認められた方である。

■で、ドラマの方はどうかというと、あの時代は良かった的な「昭和懐古」調とは一線を画し、三菱重工爆破事件、自動車公害などの時代の暗部も語りつつ、疾走する時代を上手く描いていると思う。(といってもこの頃、小生はまだ6歳で記憶は定かではないのだが)

さらに「クルマを売ることは、乗る人の未来を一緒につくること」をキーワードに、主人公「久子」の成長を通して「働くとはどういうことか」という主題を語っていく。

■けれどそれが、いわゆるマネジメント本みたいな小難しさに陥らないのがこのドラマの魅力で、物語の鍵となるであろう父親(石橋蓮司)との最後のドライブ、久子の高校時代の友人たちとの関係を描いた人間ドラマといった横軸がしっかりしているからこそ「社会派」が活きるのである。

■現在、全8話のうち第2話が終わり、久子が「はじめの一台」を売る感動を味わったところ。

最前線の整備員上がりの凄腕ディーラー所長を演じる蟹江敬三と、陰ながら久子を応援する事務員を演じる梅沢昌代がいい味を出している。

これからドラマの進行とともに時代を動かしていく久子の世代に対して、その親の世代がここでしっかり描かれていることが後々効いてくるに違いない。

■団塊の世代の声を聞くことは多いが、本当につらい時代を生き抜き、日本の高度成長の基礎となる土台を築き上げた戦中世代は黙してあまり多くは語らない。鶴田浩二の世界である。

そんな寡黙な世代が団塊の世代に注ぐ優しい目線にも、しっかりと光があたっているところがドラマとして心を惹く、ひとつの理由なのかもしれない。

                       <2008.04.20 記>

■追記■

報道によると、林 文子さんは5月1日付けで暫定的に日産自動車の執行役員に就任、6月末の株主総会を経て東京日産自動車販売の社長に就任するそうです。日産本体の営業担当役員になるのではなくて、あくまでも「現場の指揮官」にこだわる、というところがミソなんだろうな。楽しくはっちゃけて欲しいもんです。
                      <2008.04.26 記>

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★★★★☆(32)    ★★★★★(18)     ★★★★ (8)

Photo_4平原綾香 「孤独の向こう」

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■STAFF■
■作 ・・・山本むつみ
■演出 ・・・吉村芳之
■エグゼクティブ・プロデューサー ・・・岩谷可奈子
■音楽 ・・・栗山和樹
■主題歌 ・・・平原綾香 「孤独の向こう」

 
■CAST■

夏川結衣、椎名桔平、石田ひかり、山口馬木也、大沢健、
十朱幸代、石橋蓮司、蟹江敬三、ほか


   
●第2話での蟹江敬三のセリフ、「御用聞き・・・いい言葉だねぇ。御用聞き、か。」というのはちょっとメモしておこうとおもう。「売る」よりももっと前にやるべきことがあるっていうことだよな。なかなか沁みる考え方です。

●第5話「別れ」。蟹江敬三、最後までいい演技してたなあ。「セールスは『狩り』だと思われがちだが実は『農業』だ。刈り取るためにはしっかり耕さなきゃいけない。刈り取るばかりじゃいつか終わってしまう。」なんて台詞が決して浮わつかない。味があるんだよね・・・。
金属バット少年を抱きしめて、「君は望まれて生まれてきたんだ。大丈夫、大丈夫だよ。」っていうシーン、泣けました。蟹江敬三の所長を見られなくなるのはホント、さびしいです。
   

■過去記事■
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■おまけ■
■少年ジェットは正義の味方。「ウー、ヤー、ター!」の掛け声で悪い奴らをやっつける。

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’週サラ’ さんの「トップセールス|NHK総合土曜ドラマ(主演 夏川結衣)は見ごたえあり 」

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■ドラマ 『ラスト・フレンズ』 やはり上野樹里は只者ではなかった。

上野樹里、瑛太、水川あさみ、とくれば「のだめカンタービレ」のゴールデン(?)トリオ。そこに長澤まさみが加わるというのだから随分と豪華なラインナップである。

ちょっと、これは期待してしまうよなー。

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■ラスト・フレンズ CX系列 木曜 10:00pm放送
平田満は「犯罪者」よりも「物分かりのいいお父さん」のほうが良く似合う。

