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2008年3月27日 (木)

■「サザエさん」的幸福論の果てに。『爆笑問題のニッポンの教養』 教育社会学、本田由紀。

今回のテーマは、労働。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE031:「我働くゆえに幸(さち)あり?」 2008.3.18放送
東京大学教育学部准教授 本田由紀

■「ニート」とは、仕事も通学もしていなかった非労働力人口のうち、年齢が15〜34歳までの層を指す語であり、2004年頃から一般に広まったことばである。

今回は、この「ニート」に焦点をあて、労働における社会と個人の関係について丁々発止の議論が繰り広げられた。

■バブル崩壊後、’90年代初頭から’05年にかけて就職氷河期といわれる、「仕事が無い、就職できない」時代があった。

いわゆるロスト・ジェネレーションという世代である。

私が就職したのは90年代はじめの頃なのだけれど、それ以降後輩が全く入ってこない時期が続き、係の宴会の万年幹事となってしまった怨みとしてその時代は私の人生に強く刻み込まれている。(←なんて器の小さいヤツなんだろう(笑)。)

■それはさておき、本田先生が強く主張するのは、

「ニート」=「若者がだらしない」

という「個人」に責任をおっかぶせる世間の見方に対する反論である。

■就職氷河期時代が到来するまでの日本では、新規学卒のふにゃふにゃの子供を学校が企業に引渡し、会社の中で育てていくという「赤ちゃん引渡しモデル」が成立していた。

それは欧米で一般的な、学校で大きくエネルギーをためて、えい!とばかりに企業が求める高いポテンシャルに飛び移る「棒高跳びモデル」とは極めて対照的である。

ところが、バブル崩壊後の失われた10年において、企業は「赤ちゃん」の受け取りを拒否、ふにゃふにゃの赤ちゃんはそのまま社会に放り出されることになった。

それが「ニート」の人たちであり、そんな人たちを「個人責任論」で切り捨てるのはあんまりじゃないか!と本田先生は憤るのである。

■それに対して太田は、決して努力不足といいたいわけではないが、ひとのせいでは無いと言いたい。つらいこと、理不尽なことは普通にあることじゃないか。つらかったらやめちゃえばいい。つらい社会から退却して引きこもったままでいいじゃないか。と主張する。

社会に文句をいったところで、それは結果論であって、あの時代はあの時代でしかたなかったんだと、それよりも「被害者」と呼ばれるひとに、もっと先をみろ!と言いたい。

生活できなきゃ幸福が味わえないのかよ!

というわけである。

■それは、田中と太田の長い下積み時代を背景にしたことばであり、収入が無いつらさより、自分の中で発想が生まれないことの方がよっぽどつらかった。というセリフに重みを与える。

いや、それでも、

と本田先生は食い下がる。

意欲があれば何でも出来るというのは酷であって、つるつるでとっかかりのない壁をどうやって登ればいいのか。

それでも登れという突き放しは本人にプレッシャーを与えるだけで何の解決にもならない。社会が足場をつくってあげなければいかん、という。

■ここにきて、太田が「腑に落ちない」という、その理由が少しみえてくる。

いままで日本では、仕事とか家庭とかいったものの、その意味について問わずにやってきた。それが破綻をきたしているということは、先生自身の人生も「間違えていた」ということになるのでは?

その太田の問いが先生の「一般論」を一気に突き崩す。

ある意味、その通りです。

■本田先生の強い使命感。

その源泉は、詰め込み教育のレールに乗って、それに抗うことが出来ずに無意味な「進学の為の勉強」を強いられた、その少女時代の怨みにあった。

本屋で「サザエさん」を立ち読みすることが唯一の抵抗であった、という微笑ましさの裏に、平和で平凡な家庭の象徴である「サザエさん」にはとても似つかわしくない深く、ドス黒い感情が今でもグルグルとのたうっている。

それは、「主観」がもつ圧倒的な説得力をもって先生の使命感に「意味」を与え、照らし出す。

お仕着せのレールの先を切り取られ、脱線すべくして脱線させられたロスト・ジェネレーションの「子供たち」、その幾万の怨みが本田先生のこころの「鏡」に強く映し出される理由がそこにある。

■一般論はその鎧を脱ぎ捨て、極めて個人的感情に立脚したときに、やっとその核心を見せはじめる。

ここにおいて、太田と本田先生は同じ地平に立つこととなった。

その時に生まれる「理解」は、論の違いを乗り越えて深くこころに届きあう。

いいドラマであったとおもう。

■今回の番組は、社会的問題としての「ニート」について何ら解決の糸口を与えるものではなかったが、人生は一般論でくくりあげるものではないという、「主観」という次元での回答に達する、とても意義深いものであった。

そこに提示される「不合理」は、何も就職氷河期にぶち当たった「かわいそうな」世代だけのものではなく、サザエさんに象徴される「お隣と変らない」、「世間と一緒」、という社会的同質性に立脚した「しあわせ」なんてものが元々幻想に過ぎなかったのだという意味で、世代を問わず、それぞれの人生に遅かれ早かれ必ずやってくるものなのだと思う。

そしてその極めて個人的な苦難こそが、一般論を乗り越え、人生を自分のものとして取り戻すチャンスでもあるのだ。

そんなことを考えながら、自らが今直面している不合理のことを想うのである。

                           <2008.03.26 記>

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■ 「ニート」って言うな! (光文社新書)
■本田 由紀、内藤 朝雄、後藤 和智 共著■
★★★★☆(46件のレヴュー)
    

■関連書籍■

■ ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版)
■堤 未果 著■
★★★★★(25件のレヴュー)
■今、読んでいるところなのだけれども、どエライ本である。社会的問題としての「ニート」の根っこにある「自由競争」の延長線としてアメリカの現実を捉えると背筋が寒くなるものがある。

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■【爆笑問題のニッポンの教養】の本 ■
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■新書版 『爆笑問題のニッポンの教養』
     

■過去記事 [バックナンバー] 一覧■
■爆笑問題のニッポンの教養

  

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■『爆笑問題のニッポンの教養』番組HP

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コメント

先日ちょっことだけ里帰りした都内の某私大に通う娘ですが、
春休みはバイトを掛け持ちしながら、
なんとか都会での学生生活も2年目を迎えます。
1人暮らしの苦労がいつか役立ってくれることを願いつつ、
近い将来の就職戦線が気になる親の目線で
番組拝見してました。

投稿: 臨床検査技師 | 2008年3月28日 (金) 17時08分

臨床検査技師さん、またまた、こんばんは。

今の学生さんは本当に大変ですね。

僕らの頃は遊びほうけてばかりでも就職はどこかにもぐり込めましたから・・・。

でも、その苦労の分だけ成長するのか、入社してくる最近の新卒の連中を見ては、しっかり自分を持ってるなー、と感心することが多いです。

投稿: 電気羊 | 2008年3月28日 (金) 22時10分

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