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2008年2月

2008年2月29日 (金)

■何の為に。『プロフェッショナル・仕事の流儀』中小企業経営者・片山象三。

今回のプロフェッショナルは、織物機械を製造する中小企業の経営者・片山象三さん。

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■「あきらめなければ、失敗ではない」 中小企業経営者・片山象三
<2008.2.19放送> (番組HPより)

■織物業界は今、危機に瀕している。中国産の安い織物が市場を席巻しているのだ。

兵庫県、西脇。古くから織物で栄えてきたこの町も例外ではない。

中小の織物メーカーが寄り合うこの町では、20年前に1300社あった織物メーカーが300社を数えるほどにまで激減してしまった。

■そんな中、縦糸を取り替える段取りに大きな手間がかかっていることに着目し、織物のコストと納期を5分の1にまで低減させる画期的な織物機械を生み出した男がいる。それが、今回の主人公、片山象三さんである。

機械に関しては素人だと謙遜する片山さんなのだが、むしろ素人であることを強みとして、前例が無かったり、一般に困難だといわれることでも恐れ知らずに挑んでいく。

■そこで片山さんが素晴らしいのは、「一人では実現できない」ということを心の底から認識していて、西脇の町にあるいろいろな業界のプロのところへ訪ねまわり、頭を下げて教えを請い続けるところにある。

画期的なアイデアを実現して西脇の織物産業をなんとか生き延びさせたい。その情熱が周りの人たちの心を揺さぶり、巻き込んでいく。

■けれど人情としては片山さんに共鳴したとしても、現実問題として、日々、苦境に立たされている人たちの中からは、付き合いきれない、という声も上がってくる。

それでも片山さんがあきらめずに、何か自分にできることはないかと本気を見せることによって、その人たちを「輪」のなかにつなぎとめることができるのは、片山さんに誰よりも強い使命感があるからだ。

■「ちゃんと仕事をしている人が、ちゃんと生きていけるようにするには、どうしたらいいんかね?」

西脇の織物産業が置かれた苦境をなんとか打開しなければならない。その使命感からおこなった大きな投資に失敗し、最終的に自殺に追い込まれてしまった染物工場の社長さん。

片山さんが尊敬していたその社長さんの無念を思うとき、先の言葉が重く染み渡っていく。

■あきらめなければ失敗ではない。

希望があれば頑張れる。だから希望の灯は絶対に消さない。

そして、それを自分が本気で信じていれば、それは仲間にも伝わっていき、ベクトルも揃っていく。人の輪がつながっていく。

■理想論。

という言葉が頭に浮かぶ。

「あきらめない」、「自分が本気で信じる」。

そういう言葉は何度も聞いた、何度も読んだ。

■だけれども、そこで片山さんが違うのは『何の為に』、という揺るぎない土台がしっかりとあることだ。

西脇の地場産業が生き残っていけること。ちゃんと働けば、ちゃんと生きていけること。

ただ、それだけ。だから強い。仲間がまとまる。

■「一社では決して生きていけない。・・・、生きていけないんですよね。」

片山さんの心の底からこぼれ出たようなその言葉が全てをいいあらわしているように思う。

強い使命感が孤立したとき、それが強ければ強いほど、その代償として自らをすり減らし、その人を重く押しつぶしていく。

だから、謙虚に、ひたすら謙虚に、その言葉を噛み締めたい。

                         <2008.02.29 記>

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■ ドラッカー名著集1 経営者の条件
■ピーター・ドラッカーは『何の為に』というところを、「(その組織の目的に対する)『貢献』に焦点を合わせる」と表現しいている。
 

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過去の記事■『プロフェッショナル・仕事の流儀』

■『プロフェッショナル・仕事の流儀』番組HP

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2008年2月28日 (木)

■Audi A5。流麗、「すぅー」と流れる感じが気持ちイイ。

・・・なんて美しい後ろ姿なんだろう。

08audi_a5_rear_qr
■Audi A5('08)

■日本でアウディ A5がデビューしたという記事をみて、その写真にグッときた。

パリッとしつつもゆるやかにうねるショルダーラインとフロントのホイールセンターからリアバンパー上端に流れるライン。その2つのラインで3次元的に構成された「帯(おび)」。これがタイヤの存在をゆるーく受け止めつつ後方へとしなやかにたなびいている。

■兄弟車にあたるセダンのA4にもそれに近いテーマが見られる。が、流れるというより力がグッとたまる感じ。これはこれで、すごくカッコイイし、セダンとしての収まりが良くて素晴らしいのだけれども、如何せん最近のBMWと同じような匂いを感じてしまって新鮮さという意味で、むむむ、なのである。

A4qr■Audi A4('07)

■ところが、A5はA4のテイストを引き継ぎつつも、うまくクーペとしての流麗さを演出できている。

・・・なーんて評論家めいたコトバなどでは表現できない。なんというのか、「すぅー」と流れる感じ、それが気持ちイイのである。

■ちなみに前から見ると、大きくクチをあけた例のアウディ顔。

この顔は05年のA6からだっただろうか?はじめはビックリしたけれども最近は少し慣れてきて、まあまあかっこよく見えてきた。

08audi_a5_front_qr■Audi A5('08)

■エクステリア・デザインをまとめたのは、和田 智(わだ さとし)さんという日本人の方だそうで、お前はエラそうにデザインを語るわりに、そんなことも知らないのか!という話で、何処かに穴があったら入りたいです、はい(苦笑)。

和田さんは98年に日産からアウディに移籍した変り種。日産も惜しい人材を流出させたものである。

でも、才能っていうのはその場の雰囲気に大きく左右されるものじゃないだろうか。アウディに移ったからこそ、これだけ気持ちが良くって素晴らしいデザインを生み出すことができたのに違いない。

08audi_a5_side_2■Audi A5('08)

■いやいや、日産の雰囲気じゃダメだ、というわけじゃない。今度のスカイラインクーぺとか流麗なデザインもちゃんと生み出しているわけで・・・でもやっぱり欧州の空気って少し違うんだろうなぁ、とも思うのである。

A
Aからのアウディ (CG選集)
         
                <2008.02.28 記>

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2008年2月27日 (水)

■成功が「見える」瞬間。『爆笑問題のニッポンの教養』 応用スポーツ心理学、高妻容一。

今回のテーマは、メンタルトレーニング。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE028:「スポ根なんていらない?」 2008.2.19放送
東海大学体育学部競技スポーツ学科専任教授
メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学 高妻容一。

■「『根性論』とは、いかに無駄なことをやっていたのかと思い知らされた。」

空手をやっていた高妻先生は大学院時代にスポーツ心理学に出会い、本場のアメリカに渡る。そこには精神を鍛える『根性論』ではなく、勝負の一瞬に如何に集中力を高めるかという『科学』があった。

ニッポンでの指導方法はどうなんだい?とアメリカ人に問われて、あー、アメリカも30年前までは精神論だったよ。と言われるのが口惜しかった。

■えーと、なんだか『プロフェッショナル・仕事の流儀』の記事みたいになってきた。

いつもの『爆問』と勝手が違うのは、スポーツ心理学という学問が極めて「現実」に近い世界を取り扱っているからなのだろうか。

■「周りがスローモーに見える」

「自分が泳いでいる音しか聞こえない」

「体が勝手に動く」

勝負の一瞬における集中力の高まりを実際に体験しているトップアスリートたちのコメントである。

その「集中」は、太田がバイクの事故で投げ出された瞬間に体験したスローモーな世界と同質のものだという。

■高妻先生が「ゾーン」と呼ぶその状態は、だらりとした「リラックス」でもなく、キリキリした「緊張」でもなく、その中間で生まれる特異な状態なのだそうだ。その状態を実戦でいかに作り出すか。それが問題だ。そして「超」がつくようなトップ・アスリートは、その能力を身につけている。

打席に入って構えるまでにイチローが見せる一連の動作がある。それによってイチローは自分の状態を「ゾーン」にまで高めてる。彼はそのスキルを持っているのだ。

■さて、トップアスリートならいざ知らず、我々凡夫はいったいどうしたらいいのか。

鍵は成功体験にある。

我々凡夫でも、ひとつのことを十年以上続けていれば、「あの時は凄かったな、怖いくらい上手くいったな」という経験のひとつやふたつあるだろう。

その成功体験をイメージするのだと高妻先生はいう。

「成功体験」を味わったことがまだなければ、上手な人の所作を食い入るようにして見て没入し、あたかも自分の体験であるかのように想像してみる。

脳というのは騙されやすいもので、それがイメージだったのか、本当にあったことなのか分からない。それを利用するのだそうだ。

早速やってみよう。

(忙しい方は一段落飛ばし読みしてください(笑)。)