■DV(ドメスティックバイオレンス)やセックスレスなど、現代人が抱えるさまざまな問題を真正面からとらえ、恋に臆病だった若者たちが自分らしく前向きに生きていく姿をリアルに描いた青春ヒューマンストーリー。■番宣より抜粋■

■という解説のとおり、登場人物それぞれが複雑で深刻な内的問題を抱えていて徐々にそれが明らかになっていく、というのが第2話までの展開。

そのなかでとりわけ輝いているのがモトクロスに青春を燃やすボーイッシュな女・「瑠可」を演じる上野樹里。

ひたむきな雰囲気を漂わせるその演技は、ばっさり切った髪の毛の効果に加え、その表情や仕草に至るまで、まったく「のだめ」を感じさせない。

だけでなく、瑠可の中の「女」の部分、「男」の部分、「友人」の部分、「娘」の部分、それぞれの瑠可を場面場面でいい塩梅に混ぜ合わせながら演じきっている。

やはり上野樹里は只者ではない。

■一方、長澤まさみのほうは、良くも悪くもいつもの長澤まさみである。

上野樹里とは違って長澤まさみは素のままを「生」で味わうもの。だから、長澤まさみはこれでいいのだ。

それよりも気になるのが、物語の中の役柄としての「美知留」の方だ。

いくら「十分な愛情を受けて育てられず、愛に餓えつつも臆病な」キャラクターだとしても、「宗佑(錦戸 亮)」からあれだけのDVを受けたら戻らないだろ、普通。

まぁ、そこで本当に逃げ出してしまったらドラマにならないってのはその通りなんだけど、いまいち釈然としない。何が彼女をそうさせるのかは、きっとこれから語られるのだろうけれど、もう少し事前にタネを蒔いておいて欲しいところだ。

■この「宗佑」というキャラクターがまた曲者で、他の登場人物がそれなりの苦悩を抱えながらも明るく社会とつながっていようとする健気なところがあって皆が集まるゲストハウスの雰囲気も(今のところ)健康な感じなのだけれども、「宗佑」が登場すると急に画面が重たくなる。そこだけ浮いているのである。

その異常さは第2話の「散髪」のシーンに凝縮されている。

うーん、このうすら寒い感じ。どこかで見たな・・・、と思ったら伝説的異色ドラマ『ずっとあなたが好きだった』の冬彦さんじゃないですか!

そう考えると長澤まさみが加来千賀子に見えてくるから不思議なものである。

■さてさて、まだまだ語られていない部分が一杯あるようなので、これからどう話が転がっていくか楽しみではあるのだけれども、オープニングで匂わされる悲劇的な結末にそのままつながるのだけは避けて欲しいものである。

最後の着地はその悲劇的結末をさらに乗り越えた大団円としてスカッと気持ちよく!

そのあたり、よろしくお願いしたいところだ。

                       <2008.04.20 記>

【追記】
第9話 「 君の命 」、
瑠可・・・。          
                       <2008.06.09 記>
      

■最終回の記事■
■ドラマ 『ラスト・フレンズ』 最終回。美知留、あんたホントにそれでいいのか!
         

Heart_station ■ 宇多田 ヒカル 「 Prisoner Of Love 」
★★★★☆(129)

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★★★★  (120)    ★★★★★(110)      ★★★★★(4)

Photo_6 ■ 人生ドラマの自己分析
★★★★★(2)
■不幸な人は何故さらに不幸な道へと迷い込んでいくのか。
「運命」というものは天から降りてくるものではなく、幼児期に形成された「人生脚本」にそって無意識のうちに自ら選んでしまうという精神分析の本。
結構うなります。

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■■■ ラストフレンズ ■■■

■STAFF■
■脚本      浅野 妙子 『ラブジェネレーション』、『神様、もう少しだけ』、
                  『大奥』ほか
■演出      加藤 裕将 『白線流し』、『プロポーズ大作戦』、『ライフ』ほか
    
       西坂 瑞城 『ガリレオ』『薔薇のない花屋』ほか
■プロデュース  中野利幸(フジテレビ)
■音 楽         井筒 昭雄 ・ S.E.N.S.
■主題歌  :    宇多田 ヒカル「Prisoner Of Love」(EMI ミュージック・ジャパン)

 
■CAST■

長澤まさみ、上野樹里、瑛太、水川あさみ、
山崎樹範、西原亜希、倍賞美津子、錦戸 亮

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2008年4月18日 (金)

■筋肉だぁー、全くだぁー。『爆笑問題のニッポンの教養』 筋生理学、石井直方。

今回のテーマは、筋肉!

