■コトバの支配からの逸脱。『爆笑問題のニッポンの教養』 社会言語学・田中克彦。
今回のテーマは言語学。
冒頭、「あんまり、質のいい漫才ってないんだよね。」と、さりげなく強烈なパンチが飛んできた。そのあたりから既に只の老学者ではないな、という雰囲気である。
■『爆笑問題のニッポンの教養』(番組HPより)
FILE020:「コトバから逃げれられないワタクシ」 2007.12.04放送
一橋大学名誉教授(社会言語学) 田中克彦
■非常に密度の濃い回であった。
「隙あらばコトバの支配から逸脱してやろう」とする姿勢をもっている二人の会話は、とんとんとんと転がっていく。
世代の差を全く感じさせないそのテンポの良さが気持ちいい。
■50年という長い年月「コトバ」というものに向き合ってきた田中先生によると、「コトバ」とは以下の性質を持つものだという。
①自分の言葉は、自分の母親を取り替えることができないのと同じように、生涯取り替えることができない。
②人はひとりでに何かの言語を身につける(「母語」)のだが、それは12,3歳までに型が出来上がり、「発音のパターン」や「考え方」が決まってしまう。
③発音の仕方の発達は、極めて生理学的なものとして始まるが、次第に言語によって支配された「社会的な檻」の中に閉じ込められてしまう。セックスのような極めて私的(ワタクシテキ)な場面に於いても、「コトバ」による社会的な支配からは逃れられない。
■「コトバ」があるから人間は世界を認識できる。
逆に言えば、「コトバ」が無ければ「認識」は生まれない。
「肩こり」というコトバがあるから「肩がこる」という認識が生まれるのであり、「巨乳」というコトバがあるから、その新たな価値観(笑)が生まれてくる。
その意味で社会・文化は「コトバ」によって定義される。
■ホモ・ロクエンス(homo-loquens)、言葉を持つ点を人間の本質とする人間像。
旧約聖書、創世記第11章。かつて言葉は一つであったが、人々が結束して天に届くバベルの塔を築こうとしたことが神の怒りに触れ、人々の言葉は散りぢりになった。
それ以来、存在している事実は一つだが、それぞれの社会・民族によって言葉という色眼鏡で見てしまうがために、共通の理解に至ることは無い。
さらに、『爆笑問題』という名前が社会問題をネタとすることを要求し、表現することに制約をかけてくる、と太田が悩むように、「コトバ」は社会・民族の壁を作るだけでなく、『個性』をも型に嵌めようとする。
■コトバを発明したことによって人間は『想像力』を獲得し、地理的、時間的制約から自由になり、さらには空想することで物理的制約をも越えることが出来るようになった。
そして社会の中で「コトバの意味」を共有することで、他人の経験・創造を自らの体験として再生することが可能となり、その地理的、時間的、物理的自由度は爆発的に発達した。
それが人間のいまの繁栄を生んだというのは確かだろう。
■けれど、それによって失われたものもある。
それは、「コトバ」というものは「音のつながり」で出来ているという性質上、絵であれば一瞬で伝えられることを、「イ」→「ヌ」、というふうに順を追わなければ表現できない、というコトバの特性による時系列の不自由さだけによるものではなく、
「映像という表現でも、何かを伝えようとして編集すると何か大切なものが抜け落ちる感じがある。それはコトバによる文章の編集と全く同じ構図じゃないか」
という太田の感覚に現れているものだし、
「言葉に出した瞬間にちょっと自分の気持ちとズレがある。それが恥ずかしいから茶化してやろう」という田中先生の態度に現れているものである。
■われわれがその思考の方法ゆえに、決して「コトバ」の檻から逃れることが出来ないものだと認識したとき、太田や田中先生のような、「世の中をちょっと茶化して楽しんでやろう」という姿勢こそが、コトバによって絶対的に拘束された思考を少しでも相対化、客体化させうる力強いアプローチなのだと思う。
力みかえった議論は平行線をたどり、決して交わることは無い。それを茶化して笑い飛ばすようなユーモアとそれを楽しむ余裕が、実は深い相互理解を生み出すものなのかもしれない。
<2007.12.10 記>
■追記■
番組の中で田中先生が言っていた
「人間は一生、自分の顔を直に見ることなく死んでいく」
というコトバが妙に印象に残った。
■新書 『ことばと国家』
田中克彦 著 岩波新書 (1981/11)
<Amazon評価> ★★★★★(レヴュー数 5件)
■番組の中で先生は、戦争前後の国家による思想統制(英語禁止・教科書墨塗り)に対する憎しみがあって、そこから脱することで世の中を公平に見られるようにしたい、と語っていた。その本質的なところが本書にまとめられているのかもしれない。
■爆笑問題のニッポンの教養■
新書版 「爆笑問題のニッポンの教養」
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