■早朝、5時半。少し薄ぼんやりと明るくなりかけた、けれど未だ頬に冷たい空気のなかで私は道志川中流域のとある淵に立っている。ゆるく流れる水面には、ポツン、ポツン、とヤマメのライズが確認できる。ふー、とハヤる気持ちを抑えつけながら3番のロッドを組み立てる。ジー、とリールからラインを滑らかに引き出しロッドに通す。ポツン、ポツンとヤマメのライズは続いている。10Xのティペットをひと尋半とってカットする。かじかむ指でリーダーに結ぶ。フライは#26のミッジ。ハックルにフロータントをまぶし、指先を少しツバで濡らしてティペットの先とミッジのボディーに「出てくれよ」と念を込めながら擦り込む。ジー、ジーとラインを引き出しながら、ふー、と少し目をとじる。リーダーから先の具合を整え、後方の障害物を確認する。風は弱い。スッとゆっくりと右手を立てながら突き上げるようにロッドを加速させていく、ラインを引く左手が斜め下方に伸びきった瞬間に「タメ」を入れ、すぅー、と前へ押し出す。延びていくラインの行方を追って十分にタメを入れてから摘まむように引っ張り上げる。再度、後ろ上方にラインをタメ、シュート。スルスルとラインが延びていき、後方に引いた左手の指先で最後のひと引きをして放すとティペットの先がふわりとターンしてポイントの2メートルほど上流に着水する。肩の力を抜いて、すー、とゆっくりと長く息を吐きだしながら、流れの中でティペットのたるみが解けるのを眺めている。と、水面がピッとはじけたその瞬間、慌てず滑らかにロッドが立っている。左手の指先で押さえたラインにググッと力強く躍動する生命を感じる。そう、この瞬間がたまらない。

■ここ数年まともにフライロッドを握っていなかったので、つい世界に入り込んでしまった。

こうやって実際にイメージを書き出してみると面白いことに気がつく。ただ単純に「動作」をイメージするとかえって動きがぎこちなくなってしまうのだ。けれど、「やること」ではなく「結果として上手くいっている状態」を思い浮かべると気持ちがスーと入り込む。

そのとき、「ふー」とか「スッ」とか感覚的な表現を入れるとイメージはさらにしっくりくるものとなる。長嶋さんがバッティングの指導をするときに、「そこで、グッときて、ブワー!だよ」というのもあながちヘンテコでもないのだな、と思う。

だからといって何も考えずに感覚的なイメージだけを追おうとしても脈絡が無くなってしまう。この時ってどういう感じ?何が見えている?何が聞こえている?色は?匂いは?感触は?

そういう感覚のディテールを詳細に突き詰めることで「成功する状況」のリアリティーがどんどんと深まっていく。

これがオシム監督のいう「アタマを使え!」、ということなのかもしれない。

■『根性論』では上手くいかない。

というのが今回のテーマのひとつだったわけだが、ここに来て何故『根性論』がダメなのか改めて考えるに、『根性』は「何がなんでもこれを達成しよう」という強い意思であるが故に「やるべきこと」に考えが集中し、焦り、「自然と出来てしまう」という身体的イメージからどんどん遠ざかってしまう、ということなのだろう。

そうなるともう泥沼で、足掻けばあがくほど「自然な動き」から離れていってしまい、ああ、オレはこんなに頑張ってるのに~、ということになる。

■けれど『根性』自体は決して否定すべきものではない。

先のサッカー東アジア選手権での優勝をかけた日韓戦。いろいろと言われているが日本代表は決してプレーが下手で引き分けたのではない。ただ、疲れきって動きが悪くなりかけていた韓国が後半ラスト10分で見せた鬼気迫る頑張り。日本はこれに敗れたのだと思う。

これは明らかに『根性』の問題だ。

ダメなのは、「ただ、やみくもな根性論」なのであって、その一方で、これはもう駄目だと諦めかける気持ちを奮い立たせるのも他ならぬ『根性』なのである。

『根性』と『成功のイメージ』は両立するものであり、実はむしろ高め合うものだったりするのじゃあないだろうか。

                             <2008.02.27 記>

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2008年2月25日 (月)

■B-2墜落。飛行機事故の共時性。

B-2ステルス爆撃機が墜落した。

B2_2

■23日、グアム島アンダーセン空軍基地で離陸直後に墜落、爆発炎上したようだ。

原因は今のことろ不明で、当面B-2は飛行停止になる模様。グアム島から朝鮮半島へ睨みを利かせていたB-2の運用停止は米軍としても格好がつかない状況である。

■B-2 「スピリット」は素人目に見ても「これ、飛ぶんかい?」と思ってしまう異様なカタチをしている。

尾翼を持たず、機体全体が翼を形作る「全翼機」。そのイメージに違わず飛行が不安定な特性を持つようで、第二次大戦直後に開発された全翼機のYB-49は、やはりその不安定さから開発中止となった。

B-2は、YB-49で失敗したノースロップ社が開発した爆撃機で、ある意味「執念の飛行機」なのである。

B2_3

■その不安定な全翼機の飛行を可能にしたのが、近年のフライ・バイ・ワイヤーの技術であり、それによって全翼機が本来持つステルス性能の高さを引き出すことを可能にしている。

初飛行は1989年7月、運用開始は1997年、初の実戦投入は1999年のコソボ紛争。その後、アフガニスタン、イラク戦争にも投入された。

これまでに21機が生産されているが運用開始から10年以上経って初めての損失であり、その「安定度」からすると、むしろ驚くべきことなのかもしれない。

もっとも、ノースロップ社の執念はB-2のコストにも現れていて、開発費も含めると一説には1機、22億ドル(約2400億円)もするというのだから、これもまた驚きであり、その代償は大きい。

■一方で、米軍の飛行機事故がここのところ立て続けに起こっているのも気にかかる。

B-2が墜落したのと同じ、グアム島アンダーセン空軍基地では、12日にもEA-6B 「プラウラー」電子戦機が洋上訓練中に墜落しており、また、20日にはメキシコ湾上空でF-15C、2機が墜落している。(F-15の墜落は、昨年5月から通算7機目。)

どうして飛行機事故はこうも連鎖反応的に発生するのだろう。

無理に「理由」を求めてしまうから「連鎖反応」に見えるだけで、偶然、たまたま、ということなのかもしれないが、どうしても「理由」があるように思えてならないのだ。

機械に故障を起させる悪戯な妖精・グレムリン。それは、気象なのか、地磁気なのかは分からないが、何らかの自然現象を起点として、人間の思考も含めたイロイロな要素による複雑な関わり合いによって生じる確率論的な「異常値」なのかもしれない。

幼稚なオカルティズムにはまり込む危険性を十分承知しつつ、それでも世の中には演繹法では決して導き出せない現象もあるのだ、とおもう。

                        <2008.02.25 記>

Uav
ステルス戦闘機と軍用UAV―B-2からF-22ラプター、UAVまで。
最強兵器・ステルスのすべて (ミリタリー選書 21)

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■過去の記事■ 飛行機、宇宙の話など  

■大石英司さんの代替空港にT/Bさせていただきます。
http://eiji.txt-nifty.com/diary/2008/02/cold_case_on_la.html
    

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2008年2月21日 (木)

■大気圏外でのスパイ衛星の迎撃に成功。総額33億円の大広告。

日本時間の21日昼、米軍はハワイ沖海上に待機中のイージス艦「レイク・エリー(USS Lake Erie)」から発射したSM-3ミサイルを使って制御不能に陥ったスパイ衛星「NROL-21/USA-193」の迎撃に成功した。

■迎撃が行なわれた高度は247kmと衛星軌道としては非常に低く、衝突によって発生した大小数百個の破片(デブリ)の過半数は1~2日以内に大気圏に突入して燃えつきるそうな。

大気圏外での迎撃だから、当然ヒドラジンは問題なし。

無事で何よりである。

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■・・・、といっても「大本営発表」だから眉にツバをつけるべし、衝突によって「加速」された破片も当然あるはずで、4500トンを超えるともいわれるスペースデブリがまた増えた、ということになる。「プラネテス」じゃないけれど宇宙の掃除屋が商売になる日は意外と近いのかもしれない。

ちなみに、今回の衛星迎撃計画に用いたミサイル1機の費用は約1000万ドル(約11億円)で予算総額は約3000万ドル(33億円)にものぼるそうだが、軍需産業の「広告宣伝費」として考えたら安い出費なのだろう。なにせ大手を振って『衛星破壊兵器』をデモンストレーションする機会なんてそう滅多にないのだから。

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■ プラネテス <1>
★★★★★(51件のレヴュー)
 
                            <2008.02.21 記>

     
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■少林サッカーかっ。東アジア選手権、日本対中国@重慶。

いやー、凄い試合だった。

山瀬の気持ちのいいゴールシーンから見始めたのだけれど、前半はそこから中国に攻め込まれるシーンが多くて手に汗握る展開。何せ、背が高くて当たりも強いもんだからゴール前に来るとハラハラしどおし。鬼気迫る守備を見せた楢崎が神に見えた。

なんだ、中国もやるじゃん、なんて思っていたら後半はえらい展開に。

後半10分。安田がうまく抜け出してキーパーと1対1になったところで、何を思ったか相手GKが(ボールではなく)安田めがけてフライング・キック!!

02_2008_2_20___
01_2008_2_20___  トゥ!

あえなく安田は負傷退場。

このへんから堰を切ったように中国のラフなプレーが続発。

そして後半39分、厳しい寄せに苛立った中国DFの「のど輪」が鈴木にきまる。

2008_2_20___ ガシ!