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE034:「さよならメタボ」 2008.4.15放送
東京大学大学院総合文化研究所(生命環境科学系)教授。
東京大学ボディビル部顧問 石井直方(いしいなおかた)。

■人間、何ごとも筋肉なのである。

ちょっとそこにあるものに手を伸ばすにしても、いやいや、難しいことを真剣に考えるべく脳だけをはたらかせようとするにしても、それに伴って思いをめぐらせる眼球の動きや額に指を当てる仕草との関連においてスベカラく筋肉の活動を抜きに語ることは出来ない。

先生のおっしゃるとおり、野生の時代において筋肉の衰えはそのまま「死」を意味していた。けれど人間は文明という進化の手法を手にしたがためにその肉体は阻害され、「動かなければ命に関わる」という場面にはそうそう出会うものではない。

■なーんてふうに、「唯脳論」を蹴り飛ばすような「肉体論」が展開されるかと思いきや、太田の弁舌が新たな切り口を生み出していくような流れは生まれず、ひたすら「肉体そのもの」が印象的な回であった。

男は黙ってサッピロビールならぬ、メタボは黙ってヒンズー・スクワット百回なのである。

■石井先生は53歳にして筋骨隆々。

東大B&Wの現役時代にはボディービル世界選手権で3位になるという恐るべき経歴をもつ、まさに「筋金入り」、【ナイスポ~ズ!】な筋肉研究者なのである。

何しろ「筋肉痛を起こさせるマシン」まで登場するマッドぶり、と思うのは軽率で、やはりそこは東大の先生なわけで研究には再現性と数値評価が必須アイテムなのだから筋肉を相手にした研究にそういう機械があってもなんら不思議なことは無い。

けれど他には類を見ることの無い、汗臭い、ムンムンな空気漂う研究室であることは確かだろう(笑)。

■さて、メタボである。

小生のドデンと力なく弛みきったこの腹も紛うことなきメタボリック。

もう既に「貫禄がついた」などと言ってもらえる時代は遠く過ぎ去り、今や毎年の健康診断で医師から厳しく指弾される肩身の狭い存在だ。

やれ飲むな、やれ食うな、やれ歩け歩け。

■けれど、そういった一般に言われるメタボ対策は対症療法に過ぎない、と石井先生は筋肉を躍らせる。

曰く、

太もも、おしり、お腹、背中。

「大きな筋肉」が大切です。

■そこで星一徹が息子に課した「大リーグボール養成ギブス」的なトンデモないものが登場するかと思えば意外にお手軽なトレーニングを推奨された。

その名も、(というほどのものでもないような気もするが)

「スロー・スクワット」

■要するにヒンズー・スクワットなのだけれど、ゆっくりと片道3秒かけて10往復させる。

降ろしきらず、伸ばしきらず、その間に筋肉を緩ませないことがポイントで、筋肉に弱い負荷を長くかけ続けることで「大きな筋肉」を育てる効果が十分にあるそうだ。

実際にやってみたら、決してキツくて出来ないというわけではないけれど、なかなか効きそうな良い具合のキツさである。

3ヶ月これを続けることが出来れば、増えた筋肉によって一日に消費されるエネルギーは実にウォーキング60分に相当するというのだから忙しい振りをするのが得意技の現役中年サラリーマンにはうってつけのトレーニングだ。

■もしこれを読んでいたら、メタボ仲間のO君も一緒にやろうじゃあないか。

スロー・スクワット、どうよ。

                         <2008.04.18 記>

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2008年4月17日 (木)

■MINI ・クラブマン。ノスタルジーに日和らない強さ。

■MINIは歴史に一時代を築いた名車を今という時代にうまく再生することに成功しているクルマであると思う。

4月に日本デビューした新しい車型『クラブマン』には特にそれを強く感じる。

それは簡単そうでいて、なかなかうまくいくものではないのだ。

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■MINI CLUBMAN 2008

■ベースとなるMINIに対し、フロントセクションはそのままにホイールベースを80mm延長。全長は235mmUPだからリア・オーバーハングが155mm延長されたということになる。これはこれで結構いいスタイルだと思う。

