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2008年2月 4日 (月)

■どこか遠くへ。『爆笑問題のニッポンの教養』 海洋生命科学(ウナギ博士) 塚本勝巳。

今回のテーマは、うなぎ。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE024:「『脱出したい!』のココロ」 2008.1.22放送
東京大学海洋研究所教授
海洋生命科学(世界的ウナギ博士) 塚本勝巳。

■うなぎが遠洋で生まれるとは聞いたことがあったが、これほどまでの遠い旅をするものだとは知らなかった。

本州から2000kmも南のグアム沖合いで卵から孵り、稚魚は海流にのって3000kmの旅をした後に川へとのぼる。それから10年ほど川で過ごして十分成長したところでふたたび遠い南の海へと戻っていく。

「うなぎ」はその一生のうちに、つごう6000kmもの距離を移動することになる。

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■「うなぎ」とその幼生「レプトケファルス」
東京大学海洋研究所 行動生態研究室HPより

■そこで論点は、

なにが「うなぎ」をそこまで「長い旅」へと駆り立てるのか?

というところに分け入っていく。

■動物の回遊現象は「脱出理論」によって説明できる。と、塚本先生は考えている。

水槽の中でアユが集まっている場所の水温を徐々に上げていく。そうすると、ある一定の水温になった途端にアユはそこ場所から逃げ出すのだという。

「温度の変化」ではなく、「温度の絶対値」が、その「行動」を促す。

海水温がある温度に達することでその仕組みがはたらき、それがサカナを川へと遡上させる「原動力」になっているらしい、ということだ。

■塚本先生の面白さは、実験的な、或いは「サイエンス」の目でその現象を捉えつつ、そこに松尾芭蕉の『そぞろ神』という極めて文学的な「ものの見方」をつなげてしまう突飛さにある。

 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 

で、はじまる「おくのほそ道」。その中で芭蕉は、

さすらいの旅の途中で一つの場所に落ち着くことはあっても、春になり、霞がかった空を見上げてしまうと、ああ、松島にでも行ってみようか、と『そぞろ神』にそそのかされて、また旅に出てしまうのである。

と、どうにもつい放浪してしまう自分に言い訳をしている。

■娘さんの机の上にあった古文の教科書をぱらぱらめくっていて、「あっ、これだ!」と、芭蕉の『そぞろ神』が「アユの実験」とつながったというのだから、塚本先生は本当に面白い人なのだ。

そういう「面白い」思考回路をもっているから、いろいろなことに気付くのだろう。

■ 知らない街を歩いてみたい、 

         どこか遠くへ行きたい。

と歌ったのはジェリー藤尾だ。

この歌がこころに浮かんでくると、ふーっ、と遠くへと気持ちが流れていく。

ああ、遠くへ行きたいな、としみじみ思う。

この気持ちは一体なんなのだろう。

それは「ウナギ」や「アユ」を突き動かすものと同じものなのだろうか。

■決して現状に不快な要素があって、そこから脱出するために旅立ちたいと思うのではない。そこには論理的根拠などは存在しない。

だが、この「理由なき放浪」をそそのかすものが、塚本先生のいう『そぞろ神』だとするならば、その「わたしを突き動かすもの」は、「温度」だとか「個体間距離」だとか、そういった何らかの物理的な指標に依存するものだ、ということになる。

それは「自然にうまれてくる気持ち」であるのだから、自然そのものであるウナギやアユを分析するサイエンスの観点からすれば、ヒトだけを特別扱いする理由は無く、たぶんそうなのだろう。

だが、「わたしを突き動かすもの」を「温度」、「個体間距離」といった物理指標だけで捉えることなどできるのだろうか。

■  遠い街  遠い海、

          夢はるか 一人旅。 

     愛する人と 巡り合いたい、 

           どこか遠くへ 行きたい。

                (詩:永六輔、曲:中村八大)

■この「遠くへ行きたい」という気持ちは、「山のあなたの空遠く」に幸せを求める、からだの奥のほうで疼いているこころの動きである。

そういった深いこころの動きを伴った幸福論を『サイエンス』という論理のメスで切り分けていったところで何かが見つかることはないだろう。それは積み木細工のように論理で組みあがったものではなく、ただ、全体として「在る」ものなのだから。それはウナギやアユを突き動かすものにしても同じことである。

だからこそ逆に、『サイエンス』を自分の「こころ」に写し込み、読み取ろうとする試み。それが塚本先生がやろうとしていることなのかもしれない。     

たとえ論理とデータによって構築された『サイエンス』で導かれた「仕組み」であっても、その「仕組み」が自らにも組み込まれているのだと気付いたその瞬間に、そこから自分の「こころ」を切り離すことなど出来ないし、つまるところ、その「仕組み」を捉えるのは己の「こころ」以外にないのだから。

                          <2008.02.04 記>

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『ウナギ―地球環境を語る魚 』 (岩波新書)
★★★★★(5件のレヴュー)
    

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コメント

現状の生活に満足しつつ、ネットの世界への現実逃避願望も
否めない自分を感じる時があります。
そんな時は、「そぞろ神」の仕業、「脱出したいのココロ」と考えて・・・
うなぎの旅にも勝らずとも劣らない(?)ネットの空間を旅して、
今日もお邪魔させていただきました^^

投稿: 臨床検査技師 | 2008年2月 6日 (水) 17時12分

臨床検査技師さん、こんばんは。
確かにネット空間も現実からの離脱という意味で
「旅」なのかもしれませんね。
では、Bon Voyage!

投稿: 電気羊 | 2008年2月 6日 (水) 22時11分

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