さすがに鈴木も切れて、どつきかえす。で、仲良くイエロー。

ここまで来るともう、笑うしかない。

結局、日本が逃げ切って勝ったわけだけれども、

よくわからん審判の判定といい、スタンドの異様な雰囲気といい、中国のプレーのラフさ加減といい、変な意味で凄いものを見てしまった。

救急車で運ばれたという安田も、足を狙われまくった代表選手たちの状態も気になるところだけれども、サポーターを含めて、皆さんちゃんと無事にホテルに帰りつくことが出来たのだろうか。

かなり厳しい「空気」が充満していたみたいだし・・・。

さて、オリンピックはどうなることやら。

                        <2008.02.20 記>

Photo
■DVD 少林サッカー デラックス版
■この映画は好きなんだけどネ。■
★★★★ (118件のレヴュー)
 

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2008年2月20日 (水)

■春、ですか?オオイヌノフグリ。

ひさしぶりに、花。

2008_2_20_01
■【オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)】。

ゴマノハクサ科 ノコギリソウ属。

道端でポツンと青紫に咲いていた。

春は、確実にそこまで来ているのだなぁ。

                         <2008.02.20 記>

              
■■■ 花の写真 ■■■  
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2008年2月19日 (火)

■デジタルがカオスとして振る舞うとき、そこにホムンクルスの種は宿るのか?『爆笑問題のニッポンの教養』 カオス工学、合原一幸。

今回のテーマは、カオス工学。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE027:「脳を創る男」 2008.2.12放送
東京大学生産技術研究所教授
カオス工学 合原一幸(あいはらかずゆき)。

■振り子の運動は以下の方程式であらわされる。

Photo_2

極めてシンプルで受け入れやすいし、角度が十分に小さい場合の近似式は高校の物理でも教わる内容だ。(覚えてはいなかったが・・・。)

では、ふつうの振り子の下にもうひとつ振り子をつけた「2重振り子」はどうかというと以下の方程式であらわせる、のだそうだ(汗;)。

2

もう悪いことはしないので勘弁してくださいと反射的に許し請いをしてしまいそうな厳しい方程式だが、恐ろしいことに、この方程式の解は「カオス的な振る舞い」をするのだという。

■へ?

ある数値を入れれば「ポン」と同じ数値を返すのが方程式なのでは?と思うのだけれども、これの解をビジュアル化したサイトがあったので覗いてみよう。

2重振り子/単振動からカオスの世界へ・・・

一度Resetボタンを押し、赤、青の球の初期位置を十分に高くして、赤球の質量を大きくとって、Startボタンを押す。

すると、あら不思議、ぐるぐる回転したり、しなかったり、振り子のくせに毎回違った動きを見せる。

ひとつの現象に注目すると単純なのだけれども、そこにお互いに影響を及ぼしあう「関係性」が生じたとき、状況は一気に複雑怪奇な様相を見せ始める。

それが『カオス』、なのだそうだ。

■合原先生とその共同研究者の皆さんは「神経細胞」を”カオス的に振る舞う”電気回路で構築し、それを組み合わせることで「脳のはたらき」に迫ろうとしている。

実際に100個の「神経細胞」を組み合わせた「人工知能」で非常に複雑な問題の「最適解」を探すモデルまで構築していて、既に人間の直感を遥かに超える実力を見せつけてくれたりする。

■けれどもその延長線上に「脳」や、ましてや「心」のモデルは出来うるのだろうか?

今回の話を自らの身体感覚を基準として「よくわからない」という太田の捉え方には激しく同意する。

だがそんなことを言い始めたらアインシュタインが提示した

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なんて式も、感覚的にさっぱり分からない。にも関わらず、GPSの補正に欠かせないものとして実際の生活に入り込んでいるワケで、一見、地に足がついているように思える『身体がすべてを知っている』的な捉え方では斬り込むことの出来ない領域も存在する、ということだろう。

■人工的に「心」を作り出すことは出来ないのかもしれない。けれど、もし出来ないのであれば、なぜ出来ないのか、その理由を知りたい。

そう言ってしまう合原先生は「科学」という魔法に取り付かれた現代の錬金術師なのかもしれない。

目指すは人工生命体ホムンクルスの生成。

研究は少しMADな方が面白い。

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                      <2008.02.19 記>

■脳はここまで解明された―内なる宇宙の神秘に挑む
■ 合原一幸 著 ■
★★★★ (5件のレヴュー)
   

■分からないので調べてみましたのコーナー■
■【カオス(Chaos)】
1.混沌、もしくは混乱状態をあらわす語
2.ギリシャ神話の宇宙開闢(かいびゃく)説における万物発生以前の秩序なき状態。また、同時にすべての事物を生みだすことのできる根源。ケイオス。
3.初期条件・境界条件を定めると以後の運動が決まるような簡単な系であっても、初期条件のわずかな差で大きく違った結果を生ずるような現象。気象現象・乱流や生態系の変動などに見られる。自然界の法則性。

■【ピグマリオン(pygmalion)】ギリシャ神話。生身の女に絶望したピグマリオン王が自らの理想像として作った彫像の女に恋焦がれるようになる。それを見かねたアフロディーテが彫像に生命を吹き込み、ピグマリオンはめでたくその女と幸福に暮らしたという話。
この話から、教師の期待によって学習者の能力が上がるという教育心理学用語として『ピグマリオン効果(pygmalion effect)』が、
自然現象を説明するために自らが構築したモデルの正しさを信じる余り、そのモデルが破綻する条件に考えが及ばないという科学者が嵌り込みやすい心理的罠として『ピグマリオン症』(物理学者J・L・シンジが『相対性理論の考え方』(講談社ブルーバックス)で提唱)がある。

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2008年2月16日 (土)

■落下するスパイ衛星を破壊せよ!

制御不能に陥り北米大陸に落下すると予想される米国のスパイ衛星をミサイルで破壊しようという計画が米国国防省によって進められているようだ。

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■海上自衛隊のミサイル自衛艦「こんごう」から発射されるSM-3迎撃ミサイル

■衛星の大気圏突入は3月2日~8日週の見通しで、米国防総省ではそれまでにミサイルによる撃墜を実施するか否かの決定をする。と報道されている。

■衛星の質量は約2.3トン。大気圏に再突入しても重量の半分以上が燃え残って地上に落下。また燃料タンクには毒物であるヒドラジン約450kgが満載されているとのことで、そのインパクトは明らかにされていないけれども、安心してほっておけるものではないことは確かだ。

■迎撃に用いられると目されているのはイージス弾道ミサイル迎撃(Aegis Ballistic Missile Defense)システム。

高度100キロの宇宙空間を慣性飛行中の物体を、艦船から発射されるSM-3迎撃ミサイルに搭載した『キネティック弾頭』を使って破壊する、というものだ。

■冷戦の時代、レーガン大統領の主導でぶち上げられたSDI構想のおとぎ話が、今や現実として目の前にある。

3月初旬のXデー、固唾を呑んで見守ることになるだろう。

                          <2008.02.16 記>

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■DVD 『天空が燃えつきる日』
■ガキの頃に映画館で見たショーン・コネリー主演の映画 『メテオ』(’79)を思い出したのだけれど、DVDは出てないようです。この『天空が燃えつきる日』という映画は1961年公開の作品で、『メテオ』のオリジナルなのだそうです。知らんかった。
★★★★ (1件のレヴュー)

■DVD【レトロムービーコレクション】 
・・・なんてマニアックなラインナップなんだろう。このシリーズ、侮りがたし!(笑)

    
■分からないので調べてみましたのコーナー■
【ヒドラジン(diazane/N2H4アンモニアに似た刺激臭を持つ無色の液体で、空気に触れると白煙を生じる。水に易溶。強い還元性を持ち、分解しやすい。引火性があり、ロケットや航空機、また人工衛星や宇宙探査機の姿勢制御用の燃料としても使われている。毒物。気化吸引、皮膚への接触ともに腐食をもたらし全身を骨までドロドロに溶かす。また中毒症状をおこす。

■【キネティック弾頭】信管と炸薬を持たず、対象に衝突し、その運動エネルギー(kinetic energy)によって破壊する弾頭。SM-3迎撃ミサイルに搭載されるタイプは赤外線センサーで対象を捕捉しながらガス噴射による姿勢制御を繰り返して目標に追いすがる、というものらしい。以下の動画を参照方。凄いです。

■【動画】キネティック弾頭・姿勢制御試験

 
■過去の記事■ 飛行機、宇宙の話など  
    

   
    
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■憲法とは泥臭いものなのだ。『爆笑問題のニッポンの教養』 憲法学 長谷部恭男。

今回のテーマは、憲法学。

Photo
■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE024:「みんなの憲法入門」 2008.2.5放送
東京大学教授、東京大学法科大学院長
憲法学 長谷部恭男(はせべやすお)。

■憲法学とは自然科学とは異なるものだと長谷部先生はいう。

自然科学が「真実」を追求するのとは正反対に、憲法学には「根本的問題に触れずに、如何に現実の問題を解決するか」ということが求められる。

また、学者によってその「如何に」の上手い下手があって、むしろ漫才に近い一種の『芸』なのだと言い切る。

■『護憲派』、なんていういいかたをするけれども、話を聞いていくと長谷部先生がいっていることは、どうやらそれとも違うようである。

『護憲派』といえば9条である。

戦争を永久に放棄し、戦力は保持せず、国の交戦権を認めない。

装飾を取っ払って要約すると、どうも「現状」に合わないし、その文字通りと理解するのは現実的とは思えない。

だから、ちゃんと分かるように現実を踏まえて改憲しよう。

という『改憲派』に対して「憲法を変えてはイケン!」と机をたたくのが『護憲派』であって、その考え方は、日本国憲法が語る『理想主義』を守り通そうという姿勢によって支えられている、そういうふうに考えていた。