標準車ベースのワゴン化(?)なのだけれど、旧車に詳しい方であれば、ああ「カントリーマン」の焼き直しか。とすぐに察しがつくだろう。

けれどそこで「カントリーマン」とか「トラベラー」とかいう名前をもってこないところがいい。(いや、「クラブマン」はあっただろうという声も聞こえてくる気がするけれどマイナー過ぎるので流しましょう。)

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■旧MINI カントリーマン

■テールゲートが観音開きだったり、「木枠」を思い起こさせるモチーフもあったりするのだけれど決して「やり過ぎ」にならない。

過去は過去として敬意を表するのだけれども、「今」のMINIであることの自意識を非常に感じさせるのである。

そのあたり、表には絶対に顔を出さないBMWのうまさを感じる。「ブランド」というものをよく心得ているのである。

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■ハードウエアとしての目玉は観音開きの右リアドアだろう。

ホイールベースを伸ばして後席の居住性を良くしたのだから当然、乗降性も良くなくっちゃ。というわけだけれども、片側だけに設定、というあたりに若干セコさを感じるとともに、ああ左ハンドルメインのクルマになってしまったのだなぁと、妙なところに感慨を覚えてしまうのであった。

もう、ユニオンジャックを背負うクルマではなくなってしまったのだが、それでも「MINI」であり続けられるところがかえって凄いところなのかもしれない。

                        <2008.04.17 記>

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■MINI 公式サイト
http://www.mini.jp/mini.html

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2008年4月10日 (木)

■突拍子もない角度からのぶつかり合いが「面白い」を生む。『爆笑問題のニッポンの教養』 編集工学、松岡正剛。

今回のテーマは、編集工学。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE023:「世界は編集されている?」 2008.4.1放送
編集工学研究所・所長 松岡正剛。

■「編集工学」ってなんじゃらほい。

というところから始まるのだけれども、

「20世紀のあいだに、平和とか環境を大切にしなきゃいけない、という考え方についてはもう出尽くした。じゃあ、どうするのか?その方法を集めてくる」のが編集工学なのだそうで、やっぱりなんだかわからない。

つまりは、「芸術」、「文学」、「歴史」、「科学」、「哲学」。

そういった個々の「学問」を横断的に捉えてものごとを考える、ということらしい。

■「編集」といえば対象を切りとってつなげる作業のことだと思っていたのだけれども、その編集という作業のメカニズムを考えたとき、入ってくる情報(インプット)と出てゆく表現(アウトプット)のあいだに『ずれ』がある。

その『ずれ』が重要なものであり、「編集」が持つ意味そのものだということのようだ。

■だとするならば編集工学とはいっても、「学問」というよりは、一般にあるものとは質の異なった「表現」を生み出すための新しい「手法、技術の体系」というような気もする。

これは仕事として表現に携わっていない人にとっても重要なことで、それは、日々のたわいもない会話の中でいかに空虚な時間を排し面白く充実したときを楽しめるか、という問題なのである。

もちろん爆笑問題のふたりにとってもそれは重要で、彼らの活動そのもの、根源的な部分を問うはなしなのである。

■太田は言う。

本当に表現したいものがあって、それを語ろうとするのだけれども、語れば語るほど、(その表現は)死んでしまう。

「すべてを語ってしまうと伝わらない」のである。

自分が見たこと聞いたこと学んだこと、そこから生まれてきた何かをひとに伝えようとするとき、何か必ずこぼれ落ちるものがある。

それは、われわれが機械ではなく、生命という「動的」な存在であるからこそ生じるものである。

■機械による転写、伝達はノイズが入りにくい。入るけれどもそれは人間の会話と比べれば圧倒的にノイズが少ない。ほぼすべての場面でデジタル化が進んだ現代においては、その正確さはとんでもなく向上している。

