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2008年2月14日 (木)

■【書評】『 チーム・バチスタの栄光 』 海堂 尊。「俺」の視界の外で直交する軸線。

久しぶりに小説を読んだのだけれども、「はまる」ってのはこういうことだよね、と思わせてくれる極上のエンターテイメントであった。

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■文庫・『チーム・バチスタの栄光(上)』
 海堂 尊  著 ■
■第4回 『このミステリーがすごい!』大賞 受賞作■
★★★★☆(39件のレヴュー)
 

■舞台は、とある大学医学部付属病院。

病院内の権力争いから物理的にも心理的にも遠く離れた「不定愁訴外来」で老人の愚痴に耳を傾ける毎日を送る万年講師、田口医師が主人公。

ある日、田口は病院長から唐突に呼び出され、特命任務につくことを命ぜられる。

この大学病院にアメリカから招聘された天才外科医・桐生恭一。彼がが率いる心臓外科手術チームは成功率60%と難易度の高いバチスタ手術で連勝記録を更新し続け脚光を浴びていた。

だが最近その連勝記録にストップがかかり、立て続けに3件の「術死」を出している。その真相を探れ、というのだ。

■一言でいえば『上手い!』。

ひとつひとつの描写がいきいきとしているだけでなく、「この場面にそれを持ってくるか?」というような組み合わせが面白い。

たとえば、田口が天才外科医・桐生と対面し、別れた直後の場面。

俺は日溜まりの中で、ひとりぼんやり、エレベーターの表示灯の往復を眺めていた。頭の中で、その上下する光のリズムに合わせるように 「はーちみつ ・ きんかん ・ のどーあめ」 というのどかなコマーシャル・ソングのリフレインが鳴り響いていた。

という具合。

この作品は田口の一人称で進んでいくハードボイルド調なのだけれども、こういう「筋」から離れた一見突飛な描写が読み手の五感を刺激して、語り手である『俺』への没入をより一層深めるのだ。

■読者は『俺』の観察眼を通して「チーム・バチスタ」7人のメンバーひとりひとりの面接調査に立ち会うことになる。

通常の物語においては、多すぎる登場人物の「横顔」を読者に伝えるべく作家は悪戦苦闘するところなのだけれど、この物語では「個人面談」というカタチですんなりと、かつ効果的にその紹介に成功している。

ある意味ズルいともいえる、いかにも理系っぽい「作戦」なのだけれども、その文体がまた短文でテンポよく進んでいくもんだから「嫌み」を感じさせないのである。

■それもそろそろ食傷気味かな、という頃合を見計らったかのように物語は猛然と「バチスタ手術の現場」に突入していく。

緊張。弛緩。そして無力感。

そこに極めて強烈なキャラクターが現れ、無力感に呆然とする『俺』の領域にズカズカと入り込んでくる。

そこで読み手は今までの物語が『俺』の視野の中だけで進行していたことに改めて気付く。

厚生労働省から来た「型破り」な官僚・白鳥は、『俺』のアタマをがっちり押さえ、その視野の外界に広がる、今まで見えていなかった景色に無理やり目を向けさせる。

物語の半ばまで『俺』と併走してきた読み手はすっかり『俺』の視点で物語の世界と対峙していたものだから、そこで『俺』が白鳥に対して感じる「怒り」、「とまどい」、「好奇心」をそのまま味わうことになるという寸法だ。

上手過ぎ。

■しっかりと計算された骨太のプロット、それがこの小説を超一級のエンターテイメントたらしめているのだけれども、その物語に込められた深いメッセージがさらに作品に厚みを持たせている。

現役の医師である著者が訴えたかったことが、日本の現代医療が抱える「不合理」にあることは明瞭にこちらへ伝わってくる。

だがこの作品にはさらに本質的なテーマが埋め込まれている。それが「深み」を与えているのだろう。

医療の現場が抱えている問題に対する意識がいくら強かろうとも、それだけで我々の心を揺さぶることはないのだ。

■田口の医学生時代。学部卒業のかかった口頭試問の場で教官(現在の病院長)から投げかけられた、「医師に求められるもっとも大切な資質とは何か?」という問い。

この物語を通じて田口は、長いあいだ喉に引っかかったままの魚の小骨のようなその「問い」に対する答えを無意識のうちに手に入れる。そして物語の終幕における病院長との対話のなかで、それをハッキリと意識し、「卒業」を果たす。

その「資質」が生きていく上で大切なのは、何も医者だけに限った話ではない。

それは、我々がしっかりと自分の足で地面を踏みしめて歩いていくために、必須な考え方なのだと思う。

――もっと自分の頭で考えなよ。先入観を取り除いてさ・・・。

その白鳥のベタなセリフが深く、響く。

                          <2008.02.14 記>

■文庫・『チーム・バチスタの栄光(上)』
■ 海堂 尊  ■
★★★★☆(39件のレヴュー)
 

■海堂 尊・【田口・白鳥コンビ シリーズ】■
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■ナイチンゲールの沈黙
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■映画 『チーム・バチスタの栄光』。

田口が女性っていうのは「新説」だけれど、そこで「得るもの」と「失うもの」がどう出るか、かなりのチャレンジではあるとおもう。一方、阿部ちゃんの白鳥はピッタリ。テレビドラマ版「空中ブランコ」の伊良部先生といい、すっかり「色物俳優」が定着してしまった阿部ちゃんなのであった。

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■映画 『チーム・バチスタの栄光』 2008.02.09公開■

■スタッフ■
監督:中村義洋
原作:海堂尊
脚本:斉藤ひろし、蒔田光治
音楽:佐藤直紀
   

■キャスト■
田口 公子 - 竹内結子
白鳥 圭輔 - 阿部寛

   *   *   *   *   *
桐生 恭一 - 吉川晃司
鳴海 涼    - 池内博之
酒井 利樹 - 玉山鉄二
大友 直美 - 井川遥
羽場 貴之 - 田口浩正
氷室 貢一朗 - 田中直樹
垣谷 雄次 - 佐野史郎
   *   *   *   *   *   
黒崎 誠一郎 - 平泉成
高階 権太 - 國村隼
藤原 真琴 - 野際陽子

■映画「チーム・バチスタの栄光」 公式サイト■
 

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コメント

こんにちは。
私も、先週末読みましたよ。読み応えあり、でしたね~
映画のキャストを思い浮かべながら読みましたが、
まさに阿部ちゃんはぴったり、はまり役!早く映画も観たい!!
職場で、映画を観た人の感想がイマイチ・・・???だったので
そんなはずじゃあ・・・とよくよく聞いたら、なんと2人とも
フジTV「医龍」の映画版と勘違いしていました^^;(バチスタ違い?)
(臨床検査技師出身の)臨床工学士という、今までマイナーだった職種が登場してるのも、ちょっとうれしいところです^^

投稿: 臨床検査技師 | 2008年2月15日 (金) 11時44分

臨床検査技師さん、こんばんは。
そういえば、技師さんのお仕事に極めて近いところでの話でしたね。
映画を見たらそのうち、プロの観点からみた感想を教えてください。
私はめんどくさがりなので、たぶんレンタルビデオ屋にDVDが出回るまで見ないと思うので・・・。

投稿: 電気羊 | 2008年2月16日 (土) 19時38分

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