■現実主義的な『改憲派』と、理想主義的な『護憲派』。

どちらも、『思想』としてうなづけるところがあって、すっぱりとキレイにいかずに悩ましい。だから憲法問題は難しいのだ。

という従来の固定化された対立の図式とはまったく異なる立場から憲法を捉え直す。

それが長谷部先生の『憲法に思想を持ち込まない』という強い意志なのである。

■そもそも、『憲法』とは国家そのものを定義づけるものである。

「国の正体は憲法である」、と太田は見切る。

そこには護憲、改憲の議論を枝葉末節に思わせてしまう、「組織」と「個人」についての根本的な問題が横たわっているのだ。

■「人間は自分が大切だと思っていることは他人にも大切だと思って欲しいものだ。」

長谷部先生の言葉は人間の本質を鋭く射抜く。

われわれは、一人ひとりがそれぞれに自らの「想い」を持っていて、その極めて個人的な基準を他人にも当てはまるのだとつい信じ込んでしまう。誤解を恐れずに極端な例をとるならば、アドルフ・ヒトラーとイエス・キリスト。信じるものには温かく、信じないものに対してはその存在意義を否定する。

それは良いとか悪いとかの問題ではなく、その「想い」が個人由来のものである限り、善悪の比較はできない。個人が自由に持つことが出来るもの、本来「思想」とはそういう性質のものなのだ。

■かといって、国でもいい、会社でもいい、人間が集まって出来る「組織」で個人こじんがバラバラの考え方、基準で動いたならば、それはもはや「組織」たり得ない。

だから個人を縛る「共通のルール」が必要となる。

だが、「共通のルール」に思想を求めたその瞬間に、ルールはヒトラーやキリストを生む温床となり、他の思想を排除する強力な装置としてはたらいてしまう危険をはらむ。

実際われわれは、「人間は自分が大切だと思っていることは他人にも大切だと思って欲しいものだ。」という特性から逃れることは難しく、ついつい「共通のルール」に自分の思想を重ねてしまうのである。

■その、「どうしようもない人間の特性」を十分に理解したうえで、その集団を構成する皆さんの自由を制限し、「どうか、無理をしてください」、とお願いしなければならない。

それが「共通のルール」であり「憲法」なのである。

そして、その「共通のルール」=「憲法」は、個人の想いから自由であるために、いろいろな考え方があることを認めるものである必要がある。

個人の基本的人権を保障する限りにおいて「憲法」は極々冷静で客観的なものであることを要求されている、そういうものなのである。

■ここに、「個人の基本的人権」を守るために「個人の自由」を制限するという矛盾が生じる。だから冷静で客観的であると同時に「あいまい」である必要があるのだ。

憲法学が自然科学と異なり「本質」を求められない理由がそこにある。

憲法について突き詰めて考えていけば自然とその矛盾に突き当たる。そしてその矛盾を解決し「真実」をつかもうとするならば、もう、そこには多様な解釈を許すあいまいさが残る余地は無く、ひとつの思想に基づくひとつの色に染められていく。

そのとき、憲法は基本的人権を保障する能力を失ってしまうのだ。

■憲法学とは、根本的問題を避け、「解釈」によって日々当面の問題を如何に解決するか、という学問であり、本質に近づくという意味での進歩は今後とも無い。

その長谷部先生の言葉は、一見、本質を追求する努力を放棄した「ゆるい」もののように見えるけれども、その実、人間の本質的特性について七転八倒考え抜いた末にようやくたどり着いた、基本的人権というかけがえの無い大切なオアシスを守るためのものなのである。

そして、そのオアシスを守り抜くために最も有効な戦術が、話をはぐらかし、煙に巻くこと、すなわち『芸』なのだと思い至り、長谷部先生の柔和な笑みに対して静かな感動を覚えるのであった。

                            <2008.02.16 記>

6月4日の衆院憲法審査会で、与党から推薦された参考人であるにもかかわらず、「安保法案は憲法違反」と明言、自民党を大慌てさせた長谷川教授。。。。てら、かっこよす。<2015.06.10記>

■【朝日新書】『 これが憲法だ!』
■ 長谷部 恭男 著 ■
★★★★ (8件のレヴュー)
    

■関連記事■
■【書評】『伊藤 真の 図解 憲法のしくみがよくわかる本』 。
■長谷部先生の話を聞けたことで、この本を読んだときには理解できなかった「はじめに憲法ありき、時には民主主義すら制限するのが憲法である。」という言葉の意味が少し見えた気がする。それがとてもうれしい。
    

******************************

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2008年2月14日 (木)

■【書評】『 チーム・バチスタの栄光 』 海堂 尊。「俺」の視界の外で直交する軸線。

久しぶりに小説を読んだのだけれども、「はまる」ってのはこういうことだよね、と思わせてくれる極上のエンターテイメントであった。

PhotoPhoto_2
■文庫・『チーム・バチスタの栄光(上)』
 海堂 尊  著 ■
■第4回 『このミステリーがすごい!』大賞 受賞作■
★★★★☆(39件のレヴュー)
 

■舞台は、とある大学医学部付属病院。

病院内の権力争いから物理的にも心理的にも遠く離れた「不定愁訴外来」で老人の愚痴に耳を傾ける毎日を送る万年講師、田口医師が主人公。

ある日、田口は病院長から唐突に呼び出され、特命任務につくことを命ぜられる。

この大学病院にアメリカから招聘された天才外科医・桐生恭一。彼がが率いる心臓外科手術チームは成功率60%と難易度の高いバチスタ手術で連勝記録を更新し続け脚光を浴びていた。

だが最近その連勝記録にストップがかかり、立て続けに3件の「術死」を出している。その真相を探れ、というのだ。

■一言でいえば『上手い!』。

ひとつひとつの描写がいきいきとしているだけでなく、「この場面にそれを持ってくるか?」というような組み合わせが面白い。

たとえば、田口が天才外科医・桐生と対面し、別れた直後の場面。

俺は日溜まりの中で、ひとりぼんやり、エレベーターの表示灯の往復を眺めていた。頭の中で、その上下する光のリズムに合わせるように 「はーちみつ ・ きんかん ・ のどーあめ」 というのどかなコマーシャル・ソングのリフレインが鳴り響いていた。

という具合。

この作品は田口の一人称で進んでいくハードボイルド調なのだけれども、こういう「筋」から離れた一見突飛な描写が読み手の五感を刺激して、語り手である『俺』への没入をより一層深めるのだ。

■読者は『俺』の観察眼を通して「チーム・バチスタ」7人のメンバーひとりひとりの面接調査に立ち会うことになる。

通常の物語においては、多すぎる登場人物の「横顔」を読者に伝えるべく作家は悪戦苦闘するところなのだけれど、この物語では「個人面談」というカタチですんなりと、かつ効果的にその紹介に成功している。

ある意味ズルいともいえる、いかにも理系っぽい「作戦」なのだけれども、その文体がまた短文でテンポよく進んでいくもんだから「嫌み」を感じさせないのである。

■それもそろそろ食傷気味かな、という頃合を見計らったかのように物語は猛然と「バチスタ手術の現場」に突入していく。

緊張。弛緩。そして無力感。

そこに極めて強烈なキャラクターが現れ、無力感に呆然とする『俺』の領域にズカズカと入り込んでくる。

そこで読み手は今までの物語が『俺』の視野の中だけで進行していたことに改めて気付く。

厚生労働省から来た「型破り」な官僚・白鳥は、『俺』のアタマをがっちり押さえ、その視野の外界に広がる、今まで見えていなかった景色に無理やり目を向けさせる。

物語の半ばまで『俺』と併走してきた読み手はすっかり『俺』の視点で物語の世界と対峙していたものだから、そこで『俺』が白鳥に対して感じる「怒り」、「とまどい」、「好奇心」をそのまま味わうことになるという寸法だ。

上手過ぎ。

■しっかりと計算された骨太のプロット、それがこの小説を超一級のエンターテイメントたらしめているのだけれども、その物語に込められた深いメッセージがさらに作品に厚みを持たせている。

現役の医師である著者が訴えたかったことが、日本の現代医療が抱える「不合理」にあることは明瞭にこちらへ伝わってくる。

だがこの作品にはさらに本質的なテーマが埋め込まれている。それが「深み」を与えているのだろう。

医療の現場が抱えている問題に対する意識がいくら強かろうとも、それだけで我々の心を揺さぶることはないのだ。

■田口の医学生時代。学部卒業のかかった口頭試問の場で教官(現在の病院長)から投げかけられた、「医師に求められるもっとも大切な資質とは何か?」という問い。

この物語を通じて田口は、長いあいだ喉に引っかかったままの魚の小骨のようなその「問い」に対する答えを無意識のうちに手に入れる。そして物語の終幕における病院長との対話のなかで、それをハッキリと意識し、「卒業」を果たす。

その「資質」が生きていく上で大切なのは、何も医者だけに限った話ではない。

それは、我々がしっかりと自分の足で地面を踏みしめて歩いていくために、必須な考え方なのだと思う。

――もっと自分の頭で考えなよ。先入観を取り除いてさ・・・。

その白鳥のベタなセリフが深く、響く。

                          <2008.02.14 記>

■文庫・『チーム・バチスタの栄光(上)』
■ 海堂 尊  ■
★★★★☆(39件のレヴュー)
 