機械の「取りこぼし」は少ないのである。

ところが、「伝わらない」。

ネットに書き込みされた文章をみても、「あ、これはコピペしたな。」というのは何となく分かるものである。文章が死んでいるのだ。

もっと分かりやすく言うと、面白くない。

何故かといえば、情報を「感じ取った」そのひとが過去の経験という巨大な図書館のなかでその情報を咀嚼し、味わい、その結果現れてくるのが「表現」であるからなのだ。

右から左に情報を垂れ流す「コピペ」はに「魂」の存在を全く感じさせることはない。

■では、感じたこと、考えたことをつぶさに表現へ織り込んでいけば、自分オリジナルのその表現は「面白い」ものになるのだろうか。

 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺

                 正岡子規

俳句は、音として五、七、五 の十七文字に束縛された「不自由」な表現手法である。では何故、俳句はひとの心を惹きつけるのか。

夕方のやわらかな風にあたりながら、ひとり縁側にすわって柿をひとかじり。かぁ、かぁとカラスの鳴き声が聞こえたので、ふっと顔をあげてみるとその瞬間、ごーん、という鐘の音が低く長く響いてきた。遠くに法隆寺の影が夕焼けに浮かんでいる。ああ、そろそろ秋も終わりか。などと少しさびしい思いが胸を去来するのであった。

この俳句から浮かんだ光景を自分なりの文章に書き下してみると、だいたい180文字くらいになった。

私のつたない文章の方は、「わたしが感じた心象風景」をいろいろ説明はしているのだけれど、それ以上の「広がり」を感じさせない。

一方、’柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺’が描き出す「広がり」は、ご~~んという鐘の音とともに、どこまでもどこまでも広がっていく。

■この違いは何か、というと俳句は「想像すること」を読み手に託しているからなのではないだろうか。

必要なことがすべて解説されつくした表現とは「教科書」のようなものである。

「教科書」がつまらないのは読み手がそれ以上の想像を膨らませる余地が無いからである。「教科書」が面白いという学生は滅多にいない。

もしいるとするならば人並みはずれた想像力の持ち主であって、そういう人の教科書をみるとそこにのっている肖像写真にひそんでいる「隙」を決して見逃さず、大抵の場合は夏目漱石の耳からバナナが生えていたりするものだ(しかも上向き(笑))。

■編集とは「切ること」である。

インプットされた情報と自分自身をかけあわせた産物を、そのままではなく、最低限にまでそぎ落としていく。

そこで「大切なこと」を取りこぼしてしまうのではないか、と恐れるのではなく、その取りこぼされた部分を「受け手」の想像力が埋めていくとき、表現者自身も想像だにしなかった「作品」が出来上がる。

■太田は自分の漫才について、こう語る。

完璧になるまでとことん練習したいし、そのためにきちんと練習もする。けれど、ライブでやると会場の広さとか、客層によって、「完璧」なはずの「漫才」自体ががらりと変わってしまう。

それはある意味、爆笑問題の芸には「取りこぼし」がいっぱいあって、それゆえに、「爆笑問題」の面白さを説明しているのだと思う。

取りこぼしや隙があるほど、観客はそれを埋めようと想像をはたらかせ、主体的にそこに関わってくる。その「主体的関与」のエネルギーは舞台の上のふたりにも影響を与え、そこにダイナミックな関係性が生まれてくるのだ。だから面白い。その「場」が生きているのだから。

■編集については「切り取る」だけではなく、「つなげる」も大切である。

むしろ、そこが「編集工学」なるものの真骨頂なのだと思う。

それぞれ独立した体系をもつ、いろいろな学問を総合して新たな「ものの見方」を生み出していく。

なーんて書くとかっこいいのだけれど、要は、煤けて線香くさい「鐘」「法隆寺」ということばに「柿」をぶつけた正岡子規のやり方と本質的にはなんら変わるものではない。

そのやり方は、鮮やかなカキの色と甘くてカシュッという食感を読み手に想起させることで、そこにただよう荘厳な線香臭い空気を笑い飛ばす、そういう乱暴で、かつお茶目な行為なのだ。

それは先の教科書好きの学生についても同じで、「夏目漱石」と「耳からバナナ(しかも上向き)」の出会いは極めて正岡子規的であり、編集工学的でもあるのだ。

■番組の後半で「価値に差をつけない二元論」に話が及んだのだけれども、「『善』と『悪』がどちらも必要で価値のあるものだとするこの考えが持つ、「矛盾」をかかえたまま進み続けるというビジョンがとても気に入った。

