« ■どこか遠くへ。『爆笑問題のニッポンの教養』 海洋生命科学(ウナギ博士) 塚本勝巳。 | トップページ | ■「私」の外側でにこやかに笑うもの。『プロフェッショナル・仕事の流儀』 石油化学プラント建設現場所長・高橋直夫。 »

2008年2月 6日 (水)

■【書評】『いのちの食べかた』 森 達也。「知ろう」とするときに求められる姿勢について。

毎日のように食卓に並ぶブタ肉や牛肉。

これらはどのようにして「作られる」のか?

養豚場や牧場の風景は思い浮かぶけれども、そこからスーパーの食品売り場に並ぶスライスされた肉までのあいだがスッポリと抜け落ちている。

そこにはいったい何があるのだろうか。

Photo
■『いのちの食べかた』
★★★★☆(42件のレヴュー) 

■堅苦しい本ではない。

中学生くらいに語りかける調子の文章は、すらすらと頭に入っていく。

けれどもそこで語られている中身は我々が無意識に考えることを避けている部分を明確に捉えており、かなり衝撃的だ。

特に牛が解体されていくさまを淡々と記述していく場面は、想像していた光景よりもさらに鮮烈であり、それが『命』と向き合う真剣勝負の場であることが例の淡々とした語り口によってかえって強調される。

だが実は著者が本書で語っているのは『そのこと自体』ではなく、『それを生業とする人たちに向かう我々の視線』についてなのだ。

■我々日本人には『穢れ』とか『不浄』とかいう概念が染み付いている。

グローバル・スタンダード云々といわれようが、我々の血に受け継がれているその概念は無意識の中で我々を支配している。

その手で『生命』を断ち切る作業。ケモノの血液にまみれるその作業は、我々が生きていく上で必ず必要となる工程であるにもかかわらず存在しないものとして封印され、遠ざけられ、我々が食卓で肉を口に運ぶときには決して意識に上らない。

そういう社会構造になっている。

我々の生活、特に「食卓」から隔離されるべきもの、すなわち『穢れ』、『不浄』である。

著者は、そのことをちゃんと「知るべき」だと訴えかける。

■「いのちを食べること」に関して無自覚であることの意味について考えよ。というのは非常に分かる。

我々が生きていく為には必ず犠牲になるものが存在し、それは避けられない事実なのだと知ること。

それを自覚したうえでゴハンを頂く、ということの大切さを多感な青少年に説くのは良いことだと思う。

■だが著者は屠殺を生業にしている人たちへの「差別」についても知るべきだ、戦国時代から江戸時代にかけて固定化されていった「差別」の問題が今も残っているのだという事実から目を逸らすな、という。

■どうも、このあたりが腑に落ちない。

特徴のない新興住宅地で育ったせいかピンとこない。そのこと自体は耳にしたことはあるし、それにからむ問題を新聞やニュースで目にすることもある。けれど自分自身がそれに直面したことがないから実感が湧かないのだ。

「寝た子を起すな」という言葉を著者自身も使っているが、それでもあえて「差別」を明るみに引きずり出して、この不正義を不正義としてちゃんと認識しよう、という。

それによって傷つく人もいるかもしれないが、人を傷つけない報道などあり得ない、だからそれでも「知るべき」だし「知らせる」べきだ、というのだ。

■確かにそれは「正しい」のかもしれない。

けれど、その差別を知るために「コトバ」を当てはめた瞬間に「差別」は息を吹き返し、差別する側と差別される側を峻別する。

「正しさ」を求める行為が逆に不幸せを生むことがある。それでもなお「知るべき」こととはいったい何なのだろう。

■屠殺という仕事が無ければ、我々の食生活は成り立たない。

だから、その仕事を知りましょう。

警察官であったり、看護師であったり、建築家であったり、そういった仕事について知ることと同じレベルで「知りましょう」というだけではダメなのだろうか。

■たとえ人は偏見から逃れることが出来ないものであったとしても、「知ること」とは淡々とニュートラルな視線で見ようと努めることではないのか。

筆者が牛の解体作業を語るときに見せたニュートラルな視線は、「差別」を語る段において冷静さを失っているようにも見える。

「実態を知らずに何をいうのか!」といわれてしまえばグウの音も出ないのだけれども、反論を拒絶するその『正しさ』にこそ「危険」が潜んでいるのではないかと、思うのだが・・・。
    

■書籍 『いのちの食べかた』
■ドキュメンタリー監督・森 達也■
★★★★☆(42件のレヴュー)

                        <2008.02.06 記>

■映画 『いのちの食べかた』
■同じタイトルの映画なのだけれどもオーストリア人のドキュメンタリー作家による全く別の作品。「『食』が作られる現場」をコメントなしで切り取った作品のようで、こちらも気にかかる。
   

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>

■ Amazon.co.jp ■
■【書籍】 最新ベストセラー情報 (1時間ごとに更新)■
■【書籍】 ↑ 売上上昇率 ↑ 最新ランキング■

■【DVD】 最新ベストセラー情報 (1時間ごとに更新)■
■【DVD】 ↑ 売上上昇率 ↑ 最新ランキング■

|

« ■どこか遠くへ。『爆笑問題のニッポンの教養』 海洋生命科学(ウナギ博士) 塚本勝巳。 | トップページ | ■「私」の外側でにこやかに笑うもの。『プロフェッショナル・仕事の流儀』 石油化学プラント建設現場所長・高橋直夫。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208704/17893621

この記事へのトラックバック一覧です: ■【書評】『いのちの食べかた』 森 達也。「知ろう」とするときに求められる姿勢について。:

« ■どこか遠くへ。『爆笑問題のニッポンの教養』 海洋生命科学(ウナギ博士) 塚本勝巳。 | トップページ | ■「私」の外側でにこやかに笑うもの。『プロフェッショナル・仕事の流儀』 石油化学プラント建設現場所長・高橋直夫。 »