■海堂 尊・【田口・白鳥コンビ シリーズ】■
Photo_3
■ナイチンゲールの沈黙
★★★  (58件のレヴュー)

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■ジェネラル・ルージュの凱旋
★★★★ (32件のレヴュー)
 

■過去記事■
■【書評】ひつじの本棚 <バックナンバー>

  
■映画 『チーム・バチスタの栄光』。

田口が女性っていうのは「新説」だけれど、そこで「得るもの」と「失うもの」がどう出るか、かなりのチャレンジではあるとおもう。一方、阿部ちゃんの白鳥はピッタリ。テレビドラマ版「空中ブランコ」の伊良部先生といい、すっかり「色物俳優」が定着してしまった阿部ちゃんなのであった。

Photo_5 Photo_6  
■映画 『チーム・バチスタの栄光』 2008.02.09公開■

■スタッフ■
監督:中村義洋
原作:海堂尊
脚本:斉藤ひろし、蒔田光治
音楽:佐藤直紀
   

■キャスト■
田口 公子 - 竹内結子
白鳥 圭輔 - 阿部寛

   *   *   *   *   *
桐生 恭一 - 吉川晃司
鳴海 涼    - 池内博之
酒井 利樹 - 玉山鉄二
大友 直美 - 井川遥
羽場 貴之 - 田口浩正
氷室 貢一朗 - 田中直樹
垣谷 雄次 - 佐野史郎
   *   *   *   *   *   
黒崎 誠一郎 - 平泉成
高階 権太 - 國村隼
藤原 真琴 - 野際陽子

■映画「チーム・バチスタの栄光」 公式サイト■
 

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2008年2月12日 (火)

■深夜ドラマ 『栞と紙魚子の怪奇事件簿』 原作、諸星大二郎。その無謀な試みは果たして。前半戦を振り返る。

年明けに不意打ちのように始まったこのドラマも折り返し地点に到達した。

さて、深夜枠とはいえ、諸星大二郎の世界をテレビドラマ化するという無謀な試みがどうなったか?一話ずつ簡単に記しておこうとおもう。

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■第1話「栞と紙魚子とジャックとエミリー」。のっけから長谷部 瞳が惨殺されるショッキングなシーンで始まる。おい、えらくシリアスだな、と思っていたら子供たちが遊ぶ明るい公園で「栞」が長谷部 瞳の死体を掘り当てる。しかも死体は「ピース」をしています、だと?ああ、ちゃんとネジは緩んでる。これなら大丈夫かもしれないと感じた安心感は裏切られることはなかった。

キャラクター紹介の前半部分は思いっきりスベりまくりで傍ら痛かったが、後半の強引な捩じ伏せ方は思いのほか気持ち良く決まっていた。とくに死体安置所から栞の背後について来た長谷部 瞳の「おんぶ」がいい。背後霊の表現を「背中に負ぶさる」という極めてアナログなカタチでやってしまうその感性が素敵だと思う。

もちろん原作どおりにはいかないけれども、「なんか変!」という『栞と紙魚子』の本質的な部分がうまく出ていて、第一印象は「グー」であった。
<脚本:渡辺雄介、演出:井口昇>

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■第2話「自殺館」。正統派ホラーとしての最後の盛り上がりも良かったのだけれど、なんといっても段先生の奥さんの登場に拍手!あのデカイあたまの生々しさは原作以上かもしれない。リアルでかつ激しく違和感があるところが素晴らしい。記憶があやふやだけれど大林宣彦の『HOUSE』がこんな感じだったような気がする。しかし高橋恵子さん、この役よく受けたな。
<脚本:渡辺雄介、演出:井口昇>

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第3話「異世界への扉」。うなぎ婆さんの過剰なアップ。頭で五寸釘を打つ赤子の部屋からモノリスの扉を開いて静かな青い湖畔へ切り替わる場面の流れ。魚のバケモノに食べられそうになる栞の背後で無関係に佇む白鳥。オチは苦しかったけれども、映像作品としては面白かった。ムリに話をつなごうとしなければもっと跳べたかもしれないのに。ちょっと残念。
<脚本:ブルースカイ、演出:富永まい>

■第4話「ためらい坂」。坂道はやっぱり絵になる。原作に忠実であろうとすることで生じる「無理」を坂道の迫力がうまく押さえ込んでいた。宇論堂に現れた段先生の奥さんも面白かったけれど、一番面白かったのはケーキ屋のお父さんが「ゲルマン」さんだった、というところか。
<脚本:江本純子(毛皮族)、演出:富永まい>

■第5話「長い廊下伝説」。ワンレンボディコンの紙魚子は少し寒かったけれども、サクラの樹の下での10年前の約束、ラストの強烈な(笑)デュエットが素晴らしかった。「意味が良く分からないんだけれど、なんか良かったみたい。」というドラマ版『栞と紙魚子』の「型」のようなものが出来てきた気がする。カラオケボックスで歌う段先生の奥さんもいい感じ。このドラマにとって井上順と高橋恵子の夫婦は「寿司のわさび」みたいなものだろう。物語の本筋には介入しないのだけれども絶対に外せない。
<脚本:渡辺雄介、演出:清水厚>

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■第6話「ゼノ夫人のお茶」。ちょっと今回は厳しかった。ゼノ奥さんの話に「ジョン」が出ないのはどういう了見だ!とは言わない。けれど、『忘れもの』が「階段の下り方」とか「メガネのかけ方」とかいうのでは、「忘れてしまいたい嫌なことも自己を構成する大切な一部である」という哲学の欠片も感じさせない。『忘れ物』は本来その人が実存をかけて対峙しなければならない程に重要なものであるはずだ。

唯一、友達の家族が変な植物に取り込まれているところが「らしい」ところだけれど、「それ」はタダ気持ち悪いだけで、「新たな幸福論」を提起することには完璧に失敗している。かなり残念な回だったけれど、それが6話目にして初めて出てきたということにむしろ仰天すべきなのかもしれない。
<脚本:ブルースカイ、演出:清水厚>

■さて、後半戦。

そろそろ、きとらさんも猫のボリスも登場するらしい。ますますドラマとしての難易度はあがっていくけれど、そこをどう料理して愉しませてくれるか、とってもたのしみである。でも、いままでの感じだと「夜の魚」とか「何かが街にやって来る」とかの大規模な話はちょっと無理っぽいかな・・・。

それはそうと、ムルムルはまだ登場しないのだろうか?公式サイトでは随分増殖しているようだけれど。もしかすると、今までの放送の画面のスミッコで密かにダンスを踊っていたりして(笑)。

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■栞と紙魚子の生首事件 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)
■原作 『栞と紙魚子』シリーズ全5巻
           

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■DVD 『 栞と紙魚子の怪奇事件簿 』
■南沢奈央×前田敦子(AKB48)■
★★★★★(1件のレヴュー)
 

                         <2008.02.12 記>

■関連記事■
■「栞と紙魚子」がドラマに!『栞と紙魚子の怪奇事件簿』。映像化不可能とも思える諸星大二郎のあの作品が?!

■TVドラマ雑感・バックナンバー

     

■関連サイト■    
■『栞と紙魚子の怪奇事件簿』動画配信公式サイト
↑なんと今までの放送が公開されています。日テレの英断に拍手!

「映画監督・井口昇の妄想日記」にトラックバックさせていただきます。
    


■スタッフ■

■原作:諸星大二郎「栞と紙魚子」
■脚本:渡辺雄介、ブルースカイ、江本純子(毛皮族)、小林雄次
■演出:井口昇、富永まい、清水厚
■音楽:平野義久
■主題歌:「赤い胃の頭ブルース」eastern youth
■企画制作:日本テレビ
  

■キャスト■
■栞:南沢奈央
■紙魚子:前田敦子(AKB48)
■洞野:山根和馬
■宇論堂主人:橋本じゅん
■段一知:井上順
■段一知の妻:高橋恵子

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2008年2月11日 (月)

■美に「絶対」はあるのか。『爆笑問題のニッポンの教養』 美学・フランス思想史 佐々木健一。

今回のテーマは、美学。

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■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE025:「人類の希望は 美美美 (ビビビ)」 2008.1.29放送
日本大学文理学部哲学科教授 美学・フランス思想史 佐々木健一。

■「美学」とは美しいと思うこころを追求する哲学である、と定義する佐々木先生は現代を『美学の終わり』と位置づける。

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1917年にマルセル・デュシャンが市販の小便器を逆さに置き、『泉』という作品として発表した瞬間に「現代アート」は誕生した。

「存在」を切り取ってそのまま目の前に提示するその方法論は、50年後のアンディー・ウォホールが作り上げたポップアートを終着点としてそこから先に進めない状況に陥っている。