二つの対立する主張が「両方とも正しい」という優等生的な捉え方よりも、「矛盾してるよ、当たり前ジャン」という捉え方の方が実態に即しているばかりではなく、「面白さ」を生むエネルギーに満ちている。

そこで「正義」というコトバが出てきたら要注意だ。

「正義」は「悪」を許さない、のだから。

実に堅苦しく、緊張する、面白くない考え方である。

■深刻な矛盾は至るところに渦巻いている。

けれど、ある個人や集団を批判、弾圧したところで「矛盾」が解消されるわけではない。一見、解消されたかのように見えても、深いところでのたうちながら再び現れるまでのエネルギーを充満させ続けているだけに過ぎない。

相反するものの「関係性」や「場」を「矛盾」と呼ぶのであって、そこには実態がないからである。

■「矛盾」が消えるものではないとするならば、その「矛盾」を抱えながら生きていくほか仕方ない。

それならば、その矛盾を嘆き、怒り、悲しむよりも笑い飛ばすようでありたい。

そこには確実に耐え難い悲しみが厳然として存在している。

けれど、素直にその悲しみにどっぷりと巻き込まれて嘆く、その一方で、その悲しむべき「矛盾」を自分の肉体から切り離し、客観的、相対的に捉えることができれば、また違う風景が見えてくるのではないか。

自分の感情に、自分の肉体に素直でありながらも、空から客観的にその矛盾の構図を捉えるこころを同時に持つということである。

それ自体が「矛盾」だという気もするけれども、「矛盾」を避けず、けれど正面からぶつけ合うのではなく、思いもよらない違った角度でぶつけてみる試み。

「悪の枢軸」を戦争によって懲らしめるのではなく、もっと突拍子も無い角度からその矛盾に当たることは出来ないか。

■東欧諸国の共産主義が崩壊していったのは、空爆でも掃討作戦でもなく、西側は豊かだよーん、という情報がそこに暮らす東欧諸国の皆さんの間に広がっていったことが大きな要因になった、と認識している。(違っていたらごめんなさい。勉強します。)

太陽政策、融和政策がどの場合でも通用するなどとは思ってはいないけれども、「えー、そんなことで状況が変わっちゃうのぉ?」と脱力してしまうような、誰もいままでに考えたことの無い「切り口」がきっとあるに違いない、ということである。

それは、正岡子規が法隆寺に柿をぶつけた試みと同じであり、あなたが退屈な授業に飽きて、教科書にある聖徳太子の頭の上にニワトリを描いたうえにあまつさえ、ポン!とタマゴまで産ませてしまった、その試みと何ら変わらないアプローチなのだ。

深刻な矛盾を解きほぐすのは、いつだってユーモアなのだと私は思う。

                          <2008.04.10 記>

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■本 『複雑系―生命現象から政治、経済までを統合する知の革命
■M・ミッチェル・ワールドロップ 著■
★★★★☆(17件のレヴュー)
■ソ連は何故急激に崩壊したのか、株の暴落は何故おこるのか、生命はどうやって発生したのか。今までのアプローチでは捉えることの出来ない「複雑なシステムの振る舞い」を「複雑系(Complexity)」と呼ぶ。
■本書は、原子物理学、経済学、遺伝子生物学、電子計算工学、といたさまざまな分野の先端を走る科学者たちが米国サンタフェの地に集い、それぞれの学問大系と異なる分野の人たちと熱く、楽しく、語り合うことで「自己組織的な適応システム」という「複雑系」を捉える道を見出した、そのドラマチックな過程を知的興奮とともに語ってくれる。
■多少厚い本なのだけれど、非常に読みやすく「複雑系」の入門書として最適!という売り文句に偽りは無かった。
■文庫版も含めて絶版になっているが、古書はアマゾンでも十分に出回っているようなので、ちょっと興味があるな、と思った人には是非おすすめです!

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2008年4月 7日 (月)

■シーラカンスが指し示す「スローな生き方」は幸せか?