それを打開するために「美学」は、「直感的に正しい『美の基準』」に立ち戻るべきだ。

■それは「世界の良さを測る尺度として『美学』があるのではないか」という佐々木先生の物の見方に基づく捉え方だ。

教授室の眼下にひろがる雑然とした都心の風景を「バランスの取れていない醜さ」と切り捨てるその価値観はどうにもしっくりいかない。

醜さを受け入れない美学は自分が居る場所として息が詰まる。という太田のことばは、その「しっくりこない感じ」をうまく表現していて、さすが太田、なのである。

■その一方で、佐々木先生のいう「『美』とは直感的に分かるものである」というの定義はすんなりとうなづけるものである。

先生がいいたいことは、「美」というものは誰かが「創り出す」ものではなく、「降りて来る」ものだということなのかもしれない。

神様が6日間かけて世界を創ったそのあとに、自らが創り上げた世界を眺めて「素晴らしい!」と感じるとき、そこに「美」がある。

「美」は予定されるものとして創られるのではなく、計算や知性を超えたものとして自然とそこに宿るものなのだ。

そこに佐々木先生の「美学」を読み解く手掛かりがあるように思える。

■けれど、わたしにとっての「美」とは極めて個人的なものであり、『美』に尺度があるという考え方にはどうしても馴染めない。

『絶対的な美』という存在を認めたくない、そんな考え方は一神教の価値観で、自然や生活の中に八百万の神を認める日本人には反りの合わないものなのじゃあないか、という気分になってしまうのだ。

けれど、キリスト教の延長として「真理」を追い求める自然科学は、「美」に絶対的なものがあるのではないかとほのめかす。

■1:1.618。

『黄金比』。最も美しいといわれる比率である。

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『黄金比』はただ直感的に美しいというだけでなく、1.618というのは二次方程式 x2 = x + 1 の正の解であり、1、1、2、3、5、8・・・と隣り合う数を足していくことで現れるフィボナッチ数列とも関連し、さらにその比率はオウムガイの殻が描く「らせん」として現れる。

そこに「自然」が持つ数学的正しさを垣間見ることができる。

■「美」を個人的価値観として「面白い」ものとして定義しようとしても、その「面白い」が成立するためにはその跳躍の足場として「通常性」という不動の基準が必要となる。

その意味で個人的であろうとする試みは、所詮、数学的に「正しい」絶対的なものから逃れられないのかもしれない。

脳みそを含めたわたしの肉体もまた自然法則にしたがって生成したものであり、口惜しいことだけれども、そこから生まれる「わたしの思想」もまた、自然法則そのものなのかもしれないのだから。

                            <2008.02.11 記>

美学への招待 (中公新書)
■ 佐々木健一 著 ■
★★★★★(5件のレヴュー)
    

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2008年2月 9日 (土)

■雪景色。

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しんしんと 雪見酒。

Aくん、美味い酒 ありがとう。

                            <2008.02.09 記>

  
■■■ 空の写真 ■■■  
↑カテゴリー・【空の写真】へのリンクです。

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■「私」の外側でにこやかに笑うもの。『プロフェッショナル・仕事の流儀』 石油化学プラント建設現場所長・高橋直夫。

今回のプロフェッショナルは、大規模な石油化学プラント建設の現場を率いるリーダー、高橋直夫さん。

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■「リーダーは、太陽であれ」・石油化学プラント建設現場所長・高橋直夫
<2008.01.29放送> (番組HPより)

■珠玉のことばが鈴なりで、しみじみ響く良質のビジネス書を読み終えた気分だ。

「決めないリスクより、決めるリスクをとる。」

「今日決めることを明日決めるのは『悪』である。」

「しつこく言う。部下の反感を買ってでも、言う。」

■「現場を支えているのは、溶接をし、一本一本のボルトを締める作業をする人。相手は血の通っている人間だ。」

「相手の得は、自分の得。相手がこの場限りの出稼ぎ労働者であろうと、その人の成長のための投資は惜しまない。」

■「小さな問題こそ全力で当たれ。たった一本のボルトの折損対策に躊躇していると問題は何万本ものボルトに波及し、何十倍、何百倍にも拡大する。」

「小さなことの大切さを知るには、落とし穴に嵌ってみるのが一番いい。」

「失敗を許す組織には技術が蓄積される。」

「何故ダメかをストレートに言う。けれど、それで評価はしない。」

■それらの言葉ひとつひとつに、いちいち肯いてしまう。もし世の中のリーダーが皆こういう姿勢で生きているなら、もっと信頼感、安心感のある社会になっているだろう。

■こういった「名言」は、実は、少し気の利いたビジネス書には既に書かれていることである。

それでも実際には高橋さんのようなリーダーが稀有なのは、その「資質」が、自らが地獄のどん底にまで突き落とされることではじめて「血肉」となるものだからなのだろう。

■7ヶ月の工期遅れによる数十億円の損失。

44歳。サウジアラビア国営ガスプラントを立ち上げる大プロジェクトで、現場のすべてを取り仕切る所長に初めて抜擢された、その「結果」である。

当然のこととして失敗の責めを負い、所長の座を失う。

「プライドがこなごな」、

などという言葉ではとても言いあらわせない。

能力があって責任感が強ければ強いだけ、自らの逃げ場が無くなってしまい、なおさら厳しい状況に追い込まれていく。

■そんな時、そのプラントの顧客であるプロジェクトマネージャーが高橋さんにこう言った。

「高橋、いい仕事をしたね。7ヶ月遅れ?そんなスケジュールなんて誰も覚えちゃいないよ。お前らは100%、お客の要望に合ったプラントを作ったんだ。作ったものはそのまま残る。これを使う人は毎日使うんだ。お前たちの評判は絶対上がるから心配するな。」

無間地獄の中に差し伸べられたその手に『救われた』、と語る高橋さんの表情が、その時に受けとめたの光明のあたたかさを感じさせる。

たぶん地獄そのものではなく、『救われた』という、そのことが、今の高橋さんを形作る強い骨格となっているのだろう。

■自らの失敗の原因を徹底的に分析し、事実を認め、再び訪れるチャンスを待つ。そして今では「どんなプロジェクトでも高橋さんに任せれば大丈夫」といわれるまでになった、その原点がそこにある。

そう考えたとき、高橋さんの言葉ひとつひとつが生身の感情として心に深く再生されてくる。

「不安を表情に出さない。皆の太陽であれ。」

そう自分に言い聞かせる高橋さんの胸の中には、手を差し伸べてくれたプロジェクト・マネージャーの笑顔があたたかく浮かんでいるのだろう。

だから、「太陽」で在り続けられる。

■脳科学者としての茂木健一郎さんは「笑って仕事しろ」ということばに素早く反応した。

怒ったり、焦ったりしているとき、脳は一つのことしか見えなくなる。

だから「笑って仕事しろ」なんでしょうね。でも、そんなときに笑えるものですか?

出来ると思ってます。

■「そうですかぁ。」という茂木さんの下がり調子が面白かったが、

そんなときに笑えるものですか?

という問いを改めて自分に投げかけ、うまくない状況に自分を浮かべてみると、やっぱり、「そうですかぁ。」と、高橋さんのいる高みを見上げることしかできない呆然とした私がいる。

■”We can do it!”、「出来る」と、確信をもって笑って言うこと。

その「笑って言うこと」、が難しい。

そして我ら凡夫が、それを「難しい」と思った瞬間に、「難しい」は眉間にしわを寄せ、視野狭窄の穴倉へと限りなく堕ちていく。

■「必要だと決めたことは絶対にあきらめない。」

そう、力みかえると、かえって「出来る」は遠ざかる。
 

「出来る」と相手に伝えることをあきらめない。

その為には、誰よりも強く「出来る」と信じること。

それがリーダーの資質なのだ、

  
と言ってしまえる高橋さんの秘密はその「にこやかさ」にあって、わたしの外側から降ってくるそのやわらかな笑顔が弱い私をその気にさせる。

リーダーであろうとするならば、それは「わたし」が「私の外側」に立って、「困難」をにこやかに眺めることが出来るかどうかにかかっている。

そういうことなのかもしれない。

                         <2007.02.09 記>

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■ 人はなぜ笑うのか―笑いの精神生理学 (ブルーバックス)
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<Amazon評価>
★★★★★(1件のレヴュー)
 

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *

過去の記事■『プロフェッショナル・仕事の流儀』

■『プロフェッショナル・仕事の流儀』番組HP

■茂木健一郎さんのクオリア日記にT/Bさせていただきます。

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2008年2月 6日 (水)

■【書評】『いのちの食べかた』 森 達也。「知ろう」とするときに求められる姿勢について。

毎日のように食卓に並ぶブタ肉や牛肉。

これらはどのようにして「作られる」のか?

養豚場や牧場の風景は思い浮かぶけれども、そこからスーパーの食品売り場に並ぶスライスされた肉までのあいだがスッポリと抜け落ちている。

そこにはいったい何があるのだろうか。

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■『いのちの食べかた』
★★★★☆(42件のレヴュー) 

■堅苦しい本ではない。

中学生くらいに語りかける調子の文章は、すらすらと頭に入っていく。

けれどもそこで語られている中身は我々が無意識に考えることを避けている部分を明確に捉えており、かなり衝撃的だ。

特に牛が解体されていくさまを淡々と記述していく場面は、想像していた光景よりもさらに鮮烈であり、それが『命』と向き合う真剣勝負の場であることが例の淡々とした語り口によってかえって強調される。

だが実は著者が本書で語っているのは『そのこと自体』ではなく、『それを生業とする人たちに向かう我々の視線』についてなのだ。

■我々日本人には『穢れ』とか『不浄』とかいう概念が染み付いている。

グローバル・スタンダード云々といわれようが、我々の血に受け継がれているその概念は無意識の中で我々を支配している。

その手で『生命』を断ち切る作業。ケモノの血液にまみれるその作業は、我々が生きていく上で必ず必要となる工程であるにもかかわらず存在しないものとして封印され、遠ざけられ、我々が食卓で肉を口に運ぶときには決して意識に上らない。

そういう社会構造になっている。

我々の生活、特に「食卓」から隔離されるべきもの、すなわち『穢れ』、『不浄』である。

著者は、そのことをちゃんと「知るべき」だと訴えかける。

■「いのちを食べること」に関して無自覚であることの意味について考えよ。というのは非常に分かる。

我々が生きていく為には必ず犠牲になるものが存在し、それは避けられない事実なのだと知ること。

それを自覚したうえでゴハンを頂く、ということの大切さを多感な青少年に説くのは良いことだと思う。

■だが著者は屠殺を生業にしている人たちへの「差別」についても知るべきだ、戦国時代から江戸時代にかけて固定化されていった「差別」の問題が今も残っているのだという事実から目を逸らすな、という。

■どうも、このあたりが腑に落ちない。

特徴のない新興住宅地で育ったせいかピンとこない。そのこと自体は耳にしたことはあるし、それにからむ問題を新聞やニュースで目にすることもある。けれど自分自身がそれに直面したことがないから実感が湧かないのだ。

「寝た子を起すな」という言葉を著者自身も使っているが、それでもあえて「差別」を明るみに引きずり出して、この不正義を不正義としてちゃんと認識しよう、という。

それによって傷つく人もいるかもしれないが、人を傷つけない報道などあり得ない、だからそれでも「知るべき」だし「知らせる」べきだ、というのだ。

■確かにそれは「正しい」のかもしれない。

けれど、その差別を知るために「コトバ」を当てはめた瞬間に「差別」は息を吹き返し、差別する側と差別される側を峻別する。

「正しさ」を求める行為が逆に不幸せを生むことがある。それでもなお「知るべき」こととはいったい何なのだろう。

■屠殺という仕事が無ければ、我々の食生活は成り立たない。

だから、その仕事を知りましょう。

警察官であったり、看護師であったり、建築家であったり、そういった仕事について知ることと同じレベルで「知りましょう」というだけではダメなのだろうか。

■たとえ人は偏見から逃れることが出来ないものであったとしても、「知ること」とは淡々とニュートラルな視線で見ようと努めることではないのか。

筆者が牛の解体作業を語るときに見せたニュートラルな視線は、「差別」を語る段において冷静さを失っているようにも見える。

「実態を知らずに何をいうのか!」といわれてしまえばグウの音も出ないのだけれども、反論を拒絶するその『正しさ』にこそ「危険」が潜んでいるのではないかと、思うのだが・・・。
    

■書籍 『いのちの食べかた』
■ドキュメンタリー監督・森 達也■
★★★★☆(42件のレヴュー)

                        <2008.02.06 記>

■映画 『いのちの食べかた』
■同じタイトルの映画なのだけれどもオーストリア人のドキュメンタリー作家による全く別の作品。「『食』が作られる現場」をコメントなしで切り取った作品のようで、こちらも気にかかる。
   

■過去記事■
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2008年2月 4日 (月)

■どこか遠くへ。『爆笑問題のニッポンの教養』 海洋生命科学(ウナギ博士) 塚本勝巳。

今回のテーマは、うなぎ。

Photo
■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE024:「『脱出したい!』のココロ」 2008.1.22放送
東京大学海洋研究所教授
海洋生命科学(世界的ウナギ博士) 塚本勝巳。

■うなぎが遠洋で生まれるとは聞いたことがあったが、これほどまでの遠い旅をするものだとは知らなかった。

本州から2000kmも南のグアム沖合いで卵から孵り、稚魚は海流にのって3000kmの旅をした後に川へとのぼる。それから10年ほど川で過ごして十分成長したところでふたたび遠い南の海へと戻っていく。

「うなぎ」はその一生のうちに、つごう6000kmもの距離を移動することになる。

Photo_2 Photo_3
■「うなぎ」とその幼生「レプトケファルス」
東京大学海洋研究所 行動生態研究室HPより

■そこで論点は、

なにが「うなぎ」をそこまで「長い旅」へと駆り立てるのか?

というところに分け入っていく。

■動物の回遊現象は「脱出理論」によって説明できる。と、塚本先生は考えている。

水槽の中でアユが集まっている場所の水温を徐々に上げていく。そうすると、ある一定の水温になった途端にアユはそこ場所から逃げ出すのだという。

「温度の変化」ではなく、「温度の絶対値」が、その「行動」を促す。

海水温がある温度に達することでその仕組みがはたらき、それがサカナを川へと遡上させる「原動力」になっているらしい、ということだ。

■塚本先生の面白さは、実験的な、或いは「サイエンス」の目でその現象を捉えつつ、そこに松尾芭蕉の『そぞろ神』という極めて文学的な「ものの見方」をつなげてしまう突飛さにある。

 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 

で、はじまる「おくのほそ道」。その中で芭蕉は、

さすらいの旅の途中で一つの場所に落ち着くことはあっても、春になり、霞がかった空を見上げてしまうと、ああ、松島にでも行ってみようか、と『そぞろ神』にそそのかされて、また旅に出てしまうのである。

と、どうにもつい放浪してしまう自分に言い訳をしている。

■娘さんの机の上にあった古文の教科書をぱらぱらめくっていて、「あっ、これだ!」と、芭蕉の『そぞろ神』が「アユの実験」とつながったというのだから、塚本先生は本当に面白い人なのだ。

そういう「面白い」思考回路をもっているから、いろいろなことに気付くのだろう。

■ 知らない街を歩いてみたい、 

         どこか遠くへ行きたい。

と歌ったのはジェリー藤尾だ。

この歌がこころに浮かんでくると、ふーっ、と遠くへと気持ちが流れていく。

ああ、遠くへ行きたいな、としみじみ思う。

この気持ちは一体なんなのだろう。

それは「ウナギ」や「アユ」を突き動かすものと同じものなのだろうか。

■決して現状に不快な要素があって、そこから脱出するために旅立ちたいと思うのではない。そこには論理的根拠などは存在しない。

だが、この「理由なき放浪」をそそのかすものが、塚本先生のいう『そぞろ神』だとするならば、その「わたしを突き動かすもの」は、「温度」だとか「個体間距離」だとか、そういった何らかの物理的な指標に依存するものだ、ということになる。

それは「自然にうまれてくる気持ち」であるのだから、自然そのものであるウナギやアユを分析するサイエンスの観点からすれば、ヒトだけを特別扱いする理由は無く、たぶんそうなのだろう。

だが、「わたしを突き動かすもの」を「温度」、「個体間距離」といった物理指標だけで捉えることなどできるのだろうか。

■  遠い街  遠い海、

          夢はるか 一人旅。 

     愛する人と 巡り合いたい、 

           どこか遠くへ 行きたい。

                (詩:永六輔、曲:中村八大)

■この「遠くへ行きたい」という気持ちは、「山のあなたの空遠く」に幸せを求める、からだの奥のほうで疼いているこころの動きである。

そういった深いこころの動きを伴った幸福論を『サイエンス』という論理のメスで切り分けていったところで何かが見つかることはないだろう。それは積み木細工のように論理で組みあがったものではなく、ただ、全体として「在る」ものなのだから。それはウナギやアユを突き動かすものにしても同じことである。

だからこそ逆に、『サイエンス』を自分の「こころ」に写し込み、読み取ろうとする試み。それが塚本先生がやろうとしていることなのかもしれない。     

たとえ論理とデータによって構築された『サイエンス』で導かれた「仕組み」であっても、その「仕組み」が自らにも組み込まれているのだと気付いたその瞬間に、そこから自分の「こころ」を切り離すことなど出来ないし、つまるところ、その「仕組み」を捉えるのは己の「こころ」以外にないのだから。

                          <2008.02.04 記>

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『ウナギ―地球環境を語る魚 』 (岩波新書)
★★★★★(5件のレヴュー)
    

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■爆笑問題のニッポンの教養

  

■爆笑問題のニッポンの教養■
■新書版 『爆笑問題のニッポンの教養』
     

■関連サイト■
■『爆笑問題のニッポンの教養』番組HP

■東京大学海洋研究所 行動生態研究室
    

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2008年2月 2日 (土)

■哺乳類の新種発見!未知なる生物の世界。ゾウ-トガリネズミ。ツチノコ。鼻行類。

世界には、まだまだ我々の知らない世界が広がっている。

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■ハネジネズミ(跳ね地鼠、ゾウ-トガリネズミ)の新種
脊椎動物門 哺乳綱 アフリカ獣上目 アフリカ好虫類 ハネジネズミ目

カリフォルニア科学アカデミーのガレン・ラスバン博士が中央アフリカに位置するタンザニアで新種のゾウ-トガリネズミを発見していたことを明らかにした。
<【Technobahn 2008/2/1】より抜粋>

■人類は至るところに進出し、深海魚とかムシのたぐいならともかく、陸上でのあらたな動物の発見なんてもう無いだろうとおもっていたら、発見されてしまった。

しかも哺乳類。

■とはいえ「発見」、といっても「新たな種として認識しました」ということで、1965年に「発見」されたイリオモテヤマネコも、地元の人たちには既に知られた存在であり、「ヤママヤー」とか「ヤマピカリャー」とかいう名前で呼ばれていたようだ。