昨日NHKでシーラカンスの話をやっていた。

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■NHK ダーウィンが来た!生きもの新伝説 
第96回 「大接近!シーラカンス」(2008.04.06放送)より

■深海200メートルに生息するシーラカンスをリモコン潜水カメラで捉えた貴重な映像にドキドキする。

深海とか人間を寄せ付けない環境を探索していく番組っていうのは実に興奮するものである。

「知らない世界」はいつもわれわれを惹きつけてやまない。

■シーラカンスは逆立ちして泳ぐ。

という話をどこかで聞いことがあったのだけれども、やっぱりヤツは「逆立ち」をしていた。

海底にアタマを向けて逆さになって、ひらひらと太い腕のようなヒレで姿勢を保ちながら同じところにじーっと漂っている。

で、小魚が近づいてきたことをアタマに埋め込まれた電波レーダーでキャッチするや、バクッという早業で一気に飲み込む。

エサの少ない深海では出来るだけエネルギーを使わずに何とかやっていくしかあんめい、ということなのだ。

■シーラカンスが『生きた化石』といわれるのは、実に4億年前とほとんど同じ形態を保ったまま生き残っていることによる。

3億6000万年前に多くの海生生物が滅びたデヴォン紀後期の大量絶滅、三葉虫をはじめ地球上の生物の95%が絶滅したといわれる2億5000万年前のペルム紀末の大量絶滅、そして恐竜が滅びた6500万年前、白亜紀末の大量絶滅。

こうした大量絶滅を引き起こす気候の大変動を乗り切ることが出来た非主流派の生物が新たな時代を作り上げ、進化の物語を受け継いでいく。

そんななかで、太陽の光も届かない暗い深みへと沈んでゆき、変動のない静かな深海で4億年のゆるやかな流れにただよいながらシーラカンスは生きてきた。

■現代という時代も、実は地質学的観点からすると大量絶滅の時代だと考える学者もいるようだ。

生命誕生からの40億年に対して、われわれ人類という「種」は1万年というあまりにも短い時間のなかで『肉体』ではなく文化、技術というものによって激変する環境の変化に対応してきた。

シーラカンスとは対極にある「生き方」である。

そして今、加速度を増して進化してきたわれわれの文明は極限に達し、「肉体」はそのスピードに追いつくことができずに悲鳴を上げはじめているようにも思える。

そう考えたとき、われわれが「生き物」として生存していくための戦略として、『シーラカンス』は一体どういう道を指し示しているのだろうか。

■よく「スローライフ」なんていうコトバを目にするけれど、そういう生き方で人類の未来を切り開くことが出来ると本当に信じているひとがいるならば、それは「幸福」なひとである。

冷静に考えて、ここまで加速のついた文明が全体として安定(「スロー」)に向かうとは思えない。「『乱雑さ(エントロピー)』は必ず増大する」という熱力学第二法則に反するからである。

もし「スローライフ」なるものが現実にあるとするならばそれは、ひとりのスローな生活を支えるために99人の犠牲を必要とする「搾取」型の構造に他ならない。

そのひとが個人的に「スローライフ」を味わうことは可能なのかもしれないが、いま現実に苦しい生活を送っている「ネカフェ難民」にとって「スローライフ」というコトバが持つ意味について、真摯に想像力をはたらかせるべきであろう。

■「種」としてのシーラカンスが選んだ道は「エネルギー」を極限にまで低下させて「変化(乱雑さ)」を抑え込む道であり、「何も起こらない」、静かな冥界へと堕ちていく道である。

その暗闇に「幸せ」があるとはとても思えない。

■少なくとも自分のむすめには、20年後、30年後に生まれてくる自分の孫たちには、光の中を歩んで欲しい。

そのためには「スロー」ではない、何か根本的な「変化」が必要だ。

その道は探して見つかる性質のものではなく、「進化」の歴史を教師としてみるならば、あらゆる可能性に希望を抱いてさまざまな夢を実現しようとする社会のエネルギーと、その結果生まれてくる多様性から現れてくるものなのだと思う。

われわれがシーラカンスになってしまわない為にも多様性を育てる道を閉ざしてはならない。断じてひとつの価値観で世界を括りあげようとしてはいけない。

                         <2008.04.07 記>

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2008年4月 6日 (日)

■春の鉄路。

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線路脇に あかるく萌える春の微笑み。

                            <2008.04.06 記>

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2008年4月 3日 (木)

■【書評】『チャンスと人を引き寄せる話し方』。「相手」あってこその「話し」であり、「私」なのだ。

「相手に伝わる話し方」というフレーズはよく聞くけれども、さらに一歩踏み込んで、相手から影響を受け、相手に影響を与える、そういった「教科書的」でない実践の場面で活きる本である。