今回の話も、「ちょっと変わったトガリネズミがいるな」くらいに地元の人たちには認識されていたのかもしれない。

なーんて、夢のないことをつぶやいても面白くもなんともないので、少し話を拡げてみよう。

■「未確認生物」といえば、やはりツチノコである。

Photo
■大石英司さんのブログから拝借させていただきました。

しばらく前にテレビで、「戦時中に日本軍がツチノコ(野槌)を捕獲し、飼育・観察していた」という番組をやっていて、久々にこの手の番組に釘付けになった。

その残された資料についていた写真が上のものである。

ビール瓶のように太い胴体、それと不釣合いな貧弱で細長い尻尾。

まさに絵に描いたような「ツチノコ」だ。

その個体の死後の解剖によると、ハブやマムシが属するクサリヘビ科の特徴をみることができたという。

戦後の混乱で「標本」の行方が分からなくなってしまった、というところがミソである。

■一般には、「『ツチノコ』と称される生物は『ヤマカガシ』の変種」という一見冷静と思われる意見もあるが、「変種」といってもこんなに太い個体が発生すること自体が直感的に受け入れがたく、どうも説得力に欠けるのだ。

いずれにしても、「半信半疑」。

「CMの後、ついにその正体があかされる!」

といって本当に正体があかされたタメシは無いし、その「予定調和的」中途半端さが面白いのだ。

■そんなことを考えていたら、『鼻行類』のことを思い出した。

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■『鼻行類』―新しく発見された哺乳類の構造と生活
★★★★★(18件のレヴュー)

この本に出会ったのは高校3年生くらいの頃だろうか、

「世の中には、こんな生物がいたのか!」

その衝撃は、今でも忘れられない。

■1941年に発見された南洋の孤島、ハイアイアイ群島。

世界から孤立したその群島では、哺乳類の一種であるハナアルキ類(鼻行類)が多様で極めて独自の進化を遂げていた。

本書は、その研究者であるハラルト・シュテュンプケ博士により、解剖学的な見地でその驚くべき進化の多様さと不可思議さを多くの図版で分かりやすく解説している。

なにしろ衝撃的なのは、「ハナアルキ」たちはその「鼻」を進化させ、文字通り「鼻で歩く」のだ。しかも、「鼻」を使って飛び跳ねる種までいるのだから驚きだ。

■著名な生物学者の日高敏隆さんの翻訳によってこの本が書店に並んだ頃、ハードカバーの学術書を買えるほど裕福ではなかったのので、何度も松戸の本屋に通っては立ち読みをしていたものである。

最近、新書サイズで復刊されていたのを見つけ、懐かしさのあまり買い求めた。

オリジナルには補遺として記述されていた「ジェットハナアルキ」の項が削除されていたのは残念ではあったが、あの伝説的な本を安価に手に入れることが出来るなんて、本当に幸せである。

地理的な意味だけでなく、時間的意味も含めて「世界は本当に広い」、そう思う。

                        <2008.02.02 記>

■小さい象? タンザニアで新種の小型哺乳類が発見
<Technobahn記事 2008.02.01>
■・・・象じゃないでしょ、たぶん(笑)。
と思ったらハネジネズミ(ゾウ-トガリネズミ、長脚目)は系統学上、ゾウ(近蹄類)の従兄弟で、ツチブタ(管歯目)とは兄弟にあたるようだ。第一印象っていうのはバカにできないものである。

■ハネジネズミ (Wikipediaより抜粋)
■ハネジネズミ(跳ね地鼠)は、脊椎動物門 哺乳綱の1グループ、ハネジネズミ科に属する動物の総称。長く伸びた鼻と大きな目、跳躍に適した長い後肢をもつ、ネズミに似た昆虫食の動物である。英語ではその長い鼻から Elephant-shrew (ゾウ-トガリネズミ)と呼ばれる。
   

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2008年2月 1日 (金)

■ドラマ『鹿男あをによし』。ゴージャスな馬鹿バカしさが「グーっ!」なのだ。

木曜10時。『鹿男あをによし』にハマってしまった。

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■『鹿男あをによし』・・・なんのこっちゃ?

という疑問をもった時点で既に「ヤツら」の術中にはまっている。

ポンポンと予測不可能な跳躍を繰り返し、いちいち想定外の展開をしてみせる。

よっしゃ、意地でもついていってやろうじゃないか。

なんて思う余裕すら与えられずに否応なく巻き込まれてしまう。

■第1話のオープニングシーン。

深海にふかくふかく潜っていくカメラ。

そこを横切るリュウグウノツカイ。

さらに深く進んでいくと、岩の下でなにやら蠢いている気配。

ナニモノかに、「あとを頼む」と告げる巫女。

突如として場面は切り替わり、総理大臣執務室。大きな地震。

隣接する大会議室では富士山噴火の兆候と大地震の発生について対策会議が始まっている。

■いったい何のドラマだか、さっぱり分からん。

こりゃ、ガメラとかゴジラとかいった怪獣映画のたぐいの始まり方である。

と、場面は再び一閃跳躍、

主人公と思われる男(玉木 宏)が、自分が如何に『ついていない男』であるかを、これでもかこれでもかと畳み掛けるように語りだす。

その一人称の「ぼやき」が玉木 宏のイメージにピタリとはまり、いつのまにやら、ぐいぐいと引き込まれていく。

■気付けば、大学の研究室を体良く追い出され、奈良の駅の改札で夕日をあびて佇んでいる。

この「巻き込まれ感」が素晴らしい。

玉木 宏の「一人称」によって見ている方もすっかり「俺」に入り込んでしまい、一緒に巻き込まれていることにすら気付かせない。

やっと、この駅前の夕暮れの場面で「水」を差し、ノンストップで来た展開がストンと停止する。

上手い。

■この前半部分で十分おなか一杯なのだけれども、まだまだ許してはもらえない。

男は、奈良の女子高の講師に着任することになるのだが、下宿にいる面々が一癖二癖。特にこのあとコンビを組むことになる日本史の教師(綾瀬はるか)がまた、イッてしまっている。

会話の脈絡は一切無視で、話がポンポン飛び跳ねる。すっかり振り回されたと思ったら、いつのまにやら話がもとのところにつながっている。

まるで目の前で手品を見せられているようだ。

■「奈良女学館」の教師たちも個性派ぞろいで、受け持ったクラスの生徒の中にも不思議ちゃん。

ああ、俺はどうなっちゃうのか。

と、奈良公園でうなだれていると唐突に鹿から声をかけられる。

「さぁ、神無月だ。出番だよ、先生」。

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■ここまでが第1話。

鹿(山寺宏一)がしゃべって、え!?というところで、

「大河ドラマかっ」、

というくらい壮大な音楽とともに駆けていく鹿の群れ!

見事なエンディング・・・。

完全にやられてしまいました。降参です。

■こんな調子で、2話、3話ときて、「今、この国が襲われようとしている大きな災厄とは何か」、そして迫りくる災厄からこの国を救うため、男に与えられた「使命」が遂に明かされる。

その壮大な使命を、「奈良、京都、大阪にある姉妹校のあいだの剣道大会」という極めてローカルで狭くマイナーなところに収斂させるところが実に「グーっ!」なのである。

■視聴率、第1話13.0%、第2話11.4%、第3話9.6%。

話についてこれなかった、

或いはついていこうと思わなかった人が3.4%(笑)。

万人ウケを狙わないところがまた、素敵なのである。

■なにしろ脚本・演出がいい。

「スピード」と「タメ」の絶妙なバランス。

それが超絶的跳躍と急停止という、ものすごく高い次元で成り立っているのだから感服してしまうし、そのあとの「余韻」というか「残心」というか、そういった「間」が見事なのだ。

また、カメラワークも映画本編みたいでカッコイイ。

特に、下宿やら校舎の中で玉木 宏の動きを追いかけるフォロートラック。閉ざされた狭い空間をダイナミックに見せていて、もう惚れ惚れしてしまう。

静的場面でも、バストショットでちょっと重心を外して背景に意味をもたせる塩梅がツボにグッとくる。

■児玉清(教頭)はもちろんのこと、佐々木蔵之介(美術講師)、鷲尾真知子(下宿兼料亭の女将)、溝口昭夫(学年主任)といった役者たちのアクの強さも素晴らしい。

綾瀬はるかは変幻自在の演技で魅せる。

「真っ直ぐなんだけど曲がってる」というトリッキーで難しい役どころを、今のところ、上手くこなしている。玉木 宏とのコンビのせいか、時折「のだめ」チックになるのはご愛嬌だ。

忘れちゃいけない『鹿』についても、「本物」、「CG」、「ロボット」と各種うまく使い分けられていて違和感無く(?)「好演」している。

■この作品は「バカバカしい話」に実力派スタッフが「本気」で全力投球しているところに素晴らしさがあるのだと思う。

「ここのところ『原作』ありのドラマばかり、というのは如何なものか」

と、嘆くひともいるけれど、それ以前の話としてドラマの質を決定付けるのは、あくまでも役者を含めた「作り手」の作品への思い入れなのだ、としみじみ思う。

                       <2008.02.01 記>

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■原作 『鹿男あをによし』
■万城目 学■
★★★★ (54件のレヴュー)
 

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■『鹿男あをによし』 オリジナルサウンドトラック
■音楽 佐橋俊彦■
■テレビドラマと思えないスケールの大きなかっこよさ!

★★★★★(8件のレヴュー)
 

■DVD 『鹿男あをによし』(出演 玉木宏、綾瀬はるか)
★★★★★(7件のレヴュー)
   

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