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■ チャンスと人を引き寄せる話し方
■稲垣文子 著■
NHKを経て、現在フリーアナウンサーとして活躍中。

■とても読みやすく、すっとアタマに入ってくる。

語りかけるような文体がいい。

20年近いアナウンサーとしてのキャリアの成せるワザか、文章の向こう側から著者の人柄をも含んだやわらかな声とその表情が実際に伝わってくるようだ。

■本書は大きく四つの章立てで構成されている。

・第一章 プロの話し方は、ココが違う

・第二章 初対面から好印象を与える「聞き方」

・第三章 スピーチを100%成功させるテクニック

・第四章 シチュエーション別・上手な話し方

■こうして並べてみると、技巧に走った「いかにも」なイメージがするけれども、実際、内容自体はその通りだったりもする。

けれどもその「いかにも」が、不思議とイヤ味に感じない。

それは、その「テクニック」について御講釈を垂れるのではなく、読者の横に座り、同じ先生の方を向いて学んでいる。

そういう真摯なスタンスが親近感をわかせるからなのだろう。

実際、著者の失敗談を追体験することで読者が著者と同じ目線で学ぶ、という構図が多く、幾多の「現場」をこなしてきたプロフェッショナルの「あ、どうしよう」の部分を共有できるが故に、構えず、すんなりとその内容を受け入れることができるのだ。

■一方、肝心の「テクニック」の方もNHK仕込みの折り紙つき。

口の開き方、声の出し方といった発声の基本から、表情、視線、いろいろなシチュエーションでの対応の仕方まで極めて具体的かつ実践的だ。

「べたべたする話し方にならないようにするには口を縦にあけること」とか、「第一声は上ずりがちだから意識して低めに出す」とか、へぇーと思わせる「技」が消化不良にならない程度にいい塩梅でちりばめられている。

読んでいて、おっ、と思ったところに付箋をつけていたのだけれど、気がついたらポストイットが30枚も減っていた。

多過ぎず、少な過ぎず。まさに、いい塩梅。

■少し引いた目線で眺めてみると、この本自体が「伝わる話し方」そのもののような気もしてくる。

いかにタメになる「30の珠玉の知識」が並んでいたところで、なかなか、こちらにしみじみ伝わってくるものではない。

この本の底流に、著者の読者に対する意識がつよく感じられる。

一貫して乱れることのない「語りかけられている」というイメージはそこから生まれてくるのだろう。

ノウハウ本の「語りかけ口調」というのは珍しくないが、本当に語りかけてくる本に出会うことは稀である。

■よく考えてみれば、相手に話しかける「私」というものは絶対的な存在ではなく、まわりの環境、すなわち、いま目の前にいる、或いはアタマの中で想像する「他者」の影響を強く受けた存在である。

「私」は絶えずゆらぎ、「相手」に合わせて変化する。

その「私」と「相手」の間に生じるダイナミックな動き、それ自体が「伝える」という行為の本質であって、それは決して口から発する音声のみで成り立つものではない。

■だから、「伝えよう」といくら技巧の粋を尽くしても入念なパワーポイントを用意しても伝わらないものは伝わらない。

「伝えよう」、と思うその前にまず、目の前にいる相手の存在を認め、しっかりとそのままの相手を受けとめること。それをしっかりと味わうこと。

そこから生じる「私」の中の「変化」こそが、「相手に伝える」という行為の源であり、「理解」という相手の変化を生み出す原動力なのである。

■相手に対するこころの深いところでの尊重。

押し流されるような日頃の忙しさの中で「効率的に伝えよう」と早口でまくしたてるとき、つい忘れてしまいがちなことなのだけれど、そこで、ふー、と一息ついて相手に軽く「こんにちは」、と会釈をする。

コミュニケーションにおけるそういった些細な気遣いの大切さを、改めてしみじみ噛みしめた。

                            <2008.04.03 記>

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■ チャンスと人を引き寄せる話し方
  
■稲垣文子 さんのプロフィール■
http://www.sigma7.co.jp/profile/w_54.html
  

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2008年4月 1日 (火)

■増上寺、夜桜。

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ほろ酔いに 見上げる桜もまた、格別。

                      <2008.04.01